I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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「鷹月、コレ」

 昼休みになり、士郎は鷹月静寐に頼まれていた腕時計を差し出していた。

 呼び止められた相手は渡された品を見入り――

「わ、本当に直ったの?」

 破損部分が完全に直された腕時計は正常に動いている。

 まさか本当に直るとは思わず、半ば諦めていただけに静寐の声音は嬉しさが含まれていた。

「ああ、修復する箇所は比較的簡単だったからさ。直ぐに出来たよ。ただゴメンな、渡すの遅くなって」

「ううん、そんなことないよ。こっちがお願いしてたんだから気にしないで。ありがとう衛宮くん。このお礼は、後でジュース奢るね」

「なんでさ。別にいいよ」

 苦笑を浮かべる士郎に賛同するように、会話を聴いていた本音は袖をばたばたと振る。

「エミヤんてすごいよねー。わたしも前にクーラー直してもらったんだー」

「クーラー?」

 その家電機の名を聴いて、静寐は思わず眼を丸くする。

(クーラーって、個人で簡単に直せる物だったかしら?)

 そう胸中で呟きながら、彼女の視線は自然と士郎へと向けられていた。

 だが、眼の前の男の子ならば、何でも直せそうな雰囲気を感じ取っていた。

 彼ならば、例え自動車が壊れたとしてもスパナ片手にちょいちょいと弄ってはあっさりと直しそうな気がする。更に言えば、ISも同じように例えどんな壊れ方をしたとしても容易に修理しそうな感じがした。

 そう思う静寐ではあるが、本音の言葉を聴いてからなのか、何処か疲れたような顔をして士郎は視線を逸らしていた。何かを思い出して、それが厄介なものだといわんばかりな顔で。

