I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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メリー。


34

「なんだ……これは……」

 足を踏み入れた第四アリーナ更衣室内――

 我が眼を疑う光景に、千冬はそう言葉を漏らすことしかできなかった。

 それは、隣に立つ真耶もまた同様に、声すら発せず、唖然とすることしかできなかった。唯一、震えた眼だけが室内を所狭しと彷徨う程度。

 壁の一部はぶち抜かれ穴が開き、天井や床も至る所が抉られ破壊されている。中には燻ぶる箇所もあった。

 備え付けられていたであろうロッカー類は、一切、元の面影を残していなかった。皆、ひしゃげ、潰れ、切り裂かれ……何かしらの損壊を受けて、ただの鉄屑と化している。

 それはまるで、この室内だけに生まれた常識外の暴風雨の仕業かと思わせるほどの爪痕に似たものだった。

 逆に無事である場所を探すのが困難なほど、その中に、一夏と楯無ふたりの無事そうな姿を見つけた千冬が事情を問いただせば、亡国機業のISとランサーが戦闘を行った痕跡だということ。ならびに今現在も追走しているという。

 報告に上がった隔壁破壊の件も、容易に理解出来得ていた。聴いた話によれば、勝手に訓練機を扱い追いかけているのだろう。

 本格的に、真耶は絶句し、千冬は片手で顔を覆っていた。

 口早に説明する一夏と楯無ふたりも自分たちが眼にしたものは、とても信じられたことではない。けれども、事実を口にするしかなかった。

(それにしても……)

 楯無の説明を耳にしながらも、千冬は、改めて室内の惨状に眼を向けていた。

 ISを相手に生身で戦うなど、あまりにも馬鹿げているとしか思えなかった。

 千冬自身が、前に一夏とラウラがいざこざを起こした際に、ブレード片手に割って入ったことはあるが、これは常軌を逸している。

 真耶に人目につかないように虚を呼ばせると、数分と経たぬうちに相手は現れた。虚もまた室内の有様を眼の当たりにして言葉を失ってはいたが、千冬に命じられるまま、一夏と楯無の手当て――応急ではあるが――を任されていた。

 あくまでも、学園祭は続けたまま。楯無からの報告を受けたとは言え、不用意に他言もできない。今この状況を知っているのは千冬と真耶の教師ふたりと、四人の生徒に分類される楯無、一夏、ランサー、虚のみ。

 楯無へ、信用できる教員を何人か遣すとだけ告げると、千冬は真耶を連れて第四アリーナ管制室へと向かっていた。

 

 

 僅かほど時間はさかのぼる。

 なにが起きているのかがわからない。

「織斑先生、ランサーさんが何処かに行っちゃいました……」

 どうしていいかわからず、相川清香は困った表情のまま、そう告げて来た。

 楯無から「ランサーさんから眼を離さないでください」と言われていたにもかかわらず、千冬と真耶のふたりで注視しておきながら見逃すとは迂闊すぎるにも程がある。

 男性操縦者として狙われる可能性があるかもしれないと言う話は聴いてはいたが、士郎、弟の一夏よりは幾分警戒レベルを下げていたのは否めない。

 だが、だからといって眼の前から忽然といなくなるとは思わなかった。

 ふたりがランサーの性格を、よりよく把握していなかったのも――ある意味としてであって、必ずしもそうだとは限らない――ひとつの問題といえよう。

 あげくは、真耶の持つ携帯端末からは、第四アリーナピット内の一部隔壁破損の報告。ランサーを捜すことと、現場へ向かう二重にどちらを優先するべきか、ふたりは気が気でならなかった。

 特に千冬には、ランサーをこのまま放っておくという気にはならなかった。何故かはわからないが、妙な胸騒ぎ――説明できぬ不快な気分を覚えていた。それは、第六感のただの『勘』でしかないのだが。

 隔壁に関してもそうだが、ランサーに対しては他の教員に連絡することは考えていなかった。

 告げられた「素性の知れない輩から狙われている」という情報も、不明瞭であり、不確かなものである。下手に情報を漏洩させるわけにもいかない。

「あの馬鹿は……本当に問題ごとばかり起こしてくれるなっ!」

 罵声を漏らしながら、千冬と真耶は駆けていた。自分たちの格好はメイド服とバニーガール姿ではあるが、もはやそんなことはどうでもよかった。好奇の眼にさらされようが、知ったことではない。

 と――

「織斑先生」

「――?」

 真耶が呼び止め、指さす方向に視線を動かせば――そこには、駆ける士郎とキャスターの姿があった。

「衛宮……」

 眼の前に現れる士郎もまた、楯無から報告を受けた対象のひとり。

 無事だったか、と思わず口に出かけた言葉を、千冬はなんとか呑み込んでいた。

「あれ? 織斑先生と山田先生も」

 士郎もふたりの姿に気づき、駆け寄ってくる。

「? どうかしたんですか、ふたりとも……なにか、慌ててるようですけれど」

「…………」

 どう応えるか判断に迷うのは千冬だった。逡巡する間さえ煩わしいほどに。

 彼女――千冬にとって衛宮士郎という人間は、弟の一夏と比べて、変なところには妙に鋭く気がつく男だと認識していた。

 仮に偽ろうとしても、それを怪しがり、踏み込み勘ぐってくる節があった。とはいえ、それは千冬が嘘をつくのが下手なだけである。同様に、真耶も嘘をつくのが上手というわけではない。

 返答に困るふたりだが――

 その状況を打開したのは、キャスターだった。彼女は、これでもかと言わんばかりに盛大に溜め息をついていた。

 背後で大げさすぎる吐息に――さすがに士郎は振り返っていた。

「な、なんだよ」

 困惑したような声音を漏らす相手に、キャスターは面倒くさそうに――事実そうなのだが――指先をすいと千冬たちへと向けていた。

「だから言ったでしょう? 男性陣が誰も居なくてクラスが参っているって。織斑先生も山田先生も、急いであなたたちを連れ戻そうとしてるのよ。見て御覧なさい。特に織斑先生なんて、この格好で脇目もふらずに来てるってことは、余程のことよ? それぐらい察しなさいな」

「あ……そりゃ、確かに……すいません」

 指摘され、納得したように頷くと士郎は再度向き直っていた。

 対して、千冬と真耶は無言。助け舟を出したキャスターに、よくもまあ、そこまで咄嗟に口が回るものだと呆気にとられていたのだが――

 呆ける三人に構わず、キャスターは続ける。

「ほら、ランサーはふたりに任せるとして、あなたは早く戻りなさいな。クレームが酷いのは本当なんだから。静寐さんや清香さんだけでは手が回らないわよ」

「あ、ああ」

 ごく自然を装いながら、千冬もまた士郎に声をかけていた。

「戻ってくれていたところだったか」

「ええ、クラスの方が忙しいから、直ぐ戻ってくれって事で……葛木先生に言われて、今から向かうところでしたけれど」

「そうか……」

 ちらとキャスターに視線を向けるが、相手は特に表情の変化はない。

 再び士郎に視線を戻し、彼女は言う。

「なら、直ぐに戻れ。男手が誰もいなくてな……正直、参っているのは本当だ。鷹月が指揮を執って、なんとか抑えてはくれているようだが、限界がある。すまんが、お前には客の対応を第一に頼む。織斑やランサーのふたりも、捕まえ次第戻させる。それまで、ひとりでなんとかしてくれ」

