I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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「おー、お帰り士郎」

「おう……」

 ベッドでくつろぎ雑誌を読む一夏に軽く声をかけ、ふらふらした足取りの士郎は制服をベッドに放ると、己も倒れこむようにぼふとベッドへ身体を預けていた。

 疲労の身体を伸ばせる事が酷く気持ちいい。

 ぼそりと――口を動かし、力なく呟く。

「疲れた……」

「最近帰りが遅いよな。いつもなにしてるんだ?」

 ぺらりとページをめくった雑誌から視線を外し、一夏は隣のベッドを見る。

 当の士郎は相手に背を向けた格好のまま横になり、振り向きもせず声だけで返事をしていた。

「んー? ISの機動性……もっと俊敏に反応する為の訓練……修行……暴行……虐め……」

「おい、何言ってるんだ?」

 後半ぶつぶつと呟く士郎に呆れながら一夏は落ち着けと声を漏らす。

「セイバー相手にしてた……疲れた……身体痛い……」

「この時間までか?」

 こくりと頷き肯定。未だに士郎は振り返っていない。

 それを聴き、一夏は呆れていた。

 正直に言えば、一夏はセイバーとのISでの模擬戦は苦手だ。負けるのが嫌だからという単純な理由ではない。

 圧倒的過ぎるのだ。手合わせする度に、何度も弱い自分を思い知らされる。

「勝敗は?」

「……俺が勝てると思うのか?」

「悪い。全く思わない」

 彼女は強い。

 一夏から見ても、技量が足りない自分にとって、セイバーから学ぶものは数多くある。

 誰かを護るために力を得るためにセイバーの強さには憧れがある。

 だが、同時に壁も感じる。感じはするが、自分のためだという気概で一夏は無謀とわかりつつも乗り越えようとしている。

 弱さを見せつけられるが、そこで諦め、楽をしたいという妥協はない。

 士郎に対しても、自分と同じようにIS技術向上のため、セイバーを相手にしているのはわかっている。

 実際に、一夏は士郎のIS操作は上がっていると感じている。それは、代表候補生には遥かに劣るが、自身もうかうかしていられないという対抗心を持たせるほどに。

 よくやるな、と逆に羨望する。

 その反面、あのセイバーとよく続けられるなとも思っていた。自分にしてみれば、実姉の千冬を相手にしているようなものだ。身が持たない。

 一夏はセイバーと手合わせした時の事を思い出していた。

 互いにブレード一本の武装。機体状態は同じ。違いは専用機と訓練機。第二世代と第四世代。旧型と新型。

 接近戦での雪片弐型で斬り合った時と、零落白夜を起動させた時とのセイバーの動きが全く別なものだったのを思い返す。

 エネルギー刃を一切身に触れさせまいとする攻勢は正に鬼神の如く。

「唯一無二の一撃でも、当たらなければ意味はありません」

 雪片の柄や握る腕を巧に払われ、捌かれ、何も出来ずに逆に倒されていた。

「…………」

 負けた姿を思い出し、こっちも沈む空気になるなと胸中で呟くと、話を変えるため、一夏は別の事を訊いていた。

「なあ、士郎」

「んあ」

 相変わらず、士郎は背を向けている。

 思わず一夏は手にした雑誌を投げつけようとしていた。いい加減にこっちを見ろよと告げながら。

「鈴があの時言ってたけれどさ、その、セシリアとは本当に大丈夫なのか?」

「…………」

「セシリアって、結構言い方キツイからな。今は丸くなったんだけれどさ。これでも最初は酷かったんだぞ。俺なんて、あいつと初めて会った時に――」

 一夏が何か口にして話をしているが、士郎はその声を聴いてはいない

 セシリアとの一件に関しては、セイバーにも追求されている。あの日屋上でみんなと昼食を摂ったその夜に白い眼で問い詰められた。

 事実、意見の展開の食い違いである。別に取っ組み合いの殴り合いをしたわけではない。

 セイバーに再度意見の食い違いだからとは説明をしていた。それ以上は何も言っては来なかったが、彼女の眼は納得をしていなかったのを覚えている。

 昼食時に敢えて訊かなかったのにと、はっきりと説明してくれない事に関しての鬱憤もかねて、ISの模擬戦という名に託けて士郎に対して憂さを晴らしてもいたりするのだが。その時のセイバーは口元をニタリと笑わせていたりもしていた。

