I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 頭上から降り注ぐ精密射撃に、ランサーの動きは最小限に押さえ込まれていた。

 遥か上空に捉えるのは黒い機体。

 先からの見事なまでの射撃を繰り返すのは、アイツだなとランサーは確信していた。

 同時に、ホークアイは戦慄を覚えていた。遥か離れた空間だというのに、高感度ハイパーセンサー越しに捉えている相手の眼と眼が合ったかのように。

 馬鹿げた話ではあるが、間違いなく、『打鉄』の搭乗者はこちらを見据えている――

「――っ」

 動揺を隠すように、ホークアイは更にスナイパーライフルを撃ち続けていた。

 斬りかかってくるサンシーカーの動きに合わせた頭上からの援護狙撃。

「ああ、くそっ――めんどうくせぇなぁ! 上からバカスカ撃ちやがってよ!」

 大剣の薙ぎ払いを弾き――生き残っていたもう片方の物理シールドが撃ち抜かれていた。

 僅かにランサーの意識が向けられたその隙を、サンシーカーは見逃さない。

 大剣を斬り返す――瞬間、一陣の強風が吹き抜ける。

「ランサーッ!」

 風を切り、弾丸のように駆けるセイバーは、今まさにランサーに大剣を振り下ろそうとしていた黄色いISめがけ、その勢いのまま、機体ごとぶつかるかのように斬りかかっていた。

 横合いからの突貫に、虚をつかれたサンシーカーではあったが、その顔には驚きの笑みを張りつかせる。標的をセイバーへ移した彼女にとって、もはやランサーなど眼中には無い。

 瞳を輝かせて喜ぶサンシーカー。

「あはっ、本当に追ってきたんだ、お姉ちゃん」

「…………」

 子供特有の無邪気な狂気に――相手の声に耳を貸さず、秀麗な顔を曇らせたセイバーは身を翻しブレードを振るう。

 サーヴァント能力を発揮し、斬りかかる剣閃を――しかし、サンシーカーもまた臆することなく受け流す。

 セイバーの剣戟は、先よりも鋭く速い。重さも乗り、斬撃に力が増している事に気づきながらも、嬉しそうに声を漏らしながらサンシーカー。

「それがお姉ちゃんの本気なのかな?」

「…………」

 やはり返答はせず、疾風のように振るう三撃。

 ことごとく斬り弾かれ、やはり懐に潜ることはできない。

 それと――

 ブレードによる四撃目を繰り出すことは叶わなかった。

 表現するならば「ビシ」という微かな音。

 音は僅かに鳴りはしたが、止むことはなく、むしろ逆に、連鎖するかのように響きは続き――

 鈍い音を上げ――セイバーが握るブレードが砕け散る。

「くっ――」

 耐久限界を迎えたのか、相手の大剣の力量によるものかは、今ここで解明するなど意味もない。

 武器の役割を失った柄を放り捨てる相手に、サンシーカーは笑い声を零し――眉を寄せていた。

 セイバーの眼は戦意を含んだまま。ブレードを失ったと言うのに、諦めてなどいない。空手であるはずの両腕が、何かを掴む。

 サンシーカーには、わかるはずもない。

 風王結界(インビジブル・エア)――

 幾重にも風を纏わせた、光を屈折させて形状を不可視とさせた剣を彼女は握る。轟々と音を立てて吹き荒れる風は彼女の手元から。

 そのまま、眼に見えない何かを頭上に掲げ――迷うことなくサンシーカーへ振り下ろされていた。

 瞬間、尋常ではない旋風が巻き起こる。荒れ狂う風は「槌」となり、サンシーカーの大剣を半ばから叩き割っていた。

「わっ!?」

 サンシーカーの大剣を砕いた一撃は、纏わせた風を解放することにより、暴風として撃ち出された風王鉄槌(ストライク・エア)

 武器を破壊され、徒手となった少女を斬り伏せるべくセイバーが間合いを詰める。無力化するには、スラスターを破壊して行動不能にさせざるをえない。

 風を切って振り下ろされる二撃目は、瞬時にセイバーの判断を見誤らせていた。

 サンシーカーの片手に握られるは――戦斧と槍を合わせた長柄武器、ハルバード。

 見えない一刀を、少女は勘を頼りに斬り弾いていた。

 後方へ飛び退き間合いを取るが、サンシーカーの眼は、セイバーの手に向けられていた。

 渦巻く風の塊を手にしているとでも言えばいいのか、音を立てて見えない何かを視界に捉えながら。

「すっごいね、お姉ちゃん……その手に持っているのは光学迷彩の武器かなにかかな? まさか、レーヴァテインが壊されるとは思わなかったけど」

 レーヴァテイン、とは少女が扱っていた大剣の名なのだろう。

 逆に、セイバーは問うように言葉をかけていた。

「……あなたの武器は、大剣だけではない……というわけですか?」

「わたしは、レーヴァテインしか持ってない、なんては口にしてないハズだよ、お姉ちゃん?」

 言って、サンシーカーは剣の柄――半ばから砕けた大剣レーヴァテイン――を海面へと放り捨てる。

 ハルバードを両手で握り構えると、何の躊躇もせず斬りかかっていた。

「――っ」

 これに驚いたのはセイバーだった。

 脚、腕、首、腹を狙うように撃ち込まれる打突を、風王結界で斬り弾く。

 本来であれば、相手の不明確な得物を警戒するのが筋であろう。にもかかわらず、サンシーカーは嗤いながらハルバードを振るい、怯むことなく挑みかかってくる。

 サンシーカーに、セイバーの『剣』が見えている……ということは決してない。

 ハイパーセンサーにも補足出来ていない。表示は『unknown』――

 手の内がわからない以上、様子を見るのが定石だ。下手に踏み込んで更なる策に陥るわけにはいかない。

 だと言うのに、ならば何故、わかっていながら斬りかかっているのか――?

