笛使いの溜息   作:蟹男

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前話の解説
金田一→キンダイチ→キーンダイチ→キーン
ただしタイトルは名探偵コナン


ペンは剣よりも強し

雑誌記者の朝は早い。世の中とは絶えず動いているのだ、それに乗り遅れるとあっと言う間に取り残されてしまう。ましてや私は情報を伝える事を生業として選んだのだから、他の人よりも先んじて行動しなければならないのだ。

 

日が上りきる前に目を覚まし、短時間であっという間に準備を終える。女性としてもう少し身だしなみには気を付けなければいけないと言う気持ちも心の片隅には残っているのだが、何分激務で有る為そんな事をするよりも睡眠時間を出来る限り長く確保したいという思いの方が勝ってしまう。親が聞いたら悲しんでしまうだろうが、これはこれで今の生活に遣り甲斐を覚えているのも事実のだ。

 

家を出て仕事場に向かう。この時間なら誰か人は居る筈だ。というより勤め出してから今まで、私が到着した時に無人であった事など数えるほどしかない。もっと早く起きて出勤している人が居る――というより、帰宅していないと言う方が正確なのだろう。いつ何時何が起こるか分からないから、それも仕方無い事なのかもしれないが。

 

「お早う御座いまーす……」

 

案の定中で目を血走らせながら働く人達が居たので、邪魔にならぬよう小声で挨拶をする。当然返事が帰って来る事は無いが、手を止めさせるのは申し訳無いのでかえって都合が良い。

 

私が居ない間に起きた出来事を纏めたメモに目を通す。それ程大きなニュースが無い事は幸いと思うべきなのだろうか?この辺は医者と似ている気がする。

 

とにかく、緊急で動かなければいけない事は無いようなので通常通り業務の準備を始める。今日書かなければいけないのは――

 

「お早う、ケイト」

 

「あ、お早う御座います。編集長」

 

日程を確認していると、私のデスクの下に編集長がやって来た。一体何の用だろう?書いた内容に問題でも有ったのだろうか。

 

「来て早々に悪いけど、少しいいかい?」

 

「ええ、大丈夫です。……あの、何かミスをしてしまいましたか?」

 

「ああいや、違う違う。そういうのじゃ無いんだ。ちょっとお願いが有ってね」

 

一先ず安心する。ハッキリ言ってギルド内でもこの部署は浮いているので人手が足りるとはとても言えない。そんな状況で作業の戻りが発生してしまったら、取り戻す為には三日は帰れない事を覚悟しなくてはならないのだ。

 

「そうですか、良かった……。それで、何をしたら良いですか?」

 

「ほら、そろそろハンター達にも新人が増えてくる季節だろう?それで前にも好評だったG級ハンターの特集、アレをまた今度はそういった人達をターゲットにやろうと思ってね」

 

「ああ、あの……。その時は売り上げを更新したんでしたっけ。良い考えですね」

 

「でさ、前は僕が担当してその記事を書いた訳なんだけどね?彼らを相手するのはメンド……じゃなくて、二回目だから違う視点から取り上げたくてさ。君も此処に来てそれ程日が経ってないからさ、新人の気持ちというのも結構分かると思うんだ。もし良かったら、君にこの企画を任せようと思うんだけど、どうかな?」

 

途中言い淀んだ部分は気に掛かるが、これは願っても無いチャンスだ。未だ新人という言葉が頭から取れない記者の私にとって、自分の力で一つの記事を仕上げるというのは一つの目標である。しかもその内容が私がこの道を志す切っ掛けとなったテーマであると言うのだから、これに燃えないわけが無い。

 

「是非!……あ、すいません」

 

静まり返った室内で大声を上げてしまい、思わず顔が真っ赤になってしまう。うう……恥ずかしい。

 

「ハハハ、元気が有っていいね。それじゃ、宜しく頼むよ。まだ詳しい内容は決まってないしアポイントも取っていないけど、締め切りはまだ先だから勉強だと思って一つ自分でやって見て御覧。ああそうそう、無理に全員分の記事を書かないでコレは!と思った人だけで良いからね?」

 

「はい、有難う御座います。よーし……」

 

此処から始まるのだ、私の本当の意味での記者としての第一歩が……!荷物を纏め、外へ飛び出す。

 

「あ……まだこんな時間……」

 

