I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
同じ時間帯に進んでいた、本筋とあまり関係ない、とあるふたりの話――
自室に戻って来た一夏だが、その顔は浮かなかった。
1025――
プレートに打たれている部屋番号数字。間違いなく、自分に割り振られた寮部屋である。
だが、その扉を前に彼は動こうとはしなかった。厳密には、部屋へ入ろうとはしなかった。
(なんだろ。まだ部屋に帰りたくない気分だ)
夕食を終え、箒に食後の運動だと道場に付き合わされ、その後は鈴とセシリアに捕まり話をして今に至る。
部屋でゆっくり寛ぎたいと、早々に切り上げ戻って来た筈なのだが、部屋を前にして彼はそんな事を考えていた。
その感情、ランサーの施したルーンの影響などとは当然解るはずも無い。
自分でも解らない感情に支配されている事にも気づかず、一夏は自然と頭を掻いていた。
と――
「あれ、一夏?」
「シャル」
ふらりと現れたシャルロットに声をかけられていた。
扉の前に立ち尽くす一夏を見て、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの? ドアの前で」
「あー、いや、なんとなく。シャルは?」
「え? 僕? 僕は――」
一夏とお喋りしたくて来たんだよ、とは言えなかった。顔を瞬時に紅くして『あわわ』と言葉を選び出す。
「えーと、さ、散歩! うん! 散歩だよ! 何もおかしくないよ!」
ぶんぶんと手を振りシャルロットは取り繕う。
何を言っているんだろうか自分は――
素直に話をしたかったからと言ってしまえば良かったのにと、自分自身の情けなさに痛感する。
だが、一夏は特に感じた事もなく、『そうか』と応え口を開いていた。
「あー、なら今暇か?」
「え?」
予想外の返答にシャルロットは間の抜けた声を漏らしていた。
「今暇か、シャル? 暇だったら少し話さないか?」
「ぼ、僕と?」
「ああ、嫌だったらいいけど」
「嫌なわけないよ!」
高い声を上げるシャルロットに、思わず一夏は気圧される。
「そ、そうか」
『きゅぴーん』とシャルロットの眼が光る。そのまま彼女は一夏の腕をむんずと掴んでいた。
「う、うん! 話そう! 話そう! 今すぐ話そう! 早く早く! 一分一秒も時間が惜しいよ!」
「お、おい、そんなに引っ張るなっての」
「いいからいいから。そっかそっか、一夏は僕とお喋りしたいんだぁ」
「シャ、シャル?」
「早く、早く行こう!」
一夏とは違い、シャルロットは気が気でない。
こんなところを誰かに見られては都合が悪い。箒や鈴、セシリアたちに邪魔されたらせっかくのこの機会が台無しになる。
(皆には悪いけれど、こんなチャンスは滅多に無いし……そ、それに、一夏から誘ってくれたんだから、ぼ、僕は悪くないよね)
他の人間に邪魔されない場所として、考えついたのは自室しかない。
ラウラも居るが、そんな事は大した問題ではなかった。寧ろ、箒やセシリア、鈴に邪魔されるよりは、ラウラであれば気にもならない。
「えへへへ」
頬を緩ませながら、シャルロットは一夏の手を引き、自分の部屋へと急ぐのだった。
同刻――
今日一日の仕事を終えた千冬は自室に戻っていた。
鍵を開け、室内に入る。しんと静まる暗闇の中、電気を点ける。
同居人のセイバーの姿は無い。合鍵を渡してはいるのだが、どうやらまだ帰って来てはいないのだろう。
それに対しては特に思う事もなく、脱いだスーツをハンガーにかけると、凝った肩をほぐしながら冷蔵庫から缶ビールを二本取り出す。
床に腰を下ろし、缶ビールを開けると、ぐいと一気に流し込み――ふうと、そこでようやく一息つく。
一本分が丸々空にからになった時、正にそれを見越したかのように千冬の携帯電話が鳴った。
無難な電子音を奏でるそれを取り、表示された名前に眉を寄せる。
篠ノ之束――
ピッ――と千冬は電話に出ていた。
「…………」
「はろはろー、ちーちゃん」
案の定の相手に彼女の眉はさらに寄る。
「やーやー久しーね、海以来だねー」
暢気に語る相手とは違い、千冬は今すぐ電話を切りたかった。
そのため、必要最低限の言葉だけ口にする。
「何の用だ?」
「あれあれ? 束さんの声が聴けたのに、随分と冷たくないかなー、ちーちゃん」
「黙れ。私は忙しい。下らん用事ならば切るぞ」
