笛使いの溜息   作:蟹男

24 / 26
前話のあらすじ
全員オリジナルだって言ってるだろ!

モン……ハン……?


家族の絆

『恐怖!砂漠に響く魔性の音楽!』

『次のブームはコレ!?珍味・ショウグンギザミ!』

『記者は見た!極小のモンスター達!』

『きょうのにゃんこ』

 

「相変わらずいい加減な記事ばかりだな……」

 

持っていた雑誌をテーブルに放り出し、カップに入ったお茶を飲んで呆れとも不満とも言えない気持ちを押し流す。以前自分の事が特集されていた例の雑誌、その最新号が出ていたので何となく買っては見たが完全に時間と金の無駄だったようだ。折角の休日、カフェで雑誌でも読みながらゆったりと過ごそうと思っていたのにそんな気分は何処かへ吹っ飛んでしまった。

 

「俺の時と同じで嘘しか書いていないし、本当に取材しているのか?このケイトっていう奴」

 

砂漠には最近しょっちゅう行くがそんな音楽は聞いた事が無いし、ショウグンギザミは相当丁寧に処理しないと食えた物じゃ無い。人間より小さいモンスターは本当かも知れないが、大方生まれたばかりの子供でも仕留めて無理矢理でっち上げたのだろう。残酷な事をする奴らだ。……きょうのにゃんこにどこかで見た様な隻眼の猫や小太りの猫が載っていたのは少し驚かされたが。

 

いずれにせよこんな物しか書けない様な奴らにはあまり金を払いたくない。確かギルド内にある部署だった筈だ、つまり俺達ハンターが払った手数料の一部がコイツらに流れ込んでいるという事になる。思い立ったが吉日、少し抗議してくるか。

 

以前自分の記事について文句を言いに行った場所を思い浮かべる。確かそう遠くは無い筈だ、会計を済ませてすぐに向かうとしよう。席を立ちレジの方へ歩き出し――

 

「うわっ、と……危ないな。何をするんだ」

 

急に服の裾を引っ張られ足を止めさせられる。転びそうになった事に文句を言いながら振り返ると、そこには誰も居なかった。正確には振り返った視線の先には、だが。

 

「おじさん、ハンターなの?」

 

「ん?ああ、一応な。それがどうかしたか?」

 

声のした方へ視線を下げると、そこにはまだかなり幼い男の子が立っていた。おじさん呼ばわりには内心凄く傷ついたが、この位の年の子にとっては殆どの大人は皆同じ様に見えるのだろう。一々目くじらを立てるのはみっとも無いからそこには触れず話を進める……内心凄く傷ついたが。

 

「それよりも君、人の服はそんな風にして引っ張る物じゃ無い。用事が有る時はまず声を掛けるんだ」

 

「ゴメンなさい、でも今まで誰も気付いてくれなくて無視されていたから……おじさんにも何回も話し掛けたんだよ?」

 

「本当か?それはすまなかったな。で、一体何の用なんだ。お父さんやお母さんは一緒じゃないみたいだが――」

 

「それが……僕、パパと離ればなれになっちゃったんだ。折角ママと会えたのに、これからは皆一緒だと思っていたのに……ねえ、もう会えないの?」

 

俺の足に縋り付いてくる男の子。振り払おうとしても思いの外力が強く、中々引き剥がす事が出来ない。しかも此処はまだ店の中であるからこれ以上騒ぐと店から追い出されてしまうだろう。仕方無い、取り敢えず話を聞いてみるか。

 

「分かった分かった、何とかしてやるから落ち着いてくれ。出来れば連れてきてやりたいが……まずは詳しい話を聞かせてくれないか?只の迷子、って訳じゃ無いんだろう」

 

「うん。実はちょっと前にね、ママと初めて会えたんだ!とっても綺麗で優しくって――すっごく嬉しかったよ!だけど……どうしてか分からないけど、パパは全然こっちに来てくれないんだ。多分パパはまだあの暑い山の中に居て、パパみたいな人と戦って――」

 

「あー……つまり、お父さんが君と君のお母さんを残したまま火山から帰って来ない、って事で良いのか?」

 

「……分かんないけど、多分そんな感じだと思う」

 