外はやっと明るくなり始めたぐらいである。当然、活動している人は殆ど居ない。そもそもギルドすらまだ開いていないので待ち構える事すら出来ず思わず呟きが漏れてしまった。勢い良く出発した手前大分恥ずかしかったが、どうする事も出来ずにコソコソと中へ戻る。中に居た人たちが暖かい目で対応してくれたが、優しさは時に人を傷つけるという事が分かっただけだった。

 

「うわ、凄い人……」

 

落ち着きを取り戻した私は、まずはどのような内容にするか考え企画書を作る事にした。ハンターの私生活にスポットを当てるのかそれとも戦い方を紹介するのか、全てのG級ハンターを取り上げるのか何人かに絞って深く掘り下げるのか……。

 

様々なアイデアが溢れ出したが、その所為で中々テーマを一つに絞り切る事が出来なかった。最終的に私が出した結論、それは――

 

「取り敢えず色々と話を聞いてから考えようと思ったけど、こうも人が多かったら……」

 

これまでそれ程ギルドに足を運んだことが無かったが、それでもこんなに沢山人が居ると言うのは珍しい気がする。この季節、ハンターになる人が増えると言うのは本当らしい。

 

だがしかし困った事になった。只でさえ探すのが大変なのに、そもそも私はまだ生でG級ハンターを見た事が無い。以前の特集で何となく背格好を知っているぐらいだ。

 

「やっぱり誰かに聞かないと分からない、か」

 

だが一体誰に聞けば良いのだろう。殆どの人は既に仲間の人達と真面目に相談したり楽しくお喋りしている。その中に割って入りG級ハンターが何処に居るか知りませんか?などと尋ねるのはかなり勇気が居る。もしも知らずに話し掛けた相手が偶々G級ハンターだったりしたら――そう思うとどうしても二の足を踏んでしまう。

 

職員に尋ねる、というのも考えたが今はどう見ても依頼の処理で凄く忙しそうだ。部署は違えど同じギルドで働く仲間の邪魔をするというのも申し訳無いし、只でさえ好かれていないのにもっと扱いが悪くなる可能性も有る。まあそもそもギルドで把握している様な情報が記事として有用とは限らないのだが。

 

「困ったな――あ、あの人」

 

何処かに話し掛けても大丈夫そうな人が居ないかとあちこちに視線を巡らせていると、隅っこの方で一人で佇むハンターを見つけた。特に忙しそうでも無いし、もしかしたら誰かの姿を見ているかもしれない。私は意を決して片手剣を持つそのハンターの所へ向かって行った。

 

「あの、すいません。ちょっと宜しいですか?」

 

「は、はい?何でしょうか」

 

急に話し掛けた所為で驚かせてしまった様だが、ちゃんと相手をして貰えそうでほっとした。見た所地味で目立たない感じがするからそれ程ランクは高くないのだろう。

 

「ああ、申し遅れました。私、ギルドで記者をしているケイトと言います」

 

「はあ……それで、僕に何の用ですか?」

 

「実はですね、今度G級ハンターに関する記事を書くことに成りまして」

 

「――へえ」

 

「そ、それで……G級ハンターの方々からお話を伺おうと思ったんですが、今日何処かで御見掛けしてたりしませんか?」

 

一瞬強い気迫の様な物を感じた気がしたが、問い掛けが終わるとすぐに分からなくなってしまったので気の所為であったのだろう。事実、彼は何事も無かったかの様に口を開いた。

 

「そうなんですか、大変ですね。でも今日は朝から此処に居ますけど、G級ハンターは誰も見ていませんよ?」

 

「え……」

 

これは予想外だ。てっきりそういう人達は熱心に狩りに出掛ける物だと思っていたから、此処で待ち伏せすれば誰かに会えると思っていたのだ。既に出発している可能性は考えていたが、まだ来ていないと言うのは予想外だった。

 

「御存知かとは思いますがG級ともなると一回の稼ぎが多いので、そんなにしょっちゅう来る必要も無いですから」

 

「そ、それは聞いた事が有りますが……。でも、そういう方々は積極的にクエストを受ける物かと――」

 

「確かに上位の中でも高い方のランクの人達はそういう事をするのが普通ですね。でも、G級に上がるような人間は普通じゃない事が殆どです。他の人と同じ様に考えていては駄目ですよ?」

 

成程、一理ある。上位の延長線上の様に考えてきたが、それではその人数の少なさには説明が付かない。少し考えを改める必要が有りそうだ。

 

