笛使いの溜息   作:蟹男

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前話のあらすじ
パロディからホラーまで幅広い作者(キリッ

久しぶりだというのにヒドイ内容だ。色々な人にゴメンナサイしなければいけない気がする。


抗えぬ本能

「寒い、寒いよ……帰りたいよ……」

 

「ごめんなさいクリス、まさかこんな事になるなんて……」

 

言葉を返す気力も体力も無く、黙って体を寄せる。いくら屋内とはいえ雪山の洞窟の夜は酷く冷え込み容赦無く体から熱が奪われていってしまう。少しでも暖かくなればと思い私を此処まで連れてきたユナと先程から抱き合ってはいるが、このままではそう長くは持たないかもしれない。

 

「だ、大丈夫?さっきから元気が無いけど」

 

「うん、平気……だんだん落ち着いて……来た……から――」

 

心配そうに見つめる彼女に返事を返すが、何も強がりで言っている訳では無い。先程までと違い今は随分と気持ちが安らぎ体も楽になって来たのだ。その心地良さに逆らう事無く身を委ね、脳が命ずるままに瞼を閉じ――

 

パアン!と乾いた音が洞窟内に響き渡る。

 

「しっかりしてクリス!こんな所で眠ったら駄目よ、二度と起きられなくなるわ!」

 

「痛たた……ありがとう、ユナ。ついつい気持ち良くなっちゃって……」

 

叩かれてヒリヒリする頬を押さえながら無理矢理脳を覚醒させる。強い刺激のお蔭でどうにかこちらに戻って来る事が出来たが、油断すればすぐにあの世行きになってしまうだろう。頭や体を使い続けるなどして意識を保たなくてはならない。立ち上がり体を軽く動かしながらユナの方を向き何が出来るか考える。

 

「そうだ!黙っていたらまた寝ちゃうかもしれないから、何か話でもしない?」

 

「話って、例えば?」

 

「何でも良いんだけど、そうね……帰ったら何がしたいとか、最近起こった事とか……あ!そう言えばまだ此処に来る事になった理由を聞いていないわ。詳しく教えてよ!」

 

「え――いや、それはちょっと……」

 

先程までの元気は何処へやら、急に口を噤んでしまったユナ。いつも物事をはっきりと口にする彼女にしては珍しい。何か事情でも有るのだろうか?これは面白そうだ、是非聞いてみたい!

 

いつの間にか完全に目は冴えていて既に会話の必要性は無くなっていたが、興味を抑えきれず次の言葉をワクワクしながら待ち続ける。その様子を見て観念したのかようやくユナは口を開いて話を始めた。

 

「え、ええっと……そうそう、鉱石を取りに来ただけよ!ほら、今の私達が行ける場所の中でこの辺りが一番良い物が取れるじゃない。だから――」

 

「そんな事は知っているわ、出発する時に聞いたから。そうじゃ無くて取りに来た理由が知りたいの。何かのついでにでも採掘すればいいのに、どうして何も依頼を受けたりしないでわざわざ此処まで来たのか私すっごく気になっちゃうなー。ねえ、教えて?」

 

「…………仕方無いか。でも誰にも言わないでね?特に――あの人にだけは」

 

鋭い視線が突き刺さり、思わず竦み上がってしまいそうになる。これが初めての体験であればきっと恐怖で身を震わせていた所だろう――というより、最初に見たあの日は夢にまで現れてしまい暫くの間怖くて中々寝る事が出来なかったのだ。だが今となってはもう慣れた物で、原因まで容易に想像が付いてしまう。

 

「また誰か好きな人でも出来たの?懲りないわね、これまでずっと失敗してきたのに」

 

「過去の事なんか気にしていられないわ、私は未来に生きるのよ!それに今度は間違い無く上手く行く気がするのよ。何せとっても良い人なんだから!」

 

