笛使いの溜息   作:蟹男

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前話の感想
名前有キャラ少ないし不二子ちゃんみたいなちょっと悪い女キャラ出そう!
→何だこのゲスいの……


一時の休息

風呂。本来それは体に付いた汚れを落とすための作業である。だが人類の欲望は留まることを知らず、そのような行為にさえ喜びを見出し発展へと繋げていったのだ。今やそれは単なる衛生管理の為の物では無く一つの娯楽もしくは癒し、人によっては人生そのものと呼べるほどのレベルにまで昇華しているのだ。

 

その最たるものが温泉だ。火山のマグマにより暖められるなどして暖められたこの独特の香りを持つ色のついたお湯には、精神的のみならず肉体的にも効果が有るというのだから驚きだ。そんな素晴らしい物にはファンが多くなるのも当然で、俺もその中の一人なのだ。

 

近頃面倒な依頼が続き身も心も大分疲れ切っていた俺は、こちらの方面の依頼にかこつけて湯治へ来ることを決めたのだった。こっそり行こうとしていたのだが面倒な奴に見つかり俺も連れて行けと騒がれたりもしたが、疲労の原因の一つが一緒では癒されるものも癒されなくなってしまう。隙を付いて気絶させ、たまたま薬の実験台を探していた女が居たのでソイツに引き渡した。俺は一人でゆっくり出来るし向こうも研究が捗るので、正に一石二鳥だ。誰かと行くのも悪くは無いのだが、一人の時間を持てる旅は他の何物にも代えがたい魅力が有る。

 

身に着けた衣服を脱ぎ、タオル一つ持って浴室へと足を踏み入れる。依頼はもう終わったのだ、後は帰る時間になるまでのんびりしよう。そのまま湯船に浸かりたい気持ちを抑え、先ずは体を洗う。

 

温泉を提供する宿や浴場の良し悪しの判断は人それぞれで中々に難しい物であるが、俺の場合は備え付けてある石鹸で見る事にしている。ただ高級な物を置けばいいというのではなく、相性が有る為だ。温泉は普通のお湯と違い、様々な成分が溶け込んでいる。その為、物によっては泡立ちが悪くなることが有るのだ。普通の石鹸が使えない温泉の場合、通常ではあまり用いない液状の石鹸を用意してあればそれは当たりと言っていいだろう。逆に普通の石鹸が問題無く使えるにも拘らずそういった石鹸が置いて有るなら、単に聞きかじった事を確認もせず使っているだけなのでその場所は避けるべきだ。要するに、提供する側がどの程度自分の所の温泉の泉質を理解しているか、それが大事なのだ。

 

ここの温泉宿は固形の石鹸、それもかなり高級な物を用意している。泡立ちも良いので従業員が性質を十分に理解し、お湯そのものを愛しているのだろう。言うまでも無く、この温泉は当たりだ。値段はやや張るがそれ以上の価値が有る。

 

ふとここら一体で最も安い温泉の事を思い出す。安いなんてものじゃない、無料の温泉が有るのだ。だがいくら安いとはいえあそこに行く人の気がしれない。何せまともに仕切りも無くギルドと併設されているのだ。しかも混浴である依頼を終えた直後に一風呂浴びたくなるというのなら、百歩譲ってその気持ちだけは理解出来なくも無い。だが利用客の大半は何故だか分からないが依頼の前に入っていくと言うのだ。人間は体温が下がる時に眠気を感じるらしい。だから風呂に入って一時的に体温が上がりそれが元に戻っていく過程で眠気を感じるため、寝る前に風呂に入る人が多いのだ。また逆に寝起きに熱いお湯を浴びる事で神経を活発にし目を覚ます人もいる。だがあそこではわざわざ準備を整え出発する用意が出来たのに、それを脱ぎ風呂に入るというのだから不自然極まりない。

 

恐らくあの設備が出来上がってしまったがために、少しでも有効活用しようとギルドが喧伝し出発前に身を清める意味を持たせたのではないか。若干不吉な気もするが精神を引き締めるのに役立っているのならそれについてとやかく言うつもりは無い。だがギルド職員は紙がすぐ湿ってしまい書類の管理は難しくなるし、壁や机のカビにも悩まされることだろう。あそこには女性が多かったから、記憶によれば皆肌が瑞々しくツルツルに保たれていた事ぐらいが唯一の救いだ。

 

