笛使いの溜息   作:蟹男

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前話のあらすじ
敵も味方ももれなくやかましい戦場

今回の話は書いている途中で公式の設定との矛盾を見つけてしまい、慌てて追加・編集しました。
見直して確認したつもりですが、おかしな点があるかもしれませんのでご容赦下さい。


抗えぬ本能

「お願いします!あなただけが頼りなのです!」

 

いつもの様にギルドに入り、いつもの様に依頼を確かめに行く。

 

ただいつもと違っていたのは、俺を出迎えたのが受付の笑顔などでは無くこちらに向かって何事か叫びながら必死の形相で向かってくる男性であったことだ。

 

そのあまりの迫力に何かを考える間もなく、無意識のうちに握りこんだ拳を目の前に突き出していた。殴り飛ばした物体が壁に衝突し轟音を立てると同時に意識を取り戻し、一気に冷や汗が噴出した。

 

ヤバイ……いつになく完璧な手応えだった。ここまで良いタイミング・フォーム・力強さが揃う事は初めてだし、これからもそう無いだろう。問題はそれを決めた相手がモンスターでは無く人間、それも恐らく一般人であるという事だ。

 

目撃者は――結構多いな。しかも顔までバッチリ見られている。これは逃げられそうにないか、しょうがない。嫌々ながら飛んでいった人物の安否を確かめる為に、若干ヒビの入った壁に近づき声を掛けた。

 

「大丈夫か?」

 

自分で言っておいて何だが、そんな訳無いだろう。これはしばらく意識を取り戻さないと思っていたが、俺の予想に反して勢い良く立ち上がりまた俺に詰め寄ってきた。

 

「今の一撃、そしてこの威力……素晴らしい。あなたこそ私の探していた人間ですな!」

 

「……大丈夫か?」

 

先程とは違う意味を込めて問いかける。頭でも打ったかと心配したが、見た所異常は無さそうだ。それどころか衣服に汚れは付いているものの、血の一滴も流していない様だ。あの丈夫な壁ですら耐え切れなかったというのに……化け物か?

 

「おお、おお、おまけに人を気遣うその優しさ……私めは感服いたしましたぞ!」

 

「……」

 

駄目だ、関わりたくない。誰も居なければ脇目も振らず逃げ出すところであるが、犯行の現場を押さえられた以上それは出来そうもない。諦めて付き合うしかないか。

 

改めてこの男を観察する。歳はかなりいっている様だが、無駄な肉は付いていない。先程の一撃を耐えたのも偶然ではないだろう。だが何より目を引くのはその恰好……よほどの金持ちの家でしか見る事が出来ない使用人の服、執事服だ。偉い人間と関わりあってもロクなことが無いから、なるべく近づかない様にしていたんだがな……。つくづく出会い頭にカウンターを決めてしまったことが悔やまれる。

 

「無事ならまあ良い。で、結局どこの誰なんだ」

 

「おや、私とした事が自己紹介も忘れておりましたか。実は私は……」

 

そういって随分と長い間溜めを作り、ようやく口を開いた。

 

「ある資産家の旦那様に雇われている執事なのでございます」

 

「見れば分かる」

 

そのまま過ぎる情報に、つい口調も冷たくなる。

 

「何と……さすがの洞察力ですな」

 

「……馬鹿にしてるのか?」

 

そう聞くと、その顔に疑問を浮かべながらもこちらを見つめ返すその眼はとても純粋であった。どうやら本気で言っているらしい。

 

「いや、何でも無い。気にしないでくれ」

 

「左様で御座いますか?では、依頼についてですが……」

 

「ちょっと待て」

 

勝手に話を進めようとしたので慌ててそれを遮る。

 

「俺はまだ受けるとは言っていないぞ。大体何故ギルドを通さないんだ」

 

「……受けていただけないのですか?」

 

何か信じられない物を見たかのような表情を浮かべ、次いでそれが絶望に変わる。

 

「実はギルドにも依頼を出したのですが、難易度が高すぎて無理だとお断りされまして……。ですが、あなたなら出来る、と紹介して頂いたのでこうしてお待ちしていたのですが……」

 

「悪いが俺はなるべく危険なことはしない主義なんだ」

 

「そうですか……。ご迷惑をおかけしました。それでは――うっ!」

 

立ち去ろうとしたその執事は出口に向かって歩き出そうとしたが、すぐその場にうずくまってしまった。

 

「どうした?」

 

「い、いえ……これでは執事失格だと考えておりましたら、急に全身に痛みが――ううっ!」

 

確かに先程より明らかに顔色は悪くなっており、苦しみを浮かべたその表情はどう見ても嘘では無いようだった。

 

ふと周りを見渡すと、ギルドにいる全員が俺に冷たい目を送っていた。マズイ、このまま返すわけにはいかない!