事情は何となく掴めたが、思いの外面倒な話らしい。要領を得ない部分は多々有るがこの子にはこれ以上聞いても仕方無いだろう。今日は休暇と決めていたんだが仕方無い、ギルドで依頼を受けるとするか。……それにしても、どうしてこの子は俺を見てハンターだと分かったのだろう?いつもの通りの格好で特におかしな所は存在しないと言うのに。

 

「良し、それじゃあ後は何とかしてやるから君はお母さんの所に戻りな。すぐに連れて来てやるよ」

 

「ありがとうおじさん!じゃあね!」

 

「さっきから言おうと思っていたんだが、俺はまだ――」

 

「お客様?先程から何を……」

 

おじさん呼ばわりを訂正しようと走り去ろうとする背中に声を掛けたその時、とうとう店員に目を付けられてしまった。周りの客も全員こちらを奇妙な目で見つめている。しかも目を離した隙にあの男の子には逃げられてしまったので、その視線を受け止めるのは俺一人である。恥ずかしい事この上ない。

 

「あー……お騒がせして申し訳有りません、もう店を出ますので。それじゃ」

 

「は、はあ……またどうぞ……」

 

金を払い逃げる様にしてその店を飛び出す。本当に最近はロクな事が無い、一度お祓いでもしてみるか?まあ呪いや幽霊なんかこれっぽっちも信じてはいないのだが。

 

「――火山で人探しの依頼、ですか?」

 

「ああ。まだ解決されてない最近の奴だ」

 

一刻も早くあの場所から離れたかった俺は走り出した勢いをそのままにギルドへと駆け込んだ。入り口付近に居た人間は少し驚いた様だが、大抵は気にする様子も無く仲間との話に夢中になったり依頼を吟味したりしている。注目を集めていない事にようやく安堵の溜息を付き、呼吸を整えてから受付へと向かう。あの男の子が言う様な依頼が出ていれば話は早いのだが……。

 

「どうだ?別に無ければ無いで構わないんだ、少し気になる話を聞いただけだし。もしかしたら勘違いかも知れないから――」

 

「有りましたよ。ウラガンキンの討伐に出掛けたカズミと言うハンターが予定日を過ぎてもまだ帰って来ないという事で、ご家族から依頼が来ています。場所も火山ですから多分これの事だと――どうしました?」

 

「いや、何でも無い。……無視する訳にはいかないだろうな、面倒臭い」

 

もしも存在しなければあの男の子が何か勘違いしていたという事にして休暇に戻ろうと思っていたのに……現実は非常である。こうして依頼が有る以上、面倒だが約束は果たさねばなるまい。

 

「ええと、良く分かりませんがこちらの依頼を受けるという事で宜しいですか?」

 

「ああ、それで頼む。モンスターは別に倒す必要は無くて火山から連れ帰って来るだけで良いんだろう?だったらすぐに終わるな。一応人相や注意点が有れば教えて貰いたいんだが」

 

「特に気にする事は有りませんけど……依頼が出たのはもう三日も前の事ですからね、お亡くなりになっていた場合は本人特定出来る程度で構いませんが可能な限り遺体を持ち帰って頂ければと思います。それと見た目ですが、奥様からはがっしりしていてアゴが出ており父親としての風格が漂っている、とだけ伺っております」

 

「何だそれは?その程度で分かるとは思えないが……まあ間違えても俺の責任じゃないしな、取り敢えず行ってみるか」

 

あまりにも主観が混じり過ぎて人探しをするのに役に立つとは言い難い。だが既に帰還予定から何日も経過してしまっている、正確な情報を調べる事に時間を取られて間に合わなくなっては意味が無いのだ。相当不安は残っているがこのいい加減な話を頼りに探すしかないらしい。

 

「出発なさるのですね、お気を付けて。既に倒しているかもしれませんがウラガンキンが居る可能性も有るので十分注意して下さい」

 

「ああ、ありがとう。それじゃあな」

 

手早く準備を終えて即座にギルドを後にする。あの子に良い報告が出来るかどうかは心配だが、何にせよ俺のする事に変わりは無い。やれる事を精一杯やるしかないのだ。

 

「……帰還した跡は無し、と。最悪の事態も考えておくべきか」

 

