I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 士郎、一夏がそれぞれ時間を過ごしていた同じ頃、保健室を陣取る三人の姿はある意味異様な組み合わせだった。セイバーとランサー、キャスターのサーヴァントたちである。

 キャスターから話しておきたいことがあると告げられ保健室に足を運んでいるのだが――

 呼び出した当の本人――保健室の主たるキャスターはと言えば、その類まれなる美貌の眼の下には若干隈ができていた。どうしたのかと訊ねてみれば、クラス女子の要望に応えるため、日夜作業に没頭しているせいと応えていた。どんな些細な変更にも快く応じる彼女。それは、女子も楽しみ、キャスターも楽しんでいると言えよう。メイド服以外のコスチュームも頼まれ、そのデザインに試行錯誤を繰り返してもいた。

 その結果であれば、睡眠不足など関係ないと豪語する。だが、本来サーヴァントにとって睡眠は必要ないのだが……そのことには敢えて触れず、セイバーは軽く聴き流していた。

「しかしまぁ、三騎が雁首揃えて茶飲み話だ。笑えるだろーよ」

 ランサーが口にした内容は尤もである。本来の聖杯戦争であれば互いを敵とみなし殺し合った間柄。にもかかわらず、テーブルを囲んで馴れ合うなどありえない状況だ。

 皿に乗ったカステラを無造作に一切れ手でつまみ口へと運ぶ。

 当初、お茶だけでは口寂しいだろうとして「魚でも捌くか? 刺身とかどうよ」と提案するランサーだったのだが、すぐさまキャスターは考えられないという顔をした。

「どこの世界に茶請けに刺身を食べる阿呆がいるのよ」

「寿司にゃ煎茶が合うんだぜ? 似たようなモンじゃねーか。魚なだけに、肴ってな」

「馬鹿じゃないの? ミルクティー片手に刺身を食べるなんて聴いたことがないわよ」

 キャスターが指摘するように、各々が口にする紅茶は「ミルクティー」だ。それも、キャスターなりにこだわった茶葉を使ったものである。

「いやいや、世の中にゃ存外居るやも知れんぜ、葛木メディア先生? 偏見はよくねーなぁ? 勝手な決め付けはどうかと思うぜ?」

「能無し風情が喧しいわね。本来であれば、あなた如き白湯を出されていないだけ這いつくばって感謝なさいな」

 ランサー相手に気に入ったアッサムリーフをわざわざ使いたくない。憎々しげに言葉を吐くキャスターに対し、しかしランサーは「ほう」と意地悪そうな笑みを顔に貼り付けていた。

