I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
四機のISが、放課後の第二アリーナ内を駆け巡っていた。
二対二の模擬戦――
とある二機は空を翔け、とある二機は地を駆ける。
地上を疾るは黒と濃紺。ラウラが駆るシュヴァルツェア・レーゲンと、士郎が駆るラファール・リヴァイヴだ。
「どうした? ただ逃げ回るだけか?」
砲弾が飛び交い、爆煙を切り裂き飛び出すのは士郎。纏うラファール・リヴァイヴはところどころが既に損傷している。
言ってくれる――
士郎は苦笑を浮かべながら、粉塵が巻きおこる中をとにかく駆け抜ける。その左右には着弾し爆風がおこっていた。
ハイパーセンサーで互いに姿を捕らえながら――
重く、鈍いリボルバーの回転音が鳴り、レールカノンに次弾が装填されたのが、喧しく鳴り響く警告表示で知らされる。照準も此方に合わせているだろう。
だが、先に動いたのは士郎。展開したアサルトライフルで黒い機体に狙いを定める。
「足留めのつもりか? そんなもので私のシュヴァルツェア・レーゲンは止められんぞ」
たかがライフル如きで、とラウラの眼は笑う。
言われなくてもわかっている。
それに、何も必殺を狙うわけではない。
ハイパーセンサーから此方をロックされた警告音が鳴り――瞬時に士郎は撃ち放つ。
銃声は三回。
シュヴァルツェア・レーゲンの肩のレールカノンに着弾し――それで、士郎の目的は終わる。
ラファール・リヴァイヴを狙った砲弾は軌道が逸れ、あらぬ方へと落下する。
結果は成功したが、本来狙った箇所には当たらなかった。弓と違い銃はやはり思うようにはいかないなと士郎は胸中でひとりごちていた。
射撃に関しては真耶の指導のおかげで標的になんとか当てられるようになってはいたが、一朝一夕で銃の技術が向上するわけもない。
なによりその手に銃を握っても、弓で矢を射る感覚を強く意識してしまう。
「こいつ――」
僅かに砲身をずらし、砲撃をやり過ごされた事にラウラは驚く。早々容易く狙って出来る事ではない。しかも、IS乗りの時間が浅い相手ならなおさらだ。
と――当の士郎は既にラファール・リヴァイヴを疾らせていた。
停まるわけには行かない。射撃に関しては、士郎は無駄とわかりつつもライフルで牽制しながら間合いを取っていた。
シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されている、アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、通称AIC。慣性停止能力。それを彼は一番危惧していた。実弾兵器さえほぼ無効化する事が出来、任意に相手の動きを止められるという技能。士郎から見れば、そんなふざけた特殊兵装に捕まるわけにはいかなかった。
オープンチャネルからラウラの声が流れる。
「驚かせる。最初の頃と比べて持つようにはなったな。特にこそこそ逃げ回るのは巧いようだ。感心するぞ」
「そりゃどうも」
黒の機体からの皮肉な賛辞。対して士郎は素直に礼を述べながらも駆け抜ける。
何度も繰り返しもすれば、相手の兵装の特徴もわかる。わかってはいても反撃に転じる事はできていないのだが。
とはいえ――
確かに、逃げ回っていてもどうにもならない。此方に決定打となる遠距離武装は無い。
(やってみるか――)
胸中で小さく呟き、覚悟を決める。
着弾し、巻きおこる粉塵を掻い潜り、アサルトライフルで射撃したまま士郎はシュヴァルツェア・レーゲンに向かって機体を疾らせる。
今の今まで逃げに徹していた相手が唐突に攻めに回った事にラウラは眉を寄せていた。
ハイパーセンサーで確認する士郎の眼、何度も見た、諦めの色が一切ない双眸。
