I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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(´・ω・`)シロウ・・・カテナイッテイワレテルヨ・・・スデニミナサンニサキヲヨマレテイルヨ
(´;ω;`)ブワッ
推奨BGM「激突する魂」または「The Battle of IS」


25

 更識簪は、少々憂鬱だった。

 それは眼の前を歩く幼馴染の布仏本音の存在。夕食をいつものようにひとりでとろうとしたところに突然現れ、腕を掴まれ一緒に行こうと引っ張りまわされた。

 食事を終えたら終えたで簪は早々に自室に戻ろうとしたのだが、また本音に腕を掴まれ連れられていた。

「うひひひ。生徒会室に行ってケーキ食べるんだー」

「……太るよ」

「だーいじょうぶー」

 何処に連れて行く気なのか訊ねてみれば、生徒会室の冷蔵庫にエミヤんが作ったケーキがあるから一緒に食べようと言う。

 その足取りは軽い。よほど嬉しそうに――楽しみにしているのが簪にもわかる。

「エミヤんの作るお菓子は絶品なんだよー。かんちゃんもきっと気に入るよー」

「…………」

 エミヤん――衛宮士郎のことだろう。最近、彼のことを口にする本音はどこか楽しそうだった。

 遠目で幾度か話の当人を見たことがある。何より、本音には言ってはいないが、件の彼とは第二整備室で会話を交わしもした。

 簪にとっての衛宮士郎の第一印象は『おかしな人』に尽きた。だが、僅かな時間だったとは言え、士郎との過ごした時間は不快ではない。また話すことが出来ればいいな、と思えたほどに。

 自分の手がける『打鉄弐式』を賞賛されたことが、彼女は嬉しかった。それは本当に些細なことではあるのだが、簪の心に大きな印象を与えるには十分だった。

 ――と。

 前を歩いていた本音の足が止まった。首を傾げ、眠たそうな眼で見入る先。

「んー、エミヤんと会長だー」

「……それと織斑先生と山田先生」

 簪の歩も止まり、視線の先の四人を見て――自然とその表情には陰りが浮かぶ。四人の中にいるひとりを見て。

 四人は此方に気づいていなかった。そのまま廊下を歩いていく。

 悪いことをしてはいないのだが、思わず本音は壁の角から様子を窺っていた。

「んー? 何処に行くんだろう?」

「…………」

 後を付いていこうとする本音とは対照に、簪の歩は止まったまま。動かない友人に気づいた本音が振り返っていた。

「かんちゃんも行こうよー」

「……わ、私はいいから」

「えー、かんちゃんも行こうよー」

「……いいから……本音、私はいいから」

「やーだー」

 腕を掴み引っ張ろうとする本音に簪は抵抗を示す。

 だが、こういう時の本音は意外と我侭なのも知っている。下手に言い聴かせても素直に従いはしない。ぐいぐいと引っ張る力に困惑した簪だったが――

「本音さん?」

 唐突にかけられた声音にふたりは振り返っていた。

「葛木先生」

「……こ、こんばんは」

「こんばんは、本音さん、それと……簪さんだったわね」

 顔をほころばせるのは本音、少々緊張しながら頭を下げるのは簪だ。キャスターもまたふたりに対して、にこりと微笑む。

 改めてキャスターを見つめ、簪は僅かながらに動揺する。

(相変わらず、すごく綺麗な先生……)

 簪とキャスターは多少ながら接点があった。それは本音を仲介してのもの。たまたま、本音から『葛木先生は模型を作るのが得意なんだよ』という話を聴いた際に、無理を承知でお願いしたものがあった。断られると思っていたのだが、すんなりと了承の返事を貰えると、すぐさま簪は製作をお願いしたい品を渡していた。だが、翌日になってみれば作り終わったと一言告げられ品物を渡されていた。簪から見ても、その出来栄えはまさに完璧であり見事という以外見当たらなかった。細部の処理、色合いなど忠実に再現された塗装に簪は手にしたまま眼を輝かせ言葉を失うほどに。

 何度も頭を下げる相手に、模型作りが趣味のキャスターもさすがに照れたとか照れなかったとか。

 そんなことがあり、ふたりは顔見知りであったりするのだが。

 改めて本音に視線を向けてキャスターは問いかける。深い意味はなく、純粋な好奇心でのものだ。

「それで、ふたりはなにをしていたの?」 

「えーと、エミヤんと会長がいたのー」

 その返答は、キャスターの問いかけに適切ではない。だが、大して気にした素振りも見せず、逆にエミヤんと聴き――ああ、坊やのことねとキャスターは瞬時に理解していた。

「そういえば、第三アリーナに行くとか言っていたわね」

「第三アリーナ?」

 その言葉に、本音は小首を傾げていた。

 

 