「……ホントに、ランサーのヤツはどっかに行ってんですね。わかりました」

 話を聴き呆れた士郎は嘆息ひとつ。千冬と真耶に「先に戻ります」と告げて駆け出していた。キャスターもまた追いかけるように駆け出し――

「第四アリーナの更衣室……急ぎなさい」

 すれ違いざまに、囁くようにそう告げる。

 咄嗟に振り返る千冬だが、キャスターは立ち止まりもせずに、そのまま士郎の後を駆けて行った。

 

 

 身を投げる勢いのまま、管制室に到着したふたり――千冬は真耶に指示し、学園配備の訓練機ISを確認させていた。

 素早くキーボードを叩き、表示されるデータに小さく呻くと、真耶は瞬時に振り返っていた。千冬も覗き込むようにディスプレイに視線を向けていたため、映し出される結果に眉を寄せていた。

 伝える必要はないのだが、しかし、真耶は敢えてその答えを口にする。

「南東方面に高速で移動しているのは、学園に配備されている『打鉄』の一機です。データ照合に間違いありません。恐らく……」

 移動速度も、常識ではありえない反応を示していた。訓練機の『打鉄』が出せる最高速度を超越している。

 理解できないことばかりが起きている。

 搭乗者が誰かは言うまでもなく、ランサーだろう。最後まで口にはせず、真耶は向き直ると――通信回線を開き、口早に叫んでいた。

「ランサーさん!? ランサーさん!? なにをしているんですか! 直ぐに戻ってください!」

 相手からの返答は無し。強制的に回線を繋げている以上、聴こえていないはずはない。

「何を馬鹿なことを考えてるんですか……お願いですから、返事をしてください!」

 真耶は再度声を荒げて叫んでいたが、ようやくしてランサーから返答がくる。

「……聴こえてるよ」

「――っ、なにをしてるんですか! 直ぐに戻ってください!」

「なにって、追撃だ」

 その言葉に、真耶は言葉を失っていた。

 代わりに対応するように、千冬は真耶に指示すると、『打鉄』と通信回線を繋がせていた。インターカムを手に取り、一呼吸漏らし、口を開く。

「『打鉄』に乗っている馬鹿者……応答しろ」

 そんな言い方って、と真耶は言葉を漏らすが、千冬は聴いてはいない。彼女とて、そう余裕があるわけではなかった。

 今一度、インターカムで呼びかける。

「訓練機の『打鉄』に乗っている馬鹿者……返事をしろ。上空飛行のパフォーマンスなど、聴いていないぞ」

 一瞬、回線から「うげ」とくぐもった声が聴こえたが、ついで何かを諦めたかのように溜め息が漏れていた。

「その声は、千冬ちゃんか? お前もそこに居んのかよ」

「…………」

 こんな時まで無駄口を叩くとは、と苛立ちを覚え――それでいて多少の安堵は感じ――ながらも彼女は告げる。

「ランサー、今すぐ戻れ。自分がなにをしているのか、今度こそ、知らぬ存ぜぬとは言わせんぞ」

「あー、まぁ、そいつは説明すると長くなんだが……お前の弟と生徒会長さんが喧嘩売られてな」

「……知っている」

 千冬の返答を聴き、幾分気が楽になったのか、ランサーの声音に明るみが含まれる。

「あ、知ってんなら話は早ェな。俺は、その追撃中だ」

「待てランサー、その話が例え本当であったとしてもだ……お前が追撃する必要はない。代わりに教員を至急向かわせる。余計なことはするな。相手が撤退するなら今はそれでいい。素性の知れない輩を深追いするな。だから……お前は、今すぐに戻れ」

 淡々と告げてはいるが、織斑千冬は厳格な教師とは言えど、ロボットではない。血の通うひとりの人間故に、その声音に冷静さはなかった。

 千冬にとって、ランサーがただの人間でないのはわかる。だが、だからと言って、『亡国機業』などと名乗るばかりの、目的意識もはっきりとせぬ不穏な組織に接触させるつもりはない。それが彼女なりの憂慮でもあるからだ。

「お前が、相応の実力を持っているのはわかる……だが、こんなことに、お前が関わる必要はない。後は我々がやることだ……だから……」

「いやに弱腰だな、吊り眼のねーちゃん。心配してんのか?」

「ランサーッッ!」

 通信回線越しに、へらへらと軽口を叩く相手に千冬は声を荒げる。だが、次のランサーの返答は、至極真面目なものだった。

「まぁ、俺としても、面倒事にゃ関わりたくはねーんだが……そうも言ってられねーんでな」

「どういうことだ……」

「吊り眼のねーちゃん……ヘタな問答はいらねぇだろ? どうせ、おおかた更識の小娘から全部聴いたんだろ? お前の弟のISは奪われてんだ」

「…………」

 一瞬言葉を詰まらせ、応えに困る千冬は無言のまま。ランサーが言うように、楯無から一夏の『白式』が、どういう手段かはわからないが奪われたとの話は聴いていた。

 にわかに信じられない内容ではあったのだが――

「悪ィが、俺ァもう聴く気はねーぞ。アンタら教員が今から追いかけても、とっ捕まえられるかどうかもわかんねーしな」

「…………」

 ランサーの言は一理ある。だが――

 判断に葛藤する千冬は、それでも思いあぐね、決め手を欠ける。

「……ランサー、お前は……今、どこを飛行している?」

「あ? ンなこと言われても、よくはわかんねェぞ。下にゃ街が見えるけどな」

 街、という言葉を聴き、千冬は舌打ちしていた。市街地上空に入っているのかと呟きながら。

「……お前の周囲には、何が見える? 海か、山はあるか?」

「なんもねぇぞ。見渡す限りは街ばっかだな……あぁ、右手の方には海……か、アリャ……ちっとばかし見えてきたな」

「…………」

 その報告に、しばし考え込んでいた彼女は眼を瞑る。

 時間にしてみれば、僅か数秒足らず。しかし、長い時間が経ったかのように感じたまま、眼を瞑っていた千冬は、観念したようにインターカムを握り締めていた。

 彼女の口がゆっくりと開かれ、言葉を伝える。

「ランサー、全ての責任は、わたしがもつ……交戦を許可する。決して、取り逃がすな」

 その声を聴き、鈍い音を鳴らして立ち上がったのは真耶だった。

「正気ですか――織斑先生!? アナタは、自分が何を言っているのかわかっているんですかっ!?」

 キーボードパネルを叩き殴りつけ、真耶は信じられないという顔――視線を向けて、食ってかかっていた。

 まさか、千冬がそんなことを口にするとは思っていなかった。当たり前のように、直ぐに学園に戻れ、と告げて終わるだろうと捉えていただけに。

 千冬と真耶のふたりは、わかるはずもないが、ランサー本人もまた、回線の向こう側では意外な顔をしていた。なんと言われようとも、追撃することに変わりはなかっただけに、それが千冬の口から告げられるのが、公認の交戦許可が下ろされるとは予想外だったと言えよう。

