モンハンの武器とか素材には妙に物騒だったり大げさな説明文が有るよね。
どこからどう見ても登場人(?)物はオリジナル。
「ですから、我々に尋ねられても其処までは――」
「御託は良いから、さっさと見つけ出すニャ!」
相も変わらず喧騒に包まれているギルド内に、今日は一際目立つ声が響いている。どうやら受付の方で揉め事が起きているらしい。それ自体は良く有る事なので気にする必要は無いのだが……その相手がアイルーというのは初めて見た。普段ならなるべく関わらない様その場を後にするのだが、物珍しさからついつい足を止めてしまう。
「困ったな……あ、シドさん!良い所に――」
「あ、アンタがシドさんニャ!?噂通りのまっくろくろすけニャ……」
運悪く、助けを求め辺りを見回す受付嬢と目が合ってしまった。どうやらこの騒ぎには俺が絡んでいるらしい。やはりさっさと立ち去るべきだったか……。だがこうして声を掛けられてしまった以上、逃げ出すにはもう遅い。仕方無しにカウンターに近付き話に加わる。
「俺にはアイルーに知り合いは居ないんだがな。何処で俺の名前を嗅ぎ付けたんだか知らないが、一体何をしようってんだ?」
「お、落ち着いてくれないかニャ?シドさん程のハンターなら面識が無くても誰だって名前は知っているニャ。おおっと、名乗りもせずに失礼しました……ニャ」
羽織っている薄汚れた縦縞のマントをバサリと翻し、低く屈んで左手を膝に当て右手を前に差し出す珍妙なポーズを取る。今更ながらに気付いたがこのダークグレーの毛並を持つアイルーは片目を失っているらしく、右目の辺りに大きな傷跡が残っていた。
「アッシは涼しい洞窟に生まれ灼熱の太陽の下に育ち、オアシスの泉で産湯を使った根っからの砂漠っ子です。名はイシマツ、性はござんせん。どうぞお見知りおきの程を宜しくお願いします……ニャ」
「…………お、おう」
ドヤァ、と言う効果音が付きそうな程顔を決めたアイルーを見て、俺は只々困惑するしかなかった。とにかく、コイツはイシマツと言い砂漠から来たらしい。取り敢えずそれだけ頭に入れておけば充分だろう。
「おかしいニャ……大体はコレを見ると凄く喜んでくれるんだけどニャ……」
「そ、それで?そのイシマツがわざわざ遠くから俺に一体何の用が有って来たんだ?まさか自己紹介する為に来た訳じゃ無いだろうな」
「ありゃ、コイツはウッカリしてましたニャ。まさかアッシとした事が、本題を伝え忘れてしまうとは。実は良く親分にも注意されるんだニャ、お前はすぐに頭に血が上るから落ち着かなければいけニャいって……。アッシとしても気を付けてるんです、でもどうしても――」
またしても話が関係無い方向に転がり始めた。人間であれば怒鳴り付けて追い返している所だが、相手がアイルーだとつい気持ちが和んでしまう。見ていて飽きないな。だがそろそろ用件を聞いてやった方が良いだろう。
「それは良いから早く何がしたいのか教えてくれ。俺も暇じゃないんだが……」
「す、すまないニャ!すぐに言うから怒らニャいで――」
「いや、別に怒っている訳じゃ無いぞ?ただ急いでいた様だし、話を進めた方が良いと思っただけだ」
「ウムム……気を遣わせてしまったかニャ。それもしょっちゅう言われるニャ、もっと周りをちゃんと見ろって――おっと、またまた失礼したニャ。じゃあ用件を言うニャ、シドさん……アッシらの為に戦ってくれないかニャ?」
落ち着きを取り戻したイシマツは、アイルーに似合わぬ鋭い目付きで頼み事の内容を明かす。戦えとはまた物騒な話だ、彼らがモンスターの素材やらを欲しがるとは思えないが……。
「詳しく聞かせて貰えるか?」
「へえ、コイツは少し長い話ですがどうぞ最後まで御付き合い下さい……ニャ。事の起こりはもう随分前の大昔、アッシが物心付く前ですニャ。アッシらは砂漠で皆平和に暮らしていニャした。ですが有る時から砂漠にハンターが入り始め――その時から全ては変わってしまったらしいニャ。新しくやって来た人間達のお手伝いをするアイルーの仲間、それとは反対にちょっかいを掛けて持ち物を持って行こうとするメラルー達。……群れは真っ二つに分かれてしまい仲が悪くなって、とうとう縄張りを争い始める様にまでなったニャ」
「言われてみれば、確かにあの辺りにはアイルーもメラルーも存在していたな」