 照明さえ必要としないほどに、頭上に輝き浮かぶ月光に、時間外の使用となる第三アリーナに立つ四人の姿が照らされていた。

 一組は、千冬とIS『ミステリアス・レイディ』を身に纏う楯無。

 楯無は鼻唄交じりに気楽なまま。特殊ナノマシンによって超高周波振動する水を螺旋状に纏ったランスを手にしている。

 どこか放漫さを感じる相手に千冬は苦言を呈していた。

「更識……言っておくが、衛宮を甘く見るな。アイツは、お前が思っているほど簡単な奴ではないぞ。わたしの勝手な私見ではあるが、現時点での一年の専用機持ちの中では、ある意味、奴は強いぞ」

 強い、としか口にしていない。だが、それだけで楯無には十分だった。へえ、と若干表情に変化を浮かばせながら。

「それは、わたしよりも、でしょうか?」

「……さあな。だが、慢心は足を掬われるぞ? 今一度言うが、衛宮は強い」

「ふうん……織斑先生がそこまで推すとは珍しいですね」

 対する向かい側には、もう一組――IS『アーチャー』を纏う士郎。その隣には真耶が立っていた。

「ミステリアス・レイディ……」

 IS『アーチャー』のハイパーセンサーにより表示される相手の機体データ。それを士郎は読み取っていく。

 楯無が身に纏うISは士郎が知るものと何ひとつ似ていなかった。身を護るアーマーの面積はIS『アーチャー』と同じように少なく、ごてごてとした装備を持っていない。

 なによりも、一際眼を惹いたのはその外観。機体の左右に浮くクリスタルのようなもの。そこから水の膜が広がり展開している。手にする大きな槍も同じように水に包まれていた。

 表示されている楯無のISデータを見ながら士郎は呟く。

「……はじめて見るタイプだ」

 装着者の楯無を包む水は、まるでドレスや翼のように見える。妖精のような神秘ささえ感じ思わせるかのような美しいデザイン。

「……綺麗だな」

「はい? 何か言いましたか?」

 訊き返す真耶に、なんでもないです、と士郎は応える。

 小首を傾げながら、だがそれ以上真耶は訊ねはしなかった。

「衛宮くん、更識さんのISはナノマシンで構成された水を扱います。機体も武装もナノマシンが展開しています。あなたが今まで相手にしてきた織斑君の白式や凰さんの甲龍などのISとは勝手が違います。油断はしないでくださいね」

「わかりました。どこまで出来るかは自信がありませんけれど、やれるだけやってみます」

「良いお返事です。堅くならないで。相手をよく見て、いつも通り落ち着いてください。大丈夫、衛宮くんなら勝てますよ」

「…………」

 微笑む真耶。

 此方に気を使ってくれているのがわかる。苦笑を浮かべると、士郎は頷いていた。

 互いに向き合い――士郎と楯無は対峙する。

「準備はいい?」

「ああ」

「その前に、ねぇ士郎くん……普通に勝負してもつまらないし、おねーさんからひとつ提案」

「提案?」

「そ。『賭け』しましょうか?」

「……賭け?」

 眉を寄せ訊き返す士郎に「ええ」と頷き楯無。

「わたしが勝ったら、向こう一週間、士郎くんのお手製お弁当献上ね」

「…………」

「本音ちゃんがやたら自慢するわけよ。美味しいって。おねーさんとしては興味深いわ。決まりね。で、士郎くんが勝ったら、おねーさん添い寝してあげる。裸で。もちろん、お触りもオッケーよ?」

「ば、馬鹿かっ、お前はっ!」

 瞬時に耳まで赤くなる士郎を見て、ケラケラ笑い楯無は続ける。

「あはは、耳まで真っ赤にしちゃって、ムキになっちゃって可愛いいわね」

「あきれてんだよ。いい加減察しろ!」

「むー」

「……くだらんコントはすんだか?」

 黙って聴いていた千冬がさすがに割って入る。疲れた表情で互いに視線を向けていた。

「更識、衛宮、ルールは通常通り、シールドエネルギーがゼロになった方が負けとなる。加えて、これ以上は戦闘続行不能と判断した場合はこちらで強制的に停めに入る。双方とも異論はないな?」

「はい」

「ええ」

 返答するふたりに頷き――

「はじめろ」

 千冬の声音が模擬戦の開始を告げていた。

 

 

 響く剣戟。

 月明かりに照らされ、ぶつかり合う二機の間に火花が散る。

 先に仕掛けたのは士郎だった。双剣を手にし、彼は疾走する。

 楯無は口元に笑みを浮かべたまま、大型のランスをゆっくりと構え――迎え撃つ。

 無駄な動作が一切なく、放たれる打突。それを士郎は黒剣で受け流す。装甲の至る所に纏わりつく霧状の水に眉を顰めたが、斬り払えなくはない。そう確信すると更に踏み込むため間合いを詰める。

