I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 ふと思いついた話。だが、私は謝らない。

 とある昼食時――
 いつもの面子に加えてランサーも加わり、一行は屋上で食事をしていた。
 和やかな空気の中、唐突に一夏は士郎へ声をかけていた。
「なあ、士郎の両親てさどんな人なんだ」
 訊ねられた内容に、士郎はだがバツの悪そうに頭を掻く。
「あー、俺の両親てさ火事の時に死んだんだ。その後、俺、養子として引き取られたんだけど、その人も亡くなってさ」
「……悪い。変なこと訊いたな」
「なんでさ。気にすんなよ。そう言えば、オルコットの両親てどんな人なんだ? やっぱり貴族となるとスゴイのかな」
 申し訳無さそうな顔をする一夏に対し、話を変えようと士郎はセシリアに視線を向ける。
 世界は違えど英国ともなれば、もしや魔術協会があったりするのかと若干の期待を込めながら。
 だが、セシリアは士郎の期待に応える事はない。苦笑を浮かべて彼女は言う。
「どのように思われてるのかは存じませんけれど、母も父もとても立派な方でしたわ」
「でした?」
 士郎の呟きにこくりと頷きセシリア。その瞳はどこか遠くを見つめていた。
「三年前に列車事故で……」
「……ごめん。無神経な事を訊いて」
「いいんですのよ。で、一夏さんのご両親は何をなさってますの?」
 ぱんと手を合わせ、話題を変える為にセシリアは一夏を見る。
 第一回『モンド・グロッソ』総合優勝者の千冬、男でISを初めて動かせた一夏の両親ともなると、さぞ立派な方なのだろうと彼女は想像する。
 ――だが。
「俺と千冬姉、両親に捨てられたんだ」
「あ……」
 悪い、子供の頃の話だからよく覚えてないんだと一夏は言う。
 申し訳ありませんわと頭を下げるセシリアに気にするなと言葉をかけ――
 それ以上、三人の会話はなかった。各々無言のまま、もぐもぐと食事に勤しむ。
『空気が重い――』
 ずんと沈んだ空間の中、何とか平静を保っているのは箒と鈴、シャルロット。
 ラウラに関しては流れ的に「私は試験管ベビーだったぞ」と口走りそうな雰囲気を察したシャルロットが咄嗟に口を押さえ封じていた。更なる燃料投下をされるわけにはいかない。
 流石に一同を見てセイバーはランサーに耳打ちする。
「ランサー、何とかしてください。この空気は流石の私も耐えられない」
「無茶言うんじゃねーよ。いくら俺でも通夜の空気に突っ込むほど馬鹿じゃねーぞ」
 そこをなんとかアナタの小粋なジョークで和ませてください、と囁く騎士王に対し、槍兵は滑り前提になるじゃねーかと反論する。

 そんな暗い話があったとかなかったとか。
 本編とは全く関係のない話――
 


20

 IS実技の授業にて、居合わせる者たちが見るものはひとつ。『アーチャー』と名前をつけた赤銅色のISを身に纏う士郎。

 好奇の視線を彼は向けられている。

 しかし、士郎への専用機として手配されたとしか聴かされていない面々からすれば、その機体は随分と味気ないものだった。

 ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンや、セシリアのブルー・ティアーズと比べると迫力に欠けるものがあり、紅椿や白式のように機体の派手さがない。

 ただのパワードスーツにしか見えなかった。その見解はあながち間違いでもない。極端に言えば、ただ飛べるだけなのだから。

「正気か坊主……何でよりにもよってあのいけ好かねェ野郎の名前なんだ」

「同感です。正気ですかシロウ……何故にアーチャーの名前などを」

 生徒たちより一日早く、はじめて見て、ISの機体名を耳にしたランサーはただ呆れるだけ。

 セイバーに至っては、彼女も呆れはしているが、それに加え剣を教える師匠としてのプライド故か、露骨に斜に構えた態度、ならびに嫉妬が強かった。今一度、シロウにはわかって頂く必要がありますね。と、なにやらぶつぶつと呟いていたりするのだが。

