笛使いの溜息   作:蟹男

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前話の感想
何故保険金殺人をテーマにしよう、などと思ったのだろうか。未だに理解に苦しむ。

そして作者驚愕の公式設定再び!


許されざる行い

「む……」

 

「あ……」

 

同じ物を取ろうとし、手と手が触れ合う。まるで恋愛小説の様な安っぽい演出だが、それだけでドキリとすることも多いだろう。

 

もちろんそれが知り合いなどでは無く、ましてや男でも無ければの話だが。これがもし女性相手の話なら、レディーファーストという事で相手に譲っていたであろう。しかし残念ながらむさくるしい男なので、そんな仏心を出してやるつもりは無い。

 

「取る依頼を間違えていないか、レクター。これは黄金魚の納品だぞ」

 

「いやいや、間違っちゃいないよ。これで合ってるさ。シドだってこんな簡単なクエストを取る必要は無いでしょ?ほら、狩猟の依頼は沢山出てるよ」

 

一見和やかに会話しているように見えながらも、お互い依頼書を掴む手の力を緩めようとはしない。隙有らば奪い取ってやろうと考えていたのだが、どうやら同じ事を考えているようだ。

 

「大体何だってこんな依頼を受けようと言うんだ。身入りは少ないんだから他のを受けたらいいだろう」

 

「今はそれ程金に困ってないから大丈夫だよ。それよりちょっと砂漠で欲しい鉱石が有るからこのぐらいが丁度良いんだ。シドだって納品の奴なら他にも出てるし、稼いだ方が良いんじゃない?」

 

「生憎だが俺も懐が温かくてな。それよりだったら人の居ない広い所でじっくりと笛の練習をしたい気分なんだ。あそこの地底湖辺りは丁度良いんだよ」

 

言葉を交わしながら牽制し合う。いや、それだけで無く足を踏みつけに行ったりくすぐりに来たりと地味な攻防も繰り広げている。自分でやっておいて何だが、子供の喧嘩みたいで馬鹿馬鹿しくも有る。こんな事をしている所為で周囲に誰も近寄れず申し訳無さと恥ずかしさに襲われたが、お蔭でというか何というか少し開き直ってきた。

 

此処まで来たらもう失うものは無い、それに男というのは何時だって勝負に熱くなるのだ――それが例え他人からどんなに下らなく見えたとしても。大の大人が何をやっているんだと思だろう、だが少年のような心を失くしてしまっては夢など追い続けられないのではないか?だから俺は真剣に戦いを挑むのだ、その気持ちを失くさないために。断じて失うどころか増えつつある奇異の目からの現実逃避などでは無い。……と良いな。

 

「クッ、鉱石が欲しいなら、下位のモンスターでも、倒すついでにやれば、良いだろう!黄金魚を、探すなんて、かえって手間じゃないか、っと!」

 

「シドこそ、地底湖の辺りには、居ないかもしれないよっ!探し回っている内に、練習している、時間なんて、無くなってるかも、ねっ!」

 

「……」

 

「……」

 

自分が言った言葉とレクターの言葉を聞いて少し冷静になった。考えてみれば危険性は無いに等しいが、では簡単かというとそうでも無い。黄金に例えられるのはその色だけでは無く、希少性もその理由だ。行ってみたら探すのに追われて全然練習できませんでした、などという事になったら目も当てられない。それなのに何を俺はこんな場所でむきになっていたんだろう。情け無いったらありゃしない。

 

一気にやる気が失せてしまい手から力が抜ける。だがそれは向こうも同じだった様で、二人ともそれから手を離してしまった。その結果、自らに掛かっていた力を突然失った依頼書は、成す術無くひらひらと床へ舞い落ちて行くのであった。

 

「拾わないの、シド?」

 

「いや、良く考えたら大人気無かったからな。今回はお前に譲るよ」

 

「ううん、俺の方こそ悪かった。お詫びって言っちゃなんだけど、代わりにシドが行って来て良いよ」

 

「……」

 

「……」

 

