I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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幕間4 月夜の邂逅

 月明かりの中、IS学園上空に人影が浮かぶ。だが、よくよく見れば――その人影はISではない。

 身に纏うローブを巨大な蝶の翅のように広げ、夜空を浮遊するのはキャスターである。

「…………」

 磯の香りを含んだ潮風を身に受けながら、無言のまま彼女の指先が虚空を疾り――刹那に変化は生じていた。

 眼下のIS学園を囲むように、淡く青い八条の光の柱が立つ。そのまま青い光は一瞬にして学園すべてを包み込んでいた。

 だが、その光も次の瞬間には何事もなかったかのように消失している。時間にすれば数秒もかからない出来事であったといえる。

 例えこの光景を目撃していた生徒や教師がいたとしても、学園を包むシールドバリアかなにかとしか捉えていなかっただろう。一部の連中を除いて、今の光が魔術による障壁などと理解する者はいない。

 同様に、学園からキャスターの姿を視認出来た者もいない。認識阻害の魔術を身に纏う彼女を視覚が強制的に狂わされ確認することができないからだ。

 学園周囲一帯を一通り飛行し、確認した彼女の目的はふたつ。ひとつは再度の霊脈の確認。もうひとつは今し方行った魔術基点の再構築だった。

 前者の霊脈に関しては大きなハズレ。学園周囲を彼女なりに再三にわたり調べてみたが、霊脈の類らしきものは存在しなかった。

 後者の魔術基点に関しては、学園全体を八点で囲うように構築していた。これは言うなれば、キャスターの能力『陣地作成』によりIS学園を神殿化したといえる。もっとも、柳洞寺に構えたものと比べれば、圧倒的に劣ってしまうのだが。

 彼女が調べた事柄は、なにも魔術に関与するだけとは限らなかった。自分たちが存在するこの世界、特に身を置く学園に関して調べた上での防衛といえるものになる。

 それは、なぜか……?

 クラス対抗戦時に現れた正体不明の無人機ISによる強襲、臨海学校での『銀の福音』暴走事故。

 無人機ISの襲撃時には、狙われたのは織斑一夏と凰鈴音のふたり。だが、キャスターは正確には襲撃者の標的が織斑一夏であったのだろうとあたりをつけていた。理由としては簡単なもの、ISを動かせる男性というもので、である。狙うには十分の意味があり、理由にもなると捉えていた。

 そこに衛宮士郎というイレギュラーが登場したことにより、織斑一夏と同様の襲撃がないとも限らない。男性でISを動かせる事情はまったく解明されていないのだから。どこの国家、機関であろうとも、研究、情報としては是が非でも得たいものがある。

 『銀の福音』暴走事故に関しては、機密保持のために外部に事件の情報は一切漏れも開示もされてはいないのだが、キャスターは容易にそれら情報を集めていた。手段などそれぞれ。簡単なものから少々手荒なものまで。知り得る情報のためには無理も無茶も平気で彼女はこなしていた。それも、仮初めのマスターの士郎にばれても問題ないとした範疇での行動である。律儀に守るところは守っている。

 特に暴走事故の件は学園自体に被害はないが、キャスターにとってみればどうにも嫌な感じがしてならなかった。

 確証を得たわけではない。だが、彼女なりに調べた上で、調べれば調べるほど些かおかしな点が出てきていた。

 軍事機密の完全管理の下で容易く暴走など出来るものか。出来ることならば、なぜ同じような事件が起きていないのか。

 純粋にISを奪うという方法であるとしたならば、今年のIS学園に一年生で専用機持ちがこれほど現れるなど珍しいと聴く。同じ手口で襲うには、こんなに格好な的はないはずだ。

 なによりも、果たして本当に暴走だったのだろうか――?

 ならびに、キャスターが一番眉を顰めたものは、まるで臨海学校で訓練に出向いた生徒たちを見越したかのような段取り。その時期に合わせてハッキリとした事態があったのは、篠ノ之箒に与えられた専用機『紅椿』の存在。

 更に言えば、専用機を与えられたその日のうちに暴走事故が起きている。その暴走機体を停めたのも織斑一夏だという。

 話の流れとしては、あまりにも出来すぎている。偶然が此処まで続くものだろうかと考える。

 ISの生みの親であり、篠ノ之箒の姉の篠ノ之束もその場に居合わせていたという。だが、この点に関してもキャスターは眉を寄せていた。篠ノ之束はただ一言口添えをしただけで暴走ISを停める手伝いはしていない。ISの生みの親であるならば、停止方法でも幾らか協力はしてもいいはずではないだろうか。話だけを聴いている限り、全てをわかっている上で傍観しているように思えてならない。

 それがなんのためなのかはわからないところではあるが、なぜそれ以上は何もしなかったのか?

