笛使いの溜息   作:蟹男

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前話のあらすじ
弟子が出来た。お蔭で弱いモンスターとの戦闘も書きやすくなった、筈。だと言うのに何故今回はこんな話を……。HELLSING?あれはパラレルワールドだから。

初の前後編――だというのに、作 者 は 一 体 何 を 書 い て い る ん だ。
さっさとこの話終わらせたい。


究極の一閃

「クソッ!また、またこうなってしまうのか!」

 

「フン、貴様ではこの程度が限界という事だろう。何だったらもう一度やっても良いのだぞ?結果は変わらんだろうがな。わあっはっはっはっは!」

 

ある日レクターと二人昼食を取りに街に出掛けると、とある飲食店から何やら言い争う声が聞こえてきた。関わり合いになると面倒だからさっさと遠くへ行こう。そう考え歩くスピードを上げようとした俺を、ガチャッとドアを開ける音が引き止めた。

 

「すいませーん、何か有ったんですかー?」

 

「こら、馬鹿……」

 

何と先程まで隣に居た筈の男が、その店に入り揉め事に首を突っ込んでいたのだ。慌てて連れ戻そうとするが一向に引き下がろうとしない。仕方無いので俺も一緒に店の中に入り事情を聞くことにした。ホントにもう……コイツは自分に関係の無いトラブルが好きすぎて困る。

 

「いや、実はですな。この二人が料理対決をしているんやが、こちらの方が結果に納得が行かん様でして――」

 

「当たり前だろう!こんな、こんな結末認められるか!」

 

「分かっとる、お前さんの気持ちもよーく理解できる。でもこの勝負はもう終わったんやから――」

 

「それなら次、次の勝負だ!」

 

こちらの黒髪でやや目つきの悪いグータラに見える男は興奮してしまってまともに話が聞けそうも無い。片やその対戦相手とみられる年輩だが貫録の有る男性は、まるで動じる事も無くその振舞いを見守っていた。

 

「ふん、まだ戦いたいというのか。全く……懲りん奴だ。ワシは一向に構わんぞ。キョウよ、次のテーマは何にするのだ?」

 

「そう急に言われてもやな、対決が終わったばかりでそんなすぐにアイディアが出てくる訳……ん?んんん?ちょっとそこのお二人、よろしいでっか?」

 

「俺達か?まあ別に急ぐ用事は無いが……」

 

「そら良かった!アンタら確か、何ちゅうたか……せや、G級ハンターやろ!コレは丁度ええ、次の対決にお二方協力して貰えまへんか?」

 

冗談じゃない、お断りだ!内心ではそう思ったがきっと引き受ける羽目になるのだろう。何故なら……

 

「いいね、良く分かんないけど面白そーじゃん。何したらいいの?」

 

一緒に居るのがコイツだからである。既に乗り気で了承の返事をしてしまっている以上、俺だけが拒否するのも気が引けてしまう。しょうがない……付き合うとするか。

 

「ホンマでっか!助かります。ほしたら二人共、次のテーマはハンターと探す自然の恵み対決や!どっちかをパートナーに選んで協力して素材を集めて料理を完成させるんや」

 

「成程、只厨房に籠るだけでなく調達までさせようという訳か……面白い!ワシも腕の振るい甲斐が有ると言う物よ。最も、そちらの若造は相手に相応しいかどうかは疑問が残るがな。わあっはっはっはっは!」

 

「嘗めやがって……良いだろう、次こそは目に物見せてやる!俺のパートナーはアンタだ、ちゃんと働いてくれよ」

 

その男が指差したのは俺では無くレクターだった。どうでも良い戦いとはいえ、コイツに負けるのは少し悔しい。わざわざ俺を避けるそのやり方のお蔭で闘志に火が付くのを感じた。

 

「あ、俺?よろしくー。レクターで良いよ」

 

「俺はシロウだ。ちゃんと俺の言うとおりに動いてくれよ」

 

見ればあっちのコンビは既にコミュニケーションを取り始め早くも準備を整えだしている。一方で俺のパートナーとなる男性はゆったりとした佇まいでこちらに近づいてきた。

 

「先を越されたか……まあ良い。ワシはお主を指名するつもりであったからな。よろしく頼むぞシド殿。ワシはユーザンという」

 

「俺の事を知っているのか?」

 

