I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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当作品を読んでいただいている方々、いつもありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
相変わらず話が進まない、ゆっくりした内容ですが、作中内の学園祭前後までは、のんべんだらりと緩いものが続きます。ご了承ください。
(´・ω・`)・ω・`) キャー こわ


27

 太陽が沈み、夕涼みを兼ねた夜釣りに趣くのが最近のランサーの楽しみだ。

 昼にはお目にかからなかった大物の魚が夜には釣れたりもする。

 なによりも、同じ見慣れた場所でも昼間とは違う夜の風景は、サーヴァントの彼とて子供心にわくわくさせるものがある。

 IS学園近郊の埠頭に、彼はひとり堤防に腰を下ろしていた。

 人によっては退屈極まりない場所ではあるが、彼にして見ればお気に入りの空間。

 竿と糸だけで海の様子を見るのが好きなランサーにとって、長時間握っているであろう釣竿は一切ぶれることはなかった。

 持ち前の力と、さながら機械のような精密さ。常人であれば持て余す暇でも微動だにしない精神力はさすがだろう。

 前に士郎は訊ねた事がある。「釣りというのは楽しいのか」と、それに対し彼は「楽しさを伴う鍛錬だ」と応えていた。

「…………」

 簡易ランタンが暗闇を照らす唯一の明かり。無言のまま静かな波の音を耳にし、夜の水面を眺めていたランサーだが、その眉が僅かに動く。

 それは、垂らした釣り針の餌に食いついた魚に、ではなかった。ざり――と地面をこする音。背後に生まれた気配に対してのもの。

 唯一の憩いの時間を彼は邪魔されたくはなかった。無粋な輩に声をかける。

「前も言ったよな? こそこそ嗅ぎ回るのは感心しねーぞ」

「そうね。それに対して、私はこう言ったはずよね? 『面と向かってなら粗捜しをしてもいいのかしら』て」

「そうだな。んで、俺は次にこう言ったよな? 『アイツに迷惑かけねぇんならな』とよ。んでもって――」

 振り返りもせずに、ひゅっとランサーは竿を振るう。

「警告もしたよなぁ、小娘? テメエの遊びに付き合うほど俺は暇じゃねえってよ」

 一瞬にして――寸分の狂いもなく――喉元に突きつけられた竿の穂先に楯無は言葉を失う。

 文字通り、動く事が出来なかった。

 そこでようやくランサーは肩越しに振り返っていた。飄々とした態度は消え失せ、眼光鋭く獣のような双眸が楯無を捉えている。

 ランサーらしからぬ僅かながらの苛立ちは、別のところ。

「テメエが勝手に怪我すんならかまわねーぞ。だがな、士郎を巻き込むんなら話は別だ。お前アイツを『囮』に使おうとしてんじゃねぇだろうな?」

「――――」

 囮、という単語に僅かばかりに楯無の内心に動揺が走る。無論表情には一切出してはいないが、ランサーを見る眼つきは変わっていた。

 冷静を装いながら――楯無は悟られないようにしてはいるが、ランサーを相手にそんなことは無理だということに気づいていない――彼女は胸中で呟く。

(この人、何をどこまで知っているかしら――)

 無言の相手をつまらなそうに見てランサーは続ける。

「何で知ってるんだとか言いたそうなツラしてんなぁ? ちょっとした狐がいてよ。ちょろちょろ嗅ぎ回ってる誰かさんの話を聴いたもんさ。そう言うことでな、場合によっちゃ誰であろうと――テメエも。吊り眼のねーちゃんも、巨乳のねーちゃんもだ。片っ端から潰してやんぜ?」

 ざわり――と容易く感知できる殺気を醸し出すランサーに楯無は息を呑む。

「――っ」

「お得意のISごときでどうにかなると思ってんじゃねーぞ? あんな玩具程度で止められると思うなよ。俺もセイバーも本気であれば簡単に潰せるって事を覚えておくこったな」

