笛使いの溜息   作:蟹男

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前回のあらすじ
古龍種だから簡単に倒してしまっては価値が下がるのではないか?と思いあんな形に。結果よりヒドイ結果になった気がしなくも無い。




新たな夜明け

「……後少し、だね」

 

「……ああ」

 

賑わう街並み、そして店の中。何処を見渡しても嬉しそうな雰囲気に満ち溢れている――只一つ、俺達のテーブルを除いて。まるでこの空間だけ別の場所、例えば葬式か何かから切り取って来たかの様だ。勿論誰も死んでなどいないのだが。

 

出来る事なら他の人達と同じ様に楽しく過ごしたい、今日を迎えるずっと前からそう思ってきた。だがそれは結局今回も叶わぬ願いとなり、次の機会に望みを託す事になってしまっている。本当に俺にもこの日を楽しめる時がいつかやって来るのだろうか?考えれば考える程空しさだけが心を満たしていく。やはり俺には無理なのかもしれない、希望なんて持たない方が幸せなのか……

 

「お!良い飲みっぷりだね、シド。それ結構強いんじゃないの?」

 

グラスに注いだ酒と共に暗い気持ちを押し流す。弱気になるな、他ならぬ自分自身が信じないでどうする!次だ、次こそ――

 

「それで、今年はどうだったのさ。ファンの一人でも出来たりした?」

 

「い、居るに決まっているだろう!お前こそ作った武器とか防具が売れていないんじゃないか!?」

 

「そそそそそんな訳無いじゃん!今じゃ俺が鍛えた物はあちこちで大人気に……止めよっか、この話」

 

「ああ、是非そうしてくれ……」

 

相変わらず口が軽くて空気が読めない男だ。一切の考え無しに思った事をそのまま声に出し、結果自分も相手も傷つける。こんな感じだからいつまで経っても仲間らしい仲間が出来ないのだ。特に今日の様な日は俺だってなるべくなら一緒に居たくない。

 

それでも俺がレクターと一緒に居る理由、それは自分より劣る人間を見ると安心するからに他ならない。どんなに俺が駄目でもコイツよりはマシ、と思うだけで大分救われているのだ。……向こうも同じ様に思っている気もするが。まあ幾ら何でも余程の馬鹿でも無い限り正直に口に出しはしないだろう――

 

「いやー、やっぱりシドと居ると良いね!俺より残念な人間を見るとすっごく落ち着けるよ!」

 

訂正、レクターは余程の馬鹿だったらしい。こんな性格だと知っているからまだ良いものの、下手したら絶交されてもおかしくない程失礼な事を言ったと気付いているのだろうか?これで本人には一切悪気が無いというのだから始末が悪い。一度しっかり言っておかなくては。

 

「あのな……どう考えたって俺の方が良いに決まっているだろう?まともな物を一つも作れない奴が言っていいセリフじゃ無いぞ」

 

「そんな事無いって!一応使える物は出来ているよ!……ちょっと見た目と性能が悪いだけで。それを言うならシドこそ演奏を聴いてくれる人すらいないんでしょ?それで俺の方が上だ、って言われてもねえ……」

 

「馬鹿言うな、そりゃあ人気は無いが少しは聴く人だって――」

 

「じゃあ今度連れて来てよ。あ、勿論クリスちゃんは無しね?」

 

「――お、おう。その内な」

 

などと下らない言い争いをしている間も酒は胃に消えていく。例え相手がむさくるしい男だとしても誰かと飲むとついつい杯が進んでしまう物だ。気がついた頃には、顔を真っ赤にした酔っ払いが二人そこに出来上がっていた。

 

「うぃ~〜――それにしれもさ、今日は随分熱いね。もうちょっとで年越しらってのに――」

 

「おいおい、それはお前が飲み過ぎなんだよ。全然呂律が回ってないじゃないか……」

 

「らに言っれるのさ、しろの方こそ顔真っ赤になっれるよ」

 

「人の名前はちゃんと呼べ、犬か俺は。お前に比べたら、ひっく、全然酔ってなんかないって」

 

強がりは言った物の、恐らく真っ直ぐ歩く事さえ難しい。どうして人は酔うと強がりを言ってしまうのだろう?

