I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
「29」での『ラウラのお菓子の一騒動』のちょっとした話。
「はー、ただいまー」
大浴場で汗を流し、いいお湯だったと一息ついたシャルロットは自室に戻っていた。
――が。
ドアを開けた部屋の中は薄暗かった。彼女は思わず「おや?」と小首を傾げていた。
「あれ? ラウラ、いないのー?」
同室の少女の姿が見えない。シャルロットよりも先に、ラウラはひとり早くそそくさと入浴を済ませていた。どこかへ行ったのかとも思ったが、返事はなく、鍵はかかっていなかった。
寮とは言えど、盗られるものはなにもない。だが、本当にどこかへ行っているとするならば、ラウラにしては無用心だなと胸中で呟きながら、もしかしたらもう寝てしまったのかもしれないとも考え、奥へと進み……そこでシャルロットは気がついていた。
ベッドのひとつが膨らみを帯び、更にはもぞもぞと動いている。
「なんだ、ラウラいるんじゃないか」
安堵しながらも、何で電気つけないの、とそう声をかけるが――やはり、返事はない。
「……ラウラ?」
今一度声をかけてみるのだが、三度返答はなかった。
本当に寝ているのかと思ったが、その割には頭からかぶった毛布は不自然に揺らぎ動いている。
ひょっとしたら、どこか具合でも悪いのではないだろうか――?
「ラウラ? めくるよ?」
友人を心配し、シャルロットは毛布をばさりと剥ぎ取り――
「うむ。美味い」
口の周りをチョコレートまみれにした黒猫パジャマ姿のラウラを発見する。
シャルロットの視線はラウラから……彼女の手に持つタッパー容器に詰められているケーキへ向けられていた。
スプーンですくい、口へと運ぶ。もふもふとほうばるラウラに――
「ラウラーッッ!」
シャルロットは、怒りの声を張り上げていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
大事なタッパーを取り上げられ、床に慣れない正座をさせられているラウラの前には、腕を組んだシャルロットが仁王立っていた。
ちなみに、部屋の電気は煌々とついている。
向かい合ったまま小半時間は経っている。無言の雰囲気に耐えられぬのか、落ち着きがなくちらちらとラウラの隻眼がシャルロットの様子を窺っている。例えるならば、それは雨の日に捨てられ、寒さに震える仔犬のように、しゅんとしている。
若干青筋を浮かべたシャルロットは、重い口をようやく開いていた。
「……僕言ったよね? 間食はしちゃいけないって」
「…………」
「しかも、お風呂に入った後は、寝るだけなんだからダメだよって言ったよね?」
「……う……」
「返事」
シャルロットが発した抑揚のないその一言に、ラウラはびくりと身体を竦ませながら――決して眼を合わせようとはせず応えていた。
「……い、言われたぞ」
「うん。言ったよね? ちゃんと覚えててくれている。僕は嬉しいよ。でもおかしいなぁ……じゃあ、なんで食べてるんだろうねぇ?」
「……それは」
「それは?」
ぼそりと呟くラウラにシャルロットもまたオウム返しに訊き返していた。
しばしの静寂。だが、それを破るかのように、うむと頷きラウラは口を開いていた。
「そこにケーキがあるから――」
「あのさぁ」
得意気に話し出そうとするラウラの台詞を遮り――シャルロットの冷酷な双眸が眼の前の銀髪の少女を射抜いていた。
注意されたわけでもないのだが、背筋をピンと伸ばし、だらりだらりと汗を垂らすラウラは自ずと姿勢を正す。
「なに? そこに山があるから登る的みたいな登山家さんのようなこと言ってるの? もしかして巧く言ったつもり? 全然巧くないよ」
「…………」
「大体、何処から持って来たのさこれ。勝手に持ってきちゃダメじゃないか」