「?」

 彼の態度に静寐は首を傾げるだけだった。

 ――と。

『一年一組、衛宮士郎くん、至急、生徒会室までお越しください。繰り返します――』

 学園内放送で告げられる名前に、静寐は声をかけていた。

「衛宮くん、なにかした?」

「? なんだろ。特に思い当たるところはないけれど」

 士郎も首を傾げていたが、なんにせよ呼ばれたからには行かねばならない。

 行ってくると一言呟き、士郎は教室を後にする。そんな彼の背中に静寐は、腕時計ありがとうね、と声をかけていた。

 士郎が席を外したのを見て――

「セイバーさん……よろしいかしら」

「セシリア? なにか?」

 今日は士郎特製の弁当はなく、当の士郎はたった今学園放送で呼ばれてしまった。

 食堂へ向かおうと席を立ち上がったところに、セイバーはかけられた声音の相手に振り返っていた。

「…………」

 無言であり、だが声をかけておきながら、セシリアは視線を逸らしたまま。

 いつもの彼女とは明らかに違う雰囲気に対して、小首を傾げながらセイバーは問いかける。

「どうかしましたか、セシリア?」

「……少し、お話したい事がございますの。申し訳ありませんが、少々お時間頂けますかしら?」

「構いません。では食堂で……」

「あ、いえ……できれば人のいないところで」

 歩き出そうとするセイバーの腕を思わずセシリアはとってしまう。

 ぼそぼそと呟くセシリアに再度視線を向けるが、相変わらず、彼女は此方に目線を合わせようとはしない。

 なにかしらの事情があるのだろうと簡単に察したセイバーは返答軽く。

「……わかりました。では、屋上でも?」

「ええ、あと……出来ればランサーさんも……」

 逃げるかのようにセシリアは視線を彷徨わせ――

「あ……」

 思わず声音を漏らす。目当ての男性は、布仏本音と谷本癒子のふたりと楽しそうに話をしていた。

 談笑する輪を崩す事に躊躇うセシリアだが、つかつかとセイバーはそのままランサーの席へと向かっていく。

「ランサーにも用があるのですね?」

「セイバーさん?」

 慌てて呼び止めるセシリアではあるが、既にセイバーは声をかけていた。

「ランサー」

「あ?」

「少し、わたしと付き合ってほしい」

 言って、セイバーの視線が向けられた先、ランサーも釣られて首を動かす。

 視界に映るのは、こちらを見ずに申し訳無さそうな表情を浮かべて立つセシリア。片腕を抱きしめるように、強張っている姿。

 明らかにいつもと違う。瞬時に事態を察知したランサーは言葉少なく返事をしていた。

「あいよ」

 がたりと席を立つと、本音と癒子に悪いなと手を振っていた。

 またあとでねー、と袖を振る本音の声を背にふたりは歩き出していた。 

「行きましょうセシリア」

「申し訳ありませんセイバーさん……ランサーさんも……」

「別に気にすんなっての。そんな面すりゃワケありなんだろ? 早いトコ行こうや」

 セシリアの肩をぽんと叩き、連れ立って戸口を越え――

「あ、ちょうどいいトコにいた」

 かけた声の主は鈴だった。彼女は探していた人物を見つけ足早に寄っていた。

「セイバーと、ついでにランサー、アンタたちふたり今暇でしょ? ちょっとあたしに付き合いなさいよ」

「……鈴さん、申し訳ありませんが」

 ふたりの前に立つセシリアは、遠慮してくれと眼で問いかける。

 だが、鈴は気にもしない。

「別に構わないわよ、あたしは」

「いえ……」

 わたくしが気にするんですのよ、と言いかけるセシリアに鈴は気にした様子も見せず手を振っていた。

 鈴の眼がセシリアを捉えるが、当のセシリアは直ぐに顔を逸らし俯いていた。

 じっと相手を見入り鈴は言う。

「セシリア、あたしも同じ話をしようと思っていたトコ。どーせアンタのその顔見る限り、内容も多分同じモンだと思うわよ。後ろのふたりもそうだろうし」

「……後ろ?」

 言われ、くるりと振り返ってみれば――そこには、ラウラとシャルロットが立っている。

 一同の視線を受けたラウラは口を開き言う。

「わたしたちも、そこのふたりに用がある」

 『ふたり』とは、無論、セイバーとランサーを示している。

 セイバーは僅かに眉を寄せ、ランサーは千客万来だなと笑っていた。

 

 

「箒、メシ食いに行こうぜ」

「ああ」

 午前の授業も終わり、座りっぱなしで凝った身体をほぐしながら立ち上がった一夏は箒に声をかけていた。

 そのままぐるりと今日室内を見渡し――見慣れた顔がない事に、彼は今更ながらに気づくのだった。

「あれ? セシリアたちは……と」

「セシリアならセイバーたちとどこかに行ったぞ。シャルロットとラウラも後をついていったな」

 なんだそれ、と声を漏らし、一夏は頭を掻いていた。

「そっか。なら久しぶりにふたりきりか。俺たちだけで食うか」

「――!?」

 ふたりきり――

 相手が口にした言葉に、ぼひゅっと箒の顔は紅くなる。

 横に立つ一夏は「あー、でも鈴でも誘うか」と口にしているのだが、箒の耳には届いていない。

(ふたりきりふたりきりふたりきりふたりきりふたりきり……)

 呪詛のように胸中でぼそぼそと呟き――

 意を決した箒は顔を上げていた。

「一夏ッ! わ、わたしは今すぐ食堂に向うぞッ!」

「え? お、おう。だからメシ食いに行こうって言ってんじゃんか。鈴も誘って――」

「鈴はいらん! 捨て置け!」

「いや、いらんてお前――」

「行くぞ一夏っ! わたしは今一分一秒とも大変時間が惜しい! 昼食の後は、朝お前がサボった稽古だ! 食後の運動にちょうどいい」

「お、おい、引っ張るなっての」

 一夏の抗議の声を無視し、箒は腕を掴みずんずんと進むのだった。

 

 