そのセリフを聞くのも一体何度目の事だろうか。何度も恋をしてそして悲しい結末を迎え、それでも懲りずに彼女はすぐに新しい恋へと走り出す。そして新たな始まりの度に先程と同じ言葉を聞かされているのだ。一体何がユナをそこまで駆り立てるのだろう?ロクに恋らしい恋をした事の無い私にはまるで分らない。

 

「で?どんな人なの?」

 

とはいえこれでも私は一人の女の子である、機会が無いだけでそういった話題にとても興味が有るのだ。故郷の村には近しい年頃の男の子が居なかったが、ハンターとなった今もあまり変わりは……

 

ふと、いつも黒い衣服を身に纏う男性の事が頭に思い浮かぶ。厳しい時も多い師匠に対して色々と思う事は有るが、誰よりも身近にいる人である事は間違い無い。明るい性格という訳でも無いのに今思い描いた彼の顔は笑顔であり、心温まる楽しい思い出だけが次々と蘇ってくる。あの人は私の事を、そして何より私はあの人の事をどう思っているのだろう?

 

頭を振って疑念を振り払う。これ以上は良くない、私には一流のハンターになる夢が有る。あの人は私の師匠、夢を叶える為に必要な人なのだ。それ以外の気持ちを持ち込んだらきっと何かが崩れてしまうだろう。この想いはハッキリさせてはいけないのだ――夢に対する答えが出る、その時までは。

 

「――ス、クリス!」

 

「え、あ、何!?どうかした!?」

 

「そんなのこっちが聞きたいわよ、折角私があの人の事を話してあげていたのに全然聞いていないんだもの。ウンウン唸っていたみたいだけど何か有ったの?」

 

「た、大した事じゃないよ。ちょっと師匠について考え事をしていただけ。悪いんだけどもう一回最初から教えてくれない?あなたの素敵な恋人について」

 

どうやらユナは私が物思いに耽っている間に惚気話を語っていたらしい。自分から催促しておいて中々に失礼な話である。でも彼女の事だ、その位で腹は立てないだろうし思い人を褒めておけばすぐに機嫌は治るだろう。事実、仕方無さそうに振る舞いながらも傍から見て明らかに楽しそうに話をしだした。

 

「あなたもなの?しょうがないわねぇ、特別にもう一回最初から教えて上げるから今度はちゃんと聞きなさいよ?」

 

「ありがと、ユナ。恋愛経験豊富なおねーさまの話を聞けてとっても嬉しいわ!」

 

「そそそ、そうね。わ、私は恋愛には詳しいから、色々教えて上げようかしら。ま、まあ参考になるかは分からないけど……」

 

何故かは分からないが急に視線をあちこちにさ迷わせ始め、言葉もたどたどしくなりだした。一体どうしたのだろうか?

 

「大丈夫、ユナ?言い難いのなら別に――」

 

「あ、あの人の良い所よね!?それだったら幾らでも教えて上げるわ!まずは何と言っても優しい所ね、悲しみの中に居た私を救い上げてくれたことは今でも忘れられない思い出よ。涙を流す私をギュッと抱きしめてくれた時の体温と感触は思い返すだけで――フフフ……」

 

融け切った表情で話すユナの口元からは、涎が一筋流れ落ちている。このだらしない顔は私から見ても完全にアウトだ。

 

「ず、随分好きなのね……」

 

「え?ま、まあそうね。でもアプローチを掛けてきたのは向こうからだし私は悪くないわ、あなた知っている通りあの時はまだ彼氏が居たし。丁度喧嘩中だったからタイミングが良かったのかもね。でもそんな昔の男の事はどうでも良いわ、あの人はとっても正義感も強くて――」

 

惚気話は続く。ハンターとしても実力が高くてーだのシックなファッションが似合っていてーだのあまり興味の湧かない話題がどんどん積み重なるばかりで、肝心の出会いの話や付き合うまでの流れなどを聞く事が中々出来ない。かといって途中で遮ってしまうと怒り出すのは目に見えているから終わるまで待つしかないな……そう考えていたその時、彼女の口から予想だにしない言葉が発せられた。