 相手の狂言――大仰な物言いを彼女はそうとしか捉えていない――に、だが楯無は頬を歪ませながら応えていた。

「……随分と自信があるのね。生身でISをどうにかできると、本気で思っているの? 化物でもあるまいし」

 ランサーが口にする自信は一帯何処から出てくるものかと楯無は失笑を漏らすにはいられない。生身でISを相手にすることなど到底不可能だ。

 化物とは言い得て妙だ、とランサーは笑う。その言葉のとおり、自分たちサーヴァントは、人間からしてみれば「化物」以外の何者でもない。ある意味よくよくわかっているなと感心さえする。

 だが、楯無が口にしている意味が違うことは、当たり前ではあるが理解している。

 相手の表情を見て、ランサーは簡単に思い知ったのだろう。フンと鼻を鳴らし言う。

「ああ。あんなガラクタみてえな玩具で一喜一憂してるテメエらの方がどうかしてんぞ。お前、ロシアとか言う国の代表生らしいな。家柄はその筋の暗部の専門分野たあなぁ、俺から見りゃぁ年端もいかねぇ小娘が。どっちにしろ大した実力もねぇのにそのふたつに浮かれてご苦労なこった。つまるところ、まともなヤツがいなくてお前が充てられたわけか。どちらも人材不足ってなトコか?」

 ぴくり、と楯無の眉が動く。

「…………」

 喉元から釣竿の先端を引くと、もはや興味は失せたとばかりにランサーは楯無に背を向けていた。

 眼の前の男の実力は楯無自身も認めている。それは純粋な身体能力に限ってのもの。故に、生身でISを破壊するなどと荒唐無稽の言葉に彼女は嗤笑するしかなかった。

 更には、ロシア国家代表操縦者としての自分、更識家17代目頭首の自分には、彼女なりに誇りがある。どちらにも常人には理解できぬほどの努力、苦労苦痛があった上で成り立ったもの。それを何もわかりもしない無知の輩に、容易に侮辱された事に彼女は怒りを感じている。

 大概の事はさらりと流す楯無ではあるが、さすがに我慢は限界を迎えていた。自分の存在意義となる「ふたつ」を嘲弄されてまで、寛容な心を持ち合わせてはいない。

 それでも懸命に自制させるようにしながら――楯無は作り笑いを浮かべていた。そうでもしなければ、彼女はどうにかなってしまいそうだった。

「……聴いた話のとおりね。箒ちゃんや一夏くんの気持ちがわかるわ。わたし、アナタがとても気に入らないわ」

「誰彼好かれる気もねーぞこっちは。勘違いの野郎は見ていてイライラすんだよ。ああ、お前は女だったか? 紛い物のおかげで強くなったと思い込む。それとも名家の金のお蔭か? 自慢の身体か? 股座開いて男咥えて勝ち取ったか? 子供の割りにやる事に関しては随分とえげつねぇな。テメェの親にそう教わったか? ああ、それとお前にゃ妹がひとりいたよなぁ? 代表候補らしいが、そいつも同じように――」

 それ以上耳障りな声を聴いていたくなかった。

 言葉を最後まで続ける暇も与えず。瞬く間に部分展開されたIS腕部。量子変換されて握られていたランス――蒼流旋が風切り音を上げて叩き込まれる。

 が――

 穂先は目標のランサーの背を貫いてはいなかった。一瞬にして、寸前まで居た箇所を抉るランスを彼の脚が踏みつけ、コンクリートの地面へと縫い付けていた。

 楯無の挙動は一切加減等していない、迷いも無く本気で背後からランサーに襲いかかっていた。

「くっ」

 押さえつけられているランスはびくともしない。生身の片脚で踏まれているだけなのに、ましてや楯無の片腕はIS展開しているにもかかわらずにだ。

 狙い済ました軌道を、杭のように振り下ろされたランサーの片脚一本に楯無はどうする事も出来なかった。

「残念。惜しかったなぁ?」

 嘲り笑うように、ランタンに照らされたランサーの獣のごとき眼は楯無を射抜いていた。

 

 

「で、お前たち、一体何をしていた?」

「…………」

 額に手を添える千冬の前に立つふたり――ひとりは楯無。もうひとりはランサーだ。

 場所は職員室。翌日早朝、楯無とランサーは千冬直々に呼び出されていた。

 時間だけが無駄に過ぎていく。

 無言のまま返答もしないふたりに、千冬は幾度目とも数えていない溜め息をついていた。

 ランサーは面倒くさそうにそっぽを向いたまま。話を聴いているのかすらわからない。逆に楯無はまだマシな方だ。返答はないが、申し訳無さそうな神妙な面持ちのまま俯いている。