「アッシらは手伝って報酬を貰い、メラルー達は自力で欲しい物を奪い取る。どっちが正しいなんて言うつもりは御座いニャせん。実際もう何度も和解しようとして話し合って……同じ数だけ失敗してきたらしいニャ。だけど親の代から始まったこの因縁、子のアッシらがそろそろ解決しても良いんじゃないかと思っているのニャ」
その瞳には、強い意志が宿っている。わざわざたった一人慣れない地へやって来た事からも覚悟の程は窺えるだろう。人として、男としてこれに応えない訳には行かないな。
「成程。昔の話とはいえハンターの登場に端を発した話だ、俺も同業者として解決に手伝うとしようか。しかし……何故今なんだ?そもそも志はともかく方法すら聞かせて貰っていないが――」
「それは合わせて話をさせて貰いニャす。実はですね、アッシらの縄張りの近くに此度ディアブロスが出たんですニャ。隣同士ですからメラルー達の近くでも有るんですけど……まあそれは置いといて、このピンチは逆にチャンスじゃニャいかと思いやして」
「チャンスだと?アイルー達の暮らしは良く知らないけど、モンスターが住む場所の近くに現れるなんて大きな事件だろう?俺達でもそんな事が起きたら大慌てで討伐に向かうが」
「おっしゃる通りで御座いニャす。ディアブロスが来るのはこれまでにも有りましたが、何時も食べ物を食い荒らされて困ってましたニャ。ですがだからこそ――力を合わせる良い機会なんですニャ。この事はどっちのグループにとっても大きな問題、多分協力する事は難しく有りニャせん。一致団結して強敵と戦えば、きっとそこには絆が生まれる筈ニャ!」
筋は通っている。強大なモンスターを皆で倒す事が出来れば、それが切っ掛けでお互いの手を取り合う様にもなれるだろう。全員で何か大きな一つの事を成し遂げる以上に繋がりを強くする物を俺は知らない。……しかし
「それでどうして俺の力が必要なんだ?話を聞く限りではむしろ手を出さない方が良いように聞こえるが……」
「い、いや……それはその……ホラ、アッシらだけで倒す事が出来無かったら大変ですからニャ?確実に仕留める為に――」
「別に完全に止めを刺さなくても良いじゃないか。ディアブロスの素材が欲しい訳でも無いだろうし、またやって来た時はもう一度全員で戦えばどうにか出来る筈だぞ」
「…………縄張り争いを終わらせたいって言うのは本当ニャ、でもそれには皆の考え方を合わせる必要が有るニャ。そ、それでメラルー達にもシドさんと一緒に戦う事でハンターに協力するメリットを分かって貰えニャいかと……」
要するに、コイツは自分達の勢力を広げようと言うのだ。それも相手を吸収する形で。中々にセコイ事を考える奴だな。
「全く……。他に隠し事は無いだろうな?正直に言えよ」
「ううう嘘は一個も付いてニャいですよ!?皆と仲良くやりたいのも、ディアブロスが出たのも、強敵を利用しようと思っているのも、全部本当ニャ!……きょ、協力してくれニャいかニャ?」
「分かった分かった、手伝ってやるよ。だから土下座するのを止めてくれ」
「本当かニャ!?……すまないニャ」
軽く睨みつけると、大慌てで弁明を始める。その顔を見る限りではどうやら嘘が無いと言うのも信じて良さそうだ。色々思う事は有るが、争いを解決する事に関しては賛成だ。それに何よりこのまま此処で話を続けると俺がアイルーを苛めて居る様にしか見えないだろう。最後に何か呟いた様だが特に気にすることも無く受付の方に向き直り、丁度良いクエストが有るか確認する。
「話は聞いていたな?そういう訳だから砂漠でディアブロスを討伐する依頼が欲しいんだが」
「え、ええ。ではこちらで手配しておきます」
「すまないな、長々とこの場所を占拠してしまって。それじゃ――」
「何してるニャ、シドさん!待ってられニャいから先行ってるニャ!」
振り返るといつの間にか出口の辺りに居たイシマツが、俺を急かした後に外へ飛び出して行ってしまった。慌ててその背中を追い掛けるが中々距離が縮まらない。しかも奇妙な事に、その向かう先はギルドが手配してくれる乗り物の方では無かった。
「おいちょっと待て!一体何処に向かっているんだ!?」
「何言ってるニャ、アッシらが行く所なんて砂漠に決まってるニャ!」
「それは知っている、だからどうしてこんな道を――」
「知らニャいのかニャ!?コッチの道が砂漠への一番の近道なんですニャ!さあ、スピードを上げて行くニャ――!」
