笛使いの溜息   作:蟹男

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前話の感想
プレイした事も無いのに水中戦なんぞマトモに書けるかっ!それとガチンコ漁はやったらアカン。


真実はいつも一つ

「お初にお目に掛かります、シドさん。私はキーンと申す者です。ただのしがない探偵ですよ」

 

丁寧にお辞儀をしながらこちらへ自己紹介する男性。それなりに小奇麗な格好で纏めているが、どことなく胡散臭さが有るのは否めない。自らの職業を探偵などと称するぐらいだから、その印象は決して間違いでは無いだろう。

 

ギルドから紹介したい人間が居ると言われ引き合わされたのだからそこまで怪しい人間では無いだろうが、だからと言って無条件に信じられるとも思えない。そもそも俺に探られて困るような事情は余り無い……と思う。

 

「……どうも。わざわざ会いに来たのだから知っているだろうが、一応自己紹介させてもらおうか。俺はシド、ハンターをしている。それで、一体何だって俺に会おうとしたんだ?特に思い当たる節は無いんだが」

 

「ああいえ、別にアナタに何か有るという訳では無いのですよ。ただ少々私の仕事を手伝って頂けないかと思いまして」

 

「そう言われてもな……俺にだって用事は有るし、正直言って面倒臭そうだ。悪いが他を当たってくれないか」

 

「大丈夫ですよ、そんなに大変な事を頼む訳では有りません。少し私に着いて来て頂ければ良いだけですので」

 

笑顔を浮かべ食い下がって来るが、何となく厄介事の予感がする。申し訳無いが断らせて貰おう。

 

「すまないが、どうしてもアンタの言う事は信用出来ない。そんな簡単に済む話を俺に持ち込むとは到底思えないからな。今回は縁が無かったという事に――」

 

「そうですか、それでは仕方有りません。話は変わりますが、密漁は重大な犯罪ですよね?」

 

悪質な押し売りから逃れる様に強引にその場を去ろうとしたが、続けられた言葉につい足を引き止められてしまった。

 

「あ、ああ。そうだな。それが何か?」

 

「私は先程探偵と申しましたが、実質依頼が来るのは九割以上ギルドの方からなのです。そしてその中に密漁の犯人に関する物も含まれているのですよ」

 

「良いのか?そんな事をばらしてしまって」

 

「ええ、問題有りません。犯人を調べるだけでなく、これから行われるのを未然に防ぐというのも大事ですので。話を戻しますが、そちらの方は犯人が結構絞れてきているのですよ。もちろん一件という訳では有りませんので、可能性が有る人物は何人も居りますが」

 

思い当たる節が有り過ぎる。冷や汗が止まらないが、何とか誤魔化そう。

 

「そ、そうか。それは良かったな」

 

「ええ。ですが此度ギルドから別の依頼が急に入ってきて、しかもそちらを優先してくれと言われたのです。その内容が私一人ではどうしても手に余るのでお手伝い頂きたかったのですが、無理と仰るなら仕方有りません。この依頼はキャンセルし、密漁の犯人を挙げる事に――」

 

「緊急なら仕方ないな!手遅れになっても困るし、手伝わせて貰おう!」

 

「おお、それは有難い!密漁の犯人は証拠が挙がらず取り逃してしまうかもしれませんが、今後発生するのを防げれば十分な成果ですからな。今はこの依頼に専念させて頂きましょう。ご協力、誠に有難う御座います」

 

助かったという気持ちとやられたという気持ちが半々だ。ギルドが絡んでいる物を逃れようとすること自体、元より無理が有ったのかもしれない。まあしょうがない、結果的にやってしまった数々の密漁のペナルティだと考えしっかり働かせて貰おう。

 

「それで、キーンさん。一体何をしたら良いんだ?」

 

「それではいけませんな、シド君」

 

やるべき事を尋ねようとしただけなのに、何故か注意されてしまった。おまけに呼び方まで変わっている。

 

「は?」

 

