笛使いの溜息   作:蟹男

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前話のあらすじ
悪酔いして絡んだり絡まれたり、挙句の果てにミュージシャンになってビッグになりたかったなどと語る男性。

※この話からかなり独自の設定が入ります。


交わる狂気

夜が人の形を成し村に闇を運んできた――私は彼を初めて見た時そう感じた。

その姿はまるで、死神だった。

 

あまりに異様なその姿に、私は逃げ出すことも忘れその場に立ち尽くしていた。すると、私の姿を見つけた彼はこちらに近づいてきて声を掛けてきたのであった。

 

「少しいいか?村長の家はどこに有る」

 

「え、あ……」

 

急な事に私がうろたえ、何も話せずにいると彼はさらに言葉を続けた。

 

「ああ、すまない。俺はシドという。依頼を受けてやってきたハンターだ。依頼主から今回の詳細を聞きたいんだが、何分この村に来るのは初めてでな。道を教えてもらえると助かるんだが」

 

思いのほか口調は優しかったが、身にまとう雰囲気の怖さは少しも軽減されることは無かった。むしろそのギャップがかえって恐ろしさを生み出していた。

 

「こ、こっちです……」

 

こんないかにも怪しい人間を偉い人に合わせていいのか迷う気持ちも有ったが、逆らう事の方が恐ろしく後で説教された方が何倍もマシに思えた。それに、少しの期待が有ったのも事実だ。

 

いつの頃からか、この村はおかしくなってしまったような気がする。具体的に何が変わった、という訳では無いのだが何となくみんなの間に流れる空気が殺伐とし、大人――特に偉い人が悪い顔をする事が多くなった。今はまだそれが住民に向けられる事は無いが、いつそれがこちらを向くのか分からない。

 

そういえば、彼らがそんな顔をするのは決まって外から人が来たとき、特に顕著なのはハンターが来た時だ。前から嫌そうな顔をしていたし、はっきりと帰ってほしいと言う事も有った。だが、最近は表面上は暖かく迎えるようになった……それで済めばいいのだが、裏で見せる顔はどう見ても歓迎の気持ちが有るとは思えない。そのたびに私は大人たちが信じられなくなり、この村が嫌いになっていく。

 

……彼ならばきっとこの村を変えてくれる、そう思わせるだけのオーラが彼には有った。最も、それが良い事か悪い事かは今の私には分からないのだが。

 

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「……リオレウス?」

 

「ええ、ちょっと離れた所に有る村からの依頼です」

 

ギルドの職員の仕事は多岐に渡る。ハンターの登録、依頼の受付、時には規範を乱すハンターに処罰を与える事も有る。

 

そして中には一般には知られていない職務も有る。依頼を精査し場合によっては特定のハンターに斡旋するのもその一つだ。何故一般に知られていないのか?それは中には杞憂で済む事も有るが殆どの場合に不審な点が有る為である。

 

何時の世も反抗的な輩というのは存在する。これが知れ渡れば依頼をする側からは不公平だ差別だと騒ぎ立てられ、ハンターは依頼を受けるのをためらう様になるか或いは隠している依頼を出せと詰めかけてくる事だろう。それを避けるにはやはり黙っておくのが一番いい。

 

こちらが依頼を斡旋するハンターも実力だけでなく、口の堅さ等も重要になってくるためその数は限られている。誰かに話そうものならギルドはそのハンターに別の顔を見せる事になる為、まずその心配は無いと言ってもいいが念には念を入れなければならない。

 

今回わざわざ呼び出したハンター、「葬奏人」ことシドはその中でもトップクラスに優秀なハンターだ。言い方は悪いがギルドにとって最強の「駒」と言っても過言ではない。実力だけなら他に匹敵する人間が居ないことも無いが、常に一人で戦うそのスタイルと何より他の人間と殆ど交流を持たないその性格がこの仕事にうってつけなのだ。

 

「別にG級のサイズという訳でも数が多い訳でも無さそうだが、どうしてわざわざ?」

 

「それは、その……この村からの依頼は初めてでは無いのですが、その度にハンターが亡くなっているんです。並のハンターでは危険かもしれないので、あの、もし良かったらシドさんに向かって頂けないかなー、と……」