 

「分かった、分かったから話を聞かせてくれ」

 

「そうですか。では詳しくはあちらのテーブルで」

 

俺が了承の返事を返すとすぐに立ち上がりスタスタと歩き始めた。

 

「おい、怪我は……」

 

「執事ですので。みっともない所を見せるとお仕えする家の沽券に係わりますからな。さ、こちらへどうぞ」

 

促されるままに席に座る。執事ってすごい、改めてそう思った。

 

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「ショウグンギザミ?」

 

「ええ、ショウグンギザミです」

 

ターゲットとなるモンスターを告げると、意外そうな声で聞き返された。

 

「なんでわざわざ……。大量にとかならともかく一匹だけなんだろう?」

 

「もちろん数が増えても報酬は問題なくお支払い出来ますが、今回は一匹だけで結構で御座います」

 

「そりゃまあ、その程度問題なく倒せるが……何故俺に?ギルドが断るというのもおかしな話だ」

 

確かに、ただ戦うのであれば無理にシド様にお願いする必要は無い。だが、

 

「実は条件が御座いまして……討伐では無く捕獲、それもなるべく傷つけずにお願いしたいのです」

 

そう告げると、彼はこちらを訝しむような顔をして私に尋ねた。

 

「知っていると思うが……モンスターの飼育は禁止されているぞ。剥製を作るのもな」

 

「ええ、存じております」

 

ギルドは、そしてハンターは殺戮者では無い。むしろ命を粗末にするような行為は、その対象がモンスターであろうとハンターであろうと厳重な処罰を与えるのだ。彼らはモンスターを殺すが、それはあくまでも生きる為にやっている事である。様々な道具として活用するならともかく、ただ見せびらかす為だけに命を奪うなど認めるはずがない。飼育にしてもそうだ。万が一の危険というのも有るが、一つの命の尊厳を奪いかねないその行為は場合によっては殺人以上に忌避されるものだ。

 

「此度の依頼においては、ギルドに処分を受ける事態にはならない事は保証させて頂きます。事実、お断りされたのは請け負えるハンターが居ないというのが理由で、依頼そのものは了承されていますからな。もしよろしければご確認していただいても構いませんが……」

 

「いや、いい。信じるよ。それに不本意ながら俺に持ってきた理由も理解できた」

 

やや不機嫌そうになったが、その理由は追及しない。誰にでも触れられたくない事は有る、それだけの事だ。

 

私が彼の事を通り名では無く名前で呼ぶのもそれが理由だ。葬奏人という呼び名はシド様とって好ましい物では無いのだろう。執事歴三十年、人をもてなす事には慣れているのだ。お客様の好みや苦手な物を即座に把握できずして、どうして執事を名乗れようか。

 

ふと先程の一撃を思い返す。あの一撃は素晴らしかった、執事としての経験とプライドがあるからこうして今この場に居る事が出来るのだろう。仕事の中で身に着けた技術や体捌きが無ければ威力を分散させられず、家名を背負っているという誇りが無くし切れなかったダメージから不完全ながらも体を立ち直らせたのだ。

 

そしてあの結果も無駄では無かった。咄嗟の判断力、体の使い方、何よりその運動能力。どれをとっても彼がG級であることを確信させるものだった。あまりに難易度が高い依頼ではあるが、これをこなせるとしたら彼しかいないだろう。

 

「どうか引き受けていただけませんか。旦那様たっての願いなのです」

 

「分かった分かった。これ以上騒ぎを起こされると面倒だしな。すぐに向かうから早く体を休めてくれ」

 

「何と、お気づきでしたか」

 