 

「いつもクリスの相手をしている時だって面倒見が良いし――」

 

「え?ちょ、ちょっと待って」

 

どうせどこの誰とも分からない相手だと思って適当に聞いていたが、私と関係が有る人物となると話は別だ。私の面倒を見てくれている男性と聞いて思い浮かぶのは一人しか居ないが、でもまさか……

 

「ね、ねえユナ。あなたの好きな人ってもしかして――」

 

「もしかして気付いて無かったの?そ、私の想い人はシドさん――あなたのお師匠様よ」

 

「そんな……」

 

あまりの衝撃に頭が真っ白になる。別に私が口出しする事では無いが、身近に思っていた二人がそんな関係だったなんて全く気付きもしなかった。悲しみや後悔にも似た言い様の無い気持ちが胸に広がって行く。まだ恋心を自覚していたわけでは無い、筈だ。だけどこの喪失感は一体何なのだろう?でももう遅いのだ、二人の間に入り込むには――あれ?

 

「……ユナ、私ここ最近殆ど師匠と一緒に居るんだけど」

 

「知っているわよその位。好きな人の事なんだから当然でしょう?」

 

そうなのかもしれないが、そうじゃない。たしか二人が初めて出会ったのは少し前、彼女が依頼に失敗し何とか帰って来たあの時の筈だ。それから私は師匠が依頼で出掛けている時を除けばかなりの時間同じ時を過ごしている。だと言うのに、いつの間に愛を育むが出来たと言うのだ?

 

「あのさ、確認したいんだけど……師匠とは付き合っているんだよね?どっちから告白したの?」

 

「まだまだお子様ね、クリス。教えて上げるわ――愛し合う二人の間に言葉はいらないのよ。そりゃあまだ直接口に出して言って貰った訳じゃ無いけど、あの時の情熱的なアタックとか目付きを見れば私の事が好きなのは一目瞭然ね。本当は最初好きじゃ無かったんだけど、あんな風に気持ちをぶつけられたら答えて上げないと可哀想じゃない?いやーモテる女は辛いわねー、クリスみたいに何も知らなかった少女の頃が懐かしいわー」

 

……どうやら師匠と恋人同士であるというのは只の妄想らしい。取り敢えずは一安心だが、

暗い気持ちが消え去った心の内に今度は苛立ちが湧き上がってくる。少し、ほんの少しだけ意地悪を言いたくなりついポロッと言葉が漏れてしまう。

 

「でも最近顔色が悪いからお揃いお守りをプレゼントしようと思って――」

 

「……抱きしめられたのが何よ、私なんて一緒に寝た事も有るんだから」

 

呟く様に小声で言ったその言葉は、幸いにと言うべきか不幸にもと言うべきかしっかりと耳に届いたらしい。そしてそれは挑発としての効果を十分に、どころでは無く必要以上に発揮してしまった様だ。大きく目を見開きハイライトの消えた瞳でこちらを見つめるユナ。

先程までの喧騒が嘘の様に静まり返った洞窟内、張り詰めた空気が辺りを満たしている。

 

「クリス――今、ナンテ言ッタノ?」

 

「た、大した事じゃないわ。師匠と一緒に寝た、って……ただそれだけよ」

 

文字通り、只寝ただけである。しかもその理由はユナに初めて睨みつけられたあの日どうしても一人で眠る事が出来ず、怖さを紛らわせるために無理矢理頼み込んだからだ。どこかの誰かが期待する様な色っぽい話は全く無いし、そもそもそんな事になったのも彼女の所為である。

 

だが今更そんな事を伝えてもまるで意味は無いだろう。いつの間にか立ち上がったユナは既に右手に愛用のスラッシュアックスを持ち。覚束無い足取りでこちらに向かって来ている。フラフラと歩くその姿は洞窟の薄暗さも相まってより一層不気味さが引き立てられ、

