笛使いの溜息   作:蟹男

15 / 26
前話のあらすじ
いやー完全にオリジナルのキャラ考えるの辛かったわー(棒)

前回の続きです。やっぱり一発ネタはあまり引っ張る物では無いですね。


至高の旋律

「ふむ……つまり、今の時期はアオアシラが獲りやすいという事か」

 

「ああ。高級食材として取引されているし、狙い目の一つでは有ると思うが……問題は向こうも同じ様に考えていそうな事だな」

 

通常なら人数分揃えるのさえ難しいその珍味がこれ程市場に出回るのは今の季節位だ。ハンターに依頼する食材としてはまず筆頭に挙がってくるだろう、例え被ってしまう危険性が有るとしてもメインとして選ぶ価値は十分に有る。だがどうやらユーザンは全く違う意見らしく、俺とは全く違う自説を唱えるのであった。

 

「いや、それは避けるべきだ。最も、同じ食材を使う事を嫌がって居る訳では無いぞ?むしろ差がハッキリしてしまって可哀想な事になるかもしれんがな、わあっはっはっは!」

 

「理由を聞いても良いか?実は俺も似たような事をするのはそれ程乗り気では無いから構わないんだが、アンタの料理人としての考えを聞いてみたい」

 

「良かろう――そもそも、だ。数多く確保出来るとは一体どういう事か分かるかな?……答えは一つ、この時期に多くの個体が誕生しているという事だよ。それはつまり生まれたてでまだ若く、食材として十分に育ちきっていないアオアシラしか今の時期は居ないという事を意味しているのだ。量だけは沢山取れるかもしれないが、それは決して極上の素材とは言えないだろう。先行したブランドイメージに拘り過ぎた結果だな、全く……物事の表面しか見えていない未熟者共が」

 

流石、良く分かっている。確かに今の時期アオアシラに関する依頼は数多く有り新人ハンターにとってはとても有難い事なのだが、その中で上位やG級と判断される物はまず存在しない。この辺りが動物と植物の旬の違いであろうか。

 

「こちらからも質問させて貰おう。何故お主は提案しておきながらその意見に反対しているのだ?」

 

「提案したのは単純に決定するのは俺じゃないからさ。……反対する理由、か。そう大した事じゃない、いたずらに命を奪うのはハンターの仕事では無いと思っているだけだよ。右手しか使わないなんて勿体無い真似はあまりしたくないんだ。勿論、俺だけじゃなくレクターでも頼まれればそのくらい何も言わずに実行するだろう――ハンターだからな」

 

「やはりお主は素晴らしい。己の仕事の本質という物を良く分かっておる……良し、やはりコレしかないな。今回の料理にはハンターの仕事、その風景を切り取った物をテーマに料理の世界でそれを表現する事にしよう」

 

何処が琴線に触れたか知らないが随分と気に入られたらしい。しかしハンターの仕事風景を料理にするとは一体どうするつもりなのだろう。

 

「何をするのか皆目見当が付かないが……考えでも有るのか?」

 

「うむ、折角の機会だからあの若造には出来ない物を見せてやろうと思っておる。いくらか腕は上達したようだが……料理は、そして世界は広いのだという事を知らせる良い機会になりそうだ」

 

「かなり気に掛けてるんだな、あのシロウという男を――」

 

「う、うるさいわい!まあとにかく、ハンターはモンスターを倒すだけが全てでは無いだろう。お主の力も存分に貸して貰うぞ」

 

何だかんだ言って放っておけない存在なのだろう、その話になると怒りながらも若干嬉しそうにしているのが見て取れる。もしかしたらお互い嫌っているのではなく素直になれないだけなのかもしれない。何が有ったか知らないが、素直になれれば良いと思う。

 

「方針は決定したが、具体的に何を狙うかはまだ決まらんな……。一旦ギルドへ向かい少し情報を集めるとするか」

 

