I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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赤毛ブラウニーのとあるふざけた一日――
基本、『幕間』で括られている話は、本編と比べて関係ない話、ふざけていたりします。


幕間2 衛宮士郎のとある休日

 キャスターとランサーが現れ、面倒事は多々あったが、おおむね平和といえば平和な日常が続いていた。

 なによりも、士郎の表情から焦燥というものが消失していた。

 これは、三騎のサーヴァントという頼れる存在のおかげだ。

 落ち着きを取り戻した士郎は、自身でも気づいていなかった磨耗していた心には余裕が出来ていた。

 

 

 AM 5:14――

 早朝から、日課としていた投影魔術の鍛錬を彼は行っていた。

 頻繁に行えなかった分、その遅れを取り戻すかのように、黙々とただ数をこなしていく。

 強化も一通りこなし、得意の複製へ移行する。

 四対目の夫婦剣「干将・莫耶」を複製したところで、彼はふと思いついていた。

 頭の中にイメージしたものを生み出していく。

 士郎の手に生まれるのは、機械的なデザインをした太刀――白式を専用機とする一夏の近接特化ブレード、雪片弐型。

 構築が終わりかけ――

(よし……)

 胸中で安堵した刹那、硝子が砕けるようにそれは容易く霧散する。

 しばし無言ではあったが、結果に士郎は頬を指で掻いていた。

「……やっぱり駄目か。巧く行かないな……打鉄の方からやってみるか……」

 仕方がないと気を取り直した彼は、鉄色の片刃のブレードを脳内にイメージしていた。

 

 

 AM 9:00――

 こんこん、とノックの音に気がついた士郎は、がちゃりと扉を開けていた。

 戸口には見慣れた私服姿――白いブラウスに群青のスカート――のセイバーが立っていた。

「シロウ、シャルロットたちに遊びに誘われたのですが、よかったら一緒に行きませんか?」

 見れば後ろに立つ面子は、箒とセシリア、鈴にシャルロット、ラウラが居る。

 逡巡は一瞬。

 だが、せっかくの誘いではあるが、士郎は丁重に断っていた。

 何故なら、女性陣の中にひとり男が居るというのも悪い気がしてしまう。向こうも此方に気を使うだろうと考えていた。

 此処に一夏が居れば、まだ少しは別の考えもあったりするのだが、当の一夏は此処には居ない。何でも週末に一度実家に帰って片付けたい事があるからと言って、昨夜から出かけて帰っていない。外泊届けは出しているのだろう。

 それに何よりも、折角の機会なのだから、女の子同士で楽しんでおいでと送り出す。

 少しばかり名残惜しそうな顔をしたセイバーだが、笑顔のまま『行ってきます』と口にして出て行った。

 その際、代わりに士郎はシャルロットを呼び止めると、彼女の手に幾枚かの紙幣を握らせる。

 握らされたその紙幣の額に彼女は驚いていた。眉を寄せたシャルロットではあるが、士郎は小さく頭を振り告げる。

「食事の時にわかるから。此処から使ってくれ。皆の分も此処から頼む」

 士郎の口にした本当の意味が解らなかったシャルロットだが、それ以上は何も言わず、お金を受け取り皆の後へついて行った。

 手を振る士郎は天を仰ぐ。

 願わくば、皆、無事に帰ってきますように。

 否――

 お願いしますから、どうか引かないでいただけますように――と。

 

 

 AM 9:26――

 空は快晴。

 学園内の生徒の姿は、やはり少ない。

 せっかくの週末ともなり、皆思い思いに遊びに出かけているのだろう。

 朝も早くから、ランサーもアロハシャツ姿のまま、手には釣り竿とバケツを持ち、近くの埠頭へと向かったのを知っている。その際に、手にしていたその一式は、一体何処から調達してきたのだと思わされるが敢えて口にはしなかった。

