I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
昼休みに立ち寄った保健室では、キャスターは紅茶を片手に珍しく本を読んでいた。
読み耽る書籍は、IS起動ルールブック。知識を得ている今のキャスターには無用の代物にしか思えなかったが、士郎の視線の意味に気づいたのだろう。彼女は然したる興味も持たずに、ただの暇つぶしよ、としか応えなかった。
そういうものかと士郎も適当に捉え、今日はボトルシップは作っていないんだなと室内に視線を巡らせていた。が、直ぐにその考えは訂正させられる事になる。前に作っていたボトルシップは既に組み立てが終わっていたのだろう。棚に飾られていた。
(早いモンだな……)
ついこの間、作り始めていたばかりだったのにもう完成しているのを見て、余程手先が器用なのか、余程暇だったのか判断に迷うところであろう。
まぁ、そんな事はどうでもいいと思考を切り替え、椅子に座ると士郎は持っていた差し入れを渡していた。
読んでいた本を閉じ、キャスターはテーブルに置かれた紙箱を素直に受け取っていた。中身を見て――さまざまな種類のケーキとプリンに彼女は眉を寄せ、少しばかり困惑する。
それら全てが買ったものではなく、眼の前の少年による手作りだというのが容易に知れた。
「美味しそうね……坊やが作るのは、何と言うか流石ね……女として、打ちひしがれるわ……」
「そうか? 単に趣味の延長みたいなモンだけれど……」
「お菓子まで平気で作れるのを趣味の延長って……」
「良かったら今度教えるぞ? 料理の腕だって上がってるんだから。キャスターだったらお菓子ぐらい簡単に作れると思うし」
その言葉にキャスターは意外そうな顔をする。
「そ、そうかしら?」
「おう。前に桜だって言ってたぞ。キャスターさん頑張ってるって。葛木先生だって、キャスターが作った弁当食べて美味しいって言ってたって藤ねえから聴くし」
「そ、宗一郎さまがっ!?」
その言葉を聴き、キャスターの頬が瞬く間に赤みを帯びる。
天にも昇るとはこの事か、涎を垂らして愉悦に浸るキャスターの顔は、正直言ってだらしがなかった。
自分が作る菓子類を、美味い美味いと口にしながら食す宗一郎を妄想しながら――
「うえへへへ、宗一郎さまが……宗一郎さまが……」
「おい、涎、涎……ま、それは置いといて、最近、布仏も頻繁に来るんだって? 良ければアイツにもやってくれよ。そのために多く作ったんだから」
若干引いている士郎の声。
おっといけないと口元を白衣でごしごしと拭いながら――みっともないぞと士郎に指摘されるが無視――彼女は頷く。
「わかったわよ。本音さんが来たら渡しておくわ。それと、真面目な話。坊やに伝えておくことがあるわ」
緩んだ表情を戻し、サーヴァントの『貌』になるキャスターが少年へ向き直っていた。
変化した相手の雰囲気を感じ、士郎もなんだと身を正す。
「今のところ、此方の魔術基点を『わたし』を軸として発信をしているわ。此方の信号に相手が気づいてくれれば、そこから干渉して繋げる事が出来るの」
「…………」
召喚されてからキャスターなりに調べはしたが、大気にマナは感じられるが、霊脈は感じられなかった。もしかして、場所が悪かったかと首を傾げはしたのだが。
「だけど坊や、これだけは覚悟しておいてちょうだい。思った以上に、わたしの能力に制限がかかっている。あちらに気づいてもらう必要があるの。あんなに偉そうに言って申し訳ないけれど、元の世界に戻るには、わたしだけでは力不足ね……わたしの力では今はこれが限界なの。無論、引き続き他の手も考えるし、何とかするようにはしてみるけれど」
制限がかかっているのは、やはり三騎と契約しているからなのだろう。ただでさえ自分は魔力不足の身なのだから。
時間がかかり悪いわねとキャスターは言う。
「そんなことはないぞ。キャスターには感謝してるんだ」
「桜さんが気づいてくれる事を願うしかないわね。互いの魔力反応さえ捉えられれば問題は解決するわ。こちらからもこじ開けて、ゲートを作れれば」