 

確かに彼はギルドにとって使い勝手のいい存在だ。それは間違いない。間違いないのだが……あくまでも「ギルド」という組織から見た場合の話である。

 

立場を忘れ一人の人間として彼を評するなら――怖い。その一言に尽きる。他に並ぶものが殆ど居ない高みまでたった一人で登り詰め、他人を殆ど寄せ付けずおまけにあの見た目である。どう考えたって恐ろしいに決まっている。そしてそんな人間に「一杯ハンターが死んでる土地で狩りして来い」等と告げているのだからもう涙が出そうである。

 

「分かった、引き受けよう。すぐに出発できるのか?」

 

「引き受けていただけますか?ありがとうございます。こちら紹介状です。依頼者の方に渡してください。良かった、さすがは地獄の呼び声……」

 

「――その呼び方は止めてくれ」

 

安堵の気持ちからつい陰で呼びなれた名前で呼んでしまい――向けられた視線と共にそれが禁句であることを思い出し、どっと汗が吹き出た。

 

「も、申し訳ありません……今すぐ出発していただいて構いません。」

 

「いや、気にしないでくれ。では、行ってくる」

 

そう言うと彼は踵を返しあっという間に建物から出て行った。それを見送ると一気に全身の力が抜けカウンターに突っ伏してしまった。ぼんやりした頭に今回の件とその依頼主の事が浮かんできた。

 

……あの村も、もう終わりだな。自業自得とはいえ少しかわいそうな気もする。

 

最も、助け舟を出すにはもう遅すぎるしそのつもりも無い。ギルドを騙すという事がどういう事か身を持って知るべきだ。関係ない村人もいるだろうが、そこは連帯責任だ。

 

それにしても、怖かったな。もう相手したくないけどそういう訳にも行かないだろう。ああ……憂鬱だ。

 

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辿り着いたは良いものの、やはり小さな村らしく地図らしいものは見当たらなかった。少し困っていたが、村に住んでいる少女が歩いていたので道を聞くと何と案内してくれるという。正に渡りに船という奴で有難くその申し出を受ける事にした。きっと親や大人たちがしっかりとしているのだろう、この子を見ればそれが分かる。……良い村なんだな、ここは。

 

「こ、こちらが村長の家です」

 

「ああ、有難う。これは少ないがお礼だ」

 

手近にあった袋に僅かばかりのお金を入れて少女に渡す。感謝の気持ちは忘れてはいけない。

 

「あ、有難うございます。それじゃ……」

 

そういってお礼を受け取ると、すぐにどこかへ行ってしまった。もしかして用事が有ったのだろうか……少し悪い事をしてしまったかもしれない。

 

「すまない、依頼を受けたハンターだが」

 

とはいえ、今更どうしようもないので気持ちを切り替えドアをノックし声を掛ける。

 

「ああ、どうぞお入りになってください」

 

「では、失礼する」

 

……彼は知らない。彼女は早く遠くへ行きたかっただけの事も、G級ハンターにとっての僅かな金額が普通の人にとってどれほどの大金であるかも。そして、姿が見えない場所まで逃げてきた彼女がようやく袋の中身を確認し、その金額の多さに喜ぶよりむしろ更に恐れと後悔を抱いている事も……彼は知る由も無かった。

 

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大丈夫、いつも通りだ。いつもの様にハンターをモンスターの場所まで案内し、仕留めたころを見計らって……そう考えていた。だが、今回やってきたハンターを見た瞬間――その甘い考えは吹き飛んだ。

 

何という恐ろしさであろうか。とうとう地獄から使いがやってきてしまったのか?だがこれまでの事はこの村を豊かにするためには仕方なく――

 

「……大丈夫か」

 

「は!?す、すいません。ついぼうっとしてしまって。何分近頃暖かくなってきましたからな、はは、は、は……」

 

声を掛けられ正気に戻る。冷静に考えれば、何のことは無い。見た目は恐ろしくてもどうせハンター、人間には違いない。そうとも、この村のためにやっている事なのだから私が裁かれるはずがないのだ。大丈夫、いつも通り、いつも通りだ。

 