 応えは至極単純だった。

 眼に見えないのであれば、相手が何を持っているのか直接確かめるだけ。

 ただそれだけを、サンシーカーは実行していた。

 実に簡単な判断ではあるが、瞬く間にサンシーカーは、相手が持つ形状を勘を頼りにハルバードを打ち当て読み取っていく。

 打ち合いにしての数は二十。

 槍の頭部に斧状の広い刃が付いているため、大剣とは違い、重量は先端に位置している。そんな武器であるにもかかわらず、サンシーカーは疲れることもなく――

 斬り、突き、断ち、払い――セイバーの持つ形状にあたりをつけはじめていた。

「……んーと、だいたいわかったかな」

「ぐっ――」

 満面の笑みを浮かべるサンシーカーだが、セイバーにとっては背筋を凍らせる狂気の笑みに見えていた。

 アサシンの佐々木小次郎にも形状を見破られた時と同じく、セイバーは歯噛みする。

 彼女は確信する。この少女は、技量に関しては、少なくともサーヴァント並みの能力を有している。

 二十一合目の薙ぎ払いを――サンシカーは、ハルバードを的確に合わせるように斬りつけていた。

 狙い通り、目測が立ったことに少女は笑う。

「あったりー。これで、お姉ちゃんが持つ形状は完璧にわかったよ。長さは一メートルも無い『剣』だね」

「…………」

「無言は肯定ととるよ、お姉ちゃん? じゃ、いくよ?」

 その言葉は嘘ではないといわんばかりに、先までは手当たり次第にハルバードを振るっていた相手が、間合いを取りながら斬りかかってくる。払うものは弾き、当たらぬと目測した距離には更に踏み込んでくる。

 完全に、サンシーカーは風王結界の刀身、間合いを把握している。

 薙ぎ払われたハルバードの一撃を、セイバーは風王結界で斬り受ける。だが、サンシーカーは柄を手中で回転させると、セイバーの不可視の剣を絡めとる。

 剣を握ったままの腕をとられるセイバーだが、一瞬にしてハルバードが振り上げられていた。

 穂先の斧頭、その反対側にある鉤爪が狙うは――セイバーの側頭部。

「――――」

 咄嗟に装甲腕部で受け止める。

 だが――

 ハルバードの勢いは止まらない。鉤爪に腕を引っかけられたまま――セイバーの身体は、軽々と投げ飛ばされていた。

「……っ」

 機体制御をかけて、セイバーは身構える。

「さぁてと……スノーとオータムも、あっちのお兄さんとお姉ちゃんと遊んでるから邪魔されることもないし、邪魔はさせない。お姉ちゃんと遊ぶのは、わたしだけ……ホーク、邪魔しないでね」

 通信回線を開き、ホークアイにそう告げると――

 サンシーカーの手からハルバードが消えていた。代わりに現れたのは巨大な両刃斧だった。名を、ミョルニル。

 北欧神話に登場する雷神トールが扱う「鎚」の名と同じ。だが、武器の形状は違えど、古ノルド語の名称と意味は違わず。

 冠する意味は「粉砕するもの」――

 眼の前の相手をただ蹴散らすだけの『名』であれば、これほど行動に相応しいものはない。

 一メートルほどはある柄を軸に、左右に幅広の刃が取り付けられている。更には、刃の側面自体に取り付けられているのはブースターだった。

 柄の三分の二を覆う刃の面積。サンシーカーが扱い見せた大剣やハルバードと比べて、圧倒的に大きいその武器は、インパクトだけでもセイバーの闘争心を威圧する。

 ぶん、と眼の前を掠め過ぎ、空を切る戦斧。

 繰り出される猛攻を、セイバーは冷静に掻い潜っていた。

 「斧」とは、重みを利用して振るい、対象物を断ち切るものである。剣で真っ向から打ち合うなど分が悪すぎる。

 その一撃は、いくらシールドバリアに包まれたISとはいえ、当たり所が悪ければ、受けた腕部や脚部など容易く切断し、粉砕する事など可能であろう。

 故に、セイバーは風王結界で受け止めることはせず、全てをかわし続けていた。

 ただ闇雲に避けるだけではない。策はある。

 彼女が狙うのは、自身の攻撃が確実に『捕らえる』機会を待つのみ。

 斧は、剣と比べれば破壊力は勝ろうとも、『重量』が最大のネックになる。

 両手で握り、振り下ろされた一撃。避けるには難しい――だが、明らかな大振り。そこをセイバーは見逃しはしなかった。

 旋風のように、胴を薙ぎ払おうと振られた一閃が――不意に、セイバーの眼は、サンシーカーの手に握られている斧へと向けられていた。

 妙な違和感。

 なにかがおかしい。

 セイバーの眼が捉えていたのは、相手の指先。

 それが何かを理解する前に、サンシーカーの行動は既に終えていた。

 握る両刃斧、ミョルニルが軸中心から分離し――片刃の二挺に変わる。そのまま、握る片方はブースターの推力を受けて跳ね上がっていた。

 風王結界を受け止め、もう一挺の凶刃が狙うは、セイバーの首。

「――っっ」

 まずい――

 当たるわけにはいかない。

 機体負荷にもかかわらず、サーヴァントの身体能力を使い、身体をよじりかわす――のだが、僅かに反応が遅れた左手首が撥ね飛ばされる。

 放物線を描き、落下する『打鉄』の手首を見もせず、また逆の斧が同じようにブースターを伴いセイバーの身へ襲いかかるが、斬り返した風王結界が刃を押さえ込んでいた。

 拮抗する力にサンシーカーは嗤い、セイバーは無言。

 だが――

 仕掛けたのはセイバーだった。片手で握る不可視剣を巧みに操り、甲高い音を立てて二挺の戦斧を斬り弾く。その余波にバランスを崩すサンシーカー。

 瞬時に斬り返された一閃に、サンシーカーは受けに回るために左腕で防ぎ止める。

 しかし――

 装甲腕部を抉る一刀は浅い。それ以上の傷を受ける前に、サンシーカーは後方に飛び退いていた。

「やるぅ!」

 ちらりと損傷した腕部に視線を向ける。避ける判断がもう少し遅れていれば、壊されていただろう。だが、それも一瞬のこと。

 二挺のミョルニルを構え直し、サンシーカーはスラスターを噴かせると、武器の名の通りにセイバーを粉砕しにかかっていた。

 

 

 音を立ててぶつかり合うセイバーとサンシーカーを視界の端で捉えながら、真耶は迫るパペットクローの斬撃をかわし続けていた。

 サンシーカーをセイバーが押さえるように、ランサーに襲いかかろうとするスノーに対して、彼女は殴りかかる勢いでリヴァイヴを駆り、割り込むとそのまま交戦へと突入していた。