「シロウ、その名を冠するという事は、つまりは、私の師事では不服だというのですね」

「な、なんでさ!? なんでそうなるのさ!」

「剣の師として、これほど屈辱的なものはありません、何故、その名を冠すのかと訊いたのが愚問でしたね」

「――セ、セイバー?」

「なるほど……シロウには躊躇いがないという事ですか、ええ、そうでしたね。そうでした。シロウはアーチャーの剣技を模倣していたのでしたね」

「え、えーと」

「魔術は凛に……剣術は私と言っていながら……いいでしょう。今一度、シロウには誰の戦闘スタイルが一番優れているのかを証明して見せましょうか」

「なんでさッ! ま、待てって! そんなのセイバーが一番だっての! ただこれは特に大した事じゃなく……」

 その後は聴く耳持たぬセイバーに、身を持って『教育』されたのだが……

 実際、ISの名前に関して士郎自身は深くは考えていない。千冬や真耶が口にした類の『相棒』としての思惑は微塵もない。では何故その名にしたのかといえば、自身が扱う武器の影響、それが色濃く現れたものでの対象でしかない。他に意図するものは無かった。

 意識のない深層心理で言えば、越えるべき目標としてのものなのかもしれない。

 セイバーとランサーふたりの表情から察するに、やはりこの名は駄目だったかなと士郎自身も考え出していたりするところが本末転倒である。

 そんな一悶着があった事など露知らず、ひとりの生徒が士郎の機体を見て呟く。

「なんだか強そうに見えないね」

 相川清香の呟きは尤もだ。見た目だけでも外装武装は何もないのだから。

 他の専用機と比べてしまうと、どうしても見劣りはしてしまう。それは士郎もわかっていた事であり、苦笑を浮かべるしかなかった。

 女生徒たちの少々期待はずれとした眼差しで見られる中、ただひとり違ったのは布仏本音。彼女だけは向ける眼が違っている。

(えへへー、エミヤんも葛木先生も一緒に頑張ったもんねー)

 彼女の胸中の呟き通り、IS『アーチャー』は布仏本音の協力なくしては語れない。

 普段の眠たそうな顔のままではあるが、機体整備に関してはキャスターが口にしたように、『見事』の一言に尽きる。

 機体調整など手馴れたもの、士郎が見ている前で容易にこなし、シールドバリア制御システム、エネルギーバイパスシステムの調整など瞬く間に処理していく。

 普段の彼女とは思えない手際のよさ。意外な一面。

 逆に、あれを持って来てこれを持って来てと指示を出しては、遅いよ早く、違うよなんでそんなの持ってくるのと叱責までされもした。

 流石にそれを眼の当たりした時には、士郎は本音への認識を改めていたのだが。これが彼女、布仏本音にとっての得意分野なのだろう。

 はじめて見る士郎の専用機に一夏は声をかけていた。

「それが士郎の専用機か?」

「ああ。派手さにかけるだろ?」

 おどけてみせる相手に一夏は笑う。

 一夏自身、ごてごてした武装、外装を持つからといって強いとは思わなかった。確かに、見た目のインパクトで強さを求めるようなものもあるのは認めるが、それはそれとして、彼なりに思う事は搭乗者の能力と合わさってのものだと考える。

 現にセイバーなど打鉄との組み合わせであれほどまでの強さを発揮しているのだから。士郎の機体を見たところで、率直な意見を言えば、弱そうだとは思わなかった。ただ一回り小さいぐらいのもの。

 実際に士郎のISの技量と実力は上がっている。訓練機であれほどとなったのだから、専用機を持つとなると更に能力は向上するのだろうと一夏は勝手にそう解釈していた。

 他の生徒たちとは違い、一夏と同様に『アーチャー』を未知数と見ているのは専用機持ちたちだ。中でもセシリアの胸中は複雑だ。

(あれが衛宮さんの専用機――)

