笛使いの溜息   作:蟹男

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前話のあらすじ
せ、先生ェーッ!
ネタが無い……そんな時は趣味に走る!

関係無いけどコンピュータウィルスに襲われた!がめんがまっくらになった……という程の事は無かったけれど、少し面倒だった。System Care Antivirusはそれっぽく見えても立派なウィルスだ!


栄光の裏側

凄まじい熱気がこの空間を満たしている。外の寒さを吹き飛ばすかのようなこの盛り上がりは、他ならぬ彼ら自身が作り出しているのだ。そしてそんなにも観衆を熱狂させていたのは――先程まで中心の舞台で戦いを繰り広げていた二人の人間であった。一人は勝者として褒め称えられ、もう一人は只の敗者に成り下がり誰からもその存在を忘れられている。随分と酷な真似をする物だ。

 

「御来場の皆様――ッ!お待たせ致しました、只今よりッ!本日のメインイベントをッ!始めさせて頂きますッッ!!」

 

その言葉と共に、更なる盛り上がりを見せる会場。際限無くボルテージが上がって行き留まる事を知らない。まるでこの空間だけが真夏にタイムスリップしたかの様だ。

 

「皆様、盛大な拍手でお迎えください!彼こそが我らが誇るこのリングで、いいやッ!世界で最強の男ッ!アントンだ――ッッ!」

 

「アントーンッ!殺れーッ!」

 

「血祭りだーッ!」

 

その男が中央の舞台に登場しただけで、今までの戦いを遥かに上回る歓声があちこちから上げられた。只リングに上がっただけで、だ。

 

「本日は皆様に謝らなければいけない事が御座います――この最強の男があまりにも強すぎる為、困った事に我々には対戦するに相応しい人間を用意する事が出来ませんでした」

 

「おいおいフザケンナッ!俺はアントンの戦う所見に来てんだ!さっきの前座どうでも良いんだよッ!」

 

「そうだそうだ!いっその事テメエが戦えーッ!」

 

途端に先程までの歓声がブーイングに切り替わる。演出で有る事は当然だが、観客だってそれには気付いている筈だ。それでもこうして野次を飛ばすのはこの空間を全力で楽しむ為なのだろうか。

 

「御静粛に、御静粛にッ!確かに我々は相手となる人間は見つけられませんでした。ではどうする――?答えは簡単だッ!人間で駄目なら、コイツらと戦えば良いッ!選手、入場ッッ!!」

 

一つの檻が中央の舞台に引き上げられる。布が掛けられ中を除く事は出来ないが、何人もの男がそれを必死で押さえている様に見える所から考えるに並大抵の生き物では無さそうだ。

 

「対戦相手は――コイツだッ!」

 

布が取り払われ、姿が露わになる。中に入れられていたのは白い毛で覆われ鋭い爪と牙を持つ小型のモンスター――ブランゴだ。どよめきが会場を包み込む。

 

「この凶暴なモンスター、そこら中に溢れている数多のハンター共は武器を用いやっとの事で討伐していますが――アントンはそんな奴らと一味も二味も違うッ!彼が使うのはその鋼の肉体のみ!そう!素手でこのモンスターを退治するのですッ!それでは始めましょう――レディィッ、ファイッ!」

 

鍵が取り外され、ブランゴは一目散にアントンと紹介された男に向かって行った。モンスターを前にすると普通の人間なら逃げ惑う事しか出来ないしハンターであっても装備無しではどうする事も出来ないだろう。

 

「ヌウオオオオオッッ!」

 

だがこの男は逃げるでも無く身を守るでも無く、真っ向から力比べを挑んでいった。雄叫びを上げ襲い来る腕を受け止め、強引に押し返して行く。この距離からでも分かる程発達した筋肉が、より一層肥大化していくのが見て取れた。

 

「やっちまえー!アントーン!」

 

「モンスターなんかさっさとやっつけちまえー!」

 

リングで戦いを繰り広げる本人だけで無く、観客までもがテンションを上げていく。無理矢理引っこ抜くかの如く掴んでいた腕を引っ張り上げブランゴを投げ飛ばした瞬間、ソレは最高潮に達した様だ。

 

「ウソだろ!?投げ飛ばしやがったぜ!」

 

「凄えええええッッ!最高だーッ!」

 

