I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
「坊主、何処行ってやがったんだ!? 遠坂の嬢ちゃんが捜してやがったぞ!」
「坊や、桜さんが捜していたわよ!? 一週間も何処に行ってたの!?」
二騎のサーヴァントから激しい剣幕で捲くし立てられるが、士郎はキャスターの発した言葉を聴き逃していなかった。
「一週間? 一週間、俺たちは居なくなってた事になるのか……」
「士郎、どういう事でしょう?」
「……解らない」
顔を見合わせる士郎とセイバー。それもその筈だ。つい今し方まで話題にしていた二騎のサーヴァントが突然現れ詰め寄られもすれば言葉も無くなる。
「坊や、あなたね……」
変な言葉遊びをするほど此方は暇ではない。僅かな怒りを覚えるキャスターだが、どうにも合点がいかないランサーがそれを制す。
「まぁ待て魔女殿。坊主、どうにも話が噛み合わねェ。そこのセイバーと駆け落ちってわけでもなさそうだ。何があった? 解るように説明してみろ」
「あ、ああ……解った。でもその前にランサー、ひとつ頼みたい事があるんだ」
部屋の扉の前に人払いのルーンを施してもらうと、ランサーとキャスターを前に士郎は床に座る。その彼の後ろにセイバーが就く。
二騎も同じように床に座ると、ランサーに促されるまま、士郎は今までの事を話し出していた。
まさかランサーたちにまで説明する破目になるとは思いながらも、ふたりの女性に助けてもらった事から、元の世界に戻る手立てが全く無かった事まで詳しく話していた。
「別の世界だと?」
「ああ」
話を聴き終えたランサーに、士郎はこくりと頷いていた。
「どういうわけかは解らない。気づいたら此処に居たんだ」
「……どう思う? 魔女殿」
顔を顰めたランサーが話を振るが、士郎の話を黙って聴いていたキャスターは口元に手を当て考える。
「荒唐無稽、とは言えないわね。私たちが此処へこうして現れたのも説明がつかない。見てみれば……」
自分たちの座る床に手を触れ、キャスターの視線は室内へ向けられる。
「媒介もない。召喚儀式もされていない。坊やが意図的に私たちを呼んだ、という訳ではなさそうね」
「ああ。俺とセイバーはふたりの話をしてたんだ。そうしたら突然……」
「俺たちが現れた、てわけか」
そうだ、と士郎は頷く。
「…………」
無言のまま、キャスターはひとり考える。
なにかしらの媒介を用いて召喚されたのかとも考えたが当ては外れている。
士郎ならば、投影によって関連する物を複製する事が可能だ。キャスターならば「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」、ランサーならば「刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)」などを使っての召喚儀式を行ったともなれば少なからず辻褄は合うのだが。
「召喚魔術の事は良く分からんが、気軽に茶飲み話をしていただけで、片手間に召喚なんざ出来るもんかね、魔女殿? しかも本来のマスターと契約してるサーヴァントを再召喚てな芸当だ」
「ありえないわよ」
即答するキャスターに、ランサーは『だよな』と相槌を打つ。
「坊主、同じ事をやってみろ。あのいけ好かねェ弓兵でもライダーでもいい。いいか、俺たちを呼んだ時と同じ事をだ」
「わ、解った」
言われるまま、脳裏に目当ての人物を思い浮かぶ。が、何も変化は起こらなかった。
「意識的なもの? 深層心理に関係が……でもそれなら何故、坊やのところに私が……」
ぶつぶつと呟くキャスターだが、やはり回答はでない。
不意に、ランサーがある事に気づいていた。
「……俺と坊主は魔力パスが繋がっているようだな。魔女殿、アンタは?」
言われ、キャスターも肝心な事に気づかされていた。その表情は信じられなという色を浮かべて。