店を出て目的地へ向かい歩いていると、ユーザンの弟子と思わしき人物が声を掛けてきた。

 

「おお、先生!お早う御座います。何処かへ向かわれるので?」

 

「少しギルドの方へ、な……。またあの馬鹿と対決する事になったのだ」

 

「そうですか、シロウさんと……。また何時か戻って来て頂ければ良いのですが――」

 

「その話をするな。あ奴が頭を下げん限り私からは何もする気は無い」

 

「……失礼しました、では私はこれで。お気を付けて」

 

そう言い残し声を掛けてきた人物が去って行く。こんな風に声を荒げる事も有るのか、常に落ち着いて堂々としているイメージが有ったから少し意外であった。

 

「すまない、時間を取らせてしまったな。では気を取り直してギルドへ向かおうか」

 

「構わないが……何と言うか、らしくないな。どうしてそこまで厳しく当たるんだ?」

 

「ふん、儂の知った事では無いわ――あの男が勝手に勘違いでもしておるのだろう」

 

これ以上は聞かれたくないのか口を閉ざしてしまった。俺としても人の事情に口を突っ込むのは良くないと思っているし、そんな資格は無い。だがこの二人を見ているとどうしても仲良くなってほしいと思ってしまうのは、何処か自分と重ね合わせている所が有る為なのだろうか。

 

「到着したか。……実際に足を運ぶのは久しぶりだな」

 

「そうなのか?かなり詳しいから良く来ているのかと思っていたが」

 

「普段は先程会った様な儂の弟子達を使いに出しているから直接来る事は滅多に無いのだ。とはいえ、良い機会だから自分の目でどのような依頼が有るのか確かめてみるとしよう」

 

脇目も振らず依頼を見に向かう。掲示されているのはやはりというべきか、大半がアオアシラに関連する物だ。それを除くと大した依頼は残っておらず、他には食べられそうなモンスターに関する物は俺には見つけられなかった。

 

「やはりアオアシラぐらいしか食材に相応しい物は無さそうだな。目標とは外れてしまうがそれ用の依頼を出した方が……」

 

「それでは駄目なのだ。ハンターの仕事をテーマにすると儂は決めている、今回の戦いの為に依頼を作るのでは上手く表現出来ん。普段と同じ様にそこに有る物の中から選ばねば――見ろ、丁度良い物が見つかったぞ」

 

そう言って手を伸ばした先に有るのは、青い蟹の名前が書かれた依頼書。コレはマズイ、かつての悪夢が蘇る様だ。慌てて止めようとしたが時既に遅く既に引き剥がしてしまっている。観念して恐る恐るその内容を確かめると――最悪の結果とは違う、しかしまるで予想外のモンスターの名前が書かれていた。

 

「え……コレ、か?」

 

「その顔を見るにどうやらかなり意外であった様だな。確かにコヤツを狙う理由は中々に思いつきにくいだろうな、わあっはっはっは!」

 

「まあショウグンギザを食べるよりはマシだが……一体どうする気なんだ?」

 

「儂にまかせておけ。ただし、幾つか注文が有るのだが……聞いて貰えるか?」

 

まあ強敵とは言い難いし、余程の事でなければ何とかなりそうだが……本当にどうするつもりなのか。

 

「まず一つは狩猟の様子を知るために使った道具を終わった後で儂に見せる事、そしてもう一つは――可能な限り早く仕留める事、だ」

 

その位どうという事は無い。だが道具はともかく素早く倒す理由は何処に……待てよ?もしかして狙いは――

 

「その顔からすると理解出来たらしい。では、間に合う様宜しく頼むぞ。一匹分で構わん。ああ、もし可能なら食材に使えそうなキノコなども取って来てくれると助かるな」

 

その発想に驚きつつも、俺は内心で絶対に完成した料理を食べない事を心に決めた。……誰が食うかあんな物。

 