全ての人間の視線を集めるが如く両手を掲げポーズを決める。見ている人間も、そしてアイツ自身もアントンという人間に酔わされている様だ。だがまだ勝負は終わった訳では無い。野生のモンスターであれば投げ飛ばされた所で大したダメージは受けないだろうし、手傷を負っても最後の瞬間まで戦いを諦めたりはしないのだ。

 

「グゥゥゥゥ……ガオオオオッッ!」

 

よろよろと起き上がったブランゴは気付かれない様に距離を詰め、一気にその背中に飛び掛かった。不意を突かれたためか成す術無く倒れ伏した相手目掛けて容赦無く攻撃を浴びせて行く。

 

「キャアアアアアッ!」

 

「背中から襲い掛かるなんて……この卑怯者!そんな奴殺しちまえーッ!」

 

「コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!」

 

会場中が一体となって応援している。心配する声と罵る声位しか聞こえてこないのはあの男を信頼しているが故の事なのか……或いは自分に被害が及ぶ筈が無いと高をくくっている為なのか。もしも変な方向に逃げ出したりしたら、自分の方に向かって来たら――という発想などまるで浮かんでこないらしい。

 

「フンッ――でぇぇいッッ!」

 

声援に答えるべくブランゴを背負ったまま立ち上がると、何を思ったか両手を自身の頭の後ろに回し敵の顔面を鷲掴みにした。見ていた人間は全員度肝を抜かれた事だろう――なんとその態勢から相手を持ち上げ、前方の地面に叩きつけたのだ。

 

「マ、マジか……!?人間技じゃねえぞ!」

 

「やっぱりアントンは最強だーッ!」

 

クライマックスを迎えたこの舞台に終止符を打つべく、未だ起き上がれないブランゴの背後に回り腕を首に絡ませる。締め上げを強くしていくと、逃れようと必死にもがいている四肢から段々と力が抜けて行き――遂には動かなくなってしまった。ピクリとも動かない敵だった物から体を離し、自身の勝利を見る者全てにアピールする。

 

「ア・ン・ト・ン!ア・ン・ト・ン!」

 

盛大なコールが巻き起こり、万雷の拍手が彼を包み込む。そんな一種異様とも言えるその空間の中でただ一人――俺は醒めた目でソレを見つめていた。

 

「――い、如何でしたか?シドさん。今日の戦いは……」

 

「戦い?あんな物が戦いだと言い張るのか?……茶番の間違いだろう、下らないショーだったな」

 

「こ、コレは手厳しいですな。ハハハ、ハ、ハ……」

 

すっかり萎縮し切って愛想笑いを浮かべる目の前の男が先程まで我が物顔で人々の注目を集めていた人間と同一人物で有るとは到底信じ難い事だろう。だがこれ程見事に鍛えられた筋肉の持ち主はそうは居ないし、何より本人が語っているのだ。ファンには見せられない姿だろうな。

 

「で?どうしてわざわざ俺を呼び出したりしたんだ?まさかアレを見せる為だけに連れて来た訳じゃ無いだろうな」

 

「じ、実はですね……内緒でお願いしたい事が御座いまして、ハイ。アナタが適任だと紹介された物ですから……」

 

いつもの様にギルドに出掛け、いつもの様に依頼を探す。いつもと違い始めたのはギルドの職員が俺に掲示されていない秘密の依頼を持ち掛けてきた時だった。内容は分からないが他言無用のクエストが有るらしく、口が堅いという事で俺に回ってきたそうだ。……決して知り合いが少ないとかそういった理由では無い。

 

まあそんな訳で引き受ける事を決め依頼主に話を聞こうと思い紹介されたのが――この会場だった。関係者に話を聞こうとしたが詳しい話は興業が終わってからという事で、客席に案内されたのである。

 

「良い席を用意してくれた事には感謝するが……何か裏が有るんだろう?例えば、今後の興業に関わって来る事とか、な」

 

「……お気付きでしたか。でしたら話は早い、どうか頼みを聞いて貰えませんか!?」

 

「おいおい、そう急かすなよ……まだ具体的な話を何も聞いていないんだ、簡単に判断は出来ないぞ」

 

「す、スミマセン……。何分我々も困っていますので、つい焦ってしまいました」

 

コイツらの興業、確か名前は……フローレスとか言ったか?もしかしたら正確には違うかもしれないが、とにかく最近巷でブームになっている様だ。一見順調そうに見えるが完全に根付くまではまだまだ時間が掛かり、このままでは一過性の物になってしまうと危惧しているのかもしれない。

 