「私も坊やと繋がっているわね」
「という事は?」
疑問を口にする士郎の腕を取り、ランサーは無造作に袖を捲くっていた。
案の定、少年の二の腕に浮かぶ――ふたつの令呪。それを見てキャスタはー『やはり』と溜息を漏らしている。
士郎自身も己の腕に宿る令呪に驚いていた。
袖を戻させ、ランサーの眼は『つまりはそういう事だ』と物語る。
「理由は解らねェが、今の俺らのマスターは、坊主、お前って事だ」
「不本意ではあるけれど、坊やに従うしかないようね」
「そういうこった。ヨロシクな、坊主」
『前途多難ね』とため息をつくキャスターと、おそらくは何も考えていないのだろう。カカカと笑うランサー。
だが士郎は、その言葉に喜び声を上げていた。
「ふたりはすごい心強いよ。サンキュー」
素直な世辞を述べる少年に――キャスターもランサーも虚をつかれたように無言になる。が、それも一瞬の事。キャスターは再度嘆息し、ランサーはゲラゲラと笑う。
「な、なんだよ。俺は本当にそう思っただけなのに」
さすがにムッとする士郎だが、ランサーは片手でそれを制していた。
「わーってるって。悪ィ。ただあまりにもな、坊主が素直すぎるんだよ。だからつい、な。なぁ? 魔女殿?」
「黙りなさい。わたしは低脳なあなたの様にそう簡単に割り切れはしないのよ。寧ろ巻き込まれたこの事態が甚だ迷惑なのよ。それに、後にも先にも私のマスターは宗一郎様だけよ」
同意を求める視線をにべもなく払いキャスター。つれねぇなぁとランサーは肩を竦めていた。
「なっちまったモンはしょうがねーだろ? 魔女殿よ、そんなにつんけんすんなよ? 小皺が増えるぜ?」
「なんですって!?」
青筋を浮かべたキャスターは悪鬼の如くギロリと睨みつける。対してランサーは気にもせずへらへら笑ったまま。
そんなふたりのやり取りを見て、士郎は再度頭を下げていた。
「ごめんキャスター……今の俺には、どうしてもふたりの力が必要なんだ。虫がいい事を言っているのは解る。でもどうか、助けてほしい」
この通りだ、と頭を下げる士郎に――キャスターは渋々と視線を投げ、一息漏らし言う。
「坊や、男がやたらと頭を下げるものではないわよ」
「…………」
「現界している私たちが、どういうわけか此処に呼ばれた。挙句、私たちの本来のラインは切れていて、何故かあなたと繋がっている。あなたは私たちのマスターなのよ。偉そうにしろとは言わないけれど、もう少し胸を張りなさい」
「それじゃあ――」
顔を上げ、士郎の弾む声音にキャスターは頷く。
「ええ。束の間ではあるけれど、坊やに従うわ。キャスターの名にかけて」
「ありがとう! 魔術の事ならキャスターほど心強いものはないよ!」
それを見て、ランサーはつまらなそうに口を尖らせていた。
「なんだよ、最初ッから手ェ貸すんならまどろっこしい事すんなよなぁ。あぁ? もしかして、照れてんのか? 魔女殿も存外可愛いところがある――」
「黙りなさい」
どす――と鈍い音を立て、キャスターは槍兵の脇腹を殴りつけていた。
キャスターの細腕とは言え、高速神言魔術による鋼鉄並みに強化した拳での一撃だ。案の定、ランサーは『ぐふ』と息を詰まらせ床に倒れ悶絶している。
そんな相手を見もせずに――穢らわしいという眼だったが――ふんと鼻で一蹴すると、キャスターは何事も無かったかのように、こほんとひとつ咳払いする
「それよりも坊や。とても大切な事をひとつ言っておくわ」
「む、なんだよ」
真顔になるキャスターに対し、士郎もまた真剣になる。
ついと魔女の指先が主を指し――背後へと向けられる。士郎もまた指先を追い振り返り、顔を強張らせていた。
視界に映るのはセイバー。だが、その彼女の表情は酷く不機嫌になっていた。
言葉無く慌てる士郎とは対照に、キャスターは淡々と続けていた。