冷え切った温度を更に下げるかの様な恐ろしさが有った。

 

「アノ人ハ私ノ物ヨ……許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ――」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ!」

 

だが彼女は一切聞く耳を持たない。もはや説得の声は届かないだろう、かといって殺されるのは御免だ。ゆっくりと立ち上がり笛を構えて対峙する。その事に気付いたのかじわじわとにじり寄って来たユナがピタリと足を止め、少し離れた位置で私を観察し始めた。恐らく隙を伺っているのだろう。形の良い唇からは相変わらず恨みがましい言葉が漏れ額からは汗がにじみ出ている様だが、冷静さを完全に失っている訳では無いらしい。

 

私で彼女を止める事が出来るだろうか?直接戦い合って負ける心算は無いが、無傷で止めるとなると中々に難しい。かといって私一人で此処から帰るなどと言うは考えは何処にも無い。ちょっと思い込みが激しくてしばしばヒステリーを起こしがちでは有るが、それでもユナは美人で優しい自慢の友達なのだ。もうこれ以上身近な人達が居なくなってしまうのを見たくは無い。

 

「許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナ――」

 

「グオオオオオッッ!」

 

「キャッ!」

 

「ヒッ!」

 

突如鳴り響いた轟音に二人共思わず小さく悲鳴を上げながら蹲る。今現在の状況をようやく思い出したらしいユナが若干取り乱しながらも話し掛けて来た。

 

「やややや止めましょうか。べべべべ別に怖い訳じゃ無いんだけど、い、意味が無いわよね。水に流してあげるからまずは無事に帰る事を一番に考えましょう!」

 

「いや、そもそもあなたから――まあいいわ、大事にならなかったし。それよりも幸いまだ気付かれていないみたいだから慎重に行動しないとね」

 

「……ありがとうね、クリス。勝てる気がしなかったからどうしようかと思ったわ」

 

「え?何か言った?」

 

「あなたは本当に可愛いな、って思っただけよ。気にしないで」

 

お世辞か或いは誤魔化されているだと分かっているのにどうしても照れ臭く、それ以上追及する気が無くなってしまった。だが丁度良い頃合いだろう、この場所に居続ける訳にもいかないのだから。

 

先程から天候はより一層悪化し雷鳴まで聞こえてきたが、ホットドリンクを飲んで一気に駆け抜ければハンターの体力なら下山する事は難しくは無い。そうする事が出来ない理由は先程響いた叫び声の持ち主、ティガレックスがこの辺りをうろついている所為である。

 

まだ駆け出しに過ぎない私達では傷つけるのがやっとで追い払うのは不可能、ましてや討伐なんてもっての外だ。かといって相手がどのように動くか分からないのに背を向けて駈け出すのも恐ろしい。一番良いのは見つけた時点でその場をすぐに離れる事だったが……あの時欲を掻いて採掘を続けた事が悔やまれる。

 

「あ……」

 

「ク、クリス!?何処!?」

 

唐突に、洞窟の中に暗闇が満ちた。先程騒いでいた時に新しい松明に火を移すのを忘れていたのだ。火を付ける道具は有るが、全て手探りで火を付けるのは難しい。先程は洞窟の入り口に入り込む薄い雪明りを頼りにしたが、今その辺りにはティガレックスが居るのだ。万が一見つかってしまえば流石に中に入り込まれはしないだろうが脱出も不可能になるだろう。要するに、私達は勘を頼りに火を付けるか夜が明けるまでこの寒さに耐え続けるかの二つの選択を迫られているのだ。

 

「ね、ねえ。火は、火は着けられないの?どんどん寒くなって来たわよ」

 

「無茶言わないで、こんな時に火打石で手を怪我したら治療も出来ないじゃない。な、何とか我慢しないと……」

 

「こここここうなったら最後の手段ね。隣に行くわ」

 

声を頼りに私の下へ近付いて来るユナ。慎重に歩いて居る所為か時間はかなり掛かったが気配から察するに無事に到着したらしい。だが一体何をするのだろう?