「では順を追って話させて頂きます――あ、この話はオフレコでお願いしますね?我々の団体、シソ・ニホーソはこういった興業を長年続けているのですが……ご存知の様に人様に知られるようになったのはごく最近です。それまでは前座で見せた様な人間同士の戦いを売り物に細々と活動していました。ところがある時入場のパフォーマンスでモンスターの毛皮を使ったらそれが大ウケしまして、何とか上手く使えない物かと思い――考え付いたのがモンスターと人間のバトルです。お蔭様で色々な所をツアーで回れる様になって万々歳ですよ」

 

「ん?確かアナウンスで今日は偶々相手が見つからなかったと言っていたような……」

 

「ああ、あれは只の演出です。イメージが大事ですからね、盛り上げるアナウンスをしたりサクラを雇ったりしないと白けちゃいますから。最近は評判が広まって来たのでそういった事をする必要も無くなって来ましたが……。まあそんな訳で今日も元気にモンスターと戦っている、という事です」

 

「だけど戦う相手は何処から連れて来るんだ?そうすぐ捕まえられる物でも無いんじゃ――」

 

ガチャリ、とドアが開く音がし何かが部屋の中に入ってくる。秘密の話し合いの最中だと言うのに人払いをしていないのか、それとも無神経な仲間でも居るのか……いずれにせよ失礼な話だ。文句を言おうとそちらを振り向き――反射的に笛を構える。

 

「うわわわわ!?ま、待って下さい!」

 

侵入してきたブランゴを仕留めようと立ち上がったが、他ならぬモンスター自身にそれを制しされる。そもそも人語を解する以上只のモンスターで無いのは明白だ。

 

「良いタイミングで来てくれた。シドさん、彼が今日私の相手をしたブランゴ……の毛皮を被ったウチの仲間です。コレが我々の興業の秘密なんですよ」

 

「成程な、そういうカラクリだったか」

 

いくら鍛え上げても人間の筋力がモンスターのソレを上回る事は有り得ないし、投げ技でダメージを与えられるとも思えない。まして絞め技で仕留めるなんて……。恐らく事前に弱らせた相手を好き勝手に嬲っているのだろうと思っていたが、そんな俺の想像など軽く上回っていた。

 

「毎度毎度モンスターを捕まえてくる訳にも行きません、何より安全面で問題が有ります。正直言って私は見た目だけであまり強くないし、逃げ出したりしたら大変ですから。ですがこれだけでやって行くにはそろそろ限界が来ていまして……新しいインパクトが必要なんです」

 

「もしかして、それが今回の依頼か?」

 

「ええ。今度の興業ではこれまでに無い規模の会場を押さえる事が出来ました。そうなると今までと同じ物ではどうしても印象が薄いし、何より二回目にいらっしゃるお客様も居る事でしょう。ここは一つ大きなモンスターを使いたいと思っているんです。――ドドブランゴの捕獲、それが今回の依頼です」

 

雪山に棲むモンスター、ドドブランゴ。ブランゴ達を束ねる群れのリーダーの様な物で大きさは五倍以上は有るだろうか。確かに素手で倒すとなれば衝撃的な光景だ。だがその大きさの所為で人が皮を被って真似事をするという訳には行かないだろう、となれば相当弱らせてから捕まえなくてはならないな。

 

「話は分かった……しかし当てが外れたな、てっきり興業で使う音楽の依頼でも入ったかと思ったんだが」

 

「ハ、ハハ……御冗談を……」

 

「……フン」

 

少し、ほんの少しだけ――そう、僅かに殺気が漏れ出す程度に腹が立ってしまう。

 

「――どうした、そんな青い顔をして」

 

「い、いえ……何でも有りませんよ。ハハ、ハ、ハ……。そ、それでどうでしょう。引き受けて頂けますでしょうか?」

 

「話は分かった……が、気に入らないな。弱らせて痛めつけた相手を見世物にするなど、そんな卑劣な真似はしたくない。俺にメリットも無いしな」

 

「そ、そんな事おっしゃらないで下さい!我々にはこれしか……!え、ええと……そうだ!もし宜しければその時に使う音楽の作曲もご依頼したいと思っていたんです、一緒に引き受けて頂きませんか!?――ある程度は編曲させて頂きますが」

 

最後に何かボソリと呟いた様だったが気のせいだろう。俺の音楽を評価してくれると言うのなら引き受けない訳にはいかない。仕方無いな、うん。仕方無い。

 

