笛使いの溜息   作:蟹男

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前話のネタバレ
犯人はヤス。

調子が上がらないなー……ネタを出すのも一苦労。


執念

――それは、一つの些細な問い掛けから始まった。

 

『レクターさんの武器って、どんなモンスターから出来ているんですか?』

 

特にする事も無く散歩がてら街を歩いていた時、バッタリとクリスちゃんに出会った。知り合いの中で唯一とも言っていい性格がまともな女性である、流石に色々な事をするには少し……ほんの少しだけ若すぎるが今後の成長には十分期待出来るだろう。まあそれでなくても貴重な友人の弟子なのだから無下にする筈は無いが。

 

丁度昼時という事も有り食事に誘うと二つ返事でOKが貰えたので、いつも良く行く食事処へと向かう。それ程の高級店という訳では無いが、味も良いし何より量が多い。正にハンターにはうってつけの場所だ。

 

「さ、好きな物頼んで良いよ。奢るからさ」

 

「良いんですか?」

 

「コッチから誘ったんだしね、遠慮しないでよ」

 

「有難う御座います、それじゃあ……」

 

店員を呼び、二人分の注文を取る。互いの近況や趣味の話、知り合いの悪口などに華を咲かせている所に注文した料理が運ばれてくる。会話を遮られた事に少し腹が立つが、目の前の一品から漂ってくる香りはそんな気持ちを簡単に押し流してしまう。

 

「それじゃ、頂きます」

 

「頂きまーす」

 

右手に持ったナイフをミディアムレアに焼かれたステーキに近付ける。ここは高級な店では無い為肉質はそれ程柔らかくは無く、そこそこの手応えと弾力を手に伝えて来た。だがそれが良い、肉と言うのは本来そう在るべきなのだ。

 

一口大に切り離したその塊を躊躇い無く口に運ぶ。噛み締めれば噛み締める程に広がる肉の旨味とジューシーな肉汁。この野性的な味わいこそが本当のステーキの醍醐味である。高級店で出される様な脂の甘味が口の中でとろける霜降り肉に、様々な素材を用いて作られたソースを合わせて食べる様なステーキも悪くは無い。しかしやはり原点はこの味だ、この赤身肉の固さに勝る物は他に無いのだ。……決して金が無い故の強がりでは無い。

 

「……もう食べ終わったんですか?」

 

「ん?ああ、気にしないで良いよ。何時もこんな感じだからさ。ゆっくり食べてて――」

 

「駄目ですよ、食事はゆっくり取らないと体に悪いですから。全くもうっ……」

 

「あ、うん。ゴメン」

 

注意されてしまったが、嫌な気持ちはちっとも湧いて来ない。それどころかむしろ喜びさえ感じてしまう。羨ましいなシドの奴、俺もこんな感じの妹みたいな弟子が欲しいなー……。

 

「――聞いていますか、レクターさん?」

 

「え、あ、何?勿論聞いていたけどさ、もう一回言って貰っていい?」

 

「正直に言ってくれたら怒らないのに……。まあ良いです、それよりちょっと相談が有るんですけど――」

 

「何々?何でも言ってよ、すぐに解決して上げるからさ!」

 

テーブルから身を乗り出しその話題に食い付く。さっきから一方的に俺から話し掛けるばかりで彼女はソレに答えるだけだったが、今始めて自分から話題を提供してくれたのだ。しかもその内容は相談である、是が非でも解決して頼れる所を見せなければ。

 

「大した事じゃないですけど、そろそろ新しい笛に変えたいと思っているんです。それで参考にしようと思って師匠に聞いたんですけど解決しなくて……どんな物を使ったら良いんでしょう?」

 

「成程ね。それにしてもシドの奴も情けないな、あんなに一杯笛を持っているのに。それで……新しい武器?そうだなあ――」

 

自分がまだ新人だった時の事を思い出し、それに今の経験を重ね合わせ最適と思える回答を導き出す。

 

「何でも良いんじゃない?使い易い奴で」

 

「……師匠と全く同じ事を言うんですね、レクターさんも」

 

「いやいや、まだ上位にもなって無いでしょ?だったらどれも性能はそこまで変わらないから細かい事を考えるよりフィーリングで選ぶのが一番だよ」

 

