音痴の音痴による音痴のための人間破壊
ガノトトス、ドドブランゴ、クルペッコにディアブロス、それにリオレイア……か。それ程の大物は居ない様だな。
仕事が無い日は日課としてギルドに顔を出し、依頼をチェックすることにしている。身入りの良い相手が居ればそれを受注しそのまま狩りに出かけるのだが、特に目ぼしい依頼が無ければ諦めてギルドを後に後にする事も多い。ちなみにそんな日は家に籠って笛の練習をしたり、新しい曲を考えたりするので時間を無駄にはしていない。近所の人に迷惑になってはいけないし、何より未完成な物を聞かせるのは笛使いとしての誇りが許さないので防音対策はばっちりだ。
……彼のプライドは人知れず人々を災害から守っているようだ。最も、その災害を引き起こすのも彼自身なのだから感謝される筋合いは無いのだが。
しかし、近頃めっきり寒くなってきたためか、大物が出たという依頼に中々お目に掛かれない。笛の練習の時間が増えるのは喜ばしい事であるが、一週間以上も狩りに出ていないと感覚が鈍ってしまいそうで不安も有る。何より先立つものが……。
仕方ない、適当に依頼を受けるとするか。そう思って依頼書に手を伸ばし――直前で掠め取られる。
「ディアブロス、ねえ……。こんなのG級ハンター様が受ける代物じゃないでしょ、シド?」
「急に出てきて依頼を横取りするな、レクター。マナー違反だぞ」
一応注意するが初めての事ではないので聴きはしないだろう。後ろを振り返りわざわざこちらに気づかれないようにそっと手を伸ばしてきた男の姿を見る。いつもの様に双剣を腰に携えニヤ付きながらこちらを見るハンターがそこにはいた。派手というかなんというか、目にも鮮やかでいかにも軽薄そうな格好をしているこの男が数少ないG級ハンター、その中でも最上に位置する内の一人であるというから恐れ入る。俺には真似出来ないししたくも無いセンスだ。
「まあまあそう怒んないでよ。折角暗―い雰囲気出してる友達に声掛けてやってんだからさあ」
「俺は落ち着いた大人し目の服を着ているだけだ。むしろお前こそその服装はどうにかならないのか?もう三十近いだろう。そんな恰好の奴に友人扱いされたくないんだが……」
遠くで聞いていたギルド職員が、どっちもどっち……いやレクターさんの方が若干マシ……あーでもやっぱり五十歩百歩かな……等と考えている事は今この話には関係ないので割愛する。
「どうせファッションの事なんて分かりゃしないだろうから別にどうでも良いけどさ。それよりさ、何でこの程度の依頼に行くわけ?G級どころか上位レベルですら無いじゃん」
「俺はどうでも良くないんだが……まあいい。残っている依頼を見てもランクの高い物は無いし、ディアブロスは単純に戦いやすいから選んだだけだ」
地中に潜っているディアブロスは音に弱いから、俺にとって格好の獲物だ。他にもイヤンクックやガノトトス、ハプルボッカなど……音を苦手とするモンスターは存外多い。
「そんなら無理しないで休んでればいいのに。G級ハンター様なんだから問題ないでしょー?」
「そういってもう一週間も狩りに出ていないからな。それに……蓄えなど、殆ど無い」
俺のその言葉を聞くと唖然とした表情を浮かべ――数瞬後、こちらが思わず引いてしまうような勢いでこちらに詰め寄ってきた。
「ハア!?先月とかしょっちゅうG級の依頼してたじゃない!何でそれで金が無くなるのさ!?」
「新しい笛が……」
「分かった、もういい」
折角人が疑問に答えてやろうと思ったのに慌てて遮られてしまった。失礼な奴だ……折角披露して、何なら聞かせてやろうと思ったのに。
「だけどそれならちょうどいいか……ねえ、ちょっと手伝ってくれない?」
「別に構わないが……そんな難しい依頼が有ったか?それとも何か極秘の依頼でも受けているのか?」