何処かで誰かが言っていたような気がする。『争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない』と。俺はコイツと同レベルなのか……そう思うと悲しくなる。何だかんだで友達を続けているのはそういう事なのだろうか?認めたくない物だ。いや、きっと悪い影響を受けてしまったのだろう。そうで合ってくれ。

 

今日はもう帰ろう。もう色々と面倒になったのでギルドを出ようと後ろを振り返り――すぐに前へと向き直る。今俺達が立っている場所は依頼の掲示板の前、それはギルドの中で最も人が集まる場所の一つである。そんな場所を長い事占領していたものだから、順番待ちをしていたハンター達の視線が物凄く冷たい。これで床に落ちた依頼書を放り出して何も受けずに帰ったりしたら、ただでさえ悪い評判が悪化する事は間違いないだろう。

 

レクターと目を合わせ、無言で会話する。状況は理解している様なので協力してこの場を切り抜けなくては。

 

「じゃあお互い様という事で……」

 

「うん、二人で行こう」

 

「じゃあ善は急げだ、さっさと出発するか」

 

依頼書を拾い上げ駆け足で受付へ向かい速攻で受注の処理をしてもらう。これ以上こんな場所に居られるか、俺達はさっさとクエストへ向かわせてもらう。

 

その勢いのままギルドを飛び出し目的地へ向かう乗り物に乗車する。すぐに出発してくれと頼むとその通りに即座に動き出してくれたので、ようやく人心地が付いた。飛び乗った俺達を見て表情が引き攣っていたようにも見えるが、アイルーの顔というのは人とは異なっている所為かどうにも表情が分かりにくいのできっと気のせいだろう。気遣いの出来るアイルーなのだ、そうに決まってる。これは是非とも次からも贔屓にしたい所だ。

 

「やー、焦ったね」

 

動き出してからしばらく、ようやく呼吸を整えたレクターが話しかけてきた。

 

「ああ、全くだ。やれやれ、しばらくギルドに顔を出したくないな」

 

「結構睨まれてたもんね。でも俺達結構有名だと思うんだけど、何であんな喧嘩売られそうになったのかな?普段なら眼すら合わせてくれない人ばっかりなのに」

 

「そろそろ新人ハンターが増えてくる季節だからな、他の所から来た人間も多いんだろう。大体、普通は仲間でも無いハンターの事なんか知らない物じゃないか?」

 

「ああそっか、あの雑誌が出たのはもう結構前だもんね」

 

基本的にハンターの情報というのは一般的に出回る物では無い。ギルドに聞けば教えて貰うことも出来るが、そこに登録されているのは精々名前や実績ぐらいのもので個人情報は登録されていないのだ。

 

しかしどの分野でもそうだが、トップクラスというのは例外なのである。自然と知れ渡る事も有るし名を広める機会も多いのだ。そしてギルドでは業務の一環として定期的に雑誌を発行しており、取材に協力すればそれなりの特典も存在する。それがG級で有れば家を建てる事が出来たりするなどメリットは非常に多い。

 

そんな訳で俺も一度G級ハンター特集とやらで経験が有るのだが、正直言ってあまり良い思い出では無い。演奏を聴かせろと言うから喜んで聞かせてやったのに、途中で眠りこけた挙句有る事無い事記事で書かれてしまったのだ。そこで付けられたのが今の葬奏人などの物騒な名前である。全く、そのイメージが広まりすぎて大きな迷惑だ。

 

ちなみに、レクターにその時付けられた通り名は殺陣鬼。随分上手い事名付けたものだと感心した。俺にもその記者が来れば良かったのに。それとは逆に人当たりの良さにコロッと騙されて見た目だけで女神などと書いてしまうのも居るようだから、随分と当たり外れが大きいのだろう。ちゃんとした人間だけでやって欲しい物だ。

 

余談であるが、雑誌の編集部はギルドの中では非常に規模が小さく肩身の狭い部署である。本来の業務に関わって来ないのだから当然と言えば当然であるが、そこに配属される人数もそれに比例して少なくなっている。実際に取材に出ている記者は一人しかいないのだが、彼がその事を知る事は無い。

 

「つ、着きました……ニャ。どうぞお降りになって下さい……ニャ」

 

