I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
なお、いつもよりかなり短いです。
かりかりと、部屋に無機質な音が響く。
素人が見た限り、何に使われるのかは理解し難い機械の備品が至るところに散りばめられ、蛇のように様々なコード、ケーブルが縦横無尽に這い回る異様な空間。
金属の床には、同じように何かの金属機材が無造作に放置されていた。意味があってそこに置かれているものもあれば、本当に意味もなく散らばっている金属片もある。
音のする箇所を見れば、そこにはリスがいた。ただのリスではない。銀色の機械仕掛けのリスが床に転がっているボルトを音を立てて齧っていた。
一目でこれがまともな生物ではない事がわかる。
木の実のように齧るリスがその動作をやめて一点を見つめる――が、直ぐにボルトに歯を立て、かりかりと分解し構成素材を吸収していく。
椅子に座るひとりの女性。青と白のワンピース、頭には機械のウサギ耳。
暗闇の中、僅かな明かりだけが周囲を照らす。
明かりの源になる空中投影されたディスプレイは七枚。表示されたデータに眼を通し、同じように空中投影のキーボードを叩くのは篠ノ之束。
無言のまま――黙々と、彼女は素早く指を滑らせる。
その表情は普段の彼女とは全く違う。いつもであれば、鼻唄まじりにキーボードを叩き、にへらと笑い楽しみながら作業をしている。
だが、今の彼女は機嫌が悪かった。
寝不足、不健康に淀んだ眼はさらに酷くなっていた。必要であるはずの睡眠はもはや無用になっているほどに。
「…………」
おもしろくない――
自他共に認める『天才』科学者、篠ノ之束。彼女の胸中は、その一言で埋め尽くされていた。
突如として現れた、男の身でありながらISを動かせる二番目の適正者、衛宮士郎のせいで、インパクトが薄れ、織斑一夏が目立たなくなりかけている。
世界で唯一の男性操縦者として注目されていたのに――その彼の隣に立てるように、最愛の妹のためにと手を尽くしたのに。それがほんの僅かではあるが徐々に崩されてきている。
おもしろくない――
次いで、そこにさらに束に追い撃ちをかける事態が起こる。三人目の男性適正者、ランサーの登場だ。
彼女が独自に調べわかり得た限りでは、身体能力は織斑一夏、衛宮士郎を遥かに越えている。
IS技術、操作も群を抜いており、各国専用機持ちたちを凌駕してもいる。
束にとって、取るに足らない各国の候補者のレベルを上回っていようが下回っていようが、些細な事であり関係なかった。
唯一彼女を腹立たせ、気分を害させたのは、束自身が造り上げた絶対な存在、確信を持っていたハイエンドならびにオーバースペック、箒のために与えた最新鋭機、最高傑作、第四世代型IS『紅椿』を圧倒した事。それもたかが一訓練機如きが、だ。
挙句、もうひとりの名も知らない、知る気もない金髪の女生徒にまで同等の実力を見せつけられたことが余計に苛立たせた。
ありえない。
だが、そのありえないことが平気で起きている。
手にしたデータも直視できなかった。これは一体何の冗談だろうと、天才博士、篠ノ之束はデータが示す『事実』を笑いさえもした。
天才の自分に理解できないはずが無い。
にも拘らず――
十全であり、完璧なはずの自分にわからない事が起きている。
偶々ISの操縦技術がすごかった?
馬鹿な。ありえない。自分が造る物は完璧であり十全でなければならない。型落ちの第二世代型訓練機に遅れを取るものなど造っていない。
聴けば、各国がこの第二、第三男性操縦者に接触しようとしているという情報も耳にする。正式な表立っての行動ではなく、あくまでも水面下での他国同士の牽制を兼ねてのものだろう。中には専用機を提供して引き込もうと画策する国があるのも知っている。
だがそれらは、表立ったものであろうがなかろうが、束にとっては不快な話であり迷惑な事でしかない。
そんな事をされては、ますます織斑一夏の立つ瀬が無くなる。衛宮士郎、ランサーの登場で存在が薄くなる。
世界で初めてISを動かせる男性として見られていたのに。
このままでは、IS世界大会『モンド・グロッソ』第一回総合優勝者、織斑千冬の『弟』程度としか見られなくなる。
「…………」
おもしろくない。
どいつもこいつもわたしの邪魔をする――
親友の織斑千冬も自分の意見に賛同してくれないのがつまらなかった。
どうしてちーちゃんはわかってくれないのだろう――
知らずに束は、その瞳に怒りの炎を灯しながらディスプレイを睨みつけていた。
「…………」
無言のまま、彼女はふうと一息つく。
でも、まあいい。
展開していた七枚のうち二枚のディスプレイを閉じ、キーボードを叩いていた指が止まる。
がたりと椅子から立ち上がり――
(もうすぐだから……)
胸中で静かにぽつりと呟き、そこで束は振り返る。
ああ、もうすぐだ。
背後に並ぶ、自身が手がけた幾機もの無人稼働IS。
己のみが持っているISの無人化技術。
物言わず居並ぶ、女性的なシルエットのゴーレムたちに、束は満足そうな視線を向ける。
自身は気がついているのかいないのか、歪んだ狂気に心躍らせ――
悪意を含んだ無邪気な笑みを浮かべながら。
「もうすぐだからね」
もうすぐだから――
邪魔なモノは片づけないと。要らないモノは壊さないと。目障りなモノは潰さないと。
そのためには、面倒ではあるが自分が手を下さないといけない。
箒ちゃんといっくんと、ちーちゃんと楽しく遊べないものね――
早く準備をしないといけない。早く造り終えないといけない。
逸る気持ちを抑えながら。
大丈夫だよ、箒ちゃん、もっともっと強くしてあげるから――
自分の用意した完璧な舞台に、呼んでもいない不要な役者などいらない。
主役を食おうとする脇役など、早々にご退場願わなければならない。
例えその方法が、どのような手段を用いても……だ。
「もうすぐだからね、箒ちゃん……」
はやく、はやく遊ぼうね――
忙しい。コアの製造も急がねばならない。
暗闇の中を蠢くリスたちは、対照に輝く明かりに照らされた主を見るともなしに、ただ黙々と、かりかりと静かに音を立ててボルトを齧るだけ。
愛しい妹の名前を呟き、含んだ笑いがかすかに秘密ラボに響いていた。