まさかコイツ……自分の足で行こうとしているのか!?そう言えば確かに格好は汚れていると思っていたが、わざわざ走って来たからなのだろう。だが何も今そんな事をする必要は無い、早く追い付いて街に戻らないと。
「ちょ、ちょっと待て……」
「お、中々やるニャシドさん。それじゃあ更に加速するニャ、勝負だニャ!」
「だから人の話を――ああ、もう!」
聞く耳持たず先を行くイシマツを必死に追い掛ける。体は小さいが素早さは向こうの方が遥かに上だし、スタミナも有るだろう。どうにか離されない様にするのが精一杯で殆ど距離が縮まらない。イシマツが木の枝に躓いて転んだ時にとうとう捕まえたが、既に街からは大分離れてしまっていた。
「ゼエ……ゼエ……アッシの負けニャ、シドさん」
「ハア……ハア……勝ち負けはどうでも良いから、まずは話を聞け。クエストを受けたハンターはギルドからその場所に送って貰えるんだよ、勿論お前も一緒にな」
「ニャん……だと……。し、知らなかったニャ。今まで頑張って走ったのは無駄だったのかニャ……」
「まあ良いさ、それより街に戻ろう。これ以上走って疲れたら本番に影響が――」
「でもシドさん、もう半分位の所まで来てしまったニャ?今から戻っても大して距離的には変わらんニャ」
「え……」
その言葉に驚き周囲を見渡す。脇目も振らずに走っていた所為で気付かなかったが、全く知らない場所に今俺は立っていた。おまけにもうすぐ日が暮れてしまいそうな程に時間も過ぎている。
「多分引き返してる途中で夜になっちまうニャ。夜の道を行くのは危険ニャよ?」
「それもそうだな……仕方無い、休める所を見つけて野宿するしかないな」
「だったらお勧めの場所が有るニャ!街に行く時はずっとそこを使っているのニャ」
イシマツの後に続いて森の中を進み、開けた場所に辿り着く。サバイバル能力も高く勇気が有り恐らく戦う力も持っているだろう、オトモにするにはもってこいのアイルーと言えるのでは無いかと思う。勿論このウッカリさえ無ければ、だが。
「それじゃお休みニャ、シドさん。明日は早いニャよ?」
「分かってる。お休み、イシマツ」
ロクな寝具も無い屋外で一夜を過ごした翌日、俺達はまだ日も昇らぬ内から砂漠に向けて走り出していた。張り切っていると言うよりはむしろ良く眠れなかっただけの事だが、体の方はそれなりに疲れは取れているらしく戦闘に入っても何ら問題は無さそうだった。
「見えて来たニャ、シドさん!もうすぐアッシらの縄張りニャ!」
「やれやれ、やっと到着するのか。本当ならとっくに着いていたんだがな……」
「もうそれは忘れて欲しいニャー……反省しているんニャから……。さて――」
自然に作られた物か或いは誰かの手による物なのか、イシマツは岩で出来たゲートらしき物を潜ると俺の方に振り返りペコリと頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいニャした、シドさん。此処から先がアッシらの住処で御座いニャす。まずはゆっくり休みましょう……ニャ」
「おお、やっと辿り着いたか……」
此処は彼らの縄張りと言うだけ有って、今まで目にしてきた砂ばかりの土地とはまるで様子が違っていた。小さくてとても人間では入れそうにないがまともな建物も建っているし、商品を広げた露店らしき物も存在している。何より驚かされるのがあちこちを行き交うアイルーの多さだ。最早縄張りなどと言う小さな物では無く立派な一つのコミュニティ、街と呼んでも差し支えない様な物が確かに形成されていた。
「驚いたな、まさかこんなに立派だとは思いもしなかったよ」
「ニャー……そう言われると照れるニャ。まあ人間がこの場所を訪れる事は殆どニャいし、それも当然ニャ。別に秘密にしてる訳じゃニャいけど、見つけにくいし何より売ってる物はマタタビとかばっかりだからニャあ……。ま、それでもアッシらに取っては大事な場所なのニャ」
「いやいや、この光景は見に来る価値が有ると思うぞ?好きな人間にはたまらないだろうし――」
「……有名じゃニャい理由は他にも有って、その一つがモンスターだニャ。アッシらが幾ら頑張っても壊されるのはあっと言う間、実際今見ている街並みも五年位前からもう一度作り直したんだニャ。皆が力を合わせられればもっと被害は減らせるんニャけど……」
そう言えばと思って良く見てみると、これ程沢山の数が居るのにその中には一匹もメラルーの姿が無い。もしかしてこの近くにも似たような街が有るのだろうか?
