笛使いの溜息   作:蟹男

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前話のあらすじ
もしかして:美味しんぼ

書くのが遅れたのはランクの高いアロンダイトが出ない所為


狩人という者

「そろそろ認めてくれても良いじゃないですか!私だって頑張ってるんですよ!?」

 

「駄目だ、まだ早すぎる。何処がいけないのかも分かっていない様だし、到底許可する事は出来ないな」

 

師匠に弟子入りを認められてからこれまで、様々な経験を積んできた。体力を付けるトレーニング、曲を覚える練習、そして同じ位のランクの人とパーティーを組んでのクエスト……それ程長い期間では無いが今まで生きてきた中で最も濃密な時間を過ごしている。

 

確かにまだまだ駆け出しで師匠の曲もちゃんとは演奏出来ていないが、それでも同じ時期にハンターを始めた人たちの中ではトップクラスの結果を残して居る。その事は私にとって大きな自信に繋がっているし、この前とうとう同期の人達だけのメンバーで飛龍種を倒す事にも成功した。

 

今の私ならモンスターを倒せるんだ……!そう考えたので、いよいよ一人での飛龍討伐に出掛けよう、と思い師匠に相談したのだが――結果は御覧の通りだ。過保護なのかそれとも頑張りを認めてくれないのか分からないが、とにかくどうしても許してくれないのだ。

 

「だったら教えて下さい、何処を直したらいいんですか!?ちゃんと答えてくれないと納得出来ません!」

 

「今のお前に言っても分からんよ。ハンターになったばかりの頃ならすぐに分かっていただろうけどな」

 

「……全然成長していない、って言いたいんですか?師匠に、師匠に何が分かるんですか!こんなに頑張っているっていうのに人の気持ちも知らないで、そんなんだから――」

 

ずっと一人なんだ、そう続けようとした私の口が後ろから抑えられた。美しくも何処か力強ささえ感じられる様なこの手の持ち主には覚えが有る。

 

「そこまでだよ、それ以上は口にしちゃいけない」

 

「フランさん……」

 

女性の私でさえドキリとしてしまう様な、人目を引き付ける美貌を持った女性が其処にはいた。

 

「御無沙汰してます、あの――」

 

「久しぶりだね、活躍は聞いているよ。なんでもルーキーのハンター達の中で一、二を争うレベルらしいじゃない。確かシーゲル君、だっけ?と君がダントツだとか。流石だね、これなら師匠の顔も潰さずに済むと思うよ。それとも教えるのが上手いのかな?」

 

「……私、頑張りましたから。師匠は忙しいのか何なのか知りませんけど、付きっ切りでもてくれるという事も有りませんし」

 

「ふうん……成程ね。大体状況は理解出来たよ」

 

女同士という事も有るのかすぐに私の気持ちを理解してくれた様だ。今からでも遅くない、この人に付いて行くべきか――そんな事さえ頭に思い浮かんでしまう。

 

「珍しいな、研究で部屋に籠っていると聞いていたが……。そっちは良いのか?」

 

「御心配無く。そこそこ順調に進んでいるよ。此処に来たのはちょっとした野暮用と、まあ気分転換さ。そしたら見知った顔が居たから来てみたんだ」

 

「……そうか。だがお前には関係無い、これはクリスが考えるべき問題だ。用が済んだのなら悪いが何処かへ行ってくれないか?」

 

「残念だけどそういう訳には行かないね。彼女をこのまま放って行く事も出来ないし、君は口下手だからどうにもならないんじゃない?私が少し手伝って上げるよ」

 

フランさんの言葉を聞いた師匠は言葉を返せず押し黙ってしまう。このまま上手く行けばハンターとしての次の一歩を踏み出せるかもしれない――閉ざされかけていた道が開かれ、悲しみと怒りに満ち溢れていた私の心に一筋の希望が入り込んでくる様な気分になった。

 

「有難う御座います、フランさん。お蔭で――」

 

「お礼はいらないよ、私が勝手にやっている事だし。それに――いや、何でも無い。二人ともちょっと待ってて」

 

何かを言い掛けたがその言葉を引っ込めると依頼を探しに向かってしまった。何をするのだろう?と見守っていると、程無くして二つの依頼をこちらへ持って来たのであった。

 

「ハイこれ。シドはこっちでクリスちゃんはこの依頼だよ」

 

「おい、お前勝手に……」

 

「何の依頼ですか……?」

 

渡された依頼を見てみると、そこにはモンスターの討伐などでは無く燃石炭を納品してくれと書かれていた。

 

「どうして今更火山に出掛けてまでこんなのやらなきゃいけないんですか?私はもっと――」

 

