I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 士郎とセイバーが驚き、視線を向けた先にはひとりの女性が立っていた。

 第一印象は綺麗な人だった。黒いスーツ、タイトスカートに身を包み、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。だがそれでいて十分な美しさを持つ女性。それが士郎が感じた印象だ。

 そんな彼とは違い、警戒するようセイバーは己のマスターを護るように立つ。

 対して、不審者を見る女の眼は鋭いものだ。

「セイバー……」

「シロウ、下がっていてください。魔術師ではないようですが、かなりの手練れです。それと、姿は見えませんが何人かの気配も感じます」

 囲まれています、と小声で会話を交わすふたりを気にせず、女は言う。

「貴様ら、此処で何をしている。いや、それ以前に何処から入った?」

「…………」

 セイバーは無言。隙を窺がうかのように、じりと爪先を滑らせるだけ。

 だが、その肩を落ち着きを取り戻した士郎が掴んでいた。

「待ってくれセイバー、あの人は魔術師じゃないんだろ? なら話を聞いてもらえるかもしれない」

「シロウ、正気ですか!?」

「正気も何も、勝手に入ったのは事実だろ?」

 それに、と声を漏らし――

「俺だって、誤魔化せるものは誤魔化したい。ただ、今の状況が俺たちには全く解らないんだ。この動いてるのが何なのか、此処が何処なのかも聞かないと……如何こう考えるのは後にしよう。解ってくれ、セイバー」

「……解りました。ですがシロウ、相手が魔術師ではないとしても我々に危害を加えないとは限りません。危険だと直感した場合には、あなたの身の安全を最優先にします。その際には……」

 武力行使も辞さないと眼で伝える。

「ああ、任せる」

 士郎が頷くのを見て、セイバーは警戒を緩めていた。

 

 

 ふたり組みの片方の警戒が解かれたのが雰囲気で解った。だが、女――織斑千冬は眼の前の相手に対し、警戒を弱める気は一切無かった。

 何処から入り、何故此処に居る――学園のセキュリティを掻い潜り此処まで侵入するなど在り得ない。

 疑問視するふたりの侵入者に対し、千冬は警戒を強めるだけだった。

 彼女がふたりに気づいたのも、侵入者を報せる警告音が鳴ったからだ。IS学園は日本にありながら何処の国にも属さない、また干渉もされない地でもある。ある意味独立国家とも呼べる学園には当然のように厳重な警備システムも施されている。

 にも拘らず、その幾重もあるセキュリティを掻い潜り、学園敷地内へ突如侵入者が現れれば驚きもする。

 何れにせよ警備システムを見直さねばならないのだが、それは後の話だ。今現在、最も優先すべき事柄は、眼の前の侵入者を捕縛することだ。

 と――

 片方の男が申し訳無さそうに手を挙げていた。

 

 

「あの……すみません。勝手に入って」

「…………」

「スタジオだとは思わなくて、すみません。あのロボットも、俺が勝手に触って動かしちゃって……」

 と、千冬の眉がぴくりと動く。今の男の発言に、僅かながらの違和感を感じていた。

「待て。動かした? 動かしただと? お前が?」

「え、ええ――」

 思わず応えた士郎の表情が強張ったものに変わる。

 眼の前の女性の手には拳銃が握られていた。

 それが玩具で無い事は、士郎も否応無しに気づいている。セイバーが動こうとするが、それを制するように彼は小さく首を振っていた。

 物言わぬ黒い凶器を向けたまま、千冬の視線は士郎へ向けられていたが、しばらくしてセイバーへと移し言葉を吐いていた。

「……お前ではないのか?」

「違います」

 素直に返答するセイバーに対し、千冬はしばし無言。その表情には何かを考えている素振りが窺がえた。

「あの、本当にすみません。そんなに大事な物とは知らずに……」

「…………」

 眉を寄せたまま、千冬は顎で士郎の後ろを示していた。銃口が向けられているのは変わらない。

「その後ろにあるものも、お前が動かしたと言うようにやってみろ」

「……解りました。触りますよ?」

 言われるまま、別の黒い異形の鎧の前まで歩いた士郎は先と同じように繰り返す。

「――同調、開始」

 集中したまま触れると同時――

「なに――」

 稼動するIS打鉄に眼を見開き、千冬は驚く事しか出来なかった。

(どういう事だ……本当に、一夏以外の男が起動させるだと……)

