I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 朝のわけのわからない大捕り物とでも呼ぶべきか、喧騒とは無縁の時間……とは言い難い。

 放課後の一年一組は別の意味で騒音を奏でていた。それは、学園祭で催すクラスでの出し物を決めるために。

 クラス代表として、壇上に立ち進行を任されていた一夏は頭が痛かった。それもそのはずに……提案されるものは、織斑一夏と衛宮士郎、ランサーを絡めたものしか挙がらない。

 ツイスターゲームやら王様ゲーム、果てはホストクラブなど。

「こんなの誰が楽しむんだよ」

 男がこんなのやってても誰も喜ばないじゃないか、とさり気なく零した台詞に女子たちは一切の調和の乱れもなく返答していた。

『わたしたちが楽しいし、嬉しい! 織斑一夏、衛宮士郎、衛宮ランサーの三名はクラスの共通財産である!』

「…………」

 そうまで力説されては無言になる。参考までに真耶にも意見を訊いてみれば「楽しそうで先生はいいと思います」と、意外にも乗り気の回答だった。

 担任の千冬は、自由気ままに進むので時間がかかるとみなし――なかなか決まらないことに面倒くさがって見切りをつけたとも見れるが――早々に切り上げている。決まったら職員室に報告に来いと言い残し、副担任の真耶に後は全て任せて去っていった。

(ものぐさにも程があるっての、千冬姉……教師の仕事ってそんなことでいいのかなぁ……)

 ちなみに、女生徒たちが称するクラス共通財産の男性三名のうちのひとり、ランサーもこの場にはいない。朝の楯無による鬱憤晴らしの標的にされてから授業時間を除いて終始狙われている。各休み時間毎、昼休みは言うに及ばず。放課後の今も無論どこかを走っているのだろう。窓から当たり前のように飛び降りて逃げていく姿に、士郎たちはもう見慣れてしまっていた。

 とはいっても、ランサー本人もなんだかんだとしながら楽しんでいたりするのだが。当たり前ではあるが、彼が本気で逃走でもすれば誰も追いついては来れない。サーヴァントの身体能力を発揮してしまえば更に……ともなるが。

 ああでもないこうでもないと白熱する意見――女生徒だけだが――は次第に方向性が決まり、喫茶店に落ち着いていた。それもただの喫茶店ではない。いわゆる「コスプレ喫茶」に話は進んでいる。極々普通の喫茶店なんて面白くないしつまらない、という理由でのもの。

 ともあれ、喫茶店の発言者はラウラ。そういうものに興味があるとは意外だなと一夏は言ってみるのだが、相手はそれ以上何も口にはしなかった。たまたま視界に映ったシャルロットは何処か挙動不審だったりするのだが。

「?」

 小首を傾げながらも、まぁいいかと然して気にも留めず、別の意味で半ば諦めたように一夏は話を進めていく。喫茶店ともなれば軽食も出すようになる。

「えーと、この中で料理できる人は?」

 一夏の声に幾人かが手を挙げていた。挙手する者は自信があるからだ。その中のひとりには――自信満々、さも当然とばかりに――セシリアも手を挙げているが、周囲からは「ヤメテ」「やらなくていいから」と止められている。思わず一夏もさっと視線を逸らしていた。