「そうか……ああ、忘れていた。ギルドからの紹介状だ」

 

「ど、どうも。どれどれ……」

 

――ご依頼の方確かに承りました。しかしながら、そちらの方でハンターが亡くなってしまう事態が続いているので、誠に勝手ながらランクが上のハンターを派遣させていただきました。彼からの報告をもとに今後の対応を決めさせていただきます。――

 

長ったらしい挨拶やどうでも良い文章が多く書かれているが、気になるのはこの文だ。いよいよばれてしまったか?このハンターが来たことによる値上げが無いのは幸いだ。だが、これは上手くやらないと大変なことになりそうだ。

 

「早速で悪いが、場所を教えて貰えるか?すぐに行って来よう」

 

「あ、いえ、分かり辛い場所ですのでこちらでご案内させて下さい。人を集めるので少々お待ち頂けますか?」

 

普段よりも慎重にやらねば何をされるか分からない。人を集めて時間を稼がなくては。

 

「気にしなくていいぞ?直ぐに終わる」

 

「いや、その……立ち入って欲しくない場所も有りましてな?」

 

「……成程。なら仕方ないか」

 

本当はそんな場所有りはしないが、これはむしろ良い手だったか?そちらの方に目を向けさせればこちらの狙いは誤魔化せるかもしれない。

 

「ええ、申し訳ない。では、人を集めてまいります」

 

前回はいかにも人を疑わない、といった感じのハンターであったため2・3人で事は済んだ。だが今回はそうは行くまい。なんせあの怪物共と渡り合えるというハンター、その最上位の存在であるのだ。いっそのこと、村の大人を全員集めてしまおう。どうせ小さな村なのだから十人前後しかいないのだ。

 

村をあちこち駆け回りながら初めての時を思い出す。……最初は偶然だったのだ。

 

いつもの様に村にモンスターが現れ、いつもの様にギルドに依頼を出し、いつもの様にハンターが退治し、いつもの様に依頼料を払う。その筈だったのだ。

 

ただ一つ違ったのはモンスターの場所まで村人が案内したこと、そして案内後もその場で戦いを見続けていたことだ。

 

初めて見る戦いに目を奪われていた。最初は息を殺して見ていたのだが、モンスターが弱っていくのに合わせ段々と緊張感が薄れていったのだろう。そしていよいよあと一息で倒せる、そう思ったその時……ガサリ、と音を立ててしまった。

 

こちらに標的を変え迫るモンスター、それを庇おうとモンスターの進行方向に立ち塞がるハンター。両者の最後の一撃がお互いの頭を潰し周囲に生暖かい血と細かい肉片が飛び散ったその光景が、まるでそこだけスローモーションになっているかのように見えたのが今でも網膜に焼き付いている。

 

彼の死体と絶望と共に村に帰り、ギルドに報告した私を待っていたのは……返還された依頼料の一部と残されたモンスターの素材による富であった。

 

彼の死は、これまでまるで縁が無かった豊かさを村にもたらしたのだった。

 

それからの事は語るまでも無いだろう。依頼のたびにハンターを呼び、モンスターを仕留めたのと同時に……ハンターを始末する。そうして豊かさを保っているのだ。

 

罪悪感が無かった訳では無いし、反対の声も上がった事が有る。だがこの豊かさを手放す事、何より自分の家族を再び貧しさの中に突き落とす事は誰にもできなかった。今では村の男性全員が共犯である。

 

彼の死は村を豊かにする方法を教えてくれた。ならばその原因を作ってしまった私はそれを無駄にしないためにも村を豊かにし続ければならない。でなければ私は……ただの人殺しだ。

 

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「ふう、着きました。大体この辺りに居ると思うのですが……」

 

「ああ、助かった。危険だから先に帰っててくれ」

 

あの後、一時間もしないうちに村中の大人が全員集まりリオレウスの下まで案内してくれることになった。ハンターでもない身からすれば随分恐ろしい事だろうに、誰一人反対することなく付いてきてくれた。立派な人々だ、その勇気はぜひ見習いたいものだ。こういった立派な人達が揃っていることが一見何の変哲も無く見えるこの村を支えているのだろう。村長の家や着る物などを見れば豊かな暮らしをしているのは一目瞭然だ。だがとなると次は……