後はそうねと一言漏らし、少々忌々しそうにキャスターはその美貌を歪めていた。
「宝石翁の弟子……野蛮な猿のお嬢さんの家系に伝わる平行魔法があれば、なお効率がいいのだけれど」
「……平行魔法かぁ」
「ええ。極端な話、時空をこじ開けてもらえれば楽なんだけれど、それにまぁ問題はあるのだけれど」
「えらい簡単な例えだな」
第二魔法「並行世界の運営」――
その言葉を聴いて、士郎はもうひとつ教えられていたものも思い出していた。
キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ――
現存する魔法使いのひとりであり、第二魔法の使い手。
士郎は良くは知らないが、前に遠坂凛が得意になって話していたのを覚えている。遠坂家にとってはその系統を受け継ぐ大師父にあたる人と説明を受けていた。
時間旅行、記録の改竄、事象の改変などもこの魔法に含まれるとかなんとかかんとか……
とにかく、まあ、なんだかスゴイらしい。
整理し、士郎は今一度自分たちの置かれた状況を考える。
ひとつ、キャスターの力を以ってしても、この世界を抜ける事は出来ないらしい。
ふたつ、キャスターの魔力反応を桜ないし凛たちに察してもらわねばならない。そこから互いに干渉させる手がある事。
みっつ、未熟な自分と契約しているため、セイバーはもとよりランサー、キャスターも十分な力は発揮出来ていない。
大まかに分けて三点を彼は改めて認識していた。
「こちらから手出しが出来ない以上はどうする事も出来ないけれど。それと坊や」
言って、キャスターは白衣のポケットから取り出していた物を士郎に手渡していた。
受け取る掌にあるのは、それは宝石のように煌めきを持つ、血のように紅い石だった。親指ほどの大きさの石、数は五個。
「なんだ? コレ」
口で呟きながら視線をキャスターへと向ける。
魔女は苦笑を浮かべながら応えていた。
「前に言ったでしょう? 魔力を篭めたもの。宝石魔術と思ってちょうだい。少しでも坊やの魔力不足を補うものよ。使い方は後で説明するわ」
「わかった。サンキュー」
「まあ、念には念を。あくまでも仮のものよ。それに、そんなものを使うようにならない事を祈ってるわ」
「ああ。でもさ、聖杯戦争の時はこんな風になるとは思いもしなかったけれど、アンタたちだってサーヴァント同士、仲良く出来るモンなんだな」
気楽に笑う士郎に対し……だがキャスターはその表情は一変し、嘲りが浮かんでいた。
何を馬鹿な事をと漏らす魔女に、士郎は瞬時に眉を寄せていた。自分を助けてくれている事に相反すると彼なりに捉えたからだ。どうでもよければ手など貸してくれないはずだ。令呪の束縛があるとはいえ、抵抗する気であればいくらでも抵抗は出来る。
「なんでさ。ランサーもキャスターも、こうして俺を助けてくれるだろ?」
「……わからない子ね」
はあとキャスターは溜息をつく。
「坊や。あなたはやっぱり甘いわね。いい? わたしたちは別に仲良くしているわけではないの。それに、決して仲良くする気はないのよ。わたしたちはサーヴァントである以上、お互いは敵同士なのよ?」
「む……」
「此方としては挑まれない限り何もする気はないわよ。わたしからも手を出すつもりはないけれど。恐らくランサーもそうでしょうね。あんな態度をとってはいようとも、敵は敵と捉えているハズよ。挑まれさえすれば、あの狗はすぐに牙を剥く。坊やのように気心を許した覚えはないわ。セイバーだってそうよ。わたしを良くは思っていないでしょう?」
「それは、そうだけれど……」
キャスターの指摘に士郎は返答に困っていた。確かにその通りではある。
「それに坊や、わたしがあなたにした事、忘れたわけじゃあないでしょう?」
「…………」
「いい? わたしは、あなたのために手を貸しているわけではないの。わたしは、桜さんに頼まれたから手を貸しているだけよ。それに、本来のわたしのマスターは宗一郎さま唯ひとりよ。そこを間違えない事ね」