「色水程度と馬鹿にしてやがった割には、作法も手馴れたモンらしいじゃねーか」

「――っ」

 それを聴き、露骨に狼狽するキャスター。が、すぐに何事もなかったかのように表情を一変させ――努めて冷静に振舞っているつもりだが――ランサーを睨みつけていた。

「……誰から聴いたのかしら?」

「布仏の嬢ちゃんだ。下の方のな。結構可愛がってるらしいじゃねーか」

「本音さんは……」

 おしゃべりな子ね、と忌々しくキャスターは漏らす。カカカと笑い、ランサーは続ける。

「茶の淹れ方も覚えたようだ。早いトコ、葛木に飲ませてやりてぇもんだよなぁ?」

「う、うるさいわね。余計なお世話よ。黙ってその口を閉じなさい」

「いやはや、なんだかんだと難クセつけてやがったわりには簡単に流されたもんさな?」

「黙れと言っているのよ。チワワに喉元噛み千切られて死にさらしなさい」

 罵倒するキャスターとは別に、セイバーは少々残念そうな顔をする。話の流れ的に希望する運びに進まないとわかったからだ。

「え、と……あの……魚は捌かないんですか?」

「あなたも何を言っているのよ……」

 今の会話を聴いていて、どうしてそういう風に捉えられるのかが甚だ理解できなかった。

 名残惜しそうな表情のセイバーを視界に捉えないようにし、額に手を添え疲れたようにキャスターは口を開いていた。

「とにかく、話を進めるわよ。あなたの見るも聴くも堪えない魚の戯言なんてどうでもいいのよ。どうせ作れもしないくせに」

 だが、ランサーは退かない。「これだから無駄に育ちのいい輩は嫌だねぇ」と悪態をつきながら。

「なんだよ、調理の仕方なんてモンはなぁ、『生』以外なら『焼く』か『煮る』か『蒸す』ぐらいだろうが。味付けなんてモンは塩でもありゃ十分だろうよ」

「なによそのお粗末過ぎるザツさ加減……ワイルドすぎるものにも程があるわよ」

「…………」

 言い合うふたりに――だがセイバーは否定も肯定も何も口を挟めなかった。いや、挟まない。生前の故郷での食事の類はまさに「ザツ」だったのだから。彼女にとっては耳が痛い。

「坊やが作るならまだしも、あなたのエサなんてゴメンだわ」

「なら坊主にでも作らせるか?」

「話が違うでしょう? 坊やに聴かせたくないから、あなたたちふたりだけを呼んだのよ」

 全く、と文句を漏らしながらキャスターは立ち上がると、戸棚から菓子を取り出していた。

 お茶請けに用意したのは、本音から――正確には虚からだが――もらったカステラ。本来であればシャルロットとのお茶会時に食べるために取っておいたものだったのだが。

 手際よくナイフで切り分け、皿へと移し、ランサー、セイバーの前に並べ――セイバーの分のものだけ若干厚めに切られている――ついでにおかわりの紅茶も注ぎ、今に至る。

 二杯目の紅茶を口にし、セイバーは訊ね言う。

「それで、話とは?」

 話が脱線していたことに気づいたキャスターは咳払いをひとつし向き直る。

「……学園祭の件よ」

 そう前置きする相手に些かセイバーの表情には疲れが窺えた。先日の放課後の一件を思い出しながら、である。

 だが――

 つい今しがたの醜く言い争った態度は微塵もなく、キャスターの表情は至極真面目なもの。聖杯戦争時における奸計を特技とする『キャスター』の『貌』になっている。

 真剣な顔の相手にセイバーもまた表情を改めていた。

「……なにかあったのですか?」

 張り詰めたかのような雰囲気を感じる限り、催しごとに関してではないのがわかる。

 ひとつ頷き、キャスターは口を開いていた。

「少しばかり、気になることがあるのよ」

「気になること? シロウに何か?」

 セイバーの問いかけにキャスターは「いいえ」と首を振る。

「言葉が足りなかったわね。坊やではなく――いえ、この場合は坊やにも関係あることになる、とでも言うべきかしら? おかしな連中が動いている、と言ったところかしら」

「……どういう意味ですか? キャスター、勿体ぶった話し方をしないで教えてほしい」

「勿体ぶっているつもりはないわよ。知った話では、言ったように妙な連中がこそこそと動いてるらしいってことよ。今のところはそれだけ」

 学園に張り巡らせている使い魔の一体から通じて得た情報。更識楯無から聴き得たものだ。

「とっ捕まえて暗示をかけて洗いざらい自白でもさせれば手っ取り早いのだけれどね」

「キャスター、だからと言って、あまり好き勝手にするものは……シロウは良しとしませんよ?」

 面倒くさそうに呟くキャスターに苦言を呈するセイバー。

「わかっているわよ。表立ってはしないわよ。だから、此方で入手できる情報を集めているだけ。使い魔を通じて得た情報は無理やりじゃあないもの。勝手に喋っているところをたまたま聴いただけですものね」

「…………」

 それでも何かを言おうと口を開くセイバーだったが、言葉は発しない。

 キャスターは続ける。

「それを踏まえて、本当にその連中が何かしらの動きを見せるとしたら学園祭に仕掛けると思うわよ」

「根拠は?」

 これはランサーの問いかけ。フンと鼻を鳴らし、つまらなそうに人さし指を立てて彼女。

「ここはそれなりのセキュリティーを完備しているわよね。さすがに学園祭ともなれば警備も手薄になるところが出るわよ。IS企業関係者、国家関係者、学園関係者……その他諸々。それこそ人の出入りは倍にでもなる。学園も不穏分子に対処するために警備をより厳重にするでしょうけれど……」