「成程な、狙いは分かった。だが……危険過ぎやしないか?」

 

「そこをどうにかするのが君の仕事じゃない。大丈夫、私もちゃんと付いて行くから。偶には良い所見せないと着いて来てくれなくなっちゃうかもね?」

 

不満を訴える私を無視して勝手に二人で話を進めている。そして見つめあったまましばしの沈黙の後……根負けしたかのように師匠が口を開いた。

 

「ったく、仕方無いな。……お前が言い出したんだから責任はちゃんと取れよ?」

 

「勿論、それは約束するよ。さ、準備は良いかい?」

 

「え、え、……一体どういう事ですか?」

 

「君も一緒に行くのさ、私達と一緒に火山にね。さあ早く用意しないと置いて行っちゃうよ」

 

未だ訳が分からぬままだが、取り敢えずこの場に放置される事は避けたいので疑問は残るものの各種アイテムを買い集め始める。大急ぎで持ち物を揃えた所で元の場所に戻ると、先程までの様子とはまるで違う正しくG級であるという事を雄弁に物語る様な恰佇まいをした二人のハンターが私を待っていた。

 

「結構時間が掛かったね、まあ初めの内はそんな物か。いずれ必要な物が分かってきてすぐに終わるようになるから気にしないで良いよ」

 

「俺は元々それ程道具を持ち歩いていなかったから良く分からんが……そういう物なのか?」

 

「君はもう少し周りに目を向けたらどうだい。クリスちゃんだってこれでも結構速い方だと思うよ?」

 

準備に掛かる時間についてどうやら話しているらしいが今の私にはそんな言葉は殆ど耳に入って来なかった。師匠はかつて一度見た事が有るが、あの時はまだハンターでは無かったし良く理解できなかった。だが今なら分かる、G級ハンターというのはこれ程凄い物だったのか。

 

そういえば普段は動きを見て貰うぐらいだし、クエストに行くときは一人の場合が殆どだ。つまり、今日この時が師匠と一緒に行く初めての機会という事になる。普段見る事が滅多に無いその姿に圧倒されつつ心の何処かで同行出来る事の喜びを感じていた。

 

「それじゃ行こうか。詳しい話は中で教えて上げるよ」

 

その言葉を聞き我に返り、ギルドを出ようとする二人を慌てて追い掛ける。私に早くするよう急かしてくるアイルーに謝罪しながら乗り込むや否や、目的地に向かって動き始めた。

 

「そういえば、火山は初めてかな?」

 

「いえ。何度か行った事は有りますけど……でもそれ程詳しくは無いです」

 

「そっか、まあ私達が案内してあげるから心配しなくていいよ」

 

「それより……何をする気なのか教えて貰えませんか?」

 

それを聞いた途端、フランさんはニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべ……片や師匠は反対に不機嫌な様子で顔をしかめさせた。

 

「……足りない物を教えてやる。黙って付いて来れば良い」

 

「こらこら、そんな言い方じゃ不安にさせてしまうよ?まあつまりこれから私達は別のクエストで同じ場所に行く訳だけど……クリスちゃんは取り敢えずこっちに一緒に着いて来て欲しいんだ。ギルドには内緒にしてね?きっと面白い物が見れると思うから、期待してて」

 

「うーん……要するにこっそり着いて行って手伝ったら良いんですよね?分かりました、私の成長をちゃんと見て下さいね!」

 

「……まあそれで良いさ、到着すれば分かる事だ」

 

それっきり師匠は口を開く事は無かった。出来ればもう少し詳しく教えて欲しいのだが……言わないという事は大丈夫という事なのだろう。こうなったら予想以上の活躍で見返してやろう、密かにそう心に誓った。

 

「フフッ、じゃあ楽しみにしてるよ。……そろそろみたいだね、準備は良い?」

 

外を見ると景色はすっかり変わっており、そこには紅く燃える山が悠然とそびえ立っていた。何度見てもこの光景には圧倒されてしまう。荷物を纏め終えアイルーにお礼を言い大地に降り立つと、猛烈な熱気が私を取り囲んだ。普段生活している所では考えられない様なこの気温、これでもまだ中心部よりは大分涼しいと言うのだから本当に自然というのは様々な顔を持っている物である。

 

「クーラードリンクは飲んだ?それじゃ早速向かうよ」

 

「え、もう……あ!待って下さい、置いて行かないで――!」

 

 

私の返事も聞かずに二人は駈け出していた。慌てて走り出すがその距離は中々縮まない。息も絶え絶えになりやっとの所で追い付いたのはマグマがまるで湖の様に溜まっている場所であった。足を止めている所から見るにどうやら目的地らしい。