迂闊に信用するな、気を抜くな、とキャスターは告げる。
だが士郎は、それでも自分が思う事を口にしていた。
「でも、それでも俺はキャスターには感謝してるんだ。そりゃ色々あったのは確かだけれど、こうして助けてくれるんだから」
「坊や、あなたね……」
わかっていない相手に睨み付けるキャスターだが、士郎はぶんぶんと頭を振る。
「いいんだ。キャスターもランサーも思惑はあるだろうけれど……あの時言ったように、それでも俺はふたりに感謝してる。いろいろあったのは確かだけれど、こうして手を貸してくれているのも確かなことだろう?」
それでいいじゃないかと彼は言う。
「…………」
キャスターは無言にならざるを得なかった。ここまで馬鹿な子だとは思いもよらぬところだろう。
ついで、彼女の口からは嘆息が漏れていた。
本当に甘い子だと再認識させられてしまっていた。これ以上何を言っても聴きはしないだろう。
「……まぁいいわ。これ以上は無駄のようね」
諦めたのか、キャスターは立ち上がる。次いで、彼女は思い出しように士郎に問いかけていた。眼の前の少年を考えて、わざと話題を変えるために。
「で、そのセイバーとランサーは最近はどう?」
普段から顔を会わせる士郎とは違い、キャスターは基本、魔術で調べている事と、趣味も兼ねて引きこもりが大体だ。他の二騎の動向を把握しているわけではない。
唯一知る手段は、遊びに来た布仏本音から『そういえば今日、ランランがねー』『アルるんがねー』と話を聴くぐらいでしかない。
「時間がある時は稽古してるよ。もっぱら篠ノ之たちと剣道場だよ。最近は一夏もかな」
「ああ、いつもの事ね。飽きもせずにご苦労なことだわ」
それ以上は興味が無いとし、キャスターは話を続けていた。
「とりあえず、今現在坊やに伝えておく事はそれだけ。後は、坊やのISの方ね。放課後にでも仕上げましょうか」
「わかった。なら授業が終わったら第二整備室に行くよ」
「ええ。こちらも人払いの用意はしておくわ。じゃ、放課後にまたね、坊や」
「ああ」
言って、士郎はキャスターと別れていた。
キャスター自身も気がついているのかいないのか、士郎に手を貸そうとしているその思考が、果たして己の本心からなのかは理解していなかった。
放課後になり、第二整備室に脚を運んだキャスターは、そこでISを弄っている士郎に声をかけていた。
ISスーツ姿で所々が汚れているのも気にせず、作業に没頭していた彼はキャスターの存在にようやく気づき視線を向けていた。
「思ったよりも出来ているものね」
「よく言うな……殆どキャスターのおかげだろ」
じと眼で睨む士郎に対し、キャスターは気にした素振りも見せず妖艶に笑うだけ。
彼女の眼の前には赤銅色のISが立っている。
士郎が弄っているISの正体は他ならない学園の訓練機だ。それに手を加えていただけのもの。
「何を言ってるの。造ったのは坊やよ。私はただサポートしただけ」
腕を組み、キャスターも機体に見入る。本当によくやる子だわと彼女は思う。
額の汗を拭い、スパナ片手に肩をとんとんと叩きながら士郎は機体の背面を覗き込んでいた。
「外装はこんなもんだと思うけれど、中身はさっぱりだからなぁ……一度余計な事して外したから、推進力の調整とかはまだだけどな。こっちの方は全然わからないし……」
彼が弄ったのはあくまでも外部装甲のみ。必要に応じたパーツを新造し装着させていくだけ。
IS本来の推進ユニットコントロールシステムの最適化と効率化、エネルギーバイパスシステム、シールドバリア制御システムの調整などは一切手をつけていない。
それらの類は士郎には全くわからないからだ。
マニュアルを参照しながらシールドエネルギーを調整してみたが、やはり良く分からない。下手に弄って爆発されても困るし、壊れたらそれこそどうしていいかわからないからな、と彼は言う。
使用したさまざまな機材、小型発電機を片付け、士郎は肩部ユニットのシールドはどうしようかと考えていた。