息も絶え絶えに疲れ果てた様子のアイルーが到着を知らせる。随分早い到着だ、気を利かせてくれたのだろう。

 

「ああ、有難う。帰りもお願いできるか?」

 

「え……。わ、分かりましたニャ……」

 

先程までと打って変わって力無くよたよたと帰って行った。飛ばした所為で疲れたのだろう、早く休んで英気を養ってもらいたい。

 

「いやー、あっついねー」

 

「砂漠だからな。それよりどうする?先に捕まえてしまうか?」

 

「うん、そーだね。それじゃ俺は二匹捕まえてくるから」

 

「自然に一匹多く押し付けようとするな、全く。まあその辺りは見つけたら捕るだけ捕ってから多い分を逃がせば良いだろう」

 

「まあそれでいっか。んじゃ俺は地底湖の方行って来るから後よろしくー」

 

こちらの返事も聞かず勝手に決め走り去ってしまった。アイツ、採掘をするつもりだな。ま、二匹ぐらいは捕まえはするだろうから一々その位で目くじらを立てたりはしないが。もし一匹も捕まえていなかったなら……その時は、容赦はしない。

 

俺も出発するか。偉そうに言っておきながら捕まえられませんでした、なんてことになったら三か月はからかわれ続けるだろう。そうなると果てしなくウザったいからな。

 

荷物を持ち、魚が生息している水辺へと向かう。強い日差しに負けない様クーラードリンクを飲みながら進んでいるが、服が物凄く熱い。だが夜になると冷えるし、他に良いデザインの服も無いからこの位は仕方ないだろう。

 

なるべく日陰を通りながら歩いていると、やっと水の音が聞こえてきた。近くに居る小さなモンスター達を排除しながら、釣りの出来るポイントへ近付く。虫は特に邪魔臭いので念入りに仕留めなくてはな。

 

羽音もしなくなりようやく静寂に包まれたあたりで準備を開始する。持っていた荷物を下ろし、その中から必要な道具を探す。

 

「……」

 

もう一度よく探してみよう。一旦全ての中身を取り出す。まさか魚を捕まえなければいけないのに釣竿を忘れるなんて馬鹿な真似をする筈が無い。

 

回復薬にクーラードリンクと落とし穴、そして釣り餌。これが俺の今日の持ち物全てだ。……おかしい、見当たらない。一体何故だ?そうか、何処かの誰かが盗み出したに違いない!そういえばこの辺りにはメラルーが居た筈、きっとアイツらが……。

 

「……はぁ」

 

溜息を一つ付いて心を落ち着ける。現実逃避は止めよう。メラルー達の巣はもっと遠くだし、そもそも邪魔されそうな相手を蹴散らして回ったのだから盗まれた事に気付かない筈が無い。認めなくてはならないのだ、焦っていたせいでついウッカリ家から持ってくるのを忘れた事を。

 

しかしどうする?楽をしようとしたレクターに説教しておきながら自分は釣竿も有りません、では笑い話にすらならないだろう。周囲に有る道具を使って即席の物を作る事も考えたが、此処は砂漠なので木の枝一本も見つかりはしない。生憎俺はカナヅチなので泳いで捕まえるという訳にもいかない。

 

持って来た道具を見返すが役に立ちそうなのは釣り餌ぐらいだし、それも単体では意味を成さない。どうする、どうしたらこの窮地を脱せられる?何か無いかと必死に辺りを見渡すと、ふと自分の相棒ともいうべき笛が目に入った。

 

以前フランに講義して貰った事が有るのだが、音と言うのは振動であるらしい。成程、演奏中の楽器に触れると確かに震えを感じる。尚そんな事を教えてくれた理由は俺の音楽を研究する為の話の取っ掛かりにしようとした為のようで、その後お望み通り目の前で笛を吹いてやった。自分から言ってきたのに真面目に聞かないし結果も教えてくれないので少し憤りを感じるが、今はその事はどうでも良い。大事なのはこの武器は振動を出せるという事だけだ。

 

