笛使いの溜息   作:蟹男

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前話のあらすじ
マスコミはロクな事をしない

全話修正記念(?)にもう一つ投下!


青は藍より出でて

一体コレはどういう状況なのだろう?我が事ながらまるで意味が分からない。

 

ある日の昼下がり、俺は適当に入った喫茶店で置いて有る雑誌でも読みながら時間を潰す事にした。仕事をしたり夢に向かって努力するのも大事だが、張り詰めたままの糸は何時か切れてしまう。偶には気を緩めてリラックスする時間も大事なのだ。

 

そんな訳で訪れた店でのんびりとした時を過ごす。最初はそれなりに賑わっていたが、時間も中途半端になって来た所為か客足も大分落ち着いてきた。店にとっては有難くないかもしれないが、この静けさが今の俺にはとても嬉しい。

 

カラン、とドアベルが鳴り新たに人が入ってきたようだ。まあ別に俺には関係ない――そう思っていたのだが、何故かその客はこちらへ真っ直ぐに向かって来る。そして俺の席の目の前で立ち止まると、急に頭を下げたのであった。

 

僅か十数秒前の出来事であるから、当然の事ながら鮮明に覚えている。だが俺はどう対処すべきか未だに答えが出ていなかった。コーヒーを口に運びながらどうするのか見守っていたが、状況には依然として変化が無い。そうこうしている内にカップの中は空になってしまった。そこまで来てようやく口を開く。

 

「……すいません、コーヒーのお替りを」

 

何を言っているんだろう、俺は。どう考えてもやるべき事は他に有る筈だ。対応してくれた店員も次の一杯を注ぎに来てはくれたが、明らかに不審な目を向けている。

 

「どうも、有難う御座います」

 

カップにコーヒーを注ぎ終えた店員にお礼を言ってその香り立つ液体に目を向ける。炭を焼いたような香ばしい芳醇な香り、口の中に広がる苦味と僅かな酸味。そして何処と無く感じられる甘味が心を鎮めてくれる。素晴らしい一杯だ、また是非訪れたいと思う――こんな風に変な目立ち方をしていなければ。

 

居た堪れなくなってついついカップを口に運んでしまう。早々に二杯目が空になった時点で、いよいよ覚悟を決めて声を掛ける事にした。

 

「なあ、何時までそうしている気だ?何の用か知らないが、こんな事を続けられては迷惑だ、早く何処か――」

 

「お願いします、私をアナタの弟子にして下さい!」

 

「――別の場所で詳しく話を聞こうじゃないか」

 

目の前に居る若い女性、というより女の子の顔を上げさせその手を取り会計を済ませ店を出る。俺は女子供には元々優しいのだからコレがいつも通りの対応だ。断じて最近誰とも会話していなくて寂しいとか、久しぶりに話す相手が自分に好意的で有る事に感動したとかいう事情は一切無い。無いのである。

 

「あの、そろそろ手を……」

 

「ん?ああ、スマンスマン」

 

話の流れでつい店を出てしまったものの特に行く当ても無いので取り敢えずギルドへ向かう道中、自分が隣の少女の手を握ったままで有る事に気付いた。ついテンションが上がってしまったのでウッカリしていたのだ。謝罪をしつつ手を離す。

 

「それは別に良いんですが……。何処へ行くんです?」

 

「ギルド辺りで話を聞こうと思っていたんだが、別の場所の方が良かったか?」

 

「いえ、むしろかえって都合が良かったかもしれません」

 

「良く分からんが、もう到着したし詳しくは中で聞こう」

 

扉を潜り中へ入る。時間が時間だけに人の数はそこそこ、と言った所か。空席の目立つテーブルの一つを占拠し、お互い向かい合って座る。

 

「此処がギルドなんですね……」

 

「もしかして、初めてだったか」

 

「ええ。あの村にはこんな建物無かったんで」

 

「あの村?」

 

「やっぱり、覚えていませんか。私の事」

 

悲しげに溜息を付きながらそう呟いた。だがそう言われても――ん?良く見てみれば確かに一度見た顔の様な気がしてくる。だがそれ程鮮明な印象という訳でも無いし、只の勘違いという事も考えられるが……。

 

「悪いな、ちょっと度忘れしてしまった様だ。申し訳無いが、答えを教えて貰えないか?」

 

「気にしないで下さい。シドさんが依頼で私の村に来た時、道案内をさせて貰っただけですから」

 

「……ああ、あの時の」

 

大体一月より少し前だったか或いはもっと前だったか細かい事は忘れたが、ギルドから直々に俺を名指しした依頼が有ったのだ。その辺りでハンターの死が相次ぐという事で調査に出向き、村人達の協力も有り無事にクリアしたのは覚えている。しかしその時は問題らしい問題は見つけられず、悲しい事にその後村には何やら大変な事が訪れてしまったらしい。もっと俺に力が有れば、と切に思う

 

この少女と出会ったのは村に着いてすぐだったと思う。依頼主の村長の下へ案内して貰ったのだ。それと討伐後俺が先に村へ戻った後に村人達の帰還を待っている間、広場で笛を気ままに演奏している時にも姿を見かけた様な気もする。

 

「久しぶりだな。元気にしていたか……っと、済まないな。村が随分と酷い事になったとは聞いている。何がどうなったかまでは詳しく聞いていないが、俺がもっと上手くやれていればな。重ね重ね申し訳無い」

 

「…………そんなに心配しないで下さい。元はと言えば、こっちが悪かったんですから」

 

「そうなのか?一体何が起きたのか教えて貰う事は……」

 