「そうそう、言っておくけどメラルーの縄張りには近づいちゃ駄目ニャ。シドさんが負ける訳はニャいけど、数が多いから絶対少しは道具を持って行かれるニャ。間違って人間がそっち行っちゃうと大変ニャ、だからあまりこの場所を教えられないっていうのも有るニャ」
「成程な――ん?あっちに何か人だかり、じゃなくて猫だかりが出来ているが……」
「え?あー、あれは……」
「此処からじゃ見えないな、少し近付いてみるか」
イシマツは何か知っている様だが、自分の目で確かめたくなったのでそちらの方へ歩いて行く。どうやら彼らは揃って一つの方を向き、何かに注目しているらしい。視線を辿りその先に目を向けると――そこには眼鏡を掛けた一匹の小太りのアイルーが壇上に立っている姿が有った。
「諸君……私は縄張り争いが好きニャ。奪い合いが好きニャ、コッソリ陣地を広げるのが好きニャ、守るのが好きニャ、尻尾を巻いて逃げるのが好きニャ。平原で、火山で、沼地で、渓谷で、砂漠で、雪山で、密林で、街で、森丘で、樹海で……この地上で行われるありとあらゆる縄張り争いが大好きニャ。諸君、私に付き従うアイルー諸君。君達は一体、何を望んでいるニャ? 更なる縄張りを望むニャ?」
「「「縄張り!縄張り!縄張り!……ニャ」」」
「よろしい……ならば縄張り争いニャ」
「…………何だ、これ」
「気にしないでさっさと行くニャ。この縄張りの親分の所に案内するからニャ」
無視するにはあまりにインパクトが強かったが、イシマツがどうでも良さそうにしているのだからきっと今回の話には関係無いのだろう。もう今日は彼らと出会う事は無いのだろうな。
「モンティナ――あの偉そうに喋ってた奴、いっつも口ばっかりですっごく弱いんだニャ。皆もそれを知っててああやって面白がって遊んでるんニャけど……正直今の状況じゃいつ本当になるか分からんニャ。まかり間違ってアイツが指導者にニャったりしたら……」
「そうだな、折角仲良くしようと頑張って来たのに――」
「ウチの縄張りはボロ負けニャ。何せ自分は弱いし頭も別に良くニャい、上手いのは口ばっかりニャ。そんな事が起きる前に早くこの争いを終わらせニャいと……あれ、シドさん何か言ったかニャ?」
「いや、お前も中々負けてないと思ってな」
出発前に言っていた事も間違いでは無いのだろうが、今のが本音なのかもしれない。まあ俺には良く分からないがそれだけ彼らに取って縄張りという物が重要なのだろう。そうやって無理矢理自分を納得させないと遣る瀬無い気持ちになる。
「良く分からんけど、有難うニャ。さ、この先に親分が居るニャ――親分!失礼しますニャ!」
「おう……イシマツじゃニャいか。どうしたんでえ、数日程姿を見せニャかったが……」
「客人を連れて来たニャ、それと――折り入って話が有るニャ」
「……おめえの目を見りゃ分かるニャ、随分と大事な話の様ニャな。そこに座ると良いニャ――ああお客人、あっしはジロって言うニャ。立ち話もなんだからあんさんもそこの椅子に掛けて欲しいニャ」
年を取っているが随分と威厳の有る猫にそう促される。元々人が来る事は想定されていなかったのだろう、アイルー用の椅子らしく高さが低すぎてむしろ座る方が辛い。しかしこの目の前の相手には逆らい難い迫力が有ったので大人しくそれを使う。膝が痛い。
「で、話ってのはニャんでえ。此方の凄腕のハンターさんまで連れて来るなんてただ事じゃ無さそうだニャ?」
「さ、流石親分。良くこの方がG級だと御存知だニャ……」
「知らなくても見れば分かるニャ、佇まいが全然他とは違ってるからニャ。……それより、さっさと本題に入るニャ」
「へ、へえ。実は――」
委縮しながらも、イシマツは俺にしたのと同じ様な話を親分に聞かせる。目を閉じたまま話を聞き終えた親分は、しばしの沈黙の後に重々しく口を開く。
「成程、ハンターさんは最後の保険という訳ニャな?」
「その通りニャ。勿論アッシらの力だけで解決一番ですけどニャ……」