「どうしてわたくしが料理をしてはいけないんですの!? このわたくし、セシリア・オルコットの料理の腕は完璧でしてよ!?」

 見た目だけはね、と誰かの呟きにセシリアは激昂する。

「どういう意味ですのっ!?」

 ぷんすかと怒り心頭――心外だと言わんばかりに声を荒げるセシリアを何とか宥めつつ、改めて一夏は手を挙げる女生徒を見渡す。

「箒もできるし、士郎も得意だよな?」

 一夏の声に士郎は軽く頷いていた。

「ああ。味の完璧さを求められるのは困るけれど、厨房に回るのなら問題はないよ」

 料理の出来る男子、というコンセプトは魅力的なのだろう。女子たちは頷いている。

「織斑くんと衛宮くんは厨房も接客も兼用ね。ランサーさんは当然接客メイン! うちのクラスの男性が三人もいるのは強みよ。これを前面に押し出さないと」

 そういうものかと適当に頷き、一夏はもうひとつの問題点を考えていた。

「コスプレってなると……なら、そのコスチュームはどうする?」

 どこかから借りるか、または作るとなると手間だろうなと考える。そんな一夏の心配を察したのか、意外にも挙手して立ち上がっていたのはシャルロットだった。

「それなら問題ないよ。衣装に関しては僕に当てがあるんだ。こうなると思って既に話はしておいたから」

『?』

 一同が首を傾げる中、ひとりだけ思い当たる節がある者がいた。士郎だ。

 その顔には不安の色を浮かべながら。知らずのうちに、彼はがたりと音を鳴らし席から立ち上がっていた。

「おい、待ってくれデュノア。参考までに訊きたいんだけれどさ、その当てっていうのは、まさか――」

 確認のために口を開く。その声音は少しばかり震えていたかもしれない。

 間違っていればいい。シャルロットが言う「当て」が、どこかの喫茶店をたまたま知っているから口利きでなんとかなるのだろう、と。都合のいい展開に一抹の望みを賭けながら。

 くれぐれも、士郎自身が思い当たる紫髪の女性でないことを強く願いながら――

 だが、現実というものは、概ね「非情」なものだ。

「察しがイイね、さすがだよ士郎。うん、たぶん想像の通りだよ」

 振り返り頷くシャルロットは――満面の笑みを浮かべていた。

 それを見て、力なく士郎は椅子に腰を下ろしていた。

(ああ、詰んだ――)

 盛大に溜め息を漏らす彼。隣の席のセイバーも士郎の考えていたことがわかったのだろう。彼女も思い当たる相手がひとりしか浮かばず、苦い顔をしていた。

 案の定、と言うべきか――その期待に応えるかのように、勢いよく扉が開かれる。

 現れたのは――

「話は聴かせてもらったわ!」

 士郎の予想を裏切ることもなく、愛用する紫のスーツ姿で腕を組み、白衣をなびかせて仁王立つキャスターがそこにいた。その横には紙袋を持ったメイド服姿の布仏本音がいる。

 唖然とする一同――恨みがましく睨む士郎と諦めたように眼を瞑るセイバーを除いた――を気にも留めず、ふたりは教室内に入り壇上に立つ。

「シャルロットさんからのたっての願いとあれば断れないわ! 衣装に関しては全面的にバックアップするわよ!」

「ということで、このように既に葛木先生の協力を得ています」

 シャルロットもまた壇上に上がり、キャスターに手を向けていた。

 ぽかんとした顔の真耶と一夏を適当にあしらいながら――拳を握り締めて豪語するキャスターと、壇上で楽しそうにスカートを翻しくるりくるりと舞踊る本音。 

「準備は万全よ。定番のメイドコスは既にクラス全員分を作っておいたわ。デザインは今本音さんが着ているものと同じだけれど。サイズは各々ピッタリ把握しているから大丈夫よ」

「おい待て。保健医の仕事しないで、また日の中作ってたのか」

 思わず口調も忘れて指摘する士郎だが、キャスターはハンと鼻で笑っていた。それこそ塵芥でも見るかのような冷たい眼差しで。

「馬鹿にしてもらっては困るわね。わたしが日の中になんて作るわけないでしょう?」

「だよな。さすがにそこは自制するか」

 ふうと安堵の息を漏らす士郎に、こくりと頷きキャスター。

「一晩で作り終えたに決まってるじゃないの」

「無駄にスキル上がってんじゃないかよ! 頼むからその労力をもっと別のところに生かしてくれよ!」

 元の世界に戻る方法を模索するとかしてくれよ――と、本音と建前の士郎の叫びなど当然無視し、キャスターの視線は、とある方へと向けられていた。目線の先に立っている――真耶をじっと見入る。

「な、なんでしょうか?」

「…………」

 凝視する相手に思わず自分の身体――特に胸を――を抱くように隠す真耶。キャスターは構わずにジロジロと見ていたが、ようやくして「ふむ」と納得するようにひとり頷いていた。

「ええ、概ね大丈夫ね。はい、山田先生の分」 

 言って、本音から紙袋を受け取り、その中から取り出した一着のメイド服を真耶へと渡す。思わず受け取った真耶はしばし無言。ぼうっとしたまま、キャスターと自分の手に渡されたメイド服を交互に何度も視線を運び――そこでようやく意味を理解する。

「うええええっ!? わ、わたしもですかっ!?」

「当然」

 顔を赤める真耶にキャスターは真顔。

(え? 何で当たり前じゃないの、みたいな顔されてるんでしょうか?)