 

「緊急事態だし、女同士だし……ノーカンよね、ノーカン」

 

「ユ、ユナ?」

 

「むむむ昔から遭難した時にする事と言ったら決まっているわ。クリス――服を脱ぎなさい!」

 

今、彼女は何と言ったのだ?どうも理解し難い言葉が聞こえてきた様な気がするがきっと気のせいだろう。幾ら何でもこんな時に――

 

「どうしたの、手が上手く動かないなら私が脱がしてあげようか?」

 

「寒さで頭をやられたの!?正気に戻って!」

 

どうやら聞き間違いでは無いらしいが、恐怖でおかしくなってしまったのだろうか。こんな所で裸になるなど自殺行為だし、そうでなくとも恥ずかしい。だが私を見つめるその眼は真剣で自棄になっている様子でも無い様だ。

 

「こういう時はお互い裸になって抱き合うの!服を着たままだと相手の体温が伝わらないの、私だって別にそんな趣味は無いんだから。本当よ!」

 

「でもユナに裸を見られるのは恥ずかしいし……」

 

「は、裸……あの人の、シドさんの弟子の裸……。もうこうなったらクリスを代わりに――」

 

駄目だ、どうやらパニック状態の様だ!そういう事にしておかないとこれから先友達付合い出来そうに無い!興奮した表情で私に迫ってくるユナを押し留めている最中、唐突に私は有る事に気付く。

 

さっきの真剣な目に今の興奮した表情……どうして私がそれを分かったのだ?松明が消え光など一切存在しない筈の洞窟内――いや違う!僅かに、ほんの微かにでは有るがどこからか光が発せられているのだ!一体何が……

 

「あ、あれは……!?」

 

闇の中にぼんやりと浮かび上がる青白い光。ついつい状況を忘れて心が奪われそうになる。

 

「ユナ!後ろ、後ろを見て!」

 

「ハァハァ……安心して、痛くはしないから――って、後ろ?」

 

振り返り、ようやくその存在を確認してくれた様だ。その隙に距離を取り私もその正体を確かめようと目を凝らす。

 

「凄い――こんなに綺麗だなんて……」

 

これまで生きてきて、そしてハンターとして過ごした中で最も神秘的な姿。恐らく今後も今この時の感動を超える事は無いだろう、そう確信出来る程美しい生物がそこには居た。

 

とある伝承の語り部は、そのモンスターには孤児となった子供を立派に育て上げた伝説を持つと語っている。また別の語り部によると、その背には清らかな乙女しか乗せる事が無いという言い伝えも有るらしい。その他にも様々なエピソードが残されているが、重要なのはその真偽では無いのだ。見る者にそんな話を信じさせてしまう幻想的な雰囲気、それこそがこのモンスターを語る上で大事な事だろう。

 

――幻獣、キリン。今の私達では決して太刀打ち出来ないであろう強力な力を持つモンスターがその場に佇んでいた。

 

「だ、大丈夫よ、大丈夫。クリスは私が守ってあげるから、大人しくしていましょう。今の所向こうは何もしてこないみたいだから」

 

「でもずっとこっちを見ているわ。もしかしたらこの洞窟ってあのキリンの巣だったんじゃ……」

 

まともな思考を取り戻したユナが服を着込みながらキリンに向き直り、私を視線から庇う様にして立ち上がり不安にならない様勇気付けてくれる。その背中はお世辞にも頼り甲斐が有るとは言えないが、守りたいと言う意志だけは伝わって来た。

 

こんな時に情けないが、幻想の世界から戻って来た私の頭は恐怖で埋め尽くされている。あの角で貫かれるのではないか、落雷で焼き尽くされてしまうのではないか――そう考えるとユナの背中から離れる事がどうしても出来ない。

 

「ヒィィィン……」

 

