I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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「ランサーさんて、衛宮君のお兄さんなんですか?」

「ああ。でも、全然似てねェだろ?」

「素潜りが得意なんですか?」

「あー、海はいいぜ。泳ぐのもいいが、さっき見た限りじゃ釣りにはいい場所があるな此処は」

「今度教えてくださーい!」

「ああ、構わねぇぞ。ただな、釣りは根気がいるぜ? 飽きっぽいかもしれんが、それは勘弁なー」

「きゃーっ!」

 休み時間にもなり、早速ランサーの席の周りには女子生徒が囲んでいた。クラスメイトはもとより、他組の生徒もまた噂を聞きつけ、廊下から教室内を覗いている。

 きゃいきゃいと黄色い声に囲まれる自称『兄』と名乗るランサーに対し、士郎は溜息を漏らし続けていた。

 シャルロットとラウラに『顔色が悪すぎる』と心配されたが、大丈夫だと丁重に断っていた。

「体調悪い? 保健室案内しようか?」

「……ありがとう。でも、いいから」

「大丈夫か? 顔色が優れていないぞ。衛生兵が必要か?」

「いや、大丈夫だから。ありがとう」

 怪訝な顔をするふたりではあったが、『無理しちゃ駄目だよ』と一言残し、シャルロットはラウラを連れて席を離れる。

「保健室って言えば、臨時の新しい先生が入ったんだって。ラウラ知ってた?」

「ほう」

 雑談しながら去るシャルロットたちを見もせずに、士郎は幾度目ともなる息を吐く。

 此方を心配してくれるのは大変ありがたいが、それよりも席を外してランサーが余計な事を更に仕出かしては眼も当てられない。

 セイバーは……正直当てには出来ない。いくら彼女でも、あのランサーを制御できるとは思えないからだ。ならば自分は完全に手綱を握れるのかと問われれば、否。

 だが、ある程度のものは事前に防げるやもしれない。そのためには、随時監視していないといけない。心労が絶えはしないが、これが他クラスでなくてよかったと、士郎は本心から安堵していた。

 別クラスまでは監視できない。当然、この男の事だ、好き勝手にやらかすに決まっている。

 耳を澄ませば、ランサーの口から出る声は、何故か士郎の話題になっていた。

「良く出来た弟でな。料理が得意なんだよ。なー、士郎?」

 此方に賛同を求めるように話を振られる。

 誰が弟だ――

 よくもまぁべらべらと嘘を貫けるものだと士郎は呆れたように感心していた。

 

 