面倒な事はさっさと終わらせたいのですぐに出発し、程無くして密林に到着する。一気に討伐することも出来るが今回はちゃんと準備を整えた方が良い。道具を寄越せと言うのはモンスターと戦う以外の行為、採取や調合なども成果として渡せという事だろう。

 

あちこちに生えているキノコ類を採取し、適当な動物を狩りその肉を剥ぎ取る。早速調合を始める……前に、恐らくすっかり忘れられていただろう昼食を取る。肉を焼く臭いが辺りに立ち込め、自身も一匹の動物に過ぎない事を思い出させる様な猛烈な食欲が腹の底から湧き上がってきた。

 

「……もう良いな」

 

滴り落ちる肉汁を眺めている内に我慢が出来なくなって来た。完全に中まで火が通っている訳では無いだろうが、その時はまた火にくべれば良い。これ以上我慢するのは精神的にも仕事的にも悪い影響を与える。頭の中で誰に言うでも無い様々な言い訳を思い浮かべつつこんがりと焼けた肉に噛り付く。

 

街で売られている高級品の様に柔らかい訳では無いが、肉を食っているのだという事を実感させる程良い弾力。噛めば噛むほど旨味が口の中に溢れ出し、シンプルながらいつまでも飽きの来ない単純にして力強い味わい。新鮮さの為かまるで命そのものを体内に取り入れている様な感覚に陥り、体中に力が漲ってくる様だった。

 

凄まじい勢いで肉を食べ終え人心地が付いた所で改めて準備を再開する。急がなければいけないだろう、臭いはかなり遠くまで広がってしまった筈だ。この場所にやって来るのも遠くない。

 

残っている肉とキノコを調合する。何とか作業が終了し一息付くと、急に周囲が暗くなった。いや……違う!

 

慌ててその場から移動すると、どんどん暗闇が広がって行き――ピンク色の巨体が空から降って来るのが目に入った。着陸と共に広がる振動。距離は取れていたので影響は少なかったが、こちらの存在にも気付かれてしまったので奇襲したり罠を仕掛ける暇はなさそうだ。

 

鮮やかな体毛に鋭い両の爪、群れの頂点に居る事を示すかのようなトサカ。尻尾には非常食のつもりなのかキノコを持ち運ぶ風変わりなモンスター――今回のターゲット、ババコンガのお出ましである。

 

まずは様子を伺いどの様な行動を取るか観察を行う。最初から演奏を行い全力で行く事も考えたが、見た目に反してコイツは案外知恵が回るのだ。手痛いしっぺ返しを食らうかもしれないし、何より笛の効果がどう表れるのか想像しにくい。単純な思考能力しか持たないモンスターであれば簡単に機能を狂わせ動けなくする事も難しくないが、下手に知能が有る場合逆に効き過ぎて全く予想していない動きを取られてしまう事が偶に有るのだ。

 

此方に有効な攻撃を行う可能性はあまり無いが現状でも危険度が低い以上わざわざ狙うメリットは無いし、そもそもの目的が達成されなくなる事も十分に有り得る。あくまでも緊急避難用として考えておくべきだろう。

 

幸いにしてそれ程戦闘経験が有る相手では無いらしく、最初に取った行動は飛び掛かりや突進ではなくこの距離ではあまり効果の無い威嚇であった。

 

鳴き声により相手の動きを止める事は多くのモンスターが行うやり方であるが、殆どの場合近場でなければ効力を発揮しない。音というのは流体の震えであり、モンスターは単純に音量の大きさだけでなく発せられる振動を直接体にぶつける事で相手を怯ませているのだ。だからこそ吹き飛ばされる事も有るし、少し離れただけで意味が無くなる事も有る。

 

いわゆる『耳栓』と呼ばれる効果が発揮される装備は体に当てられた音の衝撃を上手く分散させる事でそれを防ぐ事が出来るし、盾などを使う事で避けられるのも同じような理屈だ。あくまでもその名称は効果から付けられた物なので実際に音が遮断される訳では無いので笛などの効果はしっかりと届く事になる。……かつてそういった防具で一緒に狩りに出たハンターが居たな、そういえば。二度目の誘いはまだ訪れていないが。