「良かった、取り敢えず襲い掛かって来るつもりは無いみたいね」

 

「だけどさっきより角が強く光ってない?もしかして興奮しているのかも――」

 

「ゴギャアアアアアアッ!」

 

突如として、先程よりも遥かに強い咆哮が響き渡る。入り口にはティガレックスの頭が見えていた。どうやら洞窟から漏れ出る青白い光の所為で場所がばれてしまったらしい、これで脱出はほぼ不可能となってしまった。万事休すかと思ったその時、私達を見つめていたキリンが振り返って先程とは明らかに違う怒りを孕んだ鳴き声を上げだした。

 

「ヒヒィィィィンッ!」

 

「グギャアッ!?」

 

ダァンッ!と言う凄まじい音と眩い閃光が洞窟内を満たす。その衝撃の強さは意識を取り戻すだけでかなりの時間が掛かる程の強烈な物だった。立ち直りかけてきた頃に恐る恐る目を開くと入り口には舌を出して失神するティガレックスの姿、そして少し手前にどこかスッキリした様にも見えるキリンが座り込んでいた。同時に、何かの肉が焼けた様な焦げ臭さが立ち込めている事にも気付く。

 

「も、もしかして今の雷って……」

 

「ええ、多分このキリンがやってくれたんだと思う」

 

先程襲い掛かって来なかった様子などを考えると、もしかしたらこのモンスターは私達を助けようとしてくれているのかもしれない。確かに数々の伝説を思い起こせばキリンが人間の見方をしてくれることもそう不自然では無いが、一体彼らに何のメリットが有るのだろう。この隙を見逃す訳にはいかないが、もう少し――

 

「何をしているのクリス!早く乗らないと置いてくわよ!」

 

「な、な……」

 

様子を見ようと思った矢先、声を掛けられた方を見て思わず言葉を失ってしまう。未だに座り込んでいるキリン、なんとその背中にユナが乗り込んでいたのだ。図々しいと言うか何と言うか……幸いにして嫌がっては居ない様だが恐ろしくは無いのだろうか?

 

「乗らないのならいいわ、私だけ先に――」

 

「乗る!乗るからちょっと待って!」

 

だがティガレックスの生死がハッキリしない今自力で下山する事には不安が付きまとう。手負いのモンスター程強い物は無い、もしも目覚めたりしたら間違い無く腹の中だ。きっとあのキリンは伝説の通り人間の味方なのだ、そう信じよう。そして清らかな乙女であれば麓まで送り届けてくれると信じるしか無い。これまでロクに恋愛をしたことが無いのが良かったのか悪かったのか……それは一先ず置いておこう。

 

今思う事は只一つ、キリンが出た時は守ってくれると言ったのにユナがあっという間に掌を返してしまった事についてだ。本当に――女の大丈夫程、信用出来無い物は無い。

 

 

「ありがとう、キリンさん!あなたのお蔭で無事に帰って来る事が出来たわ!」

 

「ヒィィィィン……」

 

上機嫌なユナに思う様に角を撫でさせているキリン。思いの外気持ち良さそうなので十分お礼になるのかもしれない。私達を背に乗せてから此処まで本当にあっと言う間であった、時間にして五分も掛かっていないだろう。

 

「本当にありがとうね、君が居なかったら――あ」

 

私も感謝の気持ちを示そうと頭に近付いた時、口の端に赤い物が見え思わず声を上げてしまった。もしかして怪我でもさせてしまったのか?そう思い手を差し伸べようとするとキリンは身を翻し雪山の方へと走り出した。見る見るうちに遠ざかって行くその背を見つめながら、途中からずっと気になっていた疑問をユナにぶつける。

 

「ねえ、ちょっと聞きたい事が有るんだけど……」

 

「あ、ご、ゴメンね?別に見捨てようとした訳じゃ無いのよ、ただちょっと――」

 