「……いやいや、まさか、アンタがンなこと言うとは思っちゃいなかったんでね。てっきり、戻れと言われるんだとばかり思ってたモンでな」

「茶化すな……いいか、ランサー……できる限り、市街地上空は避けろ。海上に誘い出すか、山間部に追い込め。万が一にも、地上戦にでもなった場合は、開けた場所で速攻で仕留めろ。重ねて言うぞ……よく聴いてくれ。絶対に、民間人に被害は出させるな」

「注文の多いこった。まぁ、オーダー通りにやってやんぜ」

 だが――勝手に話を進めることに、真耶は我慢ができず声を張り上げていた。

「やめてください、織斑先生!」

 椅子が倒れるにも構わず、真耶は千冬の肩を掴んでいた。その表情には信じられないといった色を浮かばせたまま。

「織斑先生……わたしは反対です。今直ぐにやめさせるべきです! ランサーさんを巻き込む必要はありません! わたしが向かいますから――」

 だから、どうか考え直してください――

 真耶の双眸がそう訴えかける。

 捕まれる肩には力がこもり――だが、千冬が口を開くよりも早く、回線の向こうのランサーは、からからと笑っていた。

「眼鏡のねーちゃん、言ったろ? 今からアンタが向かっても、追いつかねえっての。このまま俺が仕留めるさ」

「ランサーさん……」

 力なく呟く真耶は、掴んでいた千冬の肩から手を離し、だらりと下げる。

 千冬は一瞬だけ視線を向けたが、直ぐに逸らし続け言う。

「……アリーナとは勝手が違う。下は市街地だという事は忘れるな。いいか、くどいようだが、絶対に市街地に被弾させるな」

「言ってくれるね。ま、やってやるさ――と、もうちょいだな」

 ランサーの台詞に、真耶は慌ててモニターを視認していた。

 表示された、二機のIS反応――

 レーダーが捉える機影を見て――真耶は、驚愕するしかなかった。口から漏れるのは、信じられないといった声。千冬も僅かばかりに驚いてはいる。

「あ、ありえません……『打鉄』は、防御重視とされた訓練機ですよ!? これ程の距離に追いつくなんて……それにこの加速……考えられません……」

 高速移動の単純な種明かしは、後先も特に考えもせず、ランサーが『打鉄』に風のルーン魔術を施し、飛行速度を増して疾走していただけでしかない。無論、必要以上の負荷をかけているため、機体自体は無理がたたっているのだが。

 そんなことに真耶が気づくはずもない。

「さぁて、ンじゃまぁ、かますとするかねぇ」

 悪戯を思いついた子供のように、気楽に応えるランサーに、千冬は「すまん」と小さく呟く。

「頼む……『白式』を取り返してくれ」

「あいよ。ンで、まぁ……とりあえず、訊いときたいことがあるんだがなぁ。ISてのは、機体自体も大切なモンなのか?」

「……どういう意味だ?」

「ISってのには、一機造るにも結構な金と時間に労力がかかってるってのはわかるんだがよ……その、なんだ……具体的に言うとだな、その中でも、要はコアさえ無事でありゃいいんだろ? 相手の機体が原形を留めなくなってたとしても、そいつは不可抗力であって、問題はねぇよな?」

 その言葉に――千冬も真耶も、ただただ呆気にとられていた。

 この男の言い分を、つまりは良いように理解するならば「言われるように仕事はこなすが、多少のことは大目に見てくれ。ISをぶっ壊しても文句を言うな」と告げている。

 だが、直ぐに千冬の表情には笑みが浮かんでいた。インターカムを握り、思う言葉を相手にぶつけていた。

「ああ、構わん。言ったろう? 責任はわたしが取る、と。お前は、思う存分好き勝手に徹底的に叩きのめせ。だが、殺人を容認することはできん。生け捕りにしろ。IS機体も破壊を推奨するつもりはないが、お前と、ついでにコアが無事であれば文句は言わん。如何様にも暴れるだけ暴れろ」

 そこまで告げると、千冬は一度言葉を切る。

 一呼吸置き――

「言っても聴かんのかもしれんが……いいか、無理と無茶は違う……命を落とすようなマネはしてくれるなよ?」

 刹那、回線越しにランサーが笑うのがわかった。それと同時に、耳障りな激しい金属音が上がると通信は一方的に切れていた。恐らくは、ランサーが言うように交戦に入ったのだろう。

 無言のまま、握るインターカムを下げた千冬が気づいたものは、非難がましくこちらへ視線を向ける真耶の姿。

 睨みつけるかのような憎悪のこもった双眸に対し、千冬はまっすぐに見返すことしかできなかった。

 真耶自身にもわかってはいる。今この状況で、ランサーの存在は大きく頼りになるものだ。また、彼が言うように、他の教員を例え今から向かわせたとしても時間がかかり過ぎる。何よりも見失う可能性の方が遥かに高い。

 それらを理解した上で――だが、真耶は教師である以上に、ひとりの人間として、ランサーに追撃させた事が納得できなかった。

 衛宮士郎やセイバーと同じように、ランサーもまた本来であれば、関係のない人間として認識していただけに、危険を伴う問題ごとに巻き込んだことに対して悔やむものがあった。

「…………」

 耐えられずに視線を逸らしたのは――真耶。彼女は「すみません」と一言漏らし、倒れた椅子を拾い腰を下ろす。

 静かに、傍に歩み寄った千冬は、彼女の肩にそっと手を添えていた。

「いいんだ、真耶……お前の判断が、本来『人』として正しいものだ。わたしは、私情と権限で我侭を通して、『物』として扱ったんだ……軽蔑してくれて構わない」

 千冬の言葉に、だが真耶はふるふると頭を振っていた。

「軽蔑なんて……しません。偉そうなことを言いましたけれど……わたしも、織斑先生の立場だったら……多分、同じ事をしています」

「……すまない」

 真耶の肩から手を退けると、千冬は眼を閉じ、大きく息を吐いていた。瞬時に、気分を切り替えるため口を開く。

「山田先生、ランサーの『打鉄』とリンクできるか?」

「はい。武装量子変換のデータ送信ですか?」

「……いや、ヤツのハイパーセンサーとモニターを繋げてくれ」

「……わかりました」

 キーボードを操作し、瞬時に大型ディスプレイには、ランサーが駆る『打鉄』の視点、ハイパーセンサーが捕捉し展開する光景が映し出されていた。

「織斑先生、状況は――」

 手当もそこそこに、右腕に包帯を巻かれた楯無が管制室に飛び込むと、勢いのままモニターを見入り――動きが止まる。

 それは、見入る真耶も同様だった。ただひとり、千冬だけを除いて。

 激しく状況が代わり映えする様に、真耶も楯無も言葉を失ったまま、何も発することはできない。

 上下左右、縦横無尽に入れ変わり立ち変わり、途切れる事無く瞬時に変化する光景。空、市街地、交戦するISと目まぐるしく移り変わるのは、その分の動きをするランサーだ。ISを纏っているとはいえ、説明がつかない反射神経。