「ああ、よく見ると動きがぎこちないからな。じゃ、行ってくる」

 

「お気を付けて。いってらっしゃいませ」

 

私は考えを改めた。あれ程の洞察力が有るなら今回の依頼は苦も無く達成出来るだろう。受付のお嬢様に湿布を貼ってもらいながらそう思った。あ、そこもう少し上にお願いします。

 

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息を殺し、身を潜める。

 

湿地帯に着いて早々、幸運にもショウグンギザミを発見する事が出来た。いつもならさっさと飛び出し対峙している所だが、今回はい少し勝手が違う。

 

依頼の内容は一匹だけ捕獲、しかも出来るだけ無傷でというものだ。それはつまり初めから相手が傷ついていてはいけないし、万が一そういったのを捕まえてしまっても『出来るだけ』という一語がネックとなり依頼は達成と見なされてしまうのだ。

 

実際の所それ程問題にはならないのだろうが、あの執事を失望させてしまう事にはなるだろう。彼は凄まじい熱意を見せ俺にこの依頼を受けさせた。ハンターとして活躍するのは本意ではないが、それでもここまでやってきたのだから少なからず意地は持ち合わせている。職種は違えど一流の仕事を見せつけられたのだ、こちらも相応の結果を返さなければハンターとしての矜持が傷ついてしまう。それに、わざわざ俺を頼ってきた人間の一人ぐらい喜ばせることも出来ないで、どうして多くの人を楽しませる吟遊詩人に成る事が出来ようか。

 

注意をモンスターに戻す。残念ながらこの個体は爪に少し傷跡が見られる。恐らく以前ハンターと遭遇し逃げ延びたか、あるいは返り討ちにしたのだろう。依頼の本来の目的を推察するに、たとえ傷が無くてもハンターと交戦経験の有る個体は絶対に捕獲対象にしてはいけないと考えられる。全くもって厄介な生態だ。

 

気づかれないように背後を通り過ぎ、次の個体を探す。大分離れた所で見つかってしまったが、彼らの攻撃性の高さはその臆病さによるものだ。故に、近くに居れば積極的に攻めてくるものの、ある程度離れ視界から外れてしまえばわざわざ距離を詰めてくる事は無い。君子危うきに近寄らず――モンスターを相手にする時の鉄則だ。もちろん中には近寄るどころか逃げても逃げても追いかけてくる危険な存在もいるのだが。

 

それから何時間もの間あちこちをさ迷い歩き探し続けたが、未だに適した相手が見つからない。何処かしらが傷ついていたり、妙にハンターの動きに詳しかったりと外れが多いのだ。大分疲れているのか、傷と戦いの経験に注目しすぎたせいで間違えてダイミョウザザミに突っ込んだりもした。下から打ち上げられ正気に戻りその勢いを利用して逃げ出したが、無駄に体力を消耗した。

 

もう今日はキャンプに戻って明日に備えようかと思ったその時、これまでとは違う殻を背負い朱い色をした個体が現れた。

 

亜種か……内容を考えれば普通の奴にしたいんだが。

 

壁沿いから確認した結果、どこにも傷は見当たらなかった。全身のツヤを見る限り生まれてからまともな戦いを一度も経験していないのが分かる。これ以上の候補が現れる保証はどこにもない。

 

覚悟を決めるか。入念な準備を整えその場を離れ、鎌蟹の目の前に躍り出た。

 

こちらの姿を見つけると両鎌を持ち上げこちらを威圧してきたが、それに構わず接近する。やはり実戦には慣れていなさそうだ。そもそも、威嚇というのは戦いを避けるための行為だ。傷つかずに終わりたい、楽をして勝ちたいといった気持ちの表れである。警戒し判断を迷っている相手ならともかく、既に覚悟を決めている敵に対してはむざむざ隙を与える事にしかならない。

 

普段であればこれ幸いと全力で笛を叩きつける場面だが、そこを何とか我慢し軽めの一撃を当てる。まずは殻の堅さを確認しなければならない。もしも相手が脱皮した直後であればその殻は極めて柔らかく、慎重に攻めなければならないがその分ダメージが通りやすいので戦い易い。また逆に、完全に硬く分厚くなっていれば攻撃は通りにくいが力加減を気にする必要が無いのでこれもまた戦い易いと言えるだろう。だが手応えから判断するに、脱皮直後という訳でも無いが殻の厚さは十分にあるとも言えないようだ。それはつまり、適度な力加減で長時間戦わなければいけない事を意味している。