 

「まーどーでもいーや、何てったって正月らからね!あ、そー言えば知ってる?」

 

「んー?何の事だー?」

 

「聞いた話じゃ東方れはこの時期にしか食べない物が有るらしいよ?」

 

「ああ、俺も聞いた事ある様な気もするなー」

 

更に深く酒が回った所為か、先程からしばしば眠気に襲われている。その所為で言葉も間延びしてしまっているし、何より頭が回らない。目の覚める様な切っ掛けが無ければこのまま眠りに付いてしまいそうだ。

 

「何らったっけ……えーっと……あの白くて良く伸びる……あ!ムチだ!」

 

「うーん……近い気もするが、そんな武器みたいな名前じゃないと思うぞ?弾力が有って噛めば噛むほど美味いっていう……思い出した!モツだな!」

 

未だに俺は食べた事は無いが、向こうでは非常にメジャーな物だと聞いている。単に伸びるというだけならチーズなども有るし歯応えが有る食べ物はそれこそ幾らでも思いつく。だがその二つを両立している食べ物となると……俄然興味が湧いて来た。

 

「ねーねーシド、折角らし食べに行こうよ!正月らからね!」

 

「良いアイディアだと思うが、これから東方に行くのは少し大変じゃないか?」

 

「それがさー、俺凄い事に気付いたんだ!白くて良く伸びて、それに寒い季節。って言ったらもうアレしか無いれしょ!」

 

「え……?ああ!アレの事か!だったら今からでも間に合うな、それじゃ早速――」

 

胸を満たす好奇心がいつの間にか眠気を吹っ飛ばしていた。先程までの沈み込んだ雰囲気も一緒にどこかに行ってしまったらしく、今の俺にはムチだかモツだか言う食べ物の事しか見えていない。

 

恐らくはその所為なのだ……普段なら分かっていたであろうその人物の接近に気付く事が出来なかったのは。

 

「フフッ、楽しそうだね二人共。何の話か知らないけれど私も混ぜてくれないかな?」

 

「あ、師匠!こんな所に居たんですか?」

 

「「ゲッ……」」

 

何でこんな時にお前がやって来るんだ!?思わずそう叫びそうになったのを慌てて堪える。可愛い弟子であるクリスがやって来るのは良い、大歓迎だ。問題は人混みを嫌い自室に引き籠って何かを研究している事が多いこの女、フランがどうしてやって来たのか……嫌な予感しかしない。

 

「人の顔を見るなり失礼だね……今日は本当に顔を見に来ただけだったよ?来年以降もまたお世話になるだろうしね。でも君達が楽しそうな話をしているのが悪いんだ。さ、何をしようとしていたのか教えて――」

 

「し、シド!大変だ、フランが三人……いや四人!?分身してこっちに来たよ!?一人だって辛いのに……」

 

「落ち着けレクター、まだ酒が覚めてないのか?人が増える訳無いだろう、ちゃんとここに一人で立っているじゃないか。なあフラン、お前も文句を言ってやれ」

 

「……それはコンガの剥製だよ。君は私をそんな風に見ていたのかい?」

 

そう言われ肩を抱いていた相手を良く見ると、お世辞にも美人とは言い難いサル顔であった。おまけに体毛も凄まじく今にも襲い掛かってきそうな体勢のままピクリとも動かない……うん、モンスターの剥製だ。どうしてこれを間違えてしまったのか我ながら理解に苦しむ。一体いつの間に入れ替わったのだ?