「多分ですけど、此処に居るより街に出て色々な所を巡った方が良いと思いますよ?どうしたって目立つ人が多いですから、すぐに分かると思いますし」

 

「へー、じゃあそうして見ます」

 

「ちなみに、何人ぐらい取材するつもりなんですか?」

 

「まだ決めていませんが……出来れば全員からお話を伺いたいな、と」

 

「それはまた……頑張って下さいね、応援していますよ」

 

「ええ、有難う御座います。それでは」

 

席を立ちその場を後にする。良いアドバイスを貰う事が出来た、早速色んな場所に顔を出してみよう。――私の取材から逃れる事が出来ると思わない事ですね、G級ハンターの皆様方……!

 

「うわ、もう見つかった」

 

ギルドを出てからさて何処へ行こうと思った時、見っとも無い事に腹の虫が鳴き出してしまった。幸いにして誰にも聞かれることは無かったが、空腹というのは一度自覚してしまうと無性に気になってしまう物だ。そういえば朝起きてからこれまで何も食べていない。このままでは体力が続かないし、何より取材中に同じ事が起きるのは避けたい所だ。

 

そんな訳で目的地を行きつけの食事処に決め其処へ向かっていると、その建物の入り口付近で何故か中に入らずに居る派手な格好の男性が居た。以前雑誌で見た時に書いてあった特徴を思い出すと、それが『殺陣鬼』ことG級ハンターのレクターで有る事は一目瞭然だった。

 

すぐに分かるというのは持っている雰囲気の様な物の事を言っているのかと思ったが、そのまま意味だったのか?確かにアレは悪目立ちしている。まあいい、何にせよ一人目が見つかったのだから予定を変更して話を聞かせて貰おう。

 

「ちょっと良いですか?」

 

「ん?なーに、お姉さん。俺に何か用?あ!分かった、ナンパでしょ?こういうの逆ナンとかって言うんだっけ。いやー照れちゃうなー」

 

「……いえ、違います。アナタ、レクターさんですよね?G級ハンターの」

 

「おや、それを知っているって事はもしかして……俺のファン?」

 

少し話しただけで分かった、この人……面倒だ!どうしよう、謝って何処かへ行ってしまいたい。だけど一応全員に話を聞こうと思っていたから少しぐらいは相手しないと……。

 

「あ、すいません。私はケイトって言って記者をしています」

 

「ああ、あの雑誌書いてる人か。それで何の用なの?俺ちょっと忙しいんだけど」

 

こちらの事を知った途端、一気に態度が冷たくなった。何か失礼な事をしてしまったのだろうか。それとも、過去の取材で何か問題でも?

 

「いえ、少しで良いので取材させて頂ければと思いまして。所で……何をなさっていたのですか?」

 

「此処の店初めてだから入るかどうか迷ってただけだよ。それで、取材?俺今腹減ってんだよね。どうしよっかなー、食べる時は一人が良いしなー」

 

「そこを何とか、お願いできないでしょうか」

 

「でもさ、結局俺が必死になって稼いだお金で数少ない楽しみを満喫しようとしてるのにそれを邪魔しようとしてる訳でしょ?やっぱそれはちょっと……」

 

何となくだが狙いが読めてきた。この男――たかる気だ。私なんかより遥かにお金持ってる癖に……!

 

「……でしたら、こちらの方で御代は出させて頂きます。どうかお話を聞かせて頂けませんか?」

 

だがそれを言ってヘソを曲げられては元も子もない。必要経費という事で我慢しよう。

 

「そこまで言うならしょうがないね、取材を受けて上げよう。俺ってやっさしー。それじゃ他の店に行こうか」

 

「え、でも此処に入ろうとしたんじゃ……」

 

「初めての店だと落ち着けないからさ、行きつけの場所にした方が話しやすいんだ。俺の取材なんでしょ?そういうのも教えてあげた方が良いと思って。さ、こっちだよ」

 

そう言うと振り返りもせずスタスタと歩き出したので、慌ててそれに付いて行く。何処まで厚かましいんだこの人は。一人目にして、早くもG級ハンターは普通じゃないという言葉の意味を痛感する事となった。

 

「……なるほどねぇ、それは大変だったね」

 

「そうなんですよ、分かってくれますか!?」

 

