笛使いの溜息   作:蟹男

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前話のあらすじ
薬ダメ。ゼッタイ。

この話はいつもと大分雰囲気が違うと思います。読み飛ばしてもらっても構いません。


表裏一体

人は危険の中に有れば安全を求める。例えそれが自分から飛び込んだ物だとしても。そう難しい話では無いのだ、例えば肝試しに幽霊が出ると噂の場所に忍び込んだにも拘らず舗装された安全な道しか通らないように。

 

怖さを味わいたいのなら墓石を蹴り倒したり或いは明かりを捨て暗がりへ行くなど、取るべき手段は沢山有る。だが実際にやる事と言えば、自分に絶対に危害が加わらない事を前提とした事しか行おうとしないし、かといって肝試しを辞める訳でも無い。怪我の危険が有る?不謹慎だ?そんな事を言うのなら初めからやらなければ良いだけの話である。

 

それとは逆に、安心できる場所に居れば今度はスリルが恋しくなるのも人の性なのだ。明るくて安全な部屋の中で読むホラー小説にはたまらない魅力が有るだろう?

 

折角身の安全が保障された場所へ閉じこもっているのだから、ゆったりと安らげるようにしたり英気を養ったりする方が効率的ではないか。しかし現実は、その退屈さを持て余しながらも外の世界の本物の恐さからは目を背け、空想の恐怖の世界へ浸ったりしているのだ。全くもって不思議としか言いようが無い。

 

俺は別に哲学的な話がしたいわけでも、或いはただ単に説教がしたい訳でも無い。要するに――スリルと安全が同時に備わっているものには、抗い切る事の出来ない途轍もない魅力が有り人々を惹きつけてやまない。ただそれだけの事が言いたいのだ。そこに理由まで加わってしまえば、もう止める事は不可能だ。

 

この所増加しているハンターの死傷者、そしてそれが理由で以前の生活を行っていく事が経済的に不可能になった人々。もちろん責任はギルドでは無くそのハンター自身に有るのだが、それで納得出来る様なら言葉が通じる人間同士で争いなど起きはしないだろう。事実、狩人の生活保護組合とかいう俺には良く分からない団体から大分苦情や圧力が来ているらしい。結構な資産家も居るらしく無視するのも難しいそうだ。

 

困っていたギルドに起死回生のアイデアが持ち込まれたのはその時だった。これが上手く行けば問題が解決するばかりでなく、財政面でも大きなプラスとなる。即座に実行に移されたのは言うまでもない。

 

そのアイデアというのは、まずクエストに行く前にハンターは生活保証の金としていくらかの金額をギルドに支払いそれを掲示してもらう。そして当人以外のハンターや一般人は張り出された物を見て、希望が有ればそのハンターの保証人として名乗り出るのだ。保証人の人数に制限は無く、帰還後に無事かもしくは生活に支障の無い程度の怪我しかしていなければ、謝礼としてハンターから事前にギルドに支払われた金から手数料が除かれた分が保証人に割り与えられる。だがもし重傷や死亡という形で終わってしまうと、その程度に応じて最大で生活保証の金の十倍の額が本人もしくは指定した人物に保証人達から支払われる、というものだ。

 

余程金額が少なすぎたり逆に多すぎたりしなければ大抵の物は受け付けられ、仮に保証人が名乗り出なくてもギルドの職員が個人的、あくまでも個人の裁量で保証人になるのでトラブルが起こることは無い。今後の安全が確実となるこの新しいサービスは、腕に自信の無いハンターだけでなく例えば親などが心配して自分の子供にコッソリと行う事も出来るため、瞬く間に人気が広まっていったのだ。

 

保証人が現れなかった場合職員が名乗り出るとは言うものの、実際はそんな事は殆ど起きない。そろそろ気付いているだろうが、耳触りの良い言葉を並べてはいるが要はギャンブルなのだ。掛ける対象はハンターの命で、出資者は別途した相手が無事なら勝ちで死んだら負け。たったそれだけの事である。

 

このシステムが出来た事で、選ばれた人間しか味わえなかったハンターのスリルを誰でも味わう事が出来るようになった。しかも自分自身の身の安全は保障されているというおまけ付きだ。誰だって興味を持つに決まっているだろう?しかもこれには日々人々の為に働いてくれるハンターの手助けをするという立派な大義名分が備わっているのだから、流行らない筈が無い。

 

一方のハンターも自身の生活がある程度守られる事が確定するのだから、以前と比べ安心して狩りに出かけられるようになっている。失敗した後の事を気にする腰抜け野郎はハンターなんか止めちまえと個人的には思うのだが、お蔭で受注されるクエストの件数が増えたのは事実だ。利用していない例外はそれすら出来ない貧乏人か命より金を求める強欲な奴ら、そしてどこか頭のネジがぶっ飛んだような人間――例えばG級ハンターだ。最も、丁度今上げた三つの内の一つがそこから外れてしまう所なのだが。

 

「今回の依頼で保証制度を使うと言う事でよろしいですね?シドさん」

 

「……ん、ああ。そうだよ」

 

笛を弄びながら考え事をしていたので返事が遅れてしまった。今回受注する依頼において、初めてG級ハンターがこの制度を利用する事になるのだ。まさか俺がそれに関わる事になるとは思わなかったが。

 

「有難う御座います。この制度をもっと広めて行きたいので、是非他のG級ハンターの皆さんにも紹介して下さい。それにしても流石ですね、掲示された途端物凄い人数が窓口に殺到しましたよ。これまでで最高人数の保証人です。皆G級ハンターなら大丈夫だと信頼しているんでしょうね」