 

今は気にする必要が無い思い出を振り払い、叫び声の終わりを見計らって一気に近づく。その事に気付き慌てた様子で振り回してきた爪を体の内側に入り込むことで避け腹体に一撃を叩き込む。突き出していた腹にクリーンヒットしたソレはどうやら胃の辺りに思い切り食い込んだようで、上からも下からも汚物を撒き散らした。

 

「うわ……」

 

幸運な事に体に浴びる様な事態は起きなかったが、辺りには思いっきり悪臭が立ち込める。先程食事を終えていた事がこの場合むしろ良い判断だったのだろう、これから物を食べる気は全く起きないしもう少し遅かったら吐き出してしまっていたかもしれない。

 

しかしやる気が一気に削がれてしまったのもまた事実。順調に進みつつある戦闘とは裏腹に早くも帰りたい気持ちで一杯になった。

 

一旦距離を取られ、今度は突進を試みてくる。だが在り来たりなその行動で仕留められるのは成り立てのハンター位だ。横を通り過ぎる様に移動し攻撃を避け、振り向き様にトサカを狙った一撃をぶつける。

 

立派にそびえ立っていた筈のその部分は見るも無残にバラバラになり、大きさ以外見た目には普通のコンガと違いが分からなくなってしまった。だが彼にとってはさらに不運な事に脳は未だに衝撃から立ち直っていないのである。

 

先程の放屁で持ち物が駄目になっていないか確かめてみる事にし、その用意を終えると攻撃の手段を奪うため爪を目掛けて笛を振り下ろす。人間の場合指と詰めの間には痛点が集中している為そこを攻めると途轍もない痛みを与えられるが、モンスターの中では比較的人間に近いコイツの場合もそれはあまり変わらないらしい。両手を破壊した途端悲鳴を上げてのた打ち回り始めた。

 

ゴロゴロと転げまわるその姿を少し間を開けて眺める。チャンスでは有るが、体がぶつかってしまうとそれだけで飛ばされてしまう位の体格差である。落ち着きを取り戻してから慎重に戦う方が良いだろう。……今回の目標は早く倒す事、具体的には有る行動を取られる前に仕留める事だ。いつでも阻止できるよう隙は作らない様にしなければならない。

 

やっとの事で立ち直ったババコンガはこちらから背を向け樹の生い茂る方へ向かう。だがそこは先程俺が採取を終えたばかりで目ぼしい物は何も残されていない。急いで近づくと、仕方無いと言わんばかりに尻尾に持っているキノコを食べようと大口を開いていた。

 

急停止し笛を構え曲を演奏する。効果は抜群の様で尻尾からキノコを取り落とし耳を押さえて蹲った。ホッと一息付いた俺は回収されたり踏み潰されたりする前に落し物を奪い取る。ユーザンが目当てとしていたのはこのババコンガが保存している物凄く巨大なサイズのキノコだったのだ。

 

悪戦苦闘しつつ仕舞い込んだ所で笛を構えると、予想に反して一切こっちへ近付いて来る様子を見せていなかった。一気に跳び上がりボディプレスをするつもりか?と思い身構えていたが、どうやら俺にも油断が有ったらしい。もう一つ特徴的な攻撃を忘れていたのだ。

 

「クソッ!」

 

冗談を言おうとしたつもりは無いし、そんな事を言っていられる状況では無い。だがとにもかくにも自由になった尻尾でこちらにフンを飛ばしてきた事は事実である。かなりスピードが有る為避けるのは難しい、仕方無いので飛んでくる物体を笛で撃ち落とした。

 

何とか成功した物の、代償は大きかった。元々そこまで硬いという訳でも無いのでバラバラになったそれが服の一部や道具袋に付着してしまったのだ。笑みを浮かべているらしいあの猿は、どうやら食べる餌を見つけたらしくそちらへ向かって行った。