 

「いえいえ、私共もここに残らせて下さい」

 

やはりそうなるか。案内だけなら全員で来る必要はないからな。

 

「分かっていると思うが、危険だぞ」

 

「ええ、もちろん。ですがハンターさんを一人残して帰るなんて出来ませんよ。それにみんなこうしてサポートする道具を持ってきていますから」

 

そういうと彼らは手に持った刃物や飛び道具など様々な武器を見せてくれた。その中に一切回復薬などが見られないのは自分達がモンスターを倒すんだ、という強い意志の表れだろう。やはり勇気のある人達だ。

 

「成程、その道具はサポートのために持ってきてくれたのか。俺はてっきり……」

 

「めめめ滅相も無い!当然モンスターに向けるための物ですよ!それ以外に使う訳無いじゃないですか!」

 

途中で出会う弱いモンスターからの自営の意味で持って来ているのかと思ったが、彼らはここに詳しいのだ、わざわざそんなのが出る道を選ぶ筈も無かったか。

 

「それもそうか……だが危険な事には変わりないからな、なるべく離れていてくれ。――来たか」

 

俺の目は少し先の開けた場所に今回のターゲット、リオレウスが着陸するのを捉えていた。それを見届けると笛を肩に担ぎ演奏しながらこちらに気づく前に一気に近づく。

 

今日は珍しくモンスター以外にも聴衆も居るのだ、気合を入れて演奏するとしよう。……人を癒し勇気づけるはずの歌い手が、誰かが傷つくのを許せる筈が無いからな。

 

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竜は飢えていた。それは食糧が不足しているという意味では無く、むしろ彼は大多数の生物と比べて生き残る力は強い方である。それは彼が少し前から住み始めたこの地でも例外では無く、周辺地域においては正に無敵ともいえるぐらいの強さを誇っていた。だがそれ故に……彼の闘争本能は満たされる事が無く、生きる事そのものにも飽きを感じていた。

 

何も興味を引くものが見つけられず、空を飛ぶ事にもいい加減意味を見いだせなくなった彼は落胆し地上へ降りる事にした。巣に戻り適当な所で獲物を見つけ小腹を満たすか……彼が自分のほうに近づく小さな生命体を見つけたのはそんな時だった。

 

ちょうど良い、餌にするとしよう。そう考えた彼は自身の咆哮でその獲物を怯ませる為に大きく息を吸い込み――次の瞬間には自分が大きく怯まされていた。

 

一体どうなっている!?だが考えたところで元より思考能力に優れているとはいえず、おまけに受けた衝撃からまだ立ち直っていない彼の脳は答えを出すことは出来なかった。

 

その中で僅かながら理解できたのは、この人間は餌などでは無く立派な敵であること……そして自身の飢えを満たす存在であるという事だけだった。

 

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何だ!?何が起きている!?あのハンターが笛を担ぐやいなや竜に向かって駆け出して行った所までははっきりと覚えている。あまりの事に唖然としていると竜がハンターに気づき咆哮の準備をするのが見え慌てて耳を塞ごうとした……そう、そこまでは問題無い。問題はその直後ハンターが演奏しようと笛を構え――瞬間、辺りに不快な音が響き渡り恐ろしい旋律が周囲に広がっていったのだ。

 

全身に叩き込まれた音の暴力に我々は打ちのめされ、地面に倒れ伏していた。中には吐き気を催す者までいる。立ち上がろうとするものの全身に上手く力が入らず、尚も続く旋律がより一層体から自由を奪っていくように感じる。それでも気力を振り絞り立ち上がり戦況を確認すると、モンスターとハンターが戦っている姿が見えた。だが私の記憶に有るよりモンスターの動きは不思議と遅く感じられた。いや、実際に遅くなっているのではないか?まさかあの旋律はモンスターにも影響を与えるというのか……。

 

この場に居るあらゆる存在が不調を感じる中で、唯一この事態を引き起こしたあのハンターだけが何事も無く動き回っている。むしろ旋律が続くたびにその動きはより鋭さを増しているようだ。私はG級ハンターの恐ろしさを頭では無く全身で理解しながら意識を闇の中へ落していった。

