I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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「ラ、ランサー……さん、良かったら……その……私たちとお昼を一緒にしないか?」

「?」

 昼休みに入るなり、背後から声をかけられたランサーは首越しに振り返っていた。

 黒髪の少女――勇気を振り絞った少女然とした箒がそこに居る。

 上目遣いで、どこか此方の様子をうかがっている。おどおどとした態度は、とても先日啖呵を切った同一人物とは思えなかった。

「…………」

 ランサーの視線は、少女からその後ろへと動いていた。

 箒から少し離れた後ろに立っている一夏は、此方に目線を合わせようとはしなかった。

 それに気づき――ランサーは口の端を吊り上げていた。笑みを浮かべながら、少女へ視線を戻し彼は言う。

「いや、せっかくのお誘いのところ悪ィがな、俺は遠慮しとくぜ」

「そ、そうか……い、いや、いいんだ。無理に誘って申しわけない」

 その返答に、どこかしゅんとし、箒は肩を落としていた。

「悪いな。先約があってな。また次にでも誘ってくれや。そん時は是非ご一緒させてもらうぜ。それと、さん付けはいらねーぞ、ランサーでいいぜ、篠ノ之の嬢ちゃん」

「……わ、わかった!」

 かけられた言葉に、落ち込んでいたと思ったら瞬時に顔を輝かせる。わかりやすい相手の反応にランサーは苦笑していた。

(わかりやすい。不器用な嬢ちゃんだ)