結局あの後、行きつけの店とやらに連れて行かれ散々飲み食いされた挙句大した話も聞けずに終わってしまった。しかも払いはしっかりとこっちのお金で。新人さん向けのG級ハンター特集だと話したのに、ホントは武器とか作りたいんだ―とかこの服良いでしょなど言われるばかりで記事に出来そうな話は殆ど無かった。もっとモンスターと戦う時の心得なんかを聞きたかったのだけど、それを尋ねても適当で大丈夫としか言われなかったし。

 

諦めて取材を適当な所で切り上げ別のハンターを探す事にした。余程恵まれていたのかもしれないが簡単に何人かに会う事が出来たが、皆違うベクトルで個性的だった。

 

趣味に付いて熱く語られたり説教されたり……とにかくまともな取材になったのは一つも無い。もしかして編集長はこれが嫌で私に押し付けたんじゃないか?と暗い気持ちになり仕事を放り出したくなったその時であった。今目の前に居る彼女が私に手を差し伸べてくれたのは。

 

「大丈夫かい?さっきから見てると厄介な人達と話している様だけど」

 

それまで見てきたG級ハンター達とは全然違うその態度に、思わず涙が零れそうになってしまった。おまけに私の事情を知ると何の見返りも無く協力すると言ってくれたのだ、正に女神そのものである。

 

「確かに癖が強い人が多いからね、皆。悪い人達じゃ無いんだけど。ああ、お代わりはいるかい?遠慮しないでよ」

 

「有難う御座います」

 

彼女が偶々持っていたと言う飲み物をもう一杯貰う。初めて飲む味だが、何となく美味しい……様な気がする。

 

「ハア……どうして私ばかりこんな目に合うんでしょう。向いてないのかな、この仕事。いっその事辞めちゃおっかな――」

 

「そう落ち込まないで。きっと大丈夫だから頑張ってよ。そうだ、疲れてるだろうから甘いものでも食べてよ。はい、これ」

 

差し出されたお菓子を受け取りそれを口に運ぶ。優しい甘さが口の中に広がり、やや強めの爽快感の有る香りが脳を刺激する。何処で買った物なのだろう、また食べたくなる様な中毒性が有る。

 

「でもですね、酷いんですよ編集長!上手い事言って誤魔化されましたけど、絶対自分が行くのが嫌だからって私に押し付けたに決まってます!そりゃ最初は喜びましたけど……あーもう、騙された!」

 

「そうだね酷い人だね。あ、良かったらこっちも食べてよ」

 

そういうと今度は私にゼリーの様な物をくれた。さっきから貰ってばかりで申し訳無いとは思うのだが、どれも全て美味しいのでついつい好意に甘えてしまう。このお菓子もつるっとした口当たりでさっぱりとした味わいがまた素晴らしい。ほんの少し前の怒りが何処かへ吹っ飛んでしまった様だ。

 

「フフッ、でもまあこうしてフランさんと出会えたんだし許してあげますよ。フフッ、フフフフッ」

 

「うんうん、楽しそうで何よりだ。あ、グラスが空いてるね。はい、どうぞ」

 

「すいません、頂いてばかりで……」

 

「気にしないでよ。私はそうやって君が食べたり飲んだりして喜んでくれる姿が見たいだけだから」

 

何て良い人なのだろう、まさにフランさんこそ『女神』と呼ばれるに相応しいと心から感じた。今日は良い事が全然無かったがこの人と出会えただけでそれが全て吹っ飛ぶくらい嬉しく思う。崇拝にもにた感謝の気持ちを覚えつつ、杯に注がれた先程までと違う液体を飲み干す。

 

「ふあ……」

 

「眠いのかな?お疲れの様だし、遠慮なく寝ていいよ」

 

気遣う言葉に返事も出来ないまま瞼を閉じる。気を遣わせてばかりで申し訳無いな……。

 

「有難う、色々な反応を見せてくれて。お蔭で凄く助かったよ」

 

彼女が何事か言っている様だったが、良く聞き取る事が出来なかった。私はどうしても意識が遠のいていくのを止める事が出来ず、そのまま闇の中へと落ちて行く。

 

「……あれ、ここ何処?」

 

確か私は、女神様と会って――そうだ、よりにもよってその前で眠ってしまったのだ。

 

「やっちゃったなあ……」

 

時間はあれから一時間といった所だろうが、既に席を立って何処かへ行ってしまったらしい。ちゃんとお礼を言えなかったのは残念だが、今度会った時にでも伝えればいいか。

 

取り敢えず仕事に戻ろうとした私が書置きを見つけたのはその時だった。一体何だろう?