 

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時間の流れが遅くなっているように感じる。次の動きが丸見えだ。

尻尾を振り回してくる。

足に一撃を加え攻撃が当たる直前に躱す。

もう一度尻尾を振り回してくる。

頭がこちらを向くのに合わせ振りかぶった一撃を当てる。

飛び立とうとしているので翼にダメージを与えバランスを崩しそれを邪魔する。

自棄になったのか目の前で火を噴こうとしてきた。

隙をついて後ろに回り込み巨体を支える足へ一撃。バランスを崩して倒れこんだ。

攻撃、攻撃、攻撃……再び正面に回り込み頭を叩く。

すると脳を揺さぶられたのかよろめき出したので右の翼、左の翼、頭……壊せるだけ壊しておく。

合間合間に演奏するのも忘れずに行う。良いぞ、今日は調子が良い。やはり演奏を聴いてくれる人がいるというのは良い物だ。

 

師匠からは様々な武器の使い方を教わったが、笛だけは上手く使いこなす事が出来なかった。理由は教えられた旋律が上手く弾けなかったからだ。もう少し正確に言えば教えられた旋律は俺の奏でたいメロディーと遠く離れていたのだ。

 

しかしこれは夢へつながる道であるのだ、簡単に諦めたくない……俺は執念に取りつかれた。師匠から強く反対されても決して諦めず、他のハンターから馬鹿にされても俺は笛を離さなかった。そして執念はオリジナルの旋律の誕生として実を結んだ。

 

……問題は中々このメロディーが理解されず、一般に広がらないことだ。どうやらモンスターにも有効だという噂が独り歩きし、教えて欲しいという人も昔は居たのだが、誰も彼も一日どころか十分もしないうちに諦めてしまった。

 

俺は自分の音楽の正しさを証明するため今も尚ハンターを続けている。今日という日はもしかしたら何らかのきっかけになるかもしれない。

 

それにしてもこれ程テンションの上がり力の湧き出る曲はそうは無いだろうに、なぜ皆理解してくれないのだろうか。瀕死の状態になり見る見るうちに弱っていくリオレウスを眺めながらそう思った。

 

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モンスターの悲鳴にも似た鳴き声でかろうじて意識を取り戻す。少しはましになったようだ。

 

「おい、起きろ」

 

同じように倒れこんでいた皆を起こし、状況を理解させた。

 

「もう少しでモンスターが倒れそうだ。早くあのハンターを仕留めるんだ」

 

「で、ですが、まだモンスターは生きてますよ?」

 

「あそこまで弱っているなら我々だけでもどうにかなる。それに……またあの音を聞くつもりか?」

 

もう一度あの音を聞いてしまうと何が起こるか分からない。気絶するか気が狂ってしまうか、最悪の場合死んでしまうか……そう思わせるだけの脅威があの演奏には合った。

 

「わ、分かりました。では……」

 

ブーメランを持った仲間が背後からハンターに向かってそれを投げつけた。

 

当たる……!そう思った瞬間、ハンターは姿を消した。いや、急に動いたからそう思っただけで、実際は横に転がりブーメランを避けていたのだ。彼に当たる筈だったブーメランはそのまま直進し……モンスターに当たり動きを止めた。そしてそれと同時に巨体がゆっくりと崩れ落ちていくのが目に入った。

 

馬鹿な!?後ろに目でも付いているのか!?呆然としていると、彼が声を掛けてきた。

 

「少し危なかったな」

 

「す、すいません……援護しようとしたんですが少し手が滑ってしまいまして……」

 

「問題ない。感覚が鋭くなっているからな、風切り音で何かが飛んできているのは分かっていた。それより……」

 

彼はニヤリと笑って

 

「中々良いアシストをしてくれるじゃないか」

 

そう言った。その瞬間、忘れていた恐怖が蘇り全身を支配した。

 

「ひいっ!?も、申し訳有りませんでした!二度とこういったことは行いませんのでお許しください!」

 

「そう気にしなくても良いのだがな。ま、他のハンターの場合どうなるか分からないしそうして貰おうか」

 

そう言うと彼はモンスターに背を向け村の方へ歩き出した。

 