 と――

 弁当を持った士郎がふたりの合間に割って入る。

「ふたりともごめん、話の途中邪魔するぞ。ランサー、これ」

「お、悪いな」

「あと、悪いんだけれどこれ葛木先生に届けてくれ」

 ふたつの包みを受け取り――

 箒の手前、口にしている葛木の名に、ランサーはあいよと答え頷いていた。

「いつもご苦労なこった」

「労ってくれるのなら、ランサーが代わりに作ってくれていいんだぞ?」

「お前の得意の持ち場を奪う気は、俺にはねーよ」

「言ってろ」

 さっさと行けと手で払うと、ランサーはケラケラ笑い離れていく。そのまま本音を呼びかけ歩み寄る。

「布仏の嬢ちゃん、どうだ俺と飯でも」

「いいよー、あ、ランラン今日もお弁当なんだねー、ランランのお弁当美味しいから私好きー」

 本音の口から紡がれた言葉から察するに、ランサーの弁当にたかる気満々である。

「じゃー、食堂行こうー」

「ああ、その前に届け物な。ちょいと保健室に寄るぞ」

「保健室ー?」

 見ればランサーの手に持つ弁当の包みはふたつ。その答えを瞬時に理解した本音は両袖を頭上に掲げていた。

「なら葛木先生も誘ってー、行こー!」

「……魔女殿も誘うだと?」

 ランサーの頭には想像の欠片すらないその提案。

 喜んでいる本音を誘った手前、無下には出来ず、考えもしなかった展開にクランの猛犬は頭を抱えていた。

 教室を出て行くふたりを見て、何をやってるんだかと胸中で言葉を漏らした士郎は向き直る。

「悪いな、篠ノ之、邪魔して」

「何、気にするな。私は全然気にしないぞ」

 どこか機嫌がいい箒は去っていく。首を傾げる士郎だったが、入れ違うかのように視界に映る一夏の機嫌はどこか悪かった。

「一夏?」

 此方の視線に気づいたのか、一夏の表情は緩和していた。彼は口を開き言う。

「士郎、俺たちも食おうぜ」

 同時――

 脇をそそくさと通り、ひとり教室を出ようとするセシリアの手をセイバーが掴んでいた。

「セシリア、我々も行きましょう」

『え?』

 思わずふたりが声を漏らす。ふたりとは、当然、士郎とセシリアだ。

 士郎にしてみれば、渡す物をセイバーに渡し、自分は何処かひとりで食べようとしていた。

 セシリアもまた、ひとりで何処かで食べようとしか考えていなかった。

 そうこうしていると、鈴も捕まえセイバーは箒と一緒に教室を出ようとしている。断ろうとした時には一夏はラウラとシャルロットも誘い廊下へと出ていた。

 こちらが同意していると思われている。

『…………』

 無言のまま、教室に残される士郎とセシリア。

 ここで誰かに声をかけられれば、口実としてそちらに付いて行けもするのだが、何もない。

 クラスの連中も、士郎とセシリアも一夏たちと一緒にお昼を取るのだろうと都合よくそう解釈しているのだから。

 此方から声をかけるのも何か不自然に感じられるかもしれない、とふたりは勝手に思い込んでいた。

 昨日の今日ともなれば、互いは意識してしまう。だからと言って、無視し合っているという事はなかった。

 朝から互いに一言も無いというわけはなく、会話は交わしている。必要最低限のものにはなるのだが。

「……俺たちも行こうか」

「……そうですわね」

 気まずい――

(セイバーさん、今日この日ほど、あなたを恨む事はございませんわよ)

 セシリアは内心でセイバーに恨み節をぶつけ――

(一夏、悪いけれど俺は今お前を恨むぞ)

 暢気に友人たちと会話をしている一夏に士郎は睨み――

 ギクシャクした空気のまま、ふたりもついていくしかなかった。

 さて――

 世の中とは無情である。人間、運が無い時は、つくづく運が無くなるものだ。

 不運が続き、不幸に見舞われる。

 気まずい――

 今、まさにその状況を――士郎とセシリアは同じ言葉を再度胸中で呟いていた。

『…………』 

 隣同士でちょこんと座っているのだから――

 空は澄みきった青い空。だが士郎とセシリアの心はどんよりとした曇り空である。

 その席になる経緯では出遅れた事もあったのだが、思わず全員わかっていて、敢えて嵌められているのかと在らぬ疑いさえ持っていたりするのだが。

 馬鹿な考えは置いておき、周囲は無論、和やかだ。

 楽しそうに談笑してる連中を尻目に、ふたりは気づかれないように息を吐いていた。

 自然を装い、セイバーに『何か飲み物でも買ってくるよ』と言って席を外そうとしたが、無理だった。

 これをどうぞと士郎の分として差し出されたお茶のペットボトルに、何で今日に限って用意がいいんだよと思わず叫びかけていた。

「…………」

 胸中で溜息ひとつ。

 腐っても仕方が無い。自分もこれ以上セシリアといざこざを悪化させるつもりは毛頭無い。出来る事なら仲は修繕したいと考えている。

 セシリアにとっても、士郎に対して思うところはそのままだ。決して彼を許したわけではない。だがそうは言っても彼女こそ士郎との仲を今以上に悪くする気は無い。面と向かって悪態をつくつもりもない。