 

許さん。良くも俺の笛をこんな事に……!若干八つ当たりの様にも感じられるが、内に秘める怒りは間違い無く本物だ。先程俺が置いた肉を食べ動けなくなっているババコンガへ全速力で近づき、後先の事を一切考えず笛を振り回す。適正ランクを遥かに上回るG級ハンターの攻撃を受け続けた為あっという間に絶命したが、俺はそれに構わず手を休める事をしなかった。

 

大分息が切れてきた頃に冷静さを取り戻し、返り血に染まった全身を見てかなり自分が荒れていた事に気付いた。一時の感情に身を任せ動く何て、ハンター失格だな。反省しなければ。

 

頭を冷やし全身を洗うため、途中途中でキノコを採取しつつ水場へ向かう。随分と恥ずかしい報告になりそうだが、自分のやった事くらい甘んじて受け入れなければな。

 

それと料理を食べる事は別であるが。種類的には偶々問題無かったが、やはりババコンガが持っていたキノコなど食べようと思わない。主に衛生的に。

 

------------

------

---

 

「にしても、何出してくれんのかな。クリスちゃんは何か聞いて無い?」

 

「すみません、私も今日急に代わりに出てくれって言われたばかりで詳しい事は何も――」

 

「あの男の事だ、大した物何か期待できないさ。もしかしたらただ単に骨付きの肉を焼いたのとか出してくるかもな……これぞハンターの食事だ、何て言い張ってな」

 

もう一つの料理を待つ間何が出て来るのか楽しみに話をしていると、いつの間にやら立ち直ったシロウが隣の席に座り会話に入り込んできた。後少しそのままでも良かったのだが。

 

しかし、まさかそんな単純な物を出して来る筈は無いだろう。確かに倒したばかりの獲物をその場で食べるのは得も言われぬ美味さが有るが、こんなに準備に時間が掛からないし何より食べる環境や達成感など様々な要素が加わってこその物である。正しくハンターだからこそ味わえる料理でそれが理解出来ない様な男にはとても見えないが――

 

「お待たせした。コレが私の作った料理だ」

 

そんな事を考えている内にいよいよ料理が運ばれて来た。果たしてこの皿の上には何が乗っているのか……楽しみでも有り、恐ろしくも有る。

 

「では、皆さん召し上がっていただけますかな」

 

蓋を開けると強烈では無いがジワリと鼻孔をくすぐる様な何とも言えない食欲をそそる匂いが漂ってきた。その香りはシロウの料理にも引けを取らない所かむしろ上回るぐらい食欲を刺激してくる。襲い掛かってくる様に飛び込んでくるのでは無く、自ら追い求めてしまいたくなるような淡く品の有る感じ――強くするだけが香りの付け方じゃないという事か。

 

「これが我々の料理――肉とキノコのソテーです」

 

「フ、フン。何を出して来るかと思えば、単に素材を焼いただけじゃないか!結局取って来た素材を焼いただけで俺と何も変わっていない、いや、手を加えていない分もっと酷いじゃないか!」

 

「そんな事を言っている様ではまだまだだな。見よ、審査員達の様子を!」

 

「あ、ああ!そんな!?」

 

彼らを見ると凄まじい勢いで箸を進めている様子が目に入った。この勢いは間違いなく熊の右手の時よりも上だ。

 

「この上品な香り、キノコの味わい、ピリッとくる肉の刺激……どれを取っても最高や!これぞ正しく究極のハンター料理や!」

 

「お肉とキノコが絶妙なバランスで……口の中でシャッキリポンと舌の上で踊るわ!」

 

このシンプルな一皿にはそこまでの魅力が詰まっているのだろうか、誰も彼もがこの料理に夢中になっている。――ただ一人を除いて。

 

「……食べないの?クリスちゃん」

 

「…………他の人が食べ終わって大丈夫なのを確認してからにしろ、って言われてます。レクターさんはどうって事無いかもしれないから黙ってても良い、とも言ってましたけど」

 

「……そう、有難う」

 

間違い無く今日この場に来ていないのは食べたくないからだ。しかし皆が美味い美味いと言って食べているこの料理の一体何処に問題が有るのだろう?