到着してすぐキャンプの様子を確かめる。何度か使われた形跡は有るがそれは少し前の物の様で、残された道具を見ても未だ火山の中から帰って来ていない人間が居るのは間違い無い様だ。暑さにやられているかそれともモンスターに襲われたか、どちらにせよ山の中で過ごす羽目になっている以上何かトラブルが起きているのは確かだろう。

 

足取りが随分重く感じられるが、此処まで来てしまった以上何の成果も無しには帰れない。憂鬱な気分を抱えながら火山へ向けて歩き出す。この辺りには悪食のモンスターが多いから一部だけでも発見出来ればいいが……やはり慣れない子供の相手なんかするんじゃなかった、知り合いでは無いとはいえ人の悲しむ顔を見なければならないとは。

 

「弔いの曲でも演奏してやるべきか――と、此処にも無いな」

 

火山内部のマグマが流れる洞窟を一通り見渡してみたが、骨や装備の欠片はおろか足跡のさえも見つからないので一旦外へ出て考えを纏める。まだ生死が確定していないという事は喜ばしい事では有るが……それは同時に不安と心配がより長く続く事も意味しているのだ。待たされた時間が長ければ長い程訪れる悲しみは増していくばかりだと言うのに。いっそすぐに見つかってしまえば気持ちは楽になるし、何より――

 

「腹減ったな……」

 

今日は元々依頼を引き受ける心算では無かった、なので食事は軽くしか済ませていない。早くしなければと気持ちが焦りすぎた所為で食料もそれ程用意せずに来てしまった。今有る分を食べてしまうと長期間の探索は不可能になり、何も見つけられずに帰る事になるかもしれない。かといって空腹を長引かせるのも辛い。どうするべきか……

 

「お腹が空いているのですか?お任せください、すぐに何かお作りしますよ」

 

突如聞こえたその声に振り返ると、そこには立派な体格の男性が立っていた。丁度子供が居そうな年齢、頼りがいのある風貌、そして立派なアゴ……間違い無い、この男性こそが探していた人物だ!

 

「おい、アンタ――」

 

「申し遅れました、私はカズミと言います。まあお腹が空いていると上手く頭が働かないですよ、まずは食事をしてからにしましょう。食べなければスタミナが付きません、モンスターと戦う為にも一杯食べて下さい!折角なので今日はコレを使いましょう」

 

色々言いたい事は有るが、何はともあれ無事に見つける事が出来たのだから別に焦って帰還する必要は無い。食事をして体力を付けてから下山するのは正しい判断である。目下の所問題は彼が用意した材料に有った。そう――

 

「……この青い蟹、まさかとは思うが」

 

「今流行りのショウグンギザミですよ。まあこの辺りには大物が居ないのでまだ小さいヤオザミですが、味はそれ程変わりません。おや、もしかしてお嫌いですか?」

 

「当たり前だろう、そんな物を好きな人間が居る訳無いじゃないか!ブームが来てるからって何でもソレに飛びつく人間ばかりじゃないんだ、不味い物は不味いに決まって――」

 

「まあまあ、まずは騙されたと思って食べてみて下さい。大人にもなって好き嫌いが有るなんて恥ずかしいですから、この機会に克服して見てはどうですか?」

 

そう言うと彼は返事を返すよりも早く調理を始めてしまった。捌くのに使う刃物は愛用している大剣を良く洗って使用するらしいが、鍋や調味料なんかはわざわざこの為に持ってきている様だ。一体この男は何をしにやって来たのだろう?

 

「出来たゾ!ヤオザミのチリソース炒めだ!さあどうぞ、冷めない内に食べて下さい」

 

「そこまで言うなら、一口だけ……」

 

頼んでいないとはいえわざわざ作ってくれた物を手も付けずに捨てるという訳には行かないし、頑固そうだから口を付けるまで納得してくれないだろう。少しだけ頂いて食事を済ませ、持ち込んだ携帯食料を食べながら帰還するのが一番早く話が終わりそうだ。

 

「俺はコレ嫌いなのに……ん?んんん?」

 

「いかがですか、お味の方は」

 

「美味い!ザザミのプリッとした食感とはまた違うモチッとした感じが、とろみの付いたソースと良く絡むな!ほんの少し独特の臭みは残っているけどピリ辛の味付けと重なってかえってクセになる味わいだ!これは良い、ご飯が欲しくなるよ!」

 