 オープンチャネルで流れてくるのは、相手側IS搭乗者と思われる女の罵声、ぶつかり奏でる金属音、砲撃音、それとランサーの笑い声だ。

 唖然としていた真耶だが、瞬時にキーボードを叩くと、大型モニターに映る敵と思しきISデータに声を上げていた。

「照合するあのISは……アメリカ製の登録コア、第二世代型の『アラクネ』です――え?」

 不意に、モニターに映る違和感に彼女は気づいていた。

 千冬もまた、楯無も真耶が漏らした声音に思わず視線を向けていた。

「山田先生、どうしたんですか?」

「……学園より真逆、北西の沖合い上空で四機のIS反応があります。これは……」

 声をかけた楯無も駆け寄りモニターを覗き込み――

 キーを叩きながら、真耶は声を荒げていた。

「うち二機は、デュノアさんのリヴァイヴと、学園配備の『打鉄』です! 搭乗者は……認識データからセイバーさんです!」

「デュノアにセイバーだと!? どういうことだ? どうしてあのふたりが海上などにいる!?」

 その報告を受けた千冬の顔に動揺が走り、声を漏らしていた。

 真耶は、表示されるデータを読み上げ報告を続ける。

「残る二機は、照合データから量産型のリヴァイヴですが、所属は不明です……織斑先生、これは……」

「交戦している、ということですか?」

 言葉を引き継ぐように呟く楯無に、真耶は頷きながらキーを操作し――

「……ダメです。ジャミングが酷くて、デュノアさんとの回線が繋がりません。映像も無理です」

「交戦している機体のせいか?」

「恐らくは」

 千冬の声に応え――

 しかし、真耶の双眸は、更にモニターを凝視することとなる。

「――織斑先生っ! ランサーさんの戦闘空域に、所属不明の機体が接近しています。機体照合は――またラファール!? ですが、速い――数秒で会敵します!」

「もう一機だと?」

 何が起きているのかわからずに、千冬はただそう呟くことしかできなかった。

 

 

 右手に握る、菱形のクリスタル。一夏より『剥離剤』にて奪い取った『白式』のコアに視線を落とし、オータムは口元を吊り上げていた。

「いろいろありはしたが、とりあえず、目当てのものは手に入れた」

 サンシーカーとホークアイのふたりへの連絡は後でもいい。今は早く空域を離脱するのみ。

 だが――

 その笑みは一変する。表情を歪ませる原因は、得体の知れない男性操縦者に対してだ。

 男などにいいように手玉に取られたことが気に入らない。どんな手品を使ったかはわかりはしないが、自分をこうまでコケにしたのだ。いずれは自身の手で殺してやると誓い――

 頭の中で毒づきながら、ぎりと奥歯を噛み締める。

(殺してやる、殺す殺す殺す――絶対に――)

 目標を達成したとはいえ、逃げ帰るに至ったことに、オータムのプライドは我慢がならなかった。

「殺してやる」

 故に――

 目先のことに固執していた彼女は、常識外れの速度で迫る機体の存在に気づくのが遅れていた。

「――誰を殺すって?」

「――――」

 瞬間――

「――っだテメエっ! 追ってきやがったのか――しつけえんだよっ!!」

 横合いから突然殴りかかられた衝撃に、オータムは歯噛みする。

 ISの警告音すら鳴りもしない。ハイパーセンサーの感知反応に気づかれもせず、殴りかかってくるなどありえない。

 動揺を隠せないオータムとは対照に、獣じみた笑みを浮かべるランサーは追い討ちをかける。

「ハッ――」

「――っが、ざけてんじゃねえぞっ!」

 きりもみ状にバランスを崩していたオータムは言葉を吐き捨てながら体勢を立て直す。

 高速で間合いを詰めてくるランサーの腕に握られるは――紅い槍。

「うっとうしいなぁ――テメエはっ!」

 突き込まれる槍の穂先を、左腕に呼び出したカタールで斬り払い、後方へ飛び退きながら、装甲脚の八本全てを射撃態勢に変更し――撃ち放つ。が、瞬く間にランサーはレーザーを空へ切り払い、うち二脚の砲口から撃ち込まれる実弾兵器すらも、ことごとく切り捨てる。

 砲撃の雨を掻い潜り――一瞬にしてオータムの右側面へと回り込む。

「――っ」

 『アラクネ』の反応速度が追いつけていない。振り向く間もなく、オータムはその身に再度の衝撃を受けていた。

「があああっ」

 叫び――苦悶の表情を浮かべる彼女の機体『アラクネ』が眼下の街へと落ちていく。と――

「ソイツか――返してもらうぜ」

 耳元で聴こえた声音と同時に、右手に持っていたコアを奪い取られる感触を覚えていた。

 ぐん――と機体制御をかけ、間合いをとりながら滞空する。

「なんなんだ、テメエは……」

 この日、何度目になるかわからない台詞を漏らしながら、オータムは殺意をこめた双眸で相手を睨みつける。

 織斑一夏と更識楯無を殺そうとしたところを邪魔した男。

 自分に蹴りをみまい、吹き飛ばした男。

 今はISを纏い、滞空する男。

「『打鉄』ごときで追いかけてくるだぁ? どこまでふざけてんだテメェはよ」

 純日本製の第二世代型『打鉄』は、防御に特化した機体。機動性を見てしまえば、同じ量産型IS『ラファール・リヴァイヴ』と比べると劣るものがある。にもかかわらず、『アラクネ』に追走するなど、理解の範疇を超えている。更に付け加えるなら、男の纏うISは情報通りであれば、IS学園に配備されている訓練機の『打鉄』のはずだった。

 実戦配備用の完全軍事ISでもなければ、戦闘用になにかしらカスタマイズされたわけでもない。ISを動かすためだけの、ただの一訓練機でしかない。

 しかし、ランサーは、それこそ相手の言い分がくだらないと捉えたのだろう。嘲るように口角を吊り上げていた。

「ふざけもなにもねぇだろーがよ。追いつかれてんのは、単にテメェがトロいだけだろぅが」

「…………」

 ハイパーセンサーが表示するデータは、やはりただの訓練機であった。オータム自身が駆る、強奪したアメリカ製の機体『アラクネ』の方が、同じ第二世代型とはいえ、総合的能力に於いては全て勝っている。