 

「金額のせいだよ、きっと。今までで一番高かった筈だし」

 

「え、ええ、まあ。それも一つの要因かもしれませんが、話題性という部分も有るかもしれませんね。ははは……」

 

「ああ、それも有るかもね」

 

「うーん……?まあ良いか。では今回の依頼はヤマツカミの討伐です。お気を付けて」

 

「うん、それじゃ」

 

職員に挨拶をしてギルドを出る。全く、今回の件は実に面倒だ。正直言ってあんまり気が乗らないが見過ごすのも癪に障る。ヤマツカミ、ねえ……。上手い事考えたものだ。

 

考え事をしながら道を歩き家に辿り着く。中に入り必要となる道具や武器などをしっかりと準備しなくてはならない。この依頼はいつもとまるで勝手が違うのだ、失敗すると非常に面倒な事になる。外の天気や辺りの様子などを確認し家を出る。

 

「行ってきます」

 

出発の前に挨拶をするのを忘れない。返事が帰って来る訳無いのだが、一応言っておいた方が良いだろう。それが礼儀という物だ。俺は目的地である太古に完成し、そして打ち捨てられた塔へと向かって歩き出す。一歩一歩、ゆっくりと確実に。

 

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「ボス、良い情報を仕入れましたよ!」

 

「声がデカいぞ、こっちは二日酔いなんだ。それで?一体どうしたって言うんだ」

 

「す、すいません……。実はですね、G級ハンターがクエストを受けたっていう情報を掴みまして」

 

それがどうしたと言うのだ。ハンターである以上、依頼を受けるのは至極当たり前の事だ。そんな事でいちいち大騒ぎしていたら何も出来やしない。

 

「まあそれだけなら大した事は無いんですが、かなりのチャンスなんですよ。何せ相手はあの葬奏人、しかも一人で塔へ行くっていうんですよ!」

 

「何……?」

 

前言撤回、これは確かに大きなニュースだ。葬奏人と言えばハンターなら誰もが恐れる凄腕だ。ぶっちぎりで不人気ナンバーワンと言ってもいい。だが俺達にとっては格好の獲物だ。

 

「でかした。お前は他の奴も使ってその依頼の詳しい情報を集めろ」

 

「分かりました、早速行ってきます」

 

「俺はスポンサー様とお話ししてくるからな。一攫千金のチャンスだ、くれぐれも失敗すんなよ」

 

部下にそう告げると俺は足早に隠れ家を出た。

 

つい先日始まったギルドの新しいサービス、普通にギャンブルを楽しんでいる人間も多いが穴を突いて楽して儲けようとする人間も沢山いる。俺や俺達のスポンサーもその一部という訳だ。

 

そのやり方の肝は本人には内緒でコッソリ行う事が出来る事、そして死亡時の受取人を設定出来る事に有る。簡単な話だからもう分かっただろうが、俺達は陰で対象のターゲットにこの保証を掛け、出発後人目の付かない所で始末しギルドから生活保障の金を受け取るのだ。

 

言葉にすると実に単純だが、実行するとなるとそう上手く行く物でも無い。保証の依頼は誰でも見える所にクエストの簡単な概要と共に掲示されるが、その前段階で有る受領されたクエストの一覧などは特に情報が明かされることは無いのだ。

 

その情報を元に受け付けるので通常無関係の人間が勝手に行う事は出来ず、本人かもしくは直接教えて貰った家族や友人知人しか保証する事は出来ないのだ。当てずっぽうで申し込んだりしたら怪しまれる事は間違いなく、実際何人か牢屋に放り込まれた馬鹿も居るらしい。何かの奇跡が起きて審査が通ったとしても、今度は先立つものが必要となる。そんな事を考える愚かな貧乏人に払える金は無い。そういった難題を乗り越え無事に赤の他人に保証を掛ける事が出来たとしよう、その先には最後の難関が待っている。人類にとって大きな脅威であるモンスター達、それすらも葬り去るハンターを殺すと言う仕事が。

 

要するにこれら三つの壁が有る以上、そんな割に合わない挑戦をする人間は居ない。だがそれはつまり、その壁さえ乗り越えてしまえば一切手垢の付いていない財宝を好きなだけ持って帰れるという事も意味している。そして俺達には、それが出来てしまうだけの力が有るのだ。

 

俺を含めコイツらはどう贔屓目に見てもクズだ。世の中の役に立てる能力、そして役に立とうという意志さえも持ち合わせてはいない。だがそんな奴らでも他よりも優れている事も有る、数と時間だ。盗みや恐喝などロクでも無い手段で金を奪い取り生活しちゃあいるが、基本的に働いていない奴らの集まりなのだから何か有ったら即座に動けるのだ。以前ならともかくこのギャンブルが始まった今のギルドなら、俺達のような奴らが入って行ってもそれ程怪しまれたりはしない。適当に交代で受付辺りを見張っていれば情報は殆ど手に入れられる。

 

人間性が腐っている奴というのは何処にでも居る物だ、例えそれが貧乏人だろうと金持ちだろうと。何せこの話を俺達に持ち掛けてきたのは向こうだからな。疑い深い奴なのか何なのか知らんが正体は聞いていないが、出資者になってくれているのだからどうでも良い。最も手を切ろうとか考えてきたら、貯め込んでいるものを全て頂きに行くつもりではいる。

 