 真耶の疑問に応えることもなく、キャスターはクラスの生徒たちに自作のメイド服を渡すべき相手の名前と照らし合わせて配っていた。

「…………」

 無言のまま、真耶は手にするメイド服に視線を落とす。スカートの丈が少しばかり短く感じるが、フリルのついた可愛いデザイン。多少ながら、着てみたいかなと彼女は思う。だが、同時に思うことは自分なんかがこんなものを着て、似合うわけがないと自己嫌悪を持つ。

 生徒たちならばいざ知らず、自分なんてとつい呆れてしまい、真耶は思わずしゅんとうな垂れてしまう。

 ――と。

「自分にはこんな服なんて似合わないとか思っているんでしょう」

「…………」

 顔を上げてみれば、キャスターが振り返っていた。

 無言を肯定と取ったのか、それこそ呆れたように相手は口を開いていた。

「お馬鹿さんね。なに言ってるのよ。そんな可愛い顔してるのにもったいない」

「か、かわっ!?」

 世辞でもなく、純粋にキャスターは告げていた。童顔ではあるが、それを差し引いたとしても、真耶には紛うこと無き可愛さが十二分にある。

「教師だからといって、可愛い服を着ちゃいけないなんてこともないでしょう? それに、せっかくの学園祭なら、教師だって楽しんだっていいじゃないの。お堅い職業なら尚更に。その日一日限り、生徒と一緒に騒いだっていいじゃない」

 さり気なく言いながら、視線をはずしキャスターは生徒たちへ服を配る。生徒たちも「うんうん」と頷いていた。

「山ちゃん先生も似合うと思うよー。元が可愛いんだしさー」

「うん。可愛いマヤマヤ先生のメイド服姿見たいよねー」

「まーやん先生も一緒にやろうよー」

 一様の声が上がる。相変わらず真耶をあだ名で呼ぶのは変わらない。前に注意された時の「先生」をつけて呼んでいるだけの変化でしかない。

 一夏もまた顎に触れながら真耶を見ていた。

「俺も山田先生のメイド服姿は似合うと思います。着たら可愛いと思いますし」

 狙っているのかと疑えるほどに自然と口から吐く台詞。相も変わらずの天然と呼べる平常運転。見事な唐変木ぶりを余すことなく発揮する。

 何気なく口にした言葉が、果たして幾人の生徒の機嫌を僅かばかり損ねたのかも彼は当然知る由もない。

「そ、そうですか? お、織斑くんもそう言うんでしたら、先生も着ちゃおうかなぁ……」

 照れを滲ませながら、満更でもない真耶を見て――

(あ、ダメだ。山田先生も流された……)

 頬杖をつき、ぼうっと眺めていた士郎は内心で呟いていた。

 照れる真耶とは別に、渡されたメイド服を手にした生徒たちは、壇上に立っている本音が実際に身に纏っているものと見比べて各々思わず「え?」と呟く。

 手にする生地、質感は触れてみてだが、決して安いものではないというのがわかった。特にセシリアは敏感に反応していた。

「え? コレ本当に自作?」

「どう見てもどこかのお店の制服みたい」

「どうやったらこんなの手作りでできるのかしら」

「あ、可愛いデザイン。わたし気に入ったかも」

 早速メイド服を身にあてがう女生徒たち。なんやかんやでクラスの連中には好評のようだ。

 きゃあきゃあと騒ぐ一同を見入るセイバーだったが――

「何を他人事のように見ているの? セイバー、当然あなたのもあるわよ」

「――っ!?」

 口をゆがめて笑うキャスターの手には、セイバー用に寸法を合わせたメイド服が掲げられている。

 さすがにセイバーは言葉を失っていた。

「士郎くん、セイバーのメイド服姿……見たいと思わない? ああ、それともセイバーやシャルロットさん、セシリアさんとラウラさんなら大正浪漫風のメイドかしら? 和と洋を併せ持った格好の方がいいかしらね。ハイカラロングのメイド服。定番の矢絣柄とか。袴姿も悪くはないわね」