あの設計を考えた人間は頭がどうかしているか、余程のスケベ心に溢れていたのだろう。ふと、いつもギルドに居て酒ばかり飲み顔を赤くしていた老人の事が頭に浮かんだ。あんな馬鹿げた建物を思いつくのはあの爺さんのような人間に違いない。何となく酒を飲みながらクシャミし、盛大にむせている姿が目に浮かぶような気がした。

 

考え事をしている内にとっくに体を洗い終わっていた。こんな所で寒さで風邪を引いてしまっては馬鹿らしい、さっさと湯船に浸かるとしよう。

 

「ああ君、待ちたまえ。湯船にはタオルを浸けてはイカンよ」

 

「ん、これは失礼しました。以前の場所では外してはいけないと言われたもので……」

 

マナーについて注意され、非礼を詫びつつそちらに向き直る。

 

そこに居たのは俺よりも頭一つ以上は大きく、全身が筋肉の鎧に覆われた巨体の男であった。

 

「いやいや、それほど気にせんでも良いよ。間違いは誰にでもあるものだ」

 

そう言うと豪快に笑い、こちらを気遣う素振りを見せた。こう言っては失礼かも知れないが、見た目に反して人当たりも良く気遣いの出来る人間の様であった。

 

改めて観察すると、鍛え上げられたその体のあちこちには無数の傷が付いていた。だがそれは前面だけであり側面にはそれ程の傷は見られない。きっと背中には殆ど傷が無いのではないか。

 

そう言えば、思い出したことが有る。ランクの高いハンターは数が少なくその上難しい仕事は一箇所に集まるので、上位やG級ハンターの殆どが都市部に集まり地方には駆け出しや低ランクのハンターしか登録されていないのが普通だ。だが、何事にも例外は存在する。その一つがこの地方に居る伝説の大剣使いのG級ハンターである。

 

あくまでも噂程度でしか聞いた事が無く名前や背格好も分からないが、俺は目の前のこの男性がそのハンターであると確信していた。この威圧感、間違いない。

 

だからと言ってどうにかする気は無い。共に戦う予定が有る訳でも無いし懇意にする理由も無い。たまたま温泉で会った現地の人と楽しく交流する、それだけの事だ。

 

「ここの風呂に来たのは初めての様だね」

 

「ええ、こっち方面には何度か来たことが有るのですが。以前泊まった宿では水着を着用するかタオルを絶対にはずさないようにするか選べ、と言われまして。温泉に入るのに水着では落ち着けないのでタオルを着けて入りましたよ」

 

「うむ、きっとその店は最近出来たのであろうな。何と言うか、この辺りもすっかり観光地化してしまってな。裸を見せるのが嫌な観光客向けにそういった所も増えているらしい。賑わうのは結構だが、伝統が失われるのは嘆かわしい事だ」

 

語り終えると、俺に注意した時から立ち上がったままだったその体をようやく湯の中に沈めた。その間彼は一切体を隠す事無く、堂々とその全身を晒していた。何とも男気溢れる人である。それに噂通りこの地を愛しているという事が十分に伝わってきた。

 

「それにしても……以前行った場所も中々良いと思ったのですが、ここはまた格別ですね」

 

「そうだろうそうだろう。ここは儂のお気に入りの一つでな。この辺りに住んでいるから宿泊したことは無いのだが、温泉のみでも利用できるのが魅力的なのだ。意外とこういう宿は少ない物でね」

 

確かに以前温泉巡りをしようとした時は入るなり仰天され、慌てて入浴を拒否された事が有ったがそういう事だったのか。

 

「良い店だと思っていましたが、話を聞いて益々好きに成りましたよ」

 

「それは良かった。ところで、この地には旅行へ来たのかね?」

 

「いえ、仕事を兼ねて……。まあ、敢えてこの辺を選んだのですが」

 

「ほほう……となると、君はハンターだね?」

 

素晴らしい洞察力だ。流石伝説のハンターと言った所か。

 

「その顔を見ると図星と言ったようだな。まあ、この辺では仕事なんてハンター位しかないから当然だが。ハッハッハ!」

 

そう豪快に笑うといつの間にか俺の隣に来ておりバンバンと肩を叩いてくるのであった。

 

「気になって見ていたのだが、随分と良い体をしているものだからどうしても確かめたくてな。そうかそうかやはりハンターか。という事は儂の同業という事になるな」

 

「やはり。俺などより遥かに見事な肉体でしたから、そうではないかと思っていましたよ」

 

「何の何の、儂などただ大剣を振り回す事しか出来ないだけの只の単細胞に過ぎんよ。所で君が受けたのもあの依頼かな?」

 