「お客人、本当に良いのかニャ?これはワシらの問題、あんさんには関係ニャいが――」
「元々はハンターが此処に来た事から始まった話、無関係とは言えないさ。それに……モンスターと戦うのも仕事だからな、とっくに覚悟は出来ているよ」
幾ら数が集まってもアイルーだけでディアブロスが倒せるとは思えない、しかし此処で協力し合って結果が出なければ争いが終わる道は永遠に閉ざされてしまうだろう。一度知ってしまった以上見捨てるのは少々寝覚めが悪い。
「そうか……申し訳ねえニャ、辛い役目を押し付けてしまって。それよりイシマツ、おめえさんの話はよーく分かったニャ。多分まだセコイ事を幾つか考えてるんニャろうけど、それは見逃してやるニャ。だけどニャ、イシマツ……アッシらはもうずっと昔からアイツらと争って来たニャ、ワシには仲良くしようなんてとても考えられんニャ」
「そ、そんニャ……親分――」
「だが!」
イシマツの言葉を遮り勢い良く立ち上がった親分は、まるで自分の顔を隠すかの様に後ろに振り返り話し始めた。
「もうワシもいい年だニャ……そろそろ代替わりしても良い頃ニャ。そしてワシが後を託すとしたら――お前さんしか居ねえニャ。そんなお前が出した答えなら反対なんて出来る筈がねえニャ、好きにすると良い。……年だな、ワシも。目がすぐに乾いて涙が止まらんニャ」
「親分……!」
「立派になったニャ、イシマツ。これからはお前が親分だニャ、ワシはゆっくり隠居させて貰うとするニャ」
突如繰り広げられる謎の人情ドラマの様な物。何と言うか……自分が場違いすぎてこの場に居辛い。頼む、誰かこの空気をどうにかしてくれ――!
「敵襲ニャー!ディアブロスが来たニャー!」
「ほら、イシマツ。早速親分として最初の仕事ニャ――頑張って来いニャ!」
「へい、大親分!おい、今来たお前!向こうにはとっくに話は付いている筈ニャからメラルーの所へ一っ走りしてこの手紙を渡して来るニャ!」
「――!分かった、行って来るにゃ!」
それを見届けたイシマツは俺の方に向き直る。最初に有った時よりもその立ち居振る舞いは何処か堂々としていて、成長した姿をまざまざと見せつけられた。まだ親分と呼ぶには少し風格が足りないが、コイツならすぐに身に付くだろう。
「シドさん!まずはアッシらだけで戦うからヤバいと思ったら手伝って欲しいニャ!それじゃ――行って来るニャ!」
「あ、おい!ちょっと――」
「行かせてやって下さいニャ、お客人」
飛び出したイシマツの後を慌てて追い掛けようとするが、親分――もといジロに呼び止められる。
「確かにアイツはまだまだ若造ニャ、経験は足りてねえ。でもだからこそ――儂にも、あんさんにも、モンスターにも負けない情熱が有る。ソイツを信じちゃあくれニャいか?」
「……分かった。だけど様子は見に行かせて貰うし、危なくなったら手を出すぞ?此処まで来て街が壊されたんじゃ後味悪いからな」
「ふう――頑固ニャね、あんさんも。好きにすると良いニャ……ホント、申し訳ねえニャ」
「謝る必要は無い、じゃあな」
アイルーの街を飛び出し、戦闘が繰り広げられている場所を探す。ディアブロスとアイルーの鳴き声が煩い位に聞こえて来るので辿り着くのが簡単だったのが幸いだ。少し離れた地点で足を止め戦況を見ると、ディアブロスに立ち向かうアイルー達――いや、アイルーとメラルー達の姿が有った。
「いけいけー!皆でやればこんな奴怖くないニャー!」
「上手く行った様だな、イシマツ……」
彼らはお互いがいがみ合う事無くディアブロスに向かって行く。尻尾で振り払われ、体当たりで弾き飛ばされても闘志を失ってはいない様だ。そして執念は形となって実を結ぶ――角竜の異名を象徴するねじれた双角、その片割れの喪失として。
「やったニャー!」
「どうニャディアブロスー!オイラ達は結構強いんだニャー!」
「「「ニャー!ニャー!」」」