 邪魔されたことに大した反応も示さず、スノーは紅い目玉を真耶へ向けたまま。愉悦に歪む『嗤い』を途切れさせることなく斬りかかるのみ。

 見た目からすれば、箒やセシリアたちと同年代ほどの少女だろう。

 だが、眼の前の相手に脅威を感じた真耶の背には、冷たい汗が流れていた。

「きひっ――」

「……っ」

 近接ブレードのブレッドスライサーでいなしながら――しかし、真耶の胸中には戸惑いがあった。

 搭乗者を一目見て、正常な判断を下せるまともな相手ではないというのがわかる。とても、同じ人間とは思えないほどに。

 こうまで恐怖、嫌悪を覚える『眼』をする輩が存在したのかと感じさせられていた。

 重度の精神異常者。

 極度の闘争本能、攻撃行動。

 今のスノーの心が駆り立てられるのは、ただひとつ――「破壊」のみ。

 更には、スノーの攻撃性の限度は超え、暴力への衝動は、既に殺人本能にまで至っている。

 「攻撃行動」とは、無抵抗の他の固体に対し、身体的、ならびに精神的な危害を意図して加えようとする行動をさす。

 その定義となる行動を起こす内的過程――主な分類とされれば、認知、情動、動機づけ、パーソナリティなどを「攻撃性」と呼ぶ。

 生物学における見解では、こういった攻撃性は、主に内部的な要因と外部の刺激の相互作用によって引き起こされると考えられている。

 ISに乗り、自身の能力以上の結果を出せる者――

 これら事例人例を今まで眼にしてこなかったわけではない。真耶自身が切磋琢磨した学生時の友人、教師となり幾人もの生徒の中にも同様のケースを持つ者がいた。だが、それは、ISという「スポーツ」の括りでのものだ。多少やりすぎたといえる、とまだ口添えが可能なレベルといえよう。

 眼の前の、白い搭乗者は違う。

 腕を振りかざし、相手のどこを狙えば死に至らしめることがわかっている行動。ただむやみやたらに暴れているだけではない。

 的確に、真耶を殺すことだけを考えて襲い掛かっている。

「キャハッ――」

 損壊した右腕だというのにもかかわらず、鈍器として殴りかかってくるスノーに対し、ブレードで斬り弾いた瞬間――手に生み出していたのは銃。

 至近距離からアサルトライフルで撃ち抜きながら真耶。

 シールドエネルギーが削られようとも、絶対防御が発動し衝撃が殺せず身体を貫こうとも、スノーの嗤いは止まず、怯みもせずに向かってきては左腕の大型クローを叩きつけてくる。

 雑な運び――それでいて重さを十二分に乗せた斬撃を、アサルトライフルの銃身で防ぐ。

 真耶の纏うリヴァイヴの関節駆動部分がうなりを上げる。同じ量産型とはいえ、機体性能、出力は相手が上かと瞬時に悟る。

 ぎりと歯を軋らせ、真耶は逆の腕にマシンガンを呼び出すと、迷いも無く相手の腹部に銃口を押し当て撃ち放つ。

 リズミカルな銃音を奏で、銃撃に相手のシールドエネルギーが削れはじめる。

 しかし――

「キャハッ!」

 またもや、スノーは壊れた腕で殴りかかっていた。

 密着状態からの動きにも制限されるが、かわすために身を反らし後方へ跳ぶ真耶へ――

 逃がさんとばかりに、白のリヴァイヴは相手めがけて体当たりをする。

「――っ」

「ふはっ」

 もつれ合うように重なる二機だが、先に動いていたのはスノー。右肘を真耶のこめかみに叩き込み、動きが停まったところへ――

 振り上げたクローを相手の胸元めがけて叩き込む。

 が、その場で宙返りをするように大爪をかわしてみせると――装甲脚部がスノーの背面へ叩き込まれていた。

 位置を変える真耶の挙動は続いたまま。アサルトライフルとマシンガンによる掃射。

 頭部に当たる銃弾によって、絶対防御が発動するが、衝撃はダイレクトに脳に伝わり揺さぶられる――はずだ。

 だが――

 銃撃に被弾しながらも――感情は一切変わらず、スノーはただ哄笑を続けていた。

 真耶は恐怖に身体を戦慄かせる。

「この子……」

 異常な相手に怯えながらも、真耶は銃撃の雨をやませることはなかった。

 と――

 唐突に、ぴたりと嗤いが止まり、真顔となったスノーの首がぐるんと右へと向けられた。

 見入った先は、装甲の両腕を斬り捨てられ、一気に畳み掛けられる『アラクネ』の姿。

 一瞬、何事かと思う真耶もまた視線を向けたその隙に、ランサーに押され、劣勢となるオータムめがけてスノーが疾る。

 それは、サンシーカーも同じだった。

 相手の力量を探り、己の力を出し惜しみすることのなくなったセイバーとの交戦により、『ムスペル』の機体装甲のところどころは破損し、手に握る二挺のミョルニルの大刃は欠け、片方は半ばからなくなっている。それでも相対する『打鉄』を渾身の力で斬り弾くと、スノーと同様にオータームのもとへ馳せ参じ、ランサーに斬りかかっていた。

 これに虚をつかれたのはランサー当人。オータムとまみえた戦況は彼に軍配が上がろうとしたところへ、突如、白と黄の『疾風』が妨害する。

 次の瞬間、ランサーは異様な行動をとるサンシーカーとスノーのふたりに眼を見張る。

 貪るかのように錠剤の薬物を口にし、噛み砕き嚥下する。自分たちが何錠服用したかなど考えるまでもない。

 刹那――

 あらん限りの叫びを喉から発す。己を鼓舞するかのように、獣のような咆哮を上げ――疾駆する。

 『アラクネ』を護るように、連携の取れた『ムスペル』と『ブランシュネージュ』の二機による攻撃。

 阿吽の呼吸――

 連撃、乱撃は、これ以上オータムには触れさせぬ。ここから先は一歩も通さず、一歩も退かぬとばかりに執念のみで喰らいつく。

「コイツら――」

 先までの姿の欠片は微塵もなく、豹変したかのようなふたりの『貌』――「嬉々」も「嗤い」も消え、鬼気迫る表情。

 半壊した大斧ミョルニルながらも、それがどうしたとばかりに猛勇をふるい、各手に駆使するサンシーカー。

 片腕のパペットクローと、ここにきて脚部爪先に仕込んでいた厚身刃のダガーも扱い、両脚すら混ぜながら巧みに攻防に徹するスノー。

 ランサーの繰り出す槍の穂先、サンシーカーの眼を覆うバイザーを掠め――衝撃の余波に破壊され、顔が露になるが構わぬまま。

 予想通りの幼すぎる顔立ちの子供に、しかしランサーは動じない。例え相手が子供であろうとも、こと挑みかかられる戦闘において手を抜くつもりなどない。

 サンシーカーが攻撃に転じた際に生じる隙をスノーが防御に回り、逆に、スノーが攻撃に転じる際に生まれた隙をサンシーカーが防御に移る。

 吼える二機は、互いの攻守を補いながら全力を以って襲いかかる。

 ゲイボルクで弾き、払い、防ぎながらも、彼が相手の気迫に圧されたわけではないが――だがそこに、頭上から三機目の狙撃が加わることによって、ランサーはオータムたちから強制的に離されることとなる。

