I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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「衛宮、寮の部屋だがな……ようやく教員寮の方に空が出来た。今日からそちらに移れ。部屋割りは、ランサーと一緒だ」

 放課後、唐突に千冬に呼ばれると、士郎は部屋の移動を命じられた。

 放られた鍵――おそらく、これが新しい寮部屋のものなのだろう――を受け取り、特に支障もなかった士郎は、素直に『わかりました』と頷いていた。

 だが、うげ、と声を漏らしたのはランサーだった。

 心底嫌そうな顔をして、彼は言う。

「なにが悲しくて、コイツと一緒にならにゃなんねーんだ」

「決まっている。お前を個室にすると、厄介ごとが出まくるからと衛宮が教えてくれている。こちらとしては、当然黙認できん。平気で女生徒を部屋に連れ込まれてもかなわんからな。兄弟仲良く部屋を使え」

「そりゃアレか? 生徒さんじゃなければ、構わねぇってことか? 吊り眼のねーちゃん」

「……学園内の全ての女性に対してだ、と説明されて満足か? 教師に手を出す気かお前は。それと、いい加減にその呼び方をやめろ」

 くだらん事を説明させるな、と千冬はバッサリと切り捨てる。

 対してランサーは、よくも余計な事を言いやがってと士郎を睨むが、向けられた視線を相手は当然無視している。

 そう応えた千冬ではあるが、ランサーならば平気でやりかねんとも危惧している。

 いや、現に教師の何人かにちょっかいをかけているのを知っていたからだ。千冬が知っているだけでも教師は三人。

 榊原菜月、エドワース・フランシィ、それと……山田真耶。

 三人ともランサーとはお茶をする程度の仲ではあるのだが、いずれも嫌がってはおらず、頬を紅めて、満更でもなかったりするのだから手に負えない。特に、榊原菜月に関しては本人がランサーに熱を上げているらしい。

 ちらりと横目で副担任を見てみれば、ひらひらと手を振るランサーに照れた表情を浮かべている。

 溜息ひとつ漏らすと、やれやれと男性陣から視線を外し、次いで千冬はセイバーを見る。

「それとセイバー、お前の部屋もようやく目処がついた。個室ではあるが、同じく教員寮だが我慢しろ」

「ならば――」

「言っておくが!」

 拳を握り嬉々としたセイバーの台詞を遮り、担任教師織斑千冬は、異議を認めぬ強い口調で言葉を重ねていた。

 その眼には、『貴様のくだらない考えはお見通しだ』と滲ませる。

 此方もある意味、ランサーなみに面倒な奴だったという事を思い出しながら――

「衛宮との同室は当然認めん。ランサーとの交換も認めん。わかったな!」

 有無を言わさぬ、織斑千冬裁判長からの一方的な通告。

 その判決に不服そうな被告ふたり。

「へーへー、わかりましたよ」

「くっ……」

 つまらなそうな顔のランサーは口を尖らせ、呻くようにセイバーは頷くしかなかった。

(本当にサーヴァントかこいつらは……)

 変なところが子供っぽい二騎に、士郎は深い溜息を漏らしていた。

「なんだ。またひとり部屋になるのか俺は」

 何気なくぽつりと呟いた一夏。その声に胸中で拳を握るのは三人。箒、シャルロット、セシリアだ。彼女たちにしてみれば、気兼ねなく部屋へ訪れる事が出来ると喜んでのもの。

 ラウラに関しては特に思う事は無かったのだろう。朝に気兼ねなく忍び込めると思うだけかもしれない。現に、一夏と士郎がふたり部屋になって以降も、彼女は早朝一夏のベッドに潜り込んでいた。流石にそれに気づいた士郎は驚きはするが、それが毎日ともなれば驚きは無くなっていく。要するに、慣れてしまっていた。

「人間、慣れると怖いよなぁ」

 果たして、士郎の呟きは誰に対してのものだったか。

 と――

 一夏の声を耳敏く聴き取っていたランサーは、行動早く手を挙げていた。

「おい、一夏の兄ちゃん、俺と部屋交換しねぇか?」

「……アンタ、今、説明されただろ? それと、馴れ馴れしくすんな」 

 舌の根も乾かぬうちに、部屋替えを持ちかけるランサーに一夏は眉を寄せて呆れるしかない。

 当然であり必然、それを目撃したふたりが声を荒げて叫ぶのは同時だった。

『今の今で、何でお前は人の話を聴いていないんだ!?』

 机を叩き立ち上がる士郎と、教卓に出席簿を振り下ろした千冬の声が、一年一組の教室内に響いていた。

 