 含みのある言い方にセイバーは疑問を投げかけていた。

「そこを相手は突いてくる、と?」

 指摘に対し、キャスターはこくりと頷く。

「人の波に紛れ込むなら絶好の機会よ。何かを企む連中の類だとすれば、わたしなら間違いなく潜り込むわね。人目を気にせず振舞えるもの」

「…………」

 顎に手を当て思考するセイバーの視線が下がる。カップを手にしたランサーは、そうだなと声を漏らして言う。

「一番の策としては、問題事も面倒事も、此処の連中に全部任せて放っておけばと思うもんなんだがなぁ」

「……ですが」

 何気に呟くランサーに対し、セイバーは顔を上げていた。

 ランサーもわかっている。彼の眼が気だるそうに物語る。

「お前の言いてぇことはわかってるさ。そうはいかねーってことだろ? 関わっちまった以上は云々て言いてーんだろう? 俺だってそんなことは理解してるさ。坊主ならなおさらだろーによ」

「そのことをシロウは?」

 士郎自身は知っているのかどうなのか、気になる点を問いかける。だが、ランサーは首を横に振っていた。

「いや、何にも言ってねえぞ俺は」

 キャスターもまたカップを手にし口を開いていた。

「わたしもよ。教えていない理由はふたつ。ひとつは、余計な心配をかけたくないこと。もうひとつは、せっかくの学園祭なんだもの、坊やには楽しませてあげたいじゃない」

「それは……概ね同意です。できることであれば、シロウは厄介ごとに関わってほしくない」

「そういうこと。だから、もし、仮に万が一の話よ? なにかがあったとしたら、わたしたちで勝手に動くだけ。その話をしておきたかったのよ。セイバー、あなたの耳に入っていなければ、不貞腐れるでしょう?」

「……まぁ、そうですね」

 そう返答し――

 唐突に、セイバーは先日の教室での一件を思い返していた。

「まさか……このことを見越して、敢えてイチカたちを楽しませようと? そのためにわざわざあんな芝居を打ったというのですか?」

「…………」

 真っ直ぐ見る相手に「ふっ」と笑い返したキャスターは、すいと眼をそらす。その瞳には何処か憂いを滲ませながら――

「ええ、そうよ」

「なんと……申し訳ない。わたしはあなたを見誤っていた。あなたがそこまで考えていたとは……早計でした」

 浅はかな自分を恥じるセイバーに、しかしランサーは半眼だった。

「いやいやいやいや。ねぇーだろ? ねぇよ。なにさらっと流されてんだお前? 無理やり趣味のモンとこじつけてるだけじゃねーかよ」

 ぱたぱたと手を振り否定するランサー。何を馬鹿正直に騙されてるんだと告げながら。

「まあいいさ。とにかく、妙な連中がいるってことに変わりはねぇ。もし何か手を出してくるってんなら叩き潰しゃいいんだろ?」

「内密に、よ?」

 大雑把過ぎる考えのランサーにキャスターは面倒くさそうな視線を向ける。

 へいへいと応えながら、彼は紅茶を啜っていた。

「下手にこっちから首をつっこむつもりはねーがな、向こうがかかってくるってんなら話は別だ」

「確かに、それはそうですが……」

 ランサーとキャスターの二騎とは違い、何処か釈然としない面持ちのセイバーではあるが、士郎に害をなす場合は如何なる手段を用いても護ることに変わりはない。

 更に言えば、もう一点ほど彼女は気になることがあった。

「キャスター、このことをチフユは?」

 知っているのでしょうか、と眼で問いかけるが、相手はつまらなそうに首を振るだけ。

「言ってないわよ。言う必要もないことではなくて? 向こうはこちらを信用していない。向こうは向こうで情報を得ているんでしょうけれど。おそらく、知っていてもこちらになにも提供してこないと思うけれど?」

「ですが、それは、無闇やたらに心配をかけまいとしてのものとは思えませんか?」

『…………』

 無言のふたり。

 セイバーは自身の考えを織り交ぜながら続けていた。

「チフユはわかりますが……マヤは親身になってくれている。せめて……」

 眼を瞑り、キャスターは呆れたように息を吐くと、掌を向けていた。

「言いたいことはわかるわよ、セイバー。でもね、下手に情報が漏れるのも問題よ。それこそ、全ての教師が知っているわけではないわ。現に保健医としてのわたしがそうだもの。一部の……それも本当にごく一部の人間にしか知らされていないのかもしれない話を、他言するべきかしら?」