 

示威行為が無駄であると悟ったのか、腕を下ろしこちらに向かって横薙ぎに鎌を振るってきた。いかに難易度が高い依頼と言えど、モンスターの種類が変わる訳でも強さが上がるという事でも無い。この程度の攻撃ならば避けるのは造作も無い事だ。体を支える足に近づき身を屈める。体の構造上、足より低い真横の位置はどうしても鎌を当てる事が出来ないのだ。そのまま足を圧し折ってやりたい所だが、わざわざ殻の分厚い部分を狙って攻めざるを得ない。

 

成程、この依頼はまさしく俺にしか出来無かっただろう。双剣や太刀といった切断系の武器、或いはボウガンのような飛び道具ではどうしても傷をつけてしまう。

 

もちろん打撃武器でも殻を破壊するリスクは有るが、そこは技術でカバーする。表面に当てるというより、当たった場所からさらに力を加え押すイメージ。単純な威力では劣るものの、こうすれば体の奥まで攻撃が届くのだ。何発も攻撃を加え表面上は何も変化が無いものの、先程より動きのキレは悪くなっているのが分かる。

 

上位程度の腕前でもこのぐらいは出来る。だが上位とG級の違い、それは身体能力や技術では無い。事実、俺より力が強いハンターなど数多く存在する。最大の違いは生き残る力、つまり相手の採る行動を見極める判断力と自分がどう動けるかを知る分析力だ。どんなに恐ろしい攻撃が来ようとも、どうすれば避けられるのか知っていれば死ぬ事は有り得ない。自分では避けられない攻撃をしてくる相手や、動きを見極められない相手とは戦わなければ済む話である。

 

話を戻すが、恐らく上位のハンターであればここで喜び勇んで更に積極的に攻め込む場面だろう。だが見た目に影響は無くても殻にダメージは溜まっているのだ、調子に乗ったその攻撃で傷つけてしまうのは想像に難くない。そのリスクに気づいていたとしても、逆に威力を弱めすぎ回復され最後には蟹の餌となるのが関の山だ。G級に上がれない程度の判断力ではギリギリの見極めは不可能と言っていい。

 

だが例えそれが出来るG級のハンマー使いでも少しずつしか体力を削れないので長期戦は避けられず、何日かかるか分からないこの依頼は仮に人数を増やしても金銭的にも体力的にも引き受けられなかっただろう。つまり、この依頼を達成するのは不可能なのだ――俺を除いて。

 

戦いが始まってから俺は何度も近づいたり離れたりを繰り返しチマチマと攻撃を加えている。効率を考えるならずっと接近していた方がいいはずだが、俺の狙いは有る行動を取らせることに有る。

 

あちこち移動を繰り返す俺に痺れを切らしたか或いは単に疲労がたまったか、これまでと違い遠くに離れた俺を追いかける事は無かった。代わりにこちらに背を向け身を固め、外殻と俺が正面から向き合う様細かく調整しだした。

 

水ブレスを打つ気であることはすぐさま理解できたが、俺はその場に立ち止まっていた。グラビモスの外殻が口を開け、いよいよ発射する準備が整ったようだ。俺はこの瞬間を、狙いを変えられなくなるその時を待っていたのだ。僅かに射線から外れつつ、ほぼ真っ直ぐに殻に向かって突っ込んでいった。

 

水しぶきが体に当たるが気にすることは無い。ブレスが終わるギリギリのタイミングで辿り着き、口を閉じるその直前に――持っている笛をそこに突き刺す。

 

これまで演奏してこなかったのはこの時の為だ。差し込んだままの笛を構え、そのまま全力で音を出す。自分自身も思わずクラっとする程の音量であったが、コイツは尚更だろう。これまでの静寂さを打ち破るような凄まじい爆音、それが殻の中で更に反響しているのだ。静けさに慣れていた耳は機能を失い、脳はシェイカーに入れられて掻き混ぜられたかのようになっているのは間違いない。体に一切傷を付けずダメージを与える事こそがこの依頼の鍵だ。