 

「ハア……ハア……こ、此処がゴールなんですか?何も見当たりませんけど……」

 

「狩りとしてはこれからがスタートだけどね。ほら、良く見て御覧。あのマグマの中だよ」

 

そう言われても特に何も――いや、良く見ると溶岩の流れが一部不自然に盛り上がっていたり表面に波紋が広がったりしている。という事はこの中に棲んでいるモンスターが居て、それが今回のターゲットという事か。ならば話は早い。

 

「分かりました、それなら――」

 

「え?ちょ、ちょっと!」

 

フランさんが驚いた様子で私を止めようとするが、そんな事は意にも介さず地獄の底の様なマグマの海に近づき演奏を開始する。中に潜む相手をおびき出すと同時に能力を低下させてやるのだ。

 

周囲に私の演奏が響き渡り、ボコボコとマグマが音を立て持ち上がってくる。一体どんな敵が出て来るのだろう?少し楽しみにしつつ身構えていると――急に襟首を掴まれ後ろに放り投げられてしまう。

 

「痛たた……、師匠!一体何を――」

 

そこから先の言葉を紡ぐ事は出来なかった。私は只その光景に圧倒されていたのだ――降り注ぐ灼熱の溶岩、燃え上がる地面、そして……これまでに見たあらゆる生物を遥かに上回る巨体。あまりの事態にまず私の心には驚きが訪れ、次の瞬間にはそれが恐怖に変わっていた。もしあのまま動かずにいたら――そう思うと震えが止まらない。

 

私はまだ混乱の中から抜け出せず、立ち向かう意志を固める事も一目散に逃げ出す事も出来ないで只々後ろに下がって行くだけであった。仕方無いだろう、どう足掻いても人間が勝てる相手とは思えないしだからと言って目を背ける事もまた恐ろしいのだ。

 

とはいえそんな矮小な人間の気持ちなどモンスターには一切関係が無い。悠然とそびえ立つその巨体がキョロキョロと頭を動かし、何の表情も浮かべていないように見える二つの丸い瞳が私の姿を捉えた。さぞかし倒しやすそうな獲物に見えた事だろう――いや、或いはそれにすら届いていないかもしれない。吹けば消し飛んでしまう蝋燭の炎、その程度の認識だろうか。まるでその考えが事実であるかの様に、モンスターは私に向かい口を大きく開け命を消し飛ばす動きを見せた。

 

近付いて来る灼熱の塊、最早避ける事も出来ず迫り来る死から逃れる事は不可能に見える。怖い、逃げ出したい、早く目を背けてしまいたい。これから先の未来が閉ざされる事や今までの人生が無に還る事では無く、ただ単純に後少しで死んでしまうという事実そのものがとても恐ろしい。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!まだ私は死にたくない!だが無情にも紅く燃える溶岩は私に近づいて来て――真っ赤な輝きを放ちながら爆散した。

 

「――クッ!だ……大丈夫?怪我は無い?」

 

光にも慣れ視力が戻って来た私の目の前に居たのは、ボウガンと盾を構えたG級ハンター――フランさんであった。どうやら飛んでくる攻撃に弾丸を発射し粉々に打ち砕いた後、私をその破片から盾で守ってくれたらしい。

 

「流石に少し効くね……それじゃ、後ろに下がっていようか。その狭い道に居れば体当たりとかは当たらないから、さ。安心して、飛んで来た溶岩は今みたいに何とかしてあげるよ」

 

「そ、そんな……危ないですよ!それにこのモンスターを倒さないといけないんじゃ――」

 

「私達にはここに連れてきてしまった責任が有るからね。それに、ヴォルガノスは確かに強敵だけど――彼の事を少し信じてみると良いよ。君が師匠にした男はどれ程凄いのかを知る良い機会だ」

 

そう言って私に背を向け攻撃に備える。師匠はいつの間にかあの巨大なモンスター、ヴォルガノスというらしいその相手の真正面に立ちはだかっていた。私は只頼もしい背中の陰に隠れ震える事しか出来ない。

 

どうして私はハンターになったんだろう?命を落とす為なのか、誰かに迷惑を掛ける為なのか、こんな情けない姿を晒す為なのか……そうでは無い、と言いたい。だけど今この場ではどれもこれもが私に当て嵌まっている。一体どうしたら……

 

「怖いのかい?それとも悔しいのかな?でも今の君には何も出来る事は無いね。それでも何かをしたいと思うなら――しっかりと前を見る事だよ。シドも偶にはカッコいい所見せたいと思ってるだろうからちゃんと見届けてあげてね?」

 