「そこまで言うのならしょうがない本当は嫌なんだが引き受けさせて貰おう今更キャンセルなんて聞かないからな」

 

「ど、どうも有難う御座います……」

 

少し引き気味に返事を返してくる。ちょっとがっつき過ぎたか?だがせっかくの機会を逃す訳にはいかない、これ程の大仕事を引き受けるのは初めてだ。……勿論音楽方面での話だが。

 

「それにしても、荒っぽい手段を取られなくて安心したよ。俺の弟子に手を出してきたりしたら遠慮なんか出来ないからな」

 

「ま、ままままさか!そんな事出来る筈無いですよ……ちなみにですけど、もしそんな事をしていたら――」

 

「アイツは結構他のG級ハンターにも好かれているからな――モンスターの餌が増えていたんじゃないか?」

 

「そ、それは何とも……ハ、ハハハ……」

 

「まあそもそもアイツもハンターだし一般人が勝てる相手でも無いだろうがな。それじゃ、行って来る」

 

「あ、すいません。もう一つお願いが……」

 

席を立ち早速雪山へ向かう――つもりだったのだが、声を掛けられ足を止める。まだ何か用が有るのだろうか、音楽も作りたいしさっさと済ませたいのに。

 

「もう話は済んだだろう?早く終わらせたいんだが――」

 

「いえ、実は我々も何人か同行させて頂けないかと思いまして。皆ドドブランゴなんて姿を見るのも初めてなので、ちゃんと研究しておかないと大変な事になりそうで」

 

「ふむ……まあ良いだろう。自分の身は自分で守れよ」

 

少し心配だが、まあコイツらなら良からぬ事を考える頭脳も実現する力もそもそも実行する度胸も無さそうだ。離れた所で見させておけば問題は無い。

 

会場の控室を出て、そのまま街に向かう。必要なアイテムを買い揃える道すがら、気になっている事を質問した。

 

「そう言えば、こんな風に普通に街を歩いていて問題は無いのか?あれ程目立つ真似をしているんだから騒ぎになるかもしれないのに……」

 

「だからこそ、ですよ。こうして何の変哲も無い格好をしていると会場での姿と重ならないんです。夢を壊してはいけませんから、日常を見せない様に気を付けていますよ。私達は誰から見ても強そうである事が大事ですので」

 

「一般人はそうかもしれんが……流石に俺達ハンターは騙されたりはしないぞ?何と言っても本物のモンスターと戦い合っている訳だからな。あんな見世物に心を奪われたりは――」

 

「やー、シド。何してんのこんな所で……うわーっ!アントンだー!スッゲー!本物!?」

 

急に現れたレクターが興奮した面持ちでこちらに近寄ってきた。いや、正確には一緒に居るアントンに、だが。突然の事態に皆慌てふためいていたが、やはりこういった事態に慣れているであろう男達がいち早く立ち直り騒ぎにならない様行動を始める。

 

「す、スミマセンがこちらの方へ……。プライベートですので騒ぎを起こさない様お願い致します」

 

「え、なんで?折角だし他の人にも教えたいんだけど――」

 

「あー、キミキミ、言う通りにしてくれないか?もし言う通りにしてくれたら特別に私のサインを上げようじゃないか」

 

「ホントに!?じゃ此処にレクター君へ、って書いてよ。……うん、アリガト!それじゃーね、シド!また今度!」

 

サインを貰うとあっと言う間に居なくなってしまった。正に嵐の様な出来事だ。

 

「……気付かれない自信が有ったんですけどね。勘違いだったのかな……はあ」

 

「……アイツも俺と同じG級ハンターの筈なんだが……何と言うか」

 

「…………先、行きますか」

 

「…………そうだな」

 

俺達の心に引っ掻き傷を残したまま、さっさと準備を終えそのまま出発する。気まずさと申し訳無さから道中はお互いロクに言葉を交わす事が出来なかった。ようやく口を開ける様になったのは、目的地である雪山に到着した頃であった。

 

「――やはり雪を見ると心が癒されるな。嫌な事全てが洗い流されていく様だ」

 

「そそ、そうですか?すすす少し寒すぎる様な……」

 

「……無理しないで良いんだぞ?ここから上はもっと寒いんだ、正直言って足手纏いになる。仕事はちゃんとするから待っていても――」

 

「いいいいえ、是非同行させて下さい。わ、我々ももっと勉強しないといけませんし」

 

歯の根が合わない様子を見せながらも、それを上回る向上心を示された。この心意気を見せ付けられそれで尚拒否するなど、そんな奴は男では無い。

 