非が有ったとはどういう意味なのか尋ねようとしたが、そのお言いにくそうな顔を見て思い留まる。責任感の強い人達だから事情は知らなくても言葉にしたくない物が有るのだろう。それに彼女にとっては自分の身内の事なのだ、思い出すのも辛い筈だ。

 

「いや、やはり無理しないで良い。聞かれたくない事も有るだろうしな」

 

「すみません。あの、本当に何が原因かご存知無いんですね?」

 

「あそこはもう御終いだと噂で聞いた程度だ。残念だよ」

 

「そうですか。……出来れば、そのままでいて下さい」

 

ここまで言い淀むという事は、それ程酷い事が起きたのだろう。モンスターの仕業か何か知らないが、あんな良い人達に手を出した奴は本当に許しがたい。だが目の前の彼女が堪えているのだ、俺もグッと我慢しなければ。

 

「それで、話を戻すが……弟子入りしたいって?俺にか?」

 

「ええ、是非お願いします」

 

「その言葉は有難いが、困ったな。俺はまだまだ未熟だし、そんな人に何かを教える事が出来る程立派な――」

 

「私が知る限りアナタ以上のハンターなんて居ません!どうかお願いします!」

 

知っていた、知っていたとも。俺なんて吟遊詩人としてはまだまだ駆け出しとも言えないレベルだ。何かを教わりたいっていう人が居るなら当然それはハンターの方に決まっている。分かっていた事だ、だから悲しく何て無い。何処か浮かれていた気持ちが沈み込み、冷静さを取り戻し彼女に尋ねる。

 

「まあ誰を選ぶかは君の自由だが……少し質問させて貰おう。何故ハンターになりたいんだ?金か、名誉か、それとも……復讐か」

 

「……復讐したい気持ちが無いって言ったら、それは嘘になります。でも一番はそんな事じゃ有りません。私は生きたいんです、自分の力で辛い事を跳ね除けたいんです。それで何時かは、間違っている事を止められる強さが欲しいんです!」

 

「成程、気持ちは分かった。だけど、どうして俺なんだ?君が見たハンターが偶々俺だったのは分かるし、これでもG級だから強い方なのも確かだ。だけどそれと君が強くなれるかどうかは関係無い。何だったらもっと他のハンターを紹介することも出来るが……」

 

それを尋ねると先程までの剣幕から一転、急に恥ずかしそうにし始めた。

 

「ええっと、それは、その……実は、ずっと耳から離れないんです。あの時初めて聞いたアナタの笛、そのメロディーが。それからずっと私も演奏してみたいって、シドさんの様に音を奏でてみたいって思ってたんです」

 

「……君、頭だいじょーぶ?」

 

人知れず感激に打ち震えていると、後ろの方から聞き慣れた声がした。

 

「あまり失礼な事を言っては駄目だよ。所でお嬢さん、自分の名前は言えるかな?真っ直ぐ歩ける?記憶が無くなったりしていない?」

 

「……お前等二人共何時から見ていたんだ?レクター、フラン」

 

「えーっと、確か二人が繋いでいた手を離した所かな?見知った顔がいたいけな少女の手を握って街を歩いているんだもの、何が有ったのか気になっちゃうよね。気付いて無かったかもしれないけどさ、凄い目立ってたよ。ま、お蔭でフランとも合流できたんだけど」

 

「ほぼ最初からじゃないか……」

 

それならそうともっと早く声を掛ければ良いのに、一体何を……。いや、考えるまでも無いな、ただ面白そうだったから見ていた。きっとそれだけの事だろう。それにしても迂闊だったな、あんな目立つ真似をしてしまうとは。

 

「ええっと……クリスと言います。別に普通に動けますし、忘れてることも無いですけど」

 

「……君も真面目に相手しなくて良いから」

 

そういえば名前を聞いていなかった事に今更ながら気が付いた。最もまだ弟子に取るかどうか決めた訳でも無いし、覚えるかどうかはこれからだが。

 

「この二人の事は後回しにするとして、だ。まだ君の面倒を見ると決めた訳じゃない。演奏を気に入ってくれた事は有難いが、そんな事しないで出来れば安全に暮らして欲しいと――」

 

「ちょーっと待った、シド。俺達も聞きたい事が有るからそっちが先で良いかな?んじゃ、少し借りてくよ」

 

返事を聞くより早くクリスと名乗った少女の手を引き、別の場所へ行ってしまった。たった一人残された俺は、噂を聞きつけた人々の好奇の目に晒される事となってしまう。ひそひそと噂話をされているのが耳に届いてしまう。

 

「ちょっと、一人しか居ないじゃない」

 

「さっきまでは女の子と一緒だったわよ?でも何か揉めてたみたいで別の人達が連れて行っちゃった」

 

「やだ、もしかして修羅場?」

 

……頼む、早く帰ってきてくれ。

 

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「うん、此処なら見えないね。それじゃ、ちゃんと話を聞かせて貰おうかな?」

 

併設された食堂へ移動し、本音を聞き出す。顔見知りらしいシドと違い、どうしても俺達にはこの少女が信用出来なかったのだ。

 

「ちゃんと、って言われても……後ろで聞いてたんですよね?だったら特にそれ以外は有りませんよ」

 

「申し訳無いけど、私はそれでは納得出来ないな。彼は詳しい事情を知らないから突っ込まなかったんだろうけど、そんな簡単に済む問題じゃ無い筈だよ?」

 

「……」

 

「君さ、あの村の出身なんでしょ?人殺しの村の、さ。あんなんでも一応友達だから、無駄に危険な目には合わせたくないんだよね」

 