 クラスの連中の手前、『士郎くん』と呼ぶと、キャスターは手に持つ紙袋からさも当然のように、丈の長い矢絣柄のメイド服を取り出していた。

「…………」

 キャスターに話を振られて士郎は黙る。

 見たいか見たくないかと訊かれれば、士郎とて男の子だ。好きな女の子の普段と違う格好は当然見てみたい。言われるまま、ミニスカートのメイド服や、袴姿のセイバーを思わず想像してしまい――

「その顔は満更でもないようね?」

「ち、違う! 俺は別に――」

 見透かされたキャスターの指摘に、ばたばたと手を振り士郎は慌てて否定を口にするが……最後までは告げられない。

 余りにもわかりやすい反応に、はいはい、と肩を竦めてキャスター。

「あらそう? ふーん、へー、なら士郎くんは本当に見たくないの? 普段と違う格好のセイバーなんて、すばらしく斬新だと思うけれど?」

「…………」

 キャスターの簡単な口車に乗せられ、思わず士郎はセイバーを見てしまう。

 今身に纏うIS学園制服姿は十分可愛い。しなやかな肢体をはっきりとさせるISスーツ姿にはドキドキとさせる。そんな彼女がメイド姿にでもなればどうなるか――

 赤面しながら、士郎は自分に素直になり、こくりと頷いていた。

「うん、おしゃれなセイバーは見たいかなぁ……可愛いだろうし……俺は嬉しいなぁ」

「シロウーッ!?」

 叫ぶセイバーに士郎は「ゴメン」と頭を下げるだけ。勝ち誇ったようにキャスターは笑っていた。

「無駄よセイバー、彼は賛同したわ。挙句、クラスの皆は好意的。故に、ひとりだけ輪を乱す……とは、まさかまさか言わないわよねぇ?」

「くっ……」

 確かに周りを見れば、皆乗り気で楽しそうにしている。さすがに協調性を欠くほどセイバーは状況を理解していないわけではない。不承不承、受け入れていた。

「……わかりました。確かに、不粋な真似をする気はありません。わたしも受け入れましょう……そ、それに、士郎も、その……こんなわたしが着ても喜んでくれるようですし……」

「はいはい、惚気ご馳走さま。甘いものは士郎くんの作るお菓子だけで十分よ」

 顔を赤めるセイバーと士郎に、勝手にやってちょうだいとキャスターは再度肩を竦めていた。便乗するように周りの生徒も囃し立てる。

「あははー、衛宮くんもセイバーさんも顔真っ赤ー」

「うらやましいなぁ」

「いいなぁ、わたしも彼氏ができたらこんな風にラブラブになれるのかなぁ」

『ラ、ラブラブ!?』

 更に顔を赤らめる士郎とセイバー。そんなふたりを見て、表情の変化は何もないが。歯をぎりと軋らせるのは、箒とセシリア、シャルロット。

(い、一夏とあのように、こ、恋人のようになれれば……)

(くっ、羨ましいですわ……わたくしも、一夏さんとあんな風に見られたら……)

(いいなぁ……僕も一夏と表立ってあんな風に見られたらなぁ……)

 盛り上がる一同――一部例外――を尻目に、一夏は疲れたように声を漏らす。

「女子はメイド服として、男はISスーツのままか?」

「何を言っているの? 女性がメイド服といったら、男は当然執事姿に決まっているじゃない」

 何気なく呟いた一夏の声を耳に捉えていたキャスターはつまらなそうに視線を向けていた。

「え、えーと……」

 どこの世界の法律で決まっているのかはわからないが、反論はしなかった。いや、反論はできなかったと言う方が合っているだろう。

 なぜかはわからないが、一夏は余計なことを言ってしまうと必要以上に怒られそうな気がしていた。

 物言わず口を結んだ一夏から視線を逸らすと、キャスターは、ぱちんと指を鳴らす。それと同時に再度扉が開かれる。現れたのは――

「ご注文はお決まりですか? お客さま」

 颯爽と現れたのは、蝶ネクタイに燕尾服姿のランサーだった。手にはなぜか一輪の紅い薔薇を持っている。

『…………』

 静寂。

 が、次の瞬間には、割れんばかりの歓声が上がっていた。

『かっこいいーっ!』

 士郎は再び頭を悩ませていた。他の生徒たちに面白おかしく追い掛け回されていたはずなのに、何を一緒に楽しんでいるのやら。律儀に合図が来るまで廊下で待っていたのだろうか。

