笛使いの溜息   作:蟹男

13 / 26
※注意
本編とは何の関わりも有りません。一種のパラレルワールドです。


劇場帆風嘘予告~吸血鬼に捧ぐ葬送曲~

「あ、師匠。お手紙です。可愛らしい女の子からでしたよ――口は悪かったけど」

 

「お?なーに、シド。クリスちゃんも居るのにまた手出したの?」

 

それは一通の招待状から始まった。その手紙を開いた時、街全体を巻き込む惨劇の舞台は幕を開ける。

 

「逃げろ、逃げろォッ!モンスターの大群だ!クソッ、何だって急に……。小型種だけじゃない、イビルジョーにリオレウス、古龍達まで一緒にやって来るなんて……!」

 

「み、皆さん!落ち着いて下さい、こんな時はバラバラに行動したらかえって大変な事になります!お願いだから話を聞いて!」

 

「落ち着くんだ、ケイト。こんな時はまず素数を数えて心を静めるんだよ。1、3、5、7、9……」

 

「編集長が一番混乱してるじゃないですか、それは奇数ですよ!ああもう、全員ギルドの避難指示に従って下さーい!大丈夫、きっと大丈夫ですから!助けはやってきます、まだこの街には彼らが――G級ハンターが残ってますから!」

 

------------------------------------------------------------

 

右を見ても左を見ても、そして上を見上げてもモンスターだらけ。敵を探すのに苦労はしないが、少し多すぎやしないか?結構倒してきたつもりだったんだがこれ程の数がまだ居たとはな。少し骨が折れそうだ。

 

「行くのかい、シド?まさかこんな事になるなんて……吸血鬼なんて伝承上の存在だと思っていたけど、こうして現れてしまった以上は認めざるを得ない様だね。大型のモンスターを遥かに上回る身体能力が、人間大の大きさに詰まっている――正真正銘の化け物だ。ねえ、一緒に逃げようよ。コレは災害に襲われた様な物だよ、人の手ではどうする事も出来ない……勝ち目なんか万に一つも無い。君はこんな所で死んで良い訳じゃ無いだろう?」

 

「……死ぬのは怖い、到底勝てるとも思えない。だけど仕方無いだろう?俺は只の笛吹きだ、音を奏でる場所が無くなってしまうより辛い事なんて無いのさ」

 

「やっぱり、君ならそういうと思ったよ。やりたくなかったけどしょうがない、特別なおまじないだ」

 

優しく両頬を手で包まれ、フランの顔が近づいてくる。唇に触れる柔らかで瑞々しい感触と漂う甘い香り。永劫とも思える一瞬が終わりを告げると名残惜しそうに俺の顔を見つめた後、くるりと後ろを振り向きその場を離れて行く。

 

「君だけの特別だ。私の初めてを奪ったんだから大事にしてよ?この街は私がどうにか守ってあげるからさ」

 

「とんだ押し売りじゃないか……まあいいさ、返品する気も無いしな。今は丁度持ち合わせが無いから今度――帰ってきたら埋め合わせをしてやるよ」

 

「あんまり待たせないでね?長くなればなるほど利子は増えて行くんだから。それじゃ、またね」

 

------------------------------------------------------------

 

「後少しだって言うのに……まだこんな数を残して居やがったか」

 

「ホント、吸血鬼ってどいつもこいつもしつこくて嫌になっちゃうね。会うのは初めてだけど」

 

「相変わらずお前は……」

 

ズン、と辺りに着地の衝撃が広がる。此処に来るまでの道中様々な敵を倒してきたが、そのどれよりも遥かに強大なプレッシャーを放つ生物がこの場に現れた。

 

「おいおい、冗談だろ?こんな奴まで仲間にしたっていうのか……」

 

漆黒の体にあらゆる攻撃を弾き返す尋常ならざる強度を誇る鱗、そしてこちらを睨みつける視線そのものが武器であるかの様な鋭さを持つ両目。生ける災厄、黒龍ミラボレアス。

 

「とんでもない奴が現れたな、街に行かれる前にさっさと――」

 

「シド。コイツは俺がやるから――先に行きなよ」

 

「お前、何を言ってるのか分かっているのか!?相手はあのミラボレアスだぞ、二人掛かりでも危険なのに一人で戦える訳が無いだろうが!」

 

「でもさ、此処がゴールって訳じゃ無いよね。この先にはまだミラボレアスより強い敵がまだ待ってる筈だし。俺そんな怖い相手と戦いたくないからさー、悪いけど先に行って痛めつけててくれない?」

 

それは確かにレクターの言う通りだが……だからと言って捨て置くにはあまりに強大過ぎる相手だし、ガブラスの様な小型のモンスターも大量に存在している。幾ら何でも一人で相手するのは――

 

「さっさと行けっ、て言ってんだよ!……ヤバくなったら大声出して俺呼んでねー?運が良かったらそっち行くかもしんないから。あ、でもボスを倒してくれたらコイツらも何処か行くだろうしそっちの方が早いかなー……。良し、じゃあ競争しようよ!負けた方が帰ってから飯奢りね」

 

「……分かったよ、高い肉でも食わせてもらうとするか。それじゃあな」

 

「そっくりそのまま返すよ。それじゃ、また後で。さーて――覚悟は良いか、トカゲ野郎。小便は済ませたか?神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタふるえて命乞いをする心の準備はOK?……これ俺のセリフじゃ無い様な気がするなー……ま、いいか」

 

------------------------------------------------------------

 

「ようこそ、人間。かつての名はシュレイド、そして今は――私の物となったこの城へ」

 

「御託は良い。手紙に書いてあった通りに此処まで来てやったんだ、さっさとモンスター共を引っ込めろ」

 