「どういう事だよ」

「どういう事って、何がだよ」

 額に手を当て、眉を寄せて顰めた顔の士郎とは対照に、面倒くさそうにランサーは応えていた。

「手短に頼むぜ、坊主。俺なぁ、結構お嬢ちゃんたちと約束事が――」

「知るかよ! 何勝手に約束なんてしてんだよ! いいから――なんでランサーが学生なんだよ!? キャスターと同じように教員とかでもいいだろう!?」

「でかい声出すなよ坊主。誰かに聞かれたらどうすんだ?」

 昼休みになり、お昼御飯を一緒にと女子に囲まれていたランサーの腕を無理矢理掴んだ士郎は屋上へ連れて来ていた。

 ランサーの指摘にあるが、屋上に士郎たち以外に人影は無い。口にした本人も解ってて言っているのだが。

 今現在、屋上には士郎とセイバー、ランサーの三人のみ。

 昼休み――とりわけ今日は天気がいい。こんな日ともなれば、昼食を摂る生徒たちで賑わう筈だが、他人の姿は一切無い。

 ランサーの人払いのルーンのおかげだ。その為、面倒な話を他人に聴かれる心配も無く会話をする事が出来ていた。

 士郎の提案通りに、キャスターは『葛木メディア』として学園教員として赴任しているという暗示をかけている。

 彼女とすれ違う生徒たちは、暗示通り何の疑いも無く教員として接してくる。同じようにランサーも体育教師等で通せばいいのにと士郎は考えていた。

 ちなみにキャスターが決めた教員とは保健医らしい。何故に保健医を選んだのかは、キャスターの邪念がぷんぷんするが敢えて士郎は無視していた。

 そんな相手の考えを読んでいたのだろう。肩を竦めながらランサーは言う。

「馬っ鹿、坊主! 俺が教師なんて柄かぁ? 俺が何を教えられるってんだよ。ルーンと素潜りと槍は得意だが、そんな事を教えるようなトコか、ここは?」

「いやまぁ、それはそうなんだけれど……だから体育教師でも別に――」

 士郎の声を無視し、ランサーは続けて言う。

「となれば、止むを得ず、不本意ではあるが、同じように学生として振舞うしかねーだろうが。それに、クラスが違ったとして、お前に何かあったらどうすんだ? 万が一に、セイバーだけで対処できなかった時はどうすんだ?」

「むう……」

 正論なようでいて、だがどこか釈然としない部分を感じながら士郎は唸る。

 この男がそこまで思慮深く考えるわけがない。もっと短絡に決めて動く筈だ。故に士郎は口を開く。

「結局のところ、本音は?」

「楽しそうだから」

「やっぱりかよ!」

 びしと親指を立てるランサーに士郎は『ふざけんなよ、お前』と叫んでいた。

「いやー、吊り眼のねーちゃんに色々頼んでな」

 『吊り眼のねーちゃん』とはおそらく織斑千冬の事だろう。

 眼を見開き、士郎は声を限りに叫んでいた。

「お前ッ、本ッ当に何勝手な事してんだよッ!?」

「わはははは」

「笑ってんじゃねーぞ、お前ッ!」

「しかし、うまく行き過ぎてますね」

 ふたりの会話を聴きながら、士郎お手製の弁当を摘んでいたセイバーが口を開く。

 許可を得、厨房を借りて早朝に作る弁当は千冬と真耶にも毎日差し入れている。せめてものお礼として士郎が好きで勝手にしている事なのだが。最初は『気を使うな』と断っていた千冬たちではあったが、いざ実際に士郎の作った弁当を口にしたふたりは驚いていた。

 美味い――

 一夏の作る料理も美味いが、士郎の作る弁当は世辞も無く美味かった。何より、偏らない栄養バランスの取れたもの、また和洋中と作る種類も豊富なため、食べる楽しみさえ満足させられるほどのものだった。箸が止まらないとはこの事だと後に彼女たちは語る。

 真耶に至っては、今日は何でしょうか、と眼を輝かせて愉しみにしているほどだ。千冬も満更でもなかったりするのだが。

 話がずれるが、世間では見方によっては、それを『餌付け』というのだが、当の士郎も『餌付けしている』とは思っておらず、千冬も真耶も『餌付けされている』とは思っていない。