「おー、似合うねー、ランランー」

「おう。俺は何を着ても似合うもんさ」

 本音の賛辞に対し、ランサーは手にした薔薇を真耶へ渡すと豪快に笑っていた。

「これはあくまで一例よ。燕尾服にベスト姿。アスコットタイや蝶ネクタイ……執事といってもコーディネートしだいでは、それこそ種類はいろいろ。服装、衣装もそれぞれ意見を取り入れて作らないと。お客を楽しませるならば、当然自分たちだって楽しみたいじゃない?」

 キャスターの言い分には誰も異論は唱えない。正論である。

「こういうことに関しては、本当に生き生きとしてるなぁ」

 士郎の小さな呟きは誰のも耳にも届かない。皆、キャスターの言葉に心躍らせていたのだから。

「執事服の織斑くんに衛宮くん……更にはランサーさん……いい、すごくいい!」

「素敵です葛木先生」

「きゃーっ!」

「ナイスよ、デュノアさん! 既にこの話を組み込んだあなたは最高!」

 女子たちの羨望の眼差しに「えへん」と胸を張るキャスターとシャルロット。なぜか本音も同様に。

(執事姿の一夏か……ま、まぁ、馬子にも衣装というものか……)

(一夏さんの執事姿……凛々しいですわね……似合いすぎますわ)

