笛使いの溜息   作:蟹男

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前話のあらすじ?そんな事よりウナギ食べたい


地獄の始まり

誰にとっても、そしてそれがどんな些細な物であっても人生で初めて挑戦する時は非常に緊張する物だ。ましてや命にまで係わりかねないと言うのならどうしたって慎重にならざるを得ない。……とはいえ、時間を掛け過ぎたばかりにかえって足が遠のいてしまい挑む事すらしなくなるというのも良く有る話な訳で――

 

「なあ……そろそろ依頼を受けても良いと思うんだが」

 

「も、もう少しだけ待って下さい。私でも勝てそうな相手を今吟味している所なんです……」

 

「そういって随分経った様な気がするがな。折角此処まで来たのに、このままでは腕が錆び付くぞ?」

 

数多の依頼を前に悩み続ける弟子に声を掛ける。少し調子に乗っていた所が矯正出来たのは良かったが、逆にその薬が効き過ぎてしまったらしい。やれやれ、人に物を教えると言うのは実に匙加減が難しい物だ。

 

「だけどあんまり強いモンスターと戦うのはまだちょっと……それにこんなにある中からどれを選んだらいいのかも良く分かりませんし……」

 

「ランク的にはどれも問題無く受領出来る物だろう?だったら何を狙うにしてもそれ程変わらんさ」

 

「そう言われても――あ!じゃあ師匠が初めて一人で大型のモンスターを倒した時はどうだったんですか?何と戦ったのか教えて下さいよ!」

 

「俺か?俺の場合は――いや、参考にならんから止めておこう。状況が全く違うし、自分で決めた相手という訳でも無かったからな。さ、早く決めたらどうだ」

 

話を強引に逸らしつつあの時の事を思い出す。成りたくは無かった筈のハンターをする事になったあの日を、夢を叶える為に村を出て行く切っ掛けとなったあの日の事を。懐かしいな……あれから俺は前に進めているのだろうか?

 

「……誤魔化さないで教えてくれても良いじゃないですか。そういえば師匠の事良く知らないし――」

 

「そうじゃぞ、シド。愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ。お主の紡いできた歴史を聞かせてあげるのは師匠として重要な事じゃ」

 

コツ、コツ……と杖を突く音と共に近づいてきた帽子を目深に被った老齢の男性が俺達に話し掛けて来た。振り返りその姿を確認すると、驚きと喜びが俺の中に満ち溢れた。

 

「先生……!お久しぶりです。お元気でしたか?」

 

「なーに、まだまだ若い者には負けん……と言いたい所じゃが、何分年での。流石にもうそれ程戦う気はせんわい。それでも偶にはこうして懐かしさからついつい足を運んでしまうんじゃ――まあお主の様な次の世代も順調に育っておるから心配はしておらんがの」

 

「え、えーっと……」

 

「おお、すまんのうお嬢ちゃん。儂は昔こやつにハンターとしての指導をしておったザトーという者じゃ。まあ今は只のその辺に良く居る爺じゃがな」

 

ホッホッホ……と笑い声を上げながらクリスに自己紹介をしているこの男性こそ、俺にハンターとしてのイロハを叩き込んでくれた先生というべき存在である。前会った時よりも流石に年は召しているが、立ち居振る舞いは依然として一部の隙も無く正に達人と呼ぶのに相応しいオーラを放っている。本人のやる気はともかくまだまだG級としてやっていける力は十分に有るだろう。

 

「は、はあ……どうも。つまり、師匠の師匠って事は……だ、大師匠?ですか?」

 

「何、そう堅苦しくせんで良いよ。好きなように呼んでおくれ――お爺ちゃんでも何でも、な」

 

「じゃあ――ザトーさん?」

 

「ふむ、まあ良いか。もっとフランクでも構わんのじゃが。それより二人とも、何をしておるのだこんな所で。周りの迷惑になるかもしれんぞ?」

 

そういえばかなり長い事この場所を独占してしまっている。他に依頼を見たい人も居るだろうし一旦場所を移すとしよう……久しぶりに先生と話をしてみたいし、な。

 

「すみません……では場所を変えましょうか。こっちだ、クリス」

 