 結局のところ――

 ふたりは互いに思うところはあれど、士郎とセシリアは極々自然に振舞っていた。

 用意していた昼食をセシリアは取り出す。

 士郎も弁当を取り出しながら、何気に一夏へ視線を向けていた。

 教室で見た表情は欠片もなく、極々普通のいつもの一夏だ。

 果て、先ほどの表情はなんだったのかと考えるが、態々聞くのも気が引けたので口にしていない。

「士郎もかなり食べるんだね……」

「ん?」

 かけられた声に顔を向ければ、シャルロットが少々驚いた表情を浮かべて此方を見ていた。

 彼女の目線の先に気づき、士郎は軽く苦笑を浮かべる。

 彼が手にしていた包みは結構な大きさと高さがある。鈴もまたその量を見て声を出す。

「アンタも昼にそんなに食べんの?」

「なんでさ。こっちは違うよ。これは皆の分だよ」

「皆の?」

 訊き返す箒に頷くと、みっつあるタッパー容器のうち、手元に通常サイズを残し、残りのふたつを中央に置き、蓋を開ける。

 エビフライ、ハンバーグ、玉子焼き、から揚げ、金平牛蒡、ホウレン草の胡麻和え等々……中には一口サイズのおにぎりまであった。

 色とりどりのおかずが並ぶ。

「つい……作りすぎた。気がついたらこうなってた」

「作りすぎたってアンタ……」

 限度があるでしょう――

 思わず見入る鈴はぽつりと呟く。だが士郎は実際に作りすぎてしまったので他には何も言えなかった。

 正直に言えば、つい、どころではない。ちょっとしたピクニックに家族ぐるみで出かけた際に持ち合うぐらいの量が広がっている。

 何故こうなったかと言えば、早朝に調理していた際に昨日のピットでの事を考えていたからに他ならない。いつもの人数分の弁当は作り終えていたのに、気がつけば余計なものまでこしらえていたのだから。無駄に出来上がった量に士郎は朝から頭を悩ませていた。

 ついでに言えば、これでも量は減らした方だ。厨房を使わせてくれているおば様方に御裾分けしてもいたりする。無論、味の方は好評を頂いているのは言うまでもない。

「美味しそうだな」

 じっと見入るラウラに士郎は遠慮しないで食べてくれと告げていた。

「いいのか?」

 眼を輝かせる相手に士郎は軽く頷く。

「構わないぞ。残すのも勿体無いから是非食べてほしい」

 そういう事ならと、箒も鈴もシャルロットも各々箸とフォークを伸ばしていた。

「これはすごいな」

「美味しそう」

 素直な賛辞を口にする。

「勝手に摘まんでくれ。皆で食べた方が楽しいしな」

「シロウ、私も頂きます」

 当然のように箸を伸ばすセイバーに、だが士郎は手で制していた。

「なんでさ。セイバー、お前は自分のがあるだろう」

「こ、このハンバーグはわたしのお弁当には入っていません!」

「……二切れだけだぞ」

 ズルイですと口を尖らせるセイバーにやれやれと息を漏らし、許可していた。

 自分が作るから揚げとはまた違う風味に箒は舌を巻く。

「美味いな……」

「そうでしょう。士郎の作る御飯はすばらしい」

 何故か、自分が作ったわけでも無いのに、ふふんとセイバーは胸を張る。

「このハンバーグも美味いぞ」

「ああ、ほら。ラウラ、口についてるよ」

 はむはむとほうばるラウラの口元をシャルロットはハンカチで拭う。

「美味いな。俺も作るけど、士郎のは確かに美味いぞこれ」

 もぐもぐと口を動かす一夏は、どういう風に作るんだと訊ねていた。それに対してこれはと士郎は応えている。

 料理の話に花を咲かせる男子ふたりに、箒と鈴、シャルロットの三人は、どこか女性として負けたと肩を落としていた。

 と――

 先からひとり口をつけていなかったセシリアに、鈴は言う。

「セシリアも貰ったら? アンタ食べてないじゃない。悔しいけど、衛宮のは本当に美味しいわよ」

 アンタも女として、私たちと同じ悔しさを味わいなさい、とさえ漏らす。

「え?」

 セシリアは小さく呟き、士郎の指は僅かにぴくりと動く。

 互いの逡巡は刹那、それを悟られないように先に動いたのは士郎だった。

「よかったら、オルコットも食べてくれ。口に合うかどうかは勘弁な」

「……そうですわね、せっかくですから頂きますわ」

 玉子焼きを一切れ摘まみ、口へと運び――咀嚼し、広がる風味に確かに彼女は頷いていた。

「美味しいですわ」

「それは良かった」

「……おにぎりも頂きますわね」

 傍から見れば、極々普通だ。なにもおかしなところはない。

 だが――

 言葉を交わしたふたりを見て、もぐもぐと、から揚げをほうばる鈴は言う。

「なにアンタたち、喧嘩でもしてんの?」

『――!?』

 ハッキリと告げる鈴に対し、士郎とセシリアは同時に胸中で叫んでいた

(何で凰は、的確な事を言い当てるんだ――!?)