「近頃話題のショウグンギザミ、だけど臭いが駄目で嫌いな人も多いだろう。でもこの美味しさを知らずに居るのは勿体無い、ちゃんと下処理をしてから食べれば病み付きになる事間違い無しだ!作り方は簡単、まずは体から足を外してよーく水で洗おう。終わったら塩水に入れて十分間漬け込む。この時塩をウソッ!て思う程一杯使うのがポイントだ!時間が経つと身から出た汁で水が濁っている筈なのでソレを捨てて洗い流し、沸騰したお湯で色が変わるまでサッと茹でる。後はチリソースと共に炒めるだけ、香ばしい香りがして来たら完成だ!うまいゾ!」

 

作り方には全く興味は無いがこの味には驚いた。まさかあのギザミが此処まで美味しくなるとは。何よりこの料理、食べる側に新鮮な驚きを与えてくれるのにどこかホッとする様な安心感を与えてくれる。家庭の味と言う奴だろうか?

 

彼が料理する背中は力強くそれでいて優しさを感じさせ、父親としての暖かさと厳格さを感じさせるものだった。そう言えばあの男の子はパパと呼んでいたな……料理する・パパ、か。まるで何かのタイトルだな――と、そんな事はどうでも良い。

 

「なあ、料理も食べ終わった事だしそろそろ話に入りたいんだが……」

 

「どうでしたか、ギザミも美味しいでしょう?」

 

「確かにまたチャレンジしてみたくなる様な味だったな……いや、だからそうじゃ無くて――」

 

「良かった。同行していた記者さんも同じ事を仰っていましたからね、今頃記事になっているかもしれません。ショウグンギザミが嫌われたままと言うのは可哀想でしたから」

 

此処へ来て、読み捨てた雑誌の内容を思い出す。ギザミのブームが来るなどと書かれていた時は何を血迷っているのかと思ったが、彼の料理を食べたと言うのなら納得だ。だがわざわざ火山に来てやらなければいけない事では無い、本来の目的は別に有ったのだろう。

 

「その記者っていうのは?見当たらない様だが……」

 

「彼女は途中で先に帰りました。元々はネタが欲しくて依頼に同行していたんですが、凄く小さいウラガンキンやギザミの料理で十分だと言う事で。見ていて危なっかしかったので回復薬やなんかをお渡ししましたが、無事に帰る事が出来ていたら良いのですけどね」

 

「大丈夫だと思うぞ、もうその内容で雑誌に記事が載っていたからな。それよりアンタはまだ帰らないのか?」

 

「まだ依頼のウラガンキンを倒していませんから。一応人間より小さい子供の様な奴は倒しましたが、本命は別です。私の腕前では回復薬無しでは厳しいので今はあちこち歩いて薬草なんかを集めている所ですよ。所で……アナタは何を?」

 

詰まる所、彼が帰れない原因は雑誌の記者に有るらしい。これだからマスコミと言う奴は……。帰ったら苦情を言わないといけないだろうが、取り敢えず今は無事に連れて帰るのが先決だ。

 

「俺はな、カズミさん。アンタが中々帰って来ないから心配した家族の依頼を受けてやって来たんだ。子供が悲しんでいたぞ?皆一緒に居られない、ってな」

 

「そうですか、妻や子供がそんな事を……。不謹慎ですが嬉しいですね。ですがまだ私は帰る訳にはいきません、ちゃんと稼がないといけませんし信用も無くなります。そうなっては家族が路頭に迷う事になりますから」

 

「ったく、仕方無いな……。無理矢理連れ帰るのもあとが面倒だ、俺が手伝ってやるからさっさと終わらせるぞ」

 

「おお!それは有難う御座います、場所は分かっているので早速向かいましょう。着いて来て下さい」

 

手早く調理器具を片付けると用意を整えて洞窟へ一気に駈け出す。やはり彼も家族が恋しいのだろう、足取りには一切の迷いが無く途中で出会うモンスター達には目もくれない。そうして辿り着いた所は、内部へ入り込んだとは思えない程開けたスペースであった。しかしそこには何の生き物も見当たらない。

 

「此処で合っているのか?何も居ないぞ、移動してしまったんじゃ……」

 

「いえ、アイツは間違い無く此処に居ます。パッと見て見当たらないという事はつまり――」

 