 

「すまないセシリア、手伝っていただいて」

「構いませんわ、セイバーさん。同郷の者として、これぐらいのこと、お礼を述べられるほどでもございませんわよ」

 そう答えはするが、実際手伝えるものなど何も無かった。

 室内は綺麗に纏まれていた。セシリア自身、千冬とセイバーふたりが使う部屋とはいえ、汚いとは思っていなかった。

 綺麗過ぎるのだ。まるで、毎日毎日部屋を掃除しているかのように。それも隅々まで。

 その事に関して、セシリアはセイバーに『綺麗好きなんですの?』と訊ねたのだが、何故か彼女は言葉を濁すだけできちんとした返答はしなかった。

 首を傾げるセシリアではあったが、特に大した点でもなかったので彼女もそれ以上は追求しなかった。

 セイバーの私物も数えるほどしかない。私服と制服、寝間着、ISに関する教材のみ。化粧品という類を彼女は持っていないのだ。

(同じ年頃の女性らしからぬお部屋ですわね……いくら織斑先生と同室だったとは言え、言い方を悪くしますと、閑散としたものですわ)

 それにしても、とセシリアは室内を見渡していた。

 織斑千冬と同室だったとは言え、時間の差はあるものの、寝食を共にする機会は多かっただろう。よく息が詰まらなかったなと彼女は思う。

 だが、この事に関してセイバーはこう語る。

「千冬と過ごした時間は、色々ありましたが愉しいものです。良ければ一度過ごしてみたらいい」

 この言葉にラウラは是非にと喜び、一夏は勘弁してくれと叫んでいた。

 鈴と箒、シャルロットに関しては身が持たないとセシリアとの同意見だった。

 見るとも無しに室内――普段入る事のない織斑千冬の部屋兼寮長室なのだから、興味は少なからずある――を眺めるセシリア。

 彼女がセイバーの部屋の引越しの手伝いをしているのには理由がある。

 ピットでのあの一件以来、セシリアと士郎の間柄はそのままだ。修繕も悪化もしていない。互いにそれをわかっていながら毎日を接している。

 朝に顔を会わせ、昼を皆とともにし、放課後には別れる。

 唯一変わった事といえば、放課後に士郎とセシリアふたりでの模擬戦は行われなくなった事だ。IS実技での千冬、真耶の指示であれば従うが、それ以外ではふたりがISを交わすことはなかった。

 少なからず、セシリアには、ISに乗る意味を考えさせられていた。考えるといっても士郎の言葉を脳裏に浮かべての程度。

 深く追求するほどではない。ほんの僅かとは言え、気にしていないのかと問われれば、答えは否。

 放課後の一夏たちとの模擬戦時にも言葉が過ぎり思う事はある。だが、雑念にとらわれてISの操作に支障が来たす彼女ではない。思うところはあれど、自身は誇りを持つイギリス代表候補生。眼の前の相手に一切の油断をせずに迎い撃つだけ。

 じっとしているよりは動いていた方が気も紛れる。ISに乗っていれば時間が経つのも忘れるが、彼女とてひとりの人間、年頃の女の子である。

 たまには違う事もしたいと考えるのは決しておかしな事ではない。セイバーの手伝いを買って出たのもそのためだ。

 だがそれは、セシリアに何かしらの考えがあるように、セイバーにもひとつ思うところを持っていた。

 幸いにしてふたりきり。訪ねるには絶好の機会でもあるため、彼女は口を開いていた。

「セシリア」

 名前を呼ばれ――

 気がつけば、セイバーが真っ直ぐに此方を見ていた。相手の声に気づかないほど、自分はぼうっとしていたのだろう。

 少々伺いたいことがあると告げる相手に、なにか、と訊ね返すセシリア。

 セイバーは視線を向けたまま口を開いていた。

「今更言うのもなんですが……セシリア、あなたとシロウの間で何があったのかはわからない」

「…………」

 ストレートに話す方ですわね、とセシリアは胸中で呟きながらも相手の声に耳を傾ける。

「シロウが口にしたもの、どのような是非を論じたのかはわからない。彼の事です。間違った事を口にしてもいるでしょう。ですが、どちらであろうとも、シロウは他人を平気で軽視するような男ではない。どうか、そこはわかっていただきたい」