シドが引き受けたあの依頼、もしかしたら俺がする事になっていたかもしれないのだ。だから事の顛末は良く知っている――きっとアイツ以上に。だからこそ、この子が弟子入りを本気で考えているなど信じる事は出来なかった。

 

「ハンターを仕留めて成り立ってた村なのに、それを辞めちゃったんだし上手く運営出来る訳無いもんね。でも昔に戻ったら良いだけだってのに贅沢な人達だよ。まあ俺から見たら別にシドは何にも悪くないんだけど、君からすると生まれた所を滅茶苦茶にした憎たらしい相手なんじゃないの?」

 

「それは……」

 

「幾ら何でも仇に弟子入りするっていうのは有り得ないよね、普通。誰が考えたのか知らないけど、目的は嫌がらせか暗殺辺り?何だかんだ言ってシドも甘い所有るから、気を許した相手だと隙を見せちゃいそうだけど。どうなの?ホントは恨んでるんでしょ?」

 

「……あの村には一杯思い出が有ります。嬉しい事も悲しい事も、辛い事も楽しい事も。大事な人達だって、お父さんにお母さんに友達……みんな、みんなみんな大切な人達です。でも……でも良いんです。いつか今を乗り越えられた時、あの時大変だったねって笑える日が来るまで――そんな気持ちは蓋をして奥にしまって置くって、決めました、から。

だから、ヒック、だから良いんです。わ、私が、グスッ、ハンターになって、立派になるまで、昔の事は、気にしないって――」

 

「もう良いよ、君の気持ちは十分に伝わった。……全く、君は酷いね。女の子に涙を流させる物じゃ無いよ?さ、こっちにおいで」

 

一緒に攻め立ててたじゃんか!そう口から出そうになったが何とか思い留まる。下手な反撃は更に深い傷を負わされる結果になるだけだ。しかし最善の選択をしたとして、それが成功を意味する訳では無い。

 

女の涙というのはこの世で最も美しく、それでいて猛毒でもある。目にしただけでこれ程心を揺さぶられ抉られた様な気持ちになる物は無く、にも拘らず何処までも人の目を傷つけてしまうのだから。

 

……カッコ付けて考えている場合では無い。今この状況をどうするべきか必死にならなければ。恐らくだが周りから見ると俺はこの年端も行かない少女に手を出し、しかもこの期に及んでも開き直って泣かせているとんでもないクズ野郎に見えている事だろう。その隣には女神サマまで座って慰めているのが更に拍車を掛けている。少しくらい俺のフォローもして欲しい。

 

こうなっては仕方無い、苦渋の決断だが他に方法は無い。……ゴメン、シド。

 

「い、いやーそうだったのかー酷いな―シドの奴!こんな可愛い子のお願いを聞いてあげないなんて、ホントシドって冷たいなー!」

 

「あの、まだ断られた訳じゃ――」

 

「あ、そ、そうだっけ?」

 

どうにか乗り切ったようで、俺に対する冷たい視線は殆ど無くなった。不審者を見る様な目線はまだいくつか有るがそれは何時もの事。……これまでかなり迷惑を掛けていた様な気がするが、心の底から申し訳無いと思ったのは今日が初めてだ。俺だけでもしばらくは優しくしてあげようと心に誓った。

 

「辛かっただろう?これで涙を拭いてね。それで――悪いんだけど、私からも質問が有るんだ」

 

「グスッ、有難う御座います。それで、質問って何ですか?」

 

「彼の演奏を聴いたって言ってたけど……本当に体は大丈夫?」

 

「あ、ええ……最初は確かに凄く具合が悪くなったんですけど、違う世界が見えたっていうか私も同じように笛を吹いてみたいっていう気持ちがどんどん出て来たんです。まあそう簡単に真似出来るなんて思っていないですけど……」

 

その言葉を聞いたフランは何故か嬉しそうに目を輝かせている。一体何処に面白い物が有ったのだろう?

 

「奇遇だね、私も彼の音楽にはずっと興味を持っていたんだ。だけど私には向いていなかった様で少し諦め掛けてたんだけど……よし、私も一緒に頼んであげるよ」

 

「え、良いんですか?」

 

「遠慮はいらないよ、同じ目標を持つ仲間だもの。何時かは君なりの音楽を聞かせてくれるのも楽しみだしね」

 

シドの音楽はあらゆる生物にダメージを与える。コイツはずっとその事を研究したいと思っていたのは知っているが、自分自身がその演奏に耐え切れず上手く行っていなかった筈だ。此処まで来てやっと分かった、フランの狙いは安全に実験する事だ。そしてあわよくば、この子の作った恐らくシドより効力の弱い音楽を物にしようと企んでいるのだろう。

 

それにしても、女というのはどうしてこうも口が上手く回るのか。シドの音楽に近づくという目標は同じでも、目的は全然違う。片や笛使いとしての憧れ、もう片方は只の興味本位。どうしても素直に応援できない自分が居る。

 

「それじゃ戻ろうか。――手伝ってくれるよね、レクター」

 

「…………ハイ、セイイッパイガンバリマス」

 

与えられるプレッシャーから、つい言葉も棒読みになってしまう。先程立てたばかりの誓いを早くも破る事になりそうだが、今この場で二人を敵に回す度胸は俺には無い。一番可愛いのは自分の身だ。

 

「彼女を弟子にしてあげなよ、シド!」

 

「……少し落ち着け、一体どうした?」

 

ギルドに戻りシドの所へ行くなりそう言い放つ。こっちの姿を見た時は如何にもホッとした様な表情を見せたが、俺の言葉を聞くと途端に面倒臭そうな顔になった。

 

「お前だったら俺と同じで反対すると思ったんだがな。素人が首を突っ込むのを嫌がって居ただろう?」

 