 尋常ではない二機の狂気に一瞬気圧され、呆けていた真耶とセイバーではあったが、慌てて加勢しようと動く――のだが、その二機にもホークアイはレーザーライフルの雨を降らせ、四枚の自立機動兵器は光弾を撃ち、追尾マイクロミサイルによる数での脚止めを怠らない。

 高度を下げて強襲する黒いリヴァイヴ、『ヴェズルフェルニル』は、一機の身でありながら実に三機を手玉に取るように牽制する。

「――っっ」

 誰が舌打ちしたのかは、わからなかった。

 さりとて、相手が何をしようとしているのかは容易に知りえた。打って変わる防戦。それは、『撤退』の意図を見透していた。

「ちっ、潮時かっ――」

 小さく呻くと、サンシーカーとスノーを下がらせ、オータムもまた射撃形態の八本の装甲脚を使い撃ち放つ。

「逃がしません!」

 機体を疾らせ、追いかけようとする真耶だが――進行方向を遮るように、セイバーが滑り込んでいた。

「なにを――」

 二の句を告げられなかった真耶が見たものは、曲る閃光を斬り弾いたセイバーだった。その閃光は、確実に真耶自身を狙うように軌道を描いていた。

 頭上からとは異なる狙撃――

(何処から――っ!?)

 見れば、自分たちを囲むように弧を描くのは六条の閃光。

 それらを――

 不規則に歪曲し襲いかかる閃光をセイバーは斬り捨て、真耶の背後を護るランサーもまたゲイボルクで斬り弾く。

 降り注ぐミサイルを真耶も手にするマシンガンで掃射するのだが、撃ち落した幾つかのミサイルから着色された煙が噴き出していた。

 周囲を包み込むように幾重にも煙幕が撒かれ、途端に真耶のハイパーセンサーに不具合が生じる。ジャミングの類に相手機体を見失い――

 セイバーに護られながら煙幕から抜け出した時には、オータムたち四機のISの姿は消えていた。

 

 

 休息もとり、幾分身体が楽になった士郎は、簪にゆっくりしていってくれと声をかけると、自身は再び接客業務に戻っていた。

 自身の格好、メイド服に関しては、もはや開き直っていた。いつまでもぐだぐだと文句を言っても、何も変わらないからだ。

「あ、もういいの?」

「ああ。休んで楽になったからさ」

「そう……ならゴメンね、早速なんだけど、二番テーブルにご指名なんで入ってもらってもいいかな?」

 二番テーブルへ向かってと告げられて、うかがった際に士郎は言葉を失っていた。

 テーブルに座るのは、不釣合いなほどに場違いな、綺麗な女性が座っている。

 士郎でも十二分にわかる女性としての大人の魅力。セイバーやキャスターとはまた違う美人。

 紅茶を口にする、豊かな金の髪の女性に、一瞬、士郎は間違いではないのかと静寐に訊ねたのだが、間違ってはいないと返される。

 士郎は知らずのうちに苦い顔をしていた。

 クラスへ戻る前から、彼はさまざまな企業、機関、はては国家関係者から話しかけられていた。

 話の内容も多種多様。武装提供、専用機提供など。

 改めて、士郎は自身のイレギュラーたる存在の影響を実感することになる。男性でISを動かせるということを、思いのほか楽観視していたことは否めない。

 座るように促され、士郎は一礼して女性の横に着席する。本当は少しでも距離をとるために向かいの席に座りたかったのだが、女性にこちらへどうぞと手招きされては大人しく従わざるをえなかった。

 学園祭がはじまる事前に決めていた規則、「無理無茶無謀を除き、お客さんの希望には誠心誠意をもって従うこと」――

 一夏、士郎、ランサーに告げられていた取り決め。無論、女性が口にした内容は、なんら問題に当たることがない。

「少し、お喋りにつきあってもらっても?」

「あ、はい。俺なんかでよければ」

 大人の女性とどう接していいかが、士郎はいまいちよくわからなかった。

 千冬や真耶とはまた違い、さりとて近しい人物の藤村大河や蛍塚音子とも明らかに違うタイプの女性。つい畏まった話し方をしてしまう。

 イメージだけで見れば、掴みどころが見当たらない女性――脳裏に浮かんだ一番近い相手は、イリヤスフィールの従者のセラ。だがそれもただ思い浮かんだだけのこと。セラと似ているかと問われれば、似ている箇所など全くない。なによりも、まだまともな会話すらしていないのだから。

「男の子でISを動かすのは大変でしょう?」

「ええ……ああ、まぁ……その……正直言って、簡単ではないと思います」

 士郎の喋り方にくすくすと笑う女性は「もっと楽にして」と声をかける。

 そのまま女性は、さやかを呼び止め、士郎にも紅茶を一杯頼んでいた。

 数分と経たぬうちに運ばれた紅茶が士郎へと差し出される。去り際に、「顔紅いよ? ごゆっくり」と意地悪い声音と笑みを浮かべるさやかを士郎は一睨みする。

 すすめられるまま紅茶を口にする少年に視線を向け、些か落ち着いたのをみこしてから女性は話しかけていた。 

「ISを動かすのは楽しい?」

「…………」

 その問いかけに、士郎は僅かに無言となる。

 女性は気分を害したのかと思い、慌てて声をかけていた。

「男の子でISを動かせるなんてありえないことでしょう? だから、どうしても訊いてみたかったの。不快な気分にさせたのならゴメンなさいね」

「……いえ、そんなことはありません」

 手を振って応じながら、彼は考えていた。

 楽しいか楽しくないか――士郎にとっては捉え方にもよる。兵器としてみるISと、スポーツとしてみるISでは応え方は大きく違う。

 だが、女性はただ「楽しいかどうか」を訊いただけであり、なにもさらりと応えれば済むことである。そんなに深く考える必要性はどこにもなく、士郎はつい踏み込んだ考察をしてしまっていた。