(無策ではない、ということか――だが)
向かってくるならば迎え撃つだけ。猪突であろうがなかろうが、停止結界で動きを捕縛してしまえばいい。
先から此方に撃ってくる弾丸は当たりもしない。下手な射撃だと彼女は嘲笑う。
僅かに動くラウラの左腕。士郎はそれを見逃さない。
AICの拘束にも対処するため、射撃を怠らず、転進し、急停止と急加速を織り交ぜ――とにかく彼はラウラの意識を撹乱させる。
射撃武器で牽制しながら――左手には量子変換した近接ブレードを握る。
「ちっ――」
ルーキーのクセにと、誰に教えられたのかは知らないが面倒な技量を覚えた相手にラウラは舌打ちする。
間合いを詰めてくる士郎に、AICでの対処を諦め、瞬時にワイヤーブレードを展開する。
刹那――
その変化を見極めたラファール・リヴァイヴは懐に潜り込むため、一気に加速する。
性能では圧倒的に専用機に劣る訓練機ではあるが、牽制を混ぜ込みながらであれば射程範囲に潜り込むには難しくは無い。無論犠牲を考慮した上で、ただで済むとは思っていない。
射撃していたライフルを――まだ弾数が残っているそれを何の迷いもなくラウラ目掛けて投擲していた。
「――!」
唐突の行動に、AICを展開するか切り払うか一瞬逡巡するラウラだが――僅かに遅い。ライフルを弾いた横合いから士郎は力任せにブレードで斬りかかっていた。
斬撃――
二撃叩き込むと同時、機体の体重を乗せた蹴りまで叩き込む。
踏鞴を踏み、体勢を立て直すラウラだが、士郎の姿はそこには無い。
彼の駆るラファール・リヴァイヴは、ラウラが眼帯で覆う左真横へと滑り込んでいた。
AICの束縛から逃げるようにちょこまかと動く士郎に対し、ラウラは当然歯噛みする。
集中させる暇を与えず、士郎は踏み込む。それに対し、ラウラの両手首に装着したパーツからプラズマ刃が展開された。
「調子に乗るな――ルーキー!」
プラズマ手刀で迎撃するラウラ。
士郎は量子変換したもう一本のブレードを右手に展開させる。そのまま――二刀で黒の機体に斬りかかる。
「ちっ――」
ラウラもまた展開したプラズマ刃で迫る刃を斬り払う。
士郎の繰り出す剣戟は、片手で握っているにも関わらず、受ける衝撃にラウラは違和感を覚えていた。
(なんだコイツ――接近戦に慣れているというのか!)
右手のプラズマ刃を物理シールドで容易く弾き、左手のプラズマ刃を握るブレードで難なくいなす。
少々予想外の相手の力量に眉を寄せるラウラではあるが、それも一瞬の事。ワイヤーブレードを駆使し、目標を無力化するべく襲いかかる。
八つに増えた刃を――接近戦を繰り広げながらも冷静に見極め士郎は防ぎ斬り払っていた。
士郎の一番の目的は、ラウラにAICを展開をさせないことだ。
こちらを認識させる暇を与えず、一気に接近戦で勝負をかけるしかない。そのために彼は腕の軌道を誤魔化すために。ブレードでの線と点を混ぜて攻める。次いでとばかりに脚技による蹴りまで混ぜもする。さらにはレールカノンがあるため間合いを離されるわけにもいかない。
だが、ラウラとてAICを封じられたからといって格闘戦が劣るわけではない。
事実、彼女はAICの展開を考えていない。両手のプラズマ刃とワイヤーブレードで事足りるからだ。
士郎の繰り出すブレードをラウラはプラズマ手刀で斬り払い――逆にラウラの操るワイヤーブレードを士郎はブレードで捌ききる。
しかし、どう見ても攻撃の手数が多いのはラウラだ。
士郎は両手に持つ二本のブレードのみ。対するラウラは両手のプラズマ刃に加え六つのワイヤーブレードがある。
四枚の物理シールドがあるとはいえ、捌ききれない、斬り払えない攻撃を士郎はその身に受け始める。同時に、シールドエネルギーの残量も減り始めた。
が――
無理無謀を承知の上で、士郎はラウラに喰らいついていた。