「料理というのは奥が深い物だ。ただ食材に手を加えるだけでなく、それを乗せる皿や食材の採り方などにもこだわらねばならん。だからこそ必然的に様々な知識が求められるのだよ――最も、未熟者にはまだまだそんな事気づけないかもしれぬが」

 

何となく分かる様な気がする。俺はハンターだが、上へ行く過程では様々な経験を積んでいく。モンスターを倒す以外にも発見する為に生態を覚えたり野草を採取して薬として用いたり、必然的に様々な知識が必要になって来るのだ。分野が変わってもそれは同じ、という事か。

 

「おーい、シド。俺達は早速狩りに出掛けるから。それじゃまた三日後に。バイバーイ」

 

俺達がようやく自己紹介を終えたばかりだと言うのに、このコンビは既に目標を定めて出発する準備を整えたらしい。随分と動き出しが早いな。飛び出していく二人を呆気に取られつつ見つめていると、隣の男が呟いた。

 

「フン、馬鹿者が……」

 

「行ってしまいましたなー、こらまた急な事で。お二人はまだ行かんでよろしいんでっか?ああ、申し遅れました。私キョウ=ゴーク言います。どうぞよろしゅう」

 

「そう焦っても仕方有るまい。まずはお互い何が出来るのかしっかり確認せねばな。時には急ぐことも重要だが、入念な準備に勝るものは無いのだ」

 

今頃あのシロウという男がギルドに依頼を出し、それをレクターが受けている所だろう。ハンターでなければ実際に狩りの場に付いて行く事は出来ないのだから良く言い聞かせているだろうが、何せアイツだからな。余計な事をしなければ良いが。

 

まあそれは俺には関係無い事だ。テーブルに付き俺達の作戦会議に集中する。今旬を迎えているのは何か、俺自身が出来る事は何なのか……様々な情報を与えそのピースを当て嵌め一つのパズルを完成させていく。今この場において懸念事項は只一つしか存在しない。

 

俺、何時になったら昼飯食えるんだ?

 

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「いやー、良い天気だなー」

 

善は急げとばかりに早くも目的地に着いた俺は、渓流の穏やかな気候と美しい自然の風景を楽しんでいた。以前来た時の苦い思い出が残っているので少し不安だったが、今回のターゲットはジンオウガの様な強敵では無いのだから気分も楽だ。

 

それにしてもあのシロウとかいう男、絶対に見た目だけで俺を選んだと思っていたけれどその腕前はどうやら本物らしい。道中で食べる様渡された弁当は冷める事まで計算され、バランスも良く非常に美味かった。掲示されている依頼や俺の使う武器などを総合的に判断し瞬時に食材を決める所からもそれが伺える。

 

ただ、少し心配なのはどうも早合点しがちで詰めが甘い様に思える事だ。そこを注意しようかと思ったが、どうも自分に自信を持ち過ぎている所為か俺の言う事など聞こうともしない。確かに俺は料理の事など何も知らないとはいえ一緒に戦うパートナーなのだが。

 

ハッキリ言ってこんな勝負の結果俺にはどうでも良い、美味い飯が食えるならそれで十分である。だが相手にシドが居るとなると話は別だ。正直言って認めたくないが、俺とは似ている所が結構有る。夢を叶えられずハンターになっている事、そして未だそれを引き摺っている事。他にも色々有るが最近思うのだ――俺は、シドの様に強くない。

 

アイツはしょっちゅう笛の練習をしたり誰かに披露したりして、その度に失敗し騒動を引き起こしている。俺はその度に笑い飛ばしているのだが……果たしてそんな資格が有るのだろうか?何が起きても挑戦をし続けるシドに比べ俺と来たらやれ材料が無い場所が無いと言い訳ばかりで一切動こうとしていないのではないか?――俺は、自分の夢にただ単に怯えているだけなのではないか?