そもそも、毛布を頭からかぶって、それで隠れていたつもりなのだろうか、とシャルロットは頭を悩ませる。それほどまでに、手にしたケーキが嬉しくて周りが見えていなかったと言うことだろうか、とも考えていた。
何はともあれ――
「か、勝手にじゃないぞ。それはわたしのだ。わたしがケーキの本を見て食べてみたかったから、衛宮に頼んだものであってだな……アイツが、わたしのために作ってくれたものだ」
よくよく見てみれば、タッパーの蓋には「ラウラ」と書かれたテープが貼られている。
ケーキも改めてみてみれば、何層にもなるガトーショコラ。表面にはココアパウダーが振りかけられているのだろう。
相変わらず士郎は何でも作れるんだなと思いながら――無言のままのシャルロットにラウラは説明を続けていた。
「セイバーと一緒に寮食堂の冷蔵庫から持って来たんだ。『食べれる分と考えて食べること』と、ちゃんと衛宮から許可は貰ったぞ!」
「…………」
セイバー、と聴きシャルロットの眉根が寄る。
食に関しては、セイバーはかなり食べる少女だ。シャルロットが知る限り、いったい何処にしまわれているのかというほどの量を事もなげに処理していく。好きなもの、食べたいものを、お腹いっぱい口にしても体重は全く変わらないのが妬ましいほどに。
呆れるほどに食べるセイバーだからと言って、ラウラが真似て食べていいワケでもない。セイバーにも釘を刺しておかないといけないな、とシャルロットは胸中で考えていた。
「うんうん。セイバーと一緒に持って来たんだ」
「そ、そうなのだ。そうなのだ! セイバーが一緒だからな。と言うわけでだな、お前もわかってくれたということで、そろそろいい加減にわたしのケーキを返してくれると助かるのだが。まだ食べたりないのでな」
「あはは、面白いこと言うねー、いいわけないでしょーっ! なんで話をすりかえるかなラウラは」
にこりと微笑み……シャルロットはタッパーを持ち部屋を出ようとする。とりあえずは士郎に話をして、今後はラウラのおやつを控えるように頼むしかないなと考えながら。
「はーい、没収ー」
「シャ、シャルロット!」
正座で痺れた足に鞭打ち――タックルさながらに腰にしがみつき、ラウラは懸命に手を伸ばす。だが、当然身長差があり届くことはない。更にはシャルロットはタッパーを取られないように頭上に掲げている。
「やめろ! か、返せ! 後生だシャルロット! そいつは……そいつは、まだ戦える! わたしは、大切な
ぴょんぴょんと飛び跳ねてなんとか奪い取ろうとするが、シャルロットは意に介しない。
「ダメなものはダメ! 今日という今日は許さないよ! きちんと反省するまで返さないからね」
それを聴き、びしりと直立したまま。額に手を当てて、ラウラは口を開いていた。それはまるで、声高らかに謳い上げるかのように。
「待て、反省すればいいのだな? ならば反省した! すごく反省した! 我が祖国、ドイツに誓い、海より深く謝罪することをここに宣言する! すーいーまーせーんーでーしーたー。ほら、言われたとおりに謝ってやったぞ? だから早く返してくれ」
「うん。反省する気、微塵もないよね? なに、そのこちらを完全に煽るような台詞の棒読みに加えて偉そうなの? 本気で僕の事、おちょくってるでしょ?」
額の青筋を更に数本増やし、シャルロットは微笑み返すだけ。
「大体だよ、そう言っておきながら、こないだお腹壊したじゃないか。ココア飲みすぎて『ぽんぽん痛い。ぽんぽん痛い』て。泣きついてきたのはラウラでしょ!?」
シャルロットが言うように、前にラウラはセシリアが買ってきたケーキを食べたときに、ホットココアを何杯もがぶ飲みした。シャルロットが「お腹を壊すよ」と注意したが聴き入れず――結果、お腹を壊してベッドに倒れたことがある。その時も、結局話を聴かずに飲み過ぎたのが覆すことのない原因であるのだが。
ラウラも覚えているのだろう。握る拳を上下に振りながら反論する。
「こ、今度は大丈夫だ! わたしの唾液には、医療用ナノマシンが――」