そうだ、例え今は何も出来無くても――いずれは立ち向かえるようになるんだ。だから私は前を見てその戦いを目に焼き付ける。相手に与えられた恐怖からでは無く、自分の勇気で前を向くのだ。

 

いつの間にか指がうっ血する程固く握り締めていた笛から手を離し、息を飲み戦場を見守る。本格的な戦いの火蓋が今にも切って落とされようとしていた。

 

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額から滴り落ちる汗が頬を伝い地面に流れ落ちて行く。だがそれはこの地の熱気に中てられたからでは無く、俺の体温は普段と比べてもむしろ低いぐらいで寒気すら感じる。俺がここまで震え上がり冷や汗まで吹き出しているのは、クリスに向けて攻撃を放った以外ロクな動きを見せていない目の前の相手――溶岩竜ヴォルガノスの巨体が与える凄まじい圧迫感と威圧感による物だ。

 

実際にこの光景を目の当たりにした事が無い人間に想像出来るだろうか?少し離れた位置から見上げてもその全容を把握する事が出来ないまるで一つの建物の様なサイズ、そんな相手が自分に向かって近寄ってくるのだ。歩く、という単純な行為一つでどれ程のプレッシャーを受ける事になるのか――この感覚は体験した物で無ければ分かるまい。

 

出来れば少しでも有利な状態で戦う為に準備を整えておきたかったのだが……計算外だったのは思っていた以上にクリスが舞い上がっていて冷静で無かったという事だ。罠や道具の用意を終えた段階で全力の演奏を聞かせてやれば大分有利な状態で始められたのに、まさか俺より先に笛を吹かれてしまうとは考えもしなかった。

 

だがそれでも――予想外では有るが最悪では無い。流石に俺一人で守りながら倒すには少し相手が強すぎる。しかし今この場にはフランが居る。心の内は全く読めず何が目的で俺達に構ってきたのかまるで分からないが、その腕前は確かだ。アイツの役割は戦えない者守る事、ならば俺はハンターとして、敵を狩る者としての仕事をこなす。

 

「――――――ッッ!!」

 

あまりの衝撃にすぐにはそれが何なのか分からなかった。鳴き声であると気付いたのはその行為が終わりに近づいてからの事だ。巨体を誇るだけの事は有り、それに見劣りしない程の凄まじい音量の鳴き声は――俺を怯ませるには至らない。元よりこの地では他に比肩しうるサイズの敵はおらず、自身の声を武器として使う機会は無いのだろう。普通の人間ならともかくハンターに対してはそんな物は何の意味も持たなかった。

 

折角生まれた隙を見逃す筈も無く、収まらぬ震えを力付くで無理矢理押さえ付け足元に一気に近づく。心の中には様々な思いが渦巻いている――戦いたくない、早く逃げ出したい、生き延びたい、どうして俺がこんな事を――それらを全て握り潰し、怪物に立ち向かう勇気に変える。只の成り行きで始めたこのハンターという仕事だが、それでも少しは愛着も湧いて来たしプライドも有る。何より俺の背中を見ている人間が居るのだ、情けない姿を晒す訳には行かないだろう。

 

「クリス……良く見ておけ」

 

自分より強い相手に恐れを抱く事は恥では無い。それが人間の、生き物の本能である。そしてそれを乗り越えて行くのが――ハンターという人種なのだ。怖さを無くしたり見失ってしまう事は決して成長では無い。今日はいつもの様な笛吹きでは無くハンターとしての姿を見せてやる。俺らしくないかもしれないが偶には良いだろう。

 

夢を叶える道はまだまだ続き、終着点は遥か遠く姿すら見えやしない。そんな長い道程を歩んで行くのだ、少しぐらい回り道をしても大して変わらないだろう。何より自分を頼る人間を見捨てる事はしたくない。人の心を動かす曲を奏でたいと思っているのに、それを聞いてくれそうな大事な観客を見捨てる訳には行かないからな。

 

「――ハァッ!」

 

腹の底から声を絞り出しつつ足に一撃を浴びせる。これと言ってダメージは無い、どころか当たっている事にさえ気付かれていないだろう。上がって来た直後は紅く燃えていた体はすっかり黒くなってしまっている。体表に付着した溶岩が冷えて固まっているのだ、その所為で体にまでダメージが届いていない。

 

しかしそれは俺の攻撃に対してリアクションを取って来ないという事でもある。このサイズ差である、一旦目を離してしまうと中々再発見するのは難しい。まして俺は今足元に居る、どうしたってその位置を見る事は出来ないのだ。このまま溶岩を剥がれ落とし足を傷つける事が出来ればその質量も相まって容易に転倒させる事が出来るだろう。問題は――