しかし、こんな事をして許されるのだろうか?だが俺には他の方法は思いつかない。倫理か、それともプライドか……さんざん迷ったがアイツに見っとも無い姿を見せるという事はどうしても出来なかった。下らぬ見栄だと笑う人も居るだろう、笑いたければ笑うがいい。男は皆虚勢を張りカッコ悪い所を見せたくない生き物なのだ。……今からやる行いがカッコ良いかと言われるとそれも疑問だが。

 

などとは思った物の、それから覚悟を決めていざ実行に移すまでにも更に時間が掛かってしまった。やっとの事で決心が付き行動に移し、無事成功したとほぼ同時位にレクターが俺の居る方へやって来たのだった。

 

「いやー、ゴメンゴメン。二匹ぐらいしか居なかったよー。残念だな、シドの分も捕まえようと思ったのに。ところでそっちは、って何これ?」

 

「ん?ああ、戻って来たか。鉱石は十分に取れたか?」

 

問い掛けを無視し出迎える。一応黄金魚も持っているようだが、袋に採掘したであろう収穫が沢山詰まっているのが丸分かりだ。

 

「あんまり良いのは取れなかったけど……ついでにちょっと掘っただけだからね?それよりさ、何やったの?魚が皆浮いてるんだけど」

 

その場の思い付きにしては中々上手く行ったようだ。どの魚も大きさを問わず皆腹を上にしてプカプカと漂っている。恐らく気絶しているだけで死んでは居ないだろう。

 

「一体どうしたらこんな事に――ねえ、シド。なんでその笛ちょっと濡れてるの?」

 

「知ってるか?水の中では振動は空気中より伝わりやすいんだ」

 

「何か似てるやり方聞いた事有る気がするんだけど」

 

「偶然だろう」

 

「いや確か石投げる奴は禁止されて――」

 

「偶然だ」

 

「…………ハイ」

 

石を投げて魚を取る昔から行われていた漁法、今ではそれは環境破壊の恐れがあるとして取り締まられている。だが原理は同じでも手段が違うのだからこれはセーフ……だと良いが。

(ガチンコ漁は環境破壊を招くため法律で禁止されています。出来るとは思いませんが、原理が同じなら罰せられることも十分に考えられるので絶対に真似しないでください。以上、作者からのお願いです。)

 

「それより、手伝ってくれ。今なら黄金魚も取り放題だ」

 

「まあ良いけどさ。あれ?もしかしてシド、釣竿――」

 

「ほら、お前の目の前に浮かんでるぞ。目を覚ます前に捕まえるんだ」

 

「あー……まあ良いか、細かい事は。それにしても、随分一杯居るんだね。掌ぐらいの奴に両腕で抱えないといけないぐらいの奴に、俺達より遥かにおっきいのも――あのさ、あれって」

 

レクターの指差す方を見る。そこには白い腹を浮かべた魚類と思われる生き物が居るだけだ。おかしな事と言えばそのサイズが他と比べるまでも無く明らかに巨大で、脚が生えていることぐらいだ。

 

「初めて見る訳でも無いだろう。只のガノトトスじゃないか」

 

「うん、そうだね。いやそうだけどそうじゃ無くて――あ、起きた」

 

表情を読ませないその丸い瞳が輝きを取り戻し、姿勢を元に戻す。辺りを見渡し現状を把握し、どうやらこちらの姿を視界に捉えたようだった。

 

「来るぞ。準備はいいか?」

 

「ったくもう、しょうがないなホントに」

 

そう言いつつも余計な道具は既に仕舞い双剣をその両手に持ち、耳栓を付け始めた。この切り替えの早さは流石と言った所か。

 

バシャッ、と勢いよく水音を立てながらこちらへ飛来する。着地際を狙って攻撃を仕掛けるという考えも有ったが、確実に回避するために横へ飛び退く。

 

ガノトトスは普段水中に棲んでいる。それはつまり、普通に生活している間は自身の大半を水で支えているという事だ。この体長の長さからも相まって、その身の重さは相当な物にまで成長している。万が一少しでも下敷きになれば自力で抜け出すのは不可能だろう。そして重い物は動かすのに非常に大きな力が必要だが、止めるのにもやはり大きな力が無くてはならない。無事に一撃を当てられてもそれで行動が止まる保証は何処にも無いのだ。モンスターと戦う時に九割方安全だと考えられる事はやってはいけない。それは一割危険である事を意味し、その代償が命であることも珍しくないのだ。