カズミさんの言葉を遮るかのように轟音が鳴り響き、巨大な岩が回転しながら斜面を転げ落ちてくる。慌ててその場を飛び退くと、その大きな塊は急に方向を変え壁との接触を避けるかの様に移動を始めた。始め岩と思ったその塊は段々とスピードを落とし動きを止め、本来の形を取り戻す。その生き物の姿を見た俺は、思わず叫び声を上げてしまった。

 

「馬鹿な――カズミさんが二人居るだと!?」

 

「何を仰ってるんですか、私はこっちですよ。どう考えても大きさが違うでしょう?」

 

「あ、ああ……すまない。それもそうだな」

 

冷静に考えてモンスターと人間を間違える筈が無いのだが、どうして俺はそんなミスをしたのだろう。やはりどっちもあのアゴのインパクトが強烈で――

 

「うわっ!」

 

下らない考えを打ち砕くかの様にウラガンキンは強烈な一撃を振り下ろしてくる。アゴで。冗談の様な展開だが威力が本物であることは間違い無く、直撃しなかったというのに地面の揺れだけで俺の体は動きを止められてしまう。幸いにして二発目は見当違いの場所を叩いたためグシャグシャに潰される事は無かったが、油断すれば死に至る恐怖を思い起こさせるには十分だった。

 

しかし……ウラガンキンはこれ程積極的だっただろうか?決して大人しいモンスターという訳では無いが、戦い始めたばかりだと言うのにもう黒い息を吐き出しながら怒り狂っているのは俺の経験上初めての事だ。何か怒らせる切っ掛けでも有ったのだろうか?

 

「どうした、私はこっちだぞ!尻尾を切られたくなければ掛かって来い!」

 

未だ体勢を立て直せない俺を見かねてか、カズミさんが声を張り上げながら尻尾に切り掛かる。大剣を軽々と扱いながら加えられていくその攻撃はウラガンキンにとっても無視できるものでは無いらしく、ターゲットを俺から切り替えたようだ。そして自分に注意が移ったと見るや即座に攻撃を止め、振り回す尻尾やタックルを必死に避けながら時間を稼いでくれている。

 

「すまない、助かった!」

 

体勢を立て直した俺は顔面目掛けて走り出し、流れ星が降ってくるかの様な叩き付けを避けながら大きく振りかぶった笛を最も目立つ場所目掛けて叩き込む。ウラガンキンのアゴは実は全てが自分の肉体という訳では無い。大きくなる過程で様々な鉱物を塗り込みながら自身の手で育てていくのだ。だからこそあのように地面に叩きつけることも出来るし、凄まじい硬さも誇る。当然まともに攻撃を当ててもダメージは通りにくいのだが、一つ盲点が有る。それは――

 

「大分揺れているようだな。どうだ、慣れない衝撃は結構効くだろう?」

 

アゴを打ち下ろす、体を丸めて回転する、そして敵からの攻撃を下から受ける――その全てに共通するのは縦方向から衝撃が来る、という事だ。元々体がかなり大きい為敵と戦う時は自然とそうなってしまうのだろう、アゴもその威力を軽減するように出来ているのだ。

 

だが一度横から殴り付けられてしまえばそれはかえってマイナスに働く。人体でもそうだが、脳を揺らすのに最も効果的な攻撃は直接頭部を狙うのではなくアゴの先端を狙う事なのだ。鉱物でガチガチに固められたウラガンキンは横からの衝撃がクッションを挟まずダイレクトに脳に伝わる為、よりその効果は大きい。二度三度と繰り返す内に瞬く間によろめいて行く。

 

「爆弾を仕掛けます、そこから離れて!」

 

彼自身よりも大きいのではないか?と思える程のサイズのタルを抱えたカズミさんが走って来るのを見て、慌ててその場を離れる。本音を言えばこのままアゴを攻め続けて慎重に戦いたかったのだが、早く終わらせたいと言う彼の気持ちも分からないでも無い。何よりもう準備してしまった以上そこらに放置するのはかえって危険だ。

 

「よし、後はこの場を――」

 

「グオオオオオッッ!」

 

巻き込まれない様に遠ざかろうとしたカズミさんの体は、洞窟中に響き渡った咆哮により思う様に動かす事が出来なくなった。立ち直ったウラガンキンは彼がその場を離れる事を許すつもりは無いらしい。それだけならば問題は無いのだ、不発に終わるのは痛いが後で幾らでも取り返せるのだから。何も起きない筈だったのだ――ふら付いた彼の体が、突如生まれた小さな岩に衝突するまでは。