 

笛を引き抜き様子を確認する。真っ直ぐ歩けないほどのよろめきぶりからあと一息であるのは間違いない。とはいえ、最も恐ろしいのは手負いの獣である。やけになったのか、こちらの姿を確認することも無くブレスを噴きつつ鎌を滅茶苦茶に振り回し始めた。ここまで来て硬い物に当たり刃が欠けたりしては目も当てられない。仕方なく注意を引くため弱い音を出す。だが、狙いも何も無く只々闇雲に攻撃しているため、逆に近づく事が出来なくなった。仕方なく下がりながら機会を伺うが、とうとう壁際まで追い詰められてしまった。

 

計算通りだ。

 

勝利を確信したのか、もう逃がさないと言わんばかりに両鎌を左右に目一杯に広げこちらへ迫ってくる。とうとうあと一歩踏み出せば首を刈り取れる位置までやってきた。この戦いの最後を飾る一歩を踏み出したその時――足元からの強烈な電撃が奴を襲った。罠に掛かったショウグンギザミへ向けて麻酔玉を投げる。三個程ぶつけたあたりで動きを止め、二度と覚める事は無いであろう眠りについた。

 

正直言ってここまで上手くいくのは計算外だった。最後に追い詰められたこの場所こそ戦闘前に観察していた場所であり、準備を整えていた場所である。始めから最後はここで決める為に罠を設置しておいたのだ。後はなるべくこの周囲に近寄らせない様コントロールしギリギリでここへ連れてくる、これが今回のプランだった。

 

こうしてみると、亜種であったのが幸いした。当初の予定では前から近づき無理矢理隙間に笛を詰め込む予定であったので、一回の演奏では決定打とならなかっただろう。最悪の場合、変に動き回られ中途半端な状態で罠を踏まれていたかもしれない。

 

ともあれ、戦闘を終えた達成感に包まれながら笛をしまう。

 

「お見事でございました」

 

背後から聞こえてきた人間の言葉に驚きつつも咄嗟に前に飛び退き笛を構える。そこに居たのは例の執事であった。

 

「驚かせてしまいましたかな?」

 

「あんた、いつの間に……」

 

まるで気づけなかった。気配には敏感なつもりであったのだが……。

 

「実はこっそりと初めの方から同行させていただきました。いや、噂に違わぬ見事な腕前で。お邪魔にならない様気を付けておりましたが、思わず気配を消すのを忘れそうになってしまいました」

 

「最初からだと?」

 

「シド様の場合、ハンターでございますので人間の気配を探すのには慣れていらっしゃらないのでしょう。それに私は執事でございますので、主人やお客様のご迷惑で無い様目立たないようにするのは慣れているのですよ。ああ、既にギルドの方へは連絡させていただきましたのでご安心を」

 

そう告げると間も無くギルドから輸送部隊がやってきた。凄まじい手際の良さである。

 

もうアンタが全部やれよ。内心そう思っていると

 

「あまり執事としての業務から離れた事には力を発揮できないのですよ」

 

心を読まれた!?驚愕する俺を尻目にさらに言葉を続けてきた。

 

「主人の補佐として円滑に業務を進めるには、顔を見て漠然と相手が何を考えているか把握出来なくてはなりません。執事としての必須技能の一つです」

 

真面目に考えるのは止める事にする。それよりもずっと気に掛かっていたことが有るので尋ねる事にした。

 

「で、結局何の為にこんな事をやったんだ?」

 

それを聞くと先程までとは一転表情を暗くし、理由を語り始めた。

 

「実はわが主人には困った性質が御座いまして……人間が誰しも持つ本能、その一つが人よりも強いのです。この依頼は、一時であってもそれを満たしたいという旦那様の望みなのです」

 

「長い。もっと簡潔に言え」

 

「旦那様はグルメでして新鮮なショウグンギザミを食べてみたいとの事でした」

 

無駄に長い会話をさせられ疲労が溜まる。とはいえ、内容は予想がしていた通りだ。

 