 

「ば、馬鹿な……どうしてこんなに素晴らしい味わいになるんだ?このキノコの味わいと香り、これらが共存している何て信じられない……」

 

「そらどういうこっちゃ?」

 

「儂が解説しよう。この料理に使ったキノコは特選キノコと呼ばれる高級品なのだが……これに限らず、キノコというのは傘が開くと香りが出る代わりに味わいが落ちてしまうのだ。そしてそうなる時期はどれも同じで開くときは一斉に開いてしまう。そのためにそこの若造は傘の閉じたキノコの味わいと傘の開いたキノコの香りが同時に味わえる事を驚いている、という訳だ」

 

言われてみればこの香りは確かに特選キノコの香りだし、一つ持ち上げてよく見てみると傘は確かに閉じている。わざわざ香り付けに開いた物を使った料理という事か。見た目よりかなり手が込んでいるらしいが……疑問はまだ残っている。

 

「成程なあ……しかし、どうやってそんなもん手に入れたんや?上手い事保存してた、ちゅう訳や無さそうやし」

 

「保存、か。ある意味では近いかもしれんな。私が今回依頼したのは……その保存されたキノコを持ってくる事だったのだ」

 

「どうしてハンターにそんな事を頼む必要が有る!アンタの弟子にでも取って来させれば良いだろう!それの何処がハンターを使った料理だと――」

 

「口を慎まんか愚か者が!ハンターの仕事はモンスターを倒す事、そう捉えておるから倒した相手にしか目が行かんのだ。このキノコが有る場所、それは彼らで無くては採取出来ない所に有る」

 

俺達にしか取れない場所、つまりそれは狩猟区。そして保存されたという表現からするに何らかの生き物が持っていたという事だろう。そこまで考えると自然と口から正解が漏れ出していた。

 

「ババコンガ……」

 

「そこの彼が言った通りだ。あのモンスターは常にキノコを持ち歩いておるし、その傘は年中開いている。恐らくガスの成分が影響しているのではないかと思うが詳細は分からん……大事なのは、この時期でも香り高いキノコが有るという事、それだけだ」

 

言われてみれば確かにそうだ、アイツが持っているキノコはいつも立派なサイズであるし傘も開いていたような気がする。そうか、ガスの所為で――ガス?ババコンガが出すガスってつまり……。あの野郎、それが嫌で逃げたのか。

 

「大変な師匠を持ったね、ホント……」

 

「え?ええ……そうですね……?」

 

幸いというか何というかまだ手を付けていないし、ババコンガの事も良く知らない様だ。まあ具として使われているキノコは問題無いだろうし、そもそも良く洗えば衛生的にも心配はいらないだろうから食べてしまっても――

 

ふと嫌な予感がした。まだこの料理には何かが有る――そう思えてならない。

 

「今回の私の料理のテーマはハンターの仕事をこの一皿に閉じ込める、という物だ。採取、調合、そして討伐……あらゆる要素をこの一皿には詰め込んである。僅かな味付けを除き使っている食材は全て現地調達した物を無理を言って分けて貰った物ばかりだ」

 

「うんうん、確かにコレを食べていると激闘の様子が目に浮かぶ。よっしゃ、今ならハンターになってどんなモンスターとも戦えそうや!」

 

「まあ!凄いわね!」

 

「悔しいが見事だ……。この絶妙な取り合わせ、今回は完全に負けてしまったのか……?」

 

何となくもやもやした気持ちが残っているが、食べてみたいという気持ちがそれより強くなってきている。あの美味そうに食べる顔を見ていて食欲が湧かない奴なんて居ない。

 

一体どれ程美味いのだろう?口の中一杯に広がる香り、キノコのシャキシャキとした歯触りと味わい、そしてピリッとした刺激が有るらしい肉!