「…………」

「だから、わたしたちはわたしたちで勝手に動くだけよ。そこをあんな人間如きにとやかく言われる筋合いはないわ」

 この話はこれで終わりよと告げてキャスターは紅茶を口にする。

 じっと相手を見入るセイバーではあったが、これ以上は話しても無駄かと悟り俯いていた。

 カップを手に取り、琥珀色に視線を落としながら、セイバーは別のことを口にし言葉を紡ぐ。

「しかし、話は変わりますが……改めて思うところなのですが、我々三騎が揃ってこのようになるとは想像もつきませんでした」

 ひとりの少年に皆こぞって仕えることになろうとは――

 つい思わずセイバーは苦笑を浮かべてしまう。 

 キャスターもその件は同意したのか、ひとつ吐息を漏らしていた。

「坊やも同じことを言っていたわよ。『あんたらも仲良くやれるんだな』て」

「…………」

 ランサーは口角を上げ、セイバーは声を漏らしていた。

「なんともシロウらしい。それに、このような空気はわたしも好ましく思う」

 セイバーの呟きにランサーとキャスターは真顔になる。

『…………』

 二騎の視線を感じ取り、セインバーはきょとんとした顔になる。何かおかしなことを口にしたかと小首を傾げながら。

「む? なにかおかしいでしょうか?」

「いや」

「意外と、と思ってね」

 口を揃えて互いに顔を見合わせるふたり。ランサーは頭を掻き、キャスターは顎に手を添える。

 セイバーの表情は些か不機嫌そうなムスッとしたものとなる

「わたしとてサーヴァントだ。不用意に馴れ合うのは良しとはしません。ランサーはまだしも、キャスター、わたしはあなたを信用してはいない」

「随分ね」

「あなたがそれを言いますか。自分がしたことを、よもや忘れたとは口にするつもりはないでしょうね? 今一度言いますが、わたし個人としては、あなたを信用することはできない」

「……でしょうね。わたしとしても、状況が状況とは言えども信用してもらえている、とは思っていないわよ」

 なかったことにする気などない。肩をすくめるキャスターに――

「ですが……」

 そこで言葉を区切り、セイバーは紅茶を口にする。

 キャスターとランサーを順に視線を向け、自然と口元には笑みを浮かべていた。

「どういうわけでしょうか、わたしとしては、今のこの状況を好ましくも思っている。キャスター、あなたを信用していない、と確かにわたしは口にしました。ですが、それと同じように――逆にあなたを、いえ、ランサー、貴公も同様だ。あなた方ふたりは心強く感じています。味方としてはこれほど頼もしく思うことはない。特に、シロウの疲弊した心の支えになってもらえたことには至極感謝しています。わたしだけでは、恐らく……」