「分かった。……だけどくれぐれも近づくなよ?戦えない人間を守り通せる余裕が有るとは限らないからな」

 

「ええ、分かってます。この為に双眼鏡を用意してきましたから」

 

「準備が良いな。それじゃ、山に登るぞ」

 

雪山の登山というのはモンスターを討伐するのと同じ位、或いはそれ以上に危険が伴う。吹雪により視界は閉ざされるし、何よりその寒さが体力を容赦無く奪い去って行くのだ。

 

「スミマセン、アントンさん……。もう此処までが限界です。俺の事は放って置いて先に進んで下さい。アナタが、アナタが居ればどんな困難でも乗り越えられる――」

 

「馬鹿野郎ッ!諦めるんじゃない、俺達は全員揃ってこその団体だろうがッ!お前が行かないと言うのなら俺も此処に残るぞ!」

 

「そんな……こんな所でアントンさんを失う訳には行きませんね。まだ……まだもう一踏ん張りして見せますよ……!」

 

「オウッ!その意気だ!さあ頑張って行くぞ!」

 

……とはいえ、この山は標高がかなり低くそんな寸劇を繰り広げる必要は何処にも無い。辛いのならすぐにキャンプに戻れるのに、一体何がしたいのだコイツらは。

 

「……もう良いか?ままだ登り始めて五分も経っていないんだ、このペースでは上るだけで日が暮れてしまうぞ」

 

「あ、スミマセン。いえね、今度の興業では新しい路線として感動も盛り込めるかと思いまして。泣けるエピソードの一つでも作っておこうかと――」

 

「只の嘘じゃないか。それに……あまり大声を出すのは良くないんだ。此処を何処だと思っている?」

 

「……そうですね。良く考えたらこの辺りはモンスターの住処、気付かれたら面倒ですよね」

 

「それだけじゃ無いんだが、まあいい。もうすぐ頂上だ、気を引き締めろよ」

 

「え、もうですか!?いやでも確かに運んで貰った場所が既に山の中腹だった様な気も……」

 

幾らハンターと言えどもまともに登山をした後にモンスターと戦える体力は残っていない。逆に言えばこの辺りが狩場として認められているのはある程度の所まで運んで貰えるからなのだ。現在もモンスターの姿が確認されていながら依頼が出されない地は多く有り、その原因の大半が移動手段による物だ。

 

「という訳で頂上だ。そこから動くなよ」

 

「え、それは一体どうして――」

 

返事を返すより早く駆け出す。その先に待っているのはこの山を根城にする群れのボス、ドドブランゴだ。コイツと戦う時は先手を取られると厄介な事になるので一気に片を付けたい。

 

「あ、アレが……!おい、頼むぞ!」

 

「ええ、分かっています!――さあ突然の事態では有りますが、激闘の火蓋が今切って落とされました!迎え撃つは雪獅子ドドブランゴ、それに対するは地獄の呼び声ことG級ハンターのシドです!まずはいきなりシドが奇襲を掛けて行きましたが、コレは……?」

 

「ええ、非常に有効だと思いますよ。何と言っても相手は彼より遥かに大きいですからね、その分弱点を責めるのは非常に難しい。ですが今の攻撃で牙にダメージを与える事が出来ました。もう少しで武器を一つ奪えますから、コレは有利ですよ。もしかしたら卑怯だと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、それは大きな間違いです。ここは試合場では無く、戦場。戦いはとっくの昔に始まっていますから、油断する方が悪いのです」

 

「成程――アントンさん、有難う御座います。さあ、そうこうしている内に戦局は刻一刻と変化していきます。先程までは攻撃を貰う一方だったドドブランゴも、反撃をする構えを――ああっと!いきなり飛び掛かったー!しかしシド、コレを難無くエスケープ!急な攻撃に驚くかと思いましたが、流石に冷静です!未だにその笛で音楽を奏でる事は有りませんが、コレは余裕の表れでしょうか。大きな腕を振り回しての攻撃も軽くいなして反撃まで決めて見せます。シド、強い!このまま勝負は決まってしまうのか、それとも――」

 

「やかましい!ちょっと黙ってろ!」

 

何故だか急に実況を始めた奴らを怒鳴り付ける。初めの内は我慢していたが、段々と苛々して来てつい堪え切れなくなってしまった。ほんの少しの間だが、それは確かな隙となる。間合いを取ったドドブランゴは威嚇の為では無い少し変わった鳴き声を出し始めた。