 

どれを取っても実に美味そうな……ピリッとした刺激?待て待て、今までの話の何処にそんな要素が有ったと言うのだ?見た感じ辛そうな物は一切入っていない。わざわざ味付けに加えたとも思えないが……。

 

ユーザンという男の発言を思い返す。食材は全て現地調達した物を無理を言って分けて貰った物と言っていた、つまりシドが狩りに使った物の余りという事だろう。そしてババコンガは食欲旺盛で肉を使った罠も有る位だ。という事は、

 

「ちょっと質問何だけど、この肉って……」

 

「うむ、そこに目を付けたか。これは狩りをする時に調合した肉の残りを分けて貰った物をそのまま使っておる。この世界を表現するのに欠かせないし、相性的にも良さそうだったのでな。実際、素晴らしい味わいだったのではないか?」

 

「おい、どういう事だ?」

 

「もう皆食べちゃったみたいだね、手遅れか……。ババコンガと戦う時にさ、マヒダケを調合した肉を罠に使うんだよ。その余りを使っているってことは――」

 

バタン!と倒れ始める審査員達。シロウも少しとはいえ食べてしまっている様でビクビクと痙攣しながら体をシビレさせていた。

 

「な、何ちゅう物、食わせて、くれたん、や……」

 

「やかましい!この料理を味わうためなら少しぐらい我慢せんか!」

 

「く、くそ……また、こうなって、しまう、の、か……」

 

ユーザン以外のほぼ全員が倒れ伏した会場。既に手遅れとなってしまったその惨状を見つめ、傍らに居る女の子に声を掛ける。

 

「クリスちゃん」

 

「あわわわわ、どうしよう……あ、レクターさん!ど、どうしましょう!」

 

「こうなったらやる事は一つ……逃げよう!」

 

「え、ちょ、ちょっと」

 

返事を聞かず手を引っ張りその建物を飛び出す。あの場にそのままいたら犯人の一味として考えられてしまうかもしれない。幸い死ぬような毒では無いからいずれ助かるだろう。

 

……俺だってアレを食ったら具合悪くなるからな?シド。

 

------------

------

---

 

今頃料理対決は終わった頃か。料理人は芸術家の側面も持っているだけ有ってイメージを膨らませる事を大事にしているのだろう、特に使い道も無い罠肉なども引き取るとは思わなかった。まあ十分に金を出してくれたから構わないのだが……。

 

少し心配なのは美味い料理の為なら何でもするというその姿勢だが、そもそもアレを美味しく調理するなどという事は幾らあの『寄食倶楽部』とかいう集団でもやろうとは思わない筈だ。

 

無事ユーザンが勝ったのか、それともシロウという男が一矢報いたのか。結果は気になる所だが、恐らくこれまでとは違う結果の筈だ。聞いた所では原因は不明だがこれまでの勝負は全てノーコンテストになってしまっているらしい。まさかまた、という事は無いだろう。

 

後日何故か知らんがレクターが急に襲い掛かって来たが、そんな事よりも涙目でこちらを見つめてくる愛弟子の方がより多くのダメージを俺に与えた。随分成長したな。

 

ここから先は噂で聞いた話だが、まだあの親子の対決は続いているらしくそのトップの座を息子へ譲り渡すのを諦めていないらしい。初めからそれを知っていれば息子の方を応援していたのだが、後の祭りである。今出来るのはあの厄介な集団を壊滅させてくれる事、出来なければせめて二度と関わらない様にしてくれるよう願う事だけだ。

 




きっとモンハンとこのクロスを考えた人は他にいないでしょう。……やっぱり誰もやらないのにはちゃんと理由が有るのだという事が良く分かりました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。