「動かせることは楽しいですね。空を飛べるというのは、なんというか、ワクワクします」

「そう」

 微笑を浮かべる女性に、士郎は子供っぽい返答だったかなと考える。だが、何も恥じることはない。事実、そう思うことなのだから。

 女性も気にした様子を見せていない。

「あなたは、この世界をどう思う?」

「?」

 唐突に振られた話の内容の意味を理解することができず、訊き返そうとする士郎だが、相手の女性は遮るように続けていた。

「そう難しく捉えないで。今のこの世界……ISによって、女尊男卑となった世界……確かに社会は女性有利となりはしたけれど、だからと言って全てじゃないの。あくまでも、それはISを動かせると言う括りのみ。世の産業技術や製造業は別のものよ」

「…………」

「女のわたしが言うのもなんだけれど、女性だからといって、全てが男性より上回るとは思っていないわ。先も言ったように、技術においては平等と思うの。ううん、男性だからこそ思いつく理論があるかもしれないし、逆もあるかもしれない」

「…………」

「確かに、篠ノ之束によって世界は変わったわ。良い意味でも悪い意味でも。その上で、あなたに訊いてみたいの? あなたは男性でもISを動かせるイレギュラーのひとり。そんなあなたには、この世界はどう映っているのかしら?」

「……あの、その前にひとついいですか?」

「ええ」

「どうして、そんなことを俺に訊くんですか?」

 訊いても面白くもないと思いますけれど、と応える士郎に、女性はくすりと笑みを浮かべる。

「興味本位、ではダメかしら? 一個人として、男性操縦者からみた意見というのは実に興味深いものよ」

「……そういうもんですか?」

「ええ、そういうものよ。当たり障りがなければ、是非お聴かせいただけないかしら? 無理にとは言わないけれども」

 小首を傾げる相手に――士郎は特に黙することもなかったため、思うままを口にする。あくまでも一個人の意見と前置きをしながら。

「正直に言えば、よくわからないってのが現状です。そりゃ確かに、ISを動かせるってのが女性のみということとは別に……だからと言って、世の全てに男性と落差をつけるのはおかしいと思います。確かに、ISを動かせることが出来るのは女性のみという事実はあるでしょう。でも、俺からすれば、『だからなんだ?』と言う感情が強いですね」

「ふうん……」

 士郎の返答に興味を持ったのか、女性の眼がやさしく笑う。

「乗ることに関しては差が生まれるでしょう。でも、そのISを造るには女性も男性も関係ないと思います。女性のみが動かせると言う論理的なものは解明されていませんし。機体維持のメンテナンスだってそうです。ISを造るにも、色々とさまざまな分野で人が関わっているはずです。一から全てを女性だけがまかなっているとは思えません」

「…………」

「少なからず、男性の力……例えば技術者の方だって優秀な人だって多く居ます。その人たちの恩恵でISが造られていると思います。それらを踏まえた上で、世の女尊男卑という社会はおかしいと思います。ISを動かせるだけと言う、ひとつの部分にしかこだわっていない」

「……そうね」

 相づちを打つ女性に頷き、士郎は続けていた。

「誰かが言っていました。女性と男性で戦争をしたら、男性側は三日と持たないと。でも、俺はそんなことはないと思います」

「……根拠は?」

「ISは、今の世の中では最強と呼ばれていますが無敵じゃありません。エネルギーだって無尽蔵じゃない。切れてしまえば動かなくなりますし、戦うのは何もISだけじゃない。生身の人間は、心臓を撃たれれば死んでしまいます。戦争ってのは、何も機械と機械同士の戦いだけではないということです」

「…………」

「戦い如何によっては形振りかまわってなどいられない。細菌兵器でも持ち込まれれば、ISに乗っている人以外などどうにでもなってしまいますし、搭乗者は無事でも、整備士や技術者といった周りから潰してしまえば状況だって変わると思います。補給路を絶たれでもすれば、搭乗者ひとりで整備も補給もまかなうのは難しいでしょう。そこを攻められたらいくらISだからといってどうにかできるとは思えません。それに……」

「それに?」

 言葉を区切り黙る士郎へ、先を促すように声をかける女性。

 士郎はこくりと頷き口を開いていた。

「対IS用の武装が開発されでもすれば、女性有利という牙城なんて関係ないと思います。ISに女性が乗れるからスゴイ、なんていう社会は壊れるはずです。もっとも、ISを壊せる存在が出てしまえば、男性だから女性だからといった区別自体が無意味ですけれど」

「ISを壊せる存在ねぇ……」

「…………」

 含みを持つかのような相手の声音に士郎は無言。

 視線を動かし女性を見るが、彼は臆することなく逸らしもしない。

「実に興味深い例え話だけれど、何か心当たりがあったりするのかしら?」

「まさか。ただ考えれば簡単なことじゃないですか? 今の兵器を凌駕するISに対抗するなにかしらを模索する、というのは。世の男性にとっては面白くない世界だと思います。いずれはISが世界に取って代わるのかもしれませんけれど、その前までは、戦闘機や戦車が当たり前のように使われていたんですよ? 乗り手の人だって、当然男性の割合が多いんですから。現に、まだ戦闘機や戦車は存在しますけれど、事実ISにはかなわない。でも、逆には考えられませんか? 今の兵器がISに適わないのならば、ISを破壊できる兵器を造ればいいって」

「…………」

「そんな人たちからすれば、自分たちの立場を追いやったISに対して、なにかしらの対抗策を講じたりするのは普通だと思いますよ。今の世界は偏っているんですから」

「……そうね」

 無言であった女性は一息つき、紅茶を手に取り口に含む。

 ダージリンの味に堪能しながら――ゆっくりと口を開き訊ね言う。

「そうまで考えて口にする君は、この世界を壊したいと思ったことはある?」

「……は?」

「ISという物さえなければ、また違っていたとは思わない?」

 冷静に考えれば、飛躍した話であろう。

 一瞬、脳裏に浮かんだのは楯無とセシリアの顔。もし、この世界にISがなければ、ふたりはまた別の人生を歩んでいたのではないかと考える。

 だが――

 士郎は直ぐに頭を振っていた。ISという存在があったことにより、ふたりに知り合ったのは事実。

 なにより、自分はこの世界の人間ではない。この世界を壊す壊さないなど、自分が答える権利などないと思うのだから。

「ええと、それはどういう意味でのものかがわかりかねるんですが……隷属させられた男性社会ということであれば、明らかにやりすぎていると思います。それを抜きにして純粋に考えるとしたら……なんとも言えません。ここに来て、いろんなヤツと友人になることができましたから……思うところはありますが、このままでもいいんじゃないかなと」