 

あの真っ黒な奴はライバルだし、何よりも友達だと思っている。今のままの俺ではそれを名乗れないかもしれない。だからこそ俺はシドと戦い、そして勝ちたい。例えそれが夢とは関係無いハンターとしての事で有っても、直接の勝敗に自分が関わっていなくても、だ。勘違いでも良い、そうすれば俺は胸を張って生きていける気がするんだ。

 

……ま、そんなに重く考えなくてもいいか。もしこの勝負に勝ったら俺のお蔭、負けたらパートナーの所為。所詮こんな物はただの遊びに過ぎないからな。そう考えると随分と気楽になった。

 

さてさて、考え事しながらの散歩もそろそろ終了かな?今の時期ならこの辺りの筈だけど……。

 

「おー、居る居る。狙いはバッチリだな」

 

樹が生い茂っているこの周辺には、それに比例してか花もたくさん咲くのだ。必然的にそれをに寄って来る虫も多く居る事になるので蜂の巣もかなりの数が存在する。そしてその結果、ハチミツ目当ての獣がこの場所に大量に集まる事になるのだ。

 

「っし、行くか」

 

目立たない様端に居る相手にまずは狙いを定める。いずれ全ての敵に気付かれてしまうだろうが、それまでに少しでも数を減らしておきたい。茂みに隠れあと一歩という所まで来た時に、一気に踏み込みその首を狩る。

 

「まずは一頭目、だな」

 

声を上げる事も無くその身を大地に横たえる。最後まで好物を口にしていたのだから幸せな死に方と言えるだろう――真似したくは無いが。ともあれ、倒れた体が倒れた音の所為で二、三頭がこちらの存在に気付いた。

 

青熊獣アオアシラ、実力的には下位でも十分戦える相手だがそれはあくまでも一頭だけの話だ。一度に複数相手にするとなれば、塵も積もれば山となるという言葉の通り不測の事態が起きる可能性は高い。丁度今は繁殖期が終わったばかりの頃で数が増えているのだ。だからこそ食材として選ばれたのだが。

 

もっと多くの数を同時に相手した事は有るが、今回はそれ以外にも条件が有る。一頭目は上手く行ったが、最低でも後五頭、念の為もう十頭ぐらいは倒しておきたい所だ。

 

取り囲もうとして来る三頭の真ん中へと位置を取る。普通に戦うなら一方向に誘導した方が攻撃を避けやすいが致し方無い。丁寧に取り扱いをしないとパートナー様が癇癪を起しかねないからな。

 

猛然とこちらへ突っ込んで来る一頭を正面に見据え、体の力を抜き全方位を警戒する。背後からの攻撃に備えるためにも構えは取らない。じわじわと狭まる包囲網、徐々に逃げ場は無くなっていく。

 

「ガアッ!」

 

突進の勢いに任せこちらへ飛び掛かってきた目の前の敵の攻撃を、普段なら動きを見極め切り捨てている所だが潜り込みつつ横へと飛び退きそれを躱す。直後その場所から聞こえた風切り音の正体は後ろからの爪での一撃だ。

 

もう一頭に警戒しつつ立ち上がると、攻め込んできた二頭は同士討ちでお互い傷つけ合っていた。片方は頭から血を流し目を回し、もう一方は右手の爪が砕けのた打ち回っている。痛みに悶えるその姿を見て、俺は自分の採った行動が失敗である事に気付いた。

 

アオアシラを食べようという発想なぞ元々俺には無い物だが、料理人の発想という奴は更にその上を行く。生態を考えるにハチミツを好んで食べるコイツは採取し口に運ぶのに右手を使う。それで無くても立ち方などから判断して右利きである為そちらの方が身が締まっているのは確かだ。つまり、俺が受けた依頼は贅沢にもアオアシラの右手だけを完璧な状態で持ってくる事なのだ。

 

用済みとばかりに手を負傷した一頭の腹を切り裂く。硬い毛に覆われた背中に比べて内側はかなり柔らかい。真一文字に線を入れられたそこからは簡単に中身が零れ落ちるだろう。

 

未だ立ち直らないもう一頭は後回しにするとして、また食材が駄目になる前に元気な方を片付けるか。そう思いそちらへ振り返ると、いつの間に接近したのか目の前に立ち塞がる姿が有り逃げ出す間も無くその両腕で体を捕まえられてしまう。だがそれ程慌てる事は無い。

 

アオアシラはその強そうな見た目に反して、初心者の練習台に良く使われている。その理由は戦法の単純さ、そして獲物を追い詰めた時の行動の積極性の無さに有るのだ。

 