 だが、その足が止まる。

 楯無はそれ以上の接近を許さない。踏み込む相手を彼女の射程範囲が立ち塞がる。

 繰り出すランスを力任せに弾き、返すランスを更に士郎は双剣で弾き返す。

「ふっ――」

 鋭い息吹とともに、士郎が手にする双剣は勢いを増し――突き出されるランスを弾き逸らし、瞬時に間合いへ踏み込んでいた。

「甘い」

 だが、後退はするが楯無は笑みを浮かべるだけ。

 ランスを旋回させ掴み直すと、左右から疾る二撃を苦もなく防ぎに回っていた。

 士郎の振るう一撃を防ぐ度に、楯無のランスからは火花が奔り、周囲を照らす。

 猛攻――とも呼べる剣戟を捌きながら、しかし楯無の表情から笑みが消えることはない。

 楯無とて、ただ一方的に防戦に回っているわけではない。士郎の腕の軌道と足運びを見て確実に、それでいて難なく防いでいる。

「ちっ――」

 弧を描き、叩き伏せるかのように振り払われた一閃を――だが楯無は初めて受けはせず、後方へ跳びやり過ごしていた。

 目標を失い、大振りとなり地面を抉る一撃となる。

 その一瞬の隙を彼女は見逃さない。

「接近戦が得意なのは、なにも士郎君だけじゃないのよ?」

 気楽に呟く楯無の声音は士郎の耳には届かない。

 地面を蹴り、離した間合いを一瞬に取り戻した楯無のランスが迫る。

 だが――

 ぐるんとその場で身を捻り、士郎は突き出された穂先を黒剣で薙ぎ払っていた。

 互いに声を漏らしながら――どちらともなく間合いを離す。

 唐突に、士郎は妙な違和感を覚えていた。身体に纏わりつく不快な湿度。

 己の体温の向上によるものとは違う何か。

 よくよく見れば、周囲を漂う濃い霧に。

(なんだ?)

 何気なく――本当に何気なく、士郎は己の右腕部装甲に視線を向ける。それと同時に、ハイパーセンサーに表示されるのは、急速に上昇する熱源反応。

 それは、濡れたIS『アーチャー』の装甲が急激に温度を上昇させている。

(なんだ――?)

 判断するよりも遥かに早く――ぞくりと本能が危険を察知し、瞬時に機体を後方に滑らせていた。

 なにかはわからない。だが、士郎の本能があの場に留まることは良しとしなかった。考えるよりも先に身体が動いている。視界の角で楯無の口元が吊り上っていたのが見えたような気がした。

 ――刹那。

 瞬前までいた空間が爆発していた。

「――っぐ!? 気化熱――水蒸気爆発かっ!?」

 直撃とはいかないはずなのに、身に浴びる爆音と爆風。シールドエネルギーが一気に削り取られていく。

 衝撃に激しく脳が揺さぶられ意識が刈り取られかけるが、士郎はその状況の最中でも、すでに行動を済ませていた。

 砂塵を巻き上げ爆風を浴びる楯無から見れば、ハイパーセンサーに映るIS『アーチャー』の機体ダメージは予想よりも減っていなかった。

 ISから伝わるエネルギーをナノマシンを介し、熱に変換させて爆発破壊させる、『清き情熱』――

 決定打になるかなと踏まえていたが、なかなかどうして。士郎は今の一撃をかわしていたのだから。想像以上の相手の判断能力に楯無は感嘆していた。

「あら残念。外し――」

 ――瞬間。

 爆風を切り裂き――二矢が宙に浮かぶアクア・クリスタルを射抜いていた。

「あらら」

 音を立てて地に落ちる一対のクリスタル。

 気楽な声音ではあるが、楯無にとっては少々予想外だ。あの爆発の余波に巻き込まれていながら正確無比に反撃している士郎に楯無は少なからず舌を巻く。

(コレは確かに……士郎君は、やる相手ではあるわね)

 そのまま――視線が上へと向けられる。

 頭上から迫る剣戟をランスで防ぐ。そのまま身体を捻り繰り出す白と黒の乱撃。

 激しい金属音を奏で――旋回するランスが真横からIS『アーチャー』を殴りつける。だが、すでに機体を反らした士郎の腕に握られているのは黒弓フェイルノート。至近距離から連射する。

「うふっ、やるぅ♪」

 嬉しさを含めて軽く笑い、ナノマシンの水を絡めた旋回でそれらは容易く捕らえ弾き落としていた。

 間合いを離し構える二機。

 双剣を構える士郎は、楯無と対峙する。

 楯無は口元をほころばせたまま、ランスの切っ先を僅かに上げていた。

 刹那――

 向かい合ったのはほんの僅か。

 一瞬にして詰め寄り、互いの間に剣戟が繰り広げられていた。

 ぶつかり合う刃と刃、鋼と鋼。

 耳障りな金属音を奏で、繰り広げられる攻防は互角。

 ぎん――と音を立てて士郎が握る白剣の一撃を弾くが、その余剰衝撃さえ利用し身体を反転させ、逆に握る黒剣を叩き込んでくる。

 唇を舐め、楯無は自身でも高揚する気分を抑えられなかった。 

 

 