「ええ、例のギギネブラの大量発生です」

 

今年の夏は例年に比べ気温がかなり低かった。過ごしやすいのは結構な事であるが、そうなってくると影響を受けるのは作物だけでは無い。モンスターの生息状況も変わってくる。

 

元々ギギネブラというのは幼生であるギィギの頃はそれ程生存率は高くない。大量の卵を産むのもそのためだ。口が大きく牙は鋭い物の皮膚が柔らかく外敵に襲われ易い事、そして暑さに弱い事がその理由とされている。だが夏の暑さがそれほどでも無かった今年は、本来それらを捕食する筈の外敵達が気温の低い地域への移動を行わなかった。それに加え気温上昇による死亡もそれ程起きなかったため、結果として大量の成体が誕生してしまったのだ。

 

これを放置すると現地の動物が食い尽くされ生態系が変わるだけにとどまらず、餌を求めて人里までやって来る可能性が有る。そんな事態になれば例え死傷者が出る前に討伐できたとしても、奴らの持つ毒が撒き散らされるせいで土が汚染されてしまう。

 

もしそうなったら一体どうなってしまうのか?畑で採れる作物や家畜などに悪い影響が出るのは当然だが、俺にとって一番重要なのは地下水にまでそれが影響しかねないという事だ。つまり俺は温泉に入る為だけでなく、それを守るという崇高な目的も持ち合わせていたのだ。……まあそれが無くても来るつもりではいたのだが。

 

不幸中の幸いとでも言うべきか数は多いがどれもそれ程大きくなく強さは下位相当であったため、危ない場面というのは殆ど無いに等しかった。だが如何せん数が数である、周囲に見当たらなくなるまで討伐し続けた結果地面がギギネブラの死体で埋め尽くされてしまった。最終的に倒した数は二十かそこらだったと思うが、はっきりとは覚えていない。実に面倒な依頼であった。

 

「凄い大群でしたからね。結構大変でしたよ」

 

「うむ。だが君のように手伝いに来てくれるハンターが沢山居たお蔭で、それ程問題にならずに済んだ。儂など大体この程度しか倒しておらぬからな」

 

こちらに突き出した手は指が四本立てられていた。四十匹……俺の倍か、凄まじいな。

 

「凄いですね……俺の倍ですか」

 

「なーに、仲間が優秀だったお蔭だよ。儂はそう大して仕事をしておらんよ」

 

「ご謙遜を。流石の実力ですね」

 

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。ガハハハハ!」

 

本当に豪気で逞しく明るいな。G級ハンターにも良い人は居る、それだけで非常に嬉しくなる自分が居た。

 

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「あれ、まだ入り口に居たの?あんなに温泉楽しみにしてたのに」

 

「入りたいんだけどね、中に男の人が居て……」

 

「仕方ないじゃない混浴なんだから。知ってたでしょう」

 

「そんなんじゃ無くて、何か変なのよ。二人きりだしおじさんの方は全身見せつけてるし……」

 

「どれどれ……うわ、ホントだ。結構凄いモノね」

 

「でしょ……って、違うってば。もしかしてあの二人、変な関係なんじゃない?」

 

「え?確かにさっきよりずいぶん近くに――あ、体触った」

 

「話の内容もお互いの体褒め合ってるみたいだし、これはいよいよ本当に――」

 

「ちょっと、やめてよ。考えたくも無い」

 

「そう?私は別に悪く無いけど。あ、見て!指を立ててるわ!きっと交渉してるのよ」

 

「何で分かるのよ、そんなの」

 

「だって本で見たことあるし。一体どうなるのかしら」

 

「……アナタの趣味はともかく、このままじゃ入れないわね。店の人にどうにかしてもらうわ。すいませーん」

 

「はい、どうかなさいましたか?」

 

「あの、中で変な事しようとしているかも知れないお客さんが……」

 

「え?ああ、あの人は常連さんですが。でも、そういえばいつも一人だったな。結婚しているっていう話も聞かないし……」

 

「まあ勘違いかも知れませんけど、何とかしてもらえませんか?」

 

「……分かりました。ちょっと露天風呂に移って貰える様頼んでみます」

 

「え、勿体無い……」

 

「……気になるなら後で見に行けば?」

 

「うーん……止めとく。折角の友達の旅行なんだし」

 

「色々言いたいことは有るけど、友情を選んでくれたことに取り敢えず感謝するわ。さ、居なくなった様だし入りましょう」

 