「すごい心強い、などとはおいそれとは口にしない方がいいわよ坊や。それだとセイバーは、自分は無力で頼りないのだと思い込むわ」
「思い込むじゃなくて、現にもうそうなってんだろコリャ。坊主も結構酷いよなぁ」
殴られた痛みから簡単に復活し、しれっと応えるランサーの声も士郎の耳には届いていない。
膨れっ面のセイバーは、ぷいとそっぽを向いていた。
「私如きでは力足りず申し訳ありません」
「なんでさ――だ、誰もそんな事言ってないだろ!?」
「お役に立てず、すみませんねシロウ……私では頼りにならなくて」
「なんでさ!? 魔術絡みならキャスターがより詳しいからだって事で言っただけだろう! なんでそうなるのさ!」
ぎゃいぎゃいと言い合うふたりに――ぱんぱんと手を叩きランサーが制す。
「ほれほれ、乳繰り合うのはイイがこっち見ろっての」
「誰が乳繰り合ってるんだよ!」
「誰が乳繰り合っているんですか!」
がーっと吼える士郎とセイバー。だがランサーは『うるせェなぁ』と面倒くさそうに続けていた。
「ほれ、いいから聴けっての。セイバー、坊主がどういう意味で言ったのかぐらい、お前さんでも解んだろうが。コイツの言葉足らずなんてのは、今に始まった事じゃねぇーだろ? そんなにムキになんじゃねえよ。それに、一番頼りにされてんのは自分だってのが解んだろうが」
「む、それは……そうですが」
言い淀むセイバーから次に視線を士郎へ向け――
「坊主もだ。俺らの事思って言ってくれてんのは解るがな、もうちっと言葉の意味は理解して言えっての。ま、そこが坊主らしいっちゃ坊主らしいんだがな」
「う、わ、解った……」
素直にしゅんとなるふたりに対し、今度はキャスターが割って言う。
「戯れはいい? じゃ、何にせよ、これからの事を話し合いましょう。粗方の事は理解しているわ。その上で確認するけれど、坊やは、インフィニット・ストラトス? このISというのを動かせるのね?」
「ああ。女性にしか動かせないらしいけれど、俺には動かせた」
頷くとキャスターの視線はセイバーへと移される。
「セイバー、あなたも動かせるの?」
「ええ。私の反応に完全な手足のようにとは行きませんが、私にも扱えます」
ふむとそこでキャスターは顎に手を当てる。脳裏に流れ込んでいるこの世界の情報を理解し反芻しながら……確認する。
「坊や、魔術的なもの、魔力の類は感じたかしら?」
触れた時の事を思い出し、士郎は頭を振っていた。
「いや、特には何も。触れた途端、知識というか情報みたいなのが一気に流れ込んできて、なんて言うんだろ……まったく知らないもののはずなのに、それを俺は知っているんだ。一方的に理解させられるって言えばいいのかな。うまく説明できないけれど」
そう応え、今一度考える。
トレースしたとは言え、解析は出来ていない。触れた途端に流れ込んで来た情報量。
此方が知ろうとする意識を無理矢理押さえつけられ遮断されたかのような違和感。
逆に、向こう側から此方の意思を無視したかのように強制的に送り込まれ、問答無用に理解させられたと言える。
再三に渡り、士郎なりに解析しようと試みはしたのだが、巧くはいっていない。
意識が集中しないのだ。
士郎の身が持たないのが原因でもある。侵食されるかのような不快感。それが何なのかは士郎は解らない。
解析に関して、こんな事は今までなかった。だが事実、ISに関しては明らかにおかしな点を拭えない。
知れば知ろうとするほど、何か得体の知れ無いものが絡みつくような嫌な感じ。見えない蛇にでも巻きつかれるような嫌悪感。
好奇心が無いわけではないが、それと同じように、得体の知れ無い説明できない『何か』に身体を蝕まれる事が受けつけなかった。
意気地が無いと言われればそれまでだろう。実際、士郎は不可視のものを乗り越え、その先へ踏み込もうとはしていなかった。