「ナノマシンがあるから大丈夫って容認できるわけないでしょ! 『医療用が微量だが含まれているから』とかこないだもそんなこと言って、最終的にはお腹痛いって寝込んだじゃないか!」
言ってシャルロットはギロリと睨む。ついで、言い聴かせるように極力優しい口調で声を出す。
「こう見えても、ケーキなんて高脂肪で高エネルギーなんだよ? それも、もう寝るって時間にがっつり食べちゃったら、肥満のもとだけじゃない。中性脂肪やコレステロール値も高くなるんだよ? わかってるの?」
「…………」
「士郎のことだから、その辺はきちんと踏まえて糖質や脂質も考えて控えているとは思う。でもね、だからと言って、それでも食べていいってことにはならないんだよ?」
「…………」
「そりゃ確かに個人個人にもよるよ? 個体差って言う表現はアレだけれど、人や体質にもよるから必ずしも一概にとは言えないかもしれない。だけれど、夜に摂取したカロリーが寝てる間に脂肪になりやすいってこともあるんだからね」
そこまで言って、彼女は、前にラウラとふたりきりで朝食をとった際の出来事を思い出していた。
あの時は、確かラウラは朝からステーキを食べていたんだと克明に思い返していく。
どうして朝からそんなのを食べるのか訊いてみれば、返ってきた答えは、至極的を得たものだった。
「後は寝るだけの状態となる夕食時に一番食べるなどおかしなことだ。消化されないエネルギーが脂肪になり、太るだけでしかない」
確か、そんなことを言っていたはずだと思い出す。
その時に口にした内容を、ラウラはちゃんと覚えているのだろうか……?
言い方を変えれば、俗に染まった、と感じていた。それが悪いことだとは思ってもいない。
「…………」
本当にラウラは変わった、とシャルロットはそう感じていた。
いまだどこか冷たいところはありはするが、それすらも最初と比べれば丸くなっている。
なんだかんだと言っても、ラウラは可愛いな、と思うのがシャルロットの心情であろう。
だが――
それは、普段の振る舞いでの場合を示す。
今、この時、この場においてのシャルロットにとって……茶飲み話に花咲く微笑ましいひとつのエピソード、とは捉えることができなかった。
諭すように「わかった?」と念を押すのだが――
「む、むう……シャルロットはいちいちうるさいヤツだ……わたしが食べたいものを食べて何が悪いんだ。まったく……クラリッサから聴いたように、これが『
「へえ、ラウラは随分と面白いことを口にするんだねぇ。僕は、君の事を心配してるからこうまで言っているってのにさぁ」
頬にまではっきりと青筋を浮かべて――だがニコニコと笑うシャルロット。対するラウラは一気に蒼い顔となる。
「き、聴こえていたのか!?」
「完璧に馬鹿にしてるでしょ!? そこまでべらべら喋っておきながら、何をいまさら驚いているんだよ!」
言って、掴みかかる彼女ではあるのだが――
どすんばたんと暴れるが、瞬く間にラウラは逆に腕を取り、シャルロットを床に組み伏せていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「居ない……わけじゃあないよな」
そう呟き、士郎はドアの前に立っていた。
再度ノックをして数秒待ってみるのだが、返事はない。よくよく耳を澄ませば、なにやら室内からは、ばたばたと音がする。人の気配もするし、ギャーギャー叫び声も微かに耳にする。
「? なにをやってんだ?」
手にしたビニール袋をがさりと鳴らし、首を傾げながらも、士郎はドアノブに手をかけ――あっさりと開く。
逡巡するが、声をかけて彼は中へと入っていた。
「デュノア、ボーデヴィッヒ、入るぞ?」
室内へ入り、ドアを閉めて向き直ると――
「衛宮ー!」
シャルロットの手から奪い返したタッパーとスプーンを大事そうに抱え、とてとてとて、と駆けるラウラは士郎の背後に身を隠す。
「おっとと、なんだ?」