(何で鈴さんは、的確な事を言い当てますの――!?)

「?」

 鈴は二人に対し小首を傾げている。特にこれといったものがあって口にしたわけではない。意味も無く、見たものから何気に素直に口にしただけでしかないのだが。

 今この場において、その指摘にふたりは焦る。更には、どう反論するかを考えあぐねる士郎とセシリアよりも遥かに速く反応したのは箒とセイバーだった。

 箒は先日自身がランサーといざこざを起こした事を思い出してのもの。

 セイバーは、自分の主が誰かと仲違いをしている事に驚いてのものだ。

「セシリア、衛宮と喧嘩してるのか?」

「シロウ、セシリアとなにかあったのですか? あ、鈴! 待って頂きたい。そのエビフライは私が狙っていたものです」

「ふふん、早い者勝ちよ!」

「待てってふたりとも。こっちにもあるんだから……なんでそれを狙ってんだよ! 大きさ同じだろ!?」

 一夏の仲裁を無視し、鈴とセイバーは食事に戻るが、箒は此方に顔を向けたまま。

 やはり、余計なところに飛び火した――

 士郎とセシリアは同時に胸中で叫んでいた。

 『はい、喧嘩というか、気に入らないものがあったんです』などとこの場で言えるわけが無い。

 故に口を開いたのは士郎だ。

「……喧嘩ってほどじゃないけれど、意見の食い違いかな。俺の考えを押し付けただけ、それでちょっとな」

 それを聴き、そうなのかと箒は視線をセシリアに向ける。

 もぐもぐと口を動かすセイバーも視線だけは士郎へと向けている。

 セシリアも士郎の言葉に胸中で『助かりましてよ』と礼を述べ頷いていた。

「ええ、少々思うところがありまして」

「…………」

 しばらくふたりに視線を向けていた箒だが、そうかと答え言葉を続ける。

「理由は訊かんが、見た限りではそう深いものでもないような気がする。なんにせよ、仲違いは早期に修復できるものはした方がいいぞ」

 現に自分がそうだったのだからと箒は告げる。

「……そうだな」

「……そうですわね」

 弁当を摘まみながら談笑する連中の声を耳にしながら――

 顔を会わせはしなかったが、心から純粋に、ふたりはそう呟いていた。

 

 

 放課後になり、士郎は保健室へ脚を運ばせていた。

 保健室に来るたびに、士郎が見る限りではキャスターは仕事はしていない。

 お菓子片手に本音と話をしているか、お手製の服の裁縫をしているか、趣味の模型作りをしている姿の三種類しか見ていない。

 キャスターの模型作りの腕前は一部生徒には好評だった。つい数日前には、とある女子生徒に作ってほしいと頼まれたロボットアニメの模型まで組み立てていた。細部まで見事に処理し、色合いも一から作って彩色したのだとキャスターは口にしていた。この淡いグラデーションを出すには結構コツがあるのよと、ご丁寧に説明されたが、士郎には良く解らない内容だった。

 ちなみに、依頼したその生徒は出来栄えに大変喜んでいたという。

「何にせよ、保健医の仕事しろよ」

 士郎の指摘にキャスターは反論する。

 彼女曰く、日頃――日中はきちんと仕事をしているらしい。

 生徒が何事もなく怪我や体調を崩さなければ、それはいいことではないのか、そう言われれば反論は出来ない。怪我人病人が頻繁に担ぎ込まれれば、それは確かに問題でもある。

 キャスターは他科目の指導も難なくこなす。とある教師が病欠した時に代理として彼女が教壇に立つ事があった。その教科に思い入れも親しみもあったわけではない。単に、教科書に載っている内容通りの事を教えればいいのだろうと、その程度にしか捉えていなかった。