上空を翔けるは橙と黒。シャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡとセイバーの打鉄だ。
一合、二合、三合と斬り結び――互いは間合いを取り空中で停止する。
ハイパーセンサーで眼下の交戦状態を確認しながら、近接ブレード、ブレッド・スライサーを構えたシャルロットはふうと一息漏らし言う。
「いいの? 助けに行かなくて? 言っちゃなんだけれど、士郎じゃラウラには勝てないよ?」
士郎を馬鹿にするつもりは無いが、所詮は訓練機のラファール・リヴァイヴだ。専用機のシュヴァルツェア・レーゲンでは分が悪い。
だが、セイバーは小さく頭を振るだけ。
「不要です。私はシロウを信じている」
言って――
「シャルロットこそいいのですか? ラウラを助けに行かなくても――言っておきますが、シロウを甘く見ないほうがいい。油断をしていると思わぬ怪我を負いますよ?」
ブレードを両手で握り、打鉄を纏うセイバーは身構える。
それは安い挑発だ。
しかし、シャルロットは逆に口元に笑みを浮かべていた。
「随分と彼を買っているんだね。でも、それこそ愚問だよ。君が士郎を信じているように、僕もラウラを信じている。なにより――」
ブレードが消え、『高速切替』――シャルロットの手にはアサルトカノンとマシンガンが握られる。
「仮にも僕らは代表候補生だよ。慢心は無いけれど、油断もしないよ! それに、流石に負けっぱなしじゃ気がすまないんだ。今日こそは勝つよ。ラウラのフォローは必要ないだろうけれど、敢えて言うなら君を倒してからだよセイバー!」
「いきます」
ブレードを構え、セイバーは翔ける。
『高速切替』により、ばら撒かれる銃弾を斬り捨て、物理シールドで弾き直進する。
セイバーの近接ブレードを――シャルロットもまた自身の持つ近接ブレードに切り替え受け止める。
ぶつかり合い、鈍い金属音が上がり火花が散る。
セイバーの動きは、さながら『蝶のように舞い、蜂のように刺す』攻勢。
しかし、シャルロットは相手が蜂は蜂でも可愛い蜜蜂程度なら良かったのにと苦笑する。
一撃必殺――
(さながら、猛毒を持つスズメ蜂だね――)
斬り払った腕とは逆の手にはアサルトライフルが呼び出されている。シャルロットは迷わず撃ち放つ。
その距離を、セイバーは身を捻り銃弾をかわしていた。
瞬時に間合いを離したシャルロットの両手にはマシンガンが握られている。
こちらに向かい翔けるセイバーに、そのまま銃弾の豪雨を浴びせていた
だが――
なにより場は空中。弾丸を避けるには、四方八方至るところへ逃げられる。
雨の銃弾をかわして見せるや否や、瞬時にシャルロットヘ打って出る。
「はあっ――!」
気合一閃――
『高速切替』さえ掻い潜り、瞬時に真横から斬りつけられる。
歯噛みしながらシャルロットはブレードで受け流し――斬り合っているところへ不意をつく近接射撃に切り替える。
が、刹那にセイバーは斬り払いと物理シールドで弾いていた。
ミラージュ・デ・デザートすら容易に防ぐ相手にシャルロットは呻いていた。
まるで此方の攻撃リズムを把握しているかのようにいなされる。
此方の攻撃は面白いぐらいに当たらないのに、向こうの攻撃はものの見事に当ててくる。
当事者のシャルロットにとっては、一体これはなんなのさと笑いたくもなっていた。
何せ、ブレード一本とは言え、終始気が抜けない。油断をすれば、あっという間に墜とされるのだから。
だがそれは、逆に言えばシャルロット自身も、セイバーを相手に感覚が研ぎ澄まされている事になるのだが、本人は気づいてはいない。セイバーとの戦闘は己自身を少なからず成長させている。
それはさておき――
シャルロット自身が得意とする戦闘スタイルは崩せない。