 展開する光景、それは、彼女をより一層警戒させる事になる。

「……篠ノ之束、この名前に覚えはあるか?」

「シノノノタバネ? いえ……」

 再度流れ込んできた情報に、やはり吐き気を覚えながらも、セイバーに支えられた士郎は小さく頭を振る。

「…………」

 嘘を吐いているようには見えない。相手の眼を見れば否応無しに解る。

 男の眼は偽っていない事を指し示していた。それは千冬にも理解できる。

 だが、有りえない――

 ISを男が起動できるなど有りえない事だ。しかし、その在りえない事が現実に眼の前で起きている。

 それでも千冬は事実を受け入れられず信じられなかった。

 空いた片手を挙げ指で何かのサインを出す。それと同時に、感じていた幾人かの気配が消えて離れた事にセイバーは気づいていた。

 銃口をゆっくりと下ろし、千冬は問う。

「何故、動かせる?」

「いや、何でって言われても……あの、こっちも訊いていいですか?」

「なんだ?」

 金属の塊を指し示し、彼は言う。

「これ、何なんですか?」

「……ISだろう。何をとぼける事がある?」

 くだらない事を言うなと眼で告げるが、相手は困惑したまま。

「その……『アイエス』て、何ですか?」

 話が噛み合わない。見れば心底困った表情を浮かべている。それが演技かどうかは言わずとも知れる。

 此処で話しても埒が明かない……そう判断した千冬は踵を返していた。

「場所を変えよう。こっちだ、付いて来い」

 顔を見合わせる士郎とセイバーだが、拒否権の無いふたりは、とりあえず後についていくしか方法はなかった。

 

 

 通された室内は簡素なものだった。テーブルと椅子のみがあるだけのもの。他には何もない。

 楽にしろ、と適当に座るように命じられ、ふたりは大人しく従う。ふたりが座ったのを見てから、千冬も椅子に腰掛けていた。

 と、遅れて扉が開き、ひとりの女性が入ってくる。

 眼鏡をかけ、童顔が特徴の小柄な女性――

「すみません。遅れました、織斑先生」

「構わない。今始めたところだ。山田先生、君も座れ」

 わかりました、と山田と呼ばれた女性も椅子に座る――が、その前に彼女の視線が士郎たちへ向けられた。

「あなたたちが報告にあったふたりですね。はじめまして。私は山田真耶と申します」

「あ……士郎です。衛宮士郎です」

「……セイバーと申します」

「衛宮君とセイバーさんですねー。よろしくお願いしますね」

 勢いのまま自己紹介をする相手に、正直、士郎とセイバーのふたりは面食らう。どうにも山田真耶と名乗った女性はこの状況をいまいち理解していないように見えた。

 案の定、織斑と呼ばれた女性も士郎と同じ事を考えていたのだろう。はあと溜息を漏らし、眉を寄せていた。

「山田先生、あなたはいまいち状況を飲み込んでいないのか?」

「そんな事ありませんよ。ですが、お互いお名前ぐらいは知っておかないといけないじゃないですか」

 ね、と屈託のない微笑みを士郎たちへ向ける真耶に対し、やはりふたりは返答に困っていた。

 大物なのか、はたまた何も考えていないのか……判断に苦しむところだ。

「あ、お菓子食べますか?」

「頂きます」

 前言撤回――

 緊張感の欠片も無い真耶に対し、士郎は両手で顔を覆っていた。

 何処から取り出したのか、チョコレートがかかったスティックタイプの菓子を仲良くセイバーと分け合っている。

「おふたりもどうですか?」

 勧められるが、士郎と千冬は当然のように遠慮する。

(……この状況って、あれ? 俺が考えている事の方がおかしいのか? 和気藹々とした雰囲気になる場じゃないよな……)

