「さて、みなさん。集まってもらったのは他でもありません。犯人が判りました」
事件現場の201号室に戦士たち3人を集めた美咲は、ベッドの上に立ち、食堂で買ったタコスを頬張りながら言った。
「犯人だって? まさか、本当にこの中に犯人がいるって言うのか?」
「冗談ではありません。私たちはこれまで、多くの試練を乗り越えてきた仲間。そのような裏切り行為、あり得ません」
「そうよ。大体あなた、何様のつもり? 素人のくせに探偵気取りなんて、お笑いだわ」
みんな口々に文句を言う。でも、美咲が動じるはずもない。むしろ、謎解き時に文句を言われるのは名探偵の宿命だ、とでも言いたげな表情で頷いている。
「謎解きの前に1つだけ確認しておきたいんですけど、最近キメラの翼を買った人はいませんか?」
「いないよ。あんなもの、もうこのレベルじゃ、必要無いからな」戦士が応えた。
「そう。良かったです」
「それがいったいなんだと言うのですか?」と、僧侶。
「判りませんか? 犯人が、どうやって密室の部屋から脱出したのか」
…………。
……って、おい。まさか?
あたしと同時に、みんなも気付いたようだ。その様子を見て、美咲はにやりと笑う。「そう。犯人は、ルーラを使って、部屋から脱出したんです!」
「――――!」
全員が、言葉を失った。
ルーラ――ドラクエに疎いあたしでも覚えている。確か、移動の呪文だ。その呪文を唱えると、それまで訪れたことのある街や城に移動できるのだ。
美咲は、自信満々の声で言う。「犯人は勇者を殺害後、部屋の中から鍵を掛け、そして、ルーラを使って脱出しました。後は宿屋に戻り、何食わぬ顔して、死体発見現場に居合わせたんです」
「バ……バカなこと言わないで! 何を証拠に!」声を上げたのは魔法使いだ。
「証拠は――時間のズレです!」美咲は高らかに宣言した。
時間のズレ? どういうことだろう?
「昨日の夕方、あたしたちが宿屋にチェックインしたとき、若葉先輩の時計は、この世界の時間と同じでした。でも、朝、目を覚ますと、1時間45分遅れてました。最初は時計の電池切れだと思ってたんですけど、さっきまた確認したら、遅れはきっちり1時間45分でした。時計の電池切れなら、これは考えにくいです。つまり、あたしたちの寝ている間に、この世界の1時間45分という時間が、消失してしまったんです。それはなぜか? 犯人がルーラを使ったからです!」
大げさに芝居がかった口調で言う美咲だけど、あたしにはどういうことなのかよく判らない。
でも、みんなはっとした表情になった。判ってないのはあたしだけか?
ついて行けないあたしを放って、美咲は続ける。「そうです。ルーラを使うと、必ず朝になってしまうんです!」
……そうだったっけ? 覚えてないなぁ。
でも、みんな感心したみたいに頷いてるし、何より美咲が言うんだから、きっとそうなんだろう。
つまり、犯人が勇者を殺害したときはまだ夜だったけど、部屋から脱出するためにルーラを使ったため、朝になってしまった、ということだ。一体どういう理屈でそんな現象が起こるのかは判らないけど、あたしの時計はこの世界のものではないから、ルーラの干渉を受けないのだろう。だから時間がズレたってことか。
と、魔法使いが突然立ち上がった。顔を真っ赤にして怒っている。「さっきから聞いてれば、ずいぶんと失礼なことを言うのね。あなたの言い分じゃ、まるであたしが勇者を殺したみたいだわ!」
「勇者、戦士、僧侶、魔法使いのパーティーで、ルーラを使えるのは勇者と魔法使いの2人です。勇者は殺されたんですから、残るはあなただけです。つまり、犯人はあなた、ということになります」
美咲の言葉に、魔法使いは、フフッと笑った。「これだから素人は困るのよ。いい? ルーラの呪文は、空を飛んで街や城に戻るの。瞬間移動とは違うのよ? こんな閉ざされた部屋の中で使ったら、天井に頭をぶつけるだけ。脱出なんてできないわ」
あ。それ、あたしも経験ある。ゴン! ってなって、落ちてくるんだよね。あれやると、結構恥ずかしいんだよな。
魔法使いは不敵な笑みを浮かべ、美咲を睨みつけた。
でも、対する美咲、動じた様子は無い。「残念でした。そんな言い訳、若葉先輩には通用しても、あたしには通用ません」
「な……何ですって?」
「屋内でルーラを唱えて、天井に頭をぶつけるのは、ドラクエ4からの設定です!!」
びしっ! と、美咲は魔法使いを指差した。魔法使いは、信じられない、と言う表情で、ただ美咲を見つめる。
「例えば、冒険を再開するとき、王様の部屋からフィールドまで歩いて戻るのは、結構面倒ですよね? そんなときは、今いる街にルーラするんです。そうすれば、すぐにフィールドに出ることができます。若葉先輩もやったことありますよね?」
同意を求めるようにあたしを見る美咲。あたし、少し考えて。
「……いや、無いけど」
「……へ? なんでですか?」
「だって、そんなのMPがもったいないじゃん」
あたしの言葉に、その場にいる全員が、さっきの魔法使いと同じ表情になった。
「……せこ」誰かが呟いた。
「……とにかく! 全ての可能性を考慮した結果、犯人はあなたしかあり得ません! さあ、反論できるなら、してみてください!」
全ての可能性を考慮したとは思えないし、反論の余地はいくらでもあるような気がするけど、美咲の指摘に、魔法使いはガックリと膝をつき、
「……その通りです……あたしが……やりました……」
目に涙を浮かべ、犯行を認めたのだった。
その後の調べで、勇者と魔法使いは、この旅を始めた当初、恋人同士だったことが判明した。
でも、冒険を続けるうちに、勇者は僧侶のことを好きになり、魔法使いはフラれたのだそうだ。今回の事件は、そのことを恨んでの犯行だった。
こうして、美咲の名推理(?)によって、事件は解決した。
彼らがどうなったかと言うと。
死んだ勇者は教会に運ばれ、無事、生き返ることができた。
そう。当たり前だけど、ドラクエの世界では、死んだ人間は簡単に生き返るのだ。
故に、殺人に対する刑も軽く、魔法使いは、蘇生料金730ゴールドの負担と、罰金2000ゴールドを課せられただけで終わった。
魔法使いはパーティーから外されるかと思ったけど、今からまた新しいメンバーを育てるのは大変、という理由で、そのままパーティーに残ることとなった。
その後、何事も無かったかのように、王様に化けていたモンスターを退治した一行は、変化の杖を手にし、北のグリンラッドへ旅立って行った。
あたしたちはと言うと、事件は解決したものの、結局元の世界に帰る方法は判らないままなので、そのまま勇者たちの旅につきあうことにした。
あたしたちの冒険は、まだ始まったばかりだ――。
…………。
……いいのか? こんなんで。
(第1話・部屋にかかった鍵 終)