「絶好の釣り日和だ」

 高らかにランサーはそう宣言していた。

 何でも近くにイイ釣り場があるらしいとの事。

 よくはわからなかったが、いってらっしゃいと送り出していた。片手を挙げるその後姿に『ナンパなんてするなよ』と一声かけるのは忘れない。

 特にぶらつく当てもなく、士郎は散歩に出かけていた。

 朝の爽やかな空気が清々しい。

 グラウンドには何処かの部活の生徒だろうか幾人かが走っていた。

 見るともなしに眺めていると、向こうも此方に気がついたのだろう。手を振ってくる。

 学園での男性操縦者ともなればやはり珍しいものはある。

 士郎は気恥ずかしさを覚えながら、手を振り返していた。

 『きゃー!』という声が聞こえるが、士郎はやはり居心地が悪かった。

(落ち着かないな……)

 物珍しく見られる視線を気にしながらも、士郎はぐるりと周囲を見渡し――片隅の花壇の手入れをする用務員、轡木十蔵の姿を見つけていた。自然とそちらの方へ士郎は近づく。

 見れば、やはり十蔵は草むしりをしていた。

 十蔵も此方に気づくと、穏やかそうな顔に首に巻いたタオルで汗を拭いながら声をかけてきた。

「おはよう、衛宮君」

「おはようございます、轡木さん。草むしりですか?」

「ああ。気になってね。つい――ね」

 顔に浮かぶ皺を歪ませニコリと笑う。

 じっと周囲を見回していた士郎は向き直り――口を開く。

「迷惑でなければ、俺も手伝っていいですか?」

「え?」

 初老の男性は、きょとんとした顔でそう答えていた。

 

 

 PM 12:11――

 手伝いを終えた士郎は、用務員室でお茶を飲み、十蔵と話をしていた。

「せっかくの休日なのにすまなかったね」

「いえ、自分が好きでした事ですから」

 淡々と答え、士郎はお茶を啜る。

 純粋な感情を口にし、自分は仕事を手伝っただけだ。お礼を言われのは何かこそばゆい。

「衛宮君のおかげで思ったより早く終われたよ。いやいや本当に助かったよ。ありがとう」

「いえ、また何かあったら言ってください。俺でよければ手伝いますから」

「その時はお願いするよ。ところで衛宮君、此処には慣れたかな?」

「ええ」

「それは良かった」

 頷き、十蔵は微笑んでいた。

 

 

 PM 12:30――

 茶飲み話もそこそこに十蔵と別れ、散歩もそれなりに切り上げ、寮へ戻ってきた士郎は廊下をひとりで歩いていた。

 と――

 一室の前で、狐の着ぐるみのような格好の布仏本音が困ったよう立っているのに気がついた。

 既にその姿も士郎には見慣れた光景だ。

「布仏、どうかしたのか?」

「あー、エミヤん」

 本音もまた此方に気づき、手を挙げる。

 見れば、ドライバー工具を持つ相川清香と谷本癒子も居た事に士郎は気づいていた。

 ぶんぶんと袖を振りながら本音は言う。

「実はねー。エアコンが壊れちゃってどうしようかって話していたところー」

「それは大変だな。ゆうべも暑かったしな。夜にエアコン無しじゃキツイかもな」

「そうなのー」

 どうしよう、と困る顔をする本音。

 ふむと顎を触っていた士郎は何気に口を開いていた。

「よかったら俺見ようか?」

「直せるの?」

「程度にも寄るけれど、大体は直せるぞ俺」

 士郎の言葉に、本音は清香と癒子のふたりに視線を向けていた。

「どうしようー?」

「直る直らないは別で、一応見てもうおうか」

「土日に入って業者も休みだしね」

「そだねー」

 ふたりの返答に頷き、本音はぶんぶんと袖を振り士郎を部屋に招き入れる。

「じゃ入ってー」

「おう。お邪魔するぞ」

 許可を得たとはいえ、女性の部屋に入るのは何となく気が引ける。

 変に周りを見ないように意識しながら、本音の後についていく。

「これなんだよねー」

 ぴょんぴょんと飛び跳ね、目当ての家電機を指し示す。

 彼女の言うクーラーは、運転ランプがちかちかと点滅しているだけ。本音から借りたリモコンをかちかちと押して色々動作確認してみるが変化は無い。

 無反応――

「ふむ」

 椅子を借り、エアコンのカバーを外すと、機械部品に指先を直に触れさせる。

(――同調、開始)