「そう言われても……あ!そうだ――」

 

此処に来てやっと、冒頭の質問が出てくるのだ。普段使っている武器か……

 

「俺はナルガクルガの奴を使った双剣で戦っているよ、切れ味が良いしどんな相手とも相性が悪くないしね。まーでも下位で出会えるモンスターじゃないから参考にはならないだろうけど」

 

「そうですね……あれ?武器って火に強かったり毒を与えたりとか出来る物も一杯有りますよね。使い分けて戦ったりしないんですか?」

 

「いやいや、確かにそういう特化した物も中には有るけどね?結構難しいんだよ、使い分けるのって。全部人の手で作っている物だから形は近くても重心が違ったりするからさ、結構動きにバラつきが出るんだ。最初の内はあまり気にしなくても良いけど上に行くと指一本分前に出ているかどうかで生死が分かれる事も有るしね、使い慣れていない物はあまり持たないのが普通だよ」

 

意外に思われるかもしれないが、ハンターと言うのは案外デリケートだ。武器を持ち替えるどころか研ぎ方一つ違うだけで動きがズレてしまう程に。だから如何に熟練の鍛冶師であっても自分の武器を他人に預けて整備して貰うという事は殆ど無い。勿論中には神懸かった技術の持ち主も居て、そういった人に預ければどんな武器でも同じ様に重心を整えてくれるだろう。そしてついつい忘れがちだが、そんな腕前を持つ職人こそ俺が目指す頂きなのだ。

 

「まあ理由はそれだけじゃ無いけどね。仮にどれも上手に使い分けられる様になったとして、その武器をどうやって集めるのかが次の問題なのさ。各種取り揃えようと思ったら物凄い種類のモンスターを倒していかなきゃいけないからね。そんな時に使うのが特に属性が付いていない武器なんだけど……大抵は素材を集めている途中でクセが付くし何より愛着を持つから他の武器を持つ使う気が無くなっちゃうんだ」

 

「そっか……でもそこを我慢して乗り越えたら――」

 

「待っているのは最後の壁、だよ。無事武器を集め終わってどれも同じ様に使いこなせる様になってからようやく考えるんだ……一体、どの武器がどのモンスターに有効なんだ?ってね。明らかに水に弱そうとかならまだしも、麻痺しやすいとかはパッと分かる物じゃ無い。しかもモンスターによっては攻撃した場所ごとに効き目が違ったりもする。クエストを受け付けるたびに一々調べ物をしてたらとても期限まで達成なんか出来やしないさ」

 

氷が解けすっかり温くなってしまったコップから、お茶を一口流し込む。ついつい熱が入ってしまった所為でカラカラになった所に味も香りも薄くなった液体が染み込み、喉の渇きを癒していく。こんなに喋ったのは久々だ。

 

「それじゃあ沢山の武器を用意して狩りに出るのは難しいんですね。憧れていたのに……」

 

「ああ、何かそういう物語も有ったっけ。確か新人ハンターが成長しながらトラウマを植え付けた相手を倒したりして、最終的にその村を救う話でしょ?ま、確かにアレは格好良いけどね。実際にやっているのは……俺の知る限りではフラン位かな。アイツ並みに知識を詰め込んでやっと実用的なレベルになるんだ。それでもボウガンで遠くから戦うのが精一杯みたいだし、悪い事は言わないから早い内にお気に入りの一本を決めておいた方が良いよ」

 

「でもそうなると……特に属性の付いていない武器が一番良い、って事になりそうですね」

 

「あ、やっぱりそう思っちゃう?」

 

結局どれか一つに絞らなければいけないのなら、どんな相手とも戦える物を選ぼうとするのはそう珍しい話では無い。実際、その考え方に基づいて愛用の武器を選ぶハンターも多いのだ。

 

「でも残念、必ずしもそうとは言えないんだよね」

 

「どうしてですか?沢山のモンスターを相手にするなら――」

 

「そこがそもそもの間違いなんだよ。ハンターってそういう物だーって皆思い込んでるけど、別にそんな事をする必要は何処にも無いんだ。生活していく為だったら同じ相手とだけ戦っていても十分収入は得られるのさ」

 

「あ、そっか……」

 