精神をより集中し、意識したとしても、奥深くまでは解析できないのではないかと彼は読んでいる。片鱗に触れたぐらいでしかないが、物体の構造を把握する事はできるが、そこまででしかない。内部――清香が言うように取り分け心臓部のコアとなると話は別だ。
投影に関しても同じ事が言える。機械ともなれば、外見だけで中身は伴わない。所詮は器だけのがらんどうしか作れないだろう。
「……完全なイレギュラー……この世界の人間とは違う坊やの魔術回路がなにかしら関係しているのかもしれないわね。今の段階では何とも言えないわ。実際にそれを見てみないと……」
「セイバーが動かせるのは何でだろう?」
「それも今のところは不明ね。魔力が関係しているのかもしれないし、純粋に女性だからという事で動くのかもしれないわね」
そこまで口にするとキャスターは士郎へ向き直っていた。
「坊や、あなたの事だから解っていないと思うから言っておくけれど、私たち三騎を使役するという事は、どういう事だか理解しているのかしら?」
「……サーヴァントが三人いるって事だろ?」
「やはり解っていないようね」
やれやれと溜息をつきキャスターは説明する。
「いい、坊や? 本来あなたはセイバーと主従関係にあった。此処まではいいわね?」
「ああ」
「魔力パスは、坊やとセイバーの間で繋がっている。ラインね。じゃあ、此処に私とランサーが坊やと繋がったらどうなるかしら?」
「それは……あ!」
そこまで説明されて、ようやく士郎は理解していた。
「魔力の供給は、俺を通した三分割って事か」
「ええ。下手をしたら極端な魔力供給不足にもなり得るわ。いい、坊や? 三騎を使役するという事は、逆に喜んでもいられない場合もあるという事を覚えておいてちょうだい。三騎と繋がっていると言う事は、当然坊やはその三騎に随時魔力を流していると言う事よ。自分の魔力回路の事、忘れているわけでは無いでしょう?」
「ああ……」
キャスターが言いたい事は、今以上に士郎の身体に負担が掛かるかもしれないという点に関してだ。
思い詰めたように唇を噛む士郎にキャスターは優しく笑う。
「脅すつもりは無いわ。言い方が悪かったわね。ごめんなさい。魔力供給に関しては、これも後ほど考えましょう。最善を尽くすわ」
「助かる」
「じゃあ、それ以外の事で、とりあえず私は何をすればいいかしら?」
「そうだな……まず、キャスターには暗示をかけてほしい。俺たちがこの学園で不利にならないように、浮かないようなレベルでのもので」
「……解ったわ。他は?」
「後は……」
不意に、士郎の脳裏にはひとりの少女の名前が浮かぶ。
更識楯無――
あの日、職員寮の廊下で会って以来、お互いに接触は無い。一夏に訊いたところによれば、この学園の生徒会長であり、学園最強の生徒でもあるという。
彼曰く、『人たらし』との事だ。他者を自分勝手に振り回し、随時自分のペースで引っ掻き回す。悪い人ではないんだけれど、とも告げられていた。
話をしてくれた一夏には悪いが、彼は楯無を深くは見ていないなと思っていた。確かに付き合いは自分と比べれば一夏の方があるのだろうが、士郎にとって見れば、どうにも楯無には裏表の『貌』があるように思えてならない。当然、一夏は表の『貌』しか見ていないだろうとも踏んでいる。
聖杯戦争で魔術師たちを眼にしてきた手前、そういった類のもので人を見てしまう。そんな思考に走っている自分に嫌気が差すが、士郎が感じ取ったイメージでは、楯無は、遠坂凛、カレン・オルテンシアに近い『面倒くさい』側の人間だ。
特に、あの口振りは果たして何を知り、何を物語っているのか。
千冬にも同じように楯無の事を訊いてみたが、求める答えは一夏と似たような物だった。
逆に、士郎の表情に何かを感じた千冬から『何かあったのか?』と訪ねられたが、それに対して『何もありません』としか応えなかった。