 士郎と楯無の邪魔にならないようにと観客席に戻り、遮断シールド越しに見る模擬戦に真耶はぽつりと呟いていた。

「……すごい」

 それほどまでに、展開される光景に真耶は眼を奪われ、千冬は表情に変化はないが言葉もない。

 あの更識楯無を相手に、衛宮士郎がここまで渡り合うとは思っていなかったのが正直なふたりの心情だった。

 舞うような士郎の双剣。

 専用機を得た士郎に真耶が訓練の相手をした時よりも、そこからさらに技術面が格段に向上しているのがわかる。

 特に真耶から見ても、士郎の『相手武装による相互影響を含めた思考戦闘』に対する判断能力は見事としか思えてならない。初見であるはずのIS『ミステリアス・レイディ』に一切恐れることなく向かっていくなど、ある意味策もなければそれは、良い意味で『蛮勇』であり、悪く言えば『無謀』でしかないのだが。それでも結果的には渡り歩いている。

 不意に、千冬は背後に気配を感じ振り返っていた。

 視線の先に立つのは、キャスターと布仏本音、更識簪の三人。

 一体何処から、何故此処に居る、と眉を寄せる千冬だが、向けられた視線に気づいたのだろう。ちらりとキャスターも顔を向け、軽く手を振っていた。それに対して千冬の表情は更に険しくなるが、それ以上は相手にする気もないのか視線をアリーナへと戻していた。

「おお、すごいすごい」

「…………」

 声を上げて驚く本音。簪も声音を漏らしてはいないが、その眼は驚きに見開かれている。

(あの姉さんが押されている……?)

 自分の知る姉が僅かながらに押されかけている姿が簪は信じられなかった。

 

 

 僅かながら軽く息が上がり、楯無の呼吸が乱れる。こんな気分になるなどいつ以来だろうか。剣道場でランサーを相手にした時のものとはまた違う高揚感。

 それは士郎も同様に。セイバーを相手にしている時とは違う感覚。ISを遊び感覚で扱う他の生徒たちとは明らかに違う。とは言え、命を危険にさらしていることをスポーツと言い切る考えは肯定できないままではあるが。

 楯無から感じるのは、『強くあろうとし、更なる高みを目指す姿勢』――

 何かに必死になる事に関しては、共感できるものがある。

 士郎の双眸、決して諦めの色を宿さないその瞳を前に、楯無は背筋をぞくりとさせる。

(なんて眼をするのかしら)

 今、攻守は逆転している。果敢に攻めるのは楯無。手数も彼女が多い。だが、士郎は一向に後ろに下がってはいなかった。

 撃ち込まれる高速のランスを全て受け止め、捌き、払い、かわすが、一度も後退はしていない。

 それを楯無も気づいているのか、更に信じられない事は、そこから士郎は一歩前へと踏み込んでいた。

(コイツの槍捌きは確かに脅威だけれど……セイバーやライダー、ランサーを相手にするよりはまだ――)

 耳障りな金属音を奏でる攻防の中、ゆっくりと、だが確かに――士郎は歩を進める。

 驚いたのは、見入る者たち――千冬、真耶、本音、簪だった。

 相手の速度を上回り間合いに踏み込む。規格外のことを士郎は平然とやりのけはじめていた。

 あの楯無が押されている。

 小細工等一切無く、ランスの打突を致命傷となりえるものは避けながらも己の身体と一対の剣で押し進む。

 無数に繰り出される双剣の連撃に、楯無は徐々にではあるが追いつけずに、少し、また少しと下がっていた。

 自ら距離を詰める士郎に対し、彼女は前に進む事が出来ずに後退を余儀なくされる。

 一撃一撃ごとに確実に楯無のランスを弾き、後退させていく。

「っと――」

 繰り出される双剣の軌道を逸らそうとする楯無ではあるが、その尽くが巧くいかずにランスごと弾かれる。

 此処で初めて楯無の顔から余裕の笑みが消えていた。

 白と黒による疾風怒濤の連撃を捌き、ほんの僅かに後退するが、その刹那に開いた距離を見逃さず更に士郎は縮めていた。

 双剣の嵐は楯無を斬り伏せんばかりに襲いかかる。

 だが――彼女に勝機がないわけではない。

「ふふん」

 ぺろと舌を出し、楯無の瞳に妖美を漂わせる。

 士郎の技量に驚きはするが、脅威には感じはしない。IS技術は楯無の方が遥かに上回る。

 相手が速度で勝るというのならば、此方は更にその上をいくのみ。超越、凌駕――とにかく凌ぐだけのこと。

 変化は一瞬。

 間合いを制する空域を取り戻すかのように、ぶつかり合う金属音に――異音が生じた。

 反転攻勢――

 楯無のギアが二段階ほど跳ね上がる。その異変に気づかされたのは、無論、双剣を振るう士郎。

 風を切り突き出されるランスの穂先を弾くが――

 線と点を織り交ぜた巧みな攻撃。ランスの戻りの隙さえ与えずに、前後左右、縦横無尽に空間を掌握するのは既に楯無だけ。

 完全に士郎の歩は停まり、先に進むことが出来なくなった。逆にその場に腰を落として応戦に徹するのみ。

 直撃とは行かないまでも、捌き切れなくなったランスの穂先をその身に浴び、少しずつ、IS『アーチャー』のシールドエネルギーを削りはじめる。

(くっ――さすがにそう簡単には行かないか)