何処の街に行っても狩人の英雄譚と言うのは人気が有る物で、その内容はどれも似通っており大抵が勇猛果敢な主人公が様々な怪物を打ち倒していくのだ。ソレに憧れてハンターを志す者は実に多い。

 

「実際はそんなに様々なモンスターと戦ってもさ、ランクが上がる位でメリットってあんまり無いんだよね。上に行っても難しい依頼を受けられる様になる程度で報酬の取り分が増える訳でも無いし。だから今ハンターとして身を立てている人の多くは自分が戦い易いモンスターを見つけてそれ用の装備を整えているんだ」

 

「でも……ちょっと複雑ですね。みんな憧れを持ってこの世界に入って来たのに、それを捨てて簡単な道を選ぶなんて――」

 

「仕方無いよ、希望だけじゃ生活出来無いし何より命が掛かってるからね。苦手な物を任せられる人が居るんなら誰だってそうするよ。要するに何が言いたいかっていうと、G級ハンターになっている俺って本当に凄いって事かな」

 

「じゃあ師匠やフランさんも凄いんですね。嬉しいな、そんな人たちと知り合いだなんて……」

 

精一杯の格好良いアピールをしてみたつもりだが、どうも上手く行かなかった様だ。普通だったら効果は覿面なのだが少し俺やシドと距離が近すぎたか。

 

「あ、そうだ。今の話で思い出したんですけど、レクターさんはナルガクルガの武器でフランさんは様々な物を使うんですよね?それじゃあ師匠の武器は一体どんな物何ですか?一度直接聞いたんですけどはぐらかされちゃって……」

 

「シドの武器?アレは――」

 

そこで言葉が途切れる。待てよ?確かアイツはコレクターかって位沢山の笛を持っているが、使っているのはいつも同じだ。俺が知る限りもっとランクが低い時、上位にもなって居ない時からだ。今までは数多のハンターと同じ様に使い慣れた武器を新たな素材で鍛え直しているのだと思っていたが、よくよく考えてみればアイツの笛は大半が木で出来ている。どうやって改良していると言うのだ?その謎は俺には解けそうにないが、鍛冶師を目指す者としてのプライドが正直に話す事を妨げる。

 

「あー、うん。その内分かるよ。勿論俺は何なのか理解出来ているけどね?自分の力で理解するのも修行の――」

 

「そんな事言わないで教えて上げなよ、レクター。私も気になるし」

 

唐突に聞こえてきた声に驚いて振り返り、すぐさま視線を逸らす。どうしてコイツが此処に居るんだ……。

 

「どうしたの、そんなに慌てて。あ、座って良い?クリスちゃん」

 

「あ、はい。こんにちは、フランさん」

 

「……どーしてこんな店に居る訳?もっと良い所で食べなよ、G級ハンター様なんだからさ」

 

「ソレは君が言うセリフじゃ無いよ。今日此処に来たのは偶々君達の姿を見かけたからさ、何か面白そうだったからね」

 

ニコリと微笑むその姿は恐らく男女問わずどんな人間でも惹き付けられるだろう――内面を知らなければ、だが。俺の女性の選び方が顔では無く性格になった諸悪の根源は、優雅に席に座り俺が強引に切り上げようとした話題を再び蒸し返してくる。

 

「案の定興味深い話題になって来たじゃない、実は私もシドの笛にはずっと興味有ったんだ。ねえ、良いでしょ?」

 

「…………そ、そんな事言われても駄目な物は駄目だよ。折角の勉強の機会なんだから」

 

俺の肩に頭を預け、体をしな垂れ掛からせながら質問してくるフラン。何故か普段よりも薄着なのでついつい視線が有らぬ方を向きそうになり、色々と押し付けられている所為で腕に感じてしまう柔らかな感触に心が乱される。俺を見つめるクリスちゃんの冷たい視線が無ければ危ない所だった。

 

「別に今すぐとは言わないよ?少し時間を空けてクリスちゃんが勉強してから、それから答え合わせをしたら良いじゃない。――色々と準備も有るだろうし、ね」

 

「い、いやでも……」

 

躊躇する俺の耳元に、徐に顔を近づけるフラン。香水でも付けているのかふわりと漂う香りが鼻を擽った。打算的な狙いが有るのは明らかなのに、それでも心を揺さぶられてしまうのが非常に悔しい。