「出力制御と特性把握のデータも必要ね。そこはわたしも手伝うとして……あとはそうね。本音さんにもお願いしようかしら」
「本音? なんでさ」
顎に手をあて思案するキャスターの口から聴こえた名前に士郎は首を傾げていた。
何故にここに布仏本音の名前が出てくるのだろうか。
不思議そうな顔をする士郎を見て、キャスターは呆れたような視線を向けていた。
「坊や、知らないの? 本音さんは機体整備の技術に関してはすごいのよ。一年生にしては確かな腕よ」
「……マジで?」
「……坊や、あなた彼女をどういう風に見ているの? いつも眠たそうな顔をして、動きが遅く、お菓子好きな女の子……としか見ていないのではなくて?」
その指摘に士郎は心の底から驚いていた。まさに自分が思っていた事をキャスターが口にしていたからだ。
「違うのか?」
「違うわよ」
そういう眼で彼女を見ていたのねとキャスターは再度呆れながら溜息をついていた。
そんな事を言われてもと士郎は参ったなと頭を掻いていた。現にそうとしか見えないのだから。
赤銅色のIS――外部の装甲は、全て士郎の投影でのものだ。
唯一、やはりコアは投影できなかった。
それ以外の外部装甲は士郎なりに考えてのもの。機動性に優れたデザインだ。
これといった特徴がなく、他のISと比べてあまりにもシャープすぎるだけの機体。
白式のような多機能武装腕もない。
紅椿のような展開装甲があるはずもない。
甲龍のように肩部と腕部が武装されているわけでもない。
ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの「ガーデン・カーテン」のような防御に秀でるわけでもない。
シュヴァルツェア・レーゲンや、ブルー・ティアーズのような遠距離武装に特化した砲身も一切ない。
内臓火器も外装兵器も何もない。士郎にとっては不要だからだ。
と――
「見事なものだな」
整備室に響いた凛とした声に士郎は振り返る。キャスターはわかっていたのだろう。彼女は視線を向けもしなかった。
第二整備室に現れた千冬は、士郎の横に立つ赤銅の機体に見入っていた。
話半分で聴いていたものはあったが、本当に造るとは思わなかった。
それと同時にこれでいいのかと確認の意味合いも兼ねて彼女は訊ねていた。
「しかし、本当にいいのか? お前には専用機のオファーが来ているんだぞ? 何も訓練機を使う事もあるまい。お前さえ良ければ、話を聴く手配はするが」
千冬の提案に、だが士郎は小さく首を左右に振る。
専用機の話は本来俺には関係のないもの。イレギュラーの自分よりも、それは、もっと受け取る資格のある他の生徒たちに勧めてほしいと断っていた。
実際に、各国関係者が士郎へ接触する話は多い。中には国家だけではない。企業、組織、機関からも申し込みがある。良い話ではないものも多々ある。前に楯無との話で出たように、拘束し研究機関へ引き渡せと協力を示唆するものもあった。
政府の名を出された打診すら、千冬と真耶は頑なに拒否していた。
どんな事であろうとも、彼女たちは人体実験の類は一切認めなかった。それは士郎を人間扱いせずに、束のように解明のための一材料、モルモットとしか見ていない連中が気に入らなかったからだ。
なによりも約束したように、彼女らは士郎に害となるものは全て独断で対処している。
とは言え、政府関係者も一度断られただけで大人しくしているわけでもない。一部には強硬な手段で理不尽にもIS学園を脅迫してくる輩もいる。だが、それらも千冬と真耶は全て相手にはしていなかった。
一部暴走した連中の件は士郎自身の耳には入っていない。どんな話であろうとも、千冬が全て停めており情報が届かないように配慮している。
千冬、真耶以外にこの事に気づいているのはキャスターとランサー、セイバー、それと楯無のみ。
楯無は知っているだけで一切干渉はしていない。
ランサーは、自身にも士郎と同じような話が来ていることに気づいているが、当然彼は興味がない。専用機を提供しますとの話も受けるが、ランサーが首を縦に振ることはない。その点に関してはセイバーも同様だ。