 そう、ISでは――だ。

 男などにいいようにあしらわれるなど、オータムの感情制御は既に限界だった。そのため、彼女が下した判断は、ごくごく簡単なことであり、それはそれはシンプルすぎる応えを選んでいた。

「なら、テメェをここでブッ殺して、『白式』のコアを持って帰るだけだ」

「はっ――いいねぇ。やれるモンならやってみせろよ。こそこそ逃げ帰ることしかできねぇヤツが。暇つぶし程度には相手してくれよ? それになぁ、出来もしねぇことをベラベラと口にしねぇ方がいいぞ? 小物臭ェからよ」

「抜かしてろ……抜かしてろカスがぁっ!」

 眼下には市街地が広がる高高度上空で――二機は激突する。

 

 

 長大な刀剣を振りかざし、サンシーカーはセイバーの機体速度を上回っていた。

 大剣から繰り出される剣戟は、斬るというよりも叩くに近い。ただ眼の前の障害物を粉砕するだけでしかない。

 見切り、捌いてしまえば如何様にも斬り込むことは可能であろう。にもかかわらず、セイバーは懐に入ることができなかった。

 サンシーカーの剣戟は、大雑把でありながらも無駄がない。圧倒的な力量に加え、卓越した技量と速度を併せ持つかのように。

 断ち割るように振り下ろされた一刀に対し、セイバーは渾身の力をこめて斬り払う。

 質量を無視したかのような技巧に、サンシーカーは、セイバーの繰り出す一撃一撃をことごとく受け流していた。

 返す刃は疾風のように速度を増し、セイバーの腕や脚、胴へと牙をむき襲いかかる。決して懐には入れさせまいとする剣捌きは絶妙の一言。

 踏み込もうとするのだが、直ぐにまた斬り返される凶刃が、首を刈り飛ばさんとばかりに迫り来る。避けるか防ぐしかないセイバーは防戦に回るのみ。

 対して、サンシーカーは自ら間合いを詰めて斬りかかっていた。

 長大な武器にとって、距離を縮める必要はない。一定の範囲さえ保てばいいのだが――

 幾十合目ともなる剣戟。

 サンシーカーは、ブレードで防ぎ止められた大剣をそのまま受け流し――

 セイバーは、大剣を力強く斬り弾くと、瞬時の隙を狙い、ブレードの刺突による一撃をみまう。

 が、サンシーカーは手足のように大剣を操ると、生じたはずの隙をこれまた瞬く間に――盾のように剣身で防いでみせていた。

 そのまま――

 手首の返しで、セイバーの身体ごと鋼塊で叩きつけ、横殴りに薙ぎ払う。

 ごうと音を立てる剣圧、衝撃によって、海面に機体を跳ねさせながらも、セイバーは瞬時に身を捻ると、迫るサンシーカーの刃を手にするブレードで防ぎきる。

 だが――

 受け止められたことにも構わず、サンシーカーは、再度力任せに大剣を振り抜いていた。巻き起こるは突風――衝撃を殺しきれず、セイバーの身体は大きく吹き飛ばされていた。

「――セイバーっ!」

 シャルロットが声を上げるがそれだけ。彼女もまた、眼の前のホークアイを相手にするのが精一杯であり、加勢することができなかった。

 降り注ぐ銃弾を掻い潜り、または展開したガーデン・カーテンで防ぎながら、逃げるように猛攻を凌いでいた。

(今は、眼の前の相手をなんとかしないと……カバーに入るのはその後だ。それに……)

 まさか、セイバーが近接戦闘で押されるとは思いもしなかった。一分一秒でも早く援護に回るべく、シャルロットは意識を切り替える。

 黒のリヴァイヴを駆る相手の武装は、全て射撃兵器のみ。武器庫さながら、多種多様。ミサイルやレーザーガトリング、ライフル、グレネードなどの射程距離を保つ攻撃ばかりだった。

 ならば――接近戦に持ち込むしかない。

 考えるよりも遥かに早く、シャルロットは行動に移っていた。

 一瞬で超高速状態に突入する彼女は、疾風迅雷の勢いで空を駆け抜ける。

「――――」

 身体にかかる急加速の重力負荷にもかまわず、シャルロットはホークアイの背面をとると――そのまま、両手で握る近接ブレード、ブレッド・スライサーを叩き込む。

 一閃された剣筋は、大型スラスターの一翼を狙う。だが、瞬時に身を捻り、上下を逆さに入れ替えたホークアイの脚が振り下ろされた剣先を弾いていた。

「くっ――」

 衝撃に圧され、咄嗟に体勢を立て直し――斬り返した刃を再度叩き込むが、今度は腕部装甲で受け止められていた。

「――っ」

 そこでシャルロットは、己の読みを誤ったことに気づかされた。相手は近接武装が使えないのではなく、使わない。

 射撃武装を得意とするのなら、間合いを詰めてしまいさえすれば長銃の類は使えない。接近戦なら、まだ自分にも分があると踏んだ狙いは早計でしかなかった。

 ――と。

 鼻先が触れるほどに、眼前に突きつけられていたのは、ホークアイの左腕に握られた銃口。

「――っ!?」

 咄嗟に身体を仰け反らせてかわすと同時、うなりを上げて迸る銃撃をやり過ごす。機体を跳ねらせ、無茶な体勢をなんとか立て直しながら、シャルロットはブレードを薙ぎ払い――左手に呼び出していたマシンガンを撃ち放つ。

 銃弾をばら撒き牽制しながら、瞬時加速により間合いを離していた。

 何を以ってして、相手が接近戦を不得意と決め付けたのか。

 近接武装を用いる必要などない。例え懐に潜り込まれたとしても、如何様にも対処できるということを、シャルロットは身をもって思い知らされた。

 頬を伝う汗を拭うこともできず、乱れた呼吸を整えながら、彼女は攻撃の糸口を掴むために算段を練りはじめ――海面から上がる盛大な水飛沫音に、思わず意識を向けてしまっていた。

 ホークアイも首を動かし、視線を向ける。

 海面に二度、三度と叩きつけられ――セイバーはなんとか機体を制御する。ブレードを持ち構え直すところへ――

「あっはははははっ――」

 暴風もかくやといわんばかりの勢いで、間髪入れずにサンシーカーはセイバーへと斬りかかっていた。

 甲高い音を上げ、剣と剣がぶつかり合う。

 大剣に圧されながらも、セイバーは両手で握るブレードを緩めはしなかった。嵐のように迫る刃の連撃を受け、払い、弾きながら。

「あはっ♪ すごいすごい! ねぇ、ホークぅ、このお姉ちゃんスゴイよ♪」

「――っ」

 相手の楽しそうな――謡い、口ずさむかのような幼子の声に、セイバーの眉が寄る。その口は自然と歯を軋らせていた。

 サンシーカーの口から漏れる声音は、嬉しさに喜びを含んだものだった。それも、こうまで渡り合える相手など久しく出会えていなかっただけに。

(こんな子供まで扱うのですか……しかも、扱う剣技は、ラウラやホウキ、リンよりも上……機体操作は、セシリアやシャルロットよりも遥かに上……)