 これまた幾度目とも数えていない同じ質問を千冬は投げかけていた。

「……お前たち、一体何をしていた?」

「…………」

 だが、やはり楯無は何も応えない。

「更識、お前のISが学園外で展開された記録がある。これはどういうことだ?」

「いえ、あの……」

「訊き方を変えよう。応えろ、IS学園生徒会長、更識楯無……学園外でのISの展開はどういう意味をもたらす?」

 そこで固く結んでいた楯無の重い口が開かれ、静かな声音で返答していた。

「……状況如何によっては、重大な国際問題に発展する恐れがあります」

 その応えに頷いた上で千冬は改めて向き直る。

「そのとおりだ。生徒会長のお前がわかっていながら、なぜ展開をした? 説明しろ」

「…………」

「わたしは説明しろと言った」

 再度千冬に説明するように促されるが、楯無は沈黙したまま。

 舌打ちし、業を煮やした千冬が立ち上がろうとするが、それを遮りランサーが口を挟んでいた。

「面倒くせーな。俺がこの女に見せろと言ったんだ。それでいいだろ」

「お前には訊いていない」

 煩わしそうに眼で「黙れ」と睨みつけるが、ランサーは冷笑を浮かべるだけ。

 その態度に苛立ちを覚えたのか、矛先を男に変え、千冬の口調は更に強いものへ変わっていた。

「……お前はお前で時間外に勝手に学園を出歩くなと言ったはずだ。何様のつもりだ」

 ランサーの存在が特別なものだということを千冬が忘れているわけではない。だが、だからと言って、『IS学園生徒』とした意味での特別扱いをするつもりはない。取り締まるべきところは同様に取り締まる。それは、他の生徒への示しがつかないために。

 ならびに、不用意にランサーが、夜の学園外を平気で出歩くのも一度や二度ではなかった。

「展開したISと生身でやってみたかったんだからしょうがねぇだろ?」

「夜の埠頭でだと? 馬鹿も休み休み言え。一角を破壊してか?」

「ああ」

「……お前、自分が何を言っているのか本当にわかっているつもりか? お前が簡単に考えているようなものではないんだぞ、これは!」

 がんと机上に拳を振り下ろす千冬。その音に楯無はびくりと身体を竦ませ、居合わせた他の教師たちも何事かと視線を向けてくる。

 睨む千冬に対して、ランサーは真っ直ぐに見返すだけ。

 一般の生徒たち、楯無でさえ問答無用で黙りこくる千冬の眼光ではあるが、眼の前の男には大した効果などありはしない。

 つまらなそうに笑うランサーに対し――これ以上話をしても無駄だと悟ると千冬は視線を逸らしていた。

「……もういい。話は後ほど改めて訊く。下がれ。以上だ」

「……失礼します」

 頭を下げて退出する楯無。対照にランサーはようやく自由の身になれたとばかりに早々と部屋を出て行った。

 職員室を出て、気だるそうに立ち去るランサーの背に楯無は叫ぶ。

「なんのつもり」

「あ?」

 鬱陶しそうに振り返ったランサーに対し、楯無は不快な気分のまま再度同じ台詞を口にする。

「なんのつもり? さっきのアレ」

 何故庇ったのだと口にする楯無の言葉に――ランサーの口元は吊りあがっていた。声を漏らすまいと耐えてはみるが、それが無理だったのか、肩を震わせながら彼。

 げらげらと笑われた事に楯無は一瞬唖然としたが、直ぐに相手の振る舞いに憤慨する。まさか笑われるとは思っていなかったのだから。

「何だお前、ひょっとして庇ってもらえたとでも思ってんのか? 別に他意なんざねぇよ。くだらねーことで拘束されたくないだけだ。からかうのは得意なようだが、からかわれるのは慣れてねぇな」

 嘲りを含んだ物言いを残し、手を振りすたすたと歩き去るランサーの背を、無言のまま――だが楯無は怒りの表情を浮かべて睨みつけていた。

 

 