 

『良くお休みの様なのでお先に失礼します。まだシドとは会っていない様なので、不要かもしれませんがこれをお渡ししておきます。では、お仕事頑張って下さい フラン』

 

その言葉と共に思い出す。G級ハンター全員と会話できた訳では無いが、目立つ人達は既に取材を終えている――あの『葬奏人』を除いて。ハッキリ言って非常に会うのが怖い。結構沢山話は聞けたのだからもう良いか?とも思ったが、記事に出来そうな物は殆ど無いのだった。フランさんとの会話も私が一方的に話すだけで終わってしまったので女神特集という方法も出来ない事は無いのだがそれだけではちょっと厳しい物が有る。どうにもならなかったらそれで乗り切るが、もう一ネタ欲しい所だ。

 

仕方ない、覚悟を決めよう。書置きと共に残されていた耳栓を持ち、最後の強敵と会いにそこを出た。……いや別に、戦う訳じゃ有りませんけどね?

 

「うーん、やっぱり居ないか」

 

原点に立ち返りギルドに戻って姿を探すがやはりそう簡単には見つからない。黒尽くめでかなり目立つという情報は有る、だけどハンターの装備ではそれは別に珍しくない。街中では見かけなかったので此処に来たのだが見当違いだったのだろうか。

 

「また街を虱潰しに……」

 

「失礼。通して貰えるか?」

 

「あ、すみま――」

 

入り口の付近で考え事をしていたので通行の邪魔になっていたらしい。謝罪しつつその場を退くと、強烈な印象を持つ禍々しい漆黒がその場を通って行った。絶対に間違い無い、あれが葬奏人だ。

 

笛を使う、黒尽くめ、近寄り難い雰囲気……どれを取っても特徴と一致するし、何よりあの迫力だ。こっそりと受付に近づいて聞き耳を立てると、やはり間違いないらしい。

 

どうする、今此処で話を聞くか?だけど今から狩りに行く所なのだ、それを邪魔すると言うのも忍びない。それにこれまでの反省も踏まえると向こうのペースに乗せられないようにしなければならないのだ。その為にはちゃんと何を聞くか考えなければいけないだろう。

 

そうこうしている内に手続きを終え建物を出ようとしている。マズイ、早くしないと……。そう考える私の頭に、天啓とも言えるアイデアが降ってきたのはその時だ。

 

待てよ?何も無理に話を聞く必要は無い。大事なのはどんなハンターなのか、という事だ。幸いにして目的地は此処からそう遠くは無いらしい。少し葛藤は有ったが覚悟を決める。まだそう遠くへは行っていない様だから十分追いつけるだろう。私は彼の後を追って全力で走り出した。目の前で、戦いぶりを確かめる。きっと最高の取材になる筈だ。

 

「ハア……ハア……」

 

何とか辿り着いたが思っていたよりも遠く随分と体力を消耗してしまった。だがモンスターを探す時間も有るだろうから、それ程遅れは気にしなくても良いだろう。

 

そう考える私の所に何かの叫び声が聞こえた。もう始まってしまったのか?急ぎそこへ向かおうとすると、何かが胸元から落ちた。コレは……そうだ!

 

逸る気持ちを抑えつつ、耳栓を装着する。着いてすぐに気絶したんじゃ何の意味も無い。以前編集長が言っていたがとても耐え切れる物では無いらしい。もしかしてここまで見越して私にプレゼントを……?有難う御座います、フランさん。

 

現場に到着すると、笛を構えたハンターの姿が目に入った。相手は何処に居るのだろう?私は最初その姿を見つける事が出来なかった。いや違う、正確に言えば目には入っていたのだ。だがそれをモンスターだと理解する事が出来なかったのである。

 

彼が向き合っていたのは、小高い山。そう思える程の巨体がそびえ立っていた。そのあまりのサイズにそれが生き物であるとは考えられなかったのだ。尾槌竜ドボルベルク――確かそんな名前だったと思う。我に返ると慌てて茂みの中に隠れる。もしも攻撃を受けたりしたらひとたまりも無い。

 

一体どうやって戦うのだろう……と思っていたら、何と真っ直ぐに突っ込んでいった。何を考えているんだ、命が惜しくないのか!?と思ったがどうやらそれは私の勘違いだったらしい。

 