「いやいや、そんなんじゃ無いって。俺が行こうと思っているのは……よっと、これだ」
そういうと手に取った依頼書を俺に向かって放り投げた。どれどれ……
「え?これか?一応G級ではあるがなんでわざわざ……」
「まあまあ行けば分かるって。儲けさせてあげるからさ」
コイツの言葉を信じて良い物か……まあ曲がりなりにもG級ハンターではあるのだ、ちゃんと考えが有るのだろう。
「分かった、手伝おう」
「お、さーすがー!詳しい話は後でするよ。さ、行こう!」
「おい、ちょっと待て!全く……」
あれで俺より年上だというのだから信じられない。もしかすると上に行く連中のいうのはどこかしら変わっているのだろうか?そういえば他の連中も変なのが多い。アイツを見ているとその考えは事実であるように感じられるが、そうなると俺は……。いや、きっと気のせいだ。そうで無いと困る。俺は吟遊詩人を夢見るただの笛使いだ。
------------
------
---
「旦那様方、もうすぐ付きますニャ。そろそろ準備してくださいニャ」
「あいよー」
操縦するアイルーに返事を返す。見るとシドの奴はとっくに笛を持ち準備を終えていた。
「早いね相変わらず。もう準備終わったの?」
「身の回りの事は自分でやっているからな。必然とそうなるさ」
「え?アイルー雇えばいいじゃん」
「昔は居たが……出て行ったよ。ま、今となっては気にせず笛を練習できるから寧ろ都合が良いけどな」
「……そっか」
流石にそのせいで出て行ったのでは?とは聞けなかった。この重苦しい雰囲気を何とかしようと強引に話題を変える事にした。
「そういえば、相変わらずその黒い恰好なんだね。もっと色々着ればいいのに」
「何故だ?黒は恰好いいだろう?」
……センスが悪いのは音楽だけじゃ無かったなそういえば。黒がカッコいいとかどこの田舎者の考えだよ。
「それは古いって。今はもっとカラフルなのが流行なんだよ」
「俺の服が古いなら、お前の服は新しすぎるんじゃないか?他に見たことないぞ」
「シドみたいのだって今時……」
「……」
「……やめようかこの話題は」
「……ああ」
おかしい。どうもお互いにダメージを負っただけのような気がする。
「そういえば、結局何が目的か聞いていないぞ」
「お?そうだっけ?まあ聞いてよ。実はおっちゃんに前々から頼み込んでたんだけど、とうとう少しの間だけ場所貸してくれることになってさ」
「おっちゃんというと……鍛冶屋の店主か?まだ諦めて無かったのか」
「うるさいなあ、シドが言うなよ」
俺の場合鍛冶屋になる夢が叶っていないのは、あの世界が閉鎖的で中々外から弟子を採ってくれないせいだ。そこさえクリアしてしまえばどうにかなるのだ、センスが悪いという致命的な欠点を持つコイツよりマシだと言える。
「とにかく折角のチャンスだし、素材は自分で用意しろって言われたから出来るだけ良い物を揃えようと思って誘った、って訳」
「……ま、いいけどな。ここまで来たんだから付き合ってやるよ」
「流石、話が分かるね。いらないのはあげるからソイツを売り払ってよ」
「ああ、着いたら詳しく教えろよ」
音楽とか服とかのセンスを除けば、シドはそう悪い奴じゃない。寧ろG級ハンターの中では圧倒的に人間が出来ていると言えるだろう。精々コイツとコイツの師匠ぐらいだろうか、G級でまともな人間は。後はどこか頭のネジが外れて居たり性格が悪かったりとロクな奴がいない――もちろん、俺を含めて。
------------
------
---
「中々見つからないな……」
目的地に着いてから早二時間、と言ったところか。未だに目当てのモンスターには出会っていない。
「そう焦んなよ。そのうち見つかるって」
「だが向こうに先に見つかったりすると面倒な……止まれ」
いた。今回のターゲット……クルペッコだ。
「よし、行くぞ」