規則では無駄に命を奪ってはならない事になっているが、何事も抜け道というのは存在する。例えばクルペッコが呼んだモンスターを防衛のために倒す事などだ。今回の件は食事療法として処理されるのであろう。病気の治療にモンスターの素材が使われることは珍しくないし、ギルドに医学に関する部門は存在しない。その為彼らにはその真偽が分からず、素材を無駄にさえしなければ大体の依頼を受け付けるのだ。

 

なお実際はギルドは医療部門を持てないというより、あえて持たないようにしているというのが正しい。こうした医療行為として処理される依頼は数多くあり、その殆どが資産家によるものだ。そして、ギルドの運営を支えるのも彼らなのである。大っぴらに飾ったりされるとギルドも体裁が有るので処罰せざるを得ないが、ちゃんと理由を付ければ案外大抵の事は黙認されるのだ。医療部門が出来てしまうとその正否を確かめる事が出来てしまうので、今後も創設されることは無いだろう。世知辛い世の中だ。

 

何にせよ、厳重に個体を選んで正解だった。ショウグンギザミは悪食で、大抵のものは食べてしまう。もしもハンターと交戦していて、倒していたとしたら……。そんなもの、間違っても食べさせるわけにはいかない。また、甲殻類でもあるので死んでしまえばあっという間に傷みが始まる。生きたまま捕獲しても傷が有ればそこから腐ってしまうのだ。

 

「依頼はこれで完了だな?俺は戻らせてもらう」

 

少し嫌な予感がするので早く帰りたかった。だが、運命は無情にも俺を見はなしたらしい。

 

「お待ちください、シド様。実は旦那様が是非御挨拶したいとの事でした。もしよろしければ屋敷の方へいらっしゃいませんか?」

 

「いや……着ていく服が無いから今回は……」

 

「ご安心ください。各種サイズの衣服を取り揃えておりますので、ぜひ私共にコーディネイトさせて下さい。どうか一緒に食事をお楽しみ頂けないでしょうか」

 

「……………分かった。行こう」

 

残念な事に、招待を断る事が出来なかった。どうしてこう嫌な想像というのは当たってしまうのだろうか。

 

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「いかがで御座いますか」

 

「ああ、丁度いい」

 

シド様と共に屋敷へ向かい、到着してから真っ先にクローゼットへ向かった。失礼ながら、普段のシド様の格好は屋敷に相応しくないのだ。だが元々の素材が悪いわけでは無いので、選ぶ側としてはむしろ気合が入る。

 

「荷物はこちらでお預かりしますのでどうぞ食事をお楽しみください」

 

「それ程空腹という訳では無いから、あまりいらないのだが……」

 

「遠慮なさらなくて結構ですよ。湿地帯に着いてから何もお召し上がりになっていなかったようで御座いますし」

 

「……」

 

とうとう押し黙ってしまったが、気にせず案内をする。

 

「こちらです。どうぞ」

 

食卓へ続く扉を開けると、シド様だけを中へ促し私は外で待機する。食事の際は別の執事が担当するのだ。

 

実の所、私はシド様があれ程帰りたがっている理由は想像が付いている。だが、その理由を旦那様に告げる事は出来ないし、恐らく納得しないだろう。

 

ご愁傷様です、シド様。私は今自分が執事であることに心から感謝した。

 

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「やあ、よく来てくれたねさ、そこに掛けてくれ」

 

「……お招き頂き有難う御座います」

 

「堅苦しいのは抜きにしようじゃないか。さ、食事にしよう」

 

促されるまま席に着く。やや肥えてはいるが、いかにも有能でかつ誠実さも持ち合わせて居そうな人間だ。

 

「ああ、紹介が遅れたね。妻に娘達だ」

 

「……どうも」

 

座ったまま会釈をすると、ニコリと笑い優雅に返礼してきた。かなり美しい婦人であり、娘達も母親譲りの美しさを持っていた。父親似でなくて良かったと思う。

 

「お待たせしました。ショウグンギザミのボイルです」

 

「お、来た来た。まずは食べようじゃないか。では」

 

「「「「頂きます」」」」

 

「……頂きます」

 

主人の声に合わせ皆挨拶をした。一拍遅れてしまったが特に気にする様子も無かった。

 