 

案の定、地面に着地したガノトトスは勢い殺さずそのまま地面を滑って行った。俺が立っていた辺りは物の見事に地面が削り取られている。一方で立ち上がりこちらを向いたガノトトスの白い腹には、傷らしい傷はまるで見られない。水中で有ればほぼどのような地域にも生息する個体数の多いモンスターの割に、コイツを苦手とするハンターは少なくない。その理由の一つが皮膚の堅さである。土を抉り取って尚微塵も変化の無いその腹は余程切れ味が良くなければ刃物を通さず、衝撃も中へと通さない。

 

とはいえ全身がそのような鱗で覆われているわけでは無い。良く動かす部分は少しでも軽くするために柔らかい部分が多く残っているのだ。当然多くのハンターが狙うのはその部分、その巨体を支える両の足である。

 

「っと!」

 

だが弱点が分かったからと言って簡単に倒せるか、というとそんな事は無い。俺達ですら見抜けるような弱点を自分自身が把握していない筈が無いのだ。であるならば、その対策をしてくるのは当然の事である。例えば今俺に向けて打ってきた水流の様に。

 

噴き出すのに息を吸い込む所為か、少し溜めがあるのでしっかりと冷静に相手を見ていれば避けるのはそう難しい事では無い。だがそれは向こうも承知しているのだろう、むしろその目的は敵を怯ませる事に有るのではないかとさえ考えてしまう。事実その威力は尋常では無く、後ろに有った岩に穴を開けてしまうほどだ。人間に当たってしまえば吹き飛ばされるなどというレベルでは無く、簡単に向こう側が見えるようになってしまうだろう。頭や心臓を守ればいいと言う話では無く、全身が急所となり得る恐ろしい一撃だ。

 

恐れを抱いた相手が取るであろう行動は二つ、逃げ出すか或いはそれに立ち向かうのか。どちらを取られても問題は無いのだろう。逃走されるなら後ろから狙い撃ちしつつ水に逃げ、向かって来るなら水流に意識が向いているハンターに尻尾でも振り回してやれば済む話だ。

 

下位のハンターがコイツにやられる事が多いと言うのも頷ける話である。しかし生憎此処に居るのはG級ハンター、その程度の戦略が通用すると思ったら大間違いだ。先程の話は相手に恐怖を与える、という事が前提に有る。あのような鉄砲水を遥かに超える恐ろしい攻撃を経験し、乗り越えてきたのだ。今更そんな物で恐怖に襲われることは無い。

 

俺がガノトトスの気を引き攻撃を無駄打ちさせている間に、既にレクターは足元に取り付いている。後は足を遠慮なく切り付ければこちらの思うがまま……と言いたいが、そう甘くは無い。たかが水流を打ってくるぐらいでやられる程ハンター達は弱くは無い。本当に大変なのは此処からである。

 

コイツを相手にする際、最も恐れなければならない攻撃――それは水流でも尻尾でもましてや押し潰しでも無い。全体重を片足に乗せ、上体を思い切りしならせているのが目に入る。慌てて後ろへ下がり結構な距離を取ったつもりだったが、実際にはその目の前まで巨体が迫りもう少しで直撃する所であった。

 

コレこそがガノトトス戦最大の脅威、タックルである。話を聞く分には大した事が無いように感じるかもしれないが、スピードも有り体重差も物凄いので当たればかなりのダメージである。そして何よりも恐ろしいのが、その攻撃範囲の広さだ。

 

弓を射るかの様に体を反らし、もう片足を思い切り踏み込んで限界まで引っ張った弦を解き放つかの如く上半身を突っ込ませる。あと少しで倒れるというギリギリの所まで体を運ぶため、先程の様に安全だと思っている位置まで攻撃が届くのだ。また、両足を思い切り開く所為か地面スレスレのかなり低い所でも避けられるとは限らない。必死の思いで脚に辿り着いたハンターを嘲笑うかのように粉砕するこの一撃こそが、このモンスターに対する苦手意識の最大の要因である。