 もふもふ、ぽりぽり、とリスのように食す真耶とセイバーを極力視界に捉えない様にする士郎。同様に千冬も覚悟を決めて諦めたのだろう。どうにか脇を見ないようにしていた。

「……まあいい。それと、私は織斑千冬だ」

 律儀に名前を告げる彼女。この場に居る四人の内、三人が名前を述べた以上、面倒ではあるが自分も付き合うしかないのだろう。

 小さくひとつ咳払いをすると、千冬は表情を改め話を進める。

「今一度、話を聞かせてもらう。お前たちが、何故、あそこに居たかだ」

 千冬自身、篠ノ之束が何かしたのだろうと鑑みていた。だが、よくよく考えてみれば束にメリットは無いはずだ。

 ならば何故――?

(他人に必要以上に興味を示さないアイツが、別の第三者にちょっかいをかけるとは思えない。もしくはその逆で、興味を持った人間が現れたという事なのか……?)

 険しい顔をしてあれこれ思索にふけるが、答えは出ない。ならば、当事者に直接尋問するしかない。

「下手に誤魔化そうとはするなよ。それと先に言っておくが、抵抗するのならば構わんぞ」

 出来るのならな、と千冬の眼が物語る。

「…………」

 さて――

 士郎は本格的にどうしようかと考えていた。

 自分たちが此処で暴れて大立ち回りをする事に関しては、正直に言えばあまり抵抗がないのが本音である。

 サーヴァントのセイバーの力を持ってすれば、例え眼の前のふたりが相応の実力者だとしても赤子の手を捻るように容易く無力化出来るだろう。士郎自身も投影魔術で足掻く事が出来る。少なくとも人質になるような後れを取る事もない。

 だが、と士郎は心の中で頭を振る。答えは『ノー』だ。

 此処で一悶着起こしたところで、それは何の解決にもなりはしない。寧ろ余計な火種を残すだけだ。

 横目でセイバーを窺がえば、何を口にするともなく――お菓子は食べ終えたらしい――無言のまま、何れにせよ、士郎の判断、または相手の出方次第によって何時でも動けるように構えているのだろう。

 改めて彼は向き直る。

 眼の前の、織斑千冬と名乗った女性に関しては、セイバーが言うように武道に精通しているのだろう。それもかなりの強さを持っているのがなんとなくではあるが感じ取れた。全く似ていない筈なのだが、唐突に彼の脳裏で藤村大河と姿が重なる。

(スーツ姿の藤ねえなんて想像出来ないな……ましてや、この人みたいに、こんなにビシッとしてないしなぁ……)

 イメージが全然違うのに、何故思い浮かんだのかは解らない。なんとなくかなと自分自身に適当に言い聞かせ納得すると――士郎の視線は次に山田真耶へと向けられた。

 目線を向けられた事に真耶は一瞬恥ずかしそうに顔を伏せたが、照れたように微笑んで見せる。

「…………」

 やはり、いまいち此方の女性は良く解らない。今、自分の立場を把握しているのかがどう考えても怪しいものだ。

 思考を変える。

 拳銃を突きつけられる事になるとは思いもよらなかったが、逆に言えば、それほどまでに此処は何かしら重要な場所なのだろうと士郎なりに推測していた。

 下手をすれば物取りと捉えられても何らおかしくは無いし、問答無用に発砲されなくて良かったと今更ながらに安堵していた。

 横道に逸れたが、士郎は考えを纏め口を開いていた。

「……まずはじめに、抵抗はしません。ありのままに説明します。ただ……」

 そこまで言って、一度目を瞑り……やはりどう考えてもこう言うしかないよなと、自分自身に呆れながら腹を括る。

 なにせ、自分さえも、どうして此処に居るのかが未だに理解できていないのだから。

「ただ?」

 訊き返す真耶に――すみませんと返答し、士郎は言葉を紡ぎ出す。

 全てを話すしかないな――

「これから話す事は、突拍子も無いものです……信じてはもらえないと思います……だけど、それを踏まえた上で話をします」

「……言ってみろ」

 促す千冬に頷き、士郎は掻い摘んで事のあらましを話し始めていた。


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