そういって笛を肩に担いで駈け出そうとし……襟首を後ろから捕まえられて動きを止められた。
「ゲホッ……何するんだ」
「まーまー落ち着けって!ゆっくり行こうぜゆっくり!」
「馬鹿、声がでかいぞ。それじゃ……」
向こうを見ると鮮やかな体色をした鳥がこちらに向かって来ていた。
「見つかったか……面倒な事をするなよ」
「いやいやこれでいいんだよ。狙い通り狙い通り」
「……良く分からんがさっさと仕留めるぞ?」
今度こそ戦いを始める為に演奏を開始しようとして……今度は蹴りで止められた。
「あのな……言いたいことは色々あるが、そもそも足で止めるな」
「だって手は武器で塞がってるし。それに演奏始めたら俺の声なんて聞かないだろ」
「……何か有るならさっさと言ってくれ。早くしないと仲間を呼ばれるぞ」
若干イライラしながら睨みつけると、なぜか満面の笑みを浮かべていた。
「うん、だってそれが狙いだし」
「は?」
「だーかーらー……言ったよね、俺。良い素材を揃えたい、って。あれが良い素材だと思う?」
「いや、俺にとっては違うが……お前にとっては良い物なのかと」
あの派手な色遣いはコイツの格好と相通ずる物が有る。自分の趣味に合う物を作りたいのだと思っていた。
「確かにあの色遣いは中々……じゃなくって!普通に良い素材が狙いなの今回は!」
確か強いモンスターで作る武器や防具が高価なのは、素材そのものの価値も有るがそれ以上に加工が難しくなるからだったと思うが……ロクに基礎も学んでいない人間に出来るのか?そんな事もまともに勉強出来ていないようでは独学で練習する事が出来ている俺よりも状況は厳しそうだ。
「そんな訳だからお目当ての奴が来るまでクルペッコは倒さないでね?あ、それとモンスター呼ぶの邪魔しちゃうとアレだから良いって言うまで演奏禁止だから」
「ハア……しょうがない。ここまで来たんだ、最後までやってやるよ」
「お?物分り良いねえ」
嬉しそうに言うが、コイツの事だ。
「納得しなかったら剣刺してでも止める気だろうが」
「いやー、そこまではしない……と思うな。大体みんなその前に言うこと聞いてくれるし。うし、そいじゃ頼むよ!他の奴のは全部あげるからさ」
「調子の良い奴だ、まったく」
やや呆れ、溜息を付きつつ……こちらへ向かってアオアシラが走ってくるのを横目に確認しながら俺は笛を振りかぶった。
------------
------
---
「……なあ、そろそろいいんじゃないか?」
あれから大分時間がたち、討伐したモンスターは十匹を超えたが未だに俺の目的は姿を現さない。
「何が狙いか知らないが、ここまでやって来ないんだからこの辺りには居ないんじゃないか?」
「もう少し、もう少しだけ!多分そろそろ来るから!」
少し疲れているように見えなくもないが、傷一つ負っていないのはさすがだ。笛を使ってしかも演奏無しなのにこれである。やはり一緒に戦うなら強い奴だ。
「アレだっていい加減仲間を呼ぶのもしんどそうだぞ……とどめを刺してやるのも優しさだと思うが」
「飛んだりするのずっと邪魔してきたからねえ……ま、それより早い内に倒した奴から剥ぎ取っておいた方がいいよ。でないと……」
ズン、と地面から振動が伝わってきた。体のあちこちが傷つき、すっかりボロボロになったクルペッコから目を離しモンスターの死体が横たわっている方を見る。
「食べられちゃうから……ってちょっと遅かったかも」
そこには山が有った。否、そう思わせるほどの巨体がそこに表れていた。
「おい……まさかお前の目的って……」
「そ。コイツだよ」
その危険度故にハンターの中でも限られたランクの人間しか戦う事が許されていないモンスター……恐暴竜ことイビルジョーのお出ましだ。
「どう?稼ぎ良いでしょ」