その場を離れ仲間と会話などをする為に設けられたテーブルを三人で囲む。俺達が移動するのとほぼ同時に依頼を見に行く人が大勢現れたのを見るに、大分邪魔になっていたらしい。俺は一つの事に捉われると周りが目に入らなくなってしまう様だ、気を付けねば。

 

「やれやれ、相変わらずの様じゃの。集中力が有るのは良いが、もっと他人に気を配れる様にならねばな。特にこれからは人の面倒を見て行かねばならんのだぞ?」

 

「……お恥ずかしい限りです。どうにかしようとは思っているんですが――」

 

「ま、それも昔っから変わらぬ癖じゃしすぐに直せとは言わん。自分で気付いているならどうにでも出来るしの」

 

やはり自分の昔の事を知られている人間と会話するのは何処と無く気恥ずかしさが有る。別に嫌では無いのだが、あまりクリスには聞かせたくない話だ。だが自分にとって聞かれたくない事というのは即ち、他の誰かが聞きたくなる内容である事が多い。この目の輝きから見るに、どうやらクリスにとっても俺の恥ずかしい過去は非常に興味深く感じる様だ。

 

「あの!師匠って昔はどうだったんですか?あんまり良く知らないから気になります!」

 

「おお、そうじゃったそうじゃった。確かそれを聞こうとしていたのじゃったな。いかんの、年を取るとついつい話が長くなってしまって。何を離そうとしていたのか忘れてしまうのもしょっちゅうじゃわい。それで――昔の話か。ふむ……こやつの場合少々特殊でな、全て教えた方が良さそうじゃ」

 

「……宜しいのですか?」

 

「なーに、お主が見込んだ人間なのだからきっと問題無いわい。実はの、お嬢ちゃん……儂は本当はハンターとしては失格なのじゃ。ほれ、この通り」

 

その言葉と共に先生は帽子を脱いだ。中から表れた顔、その眼は……固く閉じられている。だが仮に開かれたとしてもその瞳には何も映りはしないだろう・

 

「儂が子供の頃に病気での……幸いにして命は取り留めたは良いが、目の方は御覧の通りじゃ」

 

「そんな……危なくないんですか?それでハンターなんて――」

 

「勿論危険じゃ。だけど元よりハンターなぞ危ない物よ、多少リスクが増えても気にならんわい。……あ、でもギルドには内緒じゃぞ?バレたらライセンスを取り上げられてしまうからの」

 

「でも……いえ、分かりました。あんまり納得はしてないですけど、私だって大分我儘言って此処に居るんだし……何も言いません」

 

自分の進む道は自分で決める。口で言うのは簡単だが、実際に誰かが危険な道を選ぼうとしているのをはいそうですかと見送るのは難しい。だがハンターとして生きるならばどうしてもそれが出来る様にならないといけないのだ――自分の命は自分で責任を取る、その覚悟が無いと到底やって行ける仕事では無い。それは他人の命であっても同じであり、決して余所から口を出して良い物では無いのだ。

 

腕前はまだまだだが、覚悟は定まっているらしく一安心だ。先生もその事を喜んでいる様で帽子を被り直しながら顔に笑みを浮かべていた。

 

「有難う、どうやらハンターとしての心構えは定まっているらしい。これからもその気持ちを失くさずに居ておくれ。……まあそんな訳での、色々なサポートが欲しくて自分の狩りの仲間となってくれそうな人を探して依頼を受けつつあちこち旅しておったのじゃが、中々上手く行かんかった。どうした物かと思ってとある村を訪ねた時、それこそがこやつとの出会いじゃった――」

 

あの時の事は今でも目に浮かぶ。全てが始まり、戻る場所を失くしたあの時。これまでの人生の中で最も強く俺の記憶に焼き付いている思い出――まさかこうして誰かに聞かせる日が来るとはな。だが偶にはこういうのも悪くは無い、精々恥を晒して見るとしようか。

 

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「ふむ、そろそろ帰らねばな……」

 

とある街でリオレウスの討伐を終えた後、ギルドへ報告しに戻りに行く途中で未だ訪れた事の無い村に立ち寄った。本来ならすぐに帰還すべきだけれども、すんなりと依頼を達成出来た為思いの外時間が余っている事も有って寄り道をしようと思い立ったのだ……が、想像していた以上に何も無いらしい。何の変哲も無い田舎の村と聞いていたのでそれ程ショックを受けてはいないとはいえ、只の時間の無駄であったと言う事実は全身に感じる疲労感を倍加させていく。