 どうすることもできなかったでしょう――

 そう独白し、カップを手にしたまま黙するセイバーに対し、ランサーは無言のまま頭を掻き、キャスターは意味もなく頬を掻く。

 面と向かって騎士王にそう言われてしまっては、さすがのふたりも別の意味で居心地が悪かった。

「わたしは矛盾していますね。ふふ、おかしなものです。我々は争っていたと言うのに……」

 そんなセイバーに対して、キャスターとランサーは口の端を吊り上げる。

「状況はどうあれ……同じマスターに仕えている以上は大人しくしているわよ。いくらわたしでも。無駄に斬り捨てられるつもりはないわ」

「こっちもだ。坊主の手前、それ相応には仕事するさ。気に食わんと騎士王さまに斬られるわけにはいかねーからなぁ」

「わたしとて、誰彼構わず挑みかかるつもりはありません。あくまでも害となればの話です。血に飢えた戦闘狂のようにとられるのはやめていただきたい」

 眼を瞑り、不機嫌そうに。心外ですと漏らしながらカステラをほうばる姿は全くもって説得力に欠ける姿だ。

 訪れる和やかな雰囲気に――

 三人は顔を見合わせ、各々含み笑いを漏らしていた。

「ところで――」

 紅茶で喉を潤しながら、キャスターは視線をランサーへと向ける。その顔には険しい――と言うよりも至極鬱陶しそうな表情を浮かべながら。

「あなた、あの生徒会長とかいう小娘に何をしたわけ? こちらはその煽りを受けて、面倒ごとの尻拭いなんてやらされてるのよ」

「そう言うなや。ありゃ俺が悪いんじゃねーぞ? 向こうが突っかかって来たんだぜ?」

 言うなりゃ俺は被害者ってもんさ、とカラカラと笑いながらランサーに――だが、キャスターの双眸は鋭いものに変わっていた。

「無駄によく回る口だこと。煽ったのはあなたでしょう?」

「まるで見たように言うじゃねーか」

「……見ていたわよ」

 使い魔を通して埠頭での一部始終を把握しているキャスターは呆れるだけ。

 更には、士郎に頼まれて教師、生徒たちに部分部分の暗示をかけ直させられている。無駄な労力を重ねられもすれば嫌気もさす。挙句はランサー自身がまいた種ともなれば尚更に。

「これだから能無し風情は……感謝ぐらいしてほしいわね」

「ちっ、うっせーな。へーい、反省してまーす」

「その首、刎ね飛ばすわよ?」

 悪びれた態度も見せず、むしろ小馬鹿にした声音のランサーに、キャスターは額に青筋を浮かべ舌打ちしていた。

 安らいだ空気はすぐさま一転。一触即発。また不毛な争いを続けるふたり。

 ――が、先の会話の中で訊きそびれていたことを思い出し、セイバーはキャスターに声をかけていた。

「すまないキャスター、先程の件で訊いていなかったものがあります。教えてほしい。その不穏な動きを見せる連中と言うからには何かの集団でしょうか?」

 指摘に対し、ああ、と小さく呟くと、なんだったかしらとキャスターは顎に指を当て――

「『亡国機業』……この世界を股にかけて暗躍する組織と呼称される連中らしいわ」

 実にくだらないわ、とキャスターは一言のもとに吐き捨てていた。

 

 

 とある高層マンションの一室――

 最高級のスイートルーム。広い室内には三人の姿がある。

 華やかな装飾で彩られた家具、調度品の類。それに見合った内装。さながら宮殿のようにも見える贅沢すぎる造り。

 高級感あふれんばかりとした空間の中、ゆったりとしたソファにくつろぎながら、左手の爪にお気に入りのネイルカラーを塗っているのは、長身でありながら豊かな金髪、抜群の美貌を誇る女性――亡国機業の幹部、スコール・ミューゼル。

 そんなスコールから離れた場所には、高級そうな絨毯に寝転がりながら菓子を食べている少女と、アームチェアに座りながら書物を読んでいる眼鏡をかけた女性がいる。

 光沢の映える爪に満足すると――スコールは顔を上げていた。

 彼女の反応に従うかのように、高級な部屋に相応しい立派な造りの扉が開かれると、またひとりの女性が現れる。

「お帰りなさい、オータム」

「ああ……」

 言葉少なく、ぶっきらぼうに返答し、オータムと呼ばれた女性はスコールの向かいのソファにどかりと座る。テーブルに足を投げ出し、「面倒くせぇ」と声を漏らし気だるそうに振舞う彼女。