 

「調べてくれるなら、さっきクリスちゃんに熱心なアプローチを掛けていた事シドに黙っていてあげるよ。彼に知られたら恥ずかしいんじゃない?」

 

吐息が耳に掛かる位の距離で、そう呟く。全く持って馬鹿馬鹿しい、俺がそんな事で動揺すると思っているとは――

 

「ななな何言ってるのさ。しょ、証拠でもあるの?」

 

「証拠も何も、クリスちゃん本人に確認を取ればすぐに分かるよ?」

 

恐らくシドは別に怒ったりはせず、仲が拗れる様な事は無いだろう。それどころかむしろ協力しようとしてくれるかもしれない。だけど、相手が相手なのだ。年齢差だけでもちょっと問題が有るのに、よりによってその弟子なのである。向こうが俺に惚れてしまったと言うのならともかく、自分から動いたのでは面子が保てないのだ。

 

「……分かったよ。近い内に調べて来るからさ、余計な事言わないでよ?んじゃ今日はこれで」

 

口止め料を兼ねて財布から金を多めに取り出しテーブルに置き、その場を後にする。懐が軽くなってしまい少し、いや、かなり寂しい。情報を高く売りつけて取り返さなくては。

 

「とは言った物の……どうしようかな……」

 

通常、武器を強くする方法は大きく分けて二種類だ。強靭なモンスターの素材を用いて切れ味や硬度を上げるか、或いは特殊な技術を用いて構造を工夫するかである。実際はその両方を採用したハイブリッドの武器も多く存在するが、今重要なのはソコでは無い。シドの笛は俺の記憶に有る限り見た目を一切変えていないのだ。内側の造りなど見えない部分を改良して外観を変えない方法も有るが、木製ではソレは不可能だ。なら一体どうやって強化しているのか……弟子であるクリスちゃんにも教えないのだ、俺では尚更本当の事を聞き出せないだろう。

 

「此処でブツブツ言ってても仕方無い、か。やるしかないな」

 

進む方向を変え、人通りが少ない道へと歩き出す。向かう場所はシドの自宅だ。確か今日は狩りには出ていない筈だからきっと家にいつもの笛が置いて有るだろう。コッソリと中に入り込み調べさせてもらうだけだ、決して泥棒では無い

 

家に辿り着き、中の様子を伺う。物音がしない所から判断するにどうやら留守の様だ。念の為にドアをノックしてみるが、反応は無い。絶好の機会だ。

 

「確かこの辺に……お、有った有った」

 

裏に回って侵入出来そうな場所を探す。記憶を頼りに上の方を見ながら歩き回ると、思った通り人が通れる大きさの窓が有った。少々高い位置に有るがこの位なら俺にはさほど問題では無い、少しよじ登れば簡単に手が届く。しかも鍵が掛かっていないと言うオマケ付きだ。たったそれだけの事なのに、今日と言う日が物凄くラッキーな一日とさえ思えてしまうのだから我ながら単純である。此処に来るまでの経緯を考えればそんな筈は無いのにな。

 

「――良し、行くか」

 

皆働きに出ているのだろう、住宅が立ち並ぶこの区画には現在人通りが全く存在しない。この機を逃す訳には行かない、素早く窓を開け中に侵入する。入ったその先は様々な笛が保管されている物置の様な場所だった。

 

「うーん……この部屋じゃなさそうだな」

 

両手の指を遥かに超える数の笛が置かれてはいるが、目的の笛を発見するには至らない。良く使う物だからもっと手に取り易い場所に置いているのだろうか。早々にこの部屋の探索を切り上げて次の場所へ向かおうとドアに手を掛け――そこからの記憶がどうも定かでは無い。只一つ覚えていたのは、やはり今日は厄日なんだと実感した事だけだ。

 

「――い、おい。何してるんだこんな所で」

 

「んん、うーん……あれ?」

 

うつぶせに倒れ込んでいた床から起き上がり、辺りを見回す。俺を起こしたのはどうやらシドらしい。頭痛が止まらない頭に段々記憶が蘇ってきた。

 

「一体何をしている?人の家に忍び込んだりして……」

 

「いや、えーっと――」

 