 

ぶつかった拍子に小さな爆発が起こり、それが連鎖して広がって行く。尻尾攻撃と共に周囲にばら撒かれた火薬岩は僅かな爆風を切っ掛けに産声を上げるかの様に一斉に火を放ち始めた。助けに行こうにも飛び散る火花の所為で近づく事が出来ず、設置した爆弾が起動したその瞬間でさえ俺は仲間が炎に巻き込まれるのを黙って見ている事しか出来なかった。

 

「グハッ……!」

 

もうもうと立ち込める煙の向こうで、大きな人間の体が宙を舞い吹き飛ばされる姿が見えた。一方でウラガンキンはと言うと、それなりのダメージは有った様だが死に至る程では無い事は一目瞭然だ。狙いを再びこちらに戻したらしく離れた距離を一気に詰める為体を丸め一気に突っ込んで来る。

 

「ふざけるなよ、この野郎……。カズミさんには待っている家族が居るんだ、お前はソレを――!」

 

もう遠慮はしない、全力で行かせて貰う。真っ直ぐ向かって来る射線上から右に一歩、その位置で笛を構え演奏し始める。轟音と共に迫り来る回転体。あと一小節、残り一音――!

 

曲が完成するよりも早く奴の体は狙った場所へと辿り着いた。激痛が体を貫き、左腕から感覚が消失していく。だが演奏は止まらない、痛みでは俺を止める事は出来ない。賭けは俺の勝ちの様だ。

 

「ゴアアアッ!?」

 

重心がずれ無残にも横転したウラガンキン。あれ程の大きさともなればほんの少しの動きで大きく方向を変える事が出来るだろう、だがそれは同時に細かい制御が殆ど出来無いという事も意味している。もし俺が大きくその場を飛び退いていたらそれに合わせて動けるが、僅か一歩分の動きには対応しきれないという読みは当たっていたらしい。多少のダメージは負ったものの演奏が俺に与える力がそれを忘れさせてくれる。

 

「手こずらせやがって……」

 

倒れた顔面に連続で攻撃を加える。見る見るうちに顔面が変形し、見るに堪えない不細工な顔へと整形されてしまった。元々と言えば元々だが。それでも尚諦めようとしないウラガンキンは大きく息を吸い込んだ。攻撃されたのだ、と気づいたのは全身に感じる熱さと共に体が大きく吹き飛ばされた後だった。

 

「ゲホッ……ま、待て……!」

 

足を引き摺りながら遠ざかるウラガンキン、だが俺の体はその遅い動きにさえ追い付けない程ダメージと疲労が溜まっていた。早く、早くしないと……!

 

徐々に離れて行く俺との距離、奴は逃げ切れる事を確信しているのか顔には笑みが浮かんでいる様にさえ見える。その顔が曇ったのは、直後の事だった。

 

「ゴギャアアッ!?」

 

ドスン!と大きな音が響き、体の四分の一は有りそうな巨大な尻尾が地に落ちる。その向こうに見えたのは振り下ろされた大きな剣、そしてウラガンキンに良く似た顔を持つハンターの姿だった。

 

「ぶ、無事だったのか、カズミさん……!」

 

「ハア……ハア……ショウグンギザミの身は栄養満点だ、食べればモリモリ力が湧いてくるゾ!おまけに眩暈や頭痛、二日酔いにも効果が有るんだ!――さあ、早く止めを!」

 

「ハハ……そいつは知らなかった、好き嫌いはするもんじゃ無いな」

 

痛みにのた打ち回るウラガンキンのアゴに、本当の最後の一撃を叩き込む。身に纏う鉱物が辺りに飛散し砕け散り、脳が受けたダメージはとうとう限界を迎えた様でその活動を永久に停止させた。

 

「ふう、やっと帰れるな」

 

「有難う御座いました、私一人ではどれ程時間が掛かっていた事やら……。帰ったら料理の一つでも御馳走させて貰いますよ」

 

「さっき食べさせて貰ったのでお礼としては十分だけどな。でもカズミさんのメシは美味いから遠慮無く頂くとするよ」

 