 

「もうこーなったらしょうがないね、みんなで行こうよ!」

 

「……そうだな、折角の正月を迎えるんだから人が多い方が良いか!」

 

「え?あ、あのー……私も入っているんですか?」

 

「な、なんか面倒な感じになって来たね。それじゃあクリスちゃんには悪いけど私はこの辺で――」

 

何故だか分からないがそそくさと逃げ出そうとするフランの背中に手を伸ばし、襟元を掴んでその場に留める。多少の抵抗は有った物の元より力は俺の方が強い、すぐに抵抗は止み肩を落としジトッとした目で俺を睨みつけて来た。理由は不明だ。

 

「お待たせー、ひっく、丁度良い依頼取って来たよー!早速全員で出発だー!」

 

「ナイスだレクター、今日は仕事が速いな!」

 

「……見掛けたからちょっと挨拶しようと思っただけなのに、何でこんな事になったの?これから皆とパーティーする約束が――」

 

「クリスちゃん、人生は諦めが肝心だよ。私はとっくに覚悟を決めた。それともう一つ覚えておいた方が良い――酔っ払いに、理屈は通用しない」

 

どうしてだか落ち込む二人。だがあまり気にする事は無いだろう、単純な物で美味い物を食えばそれだけで人は元気になるのだ。どうせ二人共すぐに掌を返す事になる――今からその時の顔を見るのが楽しみで仕方無い。

 

「急いで急いで、早くしないと年越しに間に合わなくなるよ!」

 

「ああ、解っている!それじゃ行くぞ二人共!」

 

「え、きゃあ!」

 

「ちょ、ちょっと、準備ぐらい――」

 

戸惑う二人の腕を取り、有無を言わさず外へ連れ出す。もしも事情を知らない人間が見れば只の暴漢に見えた事だろう、きっとG級ハンターでなければ袋叩きにされていたに違いない。この時ばかりはその肩書に感謝した。

 

「全員乗ったね?それじゃ出発だ!」

 

「ニャ、ニャー……ハア。何でこんな日に仕事しなきゃいけないんだニャ……奥さんと子供が待っているのにニャ……」

 

「……何か文句でも有るのか?」

 

「ニャ、ニャ!何でも無いですニャ、すぐに走らせますニャ!」

 

ブツブツと何かを呟くアイルーを睨みつけると、慌てた様に俺から目を逸らし手早く準備を整え一気に動き出す。背筋までまっすぐに伸ばした姿勢で運転するその姿は正にプロそのものだが、俺はというと猫なのに猫背じゃ無い事がツボに入ってしまい笑いを堪える事が出来なかった。

 

散々笑い続けようやくそれが収まった頃、ふと恥ずかしくなり周りを見渡す。すると未だに状況が理解出来ていないクリスの顔、関わらない様に狸寝入りを決め込むフラン、隠し持った酒を豪快に飲むレクターの姿が――って、ちょっと待て!

 

「おいレクター!お前何飲んでいるんだ!」

 

「そ、そうですよ!これから戦いに行くのに酔っぱらったままじゃ――」

 

「まだ持っているだろう、俺にも寄越せ!」

 

「いいよー。体を暖めておかないと辛いもんねー」

 

放り投げられた酒瓶を受け取ると、グラスに移すことも無く口を付けそのまま一気に喉に流し入れる。出発する時のごたごたなどですっかり冷えてしまった体に再び熱が戻り、やや収まり掛けていた酔いが再びぶり返す。やはりこの感覚は最高だ。急いで出たせいでホットドリンクを持ち合わせていなかったが、コレさえあれば問題無い。

 

だが待てよ?俺とレクターはそれで良いとして、フランとクリスはどうするべきか。フランの方はアレでも結構ベテランだから上手く動けるだろうし最悪の場合無理矢理飲ませれば大丈夫だが、クリスはそうもいくまい。強引に酒を進めるのも気が引けるし、かといって初めてでは無いにしろ寒さに慣れてはいないだろう。コレを解決するには……

 

「ちょっともう!二人共話を聞いて下さいよ!どうしてお酒なんて――」

 

「クリス!」

 

「ひゃ!?あ、あの?し、師匠……?えっと、その……」

 

不満を漏らすクリスの両肩を抱き、吐息が掛かる程の距離まで顔を近付けじっとその眼を見つめる。どうやら予想外の出来事だったらしく言葉が上手く出て来ないようだ。何となく二人分の好奇の視線が突き刺さっている気がするが、今はそんな事どうだっていい。大事なのは俺とクリス、二人の想いだ。

 

他の物など視界に入れさせはしない、お前は今俺だけ見ていればそれで良い。

 

「クリス……」

 