 首を引いて切っ先をかわし避けると、刹那の間を置かずに踏み込みブレードで薙ぎ払う。だが、大剣の一撃に容易く潰され、届きはしなかった。

 仕切り直すかのように、大剣の切っ先をセイバーに向けて構えたまま、サンシーカーは距離をとる。

「……おかしいね、お姉ちゃん。防ぐのは巧いけれど、攻めるのはそんなに得意じゃないのかな?」

「…………」

「違うよね? なんとなくだけど、わかるんだもん……『戦えるのに戦わない』……本気じゃないよね? 手加減してくれてるのか、そうじゃないのか……」

 首を傾げるサンシーカーに――だが、セイバーは無言のまま。

「…………」

「じゃあ……」

 言って、サンシーカーは、腕部装甲アーマーの内側の一部を開くと、何かを取り出し口へと放る。

 白く小さな錠剤じみた物を舌に乗せ、ごくりと嚥下し、向き直ると――

「お姉ちゃんが本気を出してもらえるように、こっちもギアを上げるから――」

 簡単には、壊れないでよね?

 そう一言告げると――一直線に斬りかかる。

「ッ!?」

 剣戟による乱打。殴り、叩き、突く――

 振る、一刀一刀が徐々に速度を増し、切り刻まんとばかりにセイバーの身を凶刃が襲う。

 しかし、それら全てを――

 鋭く鈍い音を奏でながら、セイバーはブレード片手に凌ぎきる。サンシーカーは、たまらなく嗤い出していた。

「あっはははっ――ほぅら、やっぱり! こんなに防げるんだからさぁ――本気でわたしと遊ぼうよ、お姉ちゃん!」

 衝撃に互いがのけ反るが――それは一瞬。体勢を立て直して突っ込んでくる来る相手に、セイバーもまたブレードを構え迎え撃つ。

 一際、剣戟に凶暴性が増したことに、セイバーは静かに呻いていた。

 機体性能に加えて、サンシーカー自身が持つ、その実力は、『今』のセイバーの動きを容易に捉えていた。力、技巧と反射神経、IS操作能力により、十二分にカバーされている。

 こうまで彼女が押されているには要因がある。

 ひとつめはセイバー自身。

 主に足枷となるのは魔力の存在だった。士郎の魔力容量と、聖杯の加護、霊脈が存在しない土地でのサーヴァント三騎の契約使役、今現在続く戦闘行為は、少なからず魔力を消費している。

 更には、何処かで交戦していると思われるランサーの存在も、頭の痛いところであろう。槍兵の立場も理解した上で、セイバー自身が己の魔力出力を抑えているのもそのためだった。

 だが、この自制は、魔力という恩恵に与る性能差に、はっきりと正負を受けるのは当のセイバーだった。極度の魔力不足は、彼女がただの『年相応の少女』である人間にまで衰えるほどに。

「ねえ? わたしばかり攻めてちゃ面白くないよ? お姉ちゃんも、受けてばかりじゃつまらないでしょ? 交代しようよ!」

 鋭さと威力が増した一刺をいなして、軌道を逸らし――

 連撃による連撃を捌き続ける。

「――ッ、提案は嬉しいのですがね」

 ふたつめは、セイバーが駆る『打鉄』自体。

 空中戦を繰り広げる彼女は『打鉄』に対し、酷使することに躊躇いがあった。規格外の負荷を受けてもなお、機体が動くのなら良いが、無理がたたり、下手をして空中で分解でもされてしまっては、どうすることもできなくなる。

 ならびに、セイバーの反応速度に機体の『打鉄』が追いついていないものもある。僅かなタイムラグにより、既に機体動作に無駄が生じている。

 全力を出せていない理由としては二点だが、問題は更に上る。そのISの機体自体にも差が開いていた。

 訓練機の『打鉄』に対し、相手の素体となるIS機体は、同じ第二世代型の『ラファール・リヴァイヴ』ではあるのだが、シャルロットのように最大限界までカスタマイズされている。また、完全な軍用スペックを搭載された戦闘用ISに仕立てられている。 

 セイバーは、自身の能力低下がこうまで影響することに歯噛みし、また、黄色の機体を駆り、無邪気に笑いながら斬り結んでくる相手に対して、僅かばかりにゾッとしていた。

 それでも、サンシーカーから繰り出される剣戟の決定打を受けることがないのは、セイバーの『直感』スキルによって回避されているためと言える。

(イリヤスフィールのように――いや違う。これは、下手な見方をすれば、更にそれ以上ですね……)

 ぶつかり合う鋼同士により火花が躍る。

「……なんのために、こんなことをするのですか?」

 返答を求めたわけではないが、自然とセイバーの口からは声が漏れていた。彼女から見れば、こんな幼子がISを駆る事が解せなかった。

 サンシーカーは不思議そうに首を傾げながら――大剣を一閃。

「おかしなことを訊くんだね、お姉ちゃんて……たくさん壊して、いーっぱいやっつけたら、褒めてもらえるんだよ。スゴイね、エライねって。お姉ちゃんは、すごく強いから……そんなお姉ちゃんをやっつけたら、また褒めてもらえる!」

「褒められるというだけで、乗っているというのですか」

「あとは、わたしが楽しいからかな」

「――ッ」

 あは、と無邪気に笑いながら、身を捻るサンシーカー。遠心力を伴った渾身の一撃をブレードで斬り払い、側面に走るセイバーだが――

 そちらを見もせずに、サンシーカーは腕力だけで歪曲する軌道を運びながら、返す刃で襲いかかる。

「――くぅっ」

 物理シールドが斬り砕かれ――ブレードで防ぎながら後退するセイバー。機体維持警告を奏でる右腕部。

 今まで相手にしてきたIS操縦者と明らかに違う。容姿は子供とはいえ、その総合技術センスは、真耶やラウラを軽く超えていると読む。

 なにより、長刀の武器を扱っているにもかかわらず、隙がない。あれほどまでの質量の大剣を両手、または片手で難なく振るい、間合いに近寄らせないとは何たる技巧か。

 能力低下によって苦戦するとはいえ、「セイバー」の彼女が近づけないとは、笑い話にもなりはしない。

 加えて、あれほどの武器を扱っていながら、しっかりとした足場もない宙に浮いた状態で打ち付けてくる。

 本来であれば、下半身をしっかりと支える地面がなければ、腰が入らぬ一撃一撃は威力が落ちるはずなのだが――

 劣勢であるのは、認めざるをえないだろう。しかし、だからと言って、セイバー自身が、サンシーカに全ての能力が下回っているわけではなかった。

 薬物摂取によって身体能力を向上したとしても、セイバーが視認できないレベルではない。反応速度や思考速度は低下していない。

 逆に、セイバーがサンシーカーに勝り圧倒するのは、技術面や戦術面、経験面。なによりも、相手が唯一持ち合わせていないものは――魔力。

 もはやこの際、魔力制限などこだわってはいられなかった。

「…………」

 風が吹く――

 吹き荒れる一陣の強い風に、思わずサンシーカーは片手で顔を覆っていたが――向けられていた眼は、不思議なものを捉えていた。

「……?」

 はじめて、サンシーカーは、セイバーに対して嬉々以外の感情を見せていた。

 相手の顔つき、雰囲気が先までとは異なり、張り詰めた空気に驚くのだが――サンシーカーの口元は好奇に歪む。

「あはっ♪」

「これは……些か厄介ですね……」

 言葉を漏らしながら、だが、セイバーは眼の前の相手に集中しきれてはいなかった。彼女の意識は、同じ空域のとある方へと度々向けられていた。

 それは――

 