「――で、話ってはなんだよ」

 先に場所を確保したランサーは屋上に人払いのルーンを施すと一度席を外していた。

 既に屋上にいた他の生徒たちはルーンの効力により、自身でも気づかぬままにその場を離れていった。今屋上にいるのは六人しかいない。

 戻ってきたランサーは適当に買ってきた飲み物を放り渡す。

 年長者に奢れとけと一言告げると、ランサーは缶コーヒーを口にしていた。

 終始無言の四人。先までハキハキしていた鈴もまた口数少なく黙っている。

 渡された飲み物を分け合い――

 口火を切ったのはシャルロットだった。手にした紅茶を弄りながら、だが開封はせずに。

「その……セイバーとランサーって、どこの国にも属してないよね?」

「ええ」

「あー、やっぱりそういう事か。吊り眼のねーちゃんも、ンな事言ってやがったな」

 どこかずれたふたりに、はははとシャルロットは乾いた笑いを漏らす。

「手っ取り早く言うね。あのね、ふたりとも……その……フランス代表候補生にならないかな?」

「は?」

「…………」

 訊き返したのはセイバー。ランサーは視線を向けはしないが耳は相手の声を聴いたまま。

 シャルロットは続ける。

「フランス政府からそう通達があったんだ。ふたりを代表候補生として迎えたいって打診がさ。そうでしょ? 皆も……」

 言って、彼女の視線はセシリアと鈴、ラウラへ向けられる。三人ともこくりと頷いていた。

「よく分かりませんが……」

 口を開き言葉を呟くのはセイバー。四人の候補生を順に見つめ言葉を続ける。

「四人とも既に代表候補生なのでしょう? そこへわたしたちを誘う意味がわかりません」

「…………」

 言葉なく俯くシャルロットを見て……此処まで口を挟まなかったランサーが喋り出す。

「適応能力ってヤツか。それが目当てで声かけてんだろ。それと……これは俺の勝手な推測だがな、嬢ちゃん。お前ら、それぞれのお国から面倒くせぇことふっかけられやがったな?」

 びくりと身体を鳴らせる四人。それを見て「ビンゴか」と悟るランサー。

 ランサーとセイバーのIS操縦技術ランクは相応のもの。しかもこのふたり、ならびに士郎に関しては帰属する国家、登録国籍はないまま。

 これは第四世代型IS『紅椿』を持つ箒のように、どの国も喉から手が出るほど欲しい人材故に。箒に関しては所持するISがメインとなるが、ランサーとセイバーに関しては純粋な技術能力。どの国も専属操縦者として迎え入れたいものがある。

「ランサー、どういう事ですか? 説明してほしい」

 いまいち理解が出来ていないセイバーに面倒くさそうに視線を向けると、あのなぁと前置きし口を開く。

「……お前なぁ、もちっと状況把握しろや。常日頃食ってばかりでいるんじゃねーよ」

「む。なにを言うんですか、わたしは……」

「とにかく」

 眉を寄せ異議を申し立てるセイバーをぴしゃりと遮りランサーは言う。

「大方、俺とセイバーの能力かなんか見てのモンだろーよ。お前ら所属する各国のお偉いさん方が手ぐすね引いて俺らを抱き込みたい。そのために、普段から顔あわせてるお前ら代表候補生も国のために動けやら、なんとか引き寄せろとかだろ。さらにはテメエらにも本気を出させるためだーろうがな。言い方によっちゃ代表候補を取り消すかなんかヌかされたんだろ」

「…………」

 無言のままのセシリアたちを見て、ついでセイバーの視線はランサーへと向けられる。

「そうなのですか? それはあまりにも……」

「どうなんだ? オルコットの嬢ちゃん」

 ランサーの指摘に――セシリアはふうと溜息を吐く。

「……百点満点ですわ。おまけに花マルもつけてさしあげましてよ」

「我がドイツも同じだ。お前たちふたりをドイツへ誘致するように命令を受けている」

「くだらねぇなぁ」

 ラウラの言葉を聴き、ぼそりと呟かれたランンサーの声音。 

 その声に怒り立ち上がったのは鈴。憎悪に満ちた双眸でランサーを睨みつけていた。

 対するランサーは無表情。

「くだらないってなによ! 代表候補になるためにあたしたちがどれだけ苦労したのかわかりもしないクセに!」

「当たり前だ。お前らがどれ程苦労したかなんて知るかよ。寧ろわかりたくもねぇぞ」

 フンと鼻を鳴らし、ランサーは鈴を見据える。獣のような鋭い眼光。殺気を篭めて射抜くと、さすがに少女は身を竦ませていた。

「それとだ……そこは、テメエらを叩き潰してやるってぐらいの気概を見せてみろ。ハナっから負け認めてんじゃねーよ。そんなことじゃ勝てるモンも勝てやしねーぞ?」

「アンタ……それは実力が違うからよ」

 なんとか言葉を漏らした鈴は座り反論するが、それすらもランサーはつまらなかった。

「実力? だから言ってんだろうが。くっだらねーモンにこだわってんじゃねーぞ? なら例えを変えるか?」

 言って、ランサーは空になっていた缶コーヒーを握り潰す。眼の前の四人に面倒くさそうに視線を投げかけ――

「お前ら、一夏の兄ちゃんを諦められるか? 何でここでアイツが出てくるんだとかヌかすなよ。黙って聴いてろ。どうなんだ? 普段のお前ら見てりゃ簡単にわかる。今更誤魔化すなよ? 好きだなんだと言う割りに、なにもせずまごついてそれで奪われて納得できるか?」