「師匠……」

 

どうやら覚悟を決めたらしく、瞼を閉じて唇を差し出すクリス。それに応える様に俺はゆっくりと口を近付ける。少しずつ、だが確実に距離は迫って行く。そして固唾を飲んで見守るレクターとフラン。そしてとうとう口と口とが触れ合い――

 

「まさかお前も飲みたいとは思わなかったよ。遠慮せずに好きなだけやってくれ」

 

――直後に大量の酒が吹き出された。ああ、勿体無い。ふと視線を向けると、ゲラゲラ笑い転げるレクターと残念な様な安心したような微妙な表情をしたフランが目に入る。普段は避けて通るくせに、どうしてこんな時だけそんなに仲が良さそうなんだ?何となく腹立たしい。

 

「げほっ、げほっ――何するんですか!?そりゃ嫌じゃないですけど、でも皆が見ている前でなんて恥ずかしいって思って、やっと覚悟を決めたのに……!私のドキドキ、返して下さいよ……」

 

「な、何をそんなに落ち込んでいるんだ?この酒を飲みたそうにしていたからわざわざ飲ませてやった、って言うのに一体どうした?」

 

「あー面白かった……。ねえフラン、コレってどーいう事だったの?見ている分にはある意味予想通りで良かったけどさ、てっきり俺はそのままブチューッと行くもんだと思っていたよ。口も近付けて行ったから間違いないと思ったのに」

 

「うん、近付けて行ったね――ビンの口を。一応間接キスにはなるかもしれないけど、アレはちょっと許せないな。やっぱり女の子の気持ちは男達には分からないみたいだね」

 

「え?どうしてフランが分かるの?」

 

「……今君は、シドよりも失礼な事を言ったよ。この事は絶対に忘れないからね」

 

怖い怖い、勘弁してよー……などと謝っているんだか謝っていないんだか分からない声をBGMにクリスの様子を伺う。酒のせいかあるいは怒りのせいか定かでは無いが、頬は大分紅潮している。紆余曲折あったがとにかく凍えて動けなくなるという事は無さそうで一安心だ。残る問題は……

 

「えーっと……すまんな、クリス。俺がお前くらいの年にはもう飲んでいたからな、つい勘違いしてしまった様だ」

 

「ハア……もう良いですよ。師匠は笛マニアで女の人の気持ちに疎い事なんて分かっていましたし、この位でヘソを曲げていたら弟子なんて務まりませんからね」

 

「そ、そうか?そう言ってくれると助かる。この埋め合わせは絶対にさせて貰うからな」

 

結局何が正解かは分からなかったが、どうにかお姫様の機嫌を取り戻す事には成功したらしい。やはり女性の扱いは面倒だ。

 

「ニャ、ニャー……お客さん方?もうとっくに到着しているから、降りてくれると助かるニャー……」

 

「ん?おお、本当だ」

 

その言葉を聞いて初めて外の景色に変化が無い事に気付く。酒の事は重要な問題だが、それにばかり気を取られて年越しに間に合わないのでは意味が無い。急いで出発しようと振り返った視線の先には、人っ子一人居ない空間が広がっていた。どうやら皆俺を置いて飛び出してしまったらしい。

 

「よーし、洞窟に入るまで競争だ!ビリの奴は酒代支払ってね!」

 

「随分と不公平じゃないの?私は君達と違って全く飲んでいないって言うのに」

 

「私だって、ひっく、あんなの飲みたく無かったですよ!本当は凄く嫌だったのに、とっても苦くて美味しくない物を押さえ付けられて無理矢理口に咥えさせられて――」

 

「それ、頼むから他の人の前で言わないでね?とんでもない誤解を生む事になるから」

 

遠ざかっていく三人の背中をポカンとして見つめる。すぐに我に返って礼を言うのも忘れその場を後にするが、時既に遅し。いくら全力で走り出したとはいえ向こうがゴールしてから走り出したのでは追い付ける筈も無い。当然の事ながら洞窟に最後に辿り着いたのは俺という事になった。

 

「おっそいねー、シド。それでもG級ハンターなの?まーとにかく今日の酒代その他諸々は全部シド持ちね。はい決定!」

 