大はしゃぎするアイルーとメラルーの群れ。これまでの因縁も忘れ種族の垣根を越えて喜びを分かち合っている。それも当然だろう、数の有利が有るとはいえ砂漠の魔王に一泡吹かせる事が出来たのだから。間違い無くこれは力を合わせて戦ったが故に起こす事が出来た、奇跡の様な物だ。
――歓喜に沸き立つ一同を黙らせたのは、ディアブロスの咆哮だった。
「グオオオオンッッ!」
「ニャッ!?」
「こ、これはヤバいニャ!」
俺の知る限り、ディアブロス以上にプライドが高いモンスターは存在しない。力強く、堅牢で、それでいて素早い――シンプルであるがだからこそ誰にでも分かる強さをコイツは持ち合わせている。あの二本の角は自身が何よりも強く勇ましいという事、その自負の表れなのだ。そんな誇りの象徴を事も有ろうに矮小な存在であるアイルー達によって砂塗れにされたとなれば、全身に怒りを漲らせたとしても無理は無い。口から黒い煙を吹き出すその姿は漏れなく彼らを震え上がらせた。
「ど、どうしたニャ!?急に怒り出したニャ!」
「おおおお落ち着くニャ!こんな時は一旦穴を掘って……」
「お前が落ち着くニャ、それじゃ間に合いっこニャいから!ああ、もう近くに――」
混乱の真っ只中に居るアイルー達に、片角となったディアブロスの巨体が迫って行く。いや、仮に冷静さを取り戻していたとしても何も変わりはしないだろう。あのディアブロスはもはやアイルー達の手に負える相手では無くなってしまっているのだ。だから――
「此処から先は、俺の仕事だな」
走りながらの一撃を鼻っ柱に叩き込み、その勢いを殺さぬまま駆け抜ける。未だに残る手応え、そしてガツッと一拍遅れて聞こえてきた打撃音がディアブロスの足を止めないまでも勢いを鈍らせられたであろう事を感じさせた。そしてどうやらその予想は外れていないらしい。
「い、今の内ニャ、皆少し下がるニャ!シドさん、後は宜しく頼んだニャ!」
イシマツの呼びかけに答え一斉に距離を取り此方を見守るアイルー達。薄情だと思わないでもないが、変に意識を逸らされるとかえって動きの予測がしにくくなるのでむしろ有難い。――俺だけを見ていろ、ディアブロス。お前の獲物に相応しいのはあんな雑魚共じゃ無いだろう?
振り返りもせずその場に立ち尽くしているが、その視線の先に有るのは走り去ったアイルー達では無いらしい。俺に対する警戒心を最大限に高めている事が立ち込める熱気を通して伝わってくる。高まって行く緊張感、先に動いたのは向こうの方だった。
「――クッ!面倒な真似を……」
片角を失ったとはいえ威力は微塵も衰えていない突進を警戒していたのだが、奴は俺の方に振り向く事は無かった。その代わりという訳では無いのだろうが頭部に良く似た外見を持つ部位、尻尾を高く掲げて見せたのである。当然、それは示威行動などでは無い。
耳を貫く風切り音、巻き上がる砂煙。打ち下ろされた尻尾は俺から一時的に視覚と聴覚を奪い去って行った。自然に荒くなる呼吸とじっとり濡れて行く両の掌、何が起きているか分からないという事は此処まで人に恐怖を与える物なのかと改めて思い知らされる。そしてそれを乗り越える力となるのは数多の経験と、小さな戦士達が見せてくれた様な勇気で有る事も同時に思い起こされた。
「フゥーッ……良し、今だッ!」
肺に残った空気と共に震えを吐き出し、相手の姿も見えぬまま一気に駆け出す。逃げられてしまわぬ様勇気を持って距離を詰め、呼び起こした経験に従って少しだけ速度を落とす。目の前を重く硬い何かが通り抜け砂嵐が顔面を直撃したのはその直後だ。涙で視界は滲んでいるが、尻尾を振り切った直後の今は絶好のチャンスである。
「見つけたぞ、ディアブロスッ!今度は俺の番だッ!」
「ギャアアアッ!?」
勘を頼りに走り出し、浮かび上がって来た影の中心目掛けて笛を振り上げる。右脚、左脚、そして尻尾。決して小さくないそれら全てのパーツが繋がっている付け根の部分、ディアブロスの急所に直撃させる事が出来た様だ。足首、膝、そして再び付け根――怯み上がっている所に更に遠慮無く攻撃を浴びせて行く。たまらず崩れ落ちるディアブロス。