「これなら!」
思わず熱くなり、彼女は斬り合っていたところに『高速切替』で近接射撃を行っていた。
が、打鉄は瞬く間にシャルロットの背後へと回り込んでいる。
「――っ」
ハイパーセンサーの警告音に舌打ちし、背後からの一閃を左のシールド腕部で受け止める。殺せない衝撃を身に受けながら、そのまま、シャルロットの右手に呼び出していたレイン・オブ・サタディを撃ち放つ。
だが――
至近距離から叩き込んだ六連射も当たらなかった。セイバーは素早く間合いを離していた。
ショットガンの連射すら掠りもしないことに彼女は呆れるしかない。
「少しぐらいは食らってくれてもバチは当たらないんだけれどね!」
叫ぶシャルロット。セイバーは一気に間合いを詰めるため加速する。
射撃武器で牽制するが、標的を捕らえる事は出来ない。
容易に掻い潜り、間合いへ入られ――身を捻り振り込まれた一撃を、シャルロットは盾で受け止める。
「くっ――」
パワーが違いすぎる。
似たような体躯、相手は訓練機の打鉄なのに、どうして此処まで一撃が重いのか。
それでも彼女はなんとか流して間合いを離そうとするのだが、セイバーがそれを許さない。相手は二撃目の体勢に入っていた。
逃げられない――
顔を顰めながらシャルロットはブレードでセイバーの剣戟を受け止めていた。鈍い衝撃が腕に伝わる。
やはり重すぎる。
セイバーが繰り出す一撃一撃は酷く重すぎる。受け止めきれず、シャルロットのバランスは徐々に崩されていった。
二撃、三撃と受けてはいるが、衝撃に身が持たない。間合いを離して逃げるしかない。
本当に、一体何処にそんな力があるのかと驚かされながら――
僅かな隙、反応が遅れたその一瞬をセイバーは見逃さなかった。
一際高い金属音とともに、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのシールドエネルギーと装甲が抉られる。
「まずい――」
更なるダメージを受けまいと盾をかざし剣戟を受け止める。瞬間、死角から構えていたアサルトライフルで打鉄を撃つが、その弾丸は断たれていた。
「全く! 本当にやっかいだね!」
シャルロットは逃げるように急後退し上昇する。その際に銃弾の雨を撒くのは忘れない。
懐に潜り込まれるのはまずい。間合いを取らなければ――
打鉄に射撃しながら無理やり距離を取る。だが、セイバーは逃がさない。
振り向きざまにマシンガンを放つが、それらは物理シールドで弾かれ、またはブレードで尽く払われる。
距離を選ばない戦いを得意とするシャルロットではあるが、これほどまでに、自分が得意とする戦域を潰されるとは思わなかった。
と――
紫電一閃。
真横に追いついたセイバーはシャルロットの左腕に一刀を叩き込んでいた。
その斬撃はシールド腕部を断ち、裏側に隠していたグレー・スケールまで半ばから切断していた。
盾の装甲ごと使えなくなった唯一の切り札を彼女は咄嗟に外し捨てる。
瞬時に機体を立て直し、ブレードとアサルトライフルで迎え撃とうとするが――
それよりも速く、僅かに隙を見せた合間に、シャルロットは更なる二撃をその身に受けていた。
シールド残量ゼロ。此処にシャルロットの負けが確定する。
そのまま――シャルロットに振り返らず、セイバーは眼下のラウラに向かって翔け出していた。
「やっぱり強いわねセイバーは。衛宮は相手が悪いわよ。ラウラ相手じゃ勝負になんないでしょ」
「残念な結果ではあったがな。動きはまだまだ無駄があるように見えるが、接近戦はマシになったように思える。射撃に関してはどうにも苦手のようだな」
観客席で模擬戦を見入る鈴と箒。
会話を交わす視線の先では、シュヴァルツェア・レーゲンと打鉄が斬り合っている。
ただひとり浮かない顔をしているのはセシリアだ。