 触れた箇所から構造を読み取り解析していく。自分の知る基本構造とはあまり変わらない。

 詳しく視ていき、部品の違和感と電気系統に反応が無い事に士郎は気づく。

(コレなら何とかなるかな――)

 室外機の方でなくて良かったなと考えながら――後でそちらも確認するが――士郎は声をかけていた。

「あー、この程度なら直せるぞ。ちょっと時間かかるけどな」

「へえー」

「じゃ、とりあえず取り外して後で持ってくるよ」

「え? いいよー、ここでやっても」

 驚いたように首を傾げる本音だが、士郎は断りを入れる。

「なんでさ。フィルターとかも掃除するし、此処だと汚れるから」

「でもー」

「いいから。なるべく早く直して持ってくるよ」

 部屋に持って帰って作業するという。でもそれでは、汚れる事に変わりは無いと思うのに。そう考える本音に構わず士郎の手は動く。

 そうこうしている内に、清香から借りたドライバー片手にどんどん作業が進んでいく。

 あちらこちらをばらしはじめ、あれよあれよと容易になし、手際よく壁から本体を外していた。

「うー、なんかごめんね」

 申し訳無さそうに言う本音。見れば士郎の服は既に汚れている。

 だが、当然士郎はそんな事は全く気にしない。

「なんでさ。困ってるなら放っとかないぞ、俺」

 言って、彼は外した本体を抱えて部屋を出て行った。

 『じゃ、また後でな』と一言残して立ち去って行く。

「衛宮君、ちょっとカッコいいね」

「うんー」

「なんか、出来る男の子って感じかな」

 士郎の後ろ姿を見て、三人はそう呟いていた。

 

 

 PM 1:09――

 整備科から必要と思える電機器具を借りる為に、彼は足を運んでいた。

 第二整備室――

 普段足を運ぶ事の無い別棟をふらふら歩いていた士郎は、とあるひとりの少女に出会っていた。

 一機のISの横で、少女は空中投影ディスプレイに視線を向けながら、素早くキーボードを叩いていた。

 見るとも無しに視線を向けていた士郎だが、少女もまた此方に気が付いていた。

「…………」

 見入っていたとはいえ、立ち去るにも気が引けた士郎はそちらへと歩み寄っていた。

 水色の髪、眼鏡をかけた少女は無言のまま。だが、何処か迷惑そうな表情を浮かべている。

「あー、ごめんな。勝手に見てて。俺は衛宮士郎」

「……知ってる。お兄さんもISが動かせるんでしょう?」

 静かな声音で少女は告げる。

 お兄さん、との言葉に士郎の表情には陰りが浮かぶ。

「えーと、ちなみに訊くけれど、アイツに何か変な事された?」

「…………」

 ふるふると少女は頭を振る。

「……何もされて無い」

「ああ、それは良かった。もし、あの馬鹿に何かされたら言ってくれな」

「……変な人……」

 そう呟くと、少女は作業へと戻る。

 苦笑を浮かべながら、士郎は視線をISへと向けていた。

「これ、君の?」

「……うん、打鉄弐式」

 少女は士郎を見ず、淡々と応える。手元のキーボードを叩く作業は怠らない。

「ニシキ? それに打鉄て、訓練機だよな?」

「……打鉄の発展形……」

「へえ……」

 良く良く見れば、訓練機と違い、外見が違っている。スカートのようなものも装備されており、腕の部分も通常の打鉄と比べればスマートに見える。本来の肩にあるシールドも無い。