「良ければ、私が教えましょうか?」

 職員室で、偶々耳に入った話にキャスターはそう応えていた。

 暇だったから、というのが一番の理由でもある。

 二、三、言葉を交わし、教材を受け取ると、紫のスーツの上に白衣姿のままのキャスターは、指定のクラスへと向かったのだった。

 正直に言えば、職員室で話をした教師は不安であっただろう。何せ得意とする分野が違うのだから。

 だが事実、キャスターの教え方は巧かった。

 策略の才に秀で、元々奸計が得意なためか、解りやすく例えを混ぜての授業は概ね好評だったらしい。

 その噂を聴き、以降、特に支障が舞い限りは、彼女が教壇に立つ姿はちょくちょく見られる事があった。

 受けが良く、評判がいいとの話も聴く。

 とは言え、怪我人や病人が出た場合は、本来の業務の保健医を優先していた。

「珍しいわね。坊やがひとりで来るなんて」

「…………」

 キャスターの声に応えは返さず、士郎の視線は室内の棚へと向けられていた。

 棚にはボトルシップの数が増えている。

 中には日本酒の瓶の中に作られているものもあった。いずれも、彼女自身が手がけた作品だ。

 現に椅子に座るキャスターは新しいボトルシップの製作に着手していた。

 机には多種の部品。

 細かすぎる数の部品を見て、パッと見だけでも高度な製作技術が必要だというのが否応無しに思い知らされる。

 実際見ていれば、ピンセット片手に瓶の中で組み立てている精密作業は、傍から見て確かにすごいと賞賛を送らざるをえない。

 なのだが――

 棚にある数種のボトルシップに再度視線を向けて、疲れたように士郎は口を開いていた。

「……どれも似たようなもんだよなぁ」

 こだわりがある製作者には禁句の言葉。

 案の定、その言葉がカチンと来たのか、キャスターはギロリと士郎に視線を向けていた。

 双眸に宿る怒り。知りもしないで適当な事を言うなと物語る。

「これは分解タイプの船よ。坊やが見てるそっちは引き起こしタイプの船。一緒にしないでちょうだい」

 此方の方がより難しいのよ、全く、これだから素人は、と吐き捨て作業に集中する。

 彼女が言うには、ある程度まで作った部分を瓶の中で組み立てていく物と、最初から瓶の中で組み立てていく物があるらしい。瓶の底を切り出来た船を入れて底を再接着する方法もあるという。それぞれ製作手順が違うとの説明もされた。