「ハア、ハア……アレは卑怯だろう!?偶々スタートが遅れただけだって言うのに、それを賭けに使うのは不公平だ!大体お前だって飲んでいるんだから割り勘するのが当然じゃ――」

 

「へえ……それじゃあ私も払わないといけない、って言うんですね。嫌々では有りましたけど、飲んじゃった事には変わりませんし?」

 

「ち、違う違う。そういう事じゃなくてな……」

 

レクターへの文句を遮ったのは、まさかのクリスだった。口調は穏やかだが顔は紅潮し声色は冷たく、何より目が笑っていない。酒はこうまで人を変えてしまうのか――!?

 

「そもそも、ハンターとも在ろう者が目的地に辿り着いたのに外をぼんやり眺めているなんて有り得ませんよねー?ましてそれを言い訳にして人に文句を言うとか……ま、師匠がそんな事するとは思いませんけど。ああ、言っておきますけど――私、完全に許した訳じゃ有りませんから」

 

「い、いや、そのだな……」

 

「まだ何か、文句でも?」

 

「い、いえ!全く問題有りません!今回は俺が全て払わせて頂きます!」

 

まさかクリスに怯える日が来るとは……コイツには二度と酒を飲ませない様にしよう。

 

「じゃ、じゃあ俺達は先に……」

 

「そうだね。目標を探すとしようか」

 

「お、おい!置いて行くな!」

 

そそくさと逃げ込む二人を追い掛け奥へと進む。その間も俺はずっと小言を言われ続けている。もう勘弁してくれ……

 

「何処行くつもりですか?まだ話は終わって――」

 

「クリス!」

 

「ひゃ!?」

 

これ以上騒ぎ続けさせる訳にはいかない。ハートが持たなくなる事も勿論だが、何より俺達は今洞窟に居るのだ。

 

「こ、今度は何をするんですか!?でも師匠がそのつもりならやっぱり……じゃなくて!こんなムードも何も無い所で、しかも人が見ているのに――」

 

その事に気付いた俺は、すぐに振り返りクリスを押し倒す。酒とは違う理由で顔を真っ赤にしたクリスは喜んでいるのか恥ずかしがっているのか分からないが、今はそれを確かめる余裕が無い。

 

ズシャ、と重々しい音と共に地面に衝撃が伝わる。首だけ後ろを向き確認すると、その場所は直前までクリスが居た場所に間違い無く、その事実に恐怖を感じたのかやっと口を閉じてくれた。出来ればもう少し早く気付いて欲しかったが。

 

「し、師匠……これって――」

 

「そこから動くなよ。俺達には楽な相手でもお前にはまだ少し早いモンスターだ……心配はいらない、絶対に守ってやるからな」

 

「はいはい、カッコ付けんのはその辺にしてよ。さっさと倒して目的を果たそうじゃないの」

 

「ああ。あまり時間も無くなってきた事だしな」

 

雪原の如く白い肌、だがそこに美しさなど欠片も感じられない。『気持ち悪い』――恐らく全ての人がそんな印象を抱くのだろう。だがそうなってしまうのも無理は無い。暗い所を好む生態、ぬめぬめとした質感、そして目が無く大きく口の裂けた顔……どの観点から見ても生理的な嫌悪感を思い起こさずには居られない生き物なのだ。

 

薄暗い洞窟に舞い降りた白い影――フルフルのお出ましだ。

 

「シド!笛は吹かないでね、急な事で準備も出来ていないんだから!」

 

「文句ばっかり言わないで少しは慣れる努力の一つでもしたらどうだ!?まあ良い、行くぞ二人共――」

 

「あ、私は弾持ってきてないから遠くで見ているよ。若い個体みたいだし、あっという間に終わるでしょ?」

 

「ハンターならいつでも戦えるように準備しておけ!全く……」

 

俺達はランクに比例して普通では到底得られない様々な権利や金銭などを手にする事が出来る。特にG級ともなればそれが顕著で、立ち入れる場所が増えたり手にする事の出来る素材が増えたりとメリットは多い。だが自由が増えるという事はそれだけ責任も増える。いつやって来るか分からないモンスターと戦う事も一つの大きな責務であり、その為にいつでも武器を携帯しているのだ。