「あっ! ラウラっ――何を士郎の後ろに隠れてるのさ!?」
もうひとりの声の方へ視線を向け――眼のやり場に困った士郎は慌てて顔を背けていた。
なぜか髪はボサボサの頭に枕をのせ、肩から鎖骨、胸元まで見える着崩した寝巻き姿のシャルロットの声には返事せず、ラウラは士郎の後ろからちらちらと覗き込んでいた。そうかと思えば、シャルロットと眼が合うと瞬時にすぐさま身を隠す。
士郎が知っている、普段見慣れたラウラとは全く異なる挙動。なによりも、黒猫パジャマの格好に驚いたのだが。
意外な一面を眼にし、ぽつりと彼は呟いていた。
「なんだ、この小動物……」
とりあえず、状況が理解できない士郎は、身嗜みを整えるシャルロットを見ないように問いかける。
「なあ、デュノア……どういう状態だ、コレ……? 説明してくれると助かる」
疲れたようにシャルロットは頭にのった枕を掴むと、適当にベッドへ放り投げていた。
「……ラウラが士郎の作ったケーキを食べてるんだよ。お風呂入った後はダメだって言ってたところ。それで取り上げようとしてたら、暴れて抵抗して逃げ回ってたってところだよ。士郎からも言ってあげてよ」
「あー、そういうことか」
呆れたように、士郎は頭を掻きながら呟いていた。
その発言は、意図したものではなかった。食べ物に関してはセイバーや藤村大河を相手にしてきていた手前、それほど深くは考えてはいなかった。食べてはダメだ、我慢しろ、と言って聴かせてもきちんとは守られはしないのだから。これが間桐桜の誡める発言であれば両二名は大人しく従うのだが。食事の規律に関しては桜は圧倒的に厳しい。彼女を怒らせれば、どうなるか――主に以降の食事に関してだが――ふたりは十二分に理解している。
補足するならば、士郎とて「つまみ食い」を率先して容認しているわけではない。健康管理を考慮してのもの。それ以外の無駄な摂取、特にわがままによる場合に関しては、彼もまた怒る時は当然怒る。
故に、桜と比べれば些か甘い士郎は、ついつい、いつものクセで僅かながらに聴き流してしまったものだった。
それがシャルロットは気に入らなかったのだろう。案の定、「そういうこと」との言葉に彼女は苛立ちを覚えていた。
ムッとした顔のシャルロットに、瞬時に士郎も今の失言に気づいたのか、慌てて取り繕うように言葉を選んでいた。だが、相手は聴き入れてはくれなかった。
「甘やかしちゃダメだよ、士郎! なんでもかんでもラウラの言うことに従ってちゃ、ラウラのためにもならないんだから! だから食べちゃダメって言ってるでしょ!」
シャルロットが声を荒げる。
士郎の背後に隠れるラウラはこれ幸いと、ケーキをスプーンですくっては口へと運ぶ。ばくばくと食べる食べる。
「本気で怒るよ、ラウラっ!」
「ま――待て待て、待ってくれ、デュノア! お前の言い分はよくわかるよ。確かに、食べ過ぎるのはよくない。それはすごくわかる。健康管理は大事なことだ。でもな、えーと……それを踏まえた上で、俺の話を聴いてくれると助かるんだが……」
掴みかかる勢いで詰め寄るシャルロットの進行方向を塞ぐように、士郎は両手を広げて割って入っていた。
「頭ごなしに怒らなくたっていいんじゃないかな、と。ちゃんと言って聴かせればわかるっての。それに、ボーデヴィッヒがたまたま食べたいって言ってただけなんだからさ、そんなに目くじら立てなくても……多少は、大目に見てやってもいいんじゃないか……な? ダメ、かな?」
余りの剣幕に、少々涙目になりながら、士郎の服の裾をぎゅっと握るラウラもこくこくと頷く。
状況を見る限り、子供をしかりつける母親とそれを宥める父親の構図でしかない。
「甘い! だからそれがダメって言ってるのさ! 確かに士郎の作るお菓子は美味しいよ。でもね、士郎も士郎で、なんでもかんでも言われるままに、ほいほい作って上げちゃうのは良くないと思うんだ」