「えーっと……それはその……実はさっき説得しようと思ったんだけど、凄く強い気持ちを持ってたからつい協力してあげたいと思ってさ。お願い、お願いだからうんって言って!」

 

「……お前何時からそんな人間になったんだ?似合わな過ぎるぞ。ま、それはともかく。気持ちだけでどうにかなる様な甘い世界じゃないのは知っている筈だ。少なくとも後五年は待った方が良いんじゃないか?」

 

正論過ぎてぐうの音も出ない。俺に出来るのは此処までか……そう思ったその時、それまで黙っていたフランが助け舟を出した。

 

「でもさ、シド。君が初めて狩りに出たのは確か十三ぐらいじゃ無かった?彼女はそれより一個上なんだから、別にダメってことは無いと思うけど」

 

「それはそうだが……自分で言うのも何だが、俺には才能が有ったからな。普通はもっと体が出来てからやった方が良いだろう」

 

「クリスちゃんにだって同じくらい才能が有るかもしれないじゃない。それに覚悟を持って出て来たんだから、後五年何て待てないよきっと」

 

「うーん、確かに……。だけどこればっかりはやってみないと何とも言えないからな……。」

 

その言葉を待っていた、と言わんばかりにニヤリと笑うのが俺からは見えた。シドは気付いていないかもしれないが、初めからこうするのが狙いだったらしい。全く、恐ろしい女だ。

 

「よし、じゃあ何かテストしてみれば良いよ。それに合格したら弟子に取る、それでどう?」

 

「……ハア。分かったよ。じゃあちょっと待っていてくれ」

 

そう言うと依頼を確かめに向かい、程無くして何かの依頼を持って来た。コレをテストの内容にするという事だろう。

 

「えーっと、何々……?」

 

「ドスランポス、か。まあ確かにこの位は倒せないとハンターとして生活するのは厳しいだろうね。良いんじゃないかな」

 

「どうしてお前らが先に見るんだ。受けるのは彼女の方だろう」

 

「あの……良く分からないですけど、それを解決したら弟子にして貰えるんですか?」

 

何をするのかはまだ理解出来ていない様だが、気持ちが揺らぐ事は無くコレを成し遂げるつもりでいるらしい。

 

「ああ。期間は一週間、このクエストをクリアしさえすれば弟子でも何でも認めるさ。だけどもし失敗したら……その時はこの話は無し、大人しく村へ帰るんだ」

 

「分かりました、絶対にやって見せます!それじゃ!」

 

そう言い残すと、こちらを振り返りもせずあっという間に立ち去ってしまった。

 

「あ、ちょっと……慌ただしい子だね。仕方無い、私はもう少し面倒見てくるよ。いくら何でもこのままでは無理だろうから」

 

「うん、じゃーね……。いやー、それにしても若いって良いね。どんな事かも知らないで飛び込んで行けるんだもの。ほーんと、羨ましいなー」

 

「お前はもう少し大人になれ。少しは考えて行動したらどうだ?」

 

「酷いな、俺は俺なりに考えてるっての。良し、用事は終わったし俺も帰るよ」

 

立ち上がり帰ろうとする俺の腕をシドが掴んで引き止める。しかもその力はかなり強く無理に引き剥がす事も難しそうだ。

 

「そうかそうか、ならこの周りからの冷たい視線もお前が考えた結果という事か。俺が居ない時に何をやったのか教えて貰おう――勿論お前の奢りで、な」

 

「えーっと……」

 

ずっと注目を集めていたせいで逃げ出すのは難しい。かといってシドを宥めるのも不可能だ。この状況は完全に詰み、という奴だろう。

 

「……好きなだけ食べて良いよ」

 

「良し、それじゃ行くか。――途中で逃げられると思うなよ」

 

「ハハハ……」

 

コレが友達で遊んだ物の末路だと言うのか?一体どれ程金を使わされるのだろう……今そんなに持ち合わせが無いのに。

 

背筋と懐、そして視線……三種類の冷たさを同時に体感しながら二人で一緒にギルドを出る。嗚呼、風邪を引いてしまいそうだ――主に心が。

 

 

 

「これにて訓練は終了である!良くぞ頑張った!」

 

「有難う御座いました!」

 

あの日、課題を突き付けられてからもう三日が過ぎようとしている。勢い勇んで飛び出した私をフランさんが追い掛けて来てくれなかったら今頃どうなっていた事か。何も考えずに依頼を達成すれば良い、と考えていたが私には戦う武器も扱う手段もハンターとしての知識さえ持っていない事に気付かなかったのだ。

 

「やれやれ、そんな事だろうと思ったよ。取り敢えず訓練所に行ってごらん?私が紹介してあげるから」

 

そう言われ案内された方へ向かうと、程無くその建物が見えた。始めはまだ早いと叱責され相手にされなかったが、フランさんの紹介状を見せると掌を返したかのように懇切丁寧に扱ってくれるようになったのだ。

 

「うむ、筋は中々良いようだ。その内立派なハンターになれるであろう!……しかし、本当にそれで良いのか?もっと扱いやすい武器も有るのだが――」

 

「いえ、これで良い……じゃなくて、コレが良いんです。私はこの笛を扱えるようになりたくてハンターになるんですから」

 

「まあ本人の自由では有るが……しかしオヌシは変わっているな!普通はモンスターを倒す事への憧れであったり生活の為にハンターを目指すのだが……」

 

教官の口から放たれたその言葉が、飛び出してきてしまった村の事を思い返させる。お父さんは今までの儲けが忘れられないのか新しい仕事が手に付かず、母さんもそんな父さんに辛く当たってしまう。私だけでなく何処の家もそんな感じだ。皆今頃どうしているだろう、立ち直ってくれていると良いのだが……。