 唐突に話を振られ、返答に戸惑うが、ランサーにせっつかれたセシリアは口を開いていた。

「……はいそうですか、とはいきませんわ」

「…………」

 じっと相手の顔を見て――一度セイバーに目配せして――ランサーは続ける。

「例えばだ。そこのセイバーが一夏を好いているとしよう。お前らに『私が彼を好きなのだから諦めろ』と言われて、素直に諦めるか?」

「なんでよ!」

 納得できるかと声を荒げる鈴にランサーは片眼を瞑る。

「なぜ?」

「なぜって……納得できないからよ!」

「その恋愛にお前らが勝てもしんねーのにか?」

 薄ら笑いを浮かべた相手の態度に、感情的になった別の声が上がった。

「そんなのやってみなくちゃわからないよ!」

 反論するのはシャルロット。

 その応えに――

「そうだな。その通りだ」

 そこまで言って、ランサーはニヤリとする。

 セイバーもまた笑みを浮かべていた。

「わかってんじゃねーか。物事を一夏とISに変えただけでそーまで熱くなんなら、お前らは弱くなんざねーよ。『やってみなくちゃわからねー』その意気込みさえありゃ、この先伸びんぜ」

「…………」

 無言のまま、セシリアたちはお互い顔を見合わせていた。しばらくして、声を漏らしたのは鈴だった。 

「アンタってさ、結構イイ奴?」

「俺はいつだってイイ奴だぜ? 特にイイ女になら尚更だ」

 得意気な顔をするランサーに、うげと声を漏らす鈴ではあるが、悪い気はしなかった。

「ならそれでいいじゃねーかよ。一夏の兄ちゃんを譲る気がねえってんなら、ISだって同じように乗り越える気概を見せやがれ。ンなことで諦めんのか?」

 どこか釈然としない四人ではあるが、ランサーとてこれでやり込めるとは思っていない。これがキャスターならば、弁舌巧に言い篭められるのだろうが。

 ランサーは言いたい事を口にするだけ。その後の指摘など、どこ吹く風だ。

「ついでに言っとくが、俺たちとお前らの一番の違いはなんだと思う?」

「ISの適正能力か?」

 首を傾げて返答するラウラにランサーは首を振る。

「違うさ。往生際の悪さだよ」

 何を言っているのだろうか――理解に苦しむ四人を無視し、ランサーは続ける。

「俺もセイバーも、勝てそうにない相手に当たったとしても諦めはしねーぞ。絶対勝てない? なんでそう言える? 全ての手の内さらけ出して、己の実力全て発揮し、駆使尽くして喰らいつくのさ」

「…………」

 そう簡単に行けるものか――

 言うは易く行うは難し、ランサーの言葉にセシリアは疑問をぶつける。じっと相手を見据えながら。

「それでも……それでも勝てないとしたら……ランサーさん、アナタは一体どうなさいますの?」

「一矢報いる、それだけだな」

 躊躇もせず、あっさりと応える彼。あまりにも淡々とした返答にセシリアは訊き返していた。

「は?」

「いや、勝てないって前提での話なんだろ? なら、最後の最後まで徹底的に無様に汚く足掻いて一矢報いるだけさ。その時の相手のツラを見れりゃ、俺はそれで満足だな」

 ランサーはニヤと笑うだけ。

 その物言いに、セシリアは本当に心の底から呆れていた。

「……決して、諦めはしないのですね」

「おうさ」

 だがなと応え、俺らとお前らもそう違わねーぞとランサーは言う。

「ISも恋愛も似たようなモンだろうに」

「ランサー、あなたのその言い方では、恋愛に関しても汚く足掻けと示唆していますが? 女性に対して、それはどうかと思いますが」

 セイバーの指摘をランサーは当然無視。

「いずれにせよ、俺は代表なんざなる気はねーし、やんねーぞ。誘われたって行かねーからな。他当たるこったな」

「わたしもです。セシリア、同じブリテンの地の者として、悩むあなたの力になってあげたいとは思います。ですが、その結果的に、更にあなた自身を苦しみへ追い込み悩ませる事になってしまうというのならば、わたしは協力する事はできない。どうか、許してほしい」

