I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
ある日の放課後、英語の教科書とノートを持った布仏本音はランサーの席に駆け寄っていた。
「ランランー、ここ教えてー」
此処の英文が解らないのー、と呟く彼女に、『ランラン』とあだ名で呼ばれたランサーは指摘された箇所をすらすらと応えていた。
「おー、なるほどねー」
「わかったか、嬢ちゃん? ところで、それよりもどうだ? この後、俺とお茶でも」
「んー、それはイヤー」
「おっと、こいつは手厳しい。ケーキもつけるぞ?」
「あ、なら行くー」
『わたし、チーズケーキとショートケーキがイイー』と、袖をぶんぶか振る本音に、居合わせた谷本癒子と鷹月静寐が慌てて割って入っていた。
「ちょっと、本音――イイの、それで!?」
「えー、何がー?」
ケーキで釣られるんじゃないの、と怒られる本音ではあるが、彼女は『えー、何でー』と口を尖らせていた。何で駄目なの、とさえ反論している。
『あのね……』と、言い聴かせる静寐と癒子だが、そこに当人のランサーは声をかけていた。
「なら、嬢ちゃんたち、ふたりもどうだ?」
「え? わ、わたしは、別に……」
「う、うん……ねぇ……」
話を振られて、困惑したように眉を寄せる静寐と癒子は顔を見合わせていた。
それを見て、笑みを浮かべたランサーは口を開く。
「おいおい、そんな顔すんなよ。美人が台無しだぞ、お嬢ちゃん。もとがイイってのに勿体ねェなぁ」
「び、美人て……」
「何だぁ? 謙遜すんなよ。嬢ちゃんたちみてーに、こんなに可愛くて美人ともなれば、男なんざ放っておかねーだろが。そのナリなら、声かけられんのなんて慣れたもんだろ? 逆に声かけねーヤツがいるとすんなら、ソイツは見る眼がねェわな」
『…………』
男性に対する免疫が無いのか、癒子と静寐の顔は瞬時に紅くなっていた。
美人、可愛いなどと直接面と向かって言われては、こそばゆく、別の意味で変な気分にもなってしまう。
「こ、声かけなんて……」
「そ、そんなナンパみたいなこと、し、してくる人も、い、いないし……」
「わー、ふたりとも顔真っ赤ー」
『う、うるさいわね!』
本音にからかわれたふたりは直ぐに反論する。
ランサーもニヤニヤと笑っている。それを見て、静寐と癒子は互いに目配せし、わざとらしくこほんと咳払いをする。
「……う、うん……いっ、行ってもいいかなぁ……」
「わ、わたしも……い、いいかなぁーって」
少しぐらいはお茶に付き合っても別にいいかなと、気を良くしたふたりは賛同する。
何分にも、この学園に男性など数えるしか居ない。普段接する事の出来ない異性とこうして簡単に話せる点に関しては、静寐と癒子も興味が無いわけではない。
好奇心はそれなりにある。ランサーが醸し出す男らしさに自分たちでも知らずのうちに惹かれていたのかもしれないが。
何れにせよ、二名陥落である。
と、滑り込んできた相川清香も手を挙げて話に混ざる。
「はいはいはいっ! わたしも! わたしも行きたい! わたしもお茶する!」
「構わねーぞ」
そんなやり取りを見ていたひとりの少女。
「アレが、三人目の男……ねぇ」
一夏と箒、セシリア、士郎、セイバーたちが雑談する中、その輪に混ざっていながら物珍しそうに視線を向けていた凰鈴音は、つまらなそうにそう呟いていた。
ランサーの存在を噂には聴いていたが、クラスが違う事もあり、鈴は中々垣間見る機会がなかった。
こうしていざ眼の当たりにしてはみたが、彼女的に何か思う事があったのか、拍子抜けしたか、興味は無くなったように視線を逸らしていた。
聴いていた限りでは、カッコいい、野性的なところが素敵との声を耳にしていたのだが、実際に本人を前にして彼女なりに思う事は……正直なところ特に何も無かった。
聞いて極楽見て地獄――と、そこまで酷くは行かないが、聴くと見るとでは違うものだと実感しはする。だが、だからと言ってカッコいいとは思わなかった。
「一夏の方が、断然イイじゃない……」
何より彼女が口にした言葉は心から想っているもの。
思わず小声でぼそりと呟いた台詞は誰にも聴こえていない――筈だ。
「話だけは聴いてたけれど、いざ実際見たとしても大した事は感じないんだけれど」
ISの操縦がセイバー並みにすごいとも聴いてはいるが、見てはいない鈴は信用していない。どうせ大袈裟に騒いでいるだけだろうとしか捉えていなかった。