彼女の視線は箒たちとは違い、二機のISを捉えてはいなかった。離れた場所で、シールド残量ゼロになり活動不能となった、膝をついたラファール・リヴァイブに向けられていた。
「あたしも近接戦闘でセイバーぐらいに動ければなぁ」
「ああ。参考になる部分はある。あの思い切りは見習うべきでもあるな」
「……それ以前に、ああまで動ければ、だけどね」
違いないと笑う箒に、やれやれと肩を竦める鈴だったが――不意に、先から無言のセシリアに視線を向けていた。
「セシリア、どうかしたの?」
その言葉にセシリアはハッとする。箒もどうかしたかと視線を向けていた。
ふたりの視線に手を振りながら彼女は言う。
「いえ、なんでもありませんわ。私も、セイバーさんは相変わらずだなと思って」
直ぐに視線を逸らし、セシリアは何事も無かったかのように振舞っていた。
ピットに戻り、汗にまみれた顔をタオルで拭いながら、腰を下ろしていた士郎は先ほどの模擬戦を思い出していた。
結果から見れば、二対二の模擬戦は勝ちはしたが、個人的には惨敗だった。
ラウラ相手に決定的な攻めも出来なかった。
ISに関しては、まだまだ問題はあるなと士郎は胸中で呟いていた。
と――
スライドドアが音を立てて開く。視線を向けた先にはセシリアが立っていた。
「衛宮さん、おつかれさまでした」
言って、彼女はスポーツドリンクを差し出してきた。
素直に礼を述べ、受け取る士郎は口にする。
「少々気になる事がありますの。よろしいかしら?」
「なんだろ?」
渇いた喉を潤わせ、士郎は相手に視線を向けて訊き返していた。
セシリアはひとつ頷くと口を開いていた。
「衛宮さん、あなたは何故、ライフルを使いませんの?」
「…………」
ぴくりと士郎の眉が動いていた。
セシリアは相手の反応に気づいた事もなく続けて言う。
「先ほどのラウラさんを相手に模擬戦をされていた際に、あなたにとっては、いくらでも撃つタイミングはありましてよ? いえ、確かに撃ってはいますけれど、それもタイミングが何処かおかしいですわ。態と、狙いを逸らすかのように撃たれてません?」
「……見てるもんなんだな」
正直に、士郎はセシリアの洞察力に感心していた。
「こう見えても私、射撃は得意でしてよ?」
ご存知ありませんでしたか、と敢えて彼女はおどけた言葉を口にする。
得意というレベルじゃないだろう、専門分野じゃないかと士郎は言いかけたがやめておいた。
「衛宮さん、確かにあなたは少しずつではありますが上達はしてますわよ。先の近接戦闘は粗削りではありますけれど、ラウラさんを相手に私からは見事としか言えませんわ。ですが、射撃出来るタイミングに関しては、些か妙でしたわ」
「…………」
「何か思うところがありますの? 私でよければ相談に乗りますけれど」
セシリアが言うように、士郎のライフル射撃は少々思うところがある。それは、狙う箇所をあくまでも牽制、または、相手の武装へのみ。つまりは人体部分へは狙っていなかった。
大した事ではない。
士郎にしてみれば、それは大した事ではないのだが、彼は自分だけの考えではなく、他人の意見も聴いてみたかったものがあった。
それ故に、セシリアに問いかけていた。
「……ちょっと俺の話に付き合ってもらっていいかな? あまりいい話じゃないと思うんだけれどさ」
「なんでしょう」
一度言葉を切ると、士郎は息を吐き、セシリアに向き直っていた。
相手の眼を見据え、そのまま続ける。
「なあ、オルコット……お前はさ、怖くはないのかな?」
「どういう意味ですの?」
士郎の言葉にセシリアは眉を寄せていた。
思案するように視線を一度下げ、士郎は再度相手の顔を見る。
「人に向かって銃を撃つ事だよ。怖くはないのかなって」
「怖く?」
彼は一体何を言っているのだろうか――?