 

「クソッ!やられたな……」

 

声というのは生き物がメッセージを伝える為の道具である。敵意だけでは無く、喜び、悲しみ、そして……危険。それらを敵や仲間に伝えるための手段が声なのだ。今放たれた声はこちらを威嚇するような物では無く、まさかこの状況で喜びや悲しみの声を上げるという事も考えにくい。つまり――

 

「おおっと!どうした事か、大量のブランゴが現れたぞォーッ!行けません、乱入ですねコレは!」

 

「これはピンチですね。早く逃げないと我々も危ないですよ」

 

「アントンさんのおっしゃる通り!実況の訓練の途中ですが、我々はこの辺で失礼させて頂きます!御機嫌よう、さようなら!」

 

実況を止める事無くそのままの流れで走り去ってしまった。……何だったんだ、アイツらは。まあ良い、心配しなくて良くなったんだ。切り替えて行こう。

 

「キキィーッ!」

 

ブランゴが何頭も飛び掛かって来る。だが所詮は小型のモンスター、それに合わせてカウンターの一撃を当てるだけで簡単に吹っ飛んでいく。だが問題は――

 

「ガオオオオォォォッッ!」

 

「クッ!面倒な……」

 

飛んでくる雪玉をどうにか躱そうとするが、避け切れず体にぶつかってしまう。ダメージはそう大した物では無いが付着した雪に行動を阻害されてしまう。

 

ハッキリ言ってドドブランゴはそれ程戦闘力が高い訳では無い。攻撃は大振りだし一撃でやられる様な凄まじい威力の物も存在しない。だが奴の最大の強みは別に有る――そう、群れの頂点に居ると言うその事実だ。ドドブランゴに率いられたこの集団はいわば人間の軍隊の様な物で、それぞれの役割を的確に果たしてくる。ブランゴが足止めし、ドドブランゴが動きを封じる攻撃を仕掛ける。後は動けない獲物を仕留めて終わり、というのがコイツらのやり方だ。

 

だが幾ら人間の様な動き方をするとはいえ所詮はモンスターで出来るレベルである。方法は単純だし応用も効かない。だからこうして再び襲い掛かって来たブランゴの方に雪が付着した面を向けたとしても、そのまま攻撃する以外の方法を取る事が出来ないのだ。例えそれが体に纏わり付く雪を剥がす事になると気付いたとしても。

 

「良し――仕切り直しだ、掛かって来い……!」

 

「キキィーッ!キキィーッ!」

 

三度襲い掛かるブランゴの群れ。一度で駄目なら二度、二度で駄目なら三度……俺が息絶えるまで何度でも繰り返す事だろう。愚直なのは嫌いじゃない、だが敢えてそのやり方を選ぶのと他に方法が無いから仕方無くやるのとではまるで意味が違う。そしてコイツらの場合は紛れも無く後者だ。

 

「痛ッ!だがもう少し……ッ!」

 

ブランゴ達を敢えて全ては追い返さず、何頭かの攻撃をそのまま受ける。どうせ受けるダメージはそれ程でも無いのだ、この位は無視しても問題無い!

 

「ガオオオォォ……オオッ!?」

 

さぞかし驚いた事だろう。何せ自分の放った攻撃が仲間に直撃したのだから。俺はブランゴ達を盾にする為、間に居る奴らだけを敢えて放置していた。その所為で俺に当たる予定だった攻撃は手下が受け止める事になったのだ。

 

当然ながら雪は無限に有る訳では無い。二回も雪玉を飛ばしてきた所為ですぐには雪を掻き集める事が出来ないドドブランゴの隙を付き、目の前まで接近する。さぞかし慌てた事だろうが、すぐに立ち直りブレスを吐こうと準備し始めた。とはいえその行動を取る事もちゃんと俺の計算に入っている。予想通り顔を近づけてきた所を狙って、笛を思いっきりぶつけてやった。

 

「グギャオオオッ!?」

 

最初に一撃を加えた所為で脆くなっていた牙が簡単に砕け散った。するとそれまで統率の取れた動きをしていたブランゴ達が突如バラバラに動き出し、あちこちに走り去ってしまったのである。

 

「試した事は無かったが……聞いていた通りだな」

 