 柔軟さを併せ持った楯無の槍捌きの冴えが圧倒する。自身の計算と死線を積み重ねた己の双剣が徐々に狂わされる。

 『対暗部用暗部』の家系に生まれた楯無が幼いころからの厳しい鍛練と実戦で培われた能力、それはISとて変わらない。

 僅かながらに楯無を『普通の女の子』だからと甘く見たのが士郎の劣勢へと繋がる。

 甲高い音を上げて、ランスで双剣を受け止めると、旋回させるように斬り払う。そのまま切っ先を士郎へ目掛け――

「残念。ただの槍じゃないのよね」

「――っ」

「いい顔♪」

 ランスに装備されている四門のガトリングガンが火を噴き士郎を襲う。

 至近距離からの砲撃――

 シールドバリアを越え、絶対防御が発動する。身体に走る痛覚に士郎の表情が苦悶に歪む。

 直撃を受けながら下がる相手に――楯無の眼は僅かに驚きに開かれていた。

 士郎の腕――その手に握られていたのは黒弓。それも、これから撃とうという動作ではない。すでに挙動を終えている姿勢。

(いつの間に――)

 彼女が表情を変化させると同時、手に持つランスの一部が爆砕する。

 視線を向けてみれば、ガトリングガンの砲門に刺さる三本の矢。そこだけを器用に狙い破壊されていた。

 唖然とする間もなく、真横から踏み込まれた一撃をランスで絡め受け止める。

 力が拮抗する。

 楯無にしてみれば、今しばらくこの時間を楽しんでいたかった。

 眼の前の男の子になら負けてもいいかなとさえ考える。自分が負けたことにより、その後がどうなるかなど一切頭にはない。純粋にそう思うだけ。

 だが、それと同時に思うことがもうひとつ。自分は『更識楯無』、この学園の『生徒会長』であり最強の称号を持つ身だ。

 はっきり言えば、彼女は負けず嫌いだった。

(学園最強の名は、そう簡単にはわたせないのよね)

 まだ、奥の手のひとつやふたつ、晒しもせずに負ける気はない。

「暑いわよね……ほんと暑い……」

 汗にまみれ、妖艶に呟く楯無に対し多少なりとも色香を感じる。

「…………」

 打ち合いながら、世間話でもするかのような口調。何かの誘導かと警戒する士郎だが、相手の策に乗らぬようにと双剣を振るう。

「でも、これで勝ちは勝ちよね?」

 ランスで受け流し――にたりと楯無が笑う。ハイパーセンサーに表示される互いのシールド残量。

「――お前っ!?」

 瞬時に判断した士郎がその場を離れようとするが、楯無はその腕を掴み逃がさなかった。腕を絡みつかせ密着する。

 うふふと笑いながら――周囲に立ち込める霧が熱へと変化するのがわかる。ハイパーセンサーが奏でる警告音。急速に高まる熱源反応。

 頬を上気させ、耳元で甘く囁くように――

 とん、と士郎の胸元にしな垂れかかる。

「つれないなぁ。付き合ってくれても良いじゃない」

「馬鹿――」

 士郎の叫びは最後まで発せられなかった。

 少年の声音は爆音に掻き消され――両者の足元から二度目の激しい爆発、熱風と衝撃が起こっていた。

 第三アリーナが揺らぐ。一度目と比べて爆破力は倍ほどに。それほどまでに楯無はナノマシンによる霧の密度を圧縮させていた。

 頭上から降り注ぐ砂塵、土塊を浴びながら。

「――っ」

 起こした身体のところどころが激しく痛む。周囲を覆い立ち込める土煙、粉塵は晴れていない。それほどまでに衝撃の破壊力を物語る。

 口の中に広がる鉄の味。呼吸をするだけで嫌な空気が流れ込む。猛烈な吐き気と頭痛に加え、眩暈までする。

 思わず倒れそうになるが、なんとか踏みとどまり持ちこたえていた。

 身体が酷く重い。少し動いただけでの苦痛が生じる。

 ――と。

 真下にいた楯無も身体を起こす。お世辞にも綺麗とはいえないが、士郎と比べてその姿はぼろぼろではない。

 瞬時に楯無へ顔を向け――声をかけていた。

「……怪我はないか?」

「え? あ、うん」

 言われるまま返答し、士郎に不思議そうな視線を向けていたが――やがて、楯無のその表情には笑みが浮かぶ。

「私の勝ちね」

 ハイパーセンサーが表示する、IS『アーチャー』のシールドエネルギーはゼロ。対するIS『ミステリアス・レイディ』は僅かながらのシールド残量。

 見た限り楯無に怪我などはないようだった。気楽に声を出す相手に安堵すると同時――士郎は怒りがこみ上げていた。

 勝負など、そんなことはどうでもよかった。

 そのまま、己の腕が楯無へ伸ばされていたことに士郎は気づいていなかった。

「ふざけんなよ、お前――」

「……っ!?」

 低く静かに吐かれた声音。

 無意識のまま、楯無のISスーツの胸倉を掴み――かけるが、寸前に思い留まり空を握る。ゆっくりと拳を引き、だが、怒りの表情は浮かべたまま。

 楯無にとっては理解できない。何故、眼の前の彼は怒っているのか。

 爆発の瞬間に、士郎は逃げることが出来ないとわかるや否や、その場に楯無を掴み伏せさせ覆いかぶさっていた。それはまるで爆発の衝撃から身を挺して護るかのように。

「し、士郎君?」

 相手の剣幕に眼を白黒させ、だが楯無はその名を呟くことしか出来なかった。普段、からかいはしても、これほどまでに士郎が怒りを露にしたことはない。その彼の声音は震え、睨み見据える双眸に変わっている。