 ぱっと見は、どことなくではあるが、一夏の白式に似ているような気がした。

 打鉄と名前が付く割には、訓練機とは全く別物に見える。

 じっと見入る士郎の横顔を、少女もまた何気なく視線を向けていた。

 と――

「カッコいいな」

「……え?」

 思わず呟いた士郎の声を少女は聴き逃さなかった。

「なんて言うかな……うん。カッコいいと思う。俺も巧く説明出来るわけじゃないけれどさ、ほら、量産機とかさ、数が多いものでも、自分なりに独自に考えた設定でいろんな武器つけたり、色変えたりするだろ? そんな感じで『これは俺だけのもの』ていうイメージがさ。そういうのは、なんとなくだけど俺もわかる気がするんだよなぁ。あー、何を伝えたいのかってのが難しいか……女の子の考えとは違うかな……こういうの男だけかなぁ」

 おかしな事を言ったかなと士郎は頭を掻いていた。

 彼とて、そういう類に詳しいわけではない。だが、口にしたように、なんとなくではあるが、量産機などのものが自分だけの特殊装備や専用カラーなどに考える楽しみはわかるつもりだ。

 士郎自身は、『打鉄弐式』は訓練機の『打鉄』を独自に武装だけをいじったものなのだと捉えていた。

 だが、当の少女はふるふると首を振っていた。

「……ううん、そんな事ない。わかる。それに……うれしい。カッコいいって言ってくれて……」

 そこで士郎は本来の目的を思い出していた。

 目当ての工具を借りて作業に戻らなければならない。

「ごめんな、邪魔して」

「……ううん」

 少女に手短に別れを告げ、士郎は足早にその場を去る。

 そういえば、先の子の名前を聴いていなかったなと思い出したのは第二整備室を後にしてからだった。

 脳裏では、何処か見覚えがある子に似ているような気がしたが、それが誰かはわからなかった。

 

 

 PM 2:23――

 午前中の汗にまみれた服も着替え、二時間もしないうちに、士郎はエアコンの本体を持って再び本音の部屋に訪れていた。

 破損した部分は投影で補充している。フィルターも内部も外せる物はとにかく外し、全てを綺麗に掃除したのは言うまでも無い。

 外した時と同様に、取り付け直すのも簡単にこなしていく。

 エアコンと室外機をつなぐパイプも接続し、電源を入れて動作を確認する。

 問題なく動いたのを見て士郎は安堵の息を漏らしていた。

「ありがとー、エミヤん」

 にこりと微笑む本音に軽く応え――そこで朝から何も食べていない事に気づく。

 食堂にでも行こうかなと考えたところ、『じゃ、私も行くー』と本音が声を上げていた。

 断る理由もなく、士郎は本音と連れ立って食堂へと向かった。

 食堂は閑散としていた。

 とりわけ昼時は過ぎ、土曜という事もあり、生徒たちの姿は疎らだ。

 談笑している生徒たちの邪魔のならないところに陣取り、士郎と本音は食事をする。

 他愛も無い話を終え、食堂から出て部屋に戻ろうとしたふたりだが、そこで事件は起こった。

 

 

 PM 3:47――

「じゃーねー」

「おう」

 長話に花を咲かせたふたりは食堂で別れる。鼻唄交じりにスキップしながら去る本音を見送り、士郎は、さてこの後どうしようかと思案しながら歩を進め……キャスターに会っていた。