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「あの、お客様」

 

「ん?どうかしたかね?」

 

風呂で出会った若者と気持ちよく話していると、突然宿の従業員が話しかけてきた。

 

「実はですね、その……急遽此処を清掃する事になりまして。誠に申し訳有りませんがお上がりなって頂くか、露天風呂の方へ移って頂けないでしょうか?」

 

「何と……仕方ないな。だがもう少し入っていたいから、露天の方へ移るとしよう。君はどうする?」

 

「……そうですね。いい機会だしお供しますよ」

 

不運なアクシデントだが、彼も同意してくれた。

 

「おお、そうだ。今日は懐が温かいから少し飲むとしよう。お酒は有るかな?」

 

「はい、ご用意しております。どうぞ」

 

「用意が良いな。誠に有難い」

 

「ご迷惑をお掛けします。では、ごゆっくり」

 

こちらに酒を渡すと、何故かこちらに後ろを見せぬようにして歩き去ってしまった。最後まで見送るという姿勢の表れであろうか。

 

「ふむ、では行こうか」

 

「ええ」

 

ザバアと勢いよく立ち上がり湯船から上がり、彼が上がるのを待つ。少し躓きそうになったので慌てて手を貸し転ぶのを防いだ。

 

「大丈夫か?風呂場では転倒し易いから気を付けたまえ」

 

「すみません、お気遣い有難う御座います」

 

後ろの方で、やっぱり……!などと言う声が聞こえた気がしたが気のせいであろう。

 

移動の道すがら、今日の狩りの事を思い出す。

 

「アンタは遠くから打ち続けてくれ!攻撃は俺が引き付ける!」

 

「儂は……」

 

「オッサンは足でも適当に切ってろ!いいか、俺等の邪魔すんなよ!」

 

リーダー格のランス使いがそう指図する。普通の依頼と違い大人数を集めるこの依頼は、特に希望が無い限りG級で一人で戦う方が効率の良い場合などの特例を除きギルド側がバランス良くパーティーを編成する。この地を愛する者としてどうしても戦いたかったので依頼に参加したのだが、どうも実力が足りていないらしくそれなりに経験の有るハンターと組まされたのだ。どうやらお守りという事らしい。全く、失礼な話だ。儂だって狩りをした経験は結構有るというのに。……鹿とか、虫とか。

 

まあ何にせよ自分より大きい相手と戦うのは初めてなので、とりあえずギルドの指示に従う事にした。戦ってみて分かったのだが、この二人結構腕が立つ。片や的確に狙った場所を射抜き、もう一人は注意を引きつつ確実に攻撃をガードする。随分とギギネブラについても熟知している様で指示も的確だ。一方儂は何とか邪魔にならない様かつ注意を引かない様偶に切りつけるのが精一杯だ。もっと活躍したいのだが……そう考えていると、急に体を丸め動かなくなった。これはチャンスだ!またと無い好機を生かす為力を溜め振り下ろす準備をする。

 

「馬鹿野郎、早くどけ!」

 

その言葉と共に突き飛ばされる。何をするのだ、と文句を言おうと起き上がりそちらを見ると毒ガスを浴びながらも盾を構えた男が居た。

 

「チッ……これが最後の解毒剤か。おいオッサン、迂闊な事するんじゃねえ!危ねえからもう俺より前に出ないで後ろからチマチマ切ってろ!」

 

薬を飲みながら怒鳴りつけてくる。確かに不用意であったがそこまで言わなくてもいいだろう、この場限りとはいえ一緒に戦う仲間なのだし。だがこちらが悪いのは明らかなので大人しくそれに従う事とする。

 

その間も弓で射続けられた御蔭で、大分弱っているのは傍目にも分かる。だが先程の反省も有り、横から攻める彼らを尻目に後ろに回り再び力を溜め始めた。

 

その事に最初に気づいたのは弓使いであった。だがその位置からは声が届かないため、ランス使いの盾に矢を当て異常を知らせる。異変に気付いた彼がこちらの姿を捉え、叫んだ。

 

「何やってんだ、そっちは頭だ!」

 

気付いた時には、ギギネブラがこちらへ向かってその巨体を震わせながら突進していた。その速度はそれ程早い物では無かったが、既に剣を振り始めていたので避ける事は出来なかった。

 

南無三――!