 あらあらと言葉を漏らし、少々困ったようにスコールは口を開いていた。

「お行儀が悪いわよ?」

「ほっとけ、こう見えてもこっちは疲れてるんだからよ」

 話しかけてくる愛しい相手とはいえ、今は身体を支配する疲れの方が圧倒する。スコールを一瞥しただけで邪険にあしらい、オータムは天井を見上げながら深く息を吐いていた。

 スコールは気分を害することもない。むしろそれすらも楽しむかのように口元には妖艶な笑みを浮かべながら。

「つれないわね」

「…………」

 オータムは相手をせず無言のまま。先まで次の標的となる場所を下見――偵察をしてきたところだった。

 事前に頭の中に叩き込んでいた建造物の間取り図と実際に眼の当たりにした立地を比べて、進入ルートを再確認する。

 何度も脳裏で反芻し彼女。

 ようやくして――オータムは向き直ると、恋人へ視線を向けていた。

「噂に聴くIS学園てのも案外ザルだなありゃ。警備の甘いトコもありやがる。待たずに今すぐ仕掛けりゃやれるぞ、スコール」

「慌てないの。ちゃんと準備はしていてよ?」

 好戦的なオータムを宥めるように、スコールは笑みを浮かべたまま、白魚のような手――その指先にはいつの間にかチケットがつままれていた。

 テーブルへ置かれたのは、IS学園で催される三枚の学園祭の招待券。

「…………」

 無言ではあるが、何故三枚あるのか、そのことについてオータムは眼で「なんだこれは?」と問いかけていた。

 口元の笑みは崩さずに、スコールは疑問に応えるように言う。

「サニとホークを連れて行きなさい」

 告げられたふたりの名を聴いた瞬間、オータムの表情は一変していた。不快そうに眉を寄せる。

「おい、わたしだけで十分だ。ふたりもいらない。ヘマをするとでも思っているのか?」

「すねないの。あなたの実力はわたしが十分知ってるわよ? でもね、オータム、念には念をよ。いくらあなたでも単身で乗り込むことに心配なの」

「そんなにわたしは信用ならないか?」

「あなたを心配してはダメなの? 誤解しないで、わたしはあなたが心配だから、よ」

 じっと見つめられ――

 小さく舌打ちし、視線をそらしたのはオータムだった。俯いたその頬は紅く染まっている。自身を心配してくれることは純粋に嬉しいものがあるからだ。

 不貞腐れる相手に「可愛い顔が台無しよ」と言葉をかける。そう言われてしまうと、オータムとてこれ以上文句を言うつもりはなくなっていた。

 素直に従い、オータムは頷いてみせる。

「わかった。お前の指示に従う。サンシーカーとホークアイを連れて行く。それでいいんだろ?」

「ええ。素直なオータムは好きよ」

 言って、彼女は身体を起こすと、腕を伸ばしてオータムの頬をそっと撫でる。

(それに、真偽はどうあれ、報告にあった不可思議なISの存在が事実であるとするならば、オータムだけではもしかしたら荷が重いかもしれないしね……)

 スコールの胸中など知りもせず、優しく触れられたことに、思わずオータムの口からは可愛らしい声が漏れ出ていた。その顔には更に赤みが増している。

 相手の様子がたまらなく嬉しくてスコールは微笑みのまま。

 ――と。

「お出かけ?」

 名前を呼ばれたことに、寝転がりながら菓子を食べていた少女が眼を輝かせて身体を起こす。短い黒髪に活発的、無邪気そうな笑みを浮かべる女の子――名をサンシーカー。

「…………」

 読んでいた本を閉じ、視線だけをスコールとオータムへと向ける、青い長髪に眼鏡をかけ表情に然したる変化を見せない女性――名はホークアイ。

「サニ、ホーク、聴いていたように、あなたたちはオータムのサポートよ。無理はしないこと。いいわね?」

「はーい」

「了解」

 元気に手を挙げ応えるサンシーカーと、静かに頷くホークアイ。

 表情がころころと変わる少女とは対照に、人形のように無表情の女性。

「オータムが言うように、今からは行かないの?」

 ソファから立ち上がったスコールへ駆け寄ると、サンシーカーは相手の腕を掴んでいた。対するホークアイは無言のまま、再び書籍を開き読み耽っている。

「今から行こうよー、ねー、スコール」

「ダメよ、サニ。言ったでしょう? 準備が整ったら連れて行ってあげるから」

 なだめすかすスコールの姿は、まるで保育士のように。

「ガキのお遊戯の引率かよ」

 見かねて思わずぼそりと小さく吐かれたオータムの台詞を、だがスコールは耳に捉えていながら敢えて聴こえなかった振りをする。胸中では「可愛い子」と呟きながら。

 むーと頬を膨らせるサンシーカーの頭をスコールは微笑を浮かべながら優しく撫でる。

「まだよ。お出かけはまだ先。いい子だから我慢しなさい。お菓子を買ってあげるから、ね?」

「お菓子!?」 

 お菓子、と聴き少女の機嫌は瞬く間に変わる。

 嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねると、サンシーカーはスコールに抱きついていた。

「うん! 大人しくする! お呼ばれするまで我慢するから!」

「あらあら。現金な子ね」

 ころりと態度が変わったことに呆れながらも、スコールは優しく笑っていた。


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