 

「むむ……、ウオッホン!それはともかく、これでオヌシもハンターとしての第一歩を踏み出したという訳だ。だが油断してはならんぞ、いくらセンスが有るからと言ってまだ駆け出しに過ぎんのだ。命を大事にまずは簡単な依頼から――」

 

「はい、分かりました!取り敢えず時間もあんまり無いんでドスランポスの狩猟に行ってきます!それじゃ!」

 

「こなして行く事を……?オヌシ、今何と――」

 

教官が何か言っていたようだが、残念ながら残された時間はあと四日しかない。ハンターとして認められたとはいえ、実戦経験はまだ無いのだ。どれくらい掛かるか分からないのだから早めに出発するべきだろう。

 

「もう行くのかい?」

 

「あ、フランさん。はい、早速ですけど向かおうかと思っています」

 

「そう……。だったらせめてコレを持って行ってよ。私が作った回復薬とか詰めておいたから」

 

差し出された袋には様々な道具が入っていた。中には今の私では到底買えないだろう物も揃っている。

 

「そんな……こんなの受け取れませんよ。値段も高いんじゃないですか?」

 

「心配しないで、君の命より高い物なんか存在しないんだから。もしそれでも悪いと思うんだったら、なるべくコレを使わないで済むよう気を付けたらいいよ。でも危ないと思ったら遠慮せず使ってね?」

 

「……分かりました、有難う御座います」

 

申し訳無いと言う気持ちはまだ残っているが、必要なアイテム類を揃えるお金が無いのもまた事実だ。此処はお言葉に甘えておくべきだろう。夢に向かって突き進むのだ、僅かな気後れなどの下らないミスで躓いてなるものか。

 

「ところで、本当にもう行ってしまうのかい?もう少し視野を広げた方が――」

 

「じゃあ行ってきます!待ってて下さいね!」

 

夢へ向かって踏み出せるんだ、という気持ちを抑えきれずフランさんの言葉を遮り駈け出す。さっきから興奮しっ放しで落ち着かない、早く、早くクエストをクリアするんだ!そしたらシドさんに――

 

って違う違う、別に私は褒められたいが為にハンターになった訳じゃない。勿論憧れの気持ちも有るが、それだけだ。だからこの胸の高鳴りは次へ進む事が出来る事への喜びなんだ――その筈だ。そうじゃないと、村の皆に申し訳ない気がする。だから、これで良いんだ。

 

何処かへ行ってしまった喜びの代わりに心に去来する痛みと寂しさから目を背けつつ、目的地の森丘へと向かう乗り物へ乗車する。その道中アイルーからは随分心配されてしまったが、テンションが上がったり下がったりする私の姿を見られたのかその内声を掛けられなくなってしまった。……カッコ悪い所を見られちゃった、凄く恥ずかしい。

 

「わあ……」

 

到着し地面に降り立った私の目の前に広がっていたのは遠くまで続く草原と澄み渡る青空、そしてそこで生きる動物達の姿であった。

 

凄い。どれも初めて見る風景だ。あのまま村に居たらこんな光景絶対に目にする事は無かっただろう。ハンターになって何度目になるかは分からないが、これまでのどれにも負けないくらい強い感動を覚えた。

 

「っと、いけないいけない」

 

ついつい時間を忘れそうになるが、此処へ観光に来た訳でも遊びに来た訳でも無い。私が来たのはそう、狩りをする為。即ちこの地で生きる生き物を――殺す為、だ。勿論のんびりと草を食べている彼らと戦う理由は何処にも無いのだから気にしなくてもいいのだが、もしその理由が出来てしまえば命を奪う可能性は十分に有る。

 

トレーニングは積んできたとはいえ、それでも学んだのは武器の使い方や体の動かし方、後は野営のやり方などが中心だった。もっと長い期間学んでいれば少しずつ実戦も経験出来たのだが、三日で終えるとなるとどうしてもそこまで手が回らなかったのだ。

 

そういったコースを選ぶ人の多くは、採取などを中心に活動する人であるのでそれでも十分なのだ。本音を言えば私だってモンスター討伐向けの訓練をしたいが、それには最低一カ月は必要だ。それでは何の意味も無い。

 

「……良し」

 

覚悟を決める。焦らずに、だけど急いで草原を駈け出す。私は強い人間では無い、気持ちが揺らがない内に行動を起こさなければ。

 

しばらく進んだ辺りでとうとう見つけた、見つけてしまった。青と黒の縞模様、そして黄色の嘴。今回のターゲットを小型化したような相手、ランポスだ。餌を求めているのか単にはぐれただけなのか分からないが、幸いにも相手は一匹しかいない。コレはチャンスだ、早く仕留めないと――その思いとは裏腹に私の足は一向に前へと踏み出せない。

 

恐怖が体の中心から全身へと広がっていく。じっとその姿を見ていると、最初はそれ程でもないと思っていた姿がどんどん大きく見えてくる。皮膚の下に潜む筋肉の力強さ、鋭い爪に牙。どれもが私から勇気を奪い去っていくようであった。

 

パァンッ!

 

両手で頬を叩き余計な考えを頭から追い出す。今の音で気付かれてしまった様だが、それは結果として私に覚悟を取り戻させる為のアシストに繋がった。思い出せ、何をしに此処に来たのか。モンスターの命を奪う程度で立ち止まってはいられない。夢が有るんだ、私には!