「そう」

 そこで紅茶を口にし、喉を潤し女性は続ける。

「わたしはあるの。ISなんてなければ、この世界は変わっていたのにって。でなければ、何処かで悲しむ子もいなくなるのにねって」

「? それってどういう――」

 ことですか、と口にすることは出来なかった。女性の白く綺麗な指先が、士郎の口へ押し当てられていた。

 微笑みながら、彼女は言う。

「お節介ついでに言わせてもらうけれど、極端な言い方をすれば、ここ(IS学園)はね……兵士の養成所のようなところよ? ISは軍事利用を禁止され、スポーツのために使われるというけれど、そんなのは上辺だけ」

「…………」

「表向きは、ISについて学ぶためと御大層に謳ってはいるけれど、その旨は何のことはないの。言い方を変えれば、何処に出しても恥ずかしくない兵士の下地を造り、基礎訓練を習うところだもの」

 士郎は真面目に聴き入っていた。それは、少なからず、自分も思っていたことでもあるのだから。

「ちょっとしたやり方如何では、殺戮兵器の何者でもないけれど。人を殺すこともできれば、人と競うこともできる。使う道具は同じなのに、もたらす結果は違うわよね?」

「…………」

「君の考え方、個人的には嫌いじゃないけれど、捉えているのは、ちょっとだけ一方通行ね。他の見方もしてみるといいわ。大局的に物事を捉えてみなさい。よく考えてごらんなさいね。まあ、その口ぶりからすると、君は何か思うところがあるようだけれど」

 指先をゆっくりと離し女性。

 士郎は不思議と相手を見入る。言葉は不快ではない。どこか危うさを含んだようにも捉えていた。

 自然と彼の口は開かれ、言葉を紡ぐ。

「あなたは……ISが嫌いなんですか?」

「……そうね。好きか嫌いかで言えば、嫌いかしらね?」

「…………」

「理由は聴かないの?」

「あなたにとっての、その理由というのは、俺が聴いてもいいのかどうかがわからないですから……」

 律儀な子ねと呟き、女性は指を組む。

 たったそれだけのことなのだが、眼の前の女性からは妖艶な色香を感じていた。

「話を変えるけれど、君にとって、ISとは何かしら?」

「……空を飛ぶため……決して争いごとなどには使われず、純粋な飛行機体……だと思います」

「兵器とは思わない? ISなんて、いわば簡略されたゲームの駒よ?」

「…………」

 僅かに考えるが、首を振って再度答える。

「いえ、思いたくはないです」

 発せられた否定の言葉。

 「思えない」ではなく、「思いたくない」――

 言い方を違えど、その旨には士郎にとって思うところがある。理解せざるをえないながらも拒みが混ざり含んだものだった。

 だが、相手の女性はその意味を理解したのだろう。

 士郎の頭に手を乗せ、優しく撫でる。まるで「よくできました」と言わんばかりに。

 羞恥により、瞬く間に顔を紅くする士郎だったが、くすりと笑うと女性は「ごめんなさいね」と一言漏らし、手をどけていた。

 紅茶のカップは空。女性は席を立ち上がる。

「お話が出来て嬉しかったわ」

「いえ、俺も……個人的に思うところがありましたから」

「ふふ、縁があったら、また会いましょうね。その格好、可愛いくて似合ってるわよ、衛宮士郎くん」

 言って、女性はぽんぽんと士郎の肩を叩くと、混雑する室内を見て、申し訳なさそうに表情を曇らせる。

「忙しそうね。ゴメンなさいね、時間をとらせて。これ以上お邪魔しても悪いから、お暇するわ」

「いえ、ありがとうございました」

「あ、衛宮くん、終わり? なら悪いんだけれど、八番テーブルのお客さんがゲームだから急いで」

 四十院神楽に声をかけられ、一瞬眼を逸らした士郎は、わかったと返答する。

 刹那――

「ああ、そういえば」

 不意に思い出したように、背後から女性の声が上がる。

「自己紹介をしていなかったわね。わたしはスコール。スコール・ミューゼルよ」

 かけられた声音に振り返ろうとして――

 ふと、あることに気がついていた。

 何故、女性は名前だけを告げる必要があったのだろうか、と。装備提供を名乗る企業であれば、名刺を渡して済むはずだ。

 いや、それ以前に、どうして自分は先まで話していた女性を企業や国家関連の人間だと思いこんでいたのだろうか。相手はそんなことは何ひとつ口にしていない。

 なによりも、よくよく考えてみれば会話の内容もおかしなものだ。

「――っ!?」

 慌てて振り返るのだが、女性の姿はそこにはなかった。僅か数秒の間だというのに。

 直ぐ近くにいたナギを捕まえ、士郎は訊ねる。

「鏡、今俺と話していた人は何処に行った!?」

 声をかけられ、一瞬きょとんとしていたナギは、ああ、と呟く。

「あのモデルさんみたいな綺麗な人? あの人なら、今出て行ったばかりだけれど――それが――衛宮くん?」

 入り口を指さすナギの言葉を最後まで聴きもせず、士郎は廊下へと駆ける。だが、スコールと名乗った女性の姿は何処にも見当たりはしなかった。

 

 

「ただいまー」

 たかたかと駆けるサンシーカーは、出迎えたスコールに抱きついていた。

「お帰りなさい。どう? 楽しんでこれた?」

 スコールもまた、えへへと笑いを漏らすサンシーカーの頭を優しくなでる。

「うん。あのねあのね、すっごく強いお姉ちゃんがいたんだよ」

「あらあら、その顔を見ると、余程楽しめたのね。後でじっくり話を聴かせてね」

「うん。また遊びたいなぁ」

 無邪気にサンシーカーはそう笑っていた。

 遅れてオータムとホークアイ、スノーが現れる。三人の中で、ただひとり、オータムは不機嫌そうな面持ちで。

「……スコール、お前、何処かに出かけていたのか?」

 スコールが身に纏う服装に少しばかり違和感をもったオータムは訊ね言う。

 そんな相手の顔を見て、だが、スコールは微笑むだけ。

「ええ、ちょっと個人的にね。それよりも……その様子だと、失敗したようね」

「知ってて言うのはやめろ。それに、どういうつもりだ? どうして、スノーなんか嗾けやがった!?」

 その言葉に――「なんか」呼ばわりされた少女――スノーは申し訳なさそうに俯いている。しかし、気弱そうな表情の双眸は、ちらりちらりとオータムへ向けられていた。

 背後の視線に気がついているのか、オータムは一度大きく舌打ちすると鬱陶しそうに振り返っていた。か細く小さな悲鳴を漏らしたスノーは、慌ててホークアイの背に隠れていた。