向かって来る獲物に対し、ドボルベルクは後ろを向きその尻尾で攻撃しようと企んでいた。そして彼はモンスターの視界から外れた途端、回り込む様にして曲線的な動きで近づいて行く。恐らくそのまま直進する事を想定していたのだろう、振り下ろされたハンマーはまるで見当違いの方向へ放たれた。

 

手応えの無さに疑問を覚えたのか、首だけを後ろに向け姿を確認しようとする。だが恐らくその視界に写ったのはハンターの姿では無く急接近する鈍器の姿であっただろう。彼はあっという間に顔の辺りまで近づき振り向きに合わせ持っている笛をぶつけたのだ。

 

強烈な一撃が入った!と思ったのだが、動きには特に変化が見られない。いかに良い攻撃でもこの体重差ではそう簡単に致命的なダメージは与えられないのだろう。その太い首が体重を乗せた攻撃の威力を分散させてしまったようだ。

 

これはきっと長期戦になりそうだ――彼が勝つのならば、だが。もし何かのアクシデントが有ればあっという間に命を散らしてしまうだろう。コレが本当のモンスターとの戦いなのか……私は知らず知らずの内に指先が真っ白になる程手を握りしめていた。

 

ドボルベルクが距離を取りつつ体を反転させハンターの方に向き直る。何をする気だろう?と思っていると、巨体で押し潰すために突進し出した。彼は後退することなくまたしても距離を詰め真横を通り過ぎて行く。上手い、素直にそう思った。もしも下手に後ろに逃げたりしたらすぐに追い付かれていただろう。一つ一つの動作は鈍重に見えても、その巨体ゆえ移動スピードそのものはかなり早い。きっとああやって方向転換出来ない場所へ逃げ込むのが正解だったのだ。

 

流石G級ハンターだと感心していたが、またしても予想外の事が起きる。ドボルベルクが急に足を止め、尻尾を振り上げたのだ。まさかこんな手が……。

 

「あぶな……!」

 

つい声を上げそうになるが慌てて口を押える。万が一私の場所がばれたら逃げ切るなんて不可能である。だけどその所為で彼が死んでしまったらどうすれば良いのだ。

 

だが恐る恐る戦場を見ると、その心配は杞憂であった事がすぐに分かった。彼は既に迎え撃つ準備をしている。どうやら驚いたのは私だけの様だった。もしかして私、頭悪い?

 

気を取り直して様子を伺うと、頭上から来る尻尾に合わせ彼は笛を振り上げた。空中で衝突する両者の一撃、弾き飛ばされたのは当然笛の方だが影響は少ないらしい。それとは反対にモンスターの尻尾は攻撃の威力が逃げなかった分ダメージが蓄積され、勢いをそのままに地面に衝突すると同時に外殻が砕け剥がれ落ちた。笛の方は特に傷などは無い様だ。

 

楽器というのは本来繊細な物で、僅かな調整で音が全然違ってしまう物だ。だけどハンターの使う笛は、ガンガンぶつけているのに音色が変わってしまったという話をまるで聞いた事が無い。一体どういう構造になっているのだろう?

 

などと無関係な事を考えていると、ドボルベルクが叫び声を上げている様に見えた。私は耳栓をしている為聞こえなかったが、彼はそういう訳には行かない。一瞬だがスタートが遅れ回転を始めた尻尾に弾き飛ばされ私が潜む茂みの近くへやって来たのだった。

 

幸いにも気付かれなかったしそれ程ダメージは無い様だが、私の心臓はドキドキしっ放しだ。どうかこっちに向かって来ません様に……!心配する私を余所に、彼はその場から動かない。何かを準備しているのかそれともタイミングを計っているのか知らないが、いずれにせよ近づく事が出来ないでいるというのは分かった。

 

回転速度はどんどん上がって行き手が付けられなくなった頃に、徐に彼は笛を演奏する構えを見せた。今このタイミングで?疑問に思う私を余所に曲を奏で始める。

 

一般的な笛使いの演奏が勇気と希望を仲間達に与える物だとしたら、彼の演奏はその真逆。辺りには恐怖と絶望を込めたメロディが撒き散らされた。至近距離とはいえ耳栓をしている私でさえそう思ったのだ、たちまち回転していたモンスターはバランスを崩し横転してしまったのは言うまでもない。

 

人間とドボルベルクでは明らかに重さが違い、それがそのまま威力の差となって表れてしまう。ではどうすれば良いのか?その答えは先程の尻尾への攻撃にヒントが有る。自分の力では足りないのなら、相手の力を借りれば良い。ただそれだけの事だ。