「あら坊や」

「キャスター」

 紫のスーツに白衣姿。保健医として赴任の名目で学園に居るキャスターがそこに立つ。

「どうしたの坊や? セイバーと一緒に出かけたんじゃなかったの?」

「あー、誘われたけれど、俺は遠慮してさ。女の子同士の仲邪魔するのも悪いと思って。俺は留守番」

「何が留守番よ」

 士郎の返答にキャスターは苦笑する。

「はは、キャスターは?」

「私はちょっと小腹が空いたから」

 言って、食堂を顎で示す。

「ああ、此処ってすごいよな。寮の食堂なのに種類が豊富だしさ」

「まぁ、桜さんや坊やには劣るとは思うけれど」

「そうか? 俺なんてまだまだだぞ? 中華料理なんて遠坂に勝てないし」

 それは嫌味かしら、とキャスターは睨みつける。

「何を言ってるのやら。坊やは自信を持ちなさいな。あなたが謙遜したら、桜さんは一体何処まで料理の腕を頑張らないといけないのかしらね」

 と――言葉なくキャスターが固まる。

「? キャスター?」

 一点集中したまま、彼女はじいっと見つめていた。

 士郎も気になり、振り返ると――視線の先にはスキップしながらの狐の着ぐるみ、本音の後姿が映る。

 こちらの視線に気がついたのか、ぴたりと停まった本音が振り返り、ぶんぶんと袖を振っていた。

 士郎も釣られて手を振り返す。

「なんだ。布仏を見てたのか」

「ノホトケ?」

「ああ、布仏本音。俺と同じクラスの子だよ」

 言って、何気なくキャスターに視線を向けた士郎は――眼を見張る。

 見入ったまま、尋常では無い表情のキャスター。熱に浮かされたかのような心此処に在らずといった風貌。

 はっきり言って――異様だ。

 不意に脳裏にセイバーの言葉が思い浮かぶ。

『可愛いものが好きな彼女にしてみれば、この学園の生徒には十分多い。特にホンネなどは打ってつけでしょう』

 眼の前のキャスターを一瞥する。

 いやいや、そんな馬鹿な。

 眼を瞑り頭を振る。今一度キャスターに視線を向け―― 

 『ズギュゥゥゥン』――という擬音が見えるように当て嵌まるかのようにキャスターは直立不動のままだった。

 どう考えても、キャスターのセンサーは布仏本音を完全ロックしている。

「うわあ、ガチだこれ」

 厄介なモン見つけちまったなと士郎は顔を顰めていた。

 と――

「天使が居るわ」

「はぁ?」

 ぼそりと呟くキャスターを無視したかったが、それも適わぬ事に士郎は諦めていた。

 ならば、少なくとも被害を最小限に食い止めなければならない。

 不在のセイバーもランサーも当てには出来ない以上、自分が何とかせねばならない。

「何、何なのあの天使は。これほどまでに、私の心を掻き乱すのは何なの?」

「いや、お前がホントに何なんだよ」

「何あの可愛い小動物……坊や、此処はヴァルハラかしら!?」

「あー、少なくとも、出来ることなら、俺は今、キャスターを三途の川に流したい気分だよ」

 つい、自分は物騒な事を口にしているな、と感じる士郎ではあるが、キャスターは構わずに口を開いていた。

「今すぐ襲いたい気分だわ」

「頼むから自重しようぜ」

「拉致るしか無いわよね……」

「なんでさ!? おい馬鹿やめろ」

「興奮するわ」

「鼻血を拭け!」

「うえへへへへ」

「涎も拭け……もうなんて言うか全てがアウトだぞお前! 食事しに来たんだろ! いいから大人しく飯を食ってろ!」

「どうでもいいわよそんなの。それに、何を言っているの坊や、今の私はお腹なんて空いてないわ」

 変なこと言わないでちょうだい、とさえ言われる。

「なんでさ!? おい!? 小腹空いたって言ってたろうが!」

 其処まで指摘した途端、不意にキャスターは士郎へと向き直っていた。だらしなかった表情は一変。いつもの美貌だ。

「それに、ほら、言うじゃない」

「何がだ」

「ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともある」

「聴けよ! 話の脈絡全然関係ないぞ! それに、お前のは完全にアウトだ!」

 真面目な顔すりゃ許されると思うなよと告げる。

「大丈夫大丈夫、ちょっとだけちょっとだけ。天井の染みを数えていれば終わるわよ」