 掴みかかろうとするオータムへ、スコールは声をかけて制していた。

「怒らないで。あなたに言っていなかったのは謝るわ。でも、事前に口にしていたとしても怒るでしょう?」

「…………」

 ムスッとした表情は変わらないオータムに、スコールは頭を垂れる。

「ごめんなさい。サニとホークに加えて、万が一を想定していたのは、わたしの独断よ。でも、おかげで無事に帰ってきてくれて安心してるのよ。それに、エムだって足止めしてくれていたんだから」

 エム、と名を聴きオータムの表情は更に険しいものになっていた。

 スコールの言葉で思い出す。『打鉄』を相手にしていたサンシーカーとスノー、ホークアイに混ざるかのように割り込んだ偏向射撃――

 やはりあの射撃はアイツかと確証を持ったオータムを見越したかのように、ふらりと現れたのは黒髪の少女。

 その姿を見て、オータムは歯を軋らせ眼に力をこめる。

「テメエ……」

 静かに声を漏らす相手とは対照に、少女の眼は嘲笑を帯びたまま口を開いていた。

「無様だったなオータム。それに、労いの言葉も感謝の言葉も、お前の口から、わたしはまだもらっていないが?」

「……なんだと」

「苦戦していたお前を、わたしはわざわざ助けてやったんだ。感謝こそされ、睨みつけるなどとはお門違いだろう?」

 空気の変化にスコールの腕に抱かれていたサンシーカーはすぐに反応し、スノーもわたわたと慌てふためく。

 ぴくりとオータムの眉が動き――

 殺意を含む双眸に変わるが、エム――マドカは気もせず、口を動かし言葉を吐いていた。

「それに、わたしならお前よりも巧くやれたさ。訓練機ごときにあしらわれ、何もできずに逃げ帰る無能な貴様とは違う」

「言ってくれるなぁ、クソガキ……命令無視して意気込みやがって、偉そうにひとりで勢いよく乗り込んでおきながら、得体の知れない相手にビビッて、何の確認もできずにすごすごと逃走したヤツは言うことが違うモンだなぁ? よくもまぁ、無駄に口が回るものだ。感心させられるぜ?」

「――貴様っ」

 今度はマドカが口元から歯を軋らせ睨みつけていた。

 少女の胸倉を掴み上げるオータムに、それまで怯えていたスノーが慌てて割って入っていた。

「エ、エム……ダメだよ……喧嘩しちゃ……オ、オータムもそんな恐い顔しないで……お、お願いだから、ふたりとも喧嘩腰にならないで……仲良くしようよ……ホ、ホークも停めて……」

「…………」

 仲裁しようとおろおろとするスノーは、助けを乞うようにホークアイへ視線を向ける。

 名を呼ばれたホークアイは、無言のまま険悪な雰囲気となるふたりをつまらなそうに見ていたが、静かに頭を振るだけだった。

 勝手にやらせておけばいい、という意思表示。

「そんな……」

 協力してもらえるとばかりにそう思っていただけに、当てが外れたことでスノーは若干涙目になっていた。

 が――

 割って入る仲裁の声音の主は、スコールだった。

「やめなさいオータム。エムもそこまでにしなさい。さすがにこれ以上は見過ごせないわよ」

「――ちっ」

 オータムは舌打ちし、半ば突き飛ばすようにマドカを離す。

 バランスを崩し、倒れそうになるマドカの身を咄嗟に受け止めるスノーだったが、当のマドカは、受け止められた手すら煩わしそうに振り払い――フン、と鼻息ひとつ残すと、踵を返しその場を後にする。

「ごめんなさいね、スノー……あなたにも無理をさせて」

 困ったものねと零すスコールの声に、スノーは、ううんと首を振っていた。

「大丈夫、気にしないで……」

「お願いついでに、エムのこと……頼まれてくれる?」

「う、うん……」

 こくりと頷き、スノーもまた踵を返すと、マドカを追いかけて部屋を出て行った。

「ちっ――」

「……で、実際に眼にした感想としては、どうだったかしら?」

 マドカが消えても溜飲は下がらないオータムへ、スコールは愉快そうな眼の色は消さずに改めて訊ねていた。

「……三番目の適正者の男とやりあったがなぁ……はっきり言って、ありゃ化物だ。たかが訓練機如きで、このわたしが、ああまで攻められるとは思わなかったぞ……それに、それにだ……信じられるか? あの野郎は生身で、わたしのアラクネとやりあったんだぞ? なあスコール、コイツはなんの冗談だ?」

 思い出しただけでもゾッとする。こちらは遊びはなく挑みかかったのだ。それを素知らぬ顔をして難なく捌ききられた。

 挙句、今更ながら相手は本気ではなかったとオータムは捉えていた。確証など何もない。ただ、此方が殺す気で襲いかかったというのに、笑いながら機体を駆られるなど冗談ではない。

 マドカの介入があって逃げることはできたが、こちらは四機がかりで襲いかかったというのに撃墜することができなかった。

 そう考えれば、こうして逃げおおせただけでもマシといえる。もしくは、ワザと逃がされたのではとさえ思えていた。それはまるでネズミをいたぶり遊ぶ猫のように。

 槍を構えた際に見せた、背筋を凍らせた殺気――

(舐めやがって……)

 ぎりと歯噛みするオータム。

 そんな彼女を然して気にもせず、スコールは問いかけていた。

「ふうん……あなたが言うのはよっぽどね。噂の『ブリュンヒルデ』の弟さんの『白式』の方は?」

「あっちの方は大したことねぇよ。邪魔さえ入らなければ」

 再度思い出し、オータムは忌々しそうに口の端を歪めていた。

 せっかくの顔が台無しよとスコールは言い咎めるのだが、オータムはフンと鼻を鳴らすだけ。

「なら、当面の目的は……」

「ああ……あの三番目は、かなり邪魔くせぇな。いずれにせよ、全力を以って本気で殺しにかからないと『殺せない』ぞ? それと、こちらの武装も全て対IS用のものに変える必要がある」