 

 音速で飛来する機体がこちらに向かってくることに、斬り結ぶランサーも気づいていた。

 オータムを斬り払い、間合いを取ると、刹那の間をおかずゲイボルクを構え直していた。

 そのまま――

 撃ち込まれていた閃光を上空に切り払いランサー。

 現れた機体は雪のように白いISだった。シャルロットのISと似たような機体。両手に三刃の大型クローを搭載し、特にランサーが眼を引いたのは右腕。一回り大きく無骨な形状。一目見て、左腕にはない何かを仕込まれているというのがわかる。

 搭乗者は機体同様に「白」だった。髪も透きとおるように白く、覗く肌も人形のように白い。

「スノーっ! テメエ、どういうつもりだ! 邪魔すんじゃねぇよ!」

「…………」

 現れた機体に対し、オータムは罵倒する。それを見たランサーは油断なく構え、状況を整理していた。

 搭乗者は頭を垂れ、前髪に隠れた表情は窺い知れない。

 白い機体は、八本脚の仲間か何かなのだろう。口やかましく叫ぶオータムの声に、スノーと呼ばれた女は何も答えない。

 だが――

 ゆっくりと面を上げ、髪の隙間から向けられた眼。

「…………」

 無言ではあるが、相手の顔を見たランサーの眉がよる。肌に絡みつくような不快感が彼の身を包んでいた。

「くひっ」

 奇怪な声を漏らすとともに、女の口は三日月のようにニタリと吊り上る。

 宝石のような紅い眼がランサーを捉え――白い機体は瞬時に疾駆する。

「キャハッ!」

 狂気に彩られた双眸。耳障りな笑い声を零しながら、一瞬にして間合いを詰めていた白の機体は、右腕の大型クローを振りかぶり斬りかかっていた。

 大振りであり、無駄な動きを含む一撃を――金属音を奏で、ランサーはゲイボルクで難なく防ぐ。しかし、純粋なISのキャパシティーは、軍事用変換された相手のリヴァイヴが『打鉄』を上回っていた。

 防がれているにもかかわらず、力任せに振り払われたランサーは、機体ごと撥ね飛ばされる。

「なろっ――」

 慌てることなく機体制御により身構える。自身の能力が幾許か低下しているのは理解しながらも、気楽さは抜けてはいない。

 対してスノーは、だらんと両の装甲腕部を下げたまま。首さえ傾げたように――口元は歯を覗かせ吊り上げたまま、笑いを零し続けている。

「くふっ――」

 ひとつ笑いを漏らすと同時、再度機体が宙を駆ける。がぎん――と音を立て、腕部前方に展開するブレード状のクローを振りかざし、刻むために迫る凶刃を、ランサーは微動だにせず腰を落とし、紅い槍を振るうだけ。

 一閃――

 槍の一振りにクローを弾くと、今度は白い機体がバランスを崩し後退していた。その格好のまま――ランサーは振り向きもせずに、腕を疾らせると、背面から撃ち込まれていた光弾を頭上へ斬り払っていた。

 ちっと舌打ちするのはオータム。不意討ちの狙撃を試みたのだが上手くはいかなかった。

 確認もせずに、ランサーの視線はスノーへと向けらたまま。

 機体を立て直し、一瞬、何が起こったのかわからず、きょとんとしていたスノーだが――口を歪ませ哄笑していた。

 耳障りな声を漏らしながら、それはまるで、愉快な玩具を見つけたかのように。

「ふひっ、ふはっ――」

「めんどくせぇな。『狂化』でもしてやがんのか? バーサーカーかよ」

 喋る相手を挟むように、前後から攻める機体は『アラクネ』と白のリヴァイヴ。

 ランサーは――ゲイボルクを握り、その場で旋回するように瞬く間にスノーとオータムの近接武装を斬り弾いていた。

「てめえっ――」

「ヒャハッ!」

 呻くオータムと笑うスノーを――そのまま身を捻り、ランサーは両の二機を蹴り飛ばしていた。

 

 

 セイバーとサンシーカーが交戦する一方、ホークアイを相手にするシャルロットは苦戦を強いられていた。

 黒の機体の脚部から放たれた――追尾するマイクロミサイルをアサルトライフルで掃討しながら、水飛沫を上げて銃弾を掻い潜り彼女。

 ホークアイとシャルロットのISは同じ『ラファール・リヴァイブ』であり、カスタマイズされた機体。第二世代型ISの限界性能は互角ではあるが、圧倒的な操作技術力と戦闘能力がシャルロットを突き放す。

 代表候補生程度を一蹴するなど、ホークアイにとっては造作もないこと。だが、シャルロットにしてみれば、得意とする『高速切替』の反応速度を上回る相手の機体性能に翻弄され、劣勢に追い込まれていた。

 黒のラファールの腰に下がっていたフィン・アーマーが自立起動し、ホークアイの前面に展開する、即席の盾といわんばかりに平面で銃弾を防いでいる。一枚一枚がまるで意志を持つかのように自在に動く。シャルロットの攻撃は一切防ぎながら、である。

(セシリアの自立機動兵器よりも厄介だ)

 なによりも、ホークアイは、フィン・アーマーを扱いながらも、自身の手にする銃器の攻撃は止まっていない。更には、そこからうち二枚が反転すると、光弾を撃ち放つ。

 シャルロットの攻撃手数は両の二手のみ。対するホークアイは、両の二手は変わらないが、自立機動兵器は一から四にもなりえていた。手数はどうあっても圧倒される。

 それでも、懸命にシャルロットが喰らいつけているのは、彼女が得意とする『高速切替』によるものだった。

 だが――

 極端な言い方をしてしまえば、あくまでもそれは、代表候補生によるささやかな抵抗でしかない。対等な戦況にすら至っていない。

 ハイパーセンサーが奏でる緊急通告――ロックオン。ホークアイの脚部から、ミサイルの群れがバラ撒かれていた。

「――っ」

 機体を旋廻させて振り切ろうとするが、追尾するマイクロミサイルの群れは速い。

「まずいっ――『面』で圧されるっ!?」

 急加速で上空へ逃げては振り返り――

 アサルトライフルとマシンガンで撃ち落すが、撃ち漏らしたミサイルが直撃し、シャルロットは爆発に包まれた。

 が――

 立ち込める黒煙を切り裂き、ガーデン・カーテンを展開した橙のISはその姿を現すと――そのまま、シャルロットは『高速切替』による射撃の弾雨をホークアイに浴びせかかっていた。

「…………」

 無言のまま、ホークアイは機体を駆る。

 見えていないはずもなく――だが、それでも銃弾の豪雨など気にも留めず、被弾しようとも構わずに突き進むのみ。

 ホークアイは、撃たれることによる恐怖心など持ち合わせてはいなかった。

 対して、シャルロットは、向かってくる『行動』に胸中で声を漏らしていた。

(――何で停まらないの!?)