「その事は別に良いの、怒ってもいないし慣れているから。それよりキリンの伝説の事は知ってる?」

 

「伝説って、あの子供を育てたとか乙女しか乗せないとかそういうの?詳しくは知らないけど、それがどうかした……」

 

ハッとして口を押えるユナ。ようやく彼女も自身の発言の矛盾に気付いたらしい。

 

「洞窟の中でもさ、教えてくれたよね?ううん、それだけじゃ無くてこれまでずーっと。私信じていたのにな……ユナが話してくれた恋愛の話。全部ウソだったんだね」

 

「ウ、ウソじゃないわ!好きな人が出来たのは本当だし、ほんの少し妄想を混ぜ込んだだけで――あ」

 

「やっぱりね。前々からおかしいと思っていたの、経験が豊富っていう割には妙に余裕が無いしすぐに慌てるし」

 

「ごめんなさい、ハンターとしてはあなたに勝てそうも無いからついつい見栄を張りたくて……」

 

これについては私も悪いのだろう、ハンターに成り立てで不安だった時に一番に仲良くなった相手である。私自身ユナの事を姉の様に慕っていたし、彼女の方も新しい妹が出来たかの如く可愛がってくれたのだ。だからこそユナは私に劣っている事を受け入れられず、見栄を張ってでも優位に立てる分野を探さなければいけなかったのだろう。だがそれでも――ウソを付かれたと言う事実は私の心を酷く傷つけた。

 

「……お願い、ユナ。弱くてもカッコ悪くても何でもいいから――もうウソは付かないで。その位で駄目になっちゃう仲じゃないし、あんな辛い思いはもうしたくないの」

 

「そう、ね。私にとってもアレは……分かった、あなたにはちゃんと本当の事を言うわ。何と言っても私達は――親友だもの、ね」

 

決して離れない強い絆と言うのは中々有る物では無い、自分自身ではそうだと思っている物ほど切れる時は呆気無く切れてしまう。だが私達の関係はそうでは無い。良く喧嘩もするし離れてしまう事もしょっちゅうだが、それでもどこかで繋がっている。さながら血の繋がりで強く結ばれた実の姉妹の様な物だ。

 

壊れたりそしてまた戻ったり。これもまた友情の一つの形なのだろう。

 

「ところでクリス、私からも聞きたい事が有るんだけど」

 

何となく終わりかけていた時、急にユナの口から質問が飛び出した。だが私は別に嘘を付いた覚えは無いし後ろめたい事も無い。一体何だと言うのだろう?

 

「実はさっき脱いだ時からずっと見当たらないのよね……私の下着」

 

「え、じゃあ今下には何も着けてないの?」

 

コクリ、と恥ずかしそうに頷くユナ。あの時は急いでいたからもしかしたら洞窟に忘れて来たのだろうか?だとするともう一度取りに戻らないと――そう思ったその時、有る事を思い出した。

 

「ねえ、その下着って……赤かった?」

 

「そうよ、見ていたの?」

 

それには答えず、黙ってキリンが去って行った雪山を見つめる。最後に走り去る直前、口の端から見えていたのは血などでは無く……いや、これ以上は止めよう。そう考えると私達の事、特にユナの裸を見ていた事にも納得は行くし数々の伝説の裏の意味も見えてくる。だが全ては憶測に過ぎないし命の恩人だ、名誉を守るためにはっきりさせない方が良いのだろう。

 

子供を育て上げる、清らかな乙女だけをその背に乗せる……古龍に分類される生き物の業の深さを垣間見た一日であった。なお、余談では有るが師匠はその日久しぶりに姿の見えない視線を感じる事も無く快適な一日を過ごす事が出来たらしい。翌日になり枕元に置かれた身に覚えの無いお守りを見て悲鳴を上げる事になるのもまた別の話だ。

 

 




モンハン4のオンライン、ギルクエの改造が多すぎる。100でも四人集まれば精々二十分くらいでクリア出来るだろうに。

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