 

「何の収穫も無し、か。――ん?」

 

せめて誰かに会って話の一つでも土産に出来ればと思ったのだが、人っ子一人見当たらない。諦めて帰ろうとしたその時――何処からか木を切り倒す様な、そして何かを打ち付けているかの様な音が遠くに聞こえた。

 

「はて、コレは一体……?まあ良い。物のついでだ、話を聞いてみるとしよう」

 

届いてくる音を頼りにそちらへ向かって歩みを進める。目的地はどうやら山の中らしく、其処へ至る道もまるで整備されていない。幾ら田舎の村とはいえこれ程山の深い場所に早々用が有るとは思えないが……果たしてこの先に待ち受けるのは如何なる人物なのか。

 

「ふう、後少し――」

 

「よいしょ!っと」

 

もしかしたら向こうからは既にこちらの姿が見えているかもしれない、そう思える位の距離まで近づいた辺りに差し掛かると何やら掛け声らしき物が聞こえてくる。高さから考えるにその声の持ち主はまだ少年らしいが――私は自分の耳を疑った。何故ならその声の直後に聞こえてきた刃物らしき者を振るう音、それが尋常で無く鋭かったのである。

 

辺りに広がる大木が倒れる衝撃。どう考えてもこの年頃の少年が生み出せる光景では無いだろうが、自分の聴覚には絶対の自信が有る。つまりコレが意味するのは……考え事に耽る私の耳に、虫の羽音が聞こえてきた。しまった、ランゴスタか!?ハンターである私ならともかく、彼にとっては一刺しされるだけでも命が危ないかもしれない。急いで助けなければ――!

 

「ったく、危ないな」

 

飛び出そうとした私を余所に、彼は恐らく木を切る為に持っていたであろうその道具であっさりと打ち倒してしまった。素晴らしい身体能力に的確な判断力、そしてこの冷静さ……間違いない、彼こそ私が探し求めていた人物に違いない!感動に震える私に気付く事も無く彼は木を削りだし何かを作っている様だった。邪魔しない方が良いかとも思ったが、この機会を逃してはもう二度と会えないかもしれない。意を決して彼に話し掛ける。

 

「見事だ、実に素晴らしい音だったよ」

 

「うわっ!?誰だアンタ、急に現れたりして……まさか俺を連れ戻しに来たのか?悪いが俺は帰る気なんて無いからな。さっさと何処かへ行ってくれ」

 

「ふむ、何か勘違いをしている様だが……誰かに頼まれて此処に来た訳では無いよ。フラフラとその辺を歩いていたら興味深い音が聞こえて来たのでね。ほら、私はこの通り目が見えないんだ。だから物音には敏感でついつい気になってしまったのさ。それにしても凄い音だったよ……この世界に入って何年も経つが、これ程の物を聞いたのは初めてだ」

 

「この世界……?アンタもしかして――」

 

「そう、お察しの通りだ」

 

ハンターに憧れているだろうこの少年は、すぐさま私の職業を見抜いた様だ。これなら話もし易い。出来れば彼を街に連れて帰りたいが、その前に色々質問するとしよう。

 

「ところで、こんな所で何をしていたのかね?君なら心配はいらないだろうが流石に一人でこんな山の中まで来るのは感心出来ないな」

 

「仕方無いだろ、家族も友達も皆俺の夢を馬鹿にするんだ……お前になんかなれる筈が無い、ってさ。だからどうにか練習しようと思って必要な道具を自分で作ってるんだよ。こっそりと腕前を上げていつか皆を見返してやるつもりでね」

 

「成程成程、夢に向かって努力するのは良い事だ。だが正直言ってそのやり方はお勧め出来ないな。変に自己流でやってしまうとおかしな癖が付いてしまうからね、一度そうなってしまうと治すのは大変だよ?」

 

「……分かってるよ、そんな事は。でも他に方法が無いから仕方無いだろ」

 

思ったより説得は簡単そうだ。それにしても一目で分かるだろうこの才能を認めないとは……彼の周りの人間は余程外に出したくないのか、それとも見慣れている所為で感覚が麻痺しているのか。目が見えない私よりも物事が見えていないとは……嘆かわしい。