そうだ、ハッキリと思い出した。部屋から出て来た俺の目……では無く耳に飛び込んできたのは、コイツが演奏する笛の音だったのだ。それを聞いて耐え切れずに気絶してしまったらしい。

 

「し、忍び込んだ訳じゃ無いよ?声は掛けたんだけど返事が無いから勝手に上がらせて貰ったんだ」

 

「そうだったのか?スマンな、気付かなくて。近所迷惑だから防音はしっかり対策していたんだが、それが不味かったか。結局窓を閉め忘れていたみたいだから無意味だったしな。お蔭で練習の音が外に漏れてしまっていたらしい」

 

「もしかして、今謝って来たの?」

 

「直接苦情が来たからな。人として当然だろう」

 

その格好で行ったのか!?と思わず口に出しそうになったがどうにか押し留める。デスギア装備一式に身を包んだその状態で訪問されたら、それは謝罪では無く只の脅迫だろう。一体何故そんな服装で――いや、考えるまでも無い。コイツは格好良いと思って普段から着ているのだった。狩りに行く時はもう少しマシなのに。

 

「そんな事より、お前は何しに来たんだ?普段は笛を聴きたくないとか我儘言うくせに勝手に上り込むなんて珍しいじゃないか」

 

「それはその、盗み……」

 

「盗み?お前まさか泥棒をする程金に困って――」

 

「違う違う、そうじゃなくって……そう!盗みをする奴と戦おうと思ってさ!」

 

苦し紛れだとしても、あまりに苦しい言い分だ。どうして俺がそんな相手と戦わねばならないのだろう。

 

「盗みをする相手――もしかして、ゲリョスか?」

 

「そう!そうなんだよ!いやー良く分かったねー」

 

奇跡的にもシドが上手い具合に勘違いしてくれた。良い流れだ、上手く行けばこの場を誤魔化すだけじゃ無く笛を調べるチャンスも作れそうだ。

 

「恥ずかしい話だけど、ちょっと油断して大事な物を持って行かれちゃったんだ。もう無理かもしれないけど駄目元で取り返しに行きたいんだよね。こんな話を出来そうなのはシド位しか居ないからさ、協力してくれない?」

 

「……そこまで言われたら仕方無いな、手伝ってやるよ」

 

「良いの?有難う。じゃあ俺も用意してくるからギルドに集合ね」

 

シドの家を出て自宅へ戻る。どうなる事かと思ったが結果的には悪くない。後はアイツが持ってくる笛を手に取る機会を作り、素早く調べるだけだ。若干の心の痛みを無視し装備を整えギルドに向かう。友人を騙している事への罪悪感よりも、プライドを守る事の方が俺にとって重要なのだ。

 

「すまない、待たせたか?」

 

「俺もさっき着いた所だから。それじゃ行こうよ」

 

到着してすぐに運良く一つだけ存在していたゲリョスの依頼を誰かに取られる前に素早く受領し、その手続きを終えた頃にシドがやって来た。軽く言葉を交わした後に早速目的の地へ出発する。

 

「あ、そうそう。今日は笛で演奏しないでね、耳栓も持ってきてないし」

 

「じゃあどうして俺を連れ出したんだ?付き合いも長いんだし、いい加減慣れても良い頃だろう。クリスは良さを理解出来ているのに」

 

「ま、それは追々ね。今回はさ、ゲリョスから持ち物を取り返したいんだよ。だから適度に追い詰めて巣に逃がして案内させようと思っててね。やり過ぎたりシドの笛の所為で真っ直ぐ歩けなくなったりしたら困るのさ。他に頼れる人も居ないからさ、シドだけが頼みの綱なんだ」

 

「……そんなに言うならしょうがないな、言う通りにしてやるよ」

 

ちょろい。コイツは殆ど友達が居ない所為か、少し煽てれば大抵の言う事は聞いてくれる。クリスちゃんを弟子にしたのもきっと褒められて調子に乗った所為なのだろう。その事に文句を言うつもりは無いが、演奏が公害であるという事には早く気付いてほしい。近所の人は音量に文句を言っている訳では無いのだ。

 

「着いたぞ。先に降りているからな」

 

「ああ、ゴメンゴメン。今行くよ」

 