更には、度が過ぎているもの、眼に余るものは流石にキャスターとて大人しくしてはいなかった。何をしたかは彼女は誰にも口外しなかったのだが。一応言っておけば、仮にも士郎に仕えている手前、殺めるような事はしていない。
訓練機とは言え、IS学園に配備されている貴重な機体に違いはない。だがそれでも士郎に提供を許してくれたのは、一番はデータ収集を兼ねてのものが表立った理由だ。
学園独自の士郎専用機へ許可する事にデータ収集と名目があれば問題はなかった。
当初は暗示をかけて強制的に使おうとしたキャスターではあるが、士郎がそれを良しとしなかった。千冬に話をし、無理を通してもらった上でのもの。千冬から学園の事実上の運営責任者、轡木十蔵に話は通してあり十蔵本人からの許可も得ている。
士郎は知りもしなかったが、当初、千冬はISの私物化にいい顔はしなかった。教師の身でありながら、『予測外事態の対処における実質的な指示』を行使できる彼女にすれば当然の反応といえよう。
データ収集という名目で、渋々ではあるが許可するに至りはしたが。それでも他に出た障害に関しては、キャスターが都合よく処理してしまっていた。
それと、半ば脅迫されたものもある。
職員室で千冬とキャスターがISの使用の件で話をしていた時に、いい返事をもらえない事に面倒くささを感じたキャスターが机に出した幾枚の写真。それが状況に変化をもたらす。
織斑千冬の写真――
それも、ただの写真ではなかった。
ネコミミ姿、ISスーツ姿、学園制服姿、ゴシックロリータ、ウエディングドレス、メイド服、ナース、女医、裸エプロン――
ありとあらゆるコスチュームを身に纏った、紛れもない織斑千冬が写っている。
「なんだコレは」
当然、こんなものを撮った覚えがあるはずがない。だが、写っているのは明らかに自分だ。合成などというちゃちなオチではない。
どの写真もノリノリな自分がいた。恥じらいもなくカメラ目線にVサインをしているものまである。
種明かしをすれば、暗示をかけて撮ったものだ。勿論、千冬の意識に覚えはない。
写真を捲れば捲るほど、千冬の指先は震えるばかり。
弟の一夏にすら見せた事のない表情でそれらを見入る千冬にキャスターはぼそりと囁く。これが流出したら大変ね、と。
織斑千冬に熱を上げる生徒たちの手に出回れば、それはそれは大変な事になるだろう。考えたくはないが、二年生の黛薫子の手にでも渡れば事態はさらに厄介な事に悪化する。織斑千冬の意外な素顔と面白おかしく愉快に弄られる事は間違いない。
生徒によっては万札をはたいても手にしようとする輩が出るだろう。
千冬が知る限り、ラウラがその写真の存在を知ればまず間違いなく入手しようと躍起になるはずだ。それこそ金に糸目をつけず行動しようとするのが眼に見える。
こんなもので脅迫する気かと睨みつけてくる相手に――だがキャスターからすれば、いくら『モンド・グロッソ』総合優勝者の織斑千冬であろうとも、それこそたかが一小娘風情としか見ていない。どんなに武術に心得があろうとも、所詮はたかがひとりの人間だ。歯牙にもかけない。
例えこの脅迫を千冬が呑もうが呑むまいが、キャスターにとっては関係なかった。
キャスター自身も、こんなものが交渉の役に立てるとは思っていない。では何故提出したのかと問われれば、たんなる趣味、戯れでのもの。
結果、これがとどめに成ったわけではないが、千冬はISの利用を認めていた。ただその際に、全ての写真ならびにネガを出せと言われたことにキャスターは素直に従っていた。
奪い取った千冬は直ぐに全て燃やしたという。あら勿体無いと告げるキャスターを睨みつけるが、魔女はけろりとしたまま気にもしていない。再三他にはないか、隠していないかと問い詰められはしたが、キャスターはこればかりは嘘偽りなくすべてを差し出していた。
後に士郎はこのやり取りを知ることになる。
「これ、えげつない脅迫だよな?」
呆れるように問いかける士郎に対し、だがキャスターは心外だと顔をする。