ドドブランゴの研究をして分かった事らしいが、群れのリーダーとなる奴には特徴が有るそうだ。元々大きさ以外はかなり似通っている所が有るが、ハッキリと違うのがその牙だ。コレが有る事こそがボスとしての証らしい。だが牙が折れるとリーダーとなる個体がどれか分からなくなり、群れが群れとして機能しなくなってしまうのだ。上からの指示が届かないとまともに動けないとは……こんな所まで人間に似なくても良さそうな物だが。

 

まあそれは良い。後は精々弱らせて捕獲するとしよう。その為には――

 

「ん……?丁度良いな」

 

不利を悟ったのか、この場を逃げ出そうと跳躍する構えを見せた。敢えてそれを止める事はせずに見送り、住処へ先回りする。恐らく洞窟内に巣が有るだろう、其処なら思う存分笛が吹ける。何せ此処は雪山、大きな音を出すと雪崩の危険が有るのだ。

 

一足先に洞窟に付くと、外からは見え辛い場所に隠れる。直後にやって来たドドブランゴが跳んでくるのを確認し、笛を吹き始めた。

 

「グオオオォォン!?」

 

着地に失敗し、その衝撃からか気絶してしまったドドブランゴ。爪や牙、尻尾などを丁寧に破壊し麻酔玉をぶつける。コイツを相手にすると罠が破壊されてしまう事が多く、意外と捕獲するのが難しいのだ。……まあ思う存分笛が吹きたかったという気持ちも無きにしも非ず、と言った所だが。

 

「たった今、激闘に終止符が打たれましたッ!勝者は――G級ハンターのシドだッッ!以上、雪山からお伝えしましたッ!」

 

「……お前ら、帰ったんじゃ無かったのか?」

 

「いえ、ブランゴから逃げ回る内に迷子になりまして。途方に暮れていたら何となくこっちから笛……の様なおぞましい音が聞こえてきた物ですから。いやー、助かりました」

 

「まあ何にせよ無事で何よりだ。それで、帰り道か?それならこの先を真っ直ぐ行けば知ってる所に出る筈だ。俺は裏道を行くからアンタらだけで行くと良い。それじゃあな」

 

そう言ってアントン達に背を向け、近道へ向かって歩き出す……前に衣服を掴まれその場に引き止められる。これ以上一体何の用が有るのだろうか?

 

「ちょ、ちょーっと待って下さい!まだブランゴはあちこちに居るんです、我々だけでは倒せません!お願いです、その裏道に私達も連れて行ってはくれませんか!?」

 

「いや、だけど――」

 

「頼みます!どんな道でも文句言いませんから!」

 

「……分かった。後悔するなよ」

 

アントン達を引き連れモンスターを蹴散らしながら先へ進む。このルートは下山に掛かる時間が通常より遥かに少なく済むので是非お勧めしたい――まあ多少怖い思いはする事になるが。

 

「あ、あれ?シドさん、どんどん登っていませんか?」

 

「文句は言わないと言ったろう?大丈夫、こっちで合っているから……良し、着いた」

頂上に近い見晴らしの良い崖に辿り着く。それ程高い山では無いという事も有り、迎えが来る地点まで簡単に見渡せる。勿論観光に来た訳では無く、此処が裏道なのだ。

 

「も、もしかしてとは思いますが……」

 

「雪っていうのはな、結構柔らかいんだ。このぐらいの高さなら十分クッションになる。――後悔はしないと言った筈だ、さあ……裏道を通って貰おうか」

 

「い、いやいやいや!これ道じゃないですよね!?只の飛び降りですよ!」

 

「人聞きの悪い事を言うな、一方通行なだけだ。ほら、早く行け」

 

此処に来て急に怖気付いたのか、中々前に進もうとしない。……待ってるのも面倒だな。

 

「じゃ、じゃあ俺から……」

 

「いや、此処は僕が……」

 

「だったら私が――」

 

「「どうぞどうぞ」」

 

「やかましい。全員さっさと行け」

 

「「「う、うわあああぁぁぁぁぁ……」」」

 

馬鹿馬鹿しい寸劇を始めたのでソレを遮る様にまとめて蹴落とす。嫌がらせなどでは無く、勢いを付けて飛ばないとかえって危険なのだ。イライラしたとかいう訳では無い。断じて無い。

 

「さて、それじゃ俺も――」

 

助走を付けて一気に飛び降りる。何度やってもこの浮遊感は慣れないが、中にはコレがクセになり何回もやってしまう人も居るらしい。時間にして僅か数秒でしかない事の為に山に登るのは体力の無駄遣いな気がするが。

 

ボフッ、という音と共に雪の中へめり込む。この白く冷たい綿が優しく受け止めてくれるお蔭でダメージは殆ど無い。隣を見ると怪我はしていない様だがショックで気絶してしまったらしい男達が埋まっていた。だが生憎と俺には時間が無い、目が覚めたら勝手にするだろうし俺は先に帰らせて貰う。さあ、本当に忙しいのは此処からだ……!