まあそんな訳で問題は二つクリアした。いよいよ残った最大の難関は、ハンターに比べ俺達が僅かに勝っている部分を突く。人を殺そうと言う意志、そして経験だ。強い強いと言っても所詮は人間、首を切り離して生きている奴は居ない。そして持っている武器から戦い方は簡単に判断できる。大抵の奴はハンターの振りをして近づけばイチコロだし、そうで無くても相性のいい武器を持って多人数で行けば負ける事はまず無い。

 

これまで両の指の数を十倍しても足りないぐらいの人数を仕留め、随分と儲けさせて貰った。だがそのランクは精々上位でしかなく、G級ハンターを相手にするなど初めての事だ。普通なら絶対に手を出さない所だが、相手が葬奏人となれば話は別だ。

 

最大の脅威である旋律に耐えられる人間は居ないだろうが、音を完全に遮断してしまえばそんなものは関係無い。それでも腕前は驚異的で此処に居るような才能の無いハンターくずれのような奴ではまともにやったら勝負にならないだろうが、盾で攻撃を防ぎその後ろからボウガンで撃ち殺せば勝てる筈だ。何より、葬奏人は人気が無いというメリットが有る。例えば女神だったら殺したりすればあっという間に足が付くだろうが、アイツなら驚かれこそすれ真相を調べようと言う奴は殆ど居ないだろう。

 

そんな訳でずっと目を付けていたのだが、どうしても行き先に人目が有るなどして機会が訪れなかった。しかし今度の舞台は塔、しかも一人という事はまずバレやしない。ようやくやって来たチャンスに心を躍らせる。今までの相手は苦労こそしなかったものの、ギルドに疑われない程度の掛け金では儲けも少なかった。しかし次の相手は別格だ、ベット出来る金額も大幅に上がる。

 

この時を逃すわけには行かない。目立たないように、それでいて出来る限りのスピードでスポンサーの下へ向かう。短いノックを四回、返される二度のノックに更に三回返す。いつもの合図を送るとようやく扉が開かれ部屋へ通される。

 

「……それで、何の用だ。儲け話か、それとも――トラブルか?」

 

「安心しろ、そう簡単にばれる様な仕事はしてねえよ。儲け話、それもこれまでとは比べ物にならないとびっきりの奴だ」

 

「ふむ……」

 

それを聞くと元々整っているとは言えない顔を更に歪ませ、醜悪な笑みを浮かべた。俺が言う事じゃないが、腹立たしく気持ちの悪い野郎だ。金持ちだと言うのに、いや、金が有るからこそ卑しいのだろうか。どれだけ集めても満足せず、より多くを求める。正しく金というのは麻薬だ。

 

「とうとうG級ハンターにでも手を出すのか?」

 

「……流石だな、もう分かったのか」

 

「フン、貴様らのようなチンピラと一緒にするな。その程度の事考えればすぐにわかる事だ。貴様らのウジが湧いたような腐った頭では難しいのかもしれんがな」

 

「チッ……」

 

あまりの言い様にさすがに怒りがこみ上げ、先にバラバラにしてやろうかと思ったが何とか思い留まる。ゲスに卑劣に小物など罵倒する言葉はいくらでも思いつくが、無能や間抜けと言った物はその中には含まれない。そんな事をすればあっという間に取り押さえられるだろうし、万が一成功しても生きて出られることは無いだろう。

 

「ったく、あんたの言うとおりだ。狙ってた奴を仕留めるチャンスがやって来たんだ。ターゲットは――」

 

「ああ、待て待て。名前を出すんじゃない。私は誰を狙うかなんぞ興味も無いし知っておきたくは無い。頭の悪い民衆共は何でもかんでも知りたがっているようだが、本当に賢い人間というのは知るべき事とそうで無い事をしっかり分けている物なのだ。いざという時知らない振りをするのと本当に知らないのでは大きな差が有るからな」

 

「……ああ、そうかい。じゃあいつも通り金だけ出してくれ。分け前は――」

 

「こちらが7でそちらが3だ」

 

「んだと?」

 

冗談では無い、何時もは半々にしているではないか。金に目が眩みやがって……!再び湧き上がる怒りのまま睨みつける。

 

「な、何だその眼は!こちらは金を出しているのだぞ、お前達より損をする危険が大きい以上私の取り分が多いのは当たり前だろう!」

 

「テメエが失うのは金だけかも知れねえが、こっちは命が掛かってんだぞ?舐めんのもいい加減にしろよ」

 

「ハッ、誰からも相手にされない所か邪魔者扱いされるお前等より私の金は価値が無いとでも?調子に乗るなよ、お前等なんぞ幾らでも代わりはいるんだ!」

 

「……分かったよ、取り分はそれで良い」

 

「分かれば良いんだ、分かれば。今後も良い取引をしていこうじゃないか」

 

「……じゃあな」

 

話を切り上げ部屋を出た。腹立たしいが間違っていない事も理解している。それでも俺や仲間達はアイツよりも人としてはマシである、そう思いたい。

 

俺達は生きるため、そしてただ楽しく過ごすために金を求め犯罪に走る。あのクズは最初は目的が有ったのだろうが、今は金そのものを求める為に犯罪をしている。アイツは奴隷、金に縛り付けられた只の奴隷になっている。ま、どっちも犯罪者に過ぎない事には間違いないが。

 

アジトに戻り決行の準備を進める。保証の申し込み、武器の調達などすべてが順調に行った。そしていよいよ決行の当日を迎え、俺を含めた殺人の実行犯は通り道に有る小屋へ隠れ、連絡係が来るのを待っていた。