 機嫌を損ねたキャスターに士郎は素直に謝罪していた。

 しかし、喋りながら組み立てているキャスターを見て、集中しなくて大丈夫なのだろうかと首を捻っていたのだが。

「それで、本題は何?」

 区切りのいいところまで作り終えたキャスターは一息つくため立ち上がっていた。

 離れた場所にあるテーブルへ招き、椅子に士郎を座らせる。

「どうしたのよ坊や、随分と浮かない顔してるわよ」

「……クラスの子とさ、ちょっと話をして……喧嘩ってものではないけれど……あ、これは相手はそうとってるのかな? 結果的には俺が相手の神経逆撫でしてさ」

「なにをしてるのよ。それで相談?」

 気まずそうに言葉を吐いた相手に、キャスターは肩を竦めていた。

「何を言ったの? 坊やが相手を怒らせるなんて、余程の事だと思うけれど?」

「……実は」

 自分が前から思っていた、ISの銃に対する考えと機体に搭載されている絶対防御、それとISに乗る覚悟について口論したと士郎は伝えた。

 話を聴き終えたキャスターは開口一番『馬鹿ね』と告げる。

 彼女は心底呆れていた。

「馬鹿じゃないの。それに、気にするなら最初から言わなければいいのよ」

「まあ……な」

「過剰反応しすぎよ、坊や」

 席を立ち、キャスターはカップを手に取り、茶葉を入れポットの湯を注ぐ。

「…………」

「坊や、私たちの目的は何? 極端に言えば、この世界の事は、本来私たちには関係のないものなのよ」

 こと、と音を立て紅茶を注がれたカップが差し出されていた。

「アーチャーやランサーのような味は期待しないでちょうだい。美味しく淹れる知識も作法も私にはないのだから」

 言って、キャスターも自分のカップを持ち対面の席に座っていた。

 紅茶で唇を湿らせると、カップをテーブルに置き口を開く。

「いい坊や、良く考えなさい。私たちの一番の目的は、坊やを元の世界に戻す事。ランサーからも言われたとは思うけれど、その合間は坊やもこの世界を楽しみなさい。でもね、捨て置けとまでは言わないけれど、此方が深く関わる事でも無いのよ? この世界の事は放っておきなさいな。絶対防御に関しても、坊やの言い分もわからなくはないわよ。でもね、その説明だと、世の中全てが矛盾になるわ。犬を飼っている人間に、坊やはその犬は噛み付くかもしれないから怪我をして危険ですよ、飼うのはやめた方がいいですよ、と言ってるようなものよ」

「…………」

「お馬鹿な坊やでも、私が言っている事はわかるでしょう? 程々の線引きはしなさいな。面倒事に突っ込むのは御免よ」

「……わかってる」

 聴いているのかいないのか、静かに……その一言を士郎は呟く。

 釘を刺した忠告ではあるが、眼の前の少年は返答はしていても恐らく己の考え、思うがままに進むだろう。

 容易に想像がつくキャスターはひとつ溜息をつく。浅はかなマスターをフォローするのはサーヴァントの役目だ。

「なんていう子なの? 坊やのクラスの子? 私が暗示をかけておくわよ」

「……いや、いい」

 そこで初めて士郎はハッキリと反応を示していた。

「そう? 手っ取り早いわよ? 後腐れも無いし」

「いや、これは俺が口にした事だから、俺が何とかするよ。ここでキャスターの力を借りたら、それはそれで何か違うと思うから」

 青臭い子ねとキャスターは呟いていた。

「あらそう。なら好きにしなさいな」

 言って、この話はこれで終わりと断ち切りたかったが、お節介ついでにキャスターは続けていた。

「方法はあるの? どうしたいのよ坊やは」

「……わからない」

「お節介を焼きたいの?」

「どうだろう。なにをしたいのかはわからないな。いい方法もないし」

 困惑する士郎に対し、だがキャスターは笑みを浮かべていた。

「なくはないわよ。坊やの得意なやり方があるじゃない」

「?」

「相手が絶対防御を信じているのは別として、要は坊やは心配なんでしょう? その危険性を教えたいんでしょう?」

「キャスター、俺は別に、威したいとか手荒な事をしたいとか言うわけじゃないぞ。それに、俺の一個人の考えを無理矢理押し付けたくもないんだ」

 昨日のピットでの出来事を思い出す。

 士郎はキャスターが何か勝手な事をするのかと捉え抑制するが、彼女はわかっているわよと応える。まあ聴きなさいと続けていた。

「わからせるには、当然ISしかないわよね。でも、そのためには、坊やは普通のISの武装では無理よね。なにせ、手馴れていないんですもの。坊やの得意の武器ではないんですものね」 

 と――

 回りくどい言い回し。

 そこまで言われて、士郎は気がついていた。キャスターが何を言いたいのかを。

 だが、それには根本的な問題がある。もしキャスターがそれらを含めた上で考えている発言だとしたら――

「待ってくれキャスター……お前……それは、いや、それ以前に、一体何処から持ってくる気だ?」

 士郎の返答に、キャスターはいまいち納得のいかない回答と捉えたのだろう。

 故に彼女は笑みを浮かべると、紅茶を一口含んでいた。

 あら、決まっているじゃない、と前置きし――

「坊やらしくない答えね。他所から持って来れないのなら、いっそ造ればいいじゃない」

 ニヤリとキャスターは意地悪く笑う。

 ギリシャ神話の『裏切りの魔女』の名に相応しく、妖艶で――だが、その笑みを浮かべた彼女の顔は、とても綺麗で美しかった。


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