「いえ、いいんですのよセイバーさん……ただ、考えが変わったらいつでもおっしゃって下さいまし」

「セシリア、気を悪くしたら許してほしい。わたしは剣を扱う事しか出来ない者です。あなたのような気品や優雅さを持ち合わせてはいない。もっと自信を持ってほしい」

「ふふ、嫌味にしか聴こえませんわ。でも……ありがとうございます、セイバーさん、逆に気を使わせてしまって」

「お気になさらずに」

「ですがセイバーさん、ランサーさんも……おふたりがわたくしに仰ってくださったように、あなた方もこれだけは覚えていてくださいまし。おふたりのIS操縦技術は見事なものですのよ? 各国が欲しがる人材に変わりはございませんの。世界が動くと言う事は、決して簡単なものではありませんわ。その事をどうかお忘れなきように。おふたりが望まなくとも、我がイギリスは欲していますので……」

「わかりました」

 頷くセイバーに――じと眼で鈴が話に割って入っていた。

「あのさ、なんか綺麗に纏めてるようなトコ悪いけれど、イギリスに落ち着こうとすんのはヤメテくんない? 中国だって諦めてないんだから」

「ドイツもな」

「……ごめん。一応、フランスもかな……」

 そうだと声を漏らすラウラと、申し訳無さそうな表情を浮かべるシャルロット。

「ま、堅い話はこの辺でやめよーぜ」

 潰した缶コーヒーの残骸を指先で弄ばせながらランサーは続ける。

「しかしまぁなんだ、案外嬢ちゃんたちは余裕なんだな」

「なにがだ」

 言っている意味がわからず、ランサーに訊ねるラウラ。

 いや、と頭を掻き首を鳴らしながらランサーは言う。

「いつもつるんでいるあの兄ちゃんから離れて大丈夫なのか?」

「代表候補生の話をしたかったから……」

 シャルロットの台詞にぱたぱたと手を振りランサー。

「あー、違う違う。そうじゃねーよ。言い方が悪かったな。お前らが惚れて入れ込んでるあの兄ちゃんから離れて大丈夫なのかってこった。もうヤった間柄なんだろ? とっかえひっかえかよ、あの兄ちゃん。見かけによらねーなぁ」

 ――刹那。

 ぶほっと息を噴出すセシリアと鈴、シャルロット。

 瞬く間に、四人は、ぼひゅっと顔から湯気を出していた。セシリア、鈴、シャルロットは『ヤった間柄』との言葉に反応して。ラウラだけは『惚れて入れ込んでる』に対してのものだ。