 

「ボス、もうすぐです。さっきギルドから家に戻って準備を始めたんで後十分ぐらいで来ますよ」

 

「ああ、分かった。すぐ出ると不自然だから、お前は俺達が此処を出てからアジトに戻れ。顔を見られない様にしろよ」

 

「へい、分かってます」

 

それから少しの間息を潜めて待っていると、真っ黒な衣服に包まれたハンターが塔へ向かう道を歩くのを見つけた。間違いなくシドだ、相変わらず恐ろしい雰囲気を持ってやがる。

 

「良し、通り過ぎたら出るぞ。準備は良いな」

 

後ろを振り向き確認すると全員が無言で頷いた。ちゃんと緊張感を持っている様で何よりだ。……そろそろだな。

 

少し遠くへ行くまで待ってから小屋を出る。攻撃を防ぐランス使い、撃ち殺すガンナー、そして不測の事態に対処する為片手剣を持つ俺の三人組のハンターとして塔へ向かう。近すぎず遠すぎず、適度な距離を保ったまま後を付ける。全く、随分尾行も上手くなったものだ。

 

そうこうしている内に塔の入口へと辿り着く。露払いはG級ハンター様がやってくれたお蔭か道中何も危険は無かった。流石だな、本当に。

 

「中に入る前に耳栓を付けるぞ。もう仕事を終えるまで会話できないから気を付けろよ」

 

恐怖の演奏への切り札を身に着ける。全員が装着したのを確認し尾行を再開した。頂上へ行く途中小さなモンスターの死骸がゴロゴロ転がっており、それを剥ぎ取りたい衝動に駆られたがもっと大きな儲けを思い出し何とか踏み留まる。一般人にとってはその程度でも結構な収入なのだ。

 

誘惑を振り払い、とうとう頂上の入口まで辿り着いた。いよいよだ、否が応にも緊張が走る。手筈としてはヤマツカミと交戦する前に殺す事にしている。討伐後は気が抜けているかもしれないが、気が高ぶっている可能性も有り確実性に欠ける。また、こちらが手を下さずとも死んでくれたり手傷を負ってくれる事が有ると言うメリットも捨てがたいが、それよりこちらが戦闘に巻き込まれたり最悪の場合等が崩れたりするリスクを負うほどではない。慎重にやれば決して不可能では無いのだ、百五十点を目指さずとも百点を取れれば十分である。

 

お互いの顔を見渡し覚悟が出来ていることを確認すると、静かに頂上へと乗り込んだ。集中しているのだろうか、未だにこちらに気付く気配は無い。一見隙だらけに見えるその背中に弾丸を撃ち込んでやりたくなるが、避けられでもしたら次の弾を撃つ前に警戒されてしまう。そうなれば逃げ切ることは出来るかもしれないが金は入らない。確実にする為もっと距離を詰め、向こうに気付かせるのだ。

 

演奏しながらこちらに向かって来るのを二人で食い止め、動きが止まったところを狙撃。仕留めきれなくても盾を持っているのが二人いるのだから、手傷を負った相手の攻撃ぐらい凌げるだろう。そしてもう一度引き金を引き、命が尽きるまでその作業を繰り返す。後に残されるのは俺達三人と莫大な儲けだけだ。

 

ゆっくりと確実に近づく。もういつ気付かれてもおかしくない距離だ。つつっ、と冷たい汗が額から顎へ向かって流れ落ちる。その時だった、前を向いたままの葬奏人が背後に向かって何かを放り投げたのだ。思わずその正体見極めようと目で追いかけたが、それが不味かった。

 

突然の光に視界が真っ白になる。これは……閃光玉だ!直視してしまったせいで中々視力が回復しない。殺されるのを避けるため、右手に持った小さな盾に出来る限り身を隠す。幸いにも攻撃を受ける事は無かったが、何故だか頭に妙な温かみを感じる。きっと血が上っているのだろう。

 

視界が戻り前を見ると、誰の姿も無かった。次いで、仲間の無事を確認しようと横と後ろを見る。右には同じように盾に身を隠し驚いた表情をする男が居たが、後ろのガンナーは何の表情も窺い知ることが出来なかった。それもその筈だ、そこには顔そのものが無く――何もない空間と飛び散る鮮血しか無かったのだから。思わずそちらへ向かうと、ゴツッと結構重たい大きめの石の様な物にぶつかった。丁度、人間の頭ぐらいの大きさである。恐らく驚いた表情をしているであろうその顔を確認する気はどうしても起きなかった。

 

「うわあっ!来るな、来るなぁっ!」

 

その声にもう一人の仲間の方を見ると、一人目の首を刎ねた死神がそちらへ襲いかかっていた。ガードを固めているのだ、簡単にはやられないだろう。そう思って援護に向かおうとした俺の目に信じられない物が飛び込んできた。左右の手が別々に動き、堅牢なガードの隙間を縫って首へ吸い込まれていく。今度はしっかりと目撃してしまった。

 

もう駄目だ、勝てるわけが無い!俺は盾を構えながら少しずつ後ずさる。一刻も早く逃げなければいけない事は分かっていたが、目を離す事の恐怖がそれを妨げていた。

 

もたついている内にいよいよ俺の番がやってきた。もうやるしかない、俺は攻撃を防ぎながらのカウンターで一発逆転を狙う。無傷では済まないだろうが、もう命が有るだけでも十分だ。しかしそう身構える俺に対し、またしても予想外の行動をしてきた。