 セシリアが思うところは、まずは搭載武装に関してだ。一体彼の扱う装備はなんなのだろう。そこに興味を持っていた。

 ――と。

「衛宮、あたしの相手してよ」

「…………」

 声をかけられた方へ視線を向ければ、既にIS甲龍を展開させていた鈴がニカリと笑い士郎を見ていた。

 先を越されたと内心で悪態をつくのは一夏、箒、シャルロット、ラウラ、それにセシリアもまた。各々士郎の機体が気になる手前、模擬戦を申し込んでみたかったからだ。

 そんな連中の心情を簡単に見切っているのだろう。鈴は早い者勝ちよと言わんばかりに、他の専用機持ち一同に勝ち誇ったような視線を向け、胸中で舌を出していた。

 返答に困っている士郎に構わず、鈴は次いで千冬へ視線を向けていた。

「織斑先生、構いませんよね?」

「……衛宮?」

 その一言で千冬は士郎へ問いかける。『行けるか?』と。

 教師として、生徒の向上意欲のために模擬戦を止める権利はない。事情を知っているとは言え、士郎に対し変に肩入れも出来ないからだ。経緯はどうであれ、生徒が成長するのならば否定もできない。

 だが士郎は千冬の立場も汲み取り、それを承知の上で頷いていた。

「大丈夫です」

「……わかった。では、衛宮、凰、模擬戦を始めろ」

 千冬の声にふたりは『はい』と応え、頷いていた。

 

 

 開始の合図を受けてはいるが、互いに動きはなかった。

 空中で向かいあったまま、鈴は二基の青龍刀を連結させた双天牙月を手にして赤銅のISを見る。相手は何も手にしていない。武装展開に手間取っているのかと彼女は考える。

 そんな彼女の心境とは別に、士郎自身はさて、どうしたものかなと考え――不意に、オープンチャネルで話しかけられていた。

「先手は譲るわよ」

 唐突の申し出に、士郎は思わず訊き返していた。

「……気前がいいんだな」

「どーせその機体、試運転も兼ねてんでしょ? いいわよそれぐらい」

 士郎のISの特性を見ておきたいものがある。それに、鈴は見た目でアーチャーには大した武装はないのだろうと打算する。

 一夏と同じように、恐らくは近接格闘仕様。実際、幾度か手合わせている鈴は士郎が得意とするのは接近戦だとわかっている。それを踏まえての発言だった。

「本当にいいのか?」

「言ったでしょ。イイって」

「……本当に?」

「くどいわよ」

「わかった」

 そう返答を耳にし――鈴は理解していただろうか。

 瞬時に士郎の腕に生まれた、黒一色の少しばかり機械じみたデザインの弓に。無駄の無い流れる動作――既に彼は矢を番えた体勢に入っていた事に。

 そのまま、迷う事無く放たれていた二射。

 僅かに遅れる警告音、気づけば、矢は眼の前に迫っていた。

「あっぶな――」

 脚を狙われた事に、咄嗟に身体を捻り避ける鈴。

 先手を譲ったとは言え、まさかいきなり矢を放たれるとは思わなかった。

「やってくれるじゃない」

 すぐに体勢を整え――刹那に、彼女は両肩に衝撃を受けていた。

「――!?」

 何が起こったのか理解するのに僅か数秒。

 ハイパーセンサーに映る警告表示――

 見れば、甲龍の巨大なスパイクアーマーが特徴の両肩が破壊されている。肩のスライドアーマー中央部を正確に射抜かれていた。そこに何があるかは鈴自身わからぬはずが無い。

(いつのまに――!?)

 否、警告音は鳴っていたかと彼女は考える。

 だが、鈴は把握していなかった。士郎は続けて二射放ったわけではない。彼は一度に四射放っていたのだから。

 状況が未だ掴めていない鈴とは対照に、士郎は目的を果たしていた。少々汚いとはわかっていながらも、まずは危険視する衝撃砲を封じるのみ。これで相手のメインとなる中距離戦闘の火力は半減できた。残るは甲龍の腕部にある衝撃砲。