 一瞬にしてトマトのように赤くなったセシリアたちを見て、セイバーは不思議そうに呟いていた。

「惚れて入れ込む……四人はイチカが好きなのですか? 愛しているのですか?」

 直球過ぎるその言葉に、四人は頭からもプシューと湯気を吹き出していた。

 それを見てセイバーは慌てたように声を荒げる。

「ランサー――四人の顔が紅い! 病気でしょうか!?」

「お前、わざとやってんのか?」

 なにがですかと問い返してくるセイバーを適当にあしらい、ランサーは言う。

「しっかしまぁ、なんだ。正直あの兄ちゃんはとっかえひっかえかと思ったがなぁ……」

「い、一夏はそんなケダモノさんじゃないよ!」

 つまんねぇ野郎だぜ、と吐き捨てる相手に、顔を真っ赤にしたままぶんぶんと拳を振るシャルロット。

 ゲラゲラ笑いランサーは言う。

「英雄色を好むって言うんだぜ? 案外嬢ちゃんたちの知らないトコではお盛んだったりしてな? いつもの嬢ちゃんもひとりいねぇしな」

 箒がこの場に居ないことを指し示す。当然四人もそれに気づいてはいるのだが――

「そんなこと……」

 ない、と鈴は言い切れなかった。

 あの唐変木に限って――だが果たしてそうかとも考えさせられる。

 ぐぬぬぬと歯噛みする四人を見て、ランサーは笑ったまま。眉を寄せたセイバーが口を挟む。

「趣味が悪いですよ、ランサー」

「そう言うなや。俺は例えの話をしてるだけだぜ?」

 窘められるがランサーは気にしていない。四人を順に見ながら、やれやれと吐息を漏らす。

「なんだよ。手ェつけられてねーのかよ。生娘かよ」

「き、きむ――!?」

 言葉を詰まらせ、また更に顔を赤くするセシリアを見て、ランサーはへらへら笑う。セイバーは心底呆れるだけ。

「ランサー、あなたのように見境無しとは違う。イチカは純粋なのでしょう」

「お前、さり気なく俺の評判を平気で叩き落とすような事言うんじゃねーよ」

「大丈夫です。こと女性に関しては、アナタはこれ以上落ちる事はない」

「へえ、そうですか。まーどうでもいいが、あのぐらいの年のガキなんざヤリたい盛りなんだぜ? 手っ取り早くヤッちまえよ? 既成事実ってヤツだ」

 言葉による追加の燃料投下に、多少は鎮火しつつあった三人の顔が燃えるようにまたぼひゅっと赤くなる。ただひとり、ラウラだけが首を傾げていた。

「さっきから口にしているヤるとは何をだ? シャルロット」

 「うえっ!? 僕に訊くの!?」と応えに詰まるシャルロットだが――

「ラ、ラウラはいいの! 知らなくて!」

「む。なんだ、私だけ除け者か! ずるいぞ! 私にも教えろ! なんなのだ? ヤるとはなんだ? なんなのだ、ヤるとは?」

 ぷくーと頬を膨らませるラウラだが、シャルロットは返答に困るしかない。お願いだから連呼しないで逆に諭している。

「あー、ボーデヴィッヒの嬢ちゃん、ヤるってのはだな……」

「アンタも教えなくていいから!」

 余計な知識を吹き込むなと叫ぶ鈴に「へいへい」と軽く応えるランサー。

「話を戻すぞ。ならなおさらあの兄ちゃんから離れていいのかってこった。知っていながらわざとやってんのか思ったがマジモンかよ。そうとなれば話は別だ。悪いが俺から見た限り、アンタら嬢ちゃんの好意なんざ超がつくほど気づいてねーぞありゃ。苦労すんなぁ」