 無人機ISによる強襲と、暴走事故との因果関係があるかどうかもわからない。だが、逆に考えてしまえば、ないとは言い切れないのだが。結果的には如何様にも捉えられることになる。

 取り越し苦労で終わるのならば、それはそれで越したことはないとは彼女の考慮。

 問題が起きてから対処するよりは、事前に済ませておけるならば余計な被害も出さずに済む。

 キャスターにしてみれば、取るに足らぬと割り切った程度のものではあるのだが、念には念を。面倒ではあるが、士郎以外の人間も居るこの学園の防衛力を高めておくことにやりすぎる感はない。

 なによりも、彼女自身はわかっていなかった。本当に護ろうとするのならば、キャスターの保護対象は士郎ひとりでいいのだから。にもかかわらず、学園を自身の魔力を使って、あまつさえ神殿化までさせて防御を固めるのは、ひとえに布仏本音とシャルロット・デュノアの存在のために。

 サーヴァントであるキャスター自身は気づいていないが、本能ではふたりをもまた護るための手段を効しているというのにだ。

 とは言え、世界が違えといえど、どの世も人間とは愚かな連中だとキャスターは再認識する程度でしかない。更には自身も女性ではあるが、この女尊男卑の社会はやりすぎているというきらいさえ感じる。身分相応もなく、ただ『女』だからというだけで然も自分は選ばれたエリートだと言わんばかりの高慢さが鼻につく。

 人間とは実にくだらない、キャスターはそう嫌気を感じていた。

 話が逸れる――

 学園内部はセイバーとランサーがいる。セイバーはもとより、ランサーは普段はだらけてはいるが、問題に直面すれば真っ先に行動を起こすだろう。内部で何か問題があればその二騎に任せるのみ。キャスター自身は外部を担当しているだけ。護りに関してはサーヴァント中最高であるために。

 両目を閉じ、意識を集中させるとキャスターは学園へ散開させている無数の使い魔との常時展開情報をリンクさせる。使い魔たちが拾う視覚、聴覚による情報がダイレクトにキャスターへ伝えられてくる。

 ――と。

 とある場所、とある使い魔から伝えられる情報に彼女の意識が向けられた。

 「ぎゃあああ」と悲鳴をあげるのは――織斑一夏。彼に薄ら笑いを浮かべ、手をわきわきとさせながらにじり寄り迫るのは、なぜか水着姿で眼が据わった凰鈴音とセシリア・オルコットだ。

「…………」

 いまいち状況がつかめない。視える映像から、場所は……おそらく大浴場の脱衣場だろう。そこに三人が居るらしい。そうこうしているうち、上半身裸だった一夏を鈴とセシリアが取り押さえ――そのまま浴場へと走っていった。

「…………」

 そこでキャスターは使い魔とのリンクを切り離し、眼を開けると額を押さえていた。

 自分は一体何を見ていたのだろうか。今日日の少女の趣味がわからない。挙句、悲鳴を上げる少年を少女ふたりが抱えていくなど、どういう状況だと言うのだろうか。

 多少なりとも興味はなくはないのだが――大浴場を監視している使い魔に追って確認させる命を送ったのは言うまでもない――キャスターはそれ以外の使い魔たちへ再度意識を集中させる。

 とりわけ、目立つようなものは何もなく、感じられなかった。

 これ以上は何もないだろうと使い魔たちとの意識を切り離し、降下しようと身体を沈ませ――

 瞬時にキャスターは背後を振り返っていた。

「…………」

 視界に映るは闇の黒一色。月明かりに眼下の波の音だけが響く。

「気のせいかしら……」

 多量の魔力を行使したことにより、必要以上に敏感になっているのか、思わず彼女はそう独りごちる。

「坊やとの契約による能力低下の影響かしら……妙な違和感が拭えないわね」

 彼女の呟き通り、士郎と魔力供給による能力低下は否めない。

 警戒を怠らず、上空、海面、周囲に視線を張り巡らせ――再度、何事もなかったことを確認すると、その場からキャスターの姿は掻き消えていた。

 

   ◆

 