 

マントを投げてきただと!?これでは前が見えん!慌てて振り払うが、既に移動した後だった。

 

「じゃあな、さっさと死んでね」

 

声がした方を向くと、今日一番の驚きに襲われた。だがそれを言葉にするより先に俺の首は宙を舞っている。徐々に消え去っていく意識の中、俺は最後に見た全身を派手な格好で纏めた男の事を考える。

 

何でここに居るのがシドじゃ無く、アンタなんだ?なあ、レクターさんよ。

 

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「いやいや、良く来てくれたね。まま、そこに座ってよ」

 

そう言って自分の向かい側の上等なソファーを指差してくる。俺は言われた通りに座りながら、対面のニコニコしていかにも人当たりが良さそうな男の顔を眺めた。一見すると善人であると勘違いしそうだが、一癖も二癖も有る人間をまとめ上げるギルドマスターがそんな生易しい生き物で有る筈が無い。

 

「そんな顔しないでよ。ちょっとお願いが有って来て貰っただけなんだからさ」

 

「本当に大した事無いなら態々アンタが出張る事は無いだろう?一体何をさせるつもりだ」

 

「嫌だなあ、強制なんかしないよ。ただのお願いだよ、お願い。まずは話を聞いてよ。最近ハンターの死亡者数が増えてるんだけど、知ってる?」

 

「ああ。その為にわざわざあんなギャンブルを思いついたんだろう?」

 

「人聞きが悪いなあ、皆が得をする良い仕組みなだけなのに。それに、あれは別の所から持ち込まれたアイデアなんだよ?ま、話を戻すけどそれで一応ハンター保護組合からの圧力は解消出来たんだ。でもね、実は根本的な部分――ハンターの死者数は減っていない所かむしろ増えているんだ」

 

「へえ、そうなのか。アンタ等にしてみれば賭け事が賑わうんだからそれで良いだろう」

 

「いやいや、そんなの一時的な儲けに過ぎないよ。それにいくら何でも多すぎる。これは完全に僕に喧嘩を売っている人達が居るね、間違い無く。ちょっとぐらいなら見過ごしてあげなくも無いけど、いくら何でも舐めすぎだね」

 

一瞬だが凄まじい怒りを見せた。すぐに戻ってしまったが、その迫力と威厳の有る姿は間違い無く巨大な組織の長で有る事を確信させる物であった。

 

「まあそういう事だから君にも事件解決に協力して貰いたいんだよね。出来るだけサポートはするからさ」

 

「……話は終わりだな?それじゃ」

 

席を立ち帰り支度を整えドアノブに手を掛けると、後ろから俺を引き留める声がした。

 

「あれあれ、引き受けてくれないの?」

 

「話を聞けと言うから聞いただけだ。やるとは一言も言っていない」

 

「そっか、残念だな。ま、葬奏人さんには人の生き死に何てどうでも良い事か」

 

「……何だと」

 

挑発と分かってはいるがそれでも腹が立つ。

 

「だってそうでしょう?同じ仕事をしている仲間を助ける気が無いっていうんだから。そういえば君、吟遊詩人に成りたいとか訳分かんない事言ってたっけ。でも聞いてるよ?君のせいで滅茶苦茶になった村が有るとか何とか。そんなんで人を楽しませる事なんかできないと思うけど、まあ吟遊詩人って言うのも君なりジョークなんだろうね。それじゃあ良いよ、君にはこの仕事出来そうも無いから。それじゃあね、死神さ――」

 

ガァン!

 

持っていた笛をギルドマスターの目の前に有るテーブルに叩きつける。高級品であろうソレは修理してももう二度と使えないぐらいに壊れてしまったが、そんな事をした後悔は微塵も浮かんでこない。有るのは只――怒りだけだ。

 

「気が変わった、引き受けてやる。だからその口を閉じろ――お前にコレを振り下ろす前に」

 

「あ、引き受けてくれるの?いやー、助かるよ。じゃあ何か手伝う事が有ったら言ってね」

 

何も言わず踵を返しドアを乱暴に開け放ち部屋を出る。まだ俺の中にどす黒い感情は渦巻いているが、それを抑え込み一先ずギルドへ向かう。さっさとこの一件を片付けるしかこの気持ちを晴らす方法は無い。

 

ギルドに入り隅の方のテーブルに視線を送る……居た、都合が良い。俺は地味でお世辞にも見所が有りそうも無い外見の片手剣を持つハンターに話しかける。

 

「少し良いか?」

 

「あ、シ、シドさん。どうもお久しぶりです。何の御用ですか?」

 

「情報を買いたいんだ、ハース。ハンターの死亡事件に付いての」

 

あまり聞かれたくない事なのでなるべく近づき小声で話す。見れば見るほど平凡な男だが、これでもG級ハンターだ。それを知る者は殆ど居ないが、恐らく腕前は確かなのだろう。だがコイツは討伐の記録はそれほどでも無く、G級ハンターの特権を生かし活動させるため上が無理矢理そのランクに引き上げたという話もある。いずれにしろ油断できない相手だ。

 

「え、はい、分かりました。と言っても、簡単な話ですよ?あっちを見て下さい、随分ガラの悪い人達が居ますよね。アレ全員同じグループの人間です。多分アイツらがハンターを殺してると思いますよ。まだ証拠が無いから捕まって無いですけど」

 

「いかにもって感じだな……狙いは?」

 