 それには応えず、セシリアは視線を逸らす。

 無言ではあったが――息をひとつ吐き、セシリアは応えていた。

「随分と、衛宮さんを信頼されてますのね……」

 セシリアの言葉に、セイバーは、はいと応える。

「あなたの思うことに、わたしが口出しする権利はない。だが、これだけは口にさせてほしい。セシリア、何かを悩んでいると言うならば、その悩みはひとりでは背負い込まないでほしい」

「…………」

 沈黙。

 だが、静寂を打ち破ったのは、やはりセシリアだった。セイバーにも訊いておきたい言葉があったからだ。

「セイバーさん……あなたも、わたくしたちがISに乗る事は遊びだと思いますの?」

 その問いかけに、だがセイバーは頭を振る。深い意味は当然彼女はわからない。それだからこそ、今、セイバー自身が思う事を口にしていた。

「セシリア、わたしはその意味を深く捉える事は出来ません。ですが、あなたはあなたの意志で此処に居る。違いますか?」

「……そうですわ」

「偉そうな事は言えませんが、あなたが成し遂げようとする想いであれば、それは決して遊びではないでしょう。少なくとも、わたしはそう思う。それは、胸を張れる事だ」

「…………」

「先も言いましたが、シロウとセシリアの間に何があったかはわからない。それを立ち入って訊いても良いのかはわかりません。わたしが今口にした内容も、的を外れた答えかもしれない。ですがセシリア、これだけはどうか伝えさせてほしい。あなたは、わたしにとって大切な友人だ。悩み迷う姿は見たくない。もし、それがあなたひとりで解決できないものなのであれば、遠慮せず誰かに頼り話すことをお勧めします」

 ひとりで悩む事よりは遥かにいい――

 そう告げてから、セイバーはセシリアの背に向けて頭を垂れる。

「出過ぎた言い方をして申し訳ない」

「いえ、セイバーさんのお心遣い、痛み入りますわ」

 そう答え、くるりと彼女は振り返り――言葉を失う。ここでセシリアはとある事に気がつかされる。

 怒っているのだ。彼女、セイバーが。

 何故――

 もしや今の自分の態度に何か問題が?

 慌ててセシリアは、セイバーに問いかけていた。

「あの……セイバーさん、もしかして怒っていますの?」

「怒っている? おかしな事を言う。わたしが何故、怒るというのですか、セシリア?」

「いや、ですが……」

 現にお顔はおかんむりではございませんか、と叫びかける言葉をなんとか呑み込んでいた

「怒ってなどいませんよ。ただ少々、苛立ちが募るだけです。ええ。何もおかしな事はない。おかしな事はないのです。ええ、ええ、よりにもよって、わたしに頼らず、よもやキャスターに真っ先に話を持ちかけたとは……ええ。私はシロウになど怒っていませんとも。腹立たしい事この上ないだけです」

「それを一般では、怒っていると言うんですのよっ!?」

 聴いてもいないことを口にしているセイバーに対し、セシリアはおろおろとするばかり。

 更には彼女が口にした『キャスター』とはなんだろうかと疑問に思う。家具や台車の底面に取り付けられている移動用部品のことか、アナウンサーのことだろうかと思考する。

 だが、それも時間にすれば僅かな事。

「あ、あの、なにか申し訳ございませんわ……」

 つい思わず謝りの言葉を口にしたセシリアに対し――セイバーの首がぐるんと向けられる。その表情にはニコリとした微笑を浮かべて。

「おやおや、おやおやおやおや……? これはこれは異な事を言いますね、セシリア……あなたが、わたしに謝罪する意味がわからない。どうした事でしょう……わたしには、皆目見当がつきません。申し訳ない」

 正直、笑みを浮かべるセイバーがセシリアは怖かった。

 思わず肩が震えた事を、彼女自身この時ばかりは恥とは思いたくなかった。

「あわわわ……」

「そうですね……思い出したらまた苛立ちが増しました。それにその点に関して私は説明を受けていない。確認も兼ねる意味合いを含めて、シロウとこれから稽古をしましょう……ふふふ、ええ、それは実に名案です。何故にもっと早く思いつかなかったのでしょう……自分自身に呆れてしまいます。そう思いませんか? セシリア?」