俺の体を軽々と空中に持ち上げたその両腕で、上下に高速でシェイクし始めた。頭に一気に血が上り意識をしっかり持たないとブラックアウトしそうになるが、それだけだ。押し潰したり噛み付いたりすればあっという間に勝負が付くと言うのに随分とお優しい。恐らく、自然界に争うような生き物がおらず狩りもあまり行わないためだろう。自分より弱い相手は殺すのではなく追い払い強い敵からは逃げ出す。不幸な事に同じくらいの強さの動物が存在しない事も有り命を奪う経験が圧倒的に足りていないのだ。

 

上下動を切り替えるタイミングに合せ体を捻り、片腕を拘束から外す。そして加工する動きに合わせ脳天に左手に持った剣を突き刺さした。断末魔の叫びを上げさせる前に素早く腕を喉の奥まで突っ込み声を出すのを妨げる。サイズが近ければモンスターであろうと人であろうと、喉奥に物を突っ込まれたら骨の構造上顎を閉じる事が出来なくなるのだ。

 

静かに息絶えて行くアオアシラから剣を引き抜きその腕を切り取り回収する。氷結晶を持ってきているから鮮度はちゃんと保たれるだろう。

 

最後の一頭に軽く足音を立てながら近づいて行く。こちらにはまだ背を向けたままだが、恐らく接近には気づいている筈だ、あと一歩踏み込めば……。

 

「ガァッ!」

 

鳴き声を上げつつ振り向きながらの一撃をこちらへ放つ。それに合わせ俺も剣を振る。狙うべきは腕の先端では無く、肘の内側。流石に骨や毛皮を切るのは硬さも有って難しいし、上手く行っても研ぎ直さなければいけないだろう。この程度の相手にそれは少し勿体無い。

 

計算通り右手を落っことしたアオアシラは他の仲間が待つ方へと逃げ出した。今の所集まったのはまだ二本、この調子では日が暮れてしまうのでわざわざ止めを刺すのは止めにする。

 

残っている熊共がようやく俺の存在に気付いたようだ。食事を止め一斉にこちらへ駈け出してくる。俺はその姿を確認すると――背を向け一目散に逃げ出した。

 

下り坂ならまだしも、平地ではどう考えたって向こうの方が足は速い。そう遠くない内に追い付かれてしまうだろう。だからその前になるべく狭い道を選び敵を誘導する。奴らは人の手で作られた人工物では無いのだから、能力差はまちまちだ。スタートが同時ならこちらへ追い付くのが一緒になる事は無い。必然的に俺は一頭ずつ相手する事が出来るのだ。

 

後ろから追い抜いてくる奴が居るかもしれないがそれをさせないために狭い道を選んだし、念には念を入れて足の速そうな固体から先に始末したのだ。敵は計算通り動いてくれている様で、一番足が速い奴とはもう間も無く手が届く距離だが他の奴らはまだ七、八頭分位離れている。

 

急停止し足を踏ん張り、コイツらのお株を奪うような振り向き様の一撃を先頭のアオアシラの首筋に目掛けて放つ。急な出来事にまだその事実に追い付いていない為か、首を切り落とされたにも関わらずその体は突進を続け十メートル程先へ進んだ後、まるで糸の切れたマリオネットの様に急激に崩れ落ちるのであった。

 

血飛沫を浴び真っ赤に染まった顔面を追い掛けてくるアオアシラの群れに見せつけ笑みと共に睨みつけると、揃いも揃ってその動きを止める。それを確認した俺は残った体から右手を切り落とし、挑発するように落ちている首をお仲間の方へ無造作に投げ捨てると再び逃走を始める。

 

もはや俺の目にはコイツらはモンスターでは無く只の食材としてしか写っていない。まだまだ数は多そうだ、狩れるだけ狩ってやる。既に頭の中は帰還後に作られる料理の試食で埋め尽くされていた。

 

「あれあれ?どーしてクリスちゃんが此処に居るの?」

 

「あ、レクターさん。お早う御座います。ええっと……師匠は急に用事が出来たとかで来られない事になりまして。私に務まるか分かりませんけど、美味しい物が食べられるからって言うんで代理をさせてもらう事にしました」

 

「そっかー……まあ良いか、シドが居るよりずっと華が有るしね。折角だから可愛い子と食べた方が美味しい気もするし」

 

とはいえ少々残念では有る。帰還後、遅いと文句は言われたものの量は十分に有ったので結構な量試食させって貰った。熊の手一つから随分と様々な調理方法を考え着くものだと感心したが、今回披露する料理はその中でも一番美味かった奴だ。おまけに最後の最後まで工夫を続け更に一段と上の味になっているというのだからかなり期待出来る。