 

覚悟を決めて切り付ける。全力を込めた一撃と突っ込んでくる勢いが重なり、思わず剣を手放してしまった。吹き飛ばされる体、そして突進し続けるモンスター。どうにもならず体を丸め手を突き出し少しでも防ごうとする。ぬめり、とした感触に背筋が凍る。……だが何時まで経ってもその先が訪れず不思議に思い頭を上げると、大剣が突き刺さったままあと少しという所で絶命した姿が目に入った。

 

「クソッ、またかよ」

 

今回の依頼では通常の報酬に加え、討伐した数により追加で金額が増える事になっている。だがハンターもモンスターも大量に居るため混戦となることが予想され、一見して誰の手柄であるのかが非常に判別しにくい。その対策としいてボーナスを受けとるのは例外なく最後に止めを刺した人間と決めているのだ。もちろん良からぬ事を考える者も居るが、そういった者には戦場が混乱している為か決まって不幸な事故が訪れる。

 

基本的にこれで何も問題は無いのだが、どうしても不測の事態というのは起きてしまう。我々のパーティが倒した数は四体、その全てを儂が止めを刺してしまったのだ。

 

一度目は姿を見失った時に儂の所に上から降ってきて、たまたま剣を構えていたのでそのまま串刺しに。二度目は飛び去る時に攻撃しようと偶々持っていた閃光玉を投げたら、光に驚いたのかバランスを崩して墜落しそれで息絶えた。そして三度目は急に首を伸ばしてきて危うくのみこまれそうになったその時、護身用にと持っていた爆弾が偶々体内で爆発し心臓を破壊したのだった。そして先程のが四度目、という訳である。我ながら何という強運の持ち主であろうか。

 

「悪いな、美味しい所を持って行ってしまったみたいで」

 

「みたいじゃ無くてそのまんまだろうが。ったく……今日は厄日だな、役立たずは押し付けられるし金も稼げねえ」

 

随分と酷い言い草だが、こちらの手柄を無理矢理奪おうとしないだけマシと言える。ギルドが参加者の中でも格段にランクの低い私を気遣ってくれたのかも知れないな。

 

「それで、次はどうするのだね」

 

「もう薬も無いし終わりだ終わり!これ以上やってられっか!」

 

「だが、少しでも数を減らさないと街に被害が……」

 

「いや、もう大丈夫らしい。ギルドから連絡が入って、全滅とまでは行かないが問題が無いレベルにまで討伐したそうだ。何でもG級ハンターがとんでもない数を倒したとか」

 

これまで殆ど口を開かなかった弓使いが教えてくれた。

 

「何と……であれば儂がここに居る理由はもう無いな」

 

「じゃあ終わりでいいな。ったく、もう二度とアンタとは戦わねえからな」

 

そう吐き捨てるとさっさとどこかへ行ってしまった。もう一人はどうするのかと思ったが、既に姿は無かった。全く、最近の若者は情が薄すぎる。

 

そんな訳で一人ギルドの受付へと戻ると、普段の依頼では考えられない様な大金が渡された。出発前には考えもしなかった大金につい嬉しくなった儂は使い道を色々考えながらも、まずは体を綺麗にしようと三日ぶりの風呂へ入りに此処へやって来たのだ。

 

良い事は続くもので中々に見所の有る若者と出会う事が出来た。普段まともに話を聞いてもらう事が出来ない儂のような駆け出しにとって、こちらを敬ってくれる人とちゃんと話せるというのはこの上ない喜びなのである。

 

「着いたぞ、これが宿自慢の露天風呂だ」

 

「おお、いい景色ですね」

 

「そうだろう、ここから見える景色を独り占め出来るのだ。おっと、今は二人だったか。ワハハハハ」

 

肌寒さを堪えやっとのことで訪れた天国へ足を踏み入れる。中に比べやや温めのこの温度が体に優しく気持ちを落ち着かせてくれる様だ。

 

「ふう……」

 

「気持ちいいだろう?さ、君も飲みたまえ」

 

「ああ、これはどうも。頂きます」

 

キリッと冷えた酒を二人で乾杯し一気に喉に流し込む。お湯の暖かさとこの冷たさが良いコントラストになってお互いを引き立ててくれる。やはり風呂に酒は付き物だな。

 

「くぅーっ、やはりこれは最高だな」

 

「ええ、日頃の嫌な事がすうっと抜けて行くようです」

 

「うん?もしかして何か悩みでもあるのかな?」

 

そう聞くと、彼は俯きながらも私に悩みをぶつけてくれた。

 