「ノ、ノーコメントですわ! は、話を聴く限り、『名案』ではなく『明暗』にしか聴こえませんわー!」

 どうにも話の流れから察するに、衛宮士郎がセイバーに何かをしたのだろう。だが、それが何かは当然セシリアはわからない。眼の前で口元をほころばせた少女が酷く恐ろしかった。

 ただひとつハッキリと理解したものは、これから衛宮士郎の身に不幸が訪れる事が確実だというもの。それと、何故かセシリアにはセイバーが真っ黒く禍々しい鎧を身に纏っているように思えた。当然、実際には鎧など着ていないのだが。

(こ、こちらがわかりませんわー! 衛宮さんは、一体何をしたんですのー!?)

 この場に居ない少年に、セシリアは胸中でそう叫んでいた。

 

 

「えぶしっ――」

 荷造りをしていた士郎は、不意にくしゃみをしていた。

 一際大きな音に、一夏は振り返って声をかける。

「どうした士郎、風邪か?」

「いや、何かとても大切な事を伝え忘れているような気がして」

「? なんだそりゃ?」

 不思議がる相手の声を聴き流しながら、士郎は『はて?』と小首を傾げる。だが、気のせいかと結論付けると荷造りを再開していた。

 一夏から見た士郎の私物は数えるほどの物しかない。制服に私服、寝間着、IS教材程度だ。

 彼は知るはずもあるまい。この男、衛宮士郎がセイバーと同じように必要最低限の私物しか持っていないことを。娯楽品などとは、とんと一切無縁である事が。

 まるで、ボストンバッグ片手で自由気ままにふらりと動ける鈴のような奴だなと一夏は胸中独りごちる。だが、口は別の言葉を吐いていた。

「お前、人生楽しんでるか?」

「? なんだよ藪から棒に」 

 一夏の意味不明な言葉を適当に切り上げ、士郎は荷物を纏めていた。

 

 

「てなわけなの。これが実に面倒くさくて――」

「はあ」

 眼の前のテンションの高い相手についていけず、士郎は紅茶を口にしながら曖昧な返事をしていた。

 やりづらい――

 割り振られた新しい教員寮部屋に荷物を置くと、士郎は夕食までの時間潰しとして、ぶらりと学園内を散策していた。

 途中、相川清香に会うと、ハンドボール部で使うスコアボードが壊れたから直せるかと声をかけられ、ふたつ返事で手早く修理をしていた。

 簡単に直し終えたところへ、今度は布仏本音に暇かと訊ねられ、同じくふたつ返事をしたら腕を掴まれ連れて来られた先が――

(まさかこことは)

 眼の前に座る生徒会長、更識楯無が管理する生徒会室。

 自分を連れ込んだ張本人に視線を向ければ、当の本音は幸せそうにケーキをあむあむと食べている。

「衛宮くん、おかわりはいかが?」

「あ、ごめん。貰えるかな?」

 カップが空になった事に気づいた虚がすぐさま声をかけてくる。

 眼鏡に髪は三つ編み姿の三年生。

 布仏虚――

「いつも妹がお世話になっています。布仏本音の姉で、この生徒会では会計を務めています、布仏虚です」

 簡単に自己紹介する虚は、確かに妹の本音と顔立ちは似ているが、そこはさすが三年生ともあり、お堅い感じのしっかりした女性だ。

 士郎も自己紹介をした際に、虚から本来の学年は同じなのだから普通に呼んでくださいね、とお願いされていた。

「それより驚かされたのは、布仏が生徒会メンバーだとはな」

「あれ? 言ってなかったー? えへへー、生徒会書記の布仏本音は出来る子なのだよー」

 その後ろで何を言ってるのやらと嘆息していた虚は、歩み寄り士郎のカップにお茶を注いでいた。

 丁寧な姿勢が、何処と無くライダーに似てると思わせた。

 何よりも彼女、布仏虚の淹れた紅茶は美味しい。士郎が知る限りでは、ランサーはもとより、アーチャーと互角、もしくは越えているのではと思うほどだ。

「で、士郎くんの役職に関してなんだけれど」

 虚に礼を述べていたところに不意にかけられた楯無の声。

 士郎はその内容に眉を寄せていた。

「待ってくれ更識、俺は生徒会に入るなんて言ってないぞ」

「え?」

「え?」

 しばし無言、だが、先に視線を逸らしたのは楯無だった。

 やれやれと肩を竦めながら。

「仕方がないわよね。ま、いいか。で、士郎くん、第二書記と第二会計、どっちがいい? それなりに希望に添えるようにはするけれど……おねーさんとしては、両方掛け持ちてのが男の子らしくて格好イイと思うんだけれど。あ、副生徒会長のポジションはまだ駄目よ? いきなりはさすがにキツイでしょう? 仕事も少しずつ慣れてからでないとね」