 

間違いなく勝利を確信しているからこそ、この舞台でシドの奴がどんな顔をするのか楽しみにしていたのだが。まあ良い――取り敢えずこの場は華々しく俺達の勝利で飾って、後で言ってやるのも悪くない。ねえどんな気持ち?ってな。

 

ただ少し気になるのは、シロウが切羽詰まっている様子を見せているのと……それとは対称的にあのユーザンという男がまるで慌てる様子を見せていない事だ。これまで納得の行く結果を出せていないとは聞いているから精神的に追い詰められているのはまあ理解出来る。だが、それを見ているからと言ってあの落ち着き様は一体どういう事なのだろう。負けると言う可能性を微塵も考えて居ない様に見えるが、何処からその自信は来ると言うのだ?

 

ただ単に前回の余韻から醒めておらず油断しているだけならば良いが、あの男からは勝負師の匂いがする。何処を見ているのか分からないが既に勝利へと至る道筋を見つけているのかもしれない。

 

「……今更、かな」

 

俺が考えている様な事をシロウが気付かない訳が無いし、これから何か手を打つには時間が無さすぎる。俺に出来る事は信じる事だけだ――アイツの右腕として、そしてパートナーとして。

 

「いやいや、すんまへんな。お待たせして申し訳無い、これより料理対決を始めさせて貰います!お二方、準備は宜しいでっか?」

 

「ああ、さっさとやろうぜ。今度こそ、ケリを付けてやる……!」

 

「フ……やれる物ならやってみるが良い。此方も何時始めても構わん」

 

勝負が始まる時間になり会場へやって来たハゲ頭の男が戦いの始まりを宣言する。審査員は五人、老若男女様々な人が集められた様だ。

 

「さいでっか、そしたら……どちらさんから料理を出して貰いましょか?こっちで決めてもええんやが、大きく勝敗に関わってまうからな……」

 

「ワシは別にどちらでも構わんぞ?まあ先にこちらの料理を食べてしまったら、もう貴様らの料理なぞ箸を付ける気にもならなくなってしまうかも知れんがな。わあっはっはっはっは!」

 

「調子に乗るなよ、この野郎……!そこまで言うなら分かったよ、先に料理を出させて貰おうじゃないか。キョウさん、俺が先攻だ」

 

上手く乗せられた形になってしまったとはいえ、有利な形に持ち込む事が出来た。空腹時の方が美味しく感じるのは当然の事だし、向こうの料理によってはそれこそこちらのメニューの良さが消されかねない。

 

「ほな、早速出してくれまっか?実は全員かなり腹を空かしておるんや」

 

「ああ。俺の作った料理は……コレだ!」

 

その言葉と共に此処に居る全員の前に料理を乗せた皿が置かれる。結構な量を持ってきたつもりだが、試食分も合わせると在庫は一切残っていない。相当贅沢な使い方をしている所為だが、その分味は折り紙つきだ。

 

「全員の前に行き渡ったな?それじゃ、蓋を開けてくれ」

 

「おお、何と……」

 

「まあ……」

 

「コレが俺の究極のメニュー――アオアシラの右手の煮込みだ」

 

蓋を開けると共に食欲をそそる匂いに包まれ、次いで目の前には琥珀色のソースで煮込まれた高級食材が姿を表す。誰もがコレを見たら目が釘付けになり箸が進むのを止める事が出来なくなるだろう。

 

「あの、レクターさん……コレ本当に食べるんですか?そもそも食べられる物なんですか?」

 

訂正、少々見た目にインパクトが有る所為か抵抗が有る人も居る様だ。珍味らしいので知らない人からすればそういうリアクションになるのも仕方無いのかもしれないな。

 

「あー、無理しなくていいよ?別に俺達は審査には関係無いし」

 

「……いえ、やっぱり食べます。師匠からも無理しなくていいって言われてますけど、私は師匠の代わりに来てるんですから此処は我慢しないと」

 

多分シドがこの場に居ても恐らく食べなかったのでは無いかと思うが、それを口に出したりはしない。見た目はともかく味が良い事は保証出来るのだから、変な事を言ってその機会を失くしてしまっては勿体無いだろう。見た目は本当に悪いが。

 

「もう待ちきれへんな。早速やが頂きまっせ」

 