 今日に限っては、六人分を用意している。先に述べたセイバー、千冬、真耶の分は変わらず、士郎自身の分とキャスター、残りは眼の前のランサーの分だった。

 ぶつぶつと呟く士郎から渡された弁当を受け取りながら、ランサーも『そうだな』と応えていた。

「ああ、魔女殿の暗示だな。この学園の人間全ては魔女殿の暗示にかかっている。俺らの事を訝しむ奴はいない、がな……」

「? なにか?」

 何処か歯切れの悪いランサーに訊ねるセイバーだが、すぐに彼は『なんでもない』と答えていた。

「…………」

 首を傾げるセイバーに構わずランサーも弁当を摘む。

「坊主のメシは相変わらず美味いな」

「立って食うなよ」

 士郎の指摘など構わずに、箸を銜えながらランサーは眼を向ける。

「で、坊主、お前の方はどうなんだ? ちゃんとやってけてたのか?」

「まあ、それなりにかな」

「…………」

 無言のまま視線を向けていたが、セイバーを顎でしゃくりランサーは続ける。

「昨日は深く訊かなかったが、セイバーの事も話したのか?」

 その言葉が何の意味を指すのか、士郎は瞬時に理解する。

 セイバーの事……つまりはサーヴァントの事を話したのかとランサーは訊いている。

 頭を振り、士郎は返答していた。

「いや、話はしていないよ。セイバーの事も、サーヴァントの事も、それに聖杯戦争の事もな」

「賢明だな。余計なモンは極力話さない方がいい。知られてマズいものは知られない方がいいからな」

「ああ……」

 千冬と真耶に対しても士郎はこれらを話してはいない。信用も信頼も出来ないからという理由だけではない。今はまだ話せるタイミングではないからと避けていたものだ。出来るならば、話さないでおきたいと心の中に決めている。

「投影だけは見せた。状況が状況だったんで、手っ取り早いものもあったしさ」

 あれを見せたのか、と顎を擦りながらランサーは思案する。

 出来る事ならそれもやめていた方が良かったのになと槍兵は考えるが、済んでしまった事は仕方が無い。

 下手に取り繕う事もあるまい。

「……なら、その上で、今のところは坊主は普通に見られてるってワケか?」

「どうだろう。なにかしら怪しんでいるのは……もしかしたら、あるのかもしれないけれど……」

 ふたりの教師の顔を思い浮かべるが、確証はもてないと士郎は答える。

 もし今現在何かしらの監視をされていたとしても、ランサーがそれに気づかない筈も無い。人避けのルーンは未だその効果を発揮している。斥候を得意とする彼の能力は伊達ではない。

 それらを踏まえて、この少年が特に何もされていないのだろうと確信したランサーは口を開く。

「まあいい。いいか坊主、お前は普段通りに普通にしていろ。俺らは俺らで動くから気にするな。何かあったとしてもだ。お前は動くな。まずは俺たちが対処する」

「解った」

 こくりと頷く士郎にランサーも頷き返すと、険しかった表情を一気に緩ませていた。

「ま、坊主は今の生活を楽しんでろっての。しっかしまぁ、あのISてのは面白ェな。反応がサーヴァントの能力に追いつけてねーのがアレだが、飛ぶってのはなかなかだ」

「それに関しては同意です。空中を自在に翔れると言うのは気持ちがいい」

 しみじみとセイバーは頷いていた。

 あの後、部屋を出て行ったキャスターを追うようにランサーもまた『用事がある』と言って霊体化して出て行った。

 何処に用があるのかは深く追求しなかったが、『女性しか居ないんだから、覗きなんてするなよ』と釘は刺しておいたのだが、どうやらキャスターに頼んでISの作動をさせていたのだろう。そうでなければ今に至る辻褄が合わない。

 ランサーが言うには、やはり魔力が何かしら関与しているという。後で魔女殿に詳しく訊いてみろ、とも言われた事は心に留めておく。

 二騎のサーヴァントに関して、千冬と真耶のふたりには昨夜のうちに説明はしてはいる。無論、伏せるべき事柄は伏せた上でのもの。

 事情を聴いたふたりは内容に驚きはしたものの、次いで言葉をかけられたのは『良かったな』の一言だった。

 何にせよ、元の世界に戻る為の一歩は確実に踏んだのだから。ランサーが千冬に接触したのはその後なのだろう。

 改めて、後で教師ふたりに説明しないとな、と考えながら、士郎もまた昨日訊けなかった事を口にしていた。

「ところでさ、昨日は勢いのままで訊いてなかったけど、どういう事なんだ?」

 言いたい事は『何でランサーとキャスターのふたりが捜してくれてたんだ?』と問いかける。

 それに応えるべく、弁当を平らげたランサーは手にした箸で士郎を指し示していた。

「どーもこーもねーぞ。遠坂の嬢ちゃんに言われてよ、お前ら捜すのを手伝ってくれってな。俺の探索のルーンは、坊主の蔵と母屋っつーのか? あの家は……その間を行ったり来たりで反応が消えててな。そうこうしてたら魔女殿も間桐の嬢ちゃんにお願いされて捜索に来たんだろ。同じように反応を見つけたところで昨日の有様だ」