「敵の強さと報酬が割に合わな過ぎだ。大人しくディアブロスでも倒していれば良かったか……」
「今更そんなこと言いっこ無しだよ。あ、もう演奏していいよ」
そう言うと俺は全ての音を完全に遮断する特性の耳栓を取り出し装着する。すると一切の音が遮断され、得られる情報は視覚によるものだけになってしまった。
……アイツの演奏普通の耳栓ぐらいだと通り抜けてくるからな、ここまでしないと。ちょっと変な感覚だが初めてじゃないし何とかなるだろ。前うっかり聞いちゃった時は酷かったな……一週間ぐらい世界がグニャグニャで何も食べられなかった。
「ウオアアアアッッ!!」
俺は自分には一切聞こえない雄叫びを上げながら大地を踏みしめるその足を目掛けて突進する。いよいよこれからが本番だ。
そういえば、助けを呼んだはずのクルペッコはどうなったんだろう。どうもイビルジョーの口元にやけにカラフルな羽が付いている気もするけど……ま、どうでも良いか。
------------
------
---
あの馬鹿、後先考えず突っ込みやがって。俺は慌てて演奏を始める。だが、腹立たしい事にアイツは一切演奏を聞いて居ないし、イビルジョーも耳慣れぬ音に少し驚いているようだがそれ程効果的には見えない。自分にはいつも通り効いているようなので、演奏が失敗しているという訳では無い。
イビルジョーは非常に大きい生物だ。その反面、行動パターンは単純で全ての動きは本能に支配されていると言ってもいい。つまり、奴は体の大きさに反比例するかのように脳そのものが小さいのだろう。
それはつまり、演奏だけでなく俺とは絶望的に相性が悪い事を意味する。そもそも体が大きいからただでさえ頭を狙いにくいのに、上手く攻撃を当てても中々怯ませられないという事だ。
「こっちだ、来い!」
だが、今日の俺は一人じゃない。それぞれが自分の役割をしっかりと果たすなら倒せない相手、越えられない壁などというのは存在しない。
俺の仕事は遠くの位置からイビルジョーの攻撃を誘いつつ要所要所で攻撃を加え、今足を切りつけているレクターになるべく注意が行かないようにすることだ。
「っと!危なかったな」
こちらに向かって体を一回転させて尻尾を叩きつけてきたが、既の所で攻撃をかわす。一撃でも貰えば一気に形勢は不利になるのだ、油断は禁物だ。
攻撃を避けた隙を狙って再び演奏を開始する。直接的な効果は薄くても、注意を引き付けるという意味では十分に効果が有る。よし、こっちを向いた。
順調に行っている事に内心笑みを浮かべていると、イビルジョーは何を思ったか急に後ずさりし始めた。
あの動きは……マズイ!
慌てて後ろに飛び退く。直後、俺の居た位置を黒いブレスが通り抜けて行った。
何とか命が繋がったことに安心したが、それが悪手であった事に気づいた。
距離が離れすぎている。ブレスが届かない位置まで下がっているのだから当然だが、それはこちらからも向こうからも攻撃が出来ないという事だ。そうなると、今まで意識していなかった足元に注意が移るのは必然であろう。
「レクター!避けろ!」
俺は叫ぶがその声が届いた様子は無い。ここに来て耳栓をしているのが仇となった。
イビルジョーの行動を阻害するため慌てて走り出す。すでに奴は飛び上がり足元の敵を踏みつぶす為の準備を始めている。
このままでは奴にはギリギリ攻撃が届かず、奴の跳躍を阻止できない。レクターが地面のシミとなる未来が容易に想像できた。ならば……!
構えた笛を思い切り振りまわした。俺が振り切るのとほぼ同時に着地するイビルジョー。その衝撃の強さに足を取られ思わず尻餅をつく。辺りに舞い上がった土煙が晴れてきた頃、俺はようやく立ち直り体制を整えたがレクターの姿はそこには見えない。詳しく確認しようとした俺の耳に凄まじい咆哮が突き刺さった。
怒りだしただと!?よりによってこのタイミングで……!