「怪我したらどうする気だ、お前は」

「け、怪我って……士郎君、あなた大げさよ……少しぐらい怪我しても、絶対防御があるから死ぬわけじゃないんだから――」

 言葉小さく、ぽつりと応える楯無。

 楯無とて自分が無茶をしたことは理解している。多少なりとも怪我をするリスクがあるのも把握している上での行動だ。

 絶対防御――

 その言葉が更に士郎の怒りを増幅させていた。実際に、あの零距離地点の爆発を身に浴びた士郎、楯無は身体に痛みがあるがこうして平然としている。それはシールドバリアによるもの。

 絶対防御は『命にかかわる攻撃』を受けた際に働く能力だ。今の『清き情熱』の爆発では、絶対防御は発動していない。

 だがそれは――

「だからって、お前は自分の身も考えないのかよ……」

 悲しそうに表情を歪めながら士郎の口は言葉を紡ぐ。

 呆然とする楯無は言葉がなかった。それは相手の雰囲気に呑まれたからではない。

「お、落ち着いて士郎君、そんなに絶対防御は信じられない?」

 彼女の問いかけに、だが士郎は応えない。

「なんなんだよお前は――」

 静かに呟き――自分が感情のままに訴えていることに気がつくと、一度大きく息を吐き眼を伏せていた。

 落ち着きを取り戻したのか、額に手を当て、消え入りそうな声音で言葉を吐く。

 膝をつく士郎に一瞬迷いはしたが、楯無は装甲腕部でそっと相手の肩に触れていた。

「士郎君、怒っているのは……私が勝つために手段を選ばなかったこと?」

「……違う」

 何に対して頭にきているのか、何に対して悔しさを覚えるのか、激情に走りながらも士郎自身は相手に告げることは逡巡する。

 楯無は士郎が勝ち方に文句をつけているのかと思ったが、そうではないことにようやく気づく。彼が触れているのは絶対防御に関してだと理解した。だが、今度は逆に楯無が悩むことがある。

「……士郎君、あなたが私を庇うことなんてないし、理由もないはずよ」

 彼女の眼は『何故?』と問いかける。

 しかし、士郎にしてみれば眼の前で少女が勝つためだからといって傷つく姿など見たくはない。絶対防御があるからといっても士郎の身体が自然に動き楯無を庇っていたことは事実。

「馬鹿――こうでもしなけりゃ、お前も怪我したかもしれないんだぞ。女の子を助けるのに理由なんてあるか」

「…………」

 その言葉に意表をつかれたのか楯無は言葉もなく固まる。眼の前の少年は何を言っているのだろうか、と。

 楯無は純粋に困惑していた。士郎が何に対して怒っているのかがわからない。

「なんでそんなのを当たり前のように頼ってまで、そんなモンなんかに乗ってるんだよ……」

「なんでって…………」

 かけられた声音に言い返そうとして――彼女は言葉を詰まらせていた。ふと、自分がそうまでしてISに乗る理由を瞬時に応えることができなかった。

(なぜ――?)

 更識家――対暗部用暗部として生み出された抑止力。

 生まれた幼いころより、彼女は周囲の大人に「更識家の長女」であることを求められた。

 身を守り敵を制圧するための武術を叩きこまれた。

 人を操り情報を引き出す術を教え込まれた。

 暗部の闇に対するためにそれよりも深い闇を心に刷り込まれた。

 それは、決して彼女が望んでいたわけではない。

 どれもこれも、自身が『更識家』に生まれた人間として、当然であり必然であるだけのことでしかない。

「そんなことしなくったって――もっとお前らしいことをすればいいだろ……」

 囁かれるような士郎の声に、楯無は無言。

「…………」

 言葉も無く、表情には若干の陰りを滲ませながら幼少を思い出す。

 彼女は楽しいことが昔から好きだった。

 パーティーや祭りがあると、それをどう盛り上げるか考えただけでワクワクしたし、いつも率先して騒ぎ立てていた。

 他人をくすぐるのが上手くなったのも、そうやって人を笑わせようとしたり、からかって遊んでいるうちに得意になったものだ。

 でも――

(お姉ちゃん……)