「やだな、シドさん。ホントは分かってますよね?金ですよ、金。例のギャンブルで儲ける為に決まってるじゃないですか。あんなに居るなら情報は幾らでも得られますし、何か失敗してもソイツだけ切り捨てれば済む話ですからね」

 

「成程な……」

 

確かに筋は通っている。間違いなくあの集団は大きく関わっているのだろう。だが、何かが引っ掛かる。まだ始まって間もないと言うのに、何故こうも手際良く実行に移せるんだ?大事な事を見落としているような気が……。

 

「まあいいか。それで、何でさっさと止めさせなかったんだ?」

 

「えっと、その……多分ですけど、ギルドはこのギャンブルを広めたかったのも有るかと。最初の内は掛けられる対象を増やして置きたいという事で我慢してたんでしょうが、少し調子に乗りすぎたんですね」

 

「それで俺にこんな仕事が回ってきた、という訳か。だけどそんな面倒な事しないでお前が動けばあっという間だろう、話は来なかったのか?」

 

疑いと侮蔑を込めてじっと目を見る。すると途端に焦りだし視線をあちこちにさ迷わせ始めた。

 

「や、や、やだな、シドさん。ぼ、僕は殺し合いなんかしたくないですよ、ええ。あなた達みたいにそんな度胸は、あ、有りませんから。そ、それに証拠も無いのにそんなことしたらいけませんよ、ええ、いけませんとも」

 

「……ああ、そうかよ」

 

何も知らない人間が見れば、今のこのやり取りを見てそのまま信じている所だろう。だが俺は知っているのだ、コイツがG級で有ることもそれがどういう事かも。

 

普通の人間はハンターにすら成れない。ある程度の才能を持った人間がハンターになり、その中から努力を重ねたものが上位に上がる。そしてG級はそれに経験を加え、更に常人から逸脱した何かを持たねば成れない物なのだ。特例であろうと無かろうとハースはG級である、間違い無く何かが有る筈だ。

 

それに、俺は気付いている。コイツが珍しくいつもの場所に居ない時、決まってその次の日死人が出る。それもギルドにとって不利益をもたらすものばかり。さっきそれを確かめようと問いかけてみたものの、怪しい事この上ない動揺ぶりなのに嘘を付いていない事も何となくだが分かってしまった。ギルドの黒い部分と繋がっていると思ったのだが、外れだったのか?

 

「まあ大体分かった。礼だ、取っておけ」

 

適当な金額をテーブルに残し席を立つ。まあいい、ギルドに後ろ暗い部分が有るのは知っているがそもそもそれを知ってどうするつもりも無い。癪だが今ギルドが立場を保っているのはあのマスターが有ってこそ、下手に真実を掴んで失脚されても面倒だ。

 

情報を元に計画を立てる。一人での依頼に人目の付かない場所、そして不自然の無い内容。これらをまとめギルドに嘘のクエストを作ってもらい、その情報を流してもらう。また、こんな事を企むからには俺用の対策を十分にしているに違いない。そこで代わりに塔へ向かってもらう役をレクターへ頼み、俺はそれを隠れ蓑として利用する事にした。

 

「シドの振り?まー良いよ別に。後で飯でも奢ってね」

 

「ギルドマスターに言ってくれ。奴からの依頼なんでな」

 

「うーわ、あのオッサンか……。しょうがない、交渉してくるか」

 

「頼む。詳しい話も本人から聞いてくれ」

 

「りょーかい。んじゃ」

 

こうして約束を取り付け準備をする。撒いた餌にも上手い事食いついたらしく、記憶の無い保証が掛けられていた。そして当日を迎え、俺は家の中でずっと待機している。

 

いい加減待ちくたびれた頃、やっとレクターが家の中に入ってきた。事前に渡した俺のマントで全身を包んでいる。やはりこのシックな感じの方がカッコ良く見えると思うのだが、何故理解されないのだろう。

 

念の為にと持っていた笛を置き、マントの下に双剣を隠す。笛を持っているアピールはギルドで十分行った筈だから、カモフラージュはもう必要無い。下手人を捕まえるのには使い慣れた武器の方が良いだろうし、途中で別人とばれても無関係な人に助けを求められたりする心配はない。

 

「行ってきます」

 

小声で呟いたレクターが家を出てから、誰も見ている人が居ないのを確認し俺も家を出る。服装は俺だとばれないように笛使いとして在り来たりなハンターの格好、ただのシルバーソル一式を着込んでいる。以前笛が上手くなるという話を聞いて試しに作ってみたのだ。効果が無かったので奥の方に放り込んでいた物を引っ張り出したのだが……うん、どこもおかしい所は無いな、そこらに良く居るハンターだ。

 

目立たぬようにこっそりと後ろを歩く。何度か見られることは有ったが、いつもの様に驚かれるようなことは無いので上手く溶け込んでいるようだ。多少不審な点が有っても俺と結びつける人は居ないだろう。普段のイメージを逆手に取った、我ながら見事な戦略だな。

 

そうしている内に、ある小屋からレクターの後を付ける男たちが現れるのを確認した。すぐに取り押さえようかとも思ったが、まだ証拠は無い。そちらはレクターに任せ俺は小屋を調べようと近付く。すると、急にドアが開いた。

 

「ん、誰かいたか?」

 

開かれたドアと壁の隙間に身を隠す。少しでも身動きしたらすぐに見つかってしまいそうだが、何とか気づかれる事無く出て行ってくれた。辺りに他に人が居なかったのも幸いした。もし誰かに見られていたら、ドアと壁に挟まれるハンターという物凄くカッコ悪い所を見られていた。