期待外れと言わんばかりに手をぱたぱたと払いながら、そこまで言って視線を一夏へと移す。
「どーでもいいけど……男の適正者って、こんなに簡単にひょいひょい出てくるモンなの?」
「俺に言うなよ。知らねーよ」
そんな話を俺に振るな、何で俺に聴くんだよと一夏は眉を寄せて突っぱねていた。
実際、彼にそんな事を訊いても筋の通った返答などあるわけが無い。
無茶な物言いを口にしている自覚はありながらも、役に立たないわねと理不尽な事を吐き、鈴は次に矛先を士郎へと向けていた。
「ねぇ……アレ、アンタの兄貴なんでしょ? その割には……全然似てないわよね、アンタたち。ホントに兄弟なの?」
「あ、うん……まあな」
似てるわけが無いだろう――
思わず叫びそうになるその言葉を何とか堪え、鈴の指摘に士郎は居心地悪そうにそう返答していた。
数日も過ぎた頃には、ランサーはクラスに溶け込んでいた。
もともと持ち合わせている端整な顔立ち。なにより同じ男性とは言え、圧倒的に一夏や士郎には持ち合わせていない滲み出るワイルド性が女生徒たちには受けが良かった。
聴いた話では、他のクラスはもとより、二年生、三年生にまでファンがいるという。噂では教師陣の中にも熱を上げている者が居ると言うが、真偽の程は定かではない。
だが、女生徒の中にはそんな態度が気に入らない者もいる。
今もまた女生徒に囲まれるランサーを――何処か見下したような眼つきの箒は睨みつけるかの様に視線を向けていた。
「あのチャラチャラした態度――どうにかならんのか? まったく持って気に入らん」
「わたくしも……どうにもあのような殿方は好きにはなれませんわ」
タイプは違うが、自分の父親と姿を重ねてしまうセシリアの視線も何処か冷たいものが含んでいる。
そんな彼女の事情など露知らず、セシリアも辛口だな、と一夏はひとりごちる。
フンと鼻を鳴らし、箒を瞑り嘆息する。
「なにより、女に媚びる様な態度が気に入らん。あんな男に現を抜かす方もどうかと思うがな」
「俺の事をどうこう言うのは勝手だがなお嬢ちゃん、他の奴らは関係ねェだろ?」
と――
いつの間にか真横に立っていたランサーに一同が驚いていた。
音も無く、気配も一切感じさせずに立たれもすれば驚きもする。
だが、物怖じせず声をかけたのは鈴だった。
「アンタが三人目の男なのね」
「んあ? 見ない顔だな、嬢ちゃん」
「嬢ちゃ――? あたしは二組の凰鈴音。中国の代表候補生よ」
中国の代表候補生ねぇ……と呟きながら、ランサーは鈴を不躾にじろじろ見入り――
育つところは育ってねぇなとその眼は告げる。
そのまま――
「俺はランサーだ。よろしくなー」
「にゃあぁぁぁっ!?」
唐突に、彼のがっしりとした掌は、鈴の頭をわしゃわしゃと撫で付けていた。
鈴は慌ててその手を振り払う。
「こ、この……なんなのコイツ!? ありえないんだけど――気安く触んなっ!」
「いやー悪ィ悪ィ。ついな」
払われた手を気にもせず、へらへら笑うランサーに鈴は『ふしゅーっ』と警戒した猫のように威嚇じみた声を漏らす。
再度、ランサーは鈴の頭に触れようとするが、触らせまいとその手を払う様に彼女は動き――
ほんの一瞬、身体が重なったその刹那に、ランサーは鈴の耳元で本人だけに聴こえるようにぼそりと囁いていた。
一夏の兄ちゃんの方が断然イイもんな――
「なっ!?」
咄嗟の出来事に顔を真っ赤にした彼女ではあるが、当のランサーは既に離れていた。ニヤニヤした表情は変わらずに。
何やってんだよと間に入り仲裁する士郎に対し、『本題はな』とランサーは手で遮っていた。
「さっきからそこの黒髪の嬢ちゃんが睨んでっからなぁ。こっちとしては、どーしても気になるワケよ」
顎でしゃくられた事に箒の眉がぴくりと反応する。
瞬時に士郎はランサーに対して余計な事をと睨みつけるが、既に遅い。
「ほう、チャラチャラした形の割には、見かけによらず、眼はイイようだな」
「そのお嬢ちゃんから見た、チャラチャラした男は、耳もイイつもりだぜ?」
「やめろって、箒」
挑発する箒を窘める一夏だが、ランサーは気にするなと口にする。
「ま、気に触ったんなら謝っとくぜ。ただな――」
言葉を切り――嘲りを含んだ眼で箒を見る。
「お前さんが見た目で俺を判断するように、俺から見たらお前さんの腕なんぞ、悪ィが大したようには思えてならねぇんだがよ」