 とある海域上空を、闇に紛れた一機のISが疾駆する。

 夜故に、はっきりとはしないが、彼女の表情、顔色は優れなかった。

「…………」

 息を切らせ、黒髪の少女は言いようのない恐怖感にISを纏った身体を震わせていた。

 頬と背筋に冷たい汗を流しながら。

「何なんだ、()()は……」

 震えた声音でぼそりと呟き、瞬前まで見入っていたものを思い出す。

 久しく恐怖など覚えていなかった自分が――

(聴いていないぞ……あんなものは、聴いていない――)

 何よりも、ハイパーセンサーを駆使して調べたが相手の浮遊技術に該当するデータは一切見つからなかった。

(ISではないというのか……? では、()()は、一体なんだ? ただの人間が、ISを使いもせずに、どうやって飛べるというんだ……?) 

 当初の目的は、織斑千冬、または織斑一夏どちらかへの偵察だった。組織から不用意な単独行動、無用な接触は止められてはいたが、少女は聴きはしなかった。

 夜の闇に乗じて、ある程度の成果を挙げられればよかった。一番の理想は、織斑千冬の眼の前で弟の織斑一夏を殺害できること。その瞬間の織斑千冬の顔を見れれば大層愉しめたものだったのだが。

 現実はそうはいかなかった。おかしなことがそこで起きた。

 学園へ接近するにつれて、ハイパーセンサーが警告を奏ではじめていた。最初はハイパーセンサーの誤作動だろうと気にも留めていなかったが、一向に警告音は鳴り止まなかった。

 だが、視覚を強化したハイパーセンサーには何も映りはせず、ただただ警告表示を奏で続けている。少女は気づきもしない。キャスターが身に施している認識阻害の魔術により、その視覚は狂わされていることに。

 ナイトビジョンに切り替えても何も映ってはいない。

 赤外線サーモグラフィに切り替えたことで、そこでようやく少女は気づくこととなる。IS学園上空に、何かが存在()る。明らかな熱源を捉えていた。

「……なんだ?」

 思わず呟き、ハイパーセンサーが捕捉し警告する箇所を超長距離から視認する。

 その場に滞空し、少女が注意深く観察してみれば、捉えた熱源は明らかに人影だった。咄嗟にハイパーセンサー機能を切り替えて目視するが、やはり何も見えはしない。

 熱源を形として探知するサーモグラフィだけは、確かに人型を捉えている。

 多々に切り替えて確認はするが肉眼では捕捉できない。だが、確かに何かがIS学園上空にいる。

 完全なるステルス迷彩機能が搭載されているISだとでも言うのだろうか。だが、それでは熱源の説明がつかない。

 こちらに気づかれたかと内心焦りはしたが、顔を覆うバイザーのハイパーセンサー越しに相手の動きを油断なく見入る。障害となるならば、隙あらば狙撃することも考えていたのだが、いざ実際に引き金に手をかけようとした際に、あろうことかサーモグラフィに映った人型がこちらへ振り返っていた。

(此方を捉えている――!?)

 さすがに少女は息を呑む。

 超長距離からの相手が此方に気づいたのかと混乱する。それだけで此方を見透かされたかという恐怖を少女は身に浴びていた。例え狙撃したとしても、十中八九当たりはしなかっただろう。逆に、外した瞬間にこれほどまでの距離があると言うのに間違いなく自分が生きているというイメージは浮かびはしなかった。

 それほどまでに得体の知れない死の恐怖と絡みつくような威圧感、不気味さを相手から感じ取っていた。

 故に――

 冷静に判断した結果、少女が下したものは『正体不明』の相手からの撤退だった。

 少しでも早くこの場を去りたい。一秒でも早く空域を離脱したかった。

 これほどまでに自分が背筋を凍らせるなどありえない。

 ハイパーセンサーで何度も確認するが、後方から追っ手が来ることはない。だが、少女は安心などしていなかった。

「…………」

 今一度、少女は震える手の甲で額の汗を拭い――そこでバイザーが邪魔をしていることに気づく。

 小さく舌打ちし、毟り取るかのようにバイザーを外して汗を拭う。外気に晒された幼い顔は、どこか織斑千冬に似ていた。

(……震えているというのか? この、わたしが……?)

 素直に認めることなどできず、少女は唇を噛み締めていた。

 煩わしいほどに帰還命令のコールサインが鳴り響く。それらの回線を一方的に切り――少女は夜の空を疾走していた。


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