 

「一つ提案なんだが……もし良ければ私の所に来る気は無いか?きっと君の夢を叶える手伝いが出来る筈だ。これでもそこそこの評価を得ているんだ、悪い話では無いと思うが――」

 

「本当か!?頼む――いや、頼みます!俺を弟子にして下さい!」

 

「こちらこそ宜しく頼むよ。しかし問題は君の家族だな。上手く説得しなければならないが……」

 

「難しいと思いますよ?最近じゃまともに会話もしていないし」

 

それは困ったな……出来ればお互いが納得する形が良いんだが、どうすれば納得させられるだろうか。家族を失った私からしてみれば出来るだけ仲良くて貰いたいのだが。

 

「此処で考えても解決しないな。君の家に案内してくれないか?」

 

「俺の名前はシドです。ご案内しますよ、先生」

 

「早く正式にそう呼ばれるようになりたい物だね……と、私はザトーという。宜しく頼むよ」

 

手を引かれ歩き続ける事一時間、やっとの事で村へ辿り着きすぐさま彼の家へ向かう。それにしても随分と険しい道程であった、これもトレーニングの一環なのだろうか?

 

「……ただいま。母さん、少し話したい事が有るんだけど――」

 

「まだ馬鹿げた夢を見ているの?いつまでもそんなのに付き合ってられないわよ、早く父さん達と一緒に畑の仕事を手伝って来なさい!」

 

「違う!俺の夢は決して馬鹿馬鹿しくなんか――」

 

「まあまあシド、落ち着いて。此処は私に任せて貰えるかな?どうも初めまして、ザトーと申します。勝手では御座いますが上がらせて頂きました」

 

放って置くと口論が始まってしまいそうだったため、慌ててそれを制し家に上がり込む。やはり彼の言葉はもう届かないだろう、此処からは先生として私がどうにかしないといけない。

 

「……どちら様です?この辺りでは見かけない方の様ですが」

 

「別の場所で依頼を受けた帰りにこの村へ立ち寄らせて貰いましてね、偶々彼の生み出す音を耳にしたのです。目が見えない私にとって非常に衝撃的でした。間違い無い、彼には才能が有る。どうでしょう、一つ私に預けては貰えませんか?必ずこの才能を芽吹かせて見せます」

 

「そう言われても……ウチだってシドの手伝いが無いと大変だし、それ正直言ってアナタの事も信じられません。何か証拠を見せて貰えない事には――」

 

「大変だー!モンスターが出たぞー!」

 

話し合いを続ける我々の下に、緊急を告げる知らせが飛び込んできた。コレは丁度良い、説得に利用させて貰うとしよう。

 

「そんな……早く逃げないと――」

 

「渡りに船、という奴ですね。是非此処で御覧になっていて下さい、彼の凄さを分からせて差し上げます――シド!行くぞ!」

 

「え?は、はい!」

 

「ちょ、ちょっとアンタ達――」

 

引き止める声を無視して人の波に逆らい駈け出す。逃げる方向と逆に向かって進めば良いのだから案内も必要ない。足音から察するに彼もちゃんと着いて来ているらしい、全力では無いとはいえやはりその体力には目を見張るものが有る。

 

「危なくなったらフォローしてあげるから、しっかりやるんだよシド。その才能を皆に教えて上げるんだ!」

 

これが彼、シドのハンターとしてのデビュー戦になる。相対するは怪鳥イャンクック、相手に取って不足は無い。さあ――先生に君の力を存分に披露して見せなさい!