「あ、あの……剥ぎ取りなどは行わなくていいので?」

 

「構わん、好きにしてくれ。そうだ、今日は気分が良いから……帰ってから何曲か聞かせてやろうか?」

 

「い、い、いえ結構です!どうかその笛をお納めください!」

 

「そうか?残念だな……まあ先に村に戻るぞ」

 

彼が歩き去ってからしばらくして――私は自分が座り込んでいることに、何やら下半身が生暖かい事に気づいた。……失禁していた。ばれない様に隠そうとしている私にようやく正気に戻った村人が話しかけてきた。

 

「そ、村長……殺さなくていいのですか?」

 

「馬鹿!あんな化け物どうにかできる訳無いだろう、早く帰るぞ!」

 

「分かりました。じゃあ剥ぎ取りだけでも……」

 

「駄目だ!それも計算の内だ!」

 

きっとあのハンターは我々が火事場泥棒の様に素材を剥ぎ取ってくるのを待っているのだろう。そんなことをしたら待っているのは……歓迎という名のあの音楽だ。剥ぎ取った後どこかに隠したとしても、帰るのが遅くなったらどう思われるか……

 

「だがどうしたら……まともに依頼料なんか払っていたら……」

 

「そ、村長?」

 

「うるさい、邪魔をするな!ああ、金、金が……一体どうすれば……」

 

「駄目だ、村長がおかしくなってしまった。早いとこ正気に戻さないと」

 

「……もう放っておいて剥ぎ取りして帰らないか?そもそも村長が言い出した事なんだし、責任は取ってもらう事にして」

 

「いや、村の仕事は大体村長がやっていたからな。ちゃんと引継ぎをしてもらわないと」

 

「でも今回の責任が……」

 

「いや村の運営が……」

 

「とにかくこんなことはもう……」

 

誰かがしゃべっている声が遠く聞こえる。うるさい、私の邪魔をするな。私は金を得るために必死になって考えてやっているんだ。お前達がちゃんとやっていれば今頃……。

 

ああ、神様、お金を、お金をください。どうしてこうなってしまったんだ。ああ……

 

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中々帰ってこないので最後のあいさつが出来なかった少し名残惜しいが、ギルドへの報告も有るので戻ることにした。案内してくれた子が居たので手を振ったがすぐに隠れてしまった。恥ずかしがり屋だったのだろうが、それでも案内してくれたのだから実に立派だ。

 

大人達も実際にリオレウスが出てきたら初めの内は慣れない事にショックを受けて倒れてしまっていたようだが、持ち直して最後には援護までしてくれたのだから素晴らしい勇気の持ち主達だったな。

 

ふと出かける前のギルドでの会話を思い出す。ハンターが何人も死んでいるという事だったが、特に変わった地形という訳でも無かった。一体どういう事だったんだろうか。

 

考え込みながら歩いているとふと目の前の舗装された道が目に入り有る考えに辿り着いた。

 

そうか、彼らが危険を顧みず死角になりそうな場所や邪魔な障害物を事前に処理してくれたのだろう。モンスターも出たというのにその優しさには頭が下がる。だがもしかすると、ハンターの死に何らかの責任を感じてしまっていたのだろうか……だとすると申し訳ない。

 

いずれにせよギルドに良い報告が出来そうだ。

 

――村人は親切な人達であり、様々な面で世話になった。わざわざモンスターのいる場所まで大勢で案内したり、私の後ろから攻撃してサポートするなど勇敢さも持ち合わせている。最もサポートに関して危険が有ったため取り止めて貰ったので、今後は心配ないだろう。村人たちの協力も有るのでもうハンターが死ぬような事態は起こらないだろうが、万が一事故が起こったらまた私が行っても構わない――

 

報告書はこんな所だろうか。もし次来ることが有ったらその時こそはハンターでは無く一人の歌い手として訪れ、彼らに落ち着いた場所で俺の自作の歌を聞かせて上げたいものだ。

 




本編に一切絡まない裏話
前話で主人公は酒場のど真ん中の嫌でも目に付く席でたった一人、家に帰ってわざわざ着替えてきたデスギア一式で飲んでいます。見るからに迷惑。

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