 

「ウアアアアアッ!」

 

叫び声を上げながら笛を叩きつける。不意を突くことに成功したのか、動きが止まった相手の頭に直撃した。骨が砕ける様な初めて味わう感触。嫌悪感を覚えるが、まだ戦いは終わっていないのだからそんなものを気にする余裕は無い。

 

「ピギャアアアッ!」

 

鳴き声を上げながらこちらへ飛び掛かってくる。大丈夫、この位なら教官の攻撃の方が早かった!横っ飛びにその攻撃を避け、今度は横からの一撃を頭に加える。先程よりも強い手応え、程無くしてランポスはその動きを止めた。

 

「うえっ……」

 

残された死体、それを私が作り出したという事実を突き付けられ胃の中からせり上がるものを感じる。どうにかそれを堪えつつ、キャンプへと向かう。覚悟が出来ていたとはいえ、実際に目の当たりにするのは辛い。余裕を持って出発していたため今日はもう休むことに決めた。

 

二日目は地形を調べる事に専念する。いくら地図が有るとはいえ、初めてくる場所なのだ。自分の目で確かめてみないと構造が分からず迷子になってしまいかねない。そしてこの日、私は初めて食べる為、自分の為に動物を殺した。二度目ともなれば命を奪う感触にも慣れてくるが、その罪悪感は初めての時の比では無い。

 

猛烈な悲しみと言いようも無い恐怖に襲われたが、それを堪え調理し口に運ぶ。生きるという事は他の命を奪う事、私は今までの人生の中で最も強く自分が生きている事を実感した。

 

そして、三日目。あと一日あるが不測の事態に備える為、今日はいよいよ本来の目的であるドスランポスに挑む。ランポスはもう何匹も倒したが、それを束ねるボスであるから強さは一段上で有る事は容易に想像が付く。落ち着いて、慎重に行こう。

 

昨日の内に巣は見つけておいたので、大凡の場所は分かっている。その近辺に到着するとすぐにその姿を見つけた。通常のランポスより一回り大きいその体、そして赤いトサカ。間違いない、ドスランポスだ……知らず知らずの内に呼吸を忘れその姿を眺めていた。あれが今回の敵、あれが――今から殺し合う相手。震える両手を押さえ付け、飛び出しそうになるのをぐっと堪える。

 

群れのボスというのは間違いないのだ。単純な戦闘力もさることながら、厄介なのは周りに居る子分達だ。少なくとも今の私では囲まれたらひとたまりも無い。

 

足元の小石を拾い群れの中心から一番遠くにいる個体に向かって投げつける。良し、成功した。仲間に知らせずこちらにやって来たその一匹を素早く仕留め、次へとターゲットを移す。何度か戦って分かったが、ランポスはそれ程強敵では無い。数回叩けば私でも仕留められる程の体力なのだ。

 

見る見る内にその数を減らしていき、残りは三体になった。しかし流石に此処まで来れば向こうも異変に気付き、周囲を警戒し始めた。出来れば先に全てのランポスを倒しておきたかった所だが仕方無い。私が隠れている方と反対に向かい石を投げる。

 

ガサリ、という音と共にそちらへ注意を払うランポス達。残った二匹に偵察に行かせ自分はこの場で待機する様だ。良し、今だ。戻って来る前に素早く仕留めなければ!

 

一気に飛び出し間を詰める。足音に気付きこちらを振り向くのと同時に、振り下ろした笛が脳天に突き刺さる。立てた戦略、飛び出す勇気、攻撃のタイミング……全てが完璧だった。誤算だったのは、自分自身の力の無さと――小型とはいえ群れの頂点に立つ生き物、その生命力の強さであった。

 

手応えが違う!?コレまで感じてきた骨が砕ける様な感覚とは違う、跳ね返される様なイメージ。その事に驚く時間さえも与えられず、私は体当たりをくらい弾き飛ばされた。

 

「ガハッ!」

 

地面に叩きつけられ肺から空気が押し出される。一気に決めたかったが、当てが外れてしまった。こうなったら真っ向から戦うしかないだろう。

 

ようやく立ち上がり構えを取るが、その時目の前にドスランポスの姿は無かった。一体何処に……?答えはすぐに明かされた。

 

「ギャアアアッ!」

 

上から叫び声とともに振ってくる鋭い爪。私の頭より高く跳躍し、落下の勢いをその攻撃に加えてきたのだ、何とか体を捻り直撃は避けるが、左腕を切り裂かれる。

 

「……すみません、フランさん」

 

念の為にと持って来た薬を飲む。するとたちまち傷が塞がり、体力が戻ってくる。まだまだストックは有る、十分戦えそうだ。

 

今度はこちらから仕掛ける。距離はそう離れていないので一歩前に出るだけで届きそうだ。

 

「ハアッ!」

 

踏み込んだ勢いを乗せ加速されたその一撃は、当たると思った瞬間に避けられ地面を削り取るだけに終わった。そしてその結果襲い来る手の痺れ。何とか笛は離さなかったが、少し回復に時間が掛かりそうだ。

 

そしてサイドステップで攻撃を避けたドスランポスは、その鋭い爪をまたしてもこちらに向けた。しかし今私は攻撃できる状態では無い事が功を奏し、躊躇いなく笛を手放して回避行動を取る事が出来た。

 

低い位置に居る私へ向かい、再び跳躍を見せるドスランポス。当たれば致命傷と成りかねないが、この行動には欠点が有る。翼を持たない彼には途中で方向を変える事が出来ないのだ。飛び上がると同時に武器を拾うためそちらに向かい回収し、再び向き合う。

 

もう一度私から攻撃を行う。さっきはステップして避けられた為、今度はその心配が無いよう横向きに笛を振り抜く。今度こそ、と決意を込めたその一撃はまたしても間一髪の所で空を切る。