 ――何ものにも代えがたく、それ以上に大切な決意が楯無にはあった。

 譲ることが出来ない、それでいて、大事に胸の内にしまわれる最愛者の声音。

 自然と楯無は口角をあげていた。微笑を浮かべ、だがはっきりと想いを告げる。

「私は更識楯無だから……強くないといけないの……」

 彼女の心から発せられた優しい言葉を耳にして――士郎の眼が見開かれる。

 その言葉には確かな『もの』が込められていた。

 いつかどこかで見た、諦めない彼女の瞳と重なる。

 楯無へ顔を向け――相手もまた士郎を見つめ返す。

「詳しくは言えないの……けれど、私はISに乗ることが間違っているなんて思ったことは一度もないわ。それは絶対防御なんて関係ない」

「…………」

 満足そうな相手をじっと見入り――

(ああ、そうか……)

 胸中で呟き、士郎は眼の前の少女にはどうあっても勝てないなと思わされた。こんな眼をする相手には、言葉で何を言ったところで無駄なものだとわかっている。恐らく、口論をしたセシリアもまた一緒だろうと考える。

 同時に、それが士郎は我慢ならなかった。

 女の子がそんなことを口にしなければならない世界も、それを押しつけた周囲も。そして、それを変えてやることができない自分自身にも。

 そんなものは士郎にとっては勝手な我侭ではあるのだが。自身の考えを押し付ける気はない。だが、やりきれなかった。

「強くあるためなら、私はISだって絶対防御だって使う」

「――ッッ!」

 楯無の言い分は何も間違ってはいない。絶対防御を利用し、どんな手を使っても勝とうとするのはこの世界においての常識であり、逆におかしいのはイレギュラーの士郎なのだから。

 どうしようもない憤りに士郎の顔が歪む。眼の前の彼女は今なら手が届くのに、いつか伸ばしても、伸ばしても掴めない場所まで落ちていくかもしれないと考えてしまう。

 知らずのうちに握り締めていた拳は自身の胸元に。その微かに震える拳を楯無は捉えていた。ついで視線は拳を握る相手へと移される。

「あの……ひょっとして、心配してくれてるの?」

「当たり前だろ。勝負は俺の負けでいいよ。実際こっちのエネルギーは尽きてるんだし。でもな、楯無、頼むから……お願いだから無茶なことはしないでくれよ」

「……うん」

「…………」

 それ以上口にすることはなく、無言のまま立ち上がろうとして――ふらりとぐらつく士郎を楯無はあわててその身を支えていた。

 

 

「…………」

 言葉もなく見入る四人。言うまでもなく、千冬と真耶、簪、本音。

 唯一、キャスターだけが口元を吊り上げていた。士郎と楯無の会話を魔術により拾い聴いていたが、内容は笑わずにはいられなかったからだ。

 直ぐに駆け寄ろうとした千冬たちにキャスターは「少しだけ待ってあげて」と告げて引き止めていた。

(本当に……甘い坊やだこと……)

 隣に立つ本音と簪に気づかれないように、キャスターは静かに溜息を漏らしていた。

 眉を寄せる千冬を無視し、士郎たちの会話が終わったことに気づくと、キャスターは再度声をかけていた。

「……もういいわよ」

「ええと……」

 力なく呟く真耶。

 まさか、自身を巻き込んでの二度目の『清き情熱』を起こすとは思っていなかった。

 視線の先では、ようやく砂塵が晴れた中、僅かなシールド残量のIS――『ミステリアス・レイディ』が爆心地に立っていた。その横に膝をつくのはシールドエネルギーゼロとなった『アーチャー』だ。

 観客席へ視線を向け、疲れたような笑みを浮かべて手を振る楯無――その手を彼女が誰に対して振っているのかはわからない――に、千冬は溜め息をついていた。

「なんだこの勝負の決め方は」

 呆れながらも、千冬は真耶を連れて楯無の元へと駆けていく。本音もその後についていった。キャスターは興味がなくなったのかその場を後にする。

 残ったのはただひとり。

 簪はじっと二機のISに視線を向ける。

 楯無と士郎の模擬戦、ふたりの攻防を眼の当たりにした簪は無言のまま。しかし、自身でも気づかぬ高揚を胸に覚えていた。それとともに胸中に浮かぶのは姉に対する引け目。

(すごかった……私も……あんな風に戦えるのかな……でも、私は姉さんとは違うから……)

 胸躍る感情の昂ぶりと姉への劣等感を抱きながら、彼女は背を向けていた。

 

 

 翌日の昼休み、生徒会室に現れた士郎は無言のまま、机上にことと弁当を置いていた。同じように、本音と虚にも渡していた。虚に関しては「私もいいんですか?」と喜んでいる。

 士郎の見た目は痛々しい格好だ。頬には湿布が貼られ。手首には包帯が巻かれている。制服姿でわからないが、その下は至る所に湿布や包帯が巻かれているのだろう。朝、教室に入った際に一夏や箒たちが驚いたのはいうまでもない。同様に、楯無の頬も湿布が貼られた姿。打撲箇所には手当てがされている。だが、此方は士郎と比べれば程度は軽いものだ。

 楯無にしてみれば、昨夜の決着時に交わした会話で士郎が生徒会室にはもう来ないと思っていただけに、扉を開いて彼が入室した姿を見て驚きと嬉しさを感じていた。内心びくびくとしていたりもするのだが。