 朝のSHRの最中、唐突に一時限目の枠を使っての臨時の全校集会を行うとの学園放送が流された。発言者は無論、IS学園生徒会長たる更識楯無。

 一夏にとってはあまりいい印象はないと言ってもいい。むしろ嫌な予感がしてならなかった。それもそのはずに、先日も全校集会が行われはしたが、内容は迫る学園祭の件の話――だったのだが、その中で『各部対抗織斑一夏争奪戦』などと言う本人の承諾も一切ない勝手な企画をでっち上げられ景品にされていたのだから。

 今日もまたあの生徒会長を考えてみれば、何かよからぬことを言い出すのではなかろうかと内心びくびくしていたりする。

 不安は一夏だけではない。教師陣も詳しい内容は聴かされていない。ただ、楯無から緊急を要するもの、としか報告は受けていなかった。

 一年一組の面々も雑談を交わす中、士郎は自分たちが居る体育館内を見るともなしに眺めていた。はじめて見るわけでもないのだが、穂群原学園の体育館と比べれば広さは倍ほどに。視線は自然と二階席へと向けられる。安全のために隔てられた手摺りの奥の空間。二階もまた結構な広さが窺える。

 真横に立っているランサーは、あくびをしながらだるそうに。全校集会などという面倒くさいものから逃げようとした彼は、あっさりと千冬に捕まり、士郎へ引き渡されていた。

「さぼらせるな。首に縄でも括って横で監視しておけ」

 千冬の言葉に対し――内心ではランサーの素行の管理と言う無茶振りに呆れながらも――士郎は頼まれた以上は、わかりましたと頷いていた。

 なによりも、ランサーこと「クランの猛犬」に対して「首に縄」とは、ある意味皮肉がこもった比喩表現だなと捉えていた。千冬とて、ランサーの正体を知ってのものではない。たんなる言葉の表現でのものが掠った程度でしかない。

 そうこうしているうちに、全校生徒が集まる中、壇上に楯無が現れる。学園生徒会長の姿にざわついていた声音もぴたりと止んでいた。

 しんと静まり返る空間の中、楯無の声が響く。

「はーい、おはよう、みんな。日頃の勉学、部活動、その他諸々ご苦労さま。わたしを倒して次期生徒会長にと躍起になる方々も同様に。さて、朝も早くから集まってもらえたあなたたちに、ここでわたしからささやかなプレゼント兼発表がありまーす」

 ざわり、と生徒たちが騒ぎ出す。プレゼント、との言葉に教師たちも首を傾げ眉を寄せていた。それは、千冬や真耶も同様に。

 なになに、なんだ、とどよめく中、静粛にと声をかけて楯無はにこりと微笑み――

 その口がゆっくりと言葉を吐き出していた。

「わたし、一年一組の衛宮ランサーさんが大嫌い。ああ、勘違いしないでね。同クラスの衛宮士郎くんはとってもいい子よ。生徒会を手伝ってくれてるから。わたしが大嫌いなのは、お兄さんの方。這い蹲らせてやるわ。覚悟しなさい」

「――何を言っているんだアイツは」

 唖然とした顔の千冬はそう呟くことしかできなかった。

 突然の指名宣言に生徒たちからは、やはりざわめきが起こる。ついで生徒たちの視線は当然該当者となるランサーへ向けられていた。

 ただひとり、布仏本音だけが『うわぁ、会長本気で怒ってるなぁ』と漏らしていたのだが、誰もそれを聴き咎めている者はいなかった。

「おい……」

 名指しされたランサーへ、士郎は白い眼でじろりと睨んでいた。

「お前、本当になにしてんだよ。一度目は篠ノ之、二度目は一夏、三度目は何でアイツなんだよ」

「まぁ待て坊主。俺にもちぃとばかし事情は色々あるが、とりあえず待て」

 本当にお前は問題事ばっかり起こしてんなぁ、と喚く士郎を制し、ランサーは視線を楯無へ向けたまま。

 楯無の演説は続いていた。

「それでね。それを踏まえた上での決定事項がひとつ。学園祭での各部活動の催し物への投票上位組には部費の特別助成金が出るって話は変わらないわ。そちらとは別に、特例措置の部費アップの案件があります。それと、わたしを倒したら生徒会長になるという話は一時凍結します。なので、今後わたしを狙っても無駄よ」