 話し終えていた一夏に対して、士郎はセイバーに話した同じ内容を口にする。

「……だからさ、互いの意見の食い違いだって。殴り合った喧嘩に見えるか?」

「いや、そうは思わないけどさ。確かに、あいつと普通に話をしてるのは見るけど」

「だろ? それにもう終わってるぞ。オルコットだって何も言ってないだろ?」

「ま、そうだよな」

 頷く一夏はそれ以上何も言ってこなかった。

「…………」

 士郎が口にした内容の一部は嘘だ。実際は、士郎とセシリアの仲はあの時以降並行が続いている。だが、仲が悪いままではない。普通に話をして接してはいる。

 ふたりは、どこか距離を置いて話をしている。

 いつまで気にしているのと告げられたキャスターの言葉が酷くわかる。

(引っ張りすぎている……俺ってこんなヤツだったかな……)

 ひとりぶつぶつ考え始め、直ぐにやめる。これではまた元に戻ってしまう。

 頭を切り替えるために――今度は士郎が気になっていた事を口にしていた。

「一夏……」

「なんだ?」

「お前の方こそ、何かあったのか?」

「……何って?」

 極々普通に言葉を返してくる相手に――そこで士郎はようやくして振り向いていた。

 じっと相手の顔を見て――

「あの日の昼休み、教室でのお前……何か変だったぞ? いや、よく考えれば、その前ぐらいから何処かおかしいような気がしたんだ」

「…………」

 無言のまま、だが一夏は笑みを浮かべる。手にしていた雑誌をひらひらとさせながら。 

「特に何もないぞ。それこそ、おまえと同じだよ」

「…………」

 しばしの静寂。だが、視線はどちらからでもなく逸らしていた。

「そうか」

「ああ」

 それ以上、ふたりの会話は続かなかった。

「…………」

 無言のまま士郎は考える。

 一夏は何かを抱えている。だが、それが何かはわからない。

 できる事であれば、士郎は一夏に協力してやりたかった。しかし、同様に自分にも考える事がある。

 参ったなと胸中で呟きながら、士郎は身体を背けていた。

 

 

 剣道場でのあの一件以来、一夏とランサーの仲は宜しくなかった。正確には、ランサーは全く意識しておらず、一夏が一方的に嫌っているだけなのだが。

 セシリアたちも最初は一夏と同じようにランサーに対して距離を置いてはいたが、箒自身が全く気にしていない事、なおかつ自分自身の未熟さを知るいい機会だったとさえ捉えている。

 なによりもとを正せば、箒から勝負事を持ち込んだ話がそもそもの原因だ。確かに一方的ではあったとしても、それをランサーが責められるのは筋違いでもある。

 クラス内でのランサーの評価は概ね高い。あの一件以来、寧ろ上がったとさえ言える。

 だが、すべからく、学園の者――皆が皆、友好的というわけではない。中にはランサーを快く思わない者も無論いる。

 「男のクセに」「容赦の無い男」「野蛮な男」――

 暴言等が浴びせられるが、あたり前のようにランサーがそんなものを気にするわけが無かった。

 そんな連中がいる事などはさて置き、箒自身は変わらず、時間があればランサーに手合わせを度々頼み出る程だ。

 ランサーと箒の間のわだかまりが無くなり良好なものになった点に関しては、一夏自身も大いに納得してはいる。してはいるのだが、彼は割り切れないところは未だ割り切れていなかった。良く言えば頭が固い。悪く言えばガキなのだという一言に尽きる。