 

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一体どうしてこうなったのか。いつもの様にコッソリと人目を避け山の中で笛を作り練習する――そんな当たり前の日々を過ごしていた筈なのに、今俺はモンスターと対峙させられているのだ。その切っ掛けを作った男性――目が見えないと言っていたし音にこだわりも有る様だからきっと音楽家なのだろう――によって俺の演奏が初めて認められ、それを喜んでいたのも束の間……あれよあれよという間に話が進み、こうして今この場に立っている。

 

だがこの先生は俺の才能を示すチャンスだと言っていた。それはつまり――モンスター相手に演奏を披露し魅了して見せろ、という事だろう。確かに実現すればもう俺の腕前を疑う人間は居なくなるに違いない。だが果たしてそんな事は可能なのか?……いや、やるしか無い。この場を用意してくれた先生の為にも、何より俺が俺らしい人生を送る為にも――この程度の試練は乗り越えねばなるまい。

 

「ギエーッ!ギエーッ!」

 

けたたましい叫び声が聞こえてくる。うるさい奴だ、俺の音楽ですぐに黙らせてやる……!先程大木を切り倒して作ったばかりの笛を構え演奏を開始――しようとした所で突っ込んできたそのモンスターに弾き飛ばされてしまう。

 

「ぐはっ……!」

 

「落ち着け!ちゃんと相手の動きを見て隙を付くんだ!」

 

成程、相手が常にこちらの演奏を待ってくれるとは限らないという事か。いずれ名が知られる様になれば自然と足を止める人が増えるだろう、しかし初めの内はどうにかして足を止めさせないとそもそも聞いてすら貰えない。これまでは只演奏していればどうにかなると思っていたがそれほど甘い世界では無い様だ。流石は音楽家の先生、同じ様に苦労してきたのだろう。

 

「だけどこれなら……ッ!」

 

少し距離を取り相手を見据えながら笛を吹く態勢に入る。仮に突っ込んで来てもすぐに躱せるし、ギリギリであの尻尾も届かない。攻撃を回避し、直後の隙を狙って演奏を聴かせるのだ。覚悟は良いか、今からお前に感動の涙を流させてやるよ――!

 

いつ攻撃が来るのかとじっと堪えて見守っていたが、予想に反して近付いて来る様子をまるで見せない。不思議に思っているとモンスターは大きく息を吸い込み始め、直後に先生から悲鳴にも似た声が聞こえてきた。

 

「コレは……!危ない、シド!早く逃げるんだ!」

 

「え……?うわっ!?」

 

何の事か分からなかったが、言われるままにその場を飛び退く。だが少し遅かったらしい、焼けつく様な痛みが左足に走った。いや、実際服が少し焦げている。立っていた場所を見ると火柱が上がっていた。実際にモンスターを間近で見るのは初めてだが、こんな恐ろしい攻撃を仕掛けて来るのか!?

 

此処までのあまりに急な展開で気付く事さえ出来なかった恐怖が全身を包み込む。全身の筋肉が縮こまってしまい上手く動けない。どうしたら良い、どうしたら生き残れるんだ……?

 

「何をしているんだ、シド!こんな所で終わるつもりか!守ってばかりじゃ、逃げてばかりじゃ何も出来無いぞ!自分から攻めて行くんだ!」

 

そうか……思えば俺は何時も自分から動くという事はせず、人を頼ってばかりだった。陰でコッソリと練習してはいるが、誰かに認めて貰う事が出来ずそれに対して不満を述べるばかりの日々――そんな日常にはサヨナラを告げると決めた筈だ。

 

いつの間にか動くようになった両腕に力が籠る。体中から力が沸き起こりまるで心の奥底に火が付いたような気分だ。俺は間違っていたのだ、自分から動かなければ何も変わらない。

 

誰かに認めて貰えないのなら自分の力で認めさせる、演奏を聴いて貰えないのなら――力尽くで無理矢理にでも聴かせる。それこそが音楽家への道なのだ。それを教える為にこの舞台が用意されたのだろう。

 

「ウオオオオオッ!」

 

手に持っている笛をモンスター目掛けて叩きつける。急な変化に驚いたのかそれとも単純にダメージが大きい為なのか、悲鳴を上げてよろめき出した。敵も黙ってやられるばかりでは無く怒りの形相を見せたが、今の俺はその程度では止まらない。ついばみを躱し尻尾の一撃を受け止め、足を目掛けて笛を振り回す。崩れ落ちるモンスターの体。しかし俺は油断する事無く体に攻撃を浴びせ続ける。

 

「いいぞ、その調子だ!」

 

先生の檄が飛び勢いは更に増していく。だが敵はまだ諦めていないらしい、立ち上がりこちらを睨みつけ起死回生の攻撃をする準備を始めた。スゥッ、と空気が吸い込まれ肺が膨らんでいるのが分かる。コイツ――また火を吐く気か!