「どう考えても女性が口にする台詞じゃないだろソレ! ついでに言えば、なにをする気だお前は!?」

 士郎の指摘に真顔のまま彼女は小首を傾げていた。

 面倒くさそうに……

「えー? 着せ替えごっこ?」

「何で疑問系なんだよ!?」

「ヤバイわ坊や坊や、私、今すぐあの子押し倒したい!」

 両手をぶんぶんと振り、子供のように眼を輝かせ――だが口にしている内容と表情が一致していない。

「お前、馬鹿な事ヌかしてんじゃねーぞコラ!」

「ヤバイ、私ワクワクしてきたわ」

「させねーぞコラ! さっきから会話が成り立ってねーんだし」

 じりと間合いを取り、キャスターに対し威嚇する。

 だが彼女もまた嘲笑うかのように、白衣を無駄にばさりと翻し身構える。

「おほほほほほ、無駄よ坊や! 何人たりとも私の邪魔はさせないわよ!」

 言うや否や、キャスターは駆け出していた。その顔は獲物を狙う狩人のように。

 ヒール姿だというのに、音も無く――とにかく速い。

「あー、ヤベェなこいつ、タガが外れまくってるし」

 こうなれば手段など選んでいられない。他の生徒に見られる事に躊躇はするが、そんなものは後で眼の前の「馬鹿」(キャスター)に暗示を掛けさせてやり過ごすしかない。

「ああくそ、めんどくせェヤツだなホントに」

 魔術で自身の脚を強化し、士郎も廊下を駆けていた。

 そのまま――

 投影にて掌に生み出した弓に矢を番い、一気に射る。その数五射。

 が―― 

 それらは容易く掻き消える。

「ちっ、流石に足止めはムリかッ」

「私の淫靡な欲望は止まりはしないわ!」

「オーケー、本性出しやがったな。お前は討つぞ此処で」

 なんとしても足止めするべく連射する。だが、あたりはしない。

 そうこうしているうちに、キャスターは本音に追いついていた。

 そのまま――

「お持ち帰りィィ――」

 ランサーもライダーも驚くほどの機動力。

 スライディングしながら――滑り込むように本音をゲットし、そのまま瞬く間に小脇に抱え、駆け出していた。

 当の本音は何が起こっているのか理解していないだろう。

 奇声を上げた保健医に背後から飛び掛かられ、小脇に抱えられているぐらいの認識だ。

 いつもほわんほわんしている彼女だが、この時ばかりはきょろきょろと周囲に視線を張り巡らせている。

「え? え?」

 状況を飲み込めていない少女を攫い、歓喜して魔女は疾る――

「だからさせねーって言ってんだろうが!」

 滑り込み、斜め後ろに追いつき走る士郎が叫んでいた。

「んー? エミヤん?」

 抱えられた姿のまま、ほにゃっとした表情は変わらずに袖を振る本音に思わず士郎も手を振りかけ――バスバスバスと進路を遮るように矢を放つ。

 だがキャスターは、本音を抱えているにも拘らず、ひらりひらりとかわして見せる。 

「流石ね坊や――でもお生憎さま。有象無象の区別なく、私の欲望は許しはしないわ!」

「意味わかんねぇよ! ワケのわかんねェ事ヌかしてんじゃねーぞっ!」

 壁を蹴りつけ、回り込み、空中で身を捻ると――進路退路を塞ぐように、射る、射る、射る――

「おー、スゴイスゴイ」

 眼の前で繰り広げられる展開に袖をぶんぶか振りながら本音。

 だが、それら全てはキャスターの手によって掻き消されていた。

 舌打ちする士郎。直ぐに次の矢を番えるが――

 高速神言により、キャスターは己の脚力を強化し加速する。

 くだらない事に魔術を使うな、と叫ぶ士郎の声は当然無視。

 当然、幾人かの生徒とはすれ違うが、誰も振り返りはしなかった。

 出会い頭、行き交う生徒に、キャスターが片っ端から暗示をかけまくっているのだろう。

 事実、弓を構えて駆ける士郎が、山田真耶と偶々廊下ですれ違った際にも『衛宮君、廊下は走っちゃダメですよ』程度しか言われなかった。

「おほほほ、無駄よ坊や。ほらほらどうしたの? そんな事ではアーチャーや英雄王にも劣るわよ?」

「うるせぇな」

 あんな奴らと一緒にするな――

 胸中で叫び、士郎はとにかく追いかけ、走りながらその背に矢を放っていた。

 結果は先と同じ。霧散するだけだ。

「おほほほほ」

「おいこら! お前ほんとに布仏を何処に連れて行く気だ!」

 高らかに笑い走る魔女の後を士郎は全力で追いかけて行った。

 