「…………」

 無言のまま士郎は僅かに考えていた。

 ISを纏っているせいか、ハイパーセンサーを通しても本来の射よりは些か感覚が劣る。

 身体が未だ慣れていないからなのか、なんにせよ考察は後だと彼は意識を切り替えていた。

「衝撃砲が――」

 呟く鈴の言葉通り、士郎が射抜いたのは衝撃砲を放つ球体部。これが何を意味するかは説明するまでもない。

「くっ」

 試してみたが、肩の計四門の龍咆は何の反応も示さない。簡単な話だ。つまりは、正確無比に潰された両肩の衝撃砲はもう撃てない。

 しばらく相手の機体を観察していた士郎だが、案の定、肩の武装が使えないのだとわかるや否や、アーチャーを起動させアリーナを駆ける。

 疾りながら――射続ける彼。

 が、瞬時に鈴も機体を疾らせその空間を離れていた。油断してたとはいえ次いでの五射、六射目に当たりはしない。

「うっとうしい!」

 雨のように放たれる矢を腕部装甲で防ぎ、双天牙月で斬り払い、一気に間合いを詰める。

 精密射撃には驚かされはしたが、懐に入ってしまえばこちらのものだと考えてのもの。

「調子に乗んな!」

 放たれる矢を掻い潜り――

 踏み込み払う連結された青龍刀を、身体を逸らし――士郎は後方へ機体を疾らせる。

 間合いを離すと同時、やはりそのまま、矢継ぎ早やの手利きよろしく休みなく射掛け続けていた。

 しかし、鈴とて中国代表候補生。この程度の攻撃をいなせぬ技量を持たぬ彼女ではない。

 彼女もまた機体を滑らせ、矢の間を器用に疾り、腕部の衝撃砲で牽制しながら――

「もらいっ――」

 矢を斬り伏せ、瞬く間に士郎の間合いに潜り込む。

 奔る一閃。

 だが――

「――っ」 

 瞬く間に士郎は迫る凶刃を斬り弾く。彼の手に握られるは双剣。物理刀身を持つ、量子変換された二振りの剣。

「――っ!?」

 打鉄でよく見る近接ブレードとは渡りも全く違く短い。

 なによりも眼を惹かれたのは、白と黒を対称にした刀身と柄が一体化した形状。

(これが衛宮の近接武装)

 鈴がその武装を詳しく理解できるはずもない。ただの刀身の短い白と黒い剣にしか捉えていないだろう。

 この世界の科学技術で構築された、衛宮士郎のIS『アーチャー』用の近接武装。

 それが、士郎が本来投影して得意とする双剣、干将・莫耶を模倣されている事など当然彼女が知るわけもない。

 僅かに鈴の動きが停まる。そこを士郎は見逃さない。手にした双剣を浴びせにかかる。

 双天牙月を瞬時に絡め受け流し、切り返す白と黒の刃が鈴へと迫り――

 だが甲龍はその追撃を許さない。手にした柄を瞬時に払い、アーチャーの進撃を食い止めていた。

 左右から同時に払いかかる斬撃を――鈴は笑みを浮かべて簡単に弾いてみせる。

 確かに士郎の近接戦闘能力は見事ととるが、彼女が相殺できぬ技量ではない。

 衝撃にアーチャーの体勢が僅かに歪む。そこを今度は逆に鈴が逃しはしなかった。

「ちっ――」

「なめんな!」

 舌打ちする士郎に対し鈴は一喝。

 ぐんと振りかぶった脚が士郎の脇腹に叩き込まれる。息を吐き、打撃に顔を歪ませ――足癖の悪いやつだと歯噛みしながら、迫る穂先を白剣で防いでいた。

 士郎の握る剣に阻まれながらも鈴は体勢を立て直していた。

「そんなちっこい剣で、あたしの双天牙月を止められると思ってんじゃないわよ!」

「なんでさ――凰こそ甘く見るなよ、小さくとも針はのまれぬって言うだろ!」

「知ってるけど知んないわよ!」

「なんでさ――」

 言葉を交わしながらも攻撃の手数は止まず。

 立場は変わり、間合いを詰めるべく烈火の如く鈴が攻め動く。

 肩に走る穂先を流し、返しの切先が迫る眉間を寸で払う。繰り出す一撃の軌道を逸らすために黒剣で受けるが、鈴の方が僅かに巧い。いなしにかかった士郎の腕を真下から絡めるように青龍刀の刃が剣を弾いていた。