 

当然ながら足元に居たレクターには避けられる筈も無い。だがそれが敗北を、死を意味するのかと言えばそれもまた異なっている。避けられないなら、ダメージを殺せばいい。当たる直前に後ろへ跳び衝撃を和らげているのは確認している――そしてその時右手に持った剣を突き刺しているのも。いかに鱗が固いとはいえ自身の体重を全て剣に押し付けたのだ、突き破らない道理は無い。

 

思いもよらぬダメージの所為か、すぐに追撃に動く様子は無い。しかし一方のレクターも軽減したとはいえ攻撃を喰らっているのは事実。どちらが先に立ち直るかの勝負になるだろう――コレが一対一の戦いならば。

 

音を出し注意をこちらへ向ける。図体の割に細々とした動きが多く一曲演奏する時間は中々取れないが、一つの音を出す程度ならすぐに済む話だ。予想よりも早く立ち直ったガノトトスは既に俺を警戒する体制に入っている。そうだ、俺がお前を気絶させてやったんだ。もっとこっちに注目しろ――さもないと、また同じ目に合うかもしれないぞ?

 

尻尾を振り回すには少々遠い間合いに居るため、またしても水流を噴き出す構えを見せた。だがそれに構わず真っ直ぐ向かっていく。その攻撃の欠点は近くの敵に当たらない事でも溜めが必要な事でも無い、打った後に射線を変えられない事だ。いよいよ水を発射する、という直前で右に半歩だけ体を移動させる。俺の横を水飛沫を上げながら飛んでいく弾丸をまるで気にする事無く接近し、脚同様鱗に覆われていない頭に向かって笛を振り回す。

 

躱せる体制には居なかった為直撃させる事は出来たが、残念ながら脳を揺らすには至らなかった。もう一撃、と思ったが余程今の攻撃が堪えたのか上半身を無理矢理持ち上げてしまった。骨格から考えて結構無理をしていると思うが、それに構わず今度は広い範囲を水で薙ぎ払おうとまたしても溜めを作り出した。これでは先程の避け方は出来ないし上手く避けても頭を攻める事は出来ないが、如何せん隙を作りすぎた。

 

「っしょ、と」

 

何時の間にやら起き上がっていたレクターが、刺さっていた双剣で縦に腹を切り裂いた。身が厚いせいで致命傷とは成らなかったが、動揺させるには十分だったらしい。そのまま動きを止めず今度は脚を切り付けると、負担が掛かりっぱなしだった為かあっという間にバランスを崩し地面に向かって横転した。

 

「ウオオアアッ!」

 

チャンスと見たのか鬼人化し、頭に一つの完成されたダンスの様な凄まじい数の連撃を加える。見る見る内に傷が増えていき、その特徴的なトサカもボロボロになってしまった。攻撃を終えたのを見計らって演奏を開始する。途端に苦しみだしたのは良いが、バタバタと身を弾ませるせいでかえって近づくことは出来なくなってしまった。だが別に問題は無いだろう。何とか起き上がったガノトトスは水辺に向かって逃走を開始したのだから。

 

「よし、もう良いだろ――」

 

「逃げんじゃねえこの魚野郎がっっ!」

 

水中に入り遠くへ行こうとするのを見届け戦いを終えようとしたのだが、レクターは余程頭に血が上っているのかそれを追い掛け一緒に水の中へ入ってしまった。

 

何をしているんだ、アイツは。予想外の事に呆れてしまうが、水中戦は初めてでは無いだろうし別にそれは心配はしていない。だがただ一つ気に掛かっている事が有る。

 

――アイツ、ガノトトスは今回の依頼と関係ない事忘れてないか?