「ええ、どうぞ。皆さんも冷める前にお召し上がり下さい」

 

皆が食べ始めたので俺もそれに倣い箸を取る。身に当てるだけで力を入れずに簡単に切れる程柔らかく煮込まれたそれを白米と共に口に運ぶ。トロリとした濃厚な口どけが広がり、様々な調味料を用いて引き出された旨味がご飯と渾然一体となって喉を突き進む。食べる以前から高まっていた期待から外れる事無く、むしろ上回る位の素晴らしい味わいがこの一皿には広がっていた。対決前に試食した時よりも美味くなっている様だ、まさか完璧と思えたあの味を更に高めて来るとは思いもしなかったな。

 

「今回の料理は、そこに居る彼……レクターが倒したアオアシラの右手だけを厳選して使いました。通常ならそもそもこれだけの数を揃える事も難しいのですが、今の時期であればアオアシラが大量に発生しているそうなのです。それに加え彼が最も得意とする武器――双剣であれば、切断面が押し潰れてしまうことも無く非常に良い状態で食材を仕入れられるという事に気付いた為我々はこのメニューにする事を決断しました。本当に彼は私の右腕として非常に良く働いてくれましたよ」

 

何処からか忍び笑いが聞こえてくる。声がした方を見ると、そこに座っていたのはあのユーザンと言う男であった。一体何がおかしいと言うのだろう。審査員達は料理に夢中な様でその事に気付いては居ないが、シロウにはどうやら聞こえてしまったらしい。冷静で居られると良いが。

 

「……まあそんな訳で無事仕入れたこの食材の良さを存分に引き出す為、様々な調理方法を検討しましたが――最終的に辿り着いたのはこのシンプルな姿煮込みでした。勿論、一見単純に見えるこの料理の中には様々な工夫を詰め込んでいますが」

 

「このプルプルとした食感に濃いめの味付け……うほっ、これはタマランわ!」

 

「一見しつこそうに見えるけど随分と食べやすいのね。お肌にも張りが出てきたみたい!凄く簡単そうに見えるのに、複雑に旨味が絡み合って――この調和はまるで一流のオーケストラの演奏を聴いているみたい!特に素晴らしいのがこの自然な甘みね。全体の味を邪魔することなく、それでいてしっかりと自分を主張しているわ!」

 

「お気づきになられましたか?流石です、クリタさん。実は少し前からこの料理は完成していたんですが、俺にはどうしてもまだ工夫の余地が有ると思えた。十分に美味しいと言ってくれる人も居た、だけど何か、もう一つ何かが足りていない――そんな時でした。俺はコレが自然の中から持ち込まれた物であると思い出したのです。この完成した料理に加える同じ様に自然の中から生まれた調味料、それも飛び切り相性が良い物を見つけました。それがコレです」

 

そう言ってビンを取り出し全員に見せつける様にテーブルに置いた。黄金色に輝くその液体――そう、ハチミツを。

 

「成程、アオアシラはその右手でハチミツを掬い食べている。相性が良いのは当然、っちゅう事かいな」

 

言われてみれば、確かにそうだ。良く見ればあの時は無かった表面の照りがこの料理には確かに存在する。それに漂う香りの中にも花の様な香りが混じっているし、全体を下支えするような自然な甘みも感じられる事にやっと気付けた。黙って勝手にやった事は少し腹立たしいが素晴らしい工夫だ。……だが、何だろうこのモヤモヤした気持ち。

 

「この一皿が俺の究極の料理です。いかがでしたか、皆さん――」

 

「下らんな」

 

自信に満ち溢れたシロウの一言がピシャリと切り捨てられた。良く見ると一口二口程度しか手を付けていない。これ程の料理の何処に文句が有ると言うのか。

 

「お前は自分なりに工夫をして悦に浸っている様だが、そんな物自己満足に過ぎんわ!見ろ、この娘の皿を!」

 

そう言って指差したのは、クリスちゃんの目の前に有る皿であった。夢中になっていた所為で気付かなかったが殆ど食べられていない。

 

「ど、どーしたの?お腹でも痛い?」

 

「い、いえ。そういう訳じゃ無いんですけど……」

 

「ワシが代わりに答えよう。まずお前の料理は見た目が悪いのだ!いかに良い食材でも食べる人の事を考えて作らないので有れば残飯にも劣るわ!」

 