「う、あ、ああ、うん。そのとおりだ。デュノアの言ってることは正しいと思う。俺も、美味しいって言ってくれて食べてくれるんなら、作ったこちらとしては嬉しいとしてやりすぎたものはあるかもしれない」
「作る側としての意見に関しては、それはわかるよ。でもね、何事にも限度ってものはあると思うんだよ。士郎も頼まれたからって、素直に作るのもいけないと思う。そうやって甘やかすからラウラはお菓子ばっかり食べて、ご飯を食べないんだから。栄養のバランスが偏っちゃうよ! それにタッパー丸まるあげるなんて作りすぎだよ!」
「あ、ああ……」
「僕だって憎くてこんなことやってるんじゃないんだよ! ラウラにはかわいそうだけれど、少しずつなら食べてもいいと思うけれど、全部を一気に食べちゃったら、それこそ丸々太った仔豚さんになっちゃうよ! ぷくぷく太っちゃったら一夏に嫌われちゃうよ? いいのラウラはそれでも――って、こうまで言ってるそばから全部食べたねっ!?」
くどくどと説明していたシャルロットだが、悲鳴に近い叫びに変わる。彼女の言うように、タッパーは空。けふと息を漏らし、満足そうなラウラがそこにいる。口の回りは当然チョコレートで汚れている。
まあまあと手で制しながら士郎はハンカチを取り出しラウラの口元を拭っていた。その顔は苦虫を噛み潰したかのように。
「確かにフォローはできないけれど、ええとな……それは、たまたまだろ? ボーデヴィッヒだってわかってるっての。でも――」
言って、士郎はラウラの額をぺちんと叩いていた。「あいたっ」と小さく可愛らしい声を漏らすラウラと、思わずシャルロットは眼を丸くする。
士郎が叩いたとしてもそれこそ力加減など当然している。
叩かれた額を押さえながら、非難がましくムスッとラウラは相手を睨んでいた。
「なにをする」
「『食べれる分と考えて食べること』ては言ったけれど、限度はある。デュノアは、お前のためを思って言ってくれてるんだぞ? ダメだろ?」
「む、むう……」
まさか、士郎にまで注意されるとは思わなかったのだろう。返答に困りラウラの眼は微かに泳ぐ。
「な? 反省してるよな? だったら言うべきことがあるだろ?」
士郎は、じっとラウラに視線を向けて促すと、うむとひとつ頷き――
「すまん、シャルロット! 反省した!」
力強くラウラは返答。それでもシャルロットと士郎は呆れるだけだったのだが。
「僕と士郎が話をしている合間に、全部平らげた相手に『たまたま』も『反省』もなにもあったものじゃないと思うんだけれどね?」
「……反論できん」
疲れたようにベッドに腰掛け、ジト眼のシャルロットの指摘に、苦笑を浮かべながら士郎はラウラの頭を撫でていた。
「しっかし、よくもまあ本当に食べきったもんだな。セイバー並みか。まぁ、こちらとしては嬉しいよ。作り甲斐があったな」
「うむ。大変美味かったぞ。今度は、この前のプリンがいいな。クリームが乗っているヤツがまた食べたいぞ」
プリンとクリーム、との単語から前に作ったデザートを思い出し――
「アラモードか。そうだな……牛乳と卵に、ホイップクリームとアイスクリームはなんとかなるとして、問題はフルーツか、何を用意するか……とりあえず、なら、今から準備してくるか」
「本当か!?」
ぱあと表情を輝かせるラウラに対し、にこりと微笑み士郎は腰を上げようとする。
「ああ、待て衛宮! バケツプリンと言うものも食べてみたいぞ!」
ふんす、と鼻息荒くラウラは豪語する。
「バケツプリンか……随分とチャレンジャーだな。藤ねえやセイバーでさえ未だその領域に挑んでいないのに……となると、冷やすのが一番の問題だな……」
顎先に手を当て、士郎はふむと考える。どうやって冷蔵させるかが悩むところだ。バケツを容易に入れるぐらいのサイズとなると、学食堂の厨房かなと思いながら。いや、それ以前に牛乳と卵は果たしてどれほど使うものかが頭の痛いところだろう。