「がらあき!」

 質量は確かに相手の武器が上回る。衝撃に剣を握る片手ごと払われた士郎へ追い撃ちをかけるべく鈴が踏み込む。

 胴を薙ぎ払うように迫る刃を――

 甲高い音を立てて、士郎はそれを迎撃する。

「――――」

 驚いたのは鈴だろう。難なく凌ぐ士郎は双剣で防いでみせていたのだから。

 双剣を以って相手の間合いを切り崩そうとする士郎だが、鈴にすればそう簡単に突破させてたまるかと双天牙月で斬り弾く。

 互いの打ち合いは休まることを知らない。

 鋭く鈍い金属音を響かせ激突する二機。

 今まで幾度となく相対してわかるように、やはり白兵戦に関しての士郎の技量には鈴は一目置いている。厄介な上に油断できない。

 思わず息を漏らす彼女ではあるが、困惑を浮かべながらも自身が扱う刃は止まらない。

 二剣を力任せに叩き潰すように――風切り音を立てて双天牙月を振り下ろす。

 だが、士郎はそれを捌きにかかる。刃を黒剣で受け止め、逆の切先を白剣で流す。

「なんなのよコイツ」

 セシリアのブルー・ティアーズのように、中距離射撃型かと思えば近距離格闘を難なくこなす。まるで、距離を選ばない戦闘を得意とするシャルロットを相手にしているかのような錯覚に陥るほどに。

 斬撃を頭上で受け止める士郎は刃を逸らし――

 迫る二刀を鈴は双天牙月で苦もなく弾く――

 アリーナ内には二機の刃が響き合う。

 士郎と鈴による絶え間ない剣戟は激しさを増していく。既に打ち合うのは幾合か。

 鈴が繰り出す双天牙月を士郎は双剣により迎え撃つ。

 間合いを離す事もなく、互いに刃を振るう回転速度はさらに増す。重く、疾く、繰り出すのみ。

 奏でる金属音は無骨なメロディのように。

 

 

「坊主の本領発揮か」

 あの忌々しい赤い弓兵を彷彿とさせる戦い方。ランサーは僅かながらに顔を顰める。

 自身がはじめて相対した時を思い出していたからだ。微妙に苛立たせてくれると彼は漏らす。

 同様に、眉を寄せて視線を向けるのは千冬だ。

 上空の二機を見つめ――士郎の双剣が甲龍に斬りかかるのを見て千冬の表情は険しいものになっていた。

 IS『アーチャー』を駆る衛宮士郎の技量。

 彼女は難しい顔をしたまま、ひとり静かに見入っていた。

 

 