 

火というのは恐ろしい道具である。あらゆる生物を恐れさせ、決してそれに慣れる事は無い。人間の歴史はコレを使いこなす事から始まったと言っても良いだろう。そんな物を武器として用いるこのモンスターはまさしく脅威である――が、どんなに恐ろしい物であっても来ると分かっているなら対処は可能だ。

 

「人間を舐めるな、この鳥野郎!」

 

吐き出す直前のクチバシに下から攻撃を加え強引に口を閉ざさせる。

 

「ギエエエッ!?」

 

吐き出されるはずだった炎は口の中で燃え広がり自身を苦しめる事となった。火が効かない動物は居ないのだ――例えそれが自分で生みだした物であろうと。クチバシにヒビが入り黒い煙が上がる。間髪入れずに一撃加えると、ピシリと音を立て砕けてしまった。

 

さあ、次はどうする――追い詰められた相手は何をして来るか分からない為慎重に成らざるを得ない。相手はモンスター、人間を遥かに上回る強さの持ち主なのだ。気を抜いたらあっという間に逆転され餌になってしまうだろう。

 

だが敵の方はそうは考えなかったらしい。俺を強敵と認めたのか、俺に背を向け遠くへ向かって走り出した。しまった、此処まで追い詰めておきながら――いや!

 

「良し……もう十分だな、シド。お疲れ様――」

 

先生の言葉を無視して演奏する構えを取る。足の速さではとても追いつけないが、音はもっと早く動く事が出来る。何より今こそ俺の音楽を聴かせるこれ以上無い隙ではないか!おあつらえ向きに村の皆もこの場に集まり出した様だ。飛び立ち始めたモンスターの耳にも今ならまだ届く。

 

「全員良く聴け――コレが俺の音楽だ!」

 

辺り一帯に響き渡る俺の演奏。これ程大勢の前で行うのは初めてだが、緊張感と快感が入り混じっている不思議な気分だ。やはり音楽は良い、俺の生きる道はコレ以外考えられない。良いぞ、乗って来た。もっと、もっとだ――!

 

「――ふう」

 

一通り俺が満足するまで演奏を終え、心地良い疲労感に身を任せ地面に倒れ込む。今まで生きてきた中でこれ程充実していた時間は初めてだ。透き通るような青空、そして集まった聴衆。これ程のステージを超えるのは早々無いだろう。だがこれからはもっと素晴らしい舞台も待っている筈だ。

 

「どうでしたか、先生。――先生?」

 

返事が無いのを不審に思いそちらを見ると、驚いた事に倒れ伏している先生の姿が有った。慌てて駆け寄り声を掛けるが返事は無い。

 

「そんな……しっかりして下さい!先生、先生――!」

 

その時の俺には同じように倒れる村の人や家族、落下して死んだモンスターの姿もまるで目に入らず只々ひたすらに悲しみに暮れていた。ある晴れた日の出来事であった。

 

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「――もう良いのか?」

 

「ええ……もう出来る事は有りません。此処から先は結果を出して納得させるしか――方法は無いですから。それにこれ以上此処に居ると、覚悟が鈍ってしまいます」

 

「せめてこの祭りが終わってからでもとは思うが……そう言うなら仕方無い。すぐにでも村を出るとしよう」

 

「すいません、俺の我儘で……」

 

「何、気にしないでくれ。さあ――旅立ちだ」

 

このままならどうにかイャンクックを無事追い払う事が出来そうだと安心していた時の事である、急にこれま生きてきた中で聞いた事も無い様なおぞましい音が鳴り響き――私は成す術無く気絶してしまったのだ。そして気が付いた時にはベッドの上で寝かされていて――全てが終わっていた。

 

記憶が曖昧で何が起きたのかは定かでは無い。だが確かな事は一つ、シドはモンスターを倒しハンターとしての力を示したのだ。……結局その事実を持ってしても周囲の目を変える事が出来なかったのは残念な事であるが。

 

ふと思う。もしかしたら彼らは認めていないのではなく、認めたくないのではないだろうか。こういった小さな村に取って大型のモンスターによる脅威は大きな街を遥かに上回る。単に戦う者が居ないというだけで無く、ギルドに対する依頼料をかき集めたり畑の被害を普通の人間が抑えなければいけなかったりとたった一度の襲撃が正に生死に関わるレベルなのだ。