思考に耽っている間に沼地に到着していたらしい。先に行ってしまったシドを追い掛け地面に降り立つと、ヒヤリとした空気とそれに相反するような湿気が身を包んだ。長い時間過ごすにはあまり良い環境とは言えない、さっさと終えて街に帰ろう。俺はシドの後を追い掛け走り出した。

 

「どう、見つかった?」

 

「恐らくこの先だろうな。さっきこっちの方で何かが光るのが見えたんだ」

 

「それはまたラッキーだね。それじゃ先行ってるよ、サポート宜しく!」

 

「遅れてきたクセに随分と勝手だな……。少し落ち着け、一人で行かれたら手伝え無いだろうが!」

 

シドが何か文句を言っている様だが、それを無視してゲリョスの目の前に躍り出る。俺には他のハンターを助ける様な動き方は出来無いし、何よりウッカリ倒してしまわない様ダメージをコントロールする必要が有るから俺が先に行くしかない。シドには当然ながらこの狩りの本当の目的を伝えていないのだ、自分で調整しなければ失敗するだろう。

 

此方の姿を目にしたゲリョスは、すぐさまその体を大きく揺らしながら突進してくる。かなり無駄の多い見ようによっては間抜けとも取れる走り方だが、無駄に豊富なスタミナがその動きを実現しているのだ。対峙する側としては堪った物では無い、フラフラと揺れる体の所為で避けるのが大変になってしまうのである。

 

「よっ、と」

 

「グギャアッ!?」

 

だからと言って俺に当たるかと言えばそれはまた別の話だ。左に体が傾いた隙を狙って大きく開いた右側に飛び込み、ついでに交差する間際に足を切り付ける。堅さの所為で殆ど傷は付かないが、武器の切れ味のお蔭で弾かれる事は無い。多少の痛みを与える事は出来たのだろう、突進の勢いも相まって倒れ込みながら制止する。素早く振り返りジャンプした勢いを乗せて両手に持った剣で尻尾を切り裂いた。

 

飛び散る体液、響き渡る悲鳴。コイツの皮膚はまるでゴムの様で非常に伸縮性に優れている。尻尾は特にその特性が顕著で、一見短く見えるこの部位が一番広い範囲を攻撃出来る武器だとはまず気付かないだろう。しかし必ずしも良い事ばかりでは無い。伸ばし易いという事は、それは即ちその部分の皮膚が薄いという事だ。胴体の様に分厚く覆われていたら遠心力で引き延ばすのは恐らく不可能だろう。重要なパーツでは無い為守りが薄いのだろうが、痛みを与えるには十分だ。

 

「ギャアアアッ!ギャアアアッ!」

 

立ち上がったゲリョスは体を捻り今攻撃されたばかりの尻尾を鞭の様に振り回してきた。8の字を描きながら後方を薙ぎ払うその行動は、十分な距離を取った俺を捉える事は無い。終わり際に再び切り掛かり、すぐさま離脱する。遠くに居る俺の方を見るゲリョス。また突進してくるだろう、身構えて攻撃が来るのを待ち構える。だがその予想はすぐに裏切られる。

 

「うわっ、しまった!」

 

大きく息をする様に頭を大きく揺すったゲリョスは、頭部からカチカチと音を立てた後に翼を大きく広げる。視界が真っ白な閃光に包まれたのはその直後であった。

 

ゲリョスと言うモンスターは、それ程力が強い訳でも無いし凶暴さを誇っている訳でも無い。しかしそれをカバーするかのように他の生き物には無い特徴を数々持っているのだ。ゴム状の皮膚もそうだし、身を怯ませる程の激しい閃光もそうだ。そして通称の由来ともなっている最大の脅威、それが――

 

「やばっ――」

 

目の前に毒液が迫る。視力は戻ったが、硬直した体はまだ動きそうにない。幾ら装備を整えてもこの攻撃は中々ダメージを軽減出来無いし、何より自身の命が少しずつ削られていく様なあの感覚はどうしても好きになれないのだ。目を閉じせめて粘膜に触れない様にと願い――命中するより早くその場から弾き飛ばされる。

 

「荒っぽいね、シド。そんなんじゃ女の子にモテないよ?」

 