「なに――」
思わず詰め寄ろうとする箒をセイバーと一夏が割って入る。
ふたりに阻まれている黒髪の少女に対し、片目を瞑り、じっと見入ったランサーの言葉は止まらない。
「どうにも直情的だな、お嬢ちゃん。見た感じ、剣を齧ってるようだが――この世界と同じだろ? 女尊男卑? 別に俺から見ればな、女が偉いなんて思っちゃいねぇし。かくいう男が偉いとも思ってねぇぞ。にも拘らず、世の中にゃ自分が『女』てなだけで、然も同然のように偉いと勘違いしてる馬鹿がいるだろ?」
「…………」
「自分の身の程も知らねェ阿呆がなぁ? それと同じように、見てくれの外見だけで物事決め付ける輩は総じて大した事がねぇからなぁ。無能な輩が虚勢を張る為の――案外飾りかも知れねぇなぁ、ソレは。イイとこ張りぼてってトコか?」
「おい――」
何でお前はそう相手を煽る様な言葉しか選んで話さないんだ、と士郎が小声で叫ぶ。が、当たり前のようにランサーは相手にしない。
徐々に感情がヒートアップする箒は当然のように食らいついていた。その肩は微かにではあるが、怒りに震えているのがわかる。
「ほう……貴様は、わたしの剣を張りぼてと言うのか? ならば、見てくれではないと、その身で思い知るか?」
「おいおい、まどろっこしい言い方はやめようぜ、お嬢ちゃん。はっきり言えよ。そのムカつく面が気に入らないってな」
「――おい、ランサー!」
さすがに眼に余る態度に士郎は身体を割り込ませ、ランサーを引き離す。
「あ? なんだよ……今いいトコなんだから邪魔すんなよ。こっちだって怪我させねェように、ちゃんと手加減してやるっての。それで問題ねぇだろ?」
「ば――違うッ、そうじゃなくて」
お前、何馬鹿な事を言っているんだ――
この手の輩に『手加減』など禁句だ。恐る恐る背後を振り返って見れば、案の定、怒髪天をつくかのような形相の箒が映る。
「手加減など不要だ!」
「だそうだ。止めてくれるなよ、坊主。向こうのご指名だ」
士郎にのみ聞こえる声音でランサーはぼそりと囁く。こんなに面白いのを邪魔するな、と余計な事まで口にしながら。
「待て待て箒、待てっての……お前もやめろって。何で喧嘩腰なんだよ」
「うるさい! お前は黙っていろ!」
仲裁する一夏を煩わしそうに振り払い、セイバーの制止も振り切り箒はランサーへ詰め寄っていた。
鈴もセシリアも、勝手に話が進んでいくため呆気に取られたまま何も出来ない。
一触即発の空気の中、原因でもあるランサーはニヤニヤと笑うだけ。
「いいぜ。で、勝負事はどうする? 剣でも弓でも戦車でも――もっとも、こちとら得意とするのは槍ではあるんだが……同じ土俵に立てってんなら、従うだけだがよ?」
「フン、構わん。そちらの得意なもので構わない」
その返答に――ランサーは心底意外だという顔をする。
「ほぅ、てっきり同じく剣を使えと言うのかと思ったぜ。そっちの方が、まだハンデが付いてお前さん勝てそうだもんな」
「……なに?」
「それよりも、自慢のISじゃなくていいのか? 確か『紅椿』とかいう専用機持ちだったよな? どっちかっていえばIS勝負での方がカッコつくぜ、お嬢ちゃん?」
「――――」
その言葉が決め手となる。
だからどうしてお前はそう挑発するんだ――叫ぶ士郎を無視し、怒りのまま箒はランサーに決闘を宣言していた。
人目のつかない廊下の片隅に、ふたりの人影が立っていた。ひとりは教師、織斑千冬。もうひとりは、この学園最強の生徒、更識楯無である。
「更識……お前、衛宮に何をした」
「何もしていませんよ」
士郎に話を振った際に見せた相手の顔。『何でもない』と応えたが、あの表情を見せられては何でもないわけが無い筈だ。
心配事と釘を刺す手前もあり、千冬は楯無を捕まえ、話を訊くために場所を変えていた。
「……言い方が悪かったな。セイバーのデータを、何故、お前が知っている?」
千冬なりに考えられる事は数点。さらに其処から絞られる物は限られる。確実に物証として存在するのは士郎とセイバーのIS適正能力を記したデータ。
何かしらの媒体から、眼の前の少女はデータを取得したのだろう。とは言え、それは千冬なりの推測でしかない。逆に言えば確証は無い。
だが、それは杞憂に終わる。
『あらバレた?』と惚けた表情をする楯無に、今一度千冬は口を開いた。今度は多少温度が下がった声音でだ。
「何処から入手した?」