口をつける以上は、当然ではあるが、そこらに転がるバケツなど使えるはずがない。ホームセンターから8リットルか10リットルほどの容量が入るポリバケツを買ってくれば十分過ぎるだろうと思案する。
念入りに洗浄してから作らないとな、とも士郎は考えていた。
――が。
「だーからそれがダメって言ってるんだよ! なんでわかんないかな!? それにやめてよねっ、バケツプリンなんてさぁ! なに大前提で作る気満々でいるのかなぁ? 士郎だと本当に作って持って来そうだよっ!」
ばんと座るベッドを叩きシャルロット。予想以上に大きな音に驚き、ラウラはさっと士郎の背後に身を隠していた。
士郎もまたシャルロットから醸し出される負の雰囲気に気圧されしていた。ある意味、桜のようで怖かった。
「衛宮、シャルロットが怖い。食事に関しては教官並みだ」
「す、すまん。落ち着いてくれ、デュノア……つ、つい俺も今のは、あまりの食べっぷりに……流されたことに関しては全面的に悪いと思ってる」
「言ったそばから流されるってどういうことさっ!? 僕が馬鹿みたいじゃないかっ! 普段の一夏の鈍感さにはがっかりだけど、ある意味、今の士郎にもがっかりだよ! ていうか、ラウラはいちいち士郎の背後に隠れなくていいからさ」
そこまで言い終えると、シャルロットはふうと吐息を漏らしていた。落ち着け落ち着けと自分に言い聴かせながら。
「で? 何か用?」
疲れたように視線を向けてくるシャルロットは、つい思わずキツイ言い方をしてしまっていた。
だが士郎は特に気にした様子を見せることもなく、本来の用件を思い出すと口を開いていた。ああ実はな、と前置きして彼。
「ええとな、十蔵さんから梨貰ったんだ。それも結構な量をな。ひとりじゃ食べきれないから、皆に配ってたところだ」
言って、手にするビニール袋を掲げて見せる。梨は士郎が口にしたように、轡木十蔵から草むしりの御礼として貰ったものだった。
最初は断っていたが、ぜひ貰ってくれと押し切られた。貰いはしたが、量が量なだけに。自分もいただきはするが、せっかくならば他の連中にも分けようかとしての行動だった。
セイバーや一夏、鈴たちには既に配り終えている。
「ナシ?」
首を傾げるラウラに頷き、士郎は梨をひとつ手にとっていた。
「ああ、日本の秋の旬の果物かな。俺も食べたけれど、甘くて美味しいぞ」
甘い、と聴き、ラウラは瞬時に士郎の前に回りこんでいた。
「食べる食べる!」
「そうか? ならついでに剥こうか?」
「うむ! 今すぐ食べたい! 剥いてくれ!」
「いや、ちょっと、士郎――」
勝手に話が進んでいくところに慌ててシャルロットが言葉をかける。これ以上ラウラに食べ物を与えるのはよくないと判断してのもの。
なのだが――
「デュノアも食べるか?」
「あー、うん。貰おうかな」
士郎の声に、シャルロットは思わずそう返答していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
皿にのせられた梨を手に取り、ラウラは口へ運んでいた。
「うむ。しゃりしゃりとした独特の食感がなかなかだ」
「ほんと、みずみずしくておいしいねー。味も濃厚だし」
シャルロットもまた、もうひとつと摘んで口にして――
「て、違うよ!」
当初の目的を思い出して、彼女は声を荒げていた。自分も一緒になってのんきに梨を食べている場合ではない。重要なことはこれ以上ラウラに食べ物を与えないことだ。
士郎は視線を向けて「どうかしたか?」と問いかけるのだが、それに気づかず――気づいていないはずはないのだが――ラウラはしゃくしゃくと梨を口にする。
「うむ、美味い。クラリッサたちにも食べさせてやりたいな。衛宮、これはドイツまで送れるのか?」
顔をラウラに向けて、僅かに士郎は思考する。
「どうだろう? ドイツまで送るとなると鮮度が持つかな? 送れなくはないような気がするけれど……明日、山田先生にでも訊いてみるよ」
「頼む。衛宮、もっと食べたいぞ。剥いてくれ」
「ああ」