 

だと言うのにコイツは今回その責務を怠っているのである。これが知れれば最悪の場合ライセンスを剥奪されかねない行為だと分かっているのだろうか?最もこの場に居る人間の誰もがそんな事を告げ口などしないだろうし、何より受付に無理矢理クエストを受理させた俺達が言える事では無いのだが。きっとそれを分かっているからあんなに悪びれずに居るのだろう、つくづく嫌な女だ。

 

「ギョアアアアアアアアアアアアアアッ」

 

「ヒッ!?」

 

近付こうとした伸ばした足は、洞窟中に響き渡る叫び声で無理矢理に止めさせられる。俺とクリスは勿論、耳栓を使っていないレクターも同様だ。唯一の例外は遠くに離れたフランだが、そもそも武器が無いので戦力に数えていない。まあ心配する必要が無くなっただけ良しとしよう。問題は……

 

「あ……し、師匠……こっちに来ます……!」

 

その咆哮は、凄まじい音量でしかもかなりの長さが有る。まともに耳にしてしまえば動く事もままならないだろう。だがそれは俺達だけの問題では無い、向こうにとっても全力なのかその間は奴も同様に他の事が出来ないのだ。無防備な瞬間を長時間晒す事になるのにそこまで対策されない理由はそこに有る。

 

では、今の攻撃は全くの無意味なのか?当然ながらそんな事は無い。そもそも奴には視力が無いが、それは裏を返せば他の感覚が優れているという事だ。特に優れているのが聴力で、獲物を探るのにもそれを用いる。先程クリスが襲われかけたのもずっとしゃべり続けていたのが理由だ。

 

「ど、どうして?目が無いのに真っ直ぐこっちに来て――」

 

「此処は屋外じゃない、物音は広がり易いんだ。ほんの小さな悲鳴でも、な」

 

突然の爆音に僅かに漏れる声、或いは身動ぎする際に生まれた音。叫びの中に掻き消える様なそんな小さな物でさえもフルフルの耳は決して逃さない。光など無くとも奴には確実に見えているのだ。

 

「だがそこまでだ!それ以上は行かせない、お前の相手はここに居るぞ!」

 

わざと声を上げターゲットをクリスから俺へと移させる。有り得ない程長く伸ばした首が俺を仕留めんと向かっている事から考えて、どうやらそれは無事成功した様だ。思い通りに動いてくれたお礼を兼ねた一撃を伸びきった頭に叩き込む。引き戻す瞬間と重なったため大分威力が殺されたが、少しは脳を揺らせた事だろう。

 

前後不覚に陥ったのか或いは体勢を立て直す時間を確保する為なのか、体を回転させ周囲を薙ぎ払おうとするフルフル。先程の攻撃もそうだが、コイツの動作は一つ一つが鈍重だ。その為にタイミングが狂い予想外の一撃を貰う事も無いでは無いが、大抵は冷静に対処すれば当たる事さえ有り得ない。

 

だが腐ってもコイツはモンスター、それもイヤンクックを超える程の危険度を付けられる程の相手なのだ。口元からバチバチと音を立て、今正にそれを証明せんとばかりの攻撃を放とうとしている。

 

「クリスッ!そこから動くな、ここは俺が何とかする!」

 

「え!?で、でも――」

 

「初めて見るお前じゃ避けるのは無理だ!心配はいらない、俺を信じて――」

 

最後まで言い切る前に、青白い閃光が全身を包み込む。その直後皮が焼け焦げる嫌な臭い、凄まじい熱気、そして物理的な衝撃までもが俺の身に襲い掛かって来た。堪え切れずその場に倒れ込む。恐らくほんの数秒の事だろうが、俺の体は確実に自由を奪われていた。

 

そして、それを黙って見逃してくれる程頭の悪い相手では無い。弱っている相手には確実に止めを刺すのが野生の鉄則だ。

 

「グアアアッ!」

 

「し、師匠!?そんな……」

 