「ふむ。イチカは果報者ですね。こんなに四人に愛されるなど」

 改めて『愛』などと言われるとこそばゆい。熟れたトマトのように頬――と言うよりも顔全体を紅潮させる。

 恥ずかしさに汗を掻き、喉が渇いた四人は一挙手一動、全く同じ動きのまま手つかずだった飲み物を開け口にする。

 一気に喉へ流し込み……一息つく。各々味などわかりもしない。

 乱れのない動きの四人を見て、雛鳥かこいつらと思いながらランサーは口を動かしていた。

「まだまだガキくせぇが、なぁに、嬢ちゃんたちはイイ女になるぜ。俺が保障してやる。気づかねぇなら気づかせりゃいいんだからな。案外簡単なモンだぞ」

「それが巧く行けば苦労しないわ」

 はあと盛大に溜息をつく鈴に――だがランサーはべしんと自身の太腿を叩いていた。

 そのまま――

「イイ方法があるぞ」

 然も名案だと指を立てるランサーに対し、鈴はこれ以上ないぐらいに不安を覚えていた。

 嫌なぐらいに爽やかな笑みを浮かべる相手が信用できなかった。

「……なによ。思いっきり当てにはしないけれど、一応聴くだけは聴くわよ」

「おう、簡単だ。裸になって『好きです』って言いながら押し倒せ」

「ぶっ殺されたいのアンタ!」

「痴女ですわよ!? はしたないですわ!?」

 予想の遥か斜め上を行く立案に、セシリアは思わず叫び、鈴は部分展開したIS腕部で殴りつけていた。

 首の動きだけで難なくかわしランサーは続ける。

「なんだよ、不服か? じゃーアレだ。あれ、えーと、要は裸になった一夏の兄ちゃんに『好きです』て言われて押し倒されてーのか? 逆はなかなか難しいぞ?」

 そもそも一夏を裸にする段取りが思いつかんと真面目な顔で思案するランサー。

 鈴とセシリアは両手をわななかせながら食ってかかる。

「裸から離れなさいよ馬鹿!」

「アナタは頭が湧いてるんですの!?」

 ぎゃいぎゃい言い合う二人を眺めながら……ラウラはシャルロットに問いかけていた。

「シャルロット、裸で好きだと言って押し倒すのはおかしな事なのか?」

「あー、うん……まず言っておくけれど、多分ラウラが普段から朝に一夏にしてる事とは違うよ、うん」

「?」

 よくわからないのだろう。小首を傾げるラウラに対し、シャルロットはそれ以上何も言わなかった。

「なんだよ、我侭な嬢ちゃんだなぁ……」

 面倒くせェガキだなと毒づき、わざとらしく盛大に溜息を洩らすランサーに鈴は真顔。

「我侭? 今我侭って言った? なにコレ、あたしが我侭てレベルなのコレ!?」

「いいから聴けっての。あー、アレだ。裸になって、寮内だろうが外だろうが走り回って公言しろ。私は一夏が裸になるほど好きな露出狂……ええと、一夏が――」

「今、露出狂って言ったわよね、今! なに言い直してんのよ?」

「どうして裸が前提なんですの!?」

 ふたりの抗議の声など聴こえんさ、とランサーは何食わぬ顔で続けるだけ。

「一夏が裸になるほど好きな――」

「うわスゴイ。え、なに? それでも続けんのアンタ。オーケー、どうあがいてもアンタはあたしたちを痴女扱いしたいワケね。いいわ。よし、殺そう!」

 片腕だけではなく、鈴は残りの腕もIS部分展開を施し殴りかかるが、やはりそれらもまたランサーは軽くあしらっていた。

 打ち抜いてくる甲龍の拳をトンと抑えながらランサーは言う。 

「馬っ鹿、お前ら……よく考えてみろ。こんな魅力的で魅惑的な女を前にしてんのにだぞ? あの兄ちゃんはどーにかならねー方がおかしいんだぞ?」

「む、むう……」

「で、ですわ……」

 真顔のランサーに魅力的、魅惑的等という言葉をかけられ、思わず顔を赤らめる鈴とセシリア。

 面と向かってそんな言葉を掛けられるのは、正直悪い気はしないでもない。

「真っ向勝負が駄目ってんなら、変化球で攻めるしかねーだろうが」

「だ、だからって……は、はだ……裸って!」 

「へ、変化球過ぎますわ!」

 抵抗があるのは当然だ。口を尖らせてぶつぶつ文句を言うふたりにランサーは「あのなぁ」と言葉を漏らしていた。

「だからこそって言ってんだろーが。どうあったって、フツーに攻めて、フツーに落ちるか? あの兄ちゃんは女性不信か? それとも同性愛者かなにかか?」

「いや、そうは思わないけれど……」

「で、ですわ……確かに一夏さんはアブノーマルの方では……」

 言葉の最後はごにょごにょとトーンが下がる。指をいじいじと弄り俯く姿は、正しく可憐な恋する少女。

 だが残念ながらその姿を見せるべき相手はここにはいない。

 俯きもじもじとするふたりに――ランサーはぽんと肩を叩き告げていた。

「と言う事で、裸エプロンでいいんじゃねえか? マッパよりはインパクトも上々だな。ガーターベルトも付けりゃ一発だろう。凰の嬢ちゃんは白で……オルコットの嬢ちゃんは定番の黒か……ああ、いや……予想を裏切って紫ってのもありか」

「死ね」

「さっきから聴いてやがれば、全てランサーさんの願望ではありやがりませんかっ!」

 腕部による零距離射撃の龍咆を軽く避け――跳躍したランサーはフェンスの上に降り立っていた。

「ほう、見事なバランス感覚だ」

「ラウラ、感心するトコそこじゃないよ」

 変なところを感心している友人に呆れながら、シャルロットは零距離射撃をどうやったらかわせるのかが疑問だった。

「まぁ、なんにせよ」

 視界ではランサーがまた何か余計な事を言って鈴とセシリアを煽り出す。案の定激昂するふたりに視線を向けたままセイバーは口を開いていた。

「裸がどうこう以前はさて置き、ランサーが言うように、気づかれないなら気づいてもらうようにするという手は強ち間違いはありませんよ?」

「セイバーは一夏の鈍感さを知らないんだよ。あの唐変木の酷さは折り紙つきだよ!」

「ふふ、そうでしたね」

 はあ、と溜息を付き頬を膨らませるシャルロットにセイバーは笑みを浮かべる。

 横に座るラウラはごくごくとスポーツドリンクを飲んでいるだけ。

「避けてんじゃないわよ!」

「避けてるんじゃありませんわよ!」

 甲龍を展開する鈴と、ブルー・ティアーズを展開するセシリアの叫び声が屋上に響いていた。

 

 