言われるまま、士郎はナイフ片手に梨を剥いていく。発送に関しては、最終的にはキャスターにでも頼んでみるかと思案しながら――
「おかしいでしょ!? 士郎もなに当たり前のように剥いてるのさ!」
突然豹変したかのように怒り出したシャルロットに士郎は慌てていた。
「な、なんだよ。美味しくなかったか?」
「すごいね、どうしてそういう風に思いつくのかが僕にはビックリだよ士郎、違うって言ってんのさ!」
ああそうか、と士郎は先ほどの話を思い出す。
「わ、悪い……デュノアがそんなに怒るとは思わなかった」
「わかってくれればいいんだよ」
「ゴメンな。気がつかなくて……デュノアは、俺の分も食ってくれていいから」
見当違いな返答に、シャルロットはベッドの枕を掴み力任せに壁へと叩きつけていた。
「なんでだよ! それだと僕が食い意地はってるみたいじゃないか! そういう眼で僕を見てるって言いたいの?」
「ち、違う。そんなつもりはないっての」
「衛宮、早く剥いてくれ」
「え? ああ悪いボーデヴィッヒ、今剥くから」
言って、しゃりしゃりと梨を剥く士郎にシャルロットは呆気に取られていた。
「うわ酷い。頼まれたから断れないとか士郎がいい人なのはわかるけれどね、ある意味わざとでしょ? ねぇ、わざとやってるでしょ?」
ひとりで呼吸を乱し、肩で大きく息をする。
「オーケー、ちょっと整理しよう。おかしいんだよ。僕はこんなキャラじゃないはずだ」
眼を瞑り、うんうんと頷くシャルロット。とりあえず、自制すように大きく息を吸い、ゆっくり吐き出し――
士郎はナイフを使い、梨の皮に幾つか斜めに浅い切り込みを入れ剥いていく。それを何個も続けていき――皿にのせられたそれらを見て、ラウラは声を漏らしていた。
「おお、まるでウサギのようだぞ、衛宮!」
「お前のトコの黒ウサギ部隊にはならないけれど、こんな風にしてみた。ちょっと見栄えが悪いけどな」
言って、ナイフ片手に士郎は笑う。
「落ち着いてらんないよっ! なにちょっとほのぼのしてんのさ! いい加減にさぁ、ちゃんと人の話聴こうよホントにさ! もういいよ! ラウラなんてぷくぷく太って仔豚さんになっちゃいなよ! そんでもって一夏に嫌われちゃえばいいよ! もう知らないよ!」
激昂するシャルロットに士郎は「悪い」と頭を下げる。そんなふたりを気にもせず、ウサギの形に切られた梨にラウラは眼を輝かせていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…………」
もう今日は疲れた――
ベッドに入ってもう寝てしまおう――
シャルロットはゆっくり休みたい、と切にそう願っていた。
梨は確かに美味しかった。士郎が持ってきた分は、結局全部食べてしまった。まだ沢山あるから明日持ってくると言い残して士郎は帰っていった。
ラウラの食事に関しては、考えるだけ無駄だと悟る。考えるにしても今日はもう嫌だ、明日にしようとしてのもの。
はあと小さくひとつ溜め息を漏らしシャルロット。
「ラウラ、ちゃんと歯を磨くんだよ」
自身は既に済ませている。そう声をかけ、ベッドに入ろうとして――
「シャルロット……」
「? なんだいラウラ? どうかした?」
「お腹が痛い。ぽんぽん痛い」
自分の腹に手を当て、困ったようにラウラは呟く。
それに対して――
シャルロットは「フフ」と笑う。つられてラウラも「にへら」と笑う。
が、その笑みは一瞬にして消え失せていた。シャルロットの顔は、例えるならば般若のような形相に。ついで、血管が切れるほどに咆哮する。それは容易に想像できた結果でもある。
「だから言ってたでしょ! 何でラウラはそうやって人の言うこと聴かないかなっ! ホント、キミは期待を裏切らないねッ!」
飛び交う怒号。ふっ飛ぶ椅子。
近隣部屋から「うるさいよ」と苦情が上がるにもかかわらず――シャルロットの腹の底から吐き出された怒声により、窓ガラスには大きくヒビが走り込んでいた。