「助けてやったと言うのに随分な言い草だな。それにこんなやり方をするのはお前位だ」

 

「嬉しくないなーその特別扱いは」

 

蹴り飛ばされた左腕に若干の痛みを覚えながら立ち上がり、俺が居た所の地面を見ると毒液が染み渡り紫に変色してしまっていた。この場所に植物が根付く事は無いだろう。もっと優しく避けさせてほしいと思ったが、こうなるよりは遥かにマシだ。

 

「まあ良いや、引き続きサポート宜しくね。笛じゃやり辛いでしょ?」

 

「それはそうだが……まあ良いか。だが油断するなよ」

 

本番はこれからだ、油断なんてしている暇は無い。何せ話が通じない相手を狙った通りに動かさなければいけないのだ。それもシドに怪しまれない様にしながら。手を抜くなどもっての外である。

 

「ゴメーンそっち行っちゃったー」

 

「おっと。危ないな……気を付けろよ、もっと丁寧にやれ!」

 

積極的に切り掛かり、注目を俺に集める……フリをして偶にシドの方を視界に入れさせる。その目論見自体は上手く行くが、流石にアイツもG級ハンターだけ有ってそう簡単に攻撃を貰ったりはしない。このままでは上手く行かないな、どうした物か。

 

「良し――これで、どうだ!」

 

頭を適度に切り付け、剣の腹で軽く頭を打ち据える。パニックになったらしいゲリョスは、毒液を撒き散らしながら辺りを縦横無尽に走り回り始めた。尽きる事を知らないその体力で駆け巡りながら、視界に入ったらしいシドの方にターゲットを絞り徐々に壁際に追い詰め――狙い澄ました一撃を頭に入れられる。脳が揺さぶられ動きを止めている内に攻撃した返り討ちにした本人は悠々と脱出してしまった様だ。惜しいな、もう少しなのに。

 

「どうした、調子悪いのか?だったら俺が代わりに仕留めて――」

 

「い、いやいや!大丈夫だよ、もうちょっとだけ……あ!」

 

此処で俺に天啓とも言えるアイディアが降って来た。このまま続けて行っても上手く行く見込みは無い、少しずつ蓄積したダメージがそのうち死を運んでくるだろう。シドを誤魔化し続けるのにも限界が有る。一つ、試して見るとするか。

 

「ガアアアァッッ!」

 

叫びと共に全身に力を漲らせる。血液が煮えたぎる様に熱く体中を駆け巡り、筋肉が膨れ上がって行く。文字通りの鬼と化した今の俺には、相手が倒れるまで切り刻む事しか頭に無い。足元に潜り込み剣舞を披露すると、打撃を寄せ付けない皮膚におびただしい数の傷跡が刻まれていく。どうにか避けようとしている様だが、尻尾も毒液も届か無い為足を軽くぶつける位しか妨害がやって来ない。当然、そんな攻撃で怯むほど今の俺は優しくないのだ。

 

「ギャアアア……」

 

断末魔の叫びと共に倒れ伏すゲリョス。どうやら何とかなったようだ。

 

「おーいシド、やっつけたよー。剥ぎ取りにおいでー」

 

「全く……お前、出発前に自分が言った事を忘れたのか?一体何しに来たと――!?」

 

「うわーゴメンよシドー、まだトドメを刺せて無かったみたいだー。クソーすっかり騙されたなー」

 

案の定死んだふりをしていたゲリョスは、不用意に近付いたシドに起き上がり様の一撃を放つ。油断していた所為も有ったのだろうが、避ける事が出来ず弾き飛ばされた上に考え得る限り最悪の事態が引き起こされてしまった。最も、俺にとっては望み通りの展開であるが。

 

「チッ……やられたな」

 

「な、何だってー。まさかこんな事になるとはー」

 

攻撃したのとほぼ同時に、ゲリョスはシドから一つの持ち物を盗み出した。そして奪い取るや否や正反対の方向に走り出し、そのまま飛び去って行く。あらかじめコイツと戦うと伝えていたので持ち物を減らしてきていた様だが、まさかその所為で――武器が盗まれるなどとは夢にも思わなかっただろう。普通の道具だと壊れてしまうが、攻撃を受け止める事も有るハンターの武器がその程度で駄目になる筈が無い。万が一使えなくなったのならあの笛はその程度の物だったのだ。新しい物を買ってやれば良い……と思う。