 

「フラン!気を付けろ!」

 

俺を見失っている間ヴォルガノスは黙ってその場に立っている訳では無い。敵が居なくなった訳では無い事には気付いているのだ、そうなると行うのは索敵という事になる。俺が此処に居る以上、見つかるのは当然あの二人だ。

 

「分かってッ、いる、よッ!」

 

迫り来る火球に対処すべく弾丸を撃ち、その反動を堪えつつ返事を返してくる。ボウガンに付けられる程度の盾で対処出来る程に威力を落としたとはいえ、無傷という訳には行かない。

 

「――ふう、何とか凌げたか。でも何時までも出来る訳じゃ無いから早めに頼むよ」

 

「ああ、分かってる!来い、俺は此処だ!」

 

フランの回復薬は無限に有る訳では無い、なるべくこっちに注目を集めなければ。そんな呼び掛けがコイツの耳に届かない事は分かっている。だから攻撃の為に下げた頭目掛けて笛を叩き込みそのメッセージを伝えてやるのだ。

 

……つくづく先制して笛を聴かせてやれなかった事が悔やまれる。溶けたマグマの中に居る間は音が良く通るのだが、一旦地上に出て冷え固まってしまうと耳を塞ぐような形になってしまうのだ。天然の耳栓を超えて音楽を聞かせてやるにはどうしても音量そのものが足りていない。

 

だが何分この巨体である、真っ向から戦って倒すには体力が有り過ぎるのだ。少なくとも俺は今まで演奏を聴かせずに倒した事は無い。やってやれない事は無いかもしれないが、その場合間違い無くフランかクリスどちらか或いは両方が犠牲になるだろう。

 

となると方法は二つ、もう一度マグマの海に飛び込ませるかもしくは――

 

「――クッ!」

 

巨体をしならせ溜めを作る動作をしているのが目に入った。この動きは危険だ、考え事などしている場合では無い早く避けなくては!同じようなモーションするモンスターは他にも居る、水の中に棲む魚竜――ガノトトスだ。ならばそこから繰り出される攻撃も必然的に似通っている事になる。

 

全体重を乗せたタックルが放たれるが、慌てて足元に飛び退き難を逃れた。幸いというか何というか、あくまでも似ていると言うだけでサイズ差も有ってか攻撃範囲までは真似出来ていない。威力そのものはともかく脅威度で言えばガノトトスのそれには及ばないのだ。ホッと一息付いた俺の左腕に激痛が走り、ヴォルガノスの尻尾側へ弾き飛ばされたのはその直後だった。

 

「ぐあっ……!」

 

奴の口元に付いた血液を見て、俺は何をされたのか理解出来た。ヴォルガノスはその首を曲げ俺の居る足元に向かって噛み付きに来たのだ。直撃はせず歯が掠り弾き飛ばされただけで済んだのだが、それでも左腕は大きく切り裂かれかなりの血が流れ出している。だが俺には痛みに悶える時間はのこされていない。今の俺の位置を悟ったのか、長い尻尾を振り上げているのが目に入ったのだ。

 

笛を背中に担ぎ右手で出血する腕を押さえつつ立ち上がるが、範囲外まで逃げられそうな気がしない。僅かな可能性に掛けそれでも必死に足を進めるが、奇跡など起きる筈も無く尻尾は振り下ろされる。

 

人がいざという時頼るべきは偶然では無い。自らの意志で行動を起こし、その結果として生まれる必然こそが真に縋りつくべき物だ。誰か一人でも足掻く事を放棄してしまえばそれは決して起こらない。だがこうして俺達が成すべきを成していれば、その必然は確実に訪れる――或いはそれを奇跡と呼ぶのだろうか。

 

「……ったく、随分乱暴だな」

 

「ゴメンね、こっちも必死だったから」

 

出血が治まった腕から手を離し、再び笛を構える。あのまま寝転んでいたらフランが放った徹甲榴弾の爆発で遠くへ逃げる事も出来無かったし、連続して放たれた回復弾が効果を発揮する事も無かっただろう。

 

もしも一対一なら俺は何度死を迎えていた事か。仲間のお蔭で何とか戦えているが……それを恥じる気持ちは一切無い。自分より遥かに強い相手をあらゆる物を使い乗り越えて行く、ハンターとはそれが出来る人間なのだ。さて、今日の俺はクリスに頼もしい背中を見せられているだろうか?情けない姿はこれ以上見せたくないな。

 

――ラウンド2、開始……って所か。一旦仕切り直しだ。

 

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「危ない危ない、流石に私も心臓が止まるかと思ったよ」

 