「いや、友人に自慢されて一度食べてみたかったんだよ。どれどれ……」

 

ナイフで切り分けられた身を口に運び咀嚼する。

 

「口の中に広がる初めての味、柔らかさを残しつつもしっとりとしないこの食感、そして口の中に広がるこの独特の香り!これはまさしく――」

 

目を閉じ、五感全てを舌に集中させるようにして味わっている。そしてフォークを置きワインで流し込み一言、

 

「不味いね、コレ」

 

そう述べるのであった。

 

これを食べるのは二度目だが、はっきり言ってかなり不味い。ダイミョウザザミを食べて味を占めたハンターがショウグンギザミを食べて悶絶するのはハンターにとって恒例の出来事である。

 

「おかしいなあ、食べたら病み付きになるって聞いたんだけど……」

 

「あの、旦那様」

 

これを調理したシェフが主人に話しかける。

 

「ショウグンギザミは元々非常に好みが分かれる食材でして、しかも通常下処理に一週間ほど時間をかけて食べるものですから……」

 

「そうなのかい?教えてくれたら良かったのに」

 

「ですが旦那様、教えていても試しに食べようとなさったのでは御座いませんか」

 

「……うん、多分ね」

 

見れば妻や娘たちも既に食事を止めている。果たして俺はどうするべきか。

 

「それはそれとして旦那様。解体していると中からこんなものが……」

 

そういうとシェフは真珠を差し出した。

 

「おお、これは見事な」

 

「まあ……」

 

主人だけでなく夫人まで思わず感嘆の声を上げた。無理も無い、サイズもかなり大きく真円に近いうえに傷一つない素晴らしいものであった。今回の狩りの唯一の成果であったと言えるかもしれない。

 

「では、これは……」

 

夫人だけでない、娘達もその行方を固唾を飲んで見守っている。

 

「君に上げよう」

 

そういうと、何故か俺に向かってそれを差し出してきたのだ。

 

「遠慮することは無い。大分苦労を掛けさせてしまったからね。ぜひ受け取って欲しい」

 

「……どうも」

 

そこまで言われてしまっては拒否することは失礼にあたる。なるべく夫人達の方を見ないようにしてそれを受け取った。怖かったので。

 

「ああ、無理して食べなくてもいいよ。私は責任を取って食べるが、別の食べ物を用意させよう」

 

「……いえ、お気遣いなく。私もこれを頂きます」

 

不本意ながら申し出を断り目の前の朱色の蟹を食べる。主人が率先して食べているのだ、捕まえてきた俺が別の物を食べるという訳にはいかない。見れば夫人や娘も我慢して食べているが、全員顔に悲しみを浮かべている。あ、末の娘の目から涙が落ちた。

 

先程の真珠と言いこの申し出と言い、どうして後ほんの少し人に気を使う事が出来ないのか。それさえあれば完璧と言ってもいい人間であるのだが。

 

「いや、それにしても残念だな。そうだ、今度は通常の種類でリベンジを……」

 

「「「「止めろ馬鹿!」」」」

 

「そ、そうかい……?」

 

家族全員に思わず俺まで一緒になって暴言を吐いてしまった。咎められなかったのが幸いだ。こういったチャレンジ精神がこの人を支えているのかもしれないが、俺を巻き込まないでくれ。

 

どうにか食事を終えた俺は預かっていた荷物を受け取りすぐさま屋敷を後にする事にした。

 

「もうお帰りですか?お泊りのご用意もさせて頂いるのですが……」

 

「勘弁してくれ。それと、これを夫人か娘の誰かに」

 

宿泊の誘いを断り受け取った真珠を執事に押し付ける。

 

「よろしいのですか?かなりの価値が有るとお見受けしますが……」

 

「彼女らに恨まれるよりはるかにマシだ。それじゃ」

 

返事も聞かず飛び出した。これ以上関わりを持ちたくないというのも有るし、口直しをしたいというのも有る。何より絶対にこの家で朝を迎える訳には行かないのだ。

 

……あの分だと、明日の朝も同じメニューだろうな。

 

ギルドは命を無駄にすることを許してはいない。食事療法として捕まえたからには食べきらなければいけないのだ。

 




公式でダイミョウザザミ食うなよ!

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