 

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逃げ出した獲物を追って飛び込んだは良いが、何時もより視界が悪い。恐らくシドの所為で水の底の土が舞い上がっているのだろう。やれやれ、本当に困った奴だ。G級ハンターには性格が破綻している奴が多い。シドはその中では比較的例外と言ってもいいのだが、その代わりにやる事なす事で何かが起きてしまういわゆるトラブルメーカーの面が有る。性格は良いが性質が悪い、それが俺のシドへの評価だ。

 

だがしかし、考えようによってはこの状況はそれ程悪くないかもしれない。確かに相手の姿を見つける事は出来ないが、それはお互い様である。まず最初はどちらが先に敵を見つけるかという勝負になり、大きさに差が有る以上それは圧倒的にこちらが有利だ。

 

以前として光があまり届かず、少し先は更に水が濁りまるで見通せない。だからこそ、俺はガノトトスがどこに居るのか簡単に分かる。暗闇の方へ慎重に近づく。他の場所より見えにくいという事は、其処だけ土がより多く舞っているという事。より多く舞っているという事は、何かが其処で動き回っているという事だ。

 

グルグルとその場を旋回している姿を見つけ、視界に入らない様慎重に背中から近づく。第一ラウンドはこちらの勝ちだが、大変なのは此処からだ。視認能力ではこちらが上回るとはいえ、ここは本来人間の住むフィールドでは無い。運動能力では遥かに劣っている。

 

上手い事取り付き頭に剣を突き刺すが、比較的柔らかい筈の場所でさえ深手を負わせるには至らない。地面が無いので体重を乗せられない、コレが最大の難点だ。脚の力を伝える手段が無いためどうしても腕の力だけで戦わねばならず、水の抵抗も相まって強い攻撃は難しい。しかも今の攻撃でこちらの存在に気付いたようで、体を高速で旋回させ弾き飛ばしに掛かってきた。当然ながら俺は遠くに追いやられてしまう。

 

此処までの展開は全て織り込み済みである。初めからこちらの存在に気付かせる事が目的だったのだ。元々追いかけてくる存在が居る事を想定していたかは知らないが、今は間違いなく戦闘態勢に入りおおよそこちらの位置も掴んでいる事だろう。この状況で水流を打たれたら見えにくさも相まって避けるのは難しい。ならばどうするべきか?俺は片方の剣を水上に向かって放り投げた。

 

上へ行けば行くほど濁りは少なくなる。ゆっくりと上昇している剣に光が当たり反射した。避けられない攻撃ならば、外させるだけの事だ。水中で光り輝く物体へ水が放たれる。落ちて来なかったので恐らく地上へ飛んで行ったのだろう。それは後で探すとして、今は反撃の機会を待つ。倒したかどうか分からないため、確実にするために追撃をして来る筈だ。自分の力ではまともな攻撃は出来ないのは分かっている、だから相手の力を借りよう。

 

着弾点に向かい突進してくるガノトトス。その軌道を読み切り交差するようにその近くを泳ぐ。これはトドメとはならないだろうが、地上へと引きずり出すには十分だ。

 

高速で体当たりを仕掛けてくるのが水の流れからも丸分かりだ。狙いは鱗に覆われた腹では無く、その泳ぎを可能とするその翼のようなヒレだ。時間にして僅か一秒にも満たないようなその瞬間、俺の手は間違いなく奴の右のヒレを切り裂いた。もがき苦しむその背中に捕まり、一緒に地上へと戻る。羽を失くした竜は地面に這いつくばるしかない。最初とは違い飛び上がる事無く水中を出たガノトトスから飛び降り、今度こそ命を奪う一撃を脳天に突き刺す。中枢を破壊された影響は徐々に全身に伝播し、やっとその動きを完全に停止させたのであった。

 

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「いやー、つーかーれーたー」

 

大体一、二といった所であろうか。じっと待っていた俺の目に飛び込んできたのは、ガノトトスとそれに乗る男の姿であった。何をどうしたらそうなるのか見当も付かないが、まあ無事だっただけでも良しとしよう。

 

「あれ?俺の剣知らない?」

 

「あれじゃないか?あの岩の上の」

 

「うわー、結構飛ばされたねえ」

 

急にこちらに飛んで来たので思わず打ち返してしまった事は黙っておこう。レクターがソレを取りに行くのを待ちながら、未だに気絶している黄金魚を素手で捕まえる。必要な分だけ捕った頃に、ようやく戻ってきたレクターが口を開いた。