「まあそう焦らないでゆっくりしたまえ……折角だ、少し話でもしよう。私は本来この世界に居るべき存在では無い。如何なる偶然か、幾つも積み重なった『私』の一欠片が剥がれ落ち数多の次元を彷徨い歩き……この世界に流れ着いてしまったのだ」

 

コツコツと足音を立てながら少しづつこちらへ近付いて来た。俺は油断無く笛を構えたままそれを見守っている。

 

「私は途方に暮れてしまったよ。あれ程体に満ち溢れていた筈の命が、力が……殆どこそぎ落とされていたのだから。有る意味では忌避さえしていた物だが、いざ無くなって見るとそれはそれで空しささえ感じてしまったのだ。おまけに私を滅ぼそうと考える敵も何処にも居ない、随分と退屈してしまった。だがそうやって悲しんでいたのも昨日までだ――こうして私の前には君の様な男が現れてくれたのだからな、遥か昔に信じる事を忘れてしまった神にさえ祈りを捧げたくなってしまうよ。そういえば先程偶然この世界に流れ着いたと言ったな、あれは間違いだ。きっと今此処に居る事も、君との出会いも――全てが必然だ」

 

「どうでも良い、と言っているだろう。俺は別にお前と戦いたい訳じゃ無い。この騒動をさっさと終わらせてくれればそれで――」

 

「手紙を渡す様頼んだあの少女、君の身内か何かかね?まだ彼女は生きているか?――まだ人間のままで居られているのかな?」

 

一瞬、何を言われているのか分からなかった。だが出発する時相当具合が悪そうだったし、お蔭で見送りに来る事も出来ないと言っていたのを今更ながら思い出す。普段丈夫な割に珍しいと思っていたが、まさかアレは――

 

「お前の仕業だと、そういう事なのか?」

 

「さあ、どうだろうな。違うと思うのならそのまま此処から立ち去るが良い。安心したまえ、その場合はこの騒ぎを終わらせる事を約束しよう。だがもしも、私が原因だと思うのなら――その時は全身全霊を持って私を打ち倒すしか無いな。さあ、どうする?たった一人の少女を選ぶのか、それとも街に住む全員の命を選ぶのか。時間は無い、早く決めたまえ」

 

クリスか、他の全員か……。答えなど決まっている。

 

「俺は……アイツの師匠だし、G級ハンターだ。選択肢は初めから一つしかない――貴様を倒し、クリスもレクターもフランも……全員の命を助けてやるさ!」

 

「素晴らしい……素晴らしいぞ、人間!そうだ、それでいいのだ。貴様の全力を私に見せてみろ、私を滅ぼして見せろ!化け物を倒すのはいつだって人間だ。人間で無くては、いけないのだ!」

 

------------------------------------------------------------

 

「中々やるじゃないか、人間よ。そういえば貴様の名を聞いていなかったな」

 

「シド、だ。この化け物が」

 

「私の名はアーカードという。以後そう呼びたまえ。しかし、いくら今の私が本来より相当弱体化しているとはいえこの結果は正直言って予想以上だ。褒めてやるぞ、シド。抱きしめてあげたいくらいだ」

 

「良くいうよ、全く。あれだけ痛めつけてやったのに傷一つ残っていないじゃないか。それに、お前に抱きしめられたりしたら体がグシャグシャになるだろうよ」

 

「そう言わないでくれ、困った事に私の性分なのでな。とはいえ、君を相手に力を温存するのは聊か無礼に当たる事に今更ながら気付いてしまったよ。お礼の代わりと言っては申し訳無いが、此処からは全力で戦わせて貰おう」

 

その言葉と共に、四方八方から小型のモンスター達が飛来する。あっという間に周囲が埋め尽くされ、アーカードに近づくことさえ儘成らなくなってしまった。

 

「どうやら君の仲間達は相当頑張ったらしい。残っているモンスター達をこの場に集めたのだが、大型種は見当たらない様だ。だがそれでも先程までより状況は確実に悪化しているだろう?さあ、どうする。諦めるのか?それとも骨の一片になるまで戦い続けるのか?もう一度見せてみろ、貴様の答えを!」

 

レクター、フラン……有難う。大型の敵を倒してくれて……小型の敵を残してくれて。一種の賭けだった。まともにやっても勝てる相手では無いのは分かっていた。スペックが違いすぎるのだ。勝機を見出すには笛を吹くしかなかったが、そんな隙は有る筈も無い。だからこそ俺は耐えた、耐え続けたのだ――痺れを切らし仲間を呼ぶその時まで。

 

今この状況で飛び道具を持たない俺はどうやっても攻撃を与える事は出来ないだろう。そしてそれは相手も同じ事だ。この状況ならば奴に、アーカードに邪魔される事無く演奏する事が出来る。

 

「そんなに聞きたいのなら何度でも聞かせてやる、コレが俺の答えだ――」

 

------------------------------------------------------------

 

眠りに付く少女を目覚めさせる為に耳に届けられたその音は、果たして勝利を告げる笛の音かはたまた吸血鬼の勝利の雄叫びか。

 

劇場版・笛使いの溜息~吸血鬼に捧ぐ葬送曲~。公開予定――永久に無し。

 

 

 

「貴様はその笛で何を生む!?破壊か、絶望か、死そのものか!」

 

「俺は只の笛吹きだ、何も生み出しはしない。ただ届けたいだけだ――言葉を、時間を超えて……俺の思いを誰かの胸に、な」

 




活動報告のアンケートでHELLSINGとのクロスを、と言われたので書いてみました。申し訳有りませんが作者にはこれで限界だったので勘弁して下さい<(_ _)>

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。