そのまま彼女はハッキリと言いのけていた。
「これは取引よ」
坊やもまだまだ甘いわね、もっと大人になりなさいな、とさえ言われる始末だ。わかりたくはないが、そういうものかと適当に士郎は流していたのだが。
そんなことはさておき――
「衛宮、許可したとは言え、使い潰してくれるなよ」
「……はい」
皮肉を交える千冬に、士郎は申し訳無さそうに応えていた。
ランサーとセイバーが駆る打鉄は無茶をしすぎる。それは、無理な負荷がかかってのものだ。
サーヴァントの身体能力にISが追いつけていないのが一番の原因になる。規格外の存在を想定して造られているわけではない。あくまでも、本来の人間が出せる予測されうる限界数値を見越してのもの。想像もつかない――言うなれば人智を遥かに超越したエネルギーを受けたのだから。機体の方が持つはずがない。不具合が出るのは当然だ。
特にランサーに関しては、先日の白式と模擬戦をした際に打鉄に必要以上の負荷をかけ過ぎていた。
結果、外部に問題はなかったが、内部には相当のダメージを受ける事になった。
メンテナンスをした、とある整備科の生徒は悲鳴をあげたという。一体どのように扱えば、これほどまでに動力部を焼きつかせるのか理解できない、一からバラさないと、と。それほどまでに状態は酷かったらしい。
報告を受けた千冬は頭が痛かった。終始額から指は離れず、一緒に聴いていた真耶もただただ乾いた笑いを漏らすしかなかった。
幸いにしてコアにはなんの影響もなかったため極端な話破棄されるという事はなかったが、訓練機とは言えこの世界にある数少ない467のコアのうちの一機だ。簡単に壊されてしまっては眼も当てられない。
ランサーに対し、扱うなとは言わないが、無茶をするなとしか千冬は言えなかった。
それに対してランサーは悪びれる事もなく『へーい』といつものようにお気楽に返答していただけなのだが。
士郎にしてみれば、それらを知っているだけに申し訳ない気分になる。肩身が狭い。
恐縮する相手に千冬は笑みを浮かべていた。
「冗談だ。で? この機体の名はなんと言う?」
名前――
それを聴き、思わず士郎はキャスターと顔を見合わせていた。
そんな事は全く考えていなかった。
キャスターもその美貌をきょとんとさせている。口をへの字にしている彼女はどこか可愛らしかった。
そんなふたりに千冬は呆れた表情のまま口を開く。
「なんだ、決めてもいなかったのか?」
「全然、考えてもいませんでしたよ」
想定外だとばかりにスパナで頭を掻きながら士郎は応える。
別にそのままでもいいしと考えていたのが本音だ。
そんな少年の姿を見て――思わず千冬は、話と全く関係ない事に意識が向けられていた。随分とスパナが似合う男だなと、つい感心していた。これほどまでに工具が似合う輩はそういない。
じっと見入られたことに『なにか?』と首を傾げる士郎だが、千冬はすぐに、なんでもない、気にするなと応えていた。
やれやれとした表情のまま、千冬は今一度、赤銅のISへ視線を向ける。
その表情は、かつての自身が共にした愛機を見るかのような眼差しだ。
「……仮にも、お前の機体になるんだ。言うなれば相棒だ。名前ぐらいつけてやれ」
「…………」
そういうものかと士郎も機体へ視線を向ける。
真耶から教えられたISの特性を思い出す。
互いの対話、一緒に過ごした時間、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとする。
それによって相互的に理解する。ISは道具ではなく、パートナーと認識しろ、と。
キャスターも頷き、眼を細めて笑う。
「そうね。坊やの機体になるんだから、好きなように決めなさいな」
「……わかった」
千冬とキャスターに頷きながら――
頭のどこかではイメージしていた。故に機体の色もそれに近いのだから。
キザで皮肉屋、現実主義者――
何故にその名を思い浮かんだのか、いや、士郎はこれしか思いつかないとその名を呟く。
「アーチャー――」
苦笑を浮かべながら、彼は赤銅のISを見入っていた。