 

それだけに依頼を出すことも無く被害も出なかった今回は奇跡的と言えるだろう。仕留めたイャンクックを皆で食べ祭りが開催されるのも無理も無い話だ。コリコリとした軟骨やクセが有るがはまったら病み付きになる砂肝、パリッとした食感が香ばしく脂の旨味が口一杯に広がる皮の焼き鳥は私も大の好物なので是非食べて行きたい物だが――と、話がそれてしまった。とにかく、そんな彼らがシドの才能に気付かない?幾ら何でもそれは無いだろう。皆知っているのだ、ハンターという職業の危険さを。そこに飛び込もうとする自分の家族を、村の仲間を止めようと思うのは何ら不思議な事では無い。

 

だけど――彼はもう、決めてしまった。安全な村の中で一生を過ごすのではなく、世界に飛び出し荒波に揉まれる事を。私に出来るのは彼が波に飲まれてしまわないようにする事、出来るだけ早くそして一人前のハンターに成長させ村に帰れる様にする事だけだ。

 

「ほら早く!置いて行くぞ!」

 

振り返り、遠ざかる村の明かりを見つめるシドに声を掛ける。いざ行かん、G級ハンターへの道のりを――

 

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「――とまあ、こんな感じだな」

 

「うわあ……何て言うか……うわあ……」

 

驚いているのか呆れているのか分からないが、クリスはどうやら言葉も無い様だ。俺自身改めて思い返すともっと早く気づけと思わないでも無い。

 

「本当に悪かったのう、シドよ……。まさかお主がハンターでは無く音楽に興味が有るとは思わなんだ。もう少し早く気づいていれば――」

 

「いえ、先生が謝る必要は有りませんよ。俺だって気付かなかったんだし、何より形はどうあれこうして村から連れ出してくれたんですから。きっとあの時の出会いが無ければ俺はまだ村で燻っていたでしょうし。……一つだけ後悔が有るとしたら、それは――」

 

「お主がそう言ってくれるのなら儂は何の文句も有りゃせんよ。確かに一度位は一緒に狩りに出てみたい物じゃが」

 

目が見えない先生と俺とでは圧倒的に相性が悪い。レクターやフランなら耳栓をしながらでも戦える技量が有るが、先生だけはそうは行かない。村を飛び出した事も笛を選んだ事も何一つ後悔は無いが、先生に恩返しが出来ない事だけが悔しくて堪らない。

 

「ま、それはともかく……分かったか?クリス。狩りに行く決心は付いたか?」

 

「……今の話の何処を聞いたらそうなるのか分かりませんけど。まあ何となくイャンクックならどうにかなるかな、って気はしました。あんなに悩んでいたのが嘘みたいです」

 

「そうだな、心の何処かに恐怖を忘れないでいるのなら――その位の気持ちで十分だ。リラックスしていないと力は出ないんだ。それに……俺に先生が居る様に、お前には俺が付いている。安心して戦ってこい!」

 

「はいはい……それじゃ、行ってきますね」

 

呆れたような口振りをしているが、あの時以来ずっと強張っていた表情に柔らかさが戻ってきた。久し振りに本当の笑顔を見る事が出来そうだ、こんな冗談みたいな話をした意味は有ったのだろう。……いや、全て事実では有るが。

 

「良い子じゃな、シド。大事に育てるんじゃぞ」

 

「ええ、教わった事をちゃんと伝えますよ。先生みたいに上手くやれるか自信は有りませんが――」

 

「煽てるでないわ、お主はとっくに儂より立派になっておるよ」

 

「これ以上無い褒め言葉です。……よし、俺ももっと頑張らないと」

 

改めて音楽の道を極める為に気合を入れ直す。俺の為、心配する村の皆の為、そして先生の為に。こうして思い返して一つ気付いた事が有る、田舎の村だから恐らく間違いないだろう。

 

――先生は村の皆に音楽家だと勘違いされたままだ。早く戻って誤解を解かないと変人扱いされるだろう。ひょっとしてもう手遅れか?

 




やっと当初予定していた人物が揃った。そして安定のネタ切れ。

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