脅しでなく本心から告げているのだが、相手は『つれないなー』と零すだけ。
「まーいいや、なら手っ取り早く言う事にするよー。そっちに二人目の男性操縦者が居るよね? あれ……何?」
「…………」
やはり来たかと彼女は捉える。遅かれ早かれ、当然何れは束の耳にも入るとは思っていた。寧ろ今頃では遅すぎるとさえ思えるほどに。
気楽に訊いては来るが、声音は冷たいものが含んでいる。
故に、千冬は応えていた。
「何、と言われてもな。その通りでしかないが?」
「何処で見つけたの? ちーちゃんが見つけたの?」
「ああ、偶然な」
「……偶然ねぇ」
そう偶然だ。偶然自分がISを動かした場に遭遇しただけなのだから。それ以上は解らない。
千冬は何ら間違った事を口にしていない。事実なのだから。
それと同時に、士郎と束が全く関係ない事がこれで解った。興味を持たない人間相手に対する態度が変わらないからだ。
「ならいいや。訊いておきたかったのは、こっちが本題。この二人目、バラバラにして調べちゃってもいいかなぁー?」
「…………」
暢気な声とは裏腹に、口にする内容は物騒なものだ。
ビールを飲もうとして――今手にしている缶は空だという事を忘れていた。
「お前は何を言っているんだ?」
つとめて冷静になろうとする千冬ではあるが、当然束はそんな彼女の心情に気づくわけが無い。
「別におかしくないじゃん、ちーちゃん? いっくんは束さんにとって、箒ちゃんや、ちーちゃんと同じように大切な子だよ? 男でISを動かせる事に関して調べたくても調べられないけどさぁ」
そこまで言って、電話の向こうで「あはは」と笑う。
「別の二人目なら関係ないじゃない。いっくんさえ居ればいいんだし。精々研究材料の部品として、ほんの少しは役に立つんじゃないかなーと束さんは思うんだよね」
「…………」
寧ろ、天才の束さんの役に立たせて上げるんだから、光栄な事だよ、とさえ漏らす。
一夏を傷つけるわけにはいかないが、士郎は傷つけても構わない。
人間扱いしていない。ただのラットか何かとしか見ていない。
部品ときたか――
手にしていた缶を、彼女は思わず、ぐしゃりと握り潰していた。
「……お前がどう思おうが勝手だがな、そんな話を聴かされて、私が賛同すると思うのか?」
「えー? 『コレ』って、もう肉親いないんでしょ? だったら誰も困らないじゃーん」
「…………」
確かに衛宮士郎の本来の家族と呼べる者が既に他界している話は、本人から聴いているので千冬は知っている。その情報は提出した書類に記載している。だからと言って、人体実験に適用される道理は無い。
挙句は、衛宮士郎を『コレ』呼ばわりか、と千冬は胸中で嘆息する。此処にもしセイバーが居て、今の言葉を聴いていれば、彼女は烈火の如く怒り狂うだろう。
「……お前、何処まで知っている?」
「うっふっふ、束さんには不可能は無いんだよ」
それが誉められた事だと思ったのだろう。視えはしないのに、電話口の向こうで無駄な胸を張っているのが容易に想像できる。
的を得ない返答だ。だが、と千冬は口の端を吊り上げていた。
束が口にしたその言葉に、思わず千冬は苦笑を漏らしていた。
何故なら、束の知らない事を自分は知っているのだから。この天才さえ知らない事を、今自分が知っている事が優越感に浸れて堪らなかった。
そんな千冬の雰囲気を電話越しに察したのだろう。束の声が聴こえてくる。
「むー? ちーちゃん何か束さんに隠してない?」
こういう事に関しては鋭いな、と千冬は純粋に思う。だが、次いで思う事もある。
誰が言うか馬鹿者――
束の事だ、何れ如何なる情報からか知り得るだろう。故に、態々此方が教えてやる義理など無ければ話す気も無い。
「さあな? 何の事だか解らんのでな」
「…………」
相手は無言。だが、何かぼそりと呟いていたのが解る。巧くは聴き取れなかったのだが。
「用件はそれだけか?」
「うん、まー今日のところはそんなトコかな。ちーちゃん、束さんばっかりじゃなくて、ちーちゃんからも掛けて来ていいんだよ。照れなくたっていいんだよ? 束さんは、ちーちゃんとの愛を――」
問答無用で千冬は通話を切っていた。あまつさえ、電源まで落とし、適当にテーブルに放り投げていた。
「…………」
無言のまま、二本目の缶ビールに手をつける。
(アイツがこのまま大人しくしているとは思えないが……)
忘れるかのように、千冬はビールを喉に流し込んでいた。