「凰、オルコットの嬢ちゃん」

 夕食も終え、自室に戻ろうとしていた鈴とセシリアの歩が停まる。

 聴き慣れた声音に呼ばれ、ふたりは振り返り――瞬時にその表情は一変する。

 廊下の角から顔を出し、ちょいちょいと手招きするランサーを見て、鈴とセシリア双方は露骨に顔を顰めていた。

 無視して歩き出そうとするふたりであったが、再度背後から呼ばれ辟易しながら踵を返し歩みよる。

「なによ。またからかう気?」

「正直、疲れましたのですけれど」

 昼休みのやり取りを思い出し、ふたりは心底嫌がっていた。また変わらずにからかいにでも来たのだろうとその程度での認識でしかない。

 だが、ふたりの持つ心証とは違い、バツの悪そうに頭を掻きランサーは口を開いていた。

「悪かったって。からかいはしねーよ」

「どうだか。で、なに? 用があるなら手短に言ってくんない? わたしたちも暇じゃないんだからさ」

 ただでさえ今日はランサーに疲れさせられたのだ。早くシャワーを浴びて、ゆっくり部屋で休みたい。こんなところで無駄な時間を費やしたくない。鈴もセシリアも正直な本音だった。

「なんですの? また裸になる前提ですの?」

 セシリアの嫌味に――だがランサーの表情は至極真面目なもの。

「ああ。だが聴け。今度こそ、マジな話だ」

「…………」

 昼間の時と違い、嫌に真面目そうな相手――特に眼を――を見て、一瞬鈴とセシリアは顔を見合わせる。が、直ぐに向き直り「で?」と問いかける。

 ランサーはこくりと頷き続けていた。

「今日、大浴場を使えるのが誰か知ってるな?」

「大浴場? ああ、誰って言うか、アンタたち男が使う日でしょ?」

「ですわね。それがなにか?」

「ああ。俺ら使わねぇから、お前らふたり、一夏の兄ちゃんと一緒に入っちまえっての」

 刹那――

「――――」

 咄嗟に叫ぼうとするふたりの口をランサーは押さえ込んでいた。

 口を塞がれているとはいえ、もがもがと何かを言って暴れはするが、掴むランサーの手は外れはしない。周囲を窺いながら――誰も居ない事を確認すると――構わずに彼は言い聴かせていた。

「いいからマジで聴けっての! 何も裸で襲えとかじゃねえっての! なんなら嬢ちゃんたちは水着でも着て入ればイイだろーが」

「?」

 水着と聴いて抵抗がなくなったのを見計らい、ランサーはふたりの口を押さえていた手を離す。とりあえず聴け、と念を押すのは忘れない。

「いいか。一夏の兄ちゃんはいつも通り風呂場を使わせる。だが、俺と士郎は入らない。その時間、お前らは巧いことして一緒に風呂に入れってこった」

「な、なんでそうなるのよ」

「ですわですわ」

 詰め寄り、小声でぼそぼそと抗議するふたり。「んー」と頭を掻きランサーは続けていた。

「なんつーか、昼間はなぁ……さすがにからかい過ぎたってのがある。少しでも嬢ちゃんとの仲が進展すればって思ってな」

 進展するという方法がどこかズレていることに鈴とセシリアは呆れていた。

「…………」

「安心しろ。他の奴らにゃ言わねーでおくよ。決めるのは嬢ちゃんたちだ。ただ、言ったように俺らは邪魔しねーからよ」

 用件はそれだけだ、後は好きにしてくれや、とランサーはひらひらと手を振り踵を返す。

 ――と。

「待ちなさいよ」

 そのまま立ち去ろうとするランサーの背に、鈴は声をかけていた。彼女の表情は眉を寄せたまま。鈴とセシリアにしてみれば、ランサーにここまでされる意味がわからない。遊び半分でのものと勘繰ってしまうのは仕方のないことだろう。

「アンタさ、なんでそうまですんの? これもからかいのつもり?」

 信用ねぇなと一言漏らし、首だけ振り返りランサーは応えていた。

「正直言えばな、俺から見れば嬢ちゃんたちはどいつもこいつも面白いんだがな。中でもお前らふたりは、なんとなく個人的に応援したくなるだけだ。それに、他の三人……篠ノ之とデュノア、ボーデヴィッヒの嬢ちゃん連中と比べると、ちっとばかし遅れをとってるってのがなぁ。まぁ、余計なお世話かもしんねーけどよ、この機会に上手くいくことを祈ってるぜ」

 んじゃなー、と気楽に言って――本当にそれだけ告げて、手を振りランサーは去っていく。

 飄々とした男の背中に視線を向けていた鈴だったが、ふと隣に立つ友人へ言葉を洩らしていた。

「……どうする?」

「どうしましょう?」

 洩らした言葉の意味を互いに理解している。理解した上で、しばし無言だったふたりは向き合い、こくんと頷いていた。

 互いの瞳には決意の色を浮かべながら――


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