「どんな気分だ?なあ、ディアブロス。砂風呂は気持ち良いか?」
「グオオオオオッッ……」
角だけでは無く全身に砂を浴びる事になった敵に嘲るように言葉を掛ける。意味が通じるとは思わないが、雰囲気位は伝わったらしい。収まり掛けた怒りが再び燃え上がったらしく口から再び黒いガスを漏らし始めた。
本音を言えば逃げ出してしまいたい。モンスターの中には怒っている最中は攻撃が通り易くなる相手も居るが、コイツは特にそんな事は無い。むしろ動きが素早くなり危険度が倍増するだけだ。だが今は守らなければいけない奴らが居る、全ての意識を俺に向けさせる必要が有る。頭に血が上った状態を続けて貰わなければ困るのだ。……全く、引き受けるんじゃ無かったよこんな仕事。
「今更だがな……っと」
顔面を殴りながら様子を伺う。出来れば気絶させたかったが、それよりも立ち直る方が早そうだ。残念に思いつつも距離を取り攻撃に備える。
果たして、ミスは何処に有ったのか。我武者羅に攻撃を続けなかった事か、距離を取ってしまった事か、或いは無理矢理にでも気絶させられなかった事なのか。恐らくはその全てであり、またどれも間違いだ。その時の訪れを遅くする事は出来ても、完全に妨げる事は俺には不可能だっただろう。
「グオオオオオオオッッッ!!」
あらゆる思考が頭の中から吹っ飛び、苦痛から逃れる事だけで脳内が満たされる。一瞬にして全身に緊張が走り、耳を押さえた姿勢で体が固定されてしまう。笛を取り落とす事が無かったのが不幸中の幸いだ。
ドドドドドド――地響きが聞こえてくる。ディアブロスがこちらに向けて突進を開始した音だ。頭ではその危険が認識できているのに、体が反応しない。恐ろしく素早い筈のそのスピードが今は嫌にゆっくりに感じられる。普段なら歓迎されるべきその感覚も、今この状況では無駄に恐怖する時間を長引かせるだけの厄介者に過ぎない。持ち得る限りの精神力でどうにか横に一歩踏み出した所で、とうとうタイムオーバーを迎えた。
「ガハァッ……」
まるで目の前で爆弾でも爆発したかの様に遥か後方に弾き飛ばされ、砂の上を転がって行く俺の体。だが残るダメージはその比では無く、全身を貫いた痛みが命の危機を告げている。本当に、今日は厄日だ。あのアイルーの所為でこんな依頼を受ける事になり、砂漠まで走らされ、おまけに体当たりまで受けてしまっている。関わるんじゃ無かったよ、こんな事に。だが――
「シドさん、顔を上げるニャ!もう近くまで来てるニャー!」
「ゴアアアアッッ!」
「ゴホッ、ゴホッ……。少しは遠慮しろよな、全く……」
口の中から血の塊を吐き出し、顔を上げる。煩いなイシマツ、お前に注意されるまでも無くそんな事は分かっているんだ。立ち上がり俺を睨みつけながら迫ってくる敵を見つめる。接触するまで後少しという所でディアブロスは両の足で突進の勢いを止め、引き絞る様に頭を後ろに反らす。さっきはそのまま突っ込んで仕留め損なったのだ、今度は確実に打ち上げ息の根を止めてやる――と言った所か。
「グオオンッ!」
叫びと共にディアブロスの頭が振り上げられ、ゴシャァッ!という鈍い音と共に砂で出来た柱が出来上がる。その柱が崩れ去ったと同時にドサリ、と何かが地面に落下する音が聞こえた。
両腕を走る痺れが全身に波及する。先程の体当たりにも劣らない凄まじい衝撃だ。砂のカーテンの視界が晴れた時、アイルー達の視界には宙を舞う俺の体が――写っては居なかった。
「お礼を言うのは少し癪だが……助かったよ、イシマツ」
もしもあの時、俺が一歩踏み込んでいなかったら。もしも戦闘前に片側の角が折れていなかったら。もしも――彼らが演奏しサポートしてくれていなかったら。どれが欠けていても俺の命はとっくに尽きていた筈だ。
「運が悪かったなディアブロス。いや、これも実力か?」