 

それは置いといて、これはチャンスだ。今の男を付けて行けばアジトへ行けるかもしれない。外れでも小屋の場所は覚えたのだから問題は無いだろう。走り去った男を追いかける事にした。

 

人目を避ける様な道を選び辿り着いた場所は、貧しい人が多く住み治安の悪いスラム街であった。ボロボロでは有るものの一際大きな建物、そこに入っていくのを目撃している。ここまで来ればもう十分、後は直接話を聞けばいい。俺はその家に侵入……では無く、玄関を吹き飛ばし堂々と入っていった。

 

「な、何だ!?カチコミか!?」

 

「お前らに教える事は何もない。用事が有るのは俺の方だ」

 

「へ、へへ。何だ、たった一人じゃねえか。おい皆、あの生意気な笛使いをやっちまうぞ!」

 

その言葉と共に二十人近くの男達が武器を抜く。手入れのされていない見るからに切れ味の悪そうな刃物など、大した武器は持っていないが数が数である。普通なら勝ち目が無いだろう。だがコイツらの失敗はこの辺りは人通りが殆ど無い事と――俺が塔に向かっていると思い込んでいる事だ。内心やや複雑な思いを抱えながら、全力で演奏を開始した。

 

「う、うう……」

 

「さっさと起きろ。全く、失礼な奴らだ」

 

あの後一斉に倒れ込んでしまった奴らの中で、比較的身なりの良い偉い立場に居るであろう男を叩き起こす。

 

「こ、此処は……あっ、テメエ!ううっ……」

 

「さっさと起きろ。目覚めの一曲でも奏でてやろうか」

 

「ヒッ!か、勘弁してくれよ。目が覚めなくなっちまうよ」

 

未だに起き上がれないコイツの頭目掛けて全力で足を踏み抜く。軌道をほんの少し逸らしたので脇の床板が砕けただけだが、効果は十分だったらしく小便を漏らしてガタガタ震えだした。むしゃくしゃしてやった、今も反省していない。

 

「アンタ、もしかして……シドか?何でこんな所に……」

 

「物覚えが悪いな。最初に言っただろう?用事が有るのは俺の方だ、お前らに話すことは何も無いってな」

 

「あ、ああ……済まねえ。そ、それで聞きたいことって?」

 

「簡単な話だ。何故ハンターを狙い始めたんだ?」

 

「それはその、ウチのボスがあのギャンブルで金を儲けようと……」

 

先程とは反対の床を踏み抜く。あくまでも情報を聞き出すためにやっているので個人的な感情などは混じっていない。ましてや演奏を聴いて未だに目を覚まさない他の人間が目に入ったなんてことは無い、無いったら無い。

 

「お前の頭が悪いのかそれともまだ誤魔化す勇気が有るのか……どっちにしてもあと一回だ。右左と穴が開いたんだ、真ん中も穴を開けた方が良いかもな。これが最後のチャンスだ――金を出している黒幕を教えろ」

 

「す、すいません!実は俺達もスポンサーが誰なのか知らないんです!結構前からハンターを襲ってくれとか物を盗んでくれとか頼まれたりして付き合いは長いんですが、足が付くと悪いからって……。で、でも取引している場所が有るんでそこなら……!」

 

「ったく、初めからそれを言えばいいんだよ。で、何処なんだ?」

 

「え、ええと……ギルドを出て真っ直ぐ西に向かってしばらく行った所に有る、でっけえ館です」

 

「ギルドの西の館……」

 

あの辺りには何かが有った様な気がするが、中々思い出せない。でかい建物というと、使い道は多くの人が集まる時ぐらいだが……?まあそれも行けばはっきりする事だ、この計画を考えた奴も居るだろう。

 

「あ、あの。俺達はこれから……」

 

「あなた方の処遇はギルドで決めさせて頂きます。では、こちらへ」

 

後ろから思いがけず声がした為慌てて振り返ると、既に多くのギルド職員たちがやって来ていた。倒れ込んでいる奴らを縛っているのを放心しつつ見ていると、先程の男が声を掛けてきた。

 

「有難う御座いました、シドさん。こちらからの依頼は終了ですので、お帰りになって下さい」

 

「いや、だけどスポンサーとやらを……」

 

「御心配無く。既に手は打ってあります」

 

そんな筈は無い、たった今話を聞いたばかりで何が出来ると言うんだ。だがその言葉が嘘とも思えないが……という事は、ギルドは初めから分かっていたのか?

 

ふとあるシナリオが頭を過ぎる。今回の件の目的は、ギルドが敵を潰すための物だったのでは?逃げられる前に仕留める為に先に手を打ち、後から証人を用意する。証人は無傷で捕えないと拷問と判断される可能性が有り、俺を此処に送り込んだのではないか。あの男ならそれぐらい考えるだろう。

 

そこまで考え、ようやくその建物が何であるか思い出した。これなら確かに辻褄が合う。急がなければ、皆殺しにされるかもしれない!呼び掛けも無視して此処を飛び出し、一目散にその場所へ向かう。ギルドの西に有る館――狩人の生活保護組合、その活動拠点へと。

 

「遅かったか?」

 

その場所に到達した時、既に中からは全く物音がしなくなっていた。逃げ出したのか、それとも――真実を確かめるべく中へ踏み込んだ。

 

中には明かりが一切無く、窓から入る太陽の光だけが照らしている。薄暗い中を慎重に歩き、大きな広間へ足を踏み入れる。

 