サーヴァントの事は誰にも口外していない。投影も、あのふたり以外には見せていない。
あの部屋にはカメラの類は無かった筈だ。ならば――
「坊や!」
強い口調の声音に意識が戻される。
ぼんやりとしたまま、士郎の視線はキャスターへと向けられていた。
「ぼうっとしてどうしたの? 何か気になる事でもあるの?」
「あー、いや……」
考えていた事を口に出しかけ――士郎はやめる。
今はまだいい。脳内の片隅がちりとざわつくが、彼は『なんでもない』と返事をする。
士郎の態度が明らかにおかしい事にキャスターは気づいてはいるが、敢えて彼女はそれ以上何も言わなかった。
「とりあえず、暗示は要所要所で掛けてほしい。それと、これも別で考えていたんだけれど、キャスターは表立って居てほしいいんだ」
「……どういう事?」
意図が見えない士郎の言葉に、美貌のキャスターは眉を寄せていた。
「セイバーは今、生徒として此処に通ってるんだ。なら、キャスターも此処に居る限りは普通に過ごせばいいと思うんだ。教師とかいいんじゃないかと思ってさ」
「……人目につかなくても構わないわよ」
霊体化していれば済むのだから、と簡単に士郎の案を斬り捨てる。
だが、口にした少年はその返答が予想出来ていたのだろう。めげずに続ける。
「いや、それはそうなんだけれどさ。こんな言い方はおかしいけれど、せっかく此処に来たんだし、キャスターもキャスターで普通にすればいいんじゃないかと思ってさ」
「それで教師?」
呆れてしまう。
的を得ない。何故にこの少年は、こうまで無駄な事を好むのかが理解できない。
どうにもこの子は物事を甘く捉え過ぎているとキャスターは考えていた。
キャスター自身、正直に言えば士郎を助ける気などは元々無かった。では如何して此処にいるかとなれば、頼まれたからに他ならない。
間桐桜に頭を下げられては、流石に無視も出来なかった。桜には思うところもあるし、何より桜の泣く姿など見たくは無いというのが、キャスターが動いた一番の理由でもある。
簡単に言ってしまえば、『裏切りの魔女』などと不名誉な名で呼ばれるキャスター『メディア』は、ひとりの少女の無垢な願いに応えるために快く協力してくれた御人好しでしかないのだが。
キャスターの心情も知りもせず、士郎は続けていた。
「ああ。キャスターなら、この世界の事も理解してると思う。何でも教えられそうだしさ。スーツとか着たら教師で十分通ると思うし。名前もキャスターじゃなくて、葛木メディアってしたら――」
「葛木メディア?」
その言葉――
不意に呟かれたその一言。
今の今まで全く興味を持たず、視線さえ逸らし、戯言としてしか取り合わずに一応聴くだけ聴いていた士郎の言葉に、キャスターは真っ直ぐに相手を見ていた。
「あ、ごめん。俺のせいでキャスターはこっちに巻き込んじゃったし、葛木て名乗るのは、キャスターは葛木先生の奥さんだろ? だから、せめてという訳ではないんだけれど、束の間の離れ離れになっちゃったし、葛木先生の姓はそう名乗ったら繋がりを感じてもらえればとか思ったんだ。それに似合うんじゃないかと思っただけなんだ。ごめん。軽率だったかな」
「葛木メディア……」
何度か呟き……ぐっと拳を握り、彼女はやおら立ち上がる。
「いい……いいわ坊や! いいわよ! 訂正するわ! 教師の案――受け入れるわ! 流石よ坊や!」
まさか此処までキャスターが気に入るとは思わなかった士郎は、興奮する相手のその雰囲気に圧倒されていた。若干引いていたとも言えなくも無いが。
「えっと、お気に召したようで何よりだけれど、あれ? なんかこのやり取り何処かで見たような気がするぞ……何処かのショッピングモールで見たような……既視感?」
汗を一筋垂らす士郎を完全に無視し、キャスターは爽やかな笑みを浮かべて両手を天に掲げていた。