「……お前は、俺の話を聴いてるのか?」

 何食わぬ顔をして、書類に名前を書こうとしている生徒会長に、士郎は慌ててヤメロと制していた。

「おい待てって……だから、こっちの同意なくして話を進めるなよ。勝手に処理するな、馬鹿やめろ」

「馬鹿だなんて、おねーさんは悲しいわ」

「うるさい。とにかく、俺は生徒会に入るかどうかなんて決めてないんだよ」

 えーと声を上げる楯無。じゃあ何で此処に来たのよと責められるが、そんなのは士郎の知った事ではない。

 連れて来たのは布仏本音だ。

 しかし――

「エミヤん、生徒会に入らないのー? たのしいよー?」

 彼女も勝手な事を口にしていた。

「……入らないよ」

「えー、なんでー?」

 何で、と言われても正直困るのが士郎の心境だ。どうして入るということが前提で話が進んでいるのだろうか。

「せっかくお仕事楽出来ると思ったのにー」

「わたしも、楽出来ると思ったのにー」

 本心を漏らし、ぐうたらだらける生徒会長と生徒会書記。

(それが答えか、このふたり……)

 あのな、と言葉を吐く士郎よりも遥かに早く、その表情に怒りを浮かべた虚を見て身なりを正す更識楯無と布仏本音の両二名。

 だが楯無は、ぷくーと頬を膨らませ、いかにも「わたしは怒っています、怒ってますよ。あれ? 怒らせちゃっていいんですか?」と面倒くさそうにアピールしてくる。

 士郎も、極力相手にしたくはないので適当に応えていた。

「なんにせよ、諦めてくれ」

「むー、じゃあ、何処か部活に入らない?」

「部活?」

 気楽に言う楯無ではあるが、正直、部活に入っている暇などはない。

 士郎の心情に気づく事も無く、彼女は言葉を続けていた。

「前の学校では、何か部活に入っていたの?」

「弓道部だったよ」

 それを聴き、へえと楯無は眼を輝かせる。『だった』という言葉を聴き逃さなかった事と、弓という返答に意外だと感じたのが一番の本心だ。剣道か何かをやっていたのかと思っていたからだ。