 例えるならば、衛宮士郎と赤い弓兵の英霊エミヤとの間柄だろうか。

 そんな一夏の態度が、事の発端を起こした箒の頭を悩ませる種になるとは皮肉なものだ。

「その……一夏。心配してくれたのは嬉しいが、いい加減、ランサーと仲直りしてもらえないか?」

「箒、俺は別に喧嘩してるわけじゃないぞ?」

 夕食時、箒が何気なくそう話しかけた途端に一夏の機嫌は悪くなる。

 不貞腐れる相手に、箒は溜息を漏らさずをえなかった。

 極力丁寧に言葉をかけてもこの有様だ。

「……私は気にしていないんだ。だから、私のせいでお前が気に病む事などなにもないんだ。だから、頼むから――」

「単に俺が気に入らないだけだ。いいだろそれで」

「…………」

 自分のせいで、一夏の態度が刺々しくなるのがいたたまれなかった。皆の前ではこんな姿は見せていない。自分との会話の中で見せる姿。

 負い目を感じる箒だが、これ以上話をしても心情に変化が無いのが心苦しい。

 自分ではどうする事も出来なく、内密でと話をし千冬に相談した箒だったが、担任からの返答は「ガキなんだ放っておけ。気にするな」と素っ気無いものだった。

 同じように内密を前提に、友人たちに相談しても返答は似たようなものだった。

「一夏の気持ちは解らなくは無いけどさ、これは、アンタが気にするような事じゃないんじゃないの?」とは鈴の談。

「酷な言い方で申し訳ありませんが、時間が経てば解決する場合もあります。今は放っておいた方が懸命だと思いますわ」とはセシリアのもの。

「ランサーに対してお前が気にしていないのならば問題はあるまい。嫁の事は嫁自身の問題だ」とはラウラの弁。

「んー、僕も皆と同じ意見かな。箒が納得しているのならこの話は終わりだし。なにより聴いている限りでは、一夏のものとは話は別だしね」

 最後の頼みの綱のシャルロットも返答は同じものだった。友人たちの意見は皆『放っておけ』の一言だ。

 私のせいでこうなったのだからと漏らすが、皆次に返す言葉も同じだった。

 それとこれとは話は別だと突っ撥ねられる。一夏は一夏の問題であって、お前の問題ではない。それこそ、またお前とランサーの間がおかしくなったらどうするんだ、とも諭された。

 せめて、お前が如何こうするのではなく、此方に任せろとの意見に対し、箒は頑なに拒否していた。

 心配するのは解るが放っておけとは言われた手前、箒はそれでも自分自身が何とかしたいと考えあぐねる。だが、どうしていいかはわからなくなっていた。

 食事も終え、此方の話を打ち切りひとり足早に自室に戻ってしまった一夏に対し、果たして自分は如何すれば良いのかと、箒は途方に暮れていた。

 

 