素顔のキャスターは文句の付けどころが無い美人だ。その類稀なるとも言える美貌で笑顔ともなれば、見る者にとっては女神とさえ見紛うものだろう。今の彼女は、それはまるで、神々から祝福されるのが当たり前のような神秘ささえ感じ取れた。この時ばかりは。
「ええ、ええ。任せなさい坊や! この葛木メディア、葛木メディアに全て任せなさい! 大切な事だから二回言ったわ! 坊やはこの私、葛木メディアが責任を持って元の世界に戻して見せるわ!」
「あ、ああ。頼りにしてるよ……葛木メディア先生……」
「今の私なら、バーサーカーだろうが英雄王だろうが、指先ひとつで倒せそうだわ!」
『愛って偉大よ! ヒャッハー』とキャスターは狂喜乱舞する。
多少目的がずれている事に頭を悩ませかけた士郎だが、今の今まで無言だったランサーが声をかけていた。
士郎は知らなかっただろう。キャスターと話をしている間、ランサーがセイバーと小声でぼそぼそと話していた事に。
「なぁ、そのインフィニなんたらってのは俺でも動かせんのかな?」
「どうだろう……魔力が関係してるのなら、サーヴァントのセイバーで動いたんだから……案外ランサーも簡単に動かせるんじゃないかな?」
「ふむ……」
何かを考えるかのように、顎に手を当てたランサーの口元は歪み、ニヤリと笑みを浮かべていた。
翌朝――
何時も通りの朝の始まりと言えるSHR。その壇上に織斑千冬は立っている。
「静かにしろ小娘ども!」
煩い生徒たちを黙らせるべく一喝する。
見慣れた光景。
ばし、と殴打する音が上がった。
相変わらずだなと士郎は一瞥しただけで、それと解った。
日常茶飯事と化した弟一夏の失言。次いでの姉兼教師千冬による制裁。
一夏に対してご愁傷様と心で呟き、士郎は手にしていた本を読み続ける。千冬に見つかれば当然彼も指導ものではあるのだが、今日のIS実習こそ、ある程度は粘れるようにしないとと考えていた上での判断だった。少しでも自分の足しになるようにと理解しながら知識を吸収していく。
「その前に、喜べガキども! 本日付でもうひとり転入生が加わるぞ」
唐突に上がった千冬の声音に驚き、生徒たちはざわめいていた。
「転入生?」
「また?」
「衛宮君とセイバーさんが入ったのにまた?」
案の定、クラスの連中は騒ぎ出す。
がやがやと喚く生徒たちを黙らせるように、千冬は手にしていた教科書で教壇を叩いていた。
「黙れと言っている」
IS機動ルールブックに視線を落としていた士郎も喧騒に釣られて顔を上げていた。
「……転入生?」
「私たち以外にもいたのですね」
「そうみたいだな」
隣の席に座るセイバーとぼそぼそと小声で話していると、壇上に立つ千冬は『入れ』と扉に声をかけていた。
がらりと扉が開き――
現れた人物を眼にし、真っ先に反応を示したのは士郎だった。手にしていた分厚い書籍をぼとりと床へ落とし――その表情が見る見るうちに蒼くなる。震える口が開くが、言葉は出ない。
どうしてお前が其処に居る――
蒼い髪。すらりとした長身。袖を捲くり、着崩した制服姿――の男性。
「自己紹介をしろ」
「あー、北欧から来た衛宮ランサーだ。趣味は槍と素潜り、あと釣りが得意だ。よろしくなー」
教壇に立ち、気軽そうに片手を上げてひらひらとしているのは、見紛う事の無い、昨夜召喚された――『クランの猛犬』ランサーがそこに居た。
驚くセイバーと、机に突っ伏し頭を抱える士郎。そんなふたりに気づきもせず、千冬は続けていた。
「ランサーは衛宮の実兄だそうだ。見て解るように、年齢はお前らよりも上ではあるが、ISを動かせる男性という事で、一から習うために特例の編入だ」
「つーことでよろしくな。あ、俺の事は気軽にランサーって呼んでくれよ」
「年上の男性!?」
「織斑君と衛宮君とも全く違うワイルド性!」
『きゃーっ!』という歓声に包まれるランサーを尻目に、蒼い顔のまま、士郎はひとり海より深い溜息をついていた。