再び身動きが取れなくなった俺を見て、イビルジョーはこれ幸いと肥大した体からは想像も着かぬスピードで噛み付きに来た。この攻撃は避けられないそうも無い。覚悟を決めた俺は最悪腕一本失う覚悟で笛を前面に構え身を固めた。
一面に血飛沫が飛び散り、生臭い臭いが辺りを支配する。何かの一部が地面に落ちるような音が耳に届いた。
――やって来る筈の痛みを覚悟し歯を食いしばっていたが、中々その瞬間が訪れない。不思議に思い目を開けると、そこには尻尾を切り落とされもがき苦しむイビルジョーの姿と……背後から切りつけたため体に血を浴びているレクターの姿が有った。目は吊り上り、獰猛な笑みを浮かべ全身を紅に染めたその姿は……まさしく鬼そのものであった。
「間に合ったか……飛ばし過ぎたと思ったが」
俺は思わず安堵の吐息を漏らした。イビルジョーに踏みつぶされそうになったあの瞬間、俺はターゲットを変えレクターに攻撃を当てその場から移動させた。姿が見えなかった為上手くいったと思っていたが実際にその姿を見ると安心する。
「ヒャアハハハハッッ!!」
さて、あと一息という所だな。落ち着いて仕留めるか。
------------
------
---
油断した。
普段ならあの程度の攻撃気づかない筈が無い……んだが、全ての音をシャットアウトしているのと何よりシドが手伝っているという事で気が抜けている部分も有ったのだろう。
その事に気づいたのは想定外の衝撃が体を真横から突き抜けたあの時だ。一瞬何が起きたのか分からなかったが、飛ばされた距離の割にダメージが無かった事からアイツが俺を移動させてくれたのだとすぐに分かった。
その事に感謝しつつ振り返った俺の目に映ったのは、怒り狂い色まで変化させた凶暴竜とその咆哮に身を竦まされている男の姿だった。
迷っている時間は無い!俺は全身に力をみなぎらせた。血流の流れが活発になり体温は二、三度上昇し、筋肉が膨張しているのが分かる。恐らく鏡でも見れば凄まじい形相が写るのだろう。その状態のまま一気に踏み込み尻尾を切り落とす。
鬼人化。双剣使いのみに許される最強の切り札だ。振るう刃は力強さを増し、多少の攻撃にはビクともしない頑丈さを兼ね備え、そこに平常時を遥かに上回るスピードが加わる。この状態であればどんな相手であっても真っ向から戦える。
だが実の所、これを使いこなせる双剣使いはそれほど多くない。体にかかる負担が大きいのももちろんだが、双剣使いの死亡理由で最も多いのは鬼人化が終わった時にその隙を突かれ攻撃されて死亡、というものだ。つまり使い時・止め時が凄まじく難しいのである。また、鬼人化の最中は興奮状態に有る為か周りの事を考えられなくなるという欠点も存在する。真正面から突っ込んでいくものだから他のハンターが攻撃しづらくなるし同士討ちの危険も有るのだ。それ故に双剣を使うハンターは数多くいるが、パーティーを組んで戦うタイプであれば鬼人化を一切使わないというのも珍しくない。
俺のスタイルはそんな奴らと一線を画す。チャンスが有れば即鬼人化し攻撃を行い、ギリギリのタイミングで解除する。それを繰り返し正面から剣を振るい続けるのだ。
もちろん、そんな事をしていれば並のハンターはモンスターに近づくことさえままならない。遠くから見守る奴らが俺に付けたあだ名は『殺陣鬼』。こんなイケメンを捕まえて何という呼び方をするのかと思わなくもないが、不本意ながらピッタリだ。
そんな訳で俺がパーティーを組む人間というのは限られている。例えばこちらの邪魔をしないようにしつつタイミングよく攻撃を加え、尚且つ演奏することも止めないコイツのような奴だ。先程俺がミスをしたとき以外一切危ない場面を作らないのだからつくづく凄腕だと思う。
負けられない。止めは俺が刺す。
「ガアアアアッッ!」
最後の力を振り絞り顔面に突進する。待ってましたと言わんばかりに噛み付いてくるがそれを紙一重、いや、僅かに体に掠りながら避ける。鬼人化中だからこそ出来る荒業だ。
そしてその馬鹿でかい口をやり過ごしたあたりで体を顔の方に向け――持っていた双剣を両側から無防備な首に突き刺した。
「グギャアアアッッ!」
悲鳴を上げ振り払おうともがくが、もう遅い。渾身の力を込めて突き刺した双剣を交差させ、硬い皮膚を切り裂き頭と胴体を切り離した。切断した首が地面に落下するのとほぼ同時に、コントロールを失ったその巨体が地響きを立てながら崩れ落ちていく。俺はそれを鬼人化が解け心地よい疲労感が体を満たすのを感じながら見つめていた。