 ざわり、と騒がしくなる生徒たちを――だが楯無は瞬時に一喝。

「静かに。話はまだよ。なにも倒して生徒会長になるのを廃止するわけじゃないわ。言ったでしょ? 『わたしを倒したら生徒会長になるという話は一時凍結』て」

 そこまで言い終えると、壇上に立つ楯無は、ふうと一息つく。ぺろりと唇を軽く舐め――

「現時刻を以って、生徒会長になる方法、特例措置の部費アップの方法は、一年一組の衛宮ランサーを倒したものとします。今一度言うので、よく聴いて。生徒会長になりたかったら衛宮ランサーを倒すこと。部費アップを狙うなら衛宮ランサーを倒すこと。両方兼用も大いに結構。襲撃は、授業時間を除いたいかなる自由時間であれば問題なし。以上」

「っ――」

 「はあ?」と眉を寄せるのは士郎と一夏。箒やシャルロットも意味がわからず、ぽかんとしている。

「? どういう事でしょう。何故にランサーが関係するのですか?」

 背後のセイバーの声など聴こえていない。

 はめられた――

 忌々しそうにランサーは壇上を睨みつけていた。

 楯無もランサーの視線に気づいたのだろう。ニヤリと悪役染みた顔。手を軽く振りながら、口元を覆う扇子には「ざまぁみろ」と書かれていた。

 生徒会長権限を行使しての八つ当たり、仕返し、憂さ晴らし……言い方などは、もはやどうでもいい。とにもかくにも、面倒ごとを押し付けられたのだから。

「あのガキ」

 小さく吐き捨て――ランサーは横から飛びかかる女生徒の腕を捻り投げ飛ばしていた。

「な、なんだ」

 突然のことに驚く士郎。シャルロットも次から次に起こることに眼を白黒させている。

「下がってろ坊主、セイバー。巻き込まれるぞ」

 素早く言い終えると、わきにいた士郎をセイバーへ突き飛ばし――ランサーは身構える。 

 多勢に無勢。今この瞬間にランサーは全生徒から狙われる身となったのだから。

 右から左から、前から後ろから伸びる手、手、手――

 掴まれまいと、払い捌き、床を蹴り、ランサーは一跳のもとに人垣を飛び越えていた。

 転がるかのように手近の扉に走り彼。

 がちゃがちゃがちゃがちゃ――と、耳障りな音だけが鳴り開きはしない。完全な施錠がされている。

「ちっ――」

 小さく叱咤しながら、煩わしそうに背後を振り返る。

 扉を背にしたランサーを半円を描くように囲む生徒たち。皆一様に眼には怪しい光を宿し、薄ら笑いを浮かべている。

「面倒くせェことしてくれる」

 軽く呻いたのは一瞬。刹那に床を蹴るとランサーは壁を伝い二階席へとよじ登っていた。

「逃げたわよ――」

「あっちから回って――」

「部費アップのために――」

 喧騒を耳にしながら、いやはや女というのはパワフルなもんだ、とそう感じながらランサーは身体を起こし――

 ごり、と右側頭部を擦られるように異物を押し当てられていた。

「…………」

 無言のまま、視線だけをそちらへ向けてみれば――ISシュヴァルツェア・レーゲンを展開していたラウラが浮かんでいる。押し当てられているのはレールカノン「ブリッツ」の砲口だ。