初めて目にした時から反応は良くなかったが、此処まで強い拒否反応を示すとは思わなかった。ハンターとして活動するならこれくらい慣れているかと思ったが、まだまだ成り立てだしそもそも食べるのはまた別の問題なのだろう。

 

「く……だがその娘は今回の勝負に関係無い筈だ!実際審査員の皆さんはちゃんと全て食べ終えているさ!」

 

「わあっはっはっはっは!馬脚を現しおったな、小僧!それこそが最大の欠点よ!詰まる所貴様は自分の才能に驕り高ぶった、自己満足の料理しか作れないのだ!」

 

「な、何だと……!」

 

「思い返せば確かその男の事をこう呼んでおったな……右腕、と。そもそも間違いはそこから始まっているのだ。一緒に戦うパートナーの事で有るにも関わらず、まともに話合おうともしないでこき使っていたのであろうよ。それも当然だな、まさか自分の右腕に話しかける人間など居る筈も無いからな」

 

この男、何処かで偵察していたんじゃないか?とさえ思える程正確に見抜いている。確かに俺達の関係性は平等とは言えない物だった。

 

「し、仕方無いだろう、ソイツ……レクターは素人なんだから!とにかくちゃんと味の分かる人には食べて貰ったんだから別に関係な――」

 

「貴様、料理人を何だと思っている!味が分かる?ふざけた事を抜かすな!彼らが料理の事を詳しくないのは当然だ。それを我々が見捨てるなど……恥を知れ!」

 

もしかしてこの人、意外と良い所が有るのか?これが巷で聞くツンデレとかいう奴なのだろうか。

 

「ハンターは戦いが出来ぬ者の代わりに戦う……なら我々料理人は料理が出来ない人の為にこそ料理をしなければならない筈だ!」

 

「あの、別に私料理出来ない訳じゃ――」

 

この凄まじい剣幕に割って入るとは、凄い度胸だ。まあ当然の様に無視されるだろうが。

 

「その貴様の独善的な考え方はこの一皿にも表れておる。確か最後の工夫でハチミツを使ったと言ったな。まあ中々のアイディアだ……と言いたいが、詰めが甘い。反応から見るに黙って一人で行った事なのだろう」

 

「……悪いか?美味しくなったのは事実だろう。なあ、レクター」

 

「う、うん。まあね……」

 

「フ……どうやら貴様の腕は何やら言いたい事が有る様だぞ?」

 

出来れば黙っておこうと思ったのだが、聞かれてしまったのでは仕方が無い。先程ようやく気付いた違和感を口に出す。

 

「あのさ、聞きたいんだけど……このハチミツってどこの奴?」

 

「ん?市場で買った最高級品だが――あ!あああ!」

 

「ようやく分かったか。貴様は自然との調和を目指してハチミツを入れたにも関わらず、全く関係の無い産地の物を使ってしまったのだ!真に相性の良い物であれば入っている事さえ気付かずそれでいて味を高めていたであろうよ。……もしも貴様が彼ともう少し話し合っていれば、誰かと分かり合おうとしていればこんな事には――」

 

「アンタが、アンタがそれを言うか!そんな資格何処に有るっていうんだ!」

 

シロウが突然感情を爆発させる。どうやら余程浅からぬ因縁が有るらしい。

 

「資格、資格か……。確かにそんな物は無いかもしれんな。だがワシにはそれを貴様に教える義務が有るのだ――料理人として、そして何より父親として」

 

急に明かされた衝撃の事実に場が静まり返った。誰も彼も出来る事は只一つ、彼らを黙って見続ける事のみである。

 

「喋り過ぎた様だな。貴様に教えてやろう――料理を、人と分かり合うという事を。では、ワシが料理を出す番だな」

 

そう言い残すと、奥へ引っ込んでしまった。あそこまで言い切ったからには余程の物を出してくるのだろう。楽しみでもあり、恐ろしくも有る。だがこの場に残された人々が最も強く思った事、それは――

 

どうにかしろ、この空気。

 

ただひたすらにシロウの慟哭が響くこの現場、時間の流れがこれ程遅く感じた事は今までに無かった。

 




だから何故こんな物を選ぶんだ俺は!投げ出すのも嫌だから似たような物をもう一話書かないと……。早くヴォルガノスと真面目に戦う話が書きたい。

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