「先程私の手伝いをする事を了承しましたね?つまり少なくともこの依頼が終わるまでの間、アナタは私の助手という事になります。であればそれに相応しい呼び方をしなければならないのですよ。そうで無いと雰囲気が出ませんからな。分かりましたか、シド君」

 

「アンタ何言って――」

 

「私の事は先生と呼びなさい。それと敬語を使う様に」

 

「……分かりました、先生」

 

「宜しい。物分りの良い生徒で助かりますよ、シド君」

 

つ、疲れる。この男が善人か悪人かは未だに判断が付かないが、確実なのは非常に絡み辛い人種であるという事だ。なるべく相手したくないタイプだが、一旦やると言ってしまった以上最後まで付き合わなければいけないのだろう。最初に思った通り面倒臭い事になってきたようだ。

 

「ハァ……。それで先生、一体何をしたら良いのですか?」

 

「溜息を付くと幸せが逃げますよ?まあ取り敢えず、私に着いて来てくれればそれで結構です。では行きますよ」

 

やりたくてやっている訳では無いのだが、そうせざるを得ない様な出来事ばかり起きるのだから仕方無い。まるで何か大きな力で俺が溜息を付くことを強制されているようだ。目に見えない神の様な物に内心で恨み言を唱えつつ、自称先生の後に続いてギルドを出た。

 

「それで、結局何処へ向かうんだ?」

 

「何ですって?」

 

「……何処へ向かうんですか?」

 

「もうすぐ分かりますよ――ああ、この場所ですね。では入りましょうか」

 

目的も分からぬまま連れて来られた先はごく普通の店であった。食事の時間帯以外にも開いている為待ち合わせや話し合いなどに良く使われる場所であるが、誰か探し人でも居るのだろうか。

 

「此処で何を――」

 

「ああ、シド君は私の隣に座っていてくれるだけで良いですよ。黙って話でも聞いていて下さい」

 

「……ハイ」

 

それでは俺が居る意味が無いのでは?と思ったが、別に積極的に協力したいという訳でも無いのですんなりそれを受け入れる。退屈だが、変な事をさせられるよりはマシだ。

 

店内に入り辺りをキョロキョロと見渡すと、ある一団に向かって歩みを進め出したのでその後ろに付いて行く。何やら話が盛り上がっている様だが、そんな事はお構い無しに話し掛けるのであった。

 

「失礼、少々宜しいですかな?」

 

「ああん?今いい所なのに邪魔すんじゃ――げっ!」

 

不機嫌そうに文句を言っていたが、振り返りこっちを見るなり妙な声を上げ姿勢を正した。どちらかというと俺を見ていたような気もするが……まさかその為に俺を連れて来たのか?

 

「ええっと……一体何の用だ――じゃなくて、ですか?べ、別に何も悪い事なんかしちゃいませんが」

 

「その前に、二人とも一緒に席に付かせて頂きますよ。用が有るのは私なので、彼の事は気にしないで下さい。今は只の私の助手ですので」

 

「そ、そうですか」

 

「さ、シド君も」

 

丁寧に椅子を引かれたので促されるまま其処に座る。恐らくハンターであろうその集団はどちらを見ていいか分からない、という様子で視線をあちこちに彷徨わせていた。

 

「急にお邪魔してしまって済みませんね。実はアナタ方が関わった依頼の事で、少々質問が御座いまして」

 

「は、はあ。一体どれの事です?最近行った奴だと……砂漠の奴か、それとも渓流に行った時のですか?」

 

「ほう、随分と様々な依頼を受けていらっしゃるようですね。それ程沢山こなせるという事は、腕前も中々の物なのでしょう。是非ともそのお話を伺いたい物ですが、残念ながら今回お聞きしたいのは別の事でしてね。この前アナタ達のチームは、一旦引き受けてからそれをキャンセルした依頼が有りましたね?今日お尋ねしたいのはその事についてです」

 

それを聞くとリーダー格の男は途端に不機嫌そうになり、あからさまに表情を曇らせた。体つきは随分とごつく如何にも体育会系といった感じで頭