 氷のような冷たい眼。

「悪いな。怨みはないが、部費のために貴様にはここで死んでもらう」

「……お前さん、部活は?」

「教官が顧問の茶道部だ」

「さいですか」

 参ったねぇと軽口を叩くランサーだが――今度は左頬をグリと硬い物で突かれていた。

 面倒くさそうに視線を動かせば、双天牙月を構え、口角を上げる鈴の姿。当然此方もIS甲龍を展開している。

「悪いけど、ラクロス部のためにアンタは犠牲になってもらうわよ」

「…………」

 はぁと溜め息を漏らし、わかっていたかのように後頭部に当たる異物感を覚えながらランサーは言う。

「オルコットの嬢ちゃんもか?」

「ええ、ええ。テニス部の部費アップのために礎になって頂きますわよ。残念ですわ。このような形でお別れとは……」

「…………」

 背後を振り返りもせず、ランサーの後頭部をごつごつと叩くのは、ISブルー・ティアーズを纏うセシリアの自立機動兵器。BTレーザーの銃口は狙いをはずさず浮いている。

「はぁ、三人に囲まれっちまったら厄介だな……」

「あら? 随分と諦めがいいのですね。いつぞやは『往生際の悪さ』を自負されていらっしゃったハズでしたけれど?」

 意外ですわね、と漏らし若干眉を寄せるセシリア。だが、ビットの狙いはそのままに。それは鈴も同様だ。警戒を強めながら柄尻をぐりぐりと押し付ける。

「アンタにしちゃ無駄に観念するのが早いじゃない。怪しいわね、アンタ……何考えてんの?」

「別に、ただ俺なんかにかまけてていいのかねぇ? ほれ見てみろや。篠ノ之の嬢ちゃんが、お前らの愛しの一夏の兄ちゃんを押し倒してやがるぞ? いいのか、放っておいてよ」

『なっ――』

 すいと指さすランサーに釣られ、三人は慌てて眼下に視線を落す。が、目当てのふたりはただ此方をぽかんとした表情で眺めているだけ。

 当然、押し倒してもいなければ、抱き合ってもいない。そもそも、よくよく考えてみれば、こんな人目の付くところであのふたりが大それた行動に出るわけがなかった。そんな狂言にまんまと騙されるとは、この三人は阿呆としか言いようがない。

「間抜け」

 ぼそりと呟かれた声音。

 刹那――

 一閃するランサーの蹴りが、砲口を、柄尻を、ビットを払いのけていた。

 虚を衝かれた三人が振り返った時には、手摺り上を疾走するランサーの姿。不安定な足場だというのにとにかく速い。

 体育館内で砲撃するわけにもいかず、掴みかかるしか術はない。先回り捕まえようとするラウラの腕を掻い潜り、逆に踏み台にして、ランサーは宙を跳んでいた。そのままセシリアの機体へと飛び移っていた。

「えっ――」

 まさか此方に飛び移るとは思わずに声を上げるセシリア。わーわーきゃーきゃーと眼下は喧しい。足場などフィン・アーマー部分のみの細く僅かしかない箇所にも関わらず、セシリアの両腕をひらりひらりと巧みにかわして見せ――

「この――わたくしを踏み台にするなんて――」

「セシリアっ! そのまま捕まえときなさいよ!」

 首を回してみれば、手にした凶悪な得物を構えて飛びかかってくる鈴の姿。

「はああああっ」

 すり抜けざまに双天牙月で叩き落そうと踏み込む鈴だが、薙ぎ払いはするのだが手応えはない。咄嗟に――気配を感じ振り返り見れば、非固定浮遊部位の棘付き装甲に乗ったままのランサーはニヤと笑う。

「運搬ご苦労さん。ゆっくり休め」

 棘付き装甲を力任せに踏み抜き、本体にぶつかりバランスを崩す鈴をさらに逆脚で蹴り飛ばす。

「うにゃああああっ!?」

 体勢を立て直すこともできず、悲鳴を上げて壇上めがけて鈴は墜落する。ランサーは反動で跳躍するとラウラに飛び乗り、そこからまたセシリアへと飛び移り――さらには二階手摺りへ舞い戻る。何事もなく降り立ったランサーはそのまま走り、手近の窓に飛びつき解錠――がらりと窓を開けて、律儀にぴしゃりと窓を閉め、そこから外へと逃げ出していた。

 一部始終はまるで動物園から逃げ出した猿を捕獲する有様だ。

 追うわよ、急いで、何処何処を封鎖して、要請を――と慌ただしく生徒たちが駆け抜けていく中、壇上に立つ楯無は残念そうに小首を傾げていた。

「……巧い事いかないもんね」

 彼女の口元を覆う扇子には「つまんない」と文字が浮かぶ。そのわきでは眼を回した鈴が転がったまま。

 一部始終見入っていた士郎とセイバー、一夏と箒、シャルロット、真耶は、ただただ無言。頭痛を覚えるかのように、千冬は額に手を添えていた。


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