 

帰り道の道中、一人で思案に耽る。こうして一緒に行動したせいか、まるで自分もアイツらの仲間になったかの様な気分だ。是が非でも次の興業を成功させてやりたいと思う。俺は早くも提供する新しい曲の構想を練っていた。

 

「――おーい、シド。こっちこっち」

 

様々な準備を終え、本番を迎えた当日。招待された俺は何処からか聞きつけたレクターを伴って会場にやって来た。珍しく遅刻する事無く待っていた所から見ても、余程楽しみにしていたらしい。

 

「いやーそれにしてもまさかシドが関係者だったとはねー。友達で良かったよ、ホントに」

 

「調子の良い奴だな……と、そろそろ時間だな。中に入るか」

 

会場内は以前見た時と比べ遥かに豪華な造りであった。アイツらがこの興業に掛ける意気込みが伝わってくる様だ。

 

「お、始まるよ!」

 

「お集まりの皆様!本日はお越し頂き誠に有難う御座います!では、最初の試合を――」

 

興業は順調に進み、いよいよメインイベントを迎える。すると会場中にこれまでとは曲調の違う音楽が響き渡った。

 

「ふーん、こんなに変えたのか……」

 

折角なので生演奏を披露したかったのだが、アクシデントが有るといけないからとことぁられてしまった。結局楽譜を渡すだけに留まり、おまけに雰囲気を合わせる為に多少アレンジを加えると聞いていたが――随分大胆な変更だ。あまり元の曲の面影が見られないではないか。

 

「まあでも中々――」

 

「うっわぁ……何この音楽。コレはセンス無いね、皆嫌な顔してるよ」

 

「……そうだな」

 

人知れず落ち込みながら選手の入場を待つ。だがアントンは時間が経っても現れず、とうとう曲が終わってしまった。どうしたんだ、一体何かアクシデントでも――

 

「ヒィィィィッッ!?誰か助けてー!?」

 

その直後だった。アントンが情けない声を上げながら試合場に表れたのだ――怒り狂うドドブランゴを引き連れて。どうしてこんな事に……?かなりダメージは与えたしそれこそ素手でも倒せる位に弱らせておいた筈なのだが。

 

「何か知らないけど、凄い怒ってるね。音楽でトラウマでも刺激されたとか?」

 

「……考察は後だ、助けに行くぞ!」

 

「はいはい、分かったよ。後で報酬貰わないとね」

 

試合場に降り立ち、ドドブランゴと対峙する。観客に被害が出る前にさっさと仕留めなくては。アントンはさっさと非難したらしい。全く、抜け目ない奴だ。まあこんな所で興業を終わらせるのも勿体無い、折角の俺の曲だからちゃんと使って貰いたいしな。

 

「此処で突然の乱入者だァーッ!雪獅子ドドブランゴッ!バーサスッ!謎の二人の男ォッ!レディ……ファイッ!」

 

……まだ続けるんかい、その演出。

 




(メタ視点での)登場人物紹介その三
フラン
調合やら何やらで数々の発見をしている人物で、もしも存在していなかったら平均寿命が十年位短くなっている程。だがその実態は自分の知識欲を何よりも優先する変人。その所為で評価コメント等でゲスいだのくそ女だの散々なコメントを言われがち。
だが実際にはその辺りの策略の部分は作者が結構簡単に考えた物ばかりで、あくまでも作者的にはゲス度は十段階で三か四程度しかない。止めてください、傷ついている作者も居るんですよ!?
名前の由来はフランケンシュタイン。博士でかつ女性名に出来そうなのが他に思い付かなかったのだが、チャンピオンに連載されていた漫画と名前が被り気味の様だ。
ハンターとしては簡単に言うと攻略を見ながら戦う、ゲーム的には良く居る普通の人。だが当然この世界に攻略サイトなどという物は存在しないので結果的にトップクラスになる。
尚、その攻略知識を全て出せば物凄く人類に役に立つはずだが、あくまでも知識欲がメインでひけらかすのは生活の為でしかないのでそれを実行に移すことは無い。やっぱコイツアカン。

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