 

今は横転しているのだから攻撃の勢いは使えないが他にも使えるものは沢山有る。彼は顔面に近づくと、笛を振りかぶりそのまま打ち下ろした。その結果出来上がるのは笛と地面による頭のサンドイッチだ。頭をを引き抜かれる度にその都度地面に埋め直し、見る見る内に顔はボロボロになりとうとう角まで折れてしまった。相手の重さを利用するその攻撃は実にえげつない。

 

起き上がり逃げ出そうとするドボルベルク。彼はそれを追い掛けるが、単純な足の速さでは流石に適わない。一体どうなるんだ、と見ていると折れてしまった角の下に位置する目に私が捉えられてしまった。気付かぬ内に体が出てしまっていたらしい。慌てて引っ込めるが時既に遅く、こちらへ突進してくる巨体の姿が見えた。

 

ああ、此処で死んじゃうんだろうか。時間の流れがゆっくり感じまるでスローモーションの世界に居る様だった。もし無事に帰ったら、私結婚するんだ――相手はまだ居ないけど。

 

いよいよあと少しの所まで迫ってきた。更に動きが遅くなって見え、最早静止しているようさえ感じる。来るのなら一思いにやってしまえば良いのに……。そう思いながら、私の意識は段々と遠のいて行った。

 

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「やれやれ、危ない所だったな」

 

途中で声がしたのでそちらを見ると何故か女の人が一人で居るのがチラッと見えたのだ。何処かへ逃がす余裕は無かったので念の為すぐ近くにシビレ罠を設置しておいたのだが、本当にそれが役立つような事態になって本当に肝を冷やされた。どうにか効いている内に止めを刺せたので良かったが、一歩間違えていれば大惨事だ

 

「おい、大丈夫か?」

 

近付きながら声を掛けるが反応は無い。おかしいと思い様子を見るとどうやら気絶している様だ。仕方無い、運んでやろう。そう思い引き起こそうとしたのだが此処で異変に気付く。

 

「困ったな、こういう時どうしたら良いんだか。同じ女性が居れば良かったんだがな……」

 

その女性は、恐怖の所為か失禁してしまっていた。まさか着替えさせる訳にも行かないし、そもそも替えの服など持っていない。かと言ってそのまま連れ帰って途中で目が覚まされたら、それもそれで面倒な事になりそうだ。この場で起こすというのも考えたが見ず知らずの男性にこの場面を見られるというのも恥ずかしい物だろう。

 

「……良し」

 

あまりジロジロ見るのも失礼だが、パッと見た所怪我もしていないし脈なども正常だ。このままならその内目を覚ますだろう、そう思いその場に放置して帰る事にした。念の為に周囲を探索しモンスターを狩り尽くす事も忘れない。

 

その後彼女は雨に打たれて目を覚まし、周囲に散らばる大小様々な死骸に怯えながらやっとの事で家に辿り着いたようだ。心労や疲労を溜めこみ体を濡らしてしまった事なども有りしばらく寝込む羽目になってしまったらしい。

 

そんな体験談を合わせて書かれたG級ハンター特集号は以前にも増して売り上げが伸び新記録を打ち立てたそうだ。だが問題はその内容で、俺とフラン二人の話がメインで取り上げられているのだがコレが見事に対称的に描かれているのだ。アイツは女神で俺は死神、ざっくり言うとそんな感じである。

 

恨まれる様な事は無かったが最近賑やかだった周囲がめっきり大人しくなってしまったのは少し悲しい。そもそも、少なくとも今回は何も悪い事をしていない筈。なのにどうしてこんなに扱いに差が生まれるんだ?

 

読み終わってからその事を抗議に行ったのだが、この記事を書いたと言う人に目の前で土下座して謝られてしまう。しかもそれがしっかり他の人に目撃された所為でより人々に恐れられる事になり、葬奏人というあだ名はより一層浸透してしまうのだった。

 

三行程の紹介をされるだけで終わったのに、そんな事をまるで気にせず俺の記事を読んで爆笑するレクターに蹴りを入れつつ考える。誰か教えてくれ、どうすれば正解だったんだ?

 

答えてくれる人は何処にも居ない。只々俺の雑誌嫌いが増していくばかりである。

 




話が描きにくいので次回辺り軽くテコ入れ

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