 執事姿の一夏を想像し、まんざらでもなく箒とセシリアは口元をだらしなく緩ませている。

 自由に妄想する女生徒たちを満足そうに見回しキャスターは向き直っていた。

「ほら士郎くん、着てみなさいな」

 言って、士郎の机に放り投げられる執事服一式。「え?」と声を漏らすがお構いなしに。ぱんぱんと手を叩く。

「ほら早く」

「ここでかよ」

「当たり前でしょ? 何を恥ずかしがっているのよ。どうせその下にはISスーツを着てるんでしょう? 裸になれと言ってるわけじゃないんだから。ああほら、あなたもよ」

 言って、キャスターはすたすたと壇上に戻り一夏にも服一式を手渡していた。

「お、俺もですか?」

「その耳は飾りなのかしら? 同じことを何度も言わせないでちょうだい」

 拒否を許さぬ強い口調と眼力。見れば、周囲の女子たちの眼も爛々と輝いている。

『…………』

 有無を言わさず大衆の面前で着替えさせられ、そのまま教壇へと立たされる。

 左から、白手袋に蝶ネクタイ、燕尾服姿のランサー。

 士郎の格好は黒のズボンに白のシャツにネクタイとベスト姿。

 対する一夏の格好は、こちらは黒のズボンに白シャツ、ベストとかわらないが首元にはリボン姿。

 ランサーは何がそこまで楽しいのやら終始にこやかに笑みは絶やさずに。逆にふたりは好奇の視線にさらされているのがつらいのだが。

 三者三様の姿を見て、女性陣は興奮している。

 特に、一夏の執事姿は簡単な格好とは言え、実際に眼にしている姿は想像以上のインパクトに箒とセシリアは声もない。つまるところ、格好良かった。

 シャルロットも「へえ、やっぱり似合うね」と感想を漏らし、ラウラもまた「うむ。嫁はハウスホーフマイスターとしても十分振舞えるやもしれぬな」と納得していた。

 セイバーもまた士郎の珍しい姿に心奪われたのは例外ではない。

 真耶も三人の姿を純粋に格好いいと思ってしまう。彼女は特にランサーを、だが。

「こう見ると、統一もいいけれど、バラバラの方がかっこよくない?」

「うん。それぞれの個性があっていい感じ」

「接客時には手袋ははずした方がいい?」

「時間ごとに三人の服装を変えるってのも面白そう」

「眼鏡! 眼鏡をかけてランサーさん! そして意味もなく手を添えて無駄にかけ直して!」

 だが――

「あの……盛り上がっているところゴメンね。ひとつ疑問なんだけれど」

 おずおずと挙手するのは――鷹月静寐だった。

「これって一応案としての話だよね? 確定はしてないよね? まだ」

 刹那、「まだ」という言葉に一同の動きがぴたりと止まる。

 そう。静寐の言うように、今はまだ案での話し合いだ。承認の許可は担任から貰わねばならない。

 何も難しい話ではない、当然、許可さえ貰えば承認となる。

 だが、不可となればどうなるか。小言程度ですめばいい。もしかすれば、理不尽にも出席簿が飛んでくるかもしれない。

 さらに言えば、彼女――静寐は知りもしない。衣装の協力とは言え、キャスターが関わるとなればどうなるものか。

「それでね、誰がその承認を貰ってくるの?」

「…………」

 一同無言。真耶もまた苦笑を浮かべている。だが、自然と皆はひとりへ視線を向けていた。このクラス代表者へ。つまりは――

「……え? 俺?」

 自分を指さし訊き返す織斑一夏へ。

 さも当然と頷き一同。

「んじゃまぁ、学園祭のうちのクラスの出し物は『メイド執事喫茶』で決まりってことで。ハンコは織斑くんが貰うって事で」

『はーい。異議なーし』

「ちょっと待ってくれよ!」

 賛成多数で決まりー、と谷本癒子の声により、一夏の声に誰も耳を貸さず返事さえもしなかった。目的は済んだとばかりに各々メイド服を片手に教室から出て行く。

 肩を落とす一夏に対し、やれやれとキャスターは溜め息を漏らしながら卓上にある申請書を手に取り声をかけていた。

「仕方がないわね。わたしも口添えをするわよ」

「お、お願いします」

 渡りに船とはこのことか、と一夏はキャスターの申し出を断りもしない。

「ええ、わたしとしても、皆がこんなに楽しそうにしているんだもの。協力してあげたいわ」

 一夏に笑って見せはするが、内心は腹黒い。主に自分の目的――写真のためにね、とキャスターは心の中で呟くだけ。

 よく言うものだ、と胸中で毒づくのは三人。士郎、セイバー、ランサーだ。

 そんなひとりと二騎から向けられる白い視線もなんのその。気づきもせずにキャスターは口の端を愉悦に歪ませる。

(邪魔などさせるものですか。こんなにもいい被写体の話、是が非でも通して見せるわよ)

『…………』

 否が応でも手に取るようにわかる。大方、すごくどうでもいい個人的なことを頑張ろうとしているのだろう、と。

 野心に燃えるキャスターに、士郎と二騎のサーヴァントは呆れたように溜め息を漏らしていた。

 

 

 その格好で今日は過ごしてよ、と三人はお願いされて今に至る。

 ランサーは苦もなく即答。残りふたりは――心底嫌な表情で――仕方なく了承の返事を漏らしていた。

 何処から情報を聴きつけたのか、写真部の黛薫子につかまったり、他クラスの生徒にも揉みくちゃにされた。主に一夏が。

 報告のために、一夏が職員室にその格好のまま現れた途端、室内はざわついていた。弟の姿を見て、千冬は額を押さえながら。

 ランサーは燕尾服姿のまま生徒に追い掛け回されている。中には当初の目的を忘れて追いかけている者が居たりもするが。更には難なく追っ手を撒いては、その格好で釣り竿片手に埠頭へ行こうとしているのだから。

 廊下を執事姿で歩く士郎を好奇の視線が途切れることはない。その姿で生徒会室に入ってみれば、楯無は口にしていたお茶を盛大に噴出していた。机上の書類は哀れにも紅茶まみれとなる。虚にいたっては手にしていたトレイを取り落とすほどに。

 はあはあと、鼻息荒く、楯無が取り出した携帯電話を見て――一目散に、士郎は生徒会室から逃げ出していた。




前話、今話ともに、毎度のことながらalutoさんのご協力には大変感謝いたします。誠にありがとうございます。

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