 火花が踊る――

 首を跳ね飛ばさんばかりの勢いで迫る大刃を、彼は短剣を振るい捌いていた。

「こんのっ――」

 僅かに漏れた声音は鈴の口から。だが士郎は聴いてはいない。

 身体を捻り――体重を乗せた二刀を力任せに相手へと叩きつける。

 それを双天牙月の刀身で受ける鈴。白と黒の剣による重い一撃は僅かに彼女の体勢を崩していた。

 勢いに押され、甲龍の腕が沈む。そこへ、死角から繰り出した蹴りを叩き込む。

 しかし、そう簡単に受けて堪るかと鈴の腕部衝撃砲が開き撃ち放つ。見えない一撃に吹き飛ばされ、士郎は間合いを離されていた。

 が――

「しまった――」

 思わず声を漏らしたのは彼女だった。咄嗟に間合いを離した事を後悔する。それと同時に士郎の手には再び量子変換された黒弓が握られていた。

 標的を射抜くべく、士郎の指は矢を番え――彼女が認識した時には既に放たれていた後。

 だが、狙った先は頭上。甲龍ではなく、あらぬ方へ矢を放った相手をいぶかしみながらも――鈴の迷いは一瞬。腕部の龍咆で撃ち込みながら疾っていた。

 士郎の手に握られるのは、やはり白と黒の剣。それを何の迷いも無く向かってくる甲龍へと投擲していた。

「――っ!?」

 鈴は僅かに動きを止める。投げ放たれた剣を防ぐ為に双天牙月を構え直す。と、彼女が更に驚かされたのは士郎の動き。

 空手となっていたはずの両の手に握られる量子変換された双剣をまたも投げ放つ。その数は四対。上下左右、四方向から迫る計八の物理剣。

 本来の投影、干将・莫耶の引き合う性能など持ち合わせていない。文字通りただ『投げる』だけ。だが、足留めには十分だった。

 それを――

 三対の白黒剣を弾き、かわし、斬り伏せて、鈴は四対目の剣を処理しようとし――

 警告音が奏でたのは正面と背面――

「!?」

 それと同時に鈴は背後から衝撃を受けていた。

 背面装甲に刺さるのは二本の矢。一体いつのまにと思案しかけ――先ほど士郎が頭上に放ったものだと瞬時に思い知らされる。

 剣は全て布石。意識を向けさせ、時間を稼ぐだけの些細な手段。

「嵌められたってワケ!?」

 と――

 停まる甲龍はただの的となる。両腕に刺さる四本の矢――何れも、腕部砲門を貫いている。

「――っ」

 再度鳴る警告音に気づき視線を向ければ、双剣を手にしたアーチャーが突進してくるのがわかった。

 ぎりと歯を軋らせ――鈴の双眸には諦めの色は浮かんでいなかった。

 たかが龍咆を撃てなくなった程度で負けが決まったわけではない。格闘戦であれば鈴自身にも分はあるのだから。

「上等ッ! 叩き潰してやるわよっ!」

 双天牙月の柄を強く握りしめ、甲龍もまた疾駆する。

 

 

 初めて士郎を相手に黒星をきった鈴は地面に降り立っていた。

 先に降りていた士郎に視線を向けて見れば、彼は女生徒たちに囲まれていた。それもそうだろう。

 正直に言えば、ISの技術ではパッとしなかった士郎が突然専用機を得た途端に見せた戦闘技術だ。

 今の今まで代表候補生相手に勝ちを奪えた事など一度もなかったのだから。

 更に言えば、模擬戦中に幾度となく繰り出した見事な弓の腕。その一部始終を見ていた生徒たちから歓声が上がらぬはずがない。

「エミヤん凄かったんだねー」

 あははと笑う本音の声。他の生徒からもあれこれ声をかけられてはいるが、士郎自身は困惑している。

 そんな相手に、鈴はモテモテじゃないのと胸中で皮肉を呟いていた。

 すぐに視線を逸らすと、あーあと残念そうに声を漏らす。そんな彼女に歩み寄っていたセシリアが声をかけていた。

「どうでした鈴さん? 衛宮さんのISは」

「んー、まさか、中距離タイプとは思わなかった。弓兵なんて名前だけかと思ったらそーでもないでやんの」

 少しばかり忌々しそうに呟く鈴に、セシリアは無言。

 首を動かして士郎を見れば、彼は千冬となにか言葉を交わしている。離れた自分たちがそれを聴き取れているわけもない。

 じっと見入りながら鈴は言う。

「アイツ、弓の腕はマジかもしんない。セシリア、アンタの射撃技術とどっこいかも」

「それほどまでですの?」

 セシリアの声に鈴はこくりと頷いていた。

 先の模擬戦を思い出し、鈴なりに推察する。お世辞に見ても、士郎の精密な射は見事だと思う。

 残った腕部の龍咆への応射。射返された時も、正確に腕部砲門を狙ってきていた。

「うん、そりゃ今がアレとはじめて戦ったけどさ……」

 言って両肩のスパイクアーマーに視線を向け、イギリス代表候補生にこれを見てみろと指し示す。

「正確に衝撃砲の砲門を射抜くと思う? それもあの動いてる中、寸分違わず両肩よ?」

「…………」

「ついでに言うとアイツの弓……なんか変だった」

「変?」

 いまいちハッキリしない物言いの鈴にセシリアはそう訊き返していた。

「うん、あくまでもあたしが感じた事なんだけどさ? アイツの矢をかわすのって結構難しかったの」

「どういうことですの、難しかったとは?」

 回避運動を見越しての射撃という事だろうかとセシリアは考える。だが、それほどまでに衛宮士郎には技術力があるとは思えなかった。

「セシリアたちは見てたからわかんないと思うけど、とにかく速いのよ。ISの全方位視覚接続のアシストとハイパーセンサーの警告表示があるとはいえ、避けられない。なんて言えばいいのかな……避けるとしたら、相手の眼、指先、軌道……もっと早く先読みしないと駄目みたいな感じ。斬り弾くのがやっとだってのは言い過ぎだけど」