 

 PM 8:16――

「…………」

 無言のまま、士郎は天井に視線を投げかけていた。

 ぼうっとしたまま。椅子に座ったまま身動ぎひとつしない。

 彼の耳に聴こえてくるのはふたりの声。

「ほら、これなんてどう?」

「かわいいー。これも葛木先生の手作りなのー?」

「ええ、そうよ」

「すごい、すごーい」

 そちらに視線を向ける事もなく、士郎はただただ視線を一点に集中していた。

 ぼうっとしながら……士郎はセイバーたちの事を考えていた。

(あー、今何時かなぁ)

 視線だけが周囲を彷徨い……時計を見つける。

 時刻は午後の8時を刻んでいた。

(もう帰ってきてるよなぁ)

 皆と遊びに行って、どうだったのかなと考える。

 楽しんできたのかなぁ――

 食事はどうだったのかなぁ――

 セイバーは食べるからなぁ――

 皆、引いたかなぁ――

「…………」

 悲しくなったのでそれ以上考えるのはやめる。

 無理矢理別の事を考えよう。

 此処は保健室のはずだ。

 では、士郎が力無く向けた視線の先にドンと存在感を示すクローゼットはなんだろうか?

 今一度考える。

「…………」

 次いで視線を再度向ける。

 やはりクローゼットだ。どう見ても、冷蔵庫には見えなかった。

(頭が痛い……)

 壁に埋め込まれたように其処に在るクローゼット。

 何度も言うが、此処は保健室である。言うなれば、怪我をした生徒を治療する場、体調が悪く優れない生徒が身体を休める場所だ。決して衣類を収納する場ではない。

「いいわよ本音さん! いいわよ!」

 パシャパシャカシャカシャと聴こえるフラッシュ音とシャッター音。

 三度、士郎は考える。

 此処は保健室のはずだ。いいや、保健室だ。保健室であるべきだ。

 では何故に、ストロボ撮影できる機材が此処にあるのだろうか。保健室には写真用バックスクリーンも当然不要だ。

 幾らどんなに頑張って贔屓目に見ても、一切合切、治療には関係ないものだ。

(アイツは一体何を考えてんだ……)

 士郎が胸中で叫ぶように、キャスターはその思惑通り。

 本音を攫ったあの後、彼女はそのまま保健室に連れ込んでいた。

 そのまま彼女は、本音に自慢の服を着せ替え、写真をとり続けている。

 キャスターの趣味を完全に忘れていた。柳桐寺でのセイバーに着せ替えていた事を思い出す。あれと同じ状態だ、と。

(失念していた……)

 本音も嫌がっていないのが、なおさら士郎の頭の痛いところだろう。逆に時間が過ぎるのも忘れるぐらいに楽しみ喜んでいる。

 尤も、本音自身が楽しんでいるのを邪魔するわけにはいかない。

 食堂に行く時間さえ惜しいのか、ゼリー飲料とブロック型の携帯食、お茶で喉を潤い、チョコレートやビスケットといった菓子類を手軽な食事として済ませている。何処から用意していたんだという疑問は口にする気もならなかった。