 手渡された弁当。それを見て、眼をきらきらと輝かせる楯無。

「おお、これが噂の士郎君のお手製……いわゆる愛妻弁当ね」

「…………」

 なんとなく――その発言が気に入らなかったものと、昨日の勝負の付き方が納得いかない士郎は、楯無の眼の前に置いた弁当を瞬時に取り上げていた。そのまま本音へと渡す。

「布仏、今日は特別に二個食べていいぞ」

「わーい」

「あーん、士郎君の意地悪!」

 腰にしがみつく楯無を引き剥がそうとするが、逆に更に身体を密着させてくる。

 至る所から走る激痛に顔を顰めながら士郎は声を上げていた。

「っ痛い――はなせ!」

「いやよ! 私にもくれないと、本気でまとわりつくわよ!」

「や、やめろっ! 何処触ってんだお前は!? だから痛いっての!」

「ほらほら! 早く私の分を返さないと、もっと酷い事するわよ!」

「馬鹿かお前は!? 何でベルトを外そうとする!? なんでさ!? お前頭おかしいんじゃないのかっ!? なんで携帯取り出してんだよ!?」

 叫びを上げ、楯無の顔を押さえつけて身体から引き剥がそうとする士郎。

 だが、負けじと楯無もまた抵抗する。お弁当を食べさせろと、不条理な行動に走ろうとしている。

「エミヤんのお弁当美味しいねー」

 既に食べはじめ、嬉しそうな本音の声音が響く中、虚もまた楽しそうにお茶の準備に取り掛かっていた。

 不意に――

「……ねぇ、士郎君」

 顔面を五指で押さえ込まれた格好のまま、何気なく楯無は訊ね言う。

「まだ悩んでる? 迷いは……吹っ切れない?」

「…………」

 その言葉に――士郎は楯無から手を離していた。楯無本人はしがみついたままだが。

 士郎の考えには一切変化はない。ISに対する認識も、絶対防御のことも何も変わりはしない。

 何よりも、楯無自身が躊躇もせずに平然と自身を巻き込んで爆発を起こした事に不快があった。勝負とは故、だからと言って勝つために何事もなく己を巻き込む。コレこそ絶対防御を過信している所以での行動なのだろう。

 命を粗末にするような行動は、やはり士郎は受け入れられない。

 だが、敢えて彼は口にしていた。

「……正直言えば、悩むものは何ひとつ消えてないよ。ただ、考え方は変えるべきなのかとは思う」

 昨夜の模擬戦で士郎は思い知らされた。いや――正しくは、わかっていたのに否定せずにはいられなかったのだろう。

 誰も彼もが遊びで乗っているわけではない。彼にとっては、今でも絶対防御なんてものを信じることは出来はしない。

 だが――お節介にはなろうとも、ならば自分が『彼ら』を守るために出来得ることに手助けを行えればという指針だけは定まっていた。

「そう……」

 士郎の声音に満足そうに頷くと……楯無の口はニヤリと笑っていた。

「それって、私のおかげよね?」

「なワケないだろ。お前は単に引っ掻き回してひとりで悦に入ってるだけだろ」

「なにそれ酷いわ」

「うるさい。それよりもいいから離れろ! さっきから言ってるだろ? いい加減、痛いっての」

「い・や」

 再度顔を押さえつけて引き剥がすが、楯無は懸命に抵抗する。その表情は少々照れを帯びながら。

「それに、あの時みたいに名前で呼んでほしいなー」

「はぁ?」

 あの時――という言葉を聴き、士郎は昨夜のことを思い出す。

 ――が。

「なんでさ? 俺、名前なんて呼んだっけ?」

「酷ッ」

 更識としか口にしていないハズなのだがと考えながら、まあいいやと思考を切り替える。埒が明かないと悟ると、士郎は本音に声をかけていた。

「布仏、早く食え!」

「あ。そんなことさせたら私あることないこと言いふらすわよ? 士郎君に襲われてキズモノにされたってセイバーちゃんに言うわよ?」

「おおおいっ!? お前冗談にもならない起爆剤を何平気な顔して放り込もうとしてやがる!?」

「なによ! 押し倒したのは事実でしょう!?」

「馬鹿じゃねーの!? 本当にお前馬鹿じゃねーの!?」

 馬鹿かと楯無を剥がそうとするが、さすがに我慢も限界だったのだろう。その手に楯無は口を開き噛み付いていた。

 まさか噛み付かれるとは思ってもいなかった士郎の口から驚きの悲鳴が漏れる。

 楯無は噛み付いたまま離れない。そこから更に抱きついてくる。

 びき、と骨が悲鳴をあげ――士郎は苦痛に顔を歪ませる。

 わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐ中――

 とある昼下がり、生徒会室は今日も賑やかだった。




「14」に出ていたキャスターに模型製作を依頼したのは簪です。
なお、今話の製作に関しまして、alutoさんのご協力に感謝いたします。誠にありがとうございます。

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