セシリアは士郎の言葉を理解できていなかった。
「お待ちになって、衛宮さん。まさか、あなた、そんな事を気にして……撃てないと言うんですの?」
「おかしいかな?」
「おかしいもなにも、当然でしてよ?」
呆れてしまう。どれ程深刻な顔をするのかと思えば、そんな事を口にする相手にセシリアの衛宮士郎に対するイメージが変わっていた。悪い言い方をすれば、臆病者と捉えてしまう。
「俺はさ、おかしいとは思わないんだよ」
だが、士郎の表情は変わらない。
対して、セシリアの表情には呆れが浮かぶ。
「……ISには絶対防御があるんですのよ?」
だからそんな心配事など杞憂でしかない。何故にそんな事を気にするのかが、セシリアにはわからなかった。
絶対防御――
全てのISに必ず備わっている、操縦者を死なせないように防ぐ能力。
言い方を変えれば、操縦者の身の安全が保障されるこの能力のせいで、ISと言う兵器の危険性を把握していないのではないかと士郎は捉えている。
事実、クラスの幾人かはISをひとつのファッションと捉えている者が居る。
言い方を悪くすれば、人を容易く殺める事が出来るこの玩具に、どうにも生命の危険性を考えずにそれこそゲームや遊び感覚といった中途半端なイメージで接しているように思えてならなかった。
それは、聖杯戦争を潜り抜けた士郎にしてみれば、生命のやり取りがあまりにも軽すぎるように感じたからだ。
さらに言えば、ISの絶対防御もシールドエネルギーも万能ではないと思っている。
何故にこんなものを信じて、自分は絶対に死なないと思えるのかが解らなかった。
そのため、士郎は首を振っていた。
「そこなんだよ。何でみんなはそう思うんだ?」
「なにがですの?」
「なにかさ、中途半端な気持ちでいるような気がしてさ。自分は死なない。絶対防御があるからって」
「…………」
「……考えないのか? その絶対防御が発動しなかったら、て」
「――!」
「オルコットのISの武装はスゴイと思う。でも逆に、そのスゴイ武装がさ、もし相手を傷つけたとしても耐えられるのか? 殺してしまっても耐えられるのか?」
「私は……」
そんな事は考えていない。そんな事はあるわけがないと信じているのだから。
「俺は怖いぞ、引き金引くのは。今日の模擬戦だって。近接でのブレードとかも同じ事は言えると思う。絶対防御がなければと考えるよ。でも、それと比べると――俺の勝手ではあるけれど、銃に関しては一目置くんだ。それに正直なところ、俺個人はISは信用していない」
「それはあなたの勝手な推測でしょう!?」
「勝手かもしれない。でもさ、ならその勝手な話で進めるけれど、これは違う例えだけれど、何かの拍子で、銃弾がもし街へ直撃したらどうするのさ」
「そ、そんなことはありえませんわ」
そんなことはありえない――
果たして、彼女はなにを思ってその言葉を口にしたのか。
咄嗟に口にはしたもの、セシリアの脳裏は臨海学校での福音事件を瞬時に思い出していた。
あの軍用ISが、あの時あのまま封鎖空域を容易く抜け、暴れまわったとしたら?