「実は俺は普段笛を使っているのですが……聞いて貰えないというか、認めて貰えない事ばかりで。時々こんなに馬鹿にされるならもう止めてしまおうかと思う事も有るんです」

 

「成程な、確かに認められない辛さというのは有る。だがね……」

 

彼の方に向き直りじっと目を見る。聞く所によると、笛使いはG級に例外が居るものの基本的にハンターの中で立場が低いらしい。だが、そんな差別は間違いだと儂は思う。

 

「お金に貴賤が無いように職業にもまた貴賤は無いのだよ。儂がこの酒を飲むのに支払った金額、それで飲める酒の量はたとえ犯罪者であってもはたまた貴族であっても違いは無いのだ。お金は誰にとっても平等、であればそれを稼ぎ出す仕事も同じだ。嘲笑や偏見は有るかもしれない、だが君自身がそれに飲まれてはいけない。君は自分を信じ自分の道を行け。そうすればいつかきっと道は開けるよ」

 

これまで店の店員や害虫駆除、トイレ掃除など様々な仕事をしてきた儂の言葉が心に響いたのか、さっきまでとは打って変わって明るい表情をした彼が其処に居た。

 

「そうですね、俺が信じなきゃ誰も認めてくれませんね……有難う御座います。これからも頑張って行ける気がします」

 

「ハッハッハ、酔っ払いの年寄りの戯言が役に立ったなら幸いだ。まあ儂は楽器などまるで出来んからそれだけでも凄いと思うがな。出来る事といったら……ホレ」

 

立ち上がり、辺りに生えている葉っぱに手を伸ばし二枚千切り取る。そして一枚を彼に手渡した。

 

「小さいころに遊んだこの草笛くらいかな。良い機会だし君にも教えて上げよう」

 

口に当てて音を鳴らす。久しぶりだがちゃんと出来たことに安心し、子供の頃に帰ったような懐かしい気持ちになった。

 

「とまあ、こんな感じだ。さ、やって見たまえ」

 

「こうですか?」

 

と言うと彼は一発で成功させて見せた。

 

「ほう、やはり本職は違うね。儂など小さいころ中々出来無くて、必死に練習したというのに。じゃあ次は音階だ、口を絞ったり開いたりして見たまえ」

 

「ああ、こんな感じですね」

 

「上手い上手い。これはもう儂を超えられてしまったかな」

 

「いえいえ、教え方が良いんですよ」

 

演奏のプロというだけ有って上達が早い。折角なのでリクエストする事にした。

 

「そうだ、いい機会だし一曲演奏してみてくれないか?君の音楽を聞いてみたくなったよ」

 

「そんな立派な物では有りませんが……ではお言葉に甘えて」

 

彼が息を吸い込み草を口に当てた。そこからの記憶がどうしても思い出せない

 

「……さん、お客さん」

 

ボンヤリとしながら目を開ける。眩い光が入ってきて思わず目を瞑るが、お蔭で意識がはっきりしてきた。

 

「ああ、良かった。やっと目を覚ましたんですね」

 

「ここは……」

 

「脱衣所です。一緒に居た男の人が気が付いたら途中で寝てしまっていたから、と此処まで連れてきてくれたんですよ」

 

「そうか。彼には悪い事をしたな」

 

酒に弱くなったのだろうか?昔はあれぐらい平気だったのだが。やれやれ、年は取りたくない物だ。

 

「そういえば、その彼は何処に?」

 

「もう行ってしまわれましたよ、帰らなければいけない時間だという事で。宜しくお伝えするよう仰っていました。何度か起こそうとしたのですが全く目を覚まさなかったので……。自然に起きるまで寝かせておこうと思ったのですが、急に呻き出したので慌てて声を掛けた次第です。そういえば、お加減は大丈夫ですか?」

 

「ああ、心配してくれて有難う。しかし彼は行ってしまったか、残念だな」

 

彼の演奏を聞けなかったのが唯一の心残りだ。何故だか寒気がするが、風邪でも引いたか?ま、とにかく今度会ったときはもっと人の多い賑わっている場所で聞かせてもらうとしよう。街の真ん中辺りの酒場にするかな。次会う時が楽しみだ。

 

幸いにしてと言うべきか不幸にもと言うべきか、彼らは二度と会う事は無かった。この地方に古くから伝わる嵐による災害を超える、未曾有の大惨事が防がれたことを知る者は誰も居なかった。最もそれは伝承による物と違い天災では無く人災だが。

 




大分ネタが無くなってきたので書きやすいテーマは重複することが出てくると思いますがご了承下さい。

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