 

「あーそれにしても腹減ったな。ねえシド、何か食べ物無い?」

 

「いや、持っていないぞ。そこまで準備して来なかったからな」

 

「そっか……それ、美味しそうだね」

 

「依頼品を食べようとするな。他の物にしろ」

 

「って言っても他の魚はもうどっか行っちゃったし――ねえレクター」

 

こちらへ問い掛けるが視線はまるで違う方を見ていた。その先に有るのは、先程仕留めた大物だ。

 

「ガノトトスってさ、多分魚だよね」

 

「それで良いなら好きにしろ。俺は食わんが」

 

俺が返事をするや否やあっという間にそちらへ向かい、肉を切り落とす。手際良く火を起こすと拾った枝に突き刺しじっくりと炙り始めた。

 

「うん、もういいや。頂きます」

 

どう考えてもまだ中は生ではないかと思うが、待ちきれなかったようで噛り付いてしまった。ゆっくりと咀嚼し、味を確かめている。

 

「あ、美味い」

 

「……ほう」

 

「魚だけどエビっぽい感じもするし、でも肉みたいな所も有って何て言うか……美味いね」

 

驚いた、絶対に不味いと思ったのだが。食べ物の味というのはそれが何を餌としているかに大きく左右される。ガノトトスの場合は確かエビと――ふと、誘き寄せるのに使う餌の事を思い出してしまった。そういえば、カエルは肉のような味がすると聞いた事が有る。

 

「お代わりしよっと。シドは食べないの?」

 

「いらん。絶対にいらん」

 

「勿体ないな、美味いのに。それよりこれどうすんの?」

 

問い掛けられるが一体何の事か分からない。質問に質問で返したくは無いが、仕方ないのでそのまま聞き返す。

 

「どうするって、一体何が?」

 

「だからこのガノトトスだよ。勝手に倒しちゃったらマズイでしょ?」

 

「……いやでも、襲い掛かられたから仕方無いという事で――」

 

「でも説明するときに魚気絶させたの言わないといけないんじゃない?それもヤバいと思うけど」

 

「…………あっ」

 

忘れていた。黙っておけばバレないと思っていたが、こうしてしっかり証拠を残してしまっている。いや待てよ?

 

「だがそもそもお前がトドメを刺しに行かなければ良かったんじゃないか?見逃せばどうにでもなっただろうに」

 

「……」

 

「……」

 

「取り敢えず、どうやって処理するか考えるか」

 

「うん、その方が良いね」

 

お互い意見が一致した所で、まずは素材となる物を剥ぎ取れるだけ剥ぎ取る。こうすれば間違って持ち込んだと言い張れば誤魔化しは効く。結構な量を処理できたが、まだ身と内臓の大半、そして骨が残っている。

 

「何か使えそうなものは……」

 

そうだ、落とし穴だ。これで穴を開け詰め込めば……駄目だ、発想は悪くないが量が多すぎる。内臓全部が入るぐらいか。

 

「残りは骨と身、か」

 

「身か……使い道は思い付かないな」

 

そう呟くレクターの顔を見て、起死回生のアイデアを思いつく。どうにか身を処理できそうだ。残った骨は適当に置いても誰も気にしないだろう。ハンターというのは大抵頭の方は残念な奴が多い。元々砂漠には昔の骨の化石やらが結構残っているのだ、少し増えても気づく奴はまず居ない。

 

「レクター、ガノトトスは美味いんだったな?」

 

後は時間との戦いか。結構しんどいが、俺達の未来の為にもやるしかない。

 

その日砂漠に出かけたハンター達から、支給品である食料が凄く美味いと問い合わせが殺到したらしい。ギルドとしては何の事か分からず対応に苦労したらしいが、俺達の名前が終ぞ上がる事は無かった。真相は闇の中だが、随分と俺達の干し肉作りの腕前が上達した事と採掘や笛の練習がまるで出来なかった事だけは事実だ。

 

一体何をしにあの地へ向かったのだろう?完全に無駄な時間であった。

 




ガノトトスも食うとか……。しかも美味いという設定。あの世界恐ろしすぎる。

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