 深夜、うっすらと灯りが点る食堂内の片隅に箒はひとり座っていた。

 ソファーに座り、自動販売機で買ったはいいが、一口も飲まないままの缶のお茶は既に温くなっていた。

「なんだ? 篠ノ之の嬢ちゃん、ひとりでこんな時間に」

「――?」

 かけられた声音に対し、力無く顔を上げた箒は相手の名前を呟いていた。

「ランサー」

「おうよ。どうしたよ、ひとりで」

「どうしたんだ、こんな時間に」

「おいおい、そりゃこっちの台詞だってーの」

 質問を質問で返す相手にランサーは苦笑を浮かべる。

「……私は、ちょっと考え事をしていてな……」

 手にした缶を無意味に弄び――やはり飲もうとはせず、箒は続け言う。

「そちらは?」

「あー、俺は飲みモンでもな……つい今し方まで、道場でセイバーと一戦交えててな。いやー、久々に中々愉しめたトコだ」

 剣道場で人払いのルーンを施してのもの。

 誰にも邪魔されず、気兼ねなく戦えた。無論、互いに宝具を封じたサーヴァントの全力での勝負である。

 久しく全力を出せる機会などなかったのだから。

 決着はつかなかったが、セイバーもランサーも全力を出せた事に関しては満足している。

 小銭を入れ、缶コーヒーを選び彼。

「…………」

 セイバーとランサーの組み手か、と箒は胸中で呟いていた。ふたりのやり取りは是が非でも興味がある。これは勿体無い事をしたなと考えていた。

 ランサーもそれを察したのか、適当に切り返す。

「そんなに面白くはねーぞ? 俺とセイバーの一戦なんざ見ても」

 頭を振り箒は言う。

「そんな事はない。私にとっては興味深い。次は是非、立ち合わせてほしい」

「ま、かまわねぇけどよ」

 コーヒーを一口含み――

「んで? そっちは? 心此処に非ずって感じだぜ、嬢ちゃん?」

「…………」

 食えない男だなと漏らし、箒は改めてランサーに視線を向けていた。

 思考し――彼女は頷いていた。

「……少し、話を聴いてもらえないだろうか」

「?」

 隣に座るように促すと、彼女は事の経緯をぽつりぽつりと話し始めていた。

 

 

 箒から説明を受け、話の内容にランサーは頭をがしがしと掻いていた。

「正直、私はどうすればいいのかがわらない。ランサーにこんな話をしても迷惑かと思うかもしれないがな……」

「…………」

「基を正せば、私のせいで一夏はあなたに対して無礼な態度をとっているのが、な……」

「篠ノ之の嬢ちゃんが気にする事じゃねーと思うがなぁ、俺ぁ」

「皆もそう言うがな……その、皆の意見はわかるんだ。わかってはいるんだが、同じように、私としては、それこそ一夏には私の事など、気にしてほしくないんだ」

「ふむ……」

 ランサーは顎に手を触れさせながら考える。

 気に入らない相手と仲良くしろとは中々無理な話だ。ランサー自身は一夏の事は嫌ってなどいない。見ていて危なっかしい所もあるが面白い奴だという認識だ。

 問題は相手の一夏の方だろうと考察する。嫌う相手と仲良くなどする気が無いだろう。

 例えるならば、ランサー自身が赤い外套を羽織る弓兵と仲良くしろと言われた場合、全力を持って拒否するだろう。

 気に入らない、いけ好かない、馬が合わない相手とは、片方だけがどうこうしようとも巧く合いはしないのだから。

 いずれこの世界から消える身の自分にしてみれば、放っておけば良いのにと思うのがランサーの正直な本音だ。

 実を言えば、箒が口にしたこの話は既にランサーは知り得ていた。遠回しに千冬、鈴、セシリア、ラウラ、シャルロットたちから、各々タイミングは違えどそれとなく話をされていた。皆、それなりに一夏とそれに対する箒を心配しているからだ。

 とはいえ――

 眼の前で神妙な顔をして、自分のせいだと本人に告げて悩む箒の姿を見た以上は、流石にランサーとて御節介を焼かざるをえなかった。

 律儀な嬢ちゃんだと内心漏らしながら、彼は口を開いていた。

「なら……そうだな。如何転ぶかはわからんが、俺に任せられるか?」

「…………」

 僅かばかり期待が篭る双眸で箒はランサーを見る。

 その視線に苦笑を浮かべながら彼は続けていた。

「言っとくが、改善に期待するなよ。より悪化するかもしれんしな。ただ、お前が気にするような事にはしないようにする。なるべくな」

「…………」

「どうだ?」

 じっと見入る箒は一瞬眼を伏せていた。

「……できれば好転する事を望むのだがな」

「さあなぁ……こればかりはなんとも言えんさ。最悪、あの兄ちゃんから、俺だけ嫌われてればいいさ」

「……それは私が困る」

 他に方法が思いつかない箒は改めてランサーに向き直り、宜しく頼むと頭を下げる。

 それに対しランサーは、なるたけ善処してみるさ、と笑いながら応えていた。


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