 保健室とは、もはや名ばかりの私物化である。

「これなんてどう?」

「うっわー、きれーい。着てもいいの? 葛木先生!」

「ええ、ええ、勿論よ。寧ろ是非着てほしいわ!」

 きゃっきゃと喜ぶ本音。

 背後で聴こえる和気藹々とした声でのやり取り。

 だが士郎は全く反応出来ずにいた。

「やっぱり! 似合うわ本音さん! 素敵よ! 綺麗よ! 可愛いわ!」

「えへへー、そうー?」

 と――

 しゃっとカーテンが開かれ、純白のウエディングドレスを纏った本音が現れる。

 髪をアップにし、唇には淡いルージュ。目元にも引き立つシャドウ。映えるように首もとには輝くネックレス。

 一言で言えば、「至極可愛らしい」――

「どうどう? エミヤん?」

「んあ?」

 椅子に座り燃え尽きたかのような士郎にキャスターの叱責が飛ぶ。

「ちょっと坊や! せっかく本音さんが着ているのよ! 感想ぐらい言いなさいな!」

「あー?」

 着替えたその都度に見せられ、逐一感想を求められる。

 延々と――約五時間近くも付き合わされている士郎は既に限界だった。男の意見も必要だという事でだ。

(俺は一体何をやっているんだろうか?)

 キャスターお手製のオリジナルの服から始まり、フリルのついたゴシックロリータ風の服や、定番のメイド服やナース、果ては穂群原学園の女子生徒の制服まであった。

 多種多様な、色取り取りの衣類。服、服、服……尽きる事の無いその数。

 適当に「いいんじゃないかな」と軽く言ったところ、キャスターにそれはそれは怒られた。呪うわよ、と冗談にも思えない事を口にされては真面目に応えなければならない。

 ええと、と口にしながら本音が身に纏う白のドレスを見入る。

 既にキャスター手作りの領域が、ウエディングドレスにまで突入している事には考える気にすらならなかった。

 士郎の眼に光は無い。だが、観察し、意見を述べないと怒られる。

 故に、適当な事、中途半端な事は口に出来ない。

 眼にしたもの、見たものから、士郎自身の感想を紡ぎ出す。

 士郎にじっと見つめられて、本音自身は顔を紅めて恥ずかしがっていたりするのだが。

「髪をアップにしてるのはポイントだと思う。可愛いと思うぞ。普段の布仏とはまた違うイメージだよ。可愛いと思うぞ。それと、白が映えてすごく綺麗だけれど、布仏にはオレンジとか明るい色も合うと思うな。可愛いと思うぞ」

 士郎らしからぬ、何処か壊れた機械じみた返答だ。

「は、恥ずかしいよ、エミヤん」

 照れる様にもじもじする本音の横で、顎に手を置くキャスターはうんうんと頷いていた。

「なるほど。流石は坊やね。オレンジとは盲点だったわ。確かに白も捨てがたいけれど、明るい色は引き立つわね。となると」

 がさがさとクローゼットを漁り、目当ての服を探し出す。

「これなんてどうかしら?」

「わーっ、こっちもきれーい」

「じゃ、こっちも着てみましょうか?」

「うん、着るー」

「その前に写真をとってからね」

 しゃっとカーテンが閉じられ、布一枚隔てた向こうでは『キャッキャウフフ』と楽しそうな声。直ぐにパシャパシャカシャリカシャリと機械音が鳴る。

「…………」

 今しばらく続く披露会――彼にとっては『疲労会』だろう――に付き合わされる士郎は言葉も無く、椅子に寄りかかったまま力無い瞳で天井を眺めていた。

(寝たい……)

 今一番の率直な欲求を、士郎は胸中でそう呟いていた。 

 

 

 PM 10:57――

「喧しいっ! 一体何時まで騒いでいるんだお前たちは!?」

 保健室に現れた織斑千冬に見つかり―― 

 士郎、本音、キャスターの三人は廊下に連れ出され、正座をさせられていた。

 その際に、死んだ顔をした士郎は千冬に対し『え? 俺も怒られるんですか?』と力無い声で反論していたと言う。

 キャスターに至っては、暗示をかける暇さえなく、挙句は『暗示が、暗示が効かない……』とぼそぼそ呟いていた。

 

 

 PM 11:32――

 寮部屋1025号室に、千冬に蹴り戻され、士郎は強制就寝させられていた。

 

 

 結果、今日この日、布仏本音はひとりの女性と『友達』になっていた。

 それと――

 次の日に、シャルロットたちがセイバーの食べっぷりに震えた感想を漏らしていたのだが、それはそれは本当にどうでもいい事だった。


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