 ごめん、自分でもなに言ってるかわかんないんだけどね、と告げる。

 だが、実際に鈴は理解できていない。あくまでも、彼女が感じた何となくでの範囲でのものだ。

「ま、舐めてかかったのはあたしだけどさ。これ最初ッからフツーにやってたらどうなってたろ……本当になんなのかしら、衛宮のは……あー、くそっ、イライラする。後で問い詰めてやる」

 スナイパーライフルと違い、たかが弓で射抜かれたのだ。衛宮士郎の搭載武装は余程のものなのだろう。

 遊んでないでハナっから挑めばよかった、馬鹿な事したわねと呟き彼女は腰に手を当てていた。

 鈴の話を聴きながら、しかし、セシリアは別の事を考えていた。

(果たして、本当に武装のものだけなのでしょうか……なんでしょう……なにか引っかかるような……)

 なにかパズルのピースが嵌りそうで嵌らない。それが何かもわからないもどかしさを覚えながら、セシリアはひとり思考していた。

 と――

「それとさ――」

 思わずぽつりと呟かれた鈴の声音。それをセシリアは聴き逃さなかった。視線を向け「なんですの?」と問いかける。

 だが、鈴は言葉を続けてはいなかった。ただ、「しまった」と失言に顰めた表情を浮かべはしたが、口を滑らせた以上は観念したのか。周囲を気にしながら――周りには誰もいない事を確かめた上で――話し出す。

 甲龍の腕部指先で器用に頬を掻きながら、気まずそうに鈴は言う。

「あのさ……笑わない?」

「はい?」

 此方に目線を合わせようとはしない相手。

 何を言うのだろうか。無論真面目な顔をしている友人に、セシリアは笑いなどはしない。

「なんですの? 先ほどの模擬戦ですの? それでしたら笑いもしませんわよ」

 セシリアの発言に嘘偽りは無い。

 鈴も士郎も互いに決して手を抜いた様子は見えない。結果では鈴が負けはしたが、双方立派な勝負だったとセシリアは思う。それを笑うほど、自分は人間が出来ていないとは思わなかった――ハズだ。

 それを聴き、意を決したのだろう。鈴は口を開き言葉を紡ぐ。

「んー、あのね、正直言うとあたし、衛宮と戦ってた時……アイツがちょっと怖かった」

「怖い?」

 思わず訊き返したセシリアの声に、鈴は素直にうんと頷く。

 彼女は続ける。

「福音の時もさ、そりゃ怖かったわよ? なにせ軍用スペック搭載のISだもん。それこそ死んじゃうかなと思ったけど……でもね、その時のものとはなんか違かった」

「…………」

「それがなんなのかはわかんないけどさ。ま、私が単純にビビってただけかもしんないけれど……わかんない事ばっか言ってゴメンね」

 そこまで言って、鈴は、あははと笑う。が、セシリアは笑いもしない。ただ無言のまま聴き入っている。

 それをバツが悪く感じたのか、鈴はセシリアの背を――当然、甲龍での加減はしながら、ばしんと叩いていた。

「ちょっ、なにするんですの鈴さん」

「冗談よ冗談。なーに辛気臭い顔してんのって。あたしがそーいう顔すんならまだしも、なんでアンタがそんなマジメ面してんのよ」

「いえ……」

 気楽に言う鈴に対し、セシリアの表情は何処か浮かなかった。

 彼女が口にした言葉を今一度胸中で反芻する。

(怖い……)

 先の一連の試合を思い出す。僅かに見せた『高速切替』のような武装展開。

「…………」

 次はぎったんぎったんに叩きのめしてやるんだからと豪語する鈴の声を聴きながら――

 何処か違和感を覚えながらも、セシリアは自身が思うその疑問の答えを見つける事は出来なかった。




今回の話に関しまして、alutoさんのご協力に感謝いたします。誠にありがとうございます。

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