 

「……お前さっきからどうもおかしいな。何を企んでいる?」

 

「や、やだな。何も考えていないよ。取り敢えず見失うと大変だから追い掛けるね!武器が無いんだからそこで待っててよ!」

 

「あ、おい――」

 

引き止める声を無視して遠ざかる影に追い縋る。かなりダメージを与えたからか、その飛び方は安定性が無く見ていて危なっかしい。流石に自分でも飛び続けるのが無理だと悟ったのか程無くして地面に降り立った。

 

「お仕事ご苦労様、それじゃサヨウナラ!」

 

「ギャアアァァ……」

 

降り立つ場所に先回りし、着地するタイミングを狙って脳天に二つの剣を振り下ろす。再び崩れ落ちる体。念の為頭に更に攻撃を加えると本物の最期の悲鳴を上げ、今度こそ絶命してくれた。本当にずる賢い。

 

「ま、いいや。それより……有った!コレを調べたくてわざわざ――」

 

ゲリョスの体を漁り、シドの笛を見つけ出す。多少汚れているが性能に支障はないらしく良く見ようと手に取った。異変が起きたのはその直後だ。

 

「何だ、コレ……」

 

体が削られる様な感覚が襲い掛かる。まるで持っているだけで自分が飴細工の様に脆い存在になったかのようだ。ゲリョスがフラ付いていたのもコレを持っていた所為なのか?これ以上持っている事に耐え切れず思わず手を離し地面に落としてしまうと、途端にその嫌な感じは消え失せ普段の調子が戻って来た。

 

「あまり乱暴に扱うなよ?取り返してくれた事には感謝するが……」

 

「シド、この笛って――」

 

「どうかしたか?いつも俺が持っている笛だが……思えばコイツとの付き合いも長いな、ハンターになった時からずっと使っているし」

 

「そ、そう……」

 

それ以上の詮索はせず、俺達は街へ帰った。あの笛を手に取るのはもう勘弁だし、何より証拠は無いがその秘密に確信が持てたのだ。

 

滅一門。かつて存在した鍛冶の名門である。似たような名前の絶一門との決闘に敗れその名を歴史から消し去ったらしい。今でも名前を変え存続しているとの話も聞いた事は有るが、そんな事はどうでも良いのだ。……戦いに敗れた絶一門の継承者は、それでも尚諦める事無く刀を打ち続けた。そうして作られた武器には、彼の執念が宿っていたという。

 

また有る所には、その命が尽きるまで竜と戦い続けたハンターが居た。そんな彼が使って居た武器にもまた怒りが宿っていた事だろう。倒されたモンスターの素材にも恨みが籠っているという話も聞く。

 

……シドが使っている武器も、恐らくその類だ。執念が、怒りが、恨みが――込められた想いを力に変える。そして代償として使い手からも何かを奪っていくのだ。呪われた武器、そう呼ぶのが一番正しいのだろう。

 

フランには真実を教え、誰にも言わない様釘を刺し報酬を貰う。少し渋っていたが最終的には理解してくれた。俺の懐が潤ってお終い、この話はそれで良いのだ。

 

当然、本人にもこの事は伝えない。体に不調が起きているならまだしも、そんなことも無いのに大事なパートナーが呪われているなどと教えても悲しませるだけだ。武器を取り返してやった事を恩着せがましく話し続け無事に奢って貰う事に成功した食事の最中、この秘密を墓まで持って行く事を心に決めた。

 

――状況的に考えて、呪いが掛かった原因はアイツだ。変な音楽をやり続けた所為だろうな。

 




本編には全く絡まない武器の設定
・シンフォニーNo.9(数値の基準はP2G)
攻撃力:1820(ウカム笛相当) 防御力:-100 切れ味:白 会心率-50%
元々は木を切り出して作った普通の笛だったが、あらゆる生き物を苦しめる音楽のみを奏で続けられた事により徐々に変質し、笛そのものが恨みを持つようになった。自身を使おうとする者に等しく力と呪いを振りまく。
(ただしシドは自身が笛に怨念を与えたことも、そもそも呪われている事自体にも気づいていない。笛涙目。)

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