------------
------
---
「いやーお疲れお疲れ」
着けていた耳栓を外しながら気楽そうにこちらに声を掛けてきた。どうやらガッチリとはまっているらしく、随分と悪戦苦闘している。音が一切聞こえない状態であれだけの動きをするというのだから、コイツも大概である。
「ああ。……それにしても肝が冷えたな」
「ん?何が?」
「お前全然動き見て無かっただろうが。危うく踏み潰されるところだったぞ」
説教のつもりで言ったのだが、まるで堪えていないようだ。
「ハハハ、大丈夫だって」
「何処がだ。あの時微動だに――」
「だってシドが何とかしてくれると思ってたし。実際に何とかなったから問題ないよね?」
更に続けようとしたが、返された言葉に何というか気が抜けてしまった。
「ハア……もういい。だが気を付けろよ」
「分かってるって。こんな事するのシドと狩りに行く時だけだよ。さ、それより剥ぎ取りしよっと」
信頼されている事を喜ぶべきか、それとも直す気が無いと言われた事を面倒に思うべきか。本来なら嬉しい筈であるが素直に喜びきれない自分がそこにはいた。
「シド?何してんの?早くしなよ。イビルジョーのは全部貰うけど他全部あげるからさ。結構量あるでしょ?」
「……お前等が暴れまわったから大分使えなくなっているんだが」
まともに使えそうなのは合わせて五匹分くらいか。それでも売り払えば通常では考えられないような大金が手に入る。だが、
「実際に倒した内の半分以上が無駄になっているじゃないか。もう少し何とかならなかったのか?」
「いやー、俺イビルジョーにしか興味無かったからさ。あんまり気にしてなかったんだ。ゴメンね?」
「いい年して何かわいこぶってるんだお前は。全く、本当に割に合わない仕事だったな」
もう何度目になるか分からない溜息を付きながら剥ぎ取りを進める。
「溜息を付くと幸せが逃げるよ。それより見てよ、コレ!」
「宝玉か。確かにかなり大きかったからな」
「いいでしょ。ま、これは駄目だけど代わりにこれあげるよ」
そういうと随分と色鮮やかな羽を俺に差し出してきた。
「食べられちゃったクルペッコの羽だよ。ちょっともったいないけどプレゼントだ」
「俺は別に興味ないんだが……ちょっと待て」
そういえば大事なことを忘れていた。
「受けたのはクルペッコの討伐だったよな……倒した事を証明できるのか?」
「あ」
通常であれば依頼主やギルドの人間に確認してもらい達成を確認するのだが、今回は死体が無くなっている。そもそも、良く考えたら止めを刺したのはイビルジョーの方だ。
「まあきっと何とかなるって。死体は一杯転がってるんだし」
「……どうせ俺は付いてきただけだから別に構わんがな。ペナルティを受けるのは俺じゃない」
「いやいや、そこは一緒に謝ってよ」
「断る。これ以上面倒に巻き込むな」
そもそも、依頼を受けていないのにモンスターを倒すのは密漁扱いで禁止行為だ。身を守る場合等は止むを得ず認められる事も有るが、今回は微妙な所だ。クルペッコを使って予定外のモンスターを倒すのはある程度は黙認される事も有るが、量が量だけに一体どうなるか。
「しょうがない、何とかして言い訳考えるか」
「まったく……次からこういうのはもう勘弁してくれよ」
「そこでもう二度と行かないって言わないあたりシドって甘いよね」
……何も言い返せなかった。結局、利用されるのが分かっていてもまた一緒に来てしまうのだろう。俺に出来る唯一の反抗は一刻も早くこの場を去る事のみだ。疲れた体に鞭を打ち早足でその場を後にした。
「あ、怒った?ねえ、ちょっと待ってよ。俺まだ回復してないんだからさ。おーい……」
遠くで声がするが無視だ、無視。ついでだからギルドの人間を呼ぶための合図を代わりに送ってやることにした。無論、関わり合いにならないよう十分距離が離れてからだが。
精々たっぷり怒られてくれ。俺は帰る。
ちなみに、どうやらあの後相当怒られはしたものの注意されるだけに留まり、処罰は受けなかったらしい。俺の名前は出さなかった様なのでそこだけは感謝しておく。
後日、店に凄まじい量のイビルジョーの端材を持ち込み買い取りの打診をしている、何かに失敗し打ちひしがれたような顔をした見覚えのある派手な男を見かけた気がするが、きっと今回の事とは関係ない……筈だ。恐らく。
ファッションについては別に詳しく無いので適当に流してください。