 それはまるで、感情そのものが欠落しているかのように。焦り迷い戸惑いもない、虚無そのもの。

 そこがふたりを大きく隔てる。

 片や戦闘の髄を知らない一代表候補生、片や戦闘の髄を知る一特殊工作員。命のやり取りを知るか知らないかの覚悟は違う。 

 結果――

 人間ではなく、人形を相手にしているかのような錯覚に陥ったシャルロットは、引き金に触れていた指先が僅かに緩んでいた。

 相手は、そこを見逃さなかった。

 瞬時加速で懐に潜り込まれ、気がついた時には、一瞬にして繰り出されていた蹴りがシャルロットの腹に叩き込まれていた。

「――――」

 臓腑を抉る打撃に息を吐き、胃液がせりあがる。

 だが、ホークアイの追撃は止まらない。橙のISが両手に持つ銃器を叩き落とすと、呼吸に苦しむシャルロットの髪を無造作に掴み――

「――ッ」

 声を上げることができないシャルロットが眼を見開いた先は、拳を振りかぶった姿の相手。

 黒の豪腕が殴りかかる。二度、三度と相手の顔、胸、腹を殴打し――

「これなら――」

 殴られ、ISを破損させながらも――だが、シャルロットとて、密着状態を逆に好機と捉えていた。彼女の左腕が瞬時に走り、装甲をはじかせ――切り札が晒される。

 一点突破――

 点による打突。69口径パイルバンカーを無理やり黒の機体の腹へと叩き込み――装填された次弾が次々に叩き込まれていく。

 第二世代型最強と謳われる最大攻撃力の直撃ともなれば、絶対防御は発動する。あのドイツ第三世代IS搭乗者、ラウラすら表情に苦悶を浮かばせたほどの衝撃。

 相手の機体が、これで行動不能になると確信をもったシャルロットの笑みは――凍りつく。

 ホークアイの表情は変わらない。むしろ澄ました顔とでもいうべきか。

「…………」

 この瞬間にもリボルバー機構により、次弾炸薬が装填され連射が続く。鈍い音を響かせて黒のリヴァイヴに必殺の杭は撃ち込まれる。にもかかわらず、眼の前の女性は口元を苦悶に歪めることもない。

 叩き込まれるパイルバンカーによる一撃一撃は、決して軽いものではない。その証拠に、ホークアイの腹部を襲う衝撃は、ISのシールドエネルギーが集中したことにより絶対防御が発動している。エネルギーを奪いながらも、相殺しきれない衝撃は、確実に搭乗者の身体を貫いている。

 いや、貫いているはずだった。

 そして、シャルロットは失念する。密着しての攻撃手段があるのは、何も彼女だけではないということが。

 がごん――と音を鳴らし、ホークアイが纏う両肩の装甲アーマーが跳ね上がり――

「あ」

 間の抜けた声音を呟くとともに、シャルロットの身体は、クラスターミサイルにより、光と炎、爆音に包まれていた。

 覗く砲口からの零距離射撃に晒され、シャルロットの口からは悲鳴も漏れなかった。否、漏らせなかった。

「――――」

 衝撃にのけぞりながらも、必死に離脱しようとするが、ホークアイの掴む手は髪から首へと移り逃がしはしない。さらには、呼び出されていた集束レーザーガトリングすらも、シャルロットの腹に押し当て撃ち放つ。

 ホークアイ自身も、零距離で起こる衝撃を直に受けているが、構わぬまま。

 瞬く間に、搭乗者のシャルロットを護るべく発動する絶対防御。だが、その身に受ける相殺しきれぬ衝撃は、ホークアイが喰らうレベルとは桁が違っていた。

 シャルロットのISが行動不能に達するまで、銃器による蹂躙は続けられ――ハイパーセンサーが無力化と判断した頃、一方的な掃討砲火を終えたホークアイは、事も無げに、気を失った相手を放り捨てていた。

 PICが正常作動しない機体は、そのまま重力に引かれ海面へと落下していく。

 それを、セイバーは捉えていた。

 サンシーカーを力尽くで斬り払い、撥ね飛ばすと――『打鉄』にかかる負荷など気にも留めず、全速力をもって、一直線に駆け抜ける。

 落ちるシャルロットの腕を掴み、刹那に体勢を立て直し身構え――セイバーは上空の二機に、キッと鋭い視線を向け、睨みつけていた。

 対して、サンシーカーは、にこにこと笑ったまま。ホークアイは、つまらなそうに見下ろすだけ。だが、不意に顔を逸らし――

「サニ、頃合だ。撤収する」

「えー、もう? まだ遊ぶー。ホークは先に帰ってていいよ」

 不機嫌そうに、頬を膨らませるサンシーカーだが、ホークアイは相手にしない。淡々と告げるだけ。

「スコールからの命令だ。オータムが失敗した。支援に向かい、合流次第、最優先に帰還しろとのことだ。誰ひとり欠けることなく戻れ、とな。それに……学園の方から、また何機かこちらに向かってくる」

「……ぶー、それじゃ、しょうがないか。つまんないの」

 言って二機は背を向ける。

 突然戦意を見せなくなる相手ふたりに――しかし、それは向こうの勝手な都合である。セイバーが戦意を失う道理はない。なによりも、腕に抱くシャルロットは倒されているのだから。

「待て……大人しく、逃がすと思うか?」

 ブレードを構えるセイバーに、だがホークアイは振り返らない。代わりに、サンシーカーが笑いながら応えていた。

「ばいばいお姉ちゃん、また遊ぼうね。追ってきてもいいけど……うーん、わたしとしては、続きがしたいから構わないよ? 出来れば、追いかけてきてほしいなぁ」

「サニ」

 窘めるように一言で制すホークアイに、サンシーカーは「はーい」と返答する。と、同時に二機は一気に加速し――瞬く間に空域より離脱する。

「くっ――待ちなさい!」

 後を追うように、セイバーもまた『打鉄』を駆り、疾る――のだが、その機体は、すぐに停止することとなる。片腕にある、シャルロットの姿。

「…………」

 迷いはしたが――シャルロットの身の安全を第一と考え、セイバーは追うのを諦め、学園に向かって機体を疾らせていた。




無駄に長引く。
それと、主人公の衛宮士郎くんは、更識簪さんとイチャイチャしています。

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