「織斑先生、申し訳ありませんが、それに関してはお答えできません。ですがご心配なく。わたし以外は誰も知り得ていませんから」
「笑えん冗談だ。お前がそれを言うか?」
信用できない。
小娘風情が、と千冬は視線で射抜く。
「わたしを出し抜けると思っているつもりか?」
「いえいえ、そんなこと思ってもいませんよ。ですが、いくら『世界最強』とされる織斑先生だとしても、全く予想外のことで足を掬われる事があるかもしれませんね?」
「…………」
あくまでも例え話ですけれど、と開いた扇子を口元に当ててクツクツと笑みを作る相手に千冬は嘆息ひとつ。
「それは『生徒会長』としてか? それとも『更識楯無』としてか?」
「あら、それはきちんとした手順を踏んでいるのであれば、教えていただけると解釈してよろしいんでしょうか?」
「都合のイイ様に捉える馬鹿者になにを告げる必要がある? 今の貴様は、信用も信頼も一切出来ん」
「手厳しい御言葉で」
「お前特有の『面白そうだから』というくだらん気概を持ち合わせる輩にどう言えと?」
「あらら」
辛辣な千冬の言葉に楯無は肩を竦めてみせていた。
だが、これは言質をとれたことになる
何れにせよ『衛宮士郎』と『セイバー』の両名には何かがある。
隠れてこそこそ動くよりは、表立って動いた方が都合もいい。
(そろそろ頃合かしら?)
ぺろりと唇を舐めた楯無に目敏く気づいた千冬は眼つきを変えていた。
「……調子に乗るなよ、小娘」
「調子に乗るだなんて滅相もない。先生こそ、どうしてこの事を公表しないんですか?」
本当に楯無はデータを完全に眼にしているのだろう。誤魔化せるとは思っていないが、千冬は説明する気も持ち合わせていなかった。適当に話を切り上げ終わらせたいと考えるのみ。
「提出は既にしている。問題は特に無い」
「そうですよね。改竄したデータでしたら問題なんかなにもないですものね。衛宮士郎くんに関しても。ついでに言えば、彼のお兄さんである、ランサーさんも……でしょうね?」
「ちっ――」
本当に面倒くさい。
一発殴り飛ばして、この会話を切り上げようかと本気で千冬は考えていた。
「まさかお前も、衛宮のヤツを人体実験にでもしたらいいとか考える口か?」
その問いかけに――楯無は口元を歪ませる。だが、その眼は笑ってはいなかった。
「まさか。そんなこと微塵も思っていませんよ。例え腐ったとしても人として。そんな外道な考えは持ち合わせてはいないつもりですけれど」
「…………」
「まあ、確かに……細胞組織をひとつひとつ、よりよく詳しく丁寧に調べもすれば、男性でもISを操れる原因が何かしらは解明できるのかもしれませんけれど。研究所にとっては、新たな発見があるかもしれませんしね」
其処まで言うと、彼女は扇子を閉じていた。
その貌は、真顔となる。
「ですが、虫唾が走りますのでわたしは賛同なんか出来ませんし、するつもりもありません。それと、興味深いのは別のところです。『お前も』と言うことは、織斑先生は何方かになにか言われたんでしょうか?」
「…………」
その問いかけには応えず、千冬は自身が心から思う事を口にしていた。
「生徒を護るのも、教師の役目だ」
「何から護るんですか?」
「……うるさいガキだ」
逐一口を挟んでくる相手を千冬は煩わしく感じていた。同様に、余計な事を口にした自分自身にすら歯噛みを覚えるほどに。
と――
なにやら廊下が騒がしいことに気づくふたり。人の気配が溢れはじめ、千冬は小さく舌打ちする。
「話は以上だ」
楯無にそう告げると、千冬は足早にその場を離れようとしていた。
だが――
「?」
生徒たちの喧騒に僅かな違和感を覚えた千冬の歩は直ぐに止まることとなる。
ついで、たまたま横を駆け足で過ぎ去ろうとする受け持つクラスの生徒のひとりである谷本癒子を捕まえると、廊下を走るなと注意した上で問い質していた。
「何の騒ぎだ、コレは」
「えっと……篠ノ之さんと、ランサーさんが決闘するとかで……これから体育館ではじまるそうです」
決闘という単語に耳聡く反応するのは楯無である。千冬も生徒の口から告げられた内容に虚を衝かれていた。
「……決闘だと? どういうことだ?」
「わ、わたしに言われても、わかりません……」
睨みつけるかのごとく言い寄る相手に癒子は困惑するだけでしかない。
「…………」
無言のまま眉を寄せた千冬は、楯無と顔を見合わることしかできなかった。