「あの……大丈夫何ですか?本当に師匠は――」

 

「心配はいらないよ。楽勝……とは言わないけど、この位でどうにかなってしまう様な人間はG級になんか成れやしないから」

 

だけど私も随分攻撃を受けた、このままのペースで行くとちょっとマズイ事が起きるかもしれない。こんな所で彼を失ってしまうのはあまりにも勿体無さ過ぎるし……様子見はもう十分だ。

 

「さて、それじゃ……そろそろこちらから仕掛けて行こうか。あまり長引かせたくないしね」

 

此処は向こうのホームグラウンド、それだけでも長期戦は不利なのだ。それにクーラードリンクも有り余っている訳では無い。この場にずっと留まり続けると私達はともかくクリスちゃんの体調が心配だ。

 

みんな此処に来る目的は果たせた筈だ。後は終わりに向けて動き出すとしよう。

 

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先程の噛み付きの影響からか、少しふらつきを感じる。治ったとはいえ血を流し過ぎたかもしれない。だが収穫は有った。どうやら俺を完全に敵と認めてくれたらしく、足元に潜り込んでも注意を外される事が無くなったのだ。最良なのは攻撃が全く来ない事だが、確実に俺を狙って来るというのが分かっているだけでもかなり違う。最悪なのは仕掛けて来るのか来ないのか分からない時で、その場合は味方の様子にも気を配らなければいけないし油断も生まれてしまう。

 

幾分風向きはこちらに有利になっているとはいえ、未だにその身を覆う溶岩の鎧は剥がれ落ちていない。何にせよコレをどうにかしない事には始まらないだろう。一体どのような手を打つべきか……。

 

俺がその答えを出すよりも早く、こちらを振り向いたヴォルガノスは行動を起こす。先程よりも少し離れた所に立っている俺に直接攻撃を当てる事は出来無いため火球を放ってくるかもしれないと考えていたが、奴が取ったのは自分の体を生かす方法だった。

 

「シド!こっちだよ!」

 

声のした方へ一気に駆け出す。どうにか二人の待つ地点へ辿り着き敵の方へ視線を戻すと、縦横無尽に戦場を這いずり回る姿が目に映った。もしもあの場に留まっていたら磨り潰されていただろう――背筋を冷たい物が走り抜けて行った。

 

「はい、コレ。今の内に回復したら?」

 

「有難う、助かった」

 

回復薬など道具を受け取り体調を整える。体が小さい事により生まれた数少ないメリット、俺達だけが入れる空間を使い攻撃をやり過ごす。後少しで接触する距離まで近づいてきたがそこから先にはどうしても進めない様だ。つまり今、こちらだけが一方的に攻める事が出来る時間が生まれたという事になる。

 

「喰らえッ!」

 

回避の事など考えない全力の攻撃を二発三発と顔面、それもどうしても鎧を薄くせざるを得ない眼の辺りを中心に浴びせて行く。流石にコレは効いたらしく唸り声を上げ怯んだ様子を見せた。

 

だが敵も馬鹿では無い。無防備な姿をずっと晒し続ける筈も無く再び二本の足で立ち上がってしまった。そしてその態勢からは燃え盛るマグマを口から出す事が出来る。それをやり続けられてはこちらに勝ち目など生まれない、是が非でも阻止しなければ!勢いを付ける為だろうか、大きく息を吸い込むかのように首を上に振り上げてきたのでその隙を付いてまたしても足元へ近付く。

 

少しでも考える力を持った生物ならほんの少し前に起こった出来事を忘れはしない。ましてそれが自身に危害を加えようとする為の物であれば尚更だ。如何に大きさに比べて脳の占める重さの割合が少ないとはいえ、どうやらコイツは思考する能力を持つ生き物であったらしい。ブレスを出す構えは只のフェイントで、本命は跳び上がってこちらを押し潰す事の様だ。質量からは考えられない程の高さへ舞い上がったその姿を見て考えを巡らせ、一つの結論に到達する。

 

「人間に、ハンター相手に読み合いを挑むとは……愚かな奴だ」

 

呟きを終えた時には既にその場から遠く離れていた。この距離なら着地による振動などの影響を受けずに済む。まるで隕石の様に猛スピードで落下してくる巨体、それにより悲鳴を上げたのはこの光景を始めて見るクリスと――他ならぬヴォルガノス自身だった。

 

「どう?私が新しく作った爆弾の威力は。結構凄いでしょ」

 

「……少し強すぎると思うが。軽い衝撃で爆発してしまうのも怖いしな」

 

「今出回っているのも全部そんな感じじゃない。下手に変えてしまうと皆混乱してしまうよ」

 