 強制的に此処に呼ばれたんだよと告げていた。挙句は坊主と魔力パスが繋がってやがるんだからな、と思い出しゲラゲラ笑う。

 しばしランサーに視線を向けていた士郎だったが、別の事を訊いていた。

「なあ、ランサー」

「あ?」

「桜たちは、どうしてた?」

 フェンスに寄りかかりながら訊ねる相手に――敢えて視線を逸らしたように空を見上げてランサーは気まずそうに頭を掻く。

「あー、それを訊くか坊主……心配してたに決まってんだろーが。特に間桐の嬢ちゃんは、黒かったな」

「……は?」

 聴き咎めた言葉の意味が解らず、思わず士郎は訊き返す。

 ランサーは視線だけを相手に落として続けていた。やはり気まずそうに。ついでに言えば、その頬には汗を垂らしてさえいた。

「黒かった。真っ黒だ。黒化だった。『セイバーさんと駆け落ちしたんですね、ウフフ』なんて笑ってたのはガチで怖ェぞ」

「なにそれ怖い」

「怖ェーんだよ。戻ったらお前……謝っとけよ坊主」

 俺も極力相手にしたくねーしと漏らし、刺されるかもしれないがなと告げるランサーの言葉に身震いしながら、士郎は話題を変えるべく、更に他の事を訊いていた。

「藤ねえは?」

「藤村のねーちゃんか? ある意味あっちが一番厄介だったな。士郎が居ない士郎が居ないって警察呼ぶほどに取り乱してたぞ。まー、そうはさせないように遠坂の嬢ちゃんが暗示掛けてなんとかしといたんだがな」

 こっちもこっちで大変だったらしいぞと告げておく。

「…………」

 膝で顔を隠すように項垂れる士郎を追い込むように、ランサーの口は動いていた。

「アーチャーの野郎は捨てて置けっつってたなぁ。笑ってやがった。邪魔者が消えて念願叶ったと喜んでやがったぞ。いい顔してやがったなぁ。これ幸いってのはこういう事を言うんだろうな。『いい機会だ、放っておけ凛。ああ、別にヤツを助けるなどとは、まさかまさか言わぬだろうな? 我が崇高なるマスターよ』てな」

「すげぇ想像つくからいいよ。それとその口真似やめろ。ちょっと似てるだけにムカつくから」

「まぁ、遠坂の嬢ちゃんに思きしぶん殴られてたけどな」

 士郎は苦笑を浮かべるしかない。

 脇に屈み、ガハハと笑うランサーはその肩を力強くバンバンと叩く。『痛いぞ』と漏らす声は無視したまま。

「なんにせよ、先も言ったがな、俺らに任せてお前は楽しめ。坊主の心配事も解るけどよ、魔術に関しては魔女殿がいるんだし、少なからず俺にも出来る事は協力してやるさ。だからよ、ンな湿気たツラしてんじゃねーぞ坊主。まぁ、ついでと言っちゃなんだが」

 ニヤと笑いランサーは言う。

「ただな、少しだけでいいんだ。ちっとは俺も愉しませてくれよ」

「…………」

 本音はソレで、此方がついでなんじゃないのか、と思わず士郎の口が言いかける――が、声は発していなかった。

 軽口は叩くが、槍兵の本性も実力も士郎は知っている。眼の前の男は、やる時には本気でやる男だ。

 解っている為だろう――士郎は、はあと溜息をついていた。

「羽目外しすぎるなよ? 頼りにしてるよ、ランサー」

「おう、任せとけや。まぁ、それはそれとしてだ」

 頬杖をつき、ランサーは呆れた視線をセイバーに向けていた。

「本当、ブレねーなぁ、お前は」

「何がですか?」

 ふたりのやり取りを聴きながら、セイバーはもっしゃもっしゃと弁当を口にしていた。


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