 

そんな!?一体どうして……。

 

再び混乱する頭、その回復を待ってくれる程敵は優しくない。逆に踏み込んでからの爪の一撃を貰ってしまう。すぐに離れ薬を飲み事無きを得るが、動揺は未だに収まらない。

 

おかしい、確かに捉えた筈なのに……。ふと手を見ると僅かながらに震えている。そして私は、その考えに思い至る。そうか、結局まだ覚悟が足りていなかったんだ。今までしてきたのは殺す覚悟に食べる覚悟――生きる覚悟だ。それらは乗り越えてきたつもりだったけど、大事な事を忘れていた。

 

私が今行っているのは捕食でもましてや虐殺でも無い、殺し合いだ。傷つく覚悟、殺される覚悟、そしてそれらを乗り越える覚悟――全てが無かった。私は今、恐怖とも戦わなければいけないのだ。

 

立ち向かうべき相手が見つかったとはいえ、そう簡単に乗り越えられたら苦労はしない。だがこのままではいけないのは確かだ。一つ、賭けに出る事にする。

 

一旦様子を見て相手の動きを待つ。痺れを切らしたドスランポスはまたしても飛び上がる構えを見せた。今だ!私はそれを見るや否や――遠くまで一気に後退する。訓練所での出来事を思い出す。始めてやる人には、と勧められた武器を断り笛に固執した事。そして、根負けした教官が一つだけ教えてくれた旋律を。

 

慣れないながらも丁寧に演奏を開始する。完成したメロディに包みこまれ、体の奥底から力が湧いてくるのを感じる。いける、これなら――!とはいえ、完全に恐怖を拭い去れた訳では無い。幾分か軽減したとはいえ未だに残っているのだ。

 

そこで私は一計を案じる。攻撃をくらう事が恐怖の原因だ、だから安全なタイミングじゃないとこちらから攻撃は出来ないだろう。最も安全なタイミング、それは――

 

「今っ!」

 

突っ込んできた体を躱し、後ろから一撃を加える。決定的とまでは行かないが明らかに良い手応えだ。一番危険が無い時、それは攻撃された直後だ。思い返せば訓練所でもそう習った様な気がする。冷静になろう、って思っていたけど意外と難しい物なんだな。でも落ち着いて教えられた事を守って行けば絶対に大丈夫!

 

焦らず笛を構え行動するのを待つ。しかしこの時また大事な事を忘れていたのだ。手負いの獣は危険である、と。

 

「ギャアアアッ!ギャアアアッ!」

 

攻めて来ると思い待ち構えていたのだが、鳴き声を上げるばかりで一向に近寄って来ない。いつ来るんだろう……のんびりとそんな事を考えている時である、あちこちからガサガサと音がし始めた。その事に気が付いたのは、既にランポスの群れに周囲を取り囲まれた後だった。

 

「そんな……」

 

後悔するが時既に遅し、何処からやって来たのか知らないが五体ものランポスがこの場に集まって来たのだ。絶望と無力感が心を満たす。ああ、私にもっと力が有ったなら、あの人の様になれたなら――

 

こんな時に思い返されるのは私をこの世界に導いた憧れのハンターの姿、そしてその旋律。きっとシドさんならこんな状況容易く切り抜けていただろう。こんな事なら無理にでも曲の一つでも聞き出しておけば……いいや、それは違う。シドさんの曲は努力を重ね自分自身で生み出したメロディ、只それを真似した所で同じにはならない。だったらどうする?

 

無意識の内に私は演奏する構えを取っていた。ドスランポスは私を警戒しているのか襲う指示を出さないが、それもそう長くは持たないだろう。迷っている時間は無い、私のオリジナルを今完成させるんだ――!

 

目を閉じ、自分の世界へと入り込む。思い描くのはあの時見た笛を奏でる姿、それに自分自身を重ね合わせる。そのイメージを音を用いて描き出すため指を運ぶ。私の拙い指使いでは素早く動かす事など出来ないのだ、丁寧に少しずつ少しずつ音楽を広げていき完成へと持って行かなければならない。唸り声が耳に届くが、そんな物に気を取られている場合では無い。今は只自分自身を音楽の中に溶かし込み、それを表す事に全てを注ぐのだ。

 

そしてとうとう執念は実を結び、その曲は産声を上げた。だが私の体に先程の様な力が漲る事は無い。失敗してしまったのか、それともまだ前の曲の効果が残っている所為なのか?恐る恐る目を開けると、悶え苦しむモンスター達の姿が目に映った。

 

喜びに浸る間も無く私は行動に移る。油断はしない、決める時に決める。曲の演奏に集中した時間は私に冷静さを取り戻してくれたようで、訓練所での教えを今なら完璧に思い出せた。

 

動きが鈍ったランポス達をあっという間に仕留めて行き、残すはドスランポスが一匹となった。元の状況に戻ったと言えばそれまでだが、スピードが遅くなった相手に負ける事は無い。

 

最後に見せた攻撃はやはり飛び掛かりで有った。私はそれを躱さず、空中で迎え撃つ。

 

「ヤアアアアアッ!」

 

無防備な顔面に直撃したその一撃は、ドスランポスの意識を飛ばし――程無くして命まで奪い去って行った。そこまで確認した私は地面へとへたり込む。強敵を倒したためか、クエストをクリアしたためか、或いは自分の曲を完成させたためか――理由は分からない。もしかしたらその全てかもしれないが、とにかく私は喜びに包まれていた。早くギルドに報告しなければいけないのは分かっているが、もう少しだけこの気持ちを一人で噛み締めていたい。