疲れ切った体を無理矢理動かし山を下りる。暫く動けなくてもおかしくない所だが、これもギザミの力なのだろうか?料理とは凄い物だ。

 

「――あ、お帰りなさい二人共。御家族からはいつもの場所で待っていると伝言を頂いていますよ」

 

「そうですか、有難う御座います。……良かったら一緒に行きませんか?家族にも紹介したいので」

 

「そうだな、それじゃあ付いて行くとしよう」

 

無事に帰還した俺達は、完了の報告を受付で行った。どうやらカズミさんの家族は良く行く場所で出迎える準備をしているらしい。

 

「では行きましょう、この先の通りをまがった所に有る喫茶店です」

 

「ああ、あの店か……つくづく縁が有るな。まあそれも当然か」

 

「御存知ですか、まあ良い店ですからね」

 

彼が教えてくれたのは、依頼を受ける切っ掛けとなったあの喫茶店だった。彼の息子とあそこで出会ったのも偶然では無かったのだろう。

 

「お帰りなさい、あなた!」

 

「パパ、お帰り!」

 

そう遠い場所でも無いのであっという間に到着し、そのままドアを開ける。するとそこには彼の奥さんらしき眼鏡を掛けた女性と子供が一人待っていて、俺達の帰還を祝ってくれたのだった。俺はその光景を見て物凄く困惑してしまう。何故なら――

 

「え……なあ、カズミさん。アンタの家族ってこの二人だけなのか?」

 

「え?ええ、そうですが……」

 

「本当に?息子は居ないのか?」

 

「どういう事?あなたまさか浮気して余所に子供を作っているんじゃ――」

 

奥さんが驚きの声を上げ、凄い勢いでカズミさんに詰め寄って行く。対する彼はおろおろと慌てているばかりであの時ウラガンキンに対峙した勇ましさは見る影も無い。

 

「お、おいおい!俺がお前以外に愛する女性なんかいる訳無いだろう!何時だってお前一筋だよ」

 

「そうね、そうよね……あなたがそんな事する訳無いわ。でも心配だわぁ、あなたってばすっごく格好良いし頼りがいが有るんだもの。おまけに料理も上手だし。ああ、誰かに取られてしまわないか心配だわ……」

 

「大丈夫、俺の心に居るのは永遠に君一人だよ。……そういう訳です、私には他の子供なんかいる筈有りません」

 

「そ、そうみたいだな。でもそうなるとあの時の子供は一体……」

 

悩み続ける俺達の下に、喫茶店の店員が飲み物と共にやって来た。

 

「無事にお帰りのようですね、カズミさん。こうしてまたお会い出来て何よりです」

 

「あ、あの時の店員さん!」

 

「おや、お客様は何時ぞやの……。どうやらあなたお蔭で無事に帰って来れた様ですね、私からもお礼を申し上げます。誠に有難う御座いました」

 

「それは良いんだが、一つ聞きたい事が有るんだ。あの日の――」

 

「初めて見たあの時は物凄く変な人だと思っていましたが、実は凄いハンターだったのですね。ですが一人でずっと話し続ける癖は直した方が良いのではないでしょうか」

 

店員の放った言葉に頭が真っ白になる。一人で話続けていた?この喫茶店で?そんな筈は無い、あの時俺は子供と一緒に居たじゃないか、どうしてそんな事を――

 

「す、すまないが俺は用事を思い出したから帰らせて貰うよ。それじゃ!」

 

「あ、ちょっと――」

 

カズミさんが引き止める声も無視して慌ててその店を飛び出す。俺はとうとう真相に気付いた、気付いてしまったのだ。あの子供の言動、そしてカズミさんが仕留めたモンスター。それらは決して無関係では無かったのだ。もう俺はあの店には行けない。数々の奇妙な振る舞いが恥ずかしかったからでは無い、再びあの子の姿を見てしまいそうで、声が聞こえてきそうで恐ろしくなったのだ。

 

――パパを“こっち”の世界に連れてきてくれてありがとう、おじさん!早くおじさんもこっちの世界に遊びに来てよ!ねえ……ねえ!――

 




モンハン4何処にも売ってねーわーこれは遊べなくてもしょうがねーわー。本当は一緒に遊ぶ友達も一杯居るんだけど……居るんだけど!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。