角が折れている方に体を動かした俺は、体に穴が開くことも無くアイルー達の助けも有りどうにか立ち上がる事が出来た。そして突き上げに合わせ笛を振り下ろし――迫り来る角に力比べを挑む。
「真実はどうあれ、結果が全てだ。どうだ?全てのプライドが圧し折られ。砂に埋もれさせられた気分は」
勝負の結果は御覧の通り。俺の腕にも少なくないダメージは有った物の、角が圧し折れたコイツ程では無い。遠くに落ちた角を呆然と見つめていたディアブロスは何が起きたか理解していなかった様だが、段々その意味が分かって来ると最早悲鳴にも似た声を上げ荒れ狂う姿を俺に披露する。
「ギャオオンッ!ギャオオオンッ!」
地面に潜り、姿を消したディアブロス。もう形振り構ってなど居られない、絶対に殺してやる――そんなメッセージが伝わってくる様だ。見えない所から奇襲するように攻撃を仕掛けるその姿はプライドの高いコイツには似合わないが、効果的であるのは間違い無い。本当の強敵か或いは殺しても飽き足らない相手にしかやらない戦法だが、俺はその条件のどちらかを満たしているのだろう。いや、きっと両方だな。
「折角だ、アイルー達へのお礼も兼ねて全力でやるとしよう」
地中から伝わる振動を気にすることも無く笛を構え、演奏に集中する。響き渡る音楽と悲鳴、そしてそれに合わせて目の前から登場したディアブロス。地中では音が伝わり易くなっているのか何なのか原因は定かでは無いが、とにかく音量に耐え切れなくなったのは確かだ。
「慣れない真似をするからだ。もしもお前が――」
幾ら砂に塗れ汚れ切っていようとも、強い意志を持ちプライドを捨て去る事が無ければ俺は負けていたかもしれない。それ程の大きさと力強さをもつ個体であった。あのまま堂々と向かって来られたら――
「いや、考えても仕方無いな。お前は報いを受けるだけ、物をそこらに捨てるから罰が当たったんだろう」
「グゥゥゥ……」
「意味が伝わっているかは知らないが、あの世で後悔すると良い。それじゃあな」
言葉と共に眉間に笛を打ち下ろす。ピクピクと数度痙攣し、やがてゆっくりと動きを止めて行く。
「ふぅ……」
その姿を見て、ようやく安堵の溜息が漏れる。熱く焼けた砂の上でも構わないから座り込みたくなるが、取り敢えずは我慢だ。まだ依頼は終わっていない、依頼主にちゃんと確認を取らなければな。
「……おーい、イシマツ。大丈夫か?」
「さ、流石の威力だニャ……。予想していた通り……だった……ニャ……」
「取り敢えず、目的は果たしたから俺は帰るぞ。またな」
最後の力を振り絞ったらしいイシマツは、その言葉と共に気絶してしまう。他の奴は――と思って辺りを見渡しても誰も立ち上がっている者は居なかった。きっと最初の戦いで体力を使い果たしてしまったのだろう。
「ま、しょうがないな。本来なら勝てる筈も無い相手だし。一足先に帰ると――あ!」
俺はすっかり忘れていた、今回この地に辿り着くまで何が有ったのか。わざわざ自分の足で此処まで来た事を今更ながらに思い出す。そしてそれは同時に、帰りの手配もしていない事だ。もう遅い、全ては終わったのだ。俺は傷ついた体に鞭を打って歩き始めるしかないのだ――この果てなく遠い道程を。
ちなみに、それからという物。砂漠に住むアイルー達には一先ずの平穏が訪れているらしい。まだ完全に争いが無くなった訳では無いが、イシマツを中心として一つに纏まりつつある様だ。あのディアブロスは居なくなってしまったし、自分達で倒したという事でも無い。もしかしたらまたバラバラになってしまうのでは――と危惧したが、その心配は無いようだ。イシマツの奴、皆が団結する事が出来る新しい脅威や目標でも見つけたのだろうか?
尚、あれ以来俺が砂漠に出掛けるとアイルーメラルー問わず凄い勢いでじゃれついて来るようになった。武器を持ったままだから少し痛いが、音楽を聞かせてやると皆すぐ静かになる。熱狂的なファンを持つのも大変だな。
ニャがゲシュタルト崩壊する。