 

寝転がり、空を見上げる。澄み渡る青空がこんなにも美しく見えたのは初めてだ。

 

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「…………聞いているのかい、全く。そもそももっと人の話を聞かないからこんな事に――」

 

「まあまあ、もういーじゃん。無事だったんだしさ」

 

「一歩間違えれば大変な事になってたんだよ?もっと反省しないと」

 

「……はい、すいません」

 

クエストに出発したと聞いてから四日目、未だに帰還していない事を知った俺は慌ててしまった。それはもう物凄く。居ても立っても居られず出発する準備を整え助けに行こうとしたその時、達成して帰ってきたクリスと鉢合わせたのだった。無事を喜んだのも束の間、フランによる反省会という名の説教が始まるのも仕方無い事だろう。

 

「まあ何にしても良かった。もし最悪の事態になっていたら、どんな報告をしていいか分からないからな」

 

お宅の娘さんがお亡くなりになりました、なんて死人に鞭を打ちに行くような真似は俺には出来ない。原因が俺にもあるとなれば尚更だ。

 

「だけど敵を倒したからってその場で寝てしまうなんて危険すぎるよ。危うく期限が過ぎる所だったらしいし、他にもモンスターは居るんだからね?もっと気を付けないとあっと言う間に死んじゃうんだから。そもそも、どうしてシドはこの依頼を選んだんだと思う?ハンターは楽じゃないって事を教える為なんだよ。普通こんなの新人が一人で出来る様な物じゃ無いしね」

 

「え……じゃあ弟子にする気が無いって事ですか?」

 

「そうじゃなくて、周りの人に頼るって事を覚えて欲しかったんだ。君は此処まで一人でやって来たんでしょう?その所為かもしれないけど、何でも一人でやりすぎる所が有る。もし私が居なかったら、訓練を受ける事もしなかったんじゃない?」

 

「確かに、そうかも知れません。どうしたら良いか分からなかったかも……」

 

「多分だけど、教官にも反対されたでしょう?聞いて無いかもしれないけどさ。何より一番良くないのは、もっと頭を使わないといけない所だね。課題として出されたのはクエストのクリアだけなんだから、仲間を集めて一緒に向かえば良かったんだ。そういう機転を利かせて行かないとこの先生きていけないよ?ね、シド」

 

「……え?お、おう」

 

急に話を振られ返事がしどろもどろになってしまう。ふとレクターの方を見るとポカーンとした顔をしている。俺も同じような気分だ。

 

「……シド?怒らないから正直に云って御覧。どういうつもりでこの依頼を選んだの?」

 

「いやまあ、何というか……この位なら大丈夫だろう、と」

 

「俺も俺もー。最初だからって随分簡単なの選ぶなーって思ったよ?確かもっと大変なのやらされた気もするし」

 

「君らは全く……どうだい、クリスちゃん。私の所に来た方が良いと思うんだけど。色々手伝ってもらう事は有るけど、丁寧に教えてあげるよ?」

 

「お気持ちは有難いですけど……」

 

「そう。まあ気が変わったら何時でも言ってね?それじゃ、また今度」

 

言いたい事を全て言い終えたのか、あっさりとこの場を立ち去って行く。そこまで言わなくても良いじゃないか、とは思うが殆ど正論で有ったので反論は難しい。

 

「それにしても随分親切だったね。何か凄い違和感有ったけど……」

 

「いや、そうでも無いぞ。大体あの位の対応をしているぞ――初めて会う人間には」

 

「……ああ、そうだったね」

 

人の印象というのは初めて有った時から中々変化しないらしい、フランからそう聞いている。それを知っているからこそアイツは親しくない人ほど丁寧に対応するのだ。その世渡りの上手さは正直って羨ましくも有る。

 

「ま、言いたい事は全部フランが言ってくれたからね。後は二人で今後の事を話し合ってよ。じゃーねー」

 

あっと言う間に二人っきりにされる。さて、何から話した物か。

 

「あ、あの……シドさん。私、自分で曲を作ったんですけど――」

 

「行くぞ、着いてこい」

 

席を立ち出口に向かう。取り敢えず訓練所で色々教える所から始めるか。振り返ると落ち込んだ様子で後を着いてくる姿が目に入った。全く、仕方無いな――

 

「ハンターとして必要な三つの事、それは慎重さと頭の回転、それに生きる意志だ。人の話もロクに聞かない軽率さ、一つの事にこだわり過ぎる頭の固さ。どっちも失格と言っていい。だけど……無事に帰って来たんだ、生きようとする気持ちは十分に有るんだろう。ギリギリだけど合格にしてやる。それと、だ。俺を呼ぶ時は名前じゃ無く――師匠と呼べ」

 

「……はい!師匠!」

 

恐縮していたのが嘘の様に明るく声を弾ませる。やはり沈んでいる表情より笑顔の方が良く似合う。それにしても、この俺が師匠か。実に良い響きだ。この出会いは大切にしたい物だな。

 

さてさて、一体何から始めよう。近い内に俺の作った曲も伝えられると良いが。

 

彼らが生きている時代よりずっと後、音楽の歴史を紐解くとクリスという名前は新しい音楽の一ジャンルを築いた偉人として登場する。最もそこには彼女のハンターとしての腕前がどの程度であったか記されていないし、その音楽の師匠の名も書かれてはいない。

 

彼が知るのはこの後彼女が作った曲を聞き感動し次いで自分との才能の差に涙を流しそうになる事、そして自分の作った音楽を伝えるのは後回しにしようと人知れず決意する事だけである。

 




一話書き溜めるのを止めると気分がスッキリ!

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