俺がわざわざ足元に近づいたのは効き目が薄い打撃を浴びせる為では無い。ヴォルガノスに誤解させる事、何より受け取ったばかりのあの爆弾を設置する為だったのだ。単純な威力もさることながら、腹で押し潰す様に起爆させてしまった所為で全ての衝撃を受け止める羽目になってしまったらしい。分かり辛いが全身を覆う溶岩にヒビが入っている。この状態なら音も通りやすいだろう。

 

立ち上がるより早く笛を脳天に叩きつける。ダメージが通るのか確かめる意味合いを持ったその一撃は、呻き声から察するに十分に効果的であるという事を教えてくれた。

 

「これなら行けそうだな、後は――」

 

「油断しないで、どうやら怒りに火を付けてしまったみたいだ」

 

ヴォルガノスの方を見ると既に立ち上がりこちらを睨みつけていた。先程までと比べても明らかにそのスピードは増している。

 

「ッ!危なかったな……」

 

攻撃を貰ったばかりだと言うのにあっという間に態勢を立て直し、またしても体当たりを仕掛けてきた。しっかりと相手を見ていたため避ける事は難しくないが近づくのは難しくなっている。

 

苛烈な攻撃を繰り出す様になった代わりに防御力を失ったヴォルガノス。だが一方の俺達もダメージは与えられるようになったが攻撃そのものを仕掛けるタイミングが少なっている。

 

勝負の行方は人とモンスターの間で揺れ動いていてまだどちらに転ぶのかは定かでは無い。どちらが勝利を手にするのか可能性は五分五分だろう……このままなら、だが。状況を変える手段はまだ残されている――ヴォルガノスにも、そして俺達にも。

 

向こうはそれに気づいてしまえば即座に行われてしまうだろう。一方のこちらも似たような物で、今俺にはそれを実行させるだけの余裕は無いし、フランも攻撃を防ぐので精一杯な筈だ。だが俺は、俺達は何ら不安を抱いては居なかった。上手く行くかは賭けになるが成功を信じているのだ。ここまで来れた事自体実力が有る証だし、何と言っても俺の弟子だからな。

 

凄まじい勢いを持っていた攻撃がピタリと止む。体を反転させマグマの海の方を向いていた。とうとう気付かれたか!?体中を覆っていた鎧の正体は冷えて固まっていたマグマである。つまりもう一度中に戻られてしまうとそれが復活するのだ。そうなるとまた始めからやり直しになるのだが、同じやり方は通用しないだろうし何より爆弾が無い。

 

だがこの距離では阻止するのは無理だ。万事休すか……跳び上がろうとしたヴォルガノスを眺めそう思ったその時であった。

 

「ゴアアアアアッ!?」

 

パニックに陥りながらバランスを崩し地面に倒れ伏す。鳴き声以外にも辺りに音が満ち溢れる。それを紡ぎ出しているのは当然ながら必死に避けている俺では無い。

 

「ギリギリだったが……最高のタイミングだな。良くやった、クリス」

 

覚悟が決まったのかそれとも立ち向かう勇気が生まれたのか――理由は何にせよ、戦う覚悟を決めた少女の音楽が勝利を手繰り寄せる。どうにか立ち上がり怒りを再燃させたヴォルガノスがこちらへ向き直ってきた。俺はそのふらついた足元に一気に近づき笛を振り被る。

 

「さて、そろそろフィナーレだ。止めは頼むぞ」

 

関節目掛けピンポイントで一撃を浴びせる。的確にヒットした為砕けてしまったであろうその脚では、巨体を支える事が出来ず前に崩れ落ちる。

 

「ゴギャアアガグァッ!?」

 

「傷つくからあまりこういう事はしたくないんだけどね。まあ折角だしやらせてもらうよ」

 

悲鳴を上げる口の中にフランが武器を突っ込む。出来る限りの弾丸を発射して体内で爆発を起こし――やっとの事で敵の生命の活動を停止させた。

 

「ふう……やっと終わったか。お疲れ様、クリス――クリス?」

 

「シーッ、静かに。……どうやら寝てしまっているみたいだ。流石にしんどかったかな?じゃあ私は先に連れて帰るから、後は宜しくね」

 

「ああ、また後でな……。さて、と」

 

巨大なサイズの獲物を前にふと考える。一番大変なのはこの解体じゃないか?