悠然と近付いて来たフルフルは両手両足を地面に着け、全身から電撃を放出した。先程飛ばして来た攻撃とは違い一瞬で終わる様な生易しい物では無い。確実に、相手の息の根を止める為の必殺技だ。普通なら心臓が止まるどころか消し炭になって死体さえも残らない事だろう。

 

「……ふう。もう終わりか?丁度良いマッサージだったな」

 

そう――普通ならば、だ。さっきは後ろにクリスが居たからわざと避けずにその場に留まったが、それは自分が耐え切れる確信が有ってのことだ。でなければいかに広範囲の電撃でくらうリスクが高いとはいえその場から退避させている。流石に命を賭してまで他人を守る程俺は人間が出来てはいない。

 

これまでの所誰にも触れられていないし自ら語っても居ないが、俺はいつも通りの格好でこの場に臨んでいる。全身を黒く包み込むカッコ良さ、更に見た目に反し伸縮性も有るデザインと機能性を兼ね備えた服だ……若干通気性は悪いが。そしてもう一つ、大きな特徴が有る。普段はあまり気にする事も無いしより適した装備も有るが、とにかくこの服は電気を殆ど通さない素材で出来ているのだ。数値で言えば70は有るだろう――ふと思っただけで何の事やら俺には分からないが。

 

「ギャ!?」

 

俺が動いている事に奴は戸惑いを見せている様だ。動く筈の無い物が動き出している、殺した筈の相手が生き返ったのだからそれも当然か。内心に生まれた恐怖を振り払うかのように俺に突進しようとするフルフル。やはり馬鹿では無くとも賢くも無いらしい――いつからこれが一対一の戦いだと勘違いしていたのだ?

 

「お勤めご苦労シド君!そしてサヨウナラフルフル君!」

 

「チャンスは幾らでも有っただろうに……ま、俺はやるだけの事はやったんだ。お前もちゃんと自分の仕事を――って聞いちゃいないな」

 

所詮はフルフル、しかも下位に相当する様な相手だ。G級ハンターが攻撃に専念してやるなら一人でも一分と掛からないだろう。俺はそれが出来る状況を作り出したし、ついでにクリスに行動パターンを覚えさせる事も出来た。これ以上時間を掛けても得る物は何も無い。

 

「よっしゃ、終わりー!ちゃんと夜明けに間に合ったよー!」

 

「ああ、取り敢えずこれでどうにかなりそうだな。ところでクリス、どうだった?初めてフルフルを見た感想は――!?」

 

振り返った俺が目にしたのは……持って来た荷物を枕にスウスウと寝息を立てるクリスの姿だった。一体いつからだ!?俺が電撃をくらった時はまだ声が聞こえた様な気がしたが、その後に寝てしまったのだろうか。酒を飲ませてしまったし、何より無理矢理酒を飲ませてしまった手前怒るに怒れない。だが何だろうこの空しさは……折角久しぶりに良い所を見せられた気がしたのに。

 

「シドー!用意出来たよー!」

 

「ん?おお、そうだった!何にせよそれがまず先だな!」

 

「そう言えば結局君達は何をしに来たんだい?わざわざ大したお金にもならない弱いフルフルなんか倒したりして……」

 

いつの間にやら戻って来ていたフランにそう問いかけられる。植物やなんかを採取し終えタイミングを見計らってこっちに来たのだろう。

 

「やれやれ、博識なお前がまだ分からないのか?俺達は新年を祝う為に東方に伝わる――」

 

「ムチを食べに来たんだよ!それじゃ頂きまーす!」

 

「だから違うぞレクター、モツだろう!という訳で俺も頂きます!」

 

取り分けられた巨大なそれに噛り付く俺とレクター。今の所一つしかないから両側から食べ始めているが、細かい事はどうでも良い。近付いて来たら切り離すだけだし、何より腹が減っている。余計な事は空腹を満たしてから考えれば良い。

 

それにしても噂通りこれは凄い弾力が有るし、良く伸びる。お蔭でアゴが疲れてしまいそうだ。今の所その美味しさは理解出来ていないが、段々分かって来る筈だ。何せ味にうるさい東方の人間がお気に入りなのだから。