あれほどの高スペック、ならびに搭載武装で市街地で暴れまわれば、それこそ士郎が言うように被害は甚大だったろう。
(あれは……)
思わず胸中で自分自身に言い聴かせようとして――言葉を失う。『あれは』とは、一体自分に何と言おうとしているのか。
当然士郎は福音事件を知りはしない。
「それに、此処と違って、一般の人はISなんて当然持ってない。セシリアの言う絶対防御は無いんだぞ?」
「それは――」
「オルコットからしてみれば、くだらない事かと思うかもしれない。でも、俺はそういうことを考えるんだ。スポーツといってるけど、コレはただの兵器にしか見えない。簡単に人を殺せる兵器だよコレは」
「……だから、ライフルを扱うには抵抗があると?」
「ああ。話はズレたけれど。銃に関してはそうだ」
「…………」
揚げ足を取ろうとしたわけではないが、どこか矛盾しているような気がする……セシリアはそう感じていた。
根本的なところ、眼の前の彼は、何故ISに乗っているのだろうか? 高説ぶったことを口にする割には、何のために乗っているのかがわからない。
「それに、悪いけれどさ、オルコットはISに覚悟を持って乗ってはいないだろう?」
その言葉にセシリアは瞬時に反応する。
「馬鹿にしないでいただけます? 覚悟ならありましてよ! オルコット家頭首として、イギリス代表候補生の誇りとして――」
「違うよ」
セシリアの言葉を遮り、士郎は首を振る。
「プライドじゃない。命をかけては乗って無いだろう?」
「命?」
「ああ。深くは言えないけれど、俺はさ、命をかけた事がある。それこそ生死をかけたものだよ……」
「なんですの? 自分は命をかけたものを知っているから、私たちには乗る資格がないと仰りますの?」
「なんでさ……そうは言ってないだろう? こんな兵器に乗る以上は、命をかける事まで考えていくのは別におかしなことじゃないぞ。これはただの玩具じゃないんだから。俺はただ、乗る以上は命の事も考えたらいいんじゃないのか、て言いたいだけだよ」
士郎の言葉に、セシリアの双眸には冷たい色が含まれる。
「……怖気づいて、引き金もろくに引けないあなたに言われたくはありませんわ。それに、その言い方ですと、自分はまるで人を殺す事にはわかっていると仰ってるように感じますけれど?」
「そうだな。自惚れではないつもりだけれど、少なくとも、俺はオルコットよりは覚悟は持っているよ」
「…………」
「俺から見れば、オルコットだけじゃない。一夏も篠ノ之もデュノアもそうだ。凰て子もだな。布仏も相川も谷本も……鷹月も、そこまで深く命の事までは考えてないように思える。ボーデヴィッヒだけは別かもしれないけれど」
とは言え、ラウラに関しては本当の生命のやり取りに直面しても平気でいられるだろうかと考えていたが。
「プライドだけじゃない。遊び気分で乗るのは違うと思うんだ」
「……遊び? 遊びだと仰いますの?」
士郎が口にしたその言葉は、セシリアの逆鱗に触れるに十分だった。
何も知りもし無いくせに、自分が一体何のために過ごし、ここまでやってきたのかも解りもしないくせに――
苦労に苦労を重ね、血の滲むような努力を積み重ねてきたものを、『遊び』と呼ばれた事が酷く腹立たしい。
その一言で済ませた相手が憎く、許せなかった。
「衛宮さん、私、あなたを軽蔑致しますわ……」
「お前らよりはわかってるつもりだよ――」
「何をわかってますの!? ISの事を何も知りもしないくせに、偉そうに仰らないで頂きたいですわ!」
と――
互いに声を荒げていた事に気づき、お互い視線を逸らしていた。
なにを話してるんだ俺は――
彼女と口論するつもりはなかった。自己嫌悪を覚え、眼を瞑り、息を吐きながら士郎は頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。
「ごめん、こんな話をして。オルコットを侮辱するつもりはない。気に障ったのなら謝る。本当にごめん……軽率だった」
「ええ。不愉快ですわ。お話など聴かなかった方が良かったですわ」
「……ごめん。ただこれだけは覚えててほしい。絶対防御に関しては、そういう事を考えている奴もいるって事をさ」
視線を向けようとはせずに、セシリアは吐き捨てるように口を開く。
「ご立派ですわよ。教鞭を取られた方が宜しいのではなくて? そこで好きなだけ自論を展開された方が宜しくてよ? 別の意味で絶賛される事、間違いないでしょうけれど」
怒りが収まらないセシリアはそれだけを告げて去っていった。
「…………」
音を立てて開くスライドドアへ士郎は無言のまま視線を向けていた。
(銃の話なのに、何で俺はISの事まで口にしてたんだろ……本当に余計な事を言ったな俺は……)
気まずそうに士郎は頭を掻いていたが――やがて彼も重い腰を上げ、ピットを後にする。
誰も居なくなった空間。
だが、ふうと誰かが溜息を漏らす音が響いていた。
「参ったわね……流石に気楽に声をかけられる雰囲気じゃなかったわ」
一体何時からそこに居たのか、楯無は複雑な表情を浮かべてそう呟いていた。