ピチャリ、と水音がした。室内で水音……?不審に思い目を凝らすと、それは只の水では無く粘度を持ち赤く色付いた液体で有る事に気付いた。そしてむせ返るようなこの臭いは間違いなく血液、それも水溜まりになる程大量に部屋を満たしている。そういえば今日は会合が有る日だったか。よくよく考えれば日付を指定したのはギルドの方だ、間違いなく偶然ではない。

 

「お、遅かったですね。シドさん」

 

「ハース……」

 

顔を上げ前を見ると、剣や盾を万遍なく血で染めた男が薄笑いを浮かべて立っていた。

 

「手伝いに来てくれたんですか?でももう終わっちゃいましたよ」

 

「殺し合いは嫌じゃ無かったのか?」

 

「ええ、僕が好きなのは一方的に殺す事なので。所詮は一般人とハンターを引退した人間です、凄く簡単で楽しかったですよ」

 

「お前……」

 

笛を構え、戦いの準備をする。だがそれに対し奴の取った行動は、意外にも降伏であった。

 

「や、やだな、止めて下さいよ。僕がアナタに勝てる筈無いじゃないですか。それに、コイツらはハンターを殺した人殺しの集団ですから、こうなる覚悟は出来てたでしょうよ。知ってますか?最近増えた引退するハンター、それもこいつらが原因だったんです。なのにその事にギルドに文句を付けて、おまけに匿名であのギャンブルのアイデアまで出してたんですよ?本当に酷い奴らだ。こんな奴ら、居ない方がマシです。ギルドを侮った罰ですよ」

 

そんな裏が有ったのか……。確かにそれなら、あの怒りもこれ程大規模な動きも全て納得できる。アイツは自分の物に手を出した奴は、どんな事情でも許さない。――だが、

 

「一部はそうかもしれんが、大半は無関係だろう!何故そんな奴らまで……」

 

「ハ、ハハハ。その金で生活していたんだから同罪に決まっているでしょう。いや、自覚が無い分もっと悪質かもしれない。自分がどうして生きていられるのか分からない奴なんて、死んだ方がマシなんですよ」

 

暴論では有るが、それ故返す言葉が無い。コイツを納得させるには普通の理屈では足りない事が理解できてしまった。

 

「そ、それに、ギルドからの依頼ですよ?平和を乱す敵を排除してくれって。これも立派な討伐です。それともまさか――人殺しがいけない事だなんて言うつもりじゃないでしょうね?今頃アナタのお友達も、塔の上で誰かを殺してる頃だと思いますが」

 

「……」

 

何も言えなかった。俺はきっと帰って来るレクターを非難する事は無いだろう。秩序を守るために必要な事だと理解しているし、何よりあれでも友人だ。しかし友達では無いという理屈で片方を許し、もう片方を許さないなどという事はどうしても出来なかった。

 

「じゃ、じゃあ僕はこの辺で。それにしてもアナタに襲われなくて良かったですよ、何人束になってその演奏で掛かっても一瞬で倒されますから。流石は地獄の呼び声といった所ですね、ハハハ、ハ、ハ……」

 

館を出て行くのを黙って見届け、失意のまま俺も家へ帰る。結局誰も救えなかった事実に落ち込んでいると、嫌に明るい声でレクターが中に入ってきた。

 

「やーっと帰ってきたよ。ホント遠いね、塔って。あ、今のギャグじゃないよ。そんなので笑うと思われたら恥ずかしいし」

 

「ああ、お帰り。……食事にでも行くか?奢ってやるよ」

 

「お、マジで?臨時収入でも出た?んじゃこの前の高いレストランに――」

 

「気が変わった、一人で行ってくる」

 

「冗談だって冗談。今度はホントに冗談だから。あ、これ返すよ」

 

差し出された黒いマントを受け取る。じっとりと血で濡れた感触が、何をやって来たか物語っている様であった。

 

躊躇いは有ったものの、それを口に出し攻める事はしなかった。結局の所、あのチンピラ共とコイツでは俺の中で優先順位が違うのだ。何だかんだ言って俺もあのギルドの奴らと大して変わらないのかもしれない。暗い気持ちを振り払うようにそのマントを水の中に放り込み、楽しく食事をするため家を出た。

 

その日いつもギルドの隅っこに居る地味な男を見かけた男は誰もおらず、次の日に狩人の生活保護組合が解散したと言うニュースが駆け巡った。あの新しい制度のお蔭で不要になった為とも言われているが、真実は明らかになっていない。事実として残っているのはギルドが活動を邪魔されなくなり、人々との結び付きがより強くなったという事だけである。そして多くの人にとって大事なのは、あやふやな真実よりも確かな事実なのだ。

 




(メタ視点での)登場人物紹介その一
シド
この話の主人公。名前の由来はシド・ヴィシャスからだが、なぜか本物とは逆に演奏技術は有るがセンスが無い人物になってしまった。
ハンターとしてはゲームでは有り得ないが先天的に以下二つのオリジナルのスキルが有る
1.演奏効果拡大
笛での演奏が味方にも「敵にも」効果が表れる。
2.演奏効果逆転
自身への笛での演奏の効果が逆転する。
その為どう考えても笛を選ぶべきでは無いのだが苦心の末マイナス効果を持つ演奏を完成させる。
尚、それまで存在しなかったのは必要とする人が誰も居なかった為。
再現しようと思ったら、どこかで頭をぶつけてからプレイすれば効果が理解できるかもしれない。

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