「弓道部なら、ここにもあるわよ。良かったらどう?」

「……俺さ、弓道部は辞めたんだよ」

 辞めた、という響きに一瞬楯無の表情に陰りが浮かぶ。

「……訊いてもいい? どうして辞めちゃったの?」

 大した事じゃないさと告げると、士郎は自分の肩に手を添えていた。

「怪我してさ、それで辞めたんだ」

 だから、弓道はもうしてないんだと告げる。

「あの、ごめんなさい。無神経な事訊いて……」

「なんでさ。言ったろ? 別に大した事ないぞ」

 人のプライベートに立ち入ったと思ったのだろう。先までの態度とは違い、何処か申し訳無さそうな顔の楯無。

 普段はおふざけが過ぎる彼女でも、こんな切なそうな顔をするのかと士郎は感じていた。

 ゆっくりと口が開かれ、言葉が紡がれた。

「ごめんなさい……お詫びに、生徒会に入らない?」

「なんでさ……馬鹿か、お前は」

 前言撤回。

 この子はやはり駄目な子だった。

「ヒドイわ! また馬鹿って言った! わたしに平気で馬鹿って言うのは、士郎くんぐらいよ! 責任とって! 生徒会入って!」

「そう言うことを口にされても仕方がない相手に、なんて言えばいいんだよ……馬鹿だろう?」

 三連続もヒドイわーと泣き崩れる楯無。当然涙など出ている筈がない。

 虚も扱いに慣れているのだろう。全く相手にしていない。

「お嬢さま、無理強いはいけませんよ?」

「むー」

 虚に窘められた彼女は嘘泣きも意味がないと悟ったのか、それ以上は言ってこなかった。

 どうやら生徒会長様は、生徒会会計の布仏虚には頭が上がらないようだ。

 意外な弱点を眼にしながら、士郎は二杯目の紅茶に口をつけながら楯無へ視線を向けていた。

「それにさ、なんでそんなに、俺なんかに拘るのさ」

「んー」

 そこで楯無は身体を向き直す。ふざけた表情はせず、至極真面目な顔だ。

 彼女自身、衛宮士郎に興味を持つのはその正体。男性でISを動かせる二番目の操縦者、ならびに何かを隠している身なり振る舞い。

 だが、今はそれ以上に思う事がある。それを彼女は口にしていた。

 扇子の柄尻で、とんとんと机上を叩きながら。

「なんて言うのかしら……士郎くん、この学園に入っても、どこか楽しそうには感じないのよね。なんだか距離を置いてるような、壁を作ってるような……ああ、わたしを警戒してるってのとはちがうわよ。それとは別箇。そんな感じかしらね」

「…………」

「おねーさんとしては哀しいわ。学園生徒会長としては、皆に楽しんでもらいたいわけよ。当然、その中のひとりに、士郎くんも入ってるの」

 なるほど。全生徒の事を考えているとは、すべからく立派な志だ、と士郎は思う。

 その顔に貼り付けている三日月の口さえなければな、と胸中で付け足しながら。

 冗談はさておき、として楯無は手持ち無沙汰に扇子を弄る。

「それに、生徒会に入ってほしいってのは本当の話。そりゃ、楽ができるかなーとは思うわよ。士郎くんて、要領良さそうだし。誰でもいいってワケじゃない。人材が不足して困ってるのもあるけれど……ただ、そんなものは置いといて、士郎くんがいれば、なんていうのかしら、楽しそうじゃない」

「…………」

 にかりと、本心から笑う楯無の表情は、見ていて気持ちがいいのは否めなかった。

 生徒会の手伝いなど、穂群原学園の生徒会長、柳洞一成の元で手馴れていたものだ。

 ここで士郎の悪い癖が出る。彼は、他人から頼まれたことに対して基本的に嫌と言わない。言えないのではなく、言わない。

 千冬に相手にするなと忠告されていた事を忘れているわけでもない。

 故に――

「入る事はできないけれど、別に手伝うのは構わないぞ」

 なんて、あっさりとそう応えていたのだから。

 言い方を変えれば、『困っているのならば協力するぞ』と口にしているものだ。

 これは頭の回転がいい楯無に取っては、如何様にも取れる言葉になる。

 案の定、彼女の表情には悪い笑みが張り付いていた。

「ふうん……困っているなら助けてくれるのね?」

 その話し方は、男に二言はないわねと言質を取るためのもの。

 にたりと笑みを浮かべ、双眸には『誤魔化し無しよ』と物語る。

 だが――

「ああ。俺でよければ手伝うぞ」

 自身の発言を撤回するでもなく、弁明するわけでもなく、何の躊躇も煮え切らなさも一切見せず、士郎はただその一言を返すだけ。

「…………」

 さすがに楯無は拍子抜けしていた。これが一夏であれば、面白いようにからかえるのだが。

 眼の前の男子生徒、衛宮士郎は何処か違う気がした。それが何かはわからない。

 ただ、自らを省みないその態度は、楯無の胸のうちの泉にひとつの雫を落とすに十分だった。僅かな波紋は揺らぎ広がる。

「わたしが言うのもなんだけれど、あなた変わってるわね」

「そうか?」

「それが悪いとは言わないけれど、おねーさんからの忠告。そんな事だと、都合よく利用されちゃうわよ?」

「なんだそれ」

「ふふ、なんにせよ、困った時はよろしくね、士郎くん」

「ああ」

 微笑を浮かべる楯無に士郎はこくりと頷いていた。 

 横では、わーいと喜ぶ本音と、理由はどうあれ協力してくれる事に笑みを浮かべている虚。

 和気藹々とした生徒会室。

 ではあるが――

 生徒会室を後にしてから数分後、彼はセイバーに拘束される。

 有無を言わされぬまま剣道場へ運び込まれ――

 そこで、一方的な稽古と称する暴行を受ける事になるのだが、今の彼は当然知るよしもなかった。


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