「……その話は追々ね。ちなみに……二番目の子は?」

「そいつには当たらなかったな。ツラも見てやしねぇし」

 そう、と一言だけ呟くと、スコールの視線はホークアイへ向けられる。

「ホークの方は?」

 沈黙を保ち会話に混ざらなかったホークアイは、その口をゆっくりと開いていた。

「……フランス代表候補生を相手にした。現時点では、全く脅威には感じない。撃墜したがコアは奪えなかった」

「現時点、ということは、この先壁になるとも?」

「……高速切替は中々だとは思う。だが、如何せん『経験』が足りない以上は、取るに足らない」

 淡々と答える彼女に、スコールは満足そうに頷いていた。

「三人ともご苦労さま。今日はゆっくり休んで頂戴。サニ、苺のミルフィーユを買ってきておいたから、それを食べてからお話を聴かせてね? ホーク、あなたにはチーズのベイクドケーキを用意しておいたから」

「ケーキ!? うん! 行こ、ホーク」

 ケーキと聴いたサンシーカーは、パッとスコールから離れると、ホークアイの手を引き駆けていく。

 残ったオータムは、離れていくふたり――早く食べたいと急ぐサンシーカーに、無理やり手を引っ張られるホークアイなのだが――の背を見るともなしに眺めていたが……振り返り、口が開かれる。

「……楽しそうだな、スコール」

「あら、そう見える?」

「ああ。少なくとも、わたしにはな。何があったのかは、わからないが、余程、お前を楽しめたことがあったんだろう?」

「ふふ、さぁどうかしら? でも……あなたに『()()』見えるということは、()()()()()()()()()

「……フン」

 鼻息ひとつ漏らし、顔を背けるのだが――刹那に、彼女は向き直ることになる。

「実際のところ、どうだったのかしら? サニとスノーは……」

「…………」

 スコールの言葉に、オータムはしばらく沈黙したままではあったが、観念したように息を吐く。

「逃走の時間を稼ぐために、スノーとサンシーカーは薬を呑みやがった。でもな、それでも相手を潰せなかった」

「…………」

「ホークアイの話では、サンシーカーは、さっきのフランス代表候補生を足止めする際に、その場にいたもう一機の『打鉄』の女とカチ合った時にも呑みやがったらしい」

 興味を惹かれた言葉に、スコールの眉が微かに動く。

「……つまりは、『ストレングス』化せざるをえなかった相手が、ふたりいるということね?」

「ああ。データは所得してあるから後で見てみろ。それに、サンシーカーの方は、楽しそうにお前に説明してくるぞ?」

「そうね……あの子があんなに嬉しそうな顔するなんて、本当に久しぶりね」

 何処か複雑な表情を浮かべながら――

 退屈にはならなそうね、と静かに呟くスコールの声が静かに響いていた。

 

 

「ふうん……」

 モニターにつまらなそうな視線を向けたまま篠ノ之束は、ぎしと音を鳴らし――椅子の背もたれに寄りかかる。

「仕方がないとはいえ、先を越されたのは正直つまらないけれど……でも、面白いものが見れたからよしとするかなぁ」

 やれやれと息を吐くと、呆れるような顔で投影キーボードに指を這わせる。

 カチャカチャとキーを叩き彼女。

「いっくんにも困ったものだねぇ。もうちょっと危機感を持ってほしいトコだけれど……まぁ、『剥離剤』なんて使われればどうにもできないか。コアを奪われた時は、さすがに束さんもドキリとしたけれど……」

 まさか、『白式』のコアを奪われるとは思いもしなかっただけに、予想外のことに困惑もした。

 さすがにマズイと見越し、介入しようと行動に移そうとした束ではあったが、思い留まらせたのは、ランサーの存在だった。

 それからの行動を、束はコア・ネットワークを通じて全てを見入っていた。

 たかが一機――訓練機如きの『打鉄』が、軍用ISと互角以上に渡り合う。

 『打鉄』の限界性能を無視した交戦結果。とても、乗り手となる操縦者の技量だけでは説明がつかない。

 なによりも束が興味を持ったのは、飛行速度。『打鉄』における加速限界は熟知している。それが、大型スラスターなどといった追加搭載されていれば話は別となるが、IS学園に配備されている『打鉄』は、いずれもカスタマイズなどされていない。手の施された機体など、一体もありえはしないのだから。

 当初は専用機の類か何かかと推測したが、直ぐにその当ては外れていた。何度調べ見返しても、ランサーが駆る機体は訓練機。それが追跡時に常識外の速度を確かに示したことに、彼女は無視するはずもない。

 これほど興味深いことはない。自分に必要だと感じたものは、どんな些細なことであれ記録していた。

 得られた情報を差し引いたとして、結果的に、彼女は介入しなかったことを僥倖と捉えていた。

「たかだか訓練機だっていうのに、こうまで興味を惹かれるのはどうかと思うけれど……」

 できることなら回収して直に調べてみたくもある。

 飽くなき探究心は尽きることがない。

 くつくつと含み笑いを漏らしながら彼女。

 見入る先は、つい今しがた繰り広げられていた攻防。映し出されるのはふたり。紅い槍を握る男と、見えない何かを振るう少女。

 少女の方にも束は逸る気持ちを抑えることができなかった。自身でも知り得ずわかり得ない武装。データ表示も解析も一切受け付けない光学迷彩の武器などあるはずもない。

「ホント、面白いね……この束さんにもわからないってのは、なんなんだろうねぇ……」 

 そこまで言うと――

 彼女の表情は一変する。にこやかな笑みは消え、怒りの形相に。

「それにしても、素性を隠して、せっかく用意して渡してやったってのに、思ったよりも使えないのは癪に障るねぇ」

 束の怒りの矛先は、武装の類を提供したのにも関わらず、思う以上の成果を上げなかった連中に対して。

 無能、と捉えた彼女は毒づいていた。

「つかえない屑は屑ってことだねぇ……ま、ハナから期待はしてなかったけれど、それでもなにかしらの役には立つかとは思っていたんだけど……淡い願望なんてものをもったのがそもそもの間違いだったねぇ、コレは……どうしようもない輩を使おうとしたのが、束さんには無駄ってことかなぁ……」

 言って――

 彼女は身体を起こしていた。その顔からは怒りの感情は消えている。

「そうだねぇ……わたしが直接やらないと、やっぱりダメかぁ……」

 ぺろと指先を舐め、束は静かに笑いを漏らすのだった。


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