 

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「……うーん……あれ?ここは……」

 

「やあ、起きた?ここは医務室だよ。お疲れ様だったね」

 

私は確か……そう、狩りに出掛けてとんでもない相手を見て――

 

「ど、どうなったんですか!?皆無事で――」

 

「落ち着いて。大丈夫、全員生きて帰って来たよ。クリスちゃんが一番大変だったけど。……具合悪かったりする?」

 

「いえ、元気ですけど……そうですか。皆無事なら良かったです」

 

流石にあんなモンスターを見るのは初めてだったので不安になったが、取り敢えずは一安心だ。

 

「すみません、お役に立てなくて……。やっぱり私なんて――」

 

「何言ってるのさ、大活躍だったよ?最後の止めを刺せたのもあの演奏が切っ掛けだし」

 

「あの時はどうしたら良いか分からなくて、必死で出来る事を考えてたらあれしか思い付かなったから……」

 

「それで良いんだよ。お蔭でちゃんと大きな怪我もせず帰って来れたんだから」

 

本当に良いのだろうか、もっとやれる事は有ったんじゃないか――そう思い悩んでいると、部屋のドアが開き師匠が現れた。

 

「ん?目が覚めたか。……良くやったな」

 

「師匠……あ、そういえば!腕は大丈夫ですか!?」

 

「どうって事無いさ。あの位の怪我、ハンターなら良く有る事だ。……それより、どう思った?」

 

「怖かったです。絶対に勝てない、死んじゃうんじゃないかって――」

 

それを聞くと師匠は軽く頷き私に尋ねてきた。

 

「そうか……まあ当然だな。これからどうする?ハンターなんて止めてしまうか?」

 

「……いえ。すごく怖い思いもしたしこれからもっと大変な事は待っているんでしょうけど――それでも私にとっては憧れで……夢なんです。この位では逃げられません」

 

「だってさ。良かったね、シド。……それじゃ私はこの辺で」

 

「ああ、それじゃまた。随分迷惑を掛けたな……盾も滅茶苦茶になったんじゃないか?」

 

「フフッ、気にしないでよ。丁度あの辺りの溶岩が必要だったしね」

 

パタン、とドアが閉まる。全く……アイツには敵わんな。

 

「……どういう事ですか?つまり利用されてしまったんじゃ――」

 

「あまり気にするな、俺達にとっても都合が良かったのは確かだからな。それに今となってはそれなりに仲良くなったかもしれんが……元々は只の取引相手だからな、始まりを考えればこんな関係で丁度良いんだよ。それにな、わざわざ言わなくても良い事をお前にも教えたって事は……アイツなりに気に入っている証拠なのさ」

 

「気に入っている、ですか……」

 

「ああ。その気になれば誰にも嫌われずに生きて行けるだろうが、俺とかレクターには良くあんな事を言って来るんだ。始めは嫌だったがアイツなりの信頼だって気付いたよ……俺達なら本当の自分を分かってくれる、ってな。お前もその中に入ったみたいだ」

 

言われてみれば驚いたけれど……確かにあの態度の方が自然に思える。これまでは違和感を抱いた事が無かったが、今振り返ってみると胡散臭く感じてしまう程だ。

 

「ま、そんな事より……どうやら理解出来たらしいな。何を分かっていなかったのか、何を見失っていたのか。俺達はモンスターに立ち向かうんだ、怖いと思う気持ちを持つのは当然だ。倒せるようなって来れば感覚が麻痺して恐れが無くなってきて――大抵の奴はそこで怪我したり死んだりしてしまう。恐怖を忘れずにいて尚且つそれを乗り越えるのがハンターだ。今のお前なら心配はいらないな」

 

「え……?それじゃあ一人で行くのを認めて……!」

 

ニヤリと笑って師匠が私に告げる。何か嫌な予感……

 

「駄目だ」

 

「どうしてそうなるんですか!流れ的にはオーケーが出る所でしょう!?」

 

「幾ら何でも受けた依頼を途中で投げ出す様では俺が良くてもギルドが認めないさ。急いだ方が良いんじゃないか?」

 

「一体何を言って……あ、ああーっ!」

 

そういえば、私は火山に行くに当たり燃石炭を納品する依頼を受けていた。だが今の今に至るまでそんな事はすっかり頭から抜け落ちていたのである。確か期限は今日中だった筈、早くしないと……!

 

「ほら、時間が無くなるぞ。失敗したらランクを下げられて狩りに行くどころじゃ無くなるかもな」

 

「行きますよ、もう!師匠のバカーっ!」

 

その後、私はどうにかギルドから罰を受けずには済んだが、かなりヘトヘトになりしばらく狩りに出掛ける気にはならなかった。結局一人での飛龍討伐をするのはまだまだ先になりそうである。

 




Q.もしも一人で出掛けていたらどうなりますか?
A.マグマから上がってくる前に演奏を開始→気絶。後は煮るなり焼くなりこっちの物。五分も掛からない。

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