 

「ぐぎぎぎぎ……」

 

「ふんぬぬぬ……」

 

「ああ、もしかしてモチの事?君達が言っているのは」

 

両側から引っ張り合う俺達の耳に正解が聞こえてきた。そうか、正式にはモチというのか。二人共どうやら外れらしい。印象としてはムチやモツの方が絶対に近いと思うのだが。

 

それにしても、東方の人は一体何を思ってこんな物を正月に食べようと思ったのだろう。仕留めるのも大変だし都合良く手に入るとは限らないし、何よりマズイ。これから美味くなってくるのだろうが今の所は硬さと血生臭さだけしか感じられない。もしかしたら火を通してからの方が良いのだろうか。

 

「頑張っている所悪いけどね、全然違うよ?」

 

「え?そ、そうなのか!?」

 

あまりのショックに思わず口を離して聞き返す。白くて良く伸びると言ったらこれしか考えられ――

 

「確かに色は有っているし歯応えも、まあ……有るって言っても良いかもしれないね。でも常識的に考えて折角の正月にそんな物口にする訳無いじゃない。頑丈な防具の材料――フルフルの皮、なんてさ。モチは米を使った普通に美味しい食べ物だよ」

 

「…………」

 

言われてみれば、確かにそうだ。刃物でさえ防ぐような頑丈な物を幾ら東方の人とはいえ食べる筈が無い。ましてや正月に食べるという事は子供からお年寄りまで親しまれているという事、そんな人達には尚更無理だし大体フルフルを狩り尽くしたとしても一年分にも満たないだろう。

 

俺は一体こんな所で何をしているのだろう。どうして馬鹿な誘いに乗らず酒場でまったりと過ごす事が出来なかったのか、どうして意味の無い狩りになど出ているのか、どうして世界は平和にならないのか――何かもう、全てが馬鹿馬鹿しくなり酔いも醒めてしまった。

 

「ハア……帰るぞ、レクター――レクター?」

 

返事が無いのを不審に思いそちらを見ると、何故か顔面を押さえながら地面を転げまわっている男の姿が眼に映る。そういえば、俺達は全力でフルフルの皮を口に咥え引っ張り合っていた。だがフランに呼び掛けられそれを離してしまったのだ、そうなると俺が加えていた部分はアイツの顔面に飛んで行って――

 

「自業自得、だな。そもそもアイツが余計な事を言わなければこんな事にならなかったんだ」

 

「君もノリノリだったよね?私はおろかクリスちゃんまで巻き込んで」

 

「……さ、行こうか!もう夜が明けるぞ!」

 

未だ眠りこけるクリスを抱え三人で洞窟を後にする。外に出ると、大きな朝日が昇り始めるのが目に飛び込んできた。非常に美しいのがかえって腹立たしい。

 

「う……んん……あれ?ここは……どうして師匠におんぶされて――」

 

「目が覚めたか、クリス。まだふら付くだろうからそのままで居ると良い」

 

「え、あの……確かにふら付きますけど、何でそんな事になっているんですか?私師匠に何かされた様な――」

 

「細かい事は気にするな!それより今年もよろしく頼むぞ!」

 

やや強引だが、考える間を与えず強引に話を打ち切る。思い出さないのならその方が良い。きっと俺にとってもコイツにとっても忘れた方が良い事なのだ。

 

「ホント、君って意外と性格悪いよね」

 

「お前には負けるさ。ま、今年も色々有るだろうが……」

 

「しょうがないね、君の相手をして上げるのは私位だろうし。今年もよろしくして上げるよ。ところで、彼は良いのかい?」

 

「アイツは、まあ……どうにかなるだろう。全く……相変わらず騒がしい年になりそうだ」

 

尚、帰ってから教えて貰った話になるがモチという食べ物は毎年幾人もの死者を出す非常に危険な食べ物らしい。それが分かっていても食べようとする東方の人間が後を絶たないと言う中毒性も有るそうだ。やはりモチは恐ろしい物だった、俺達が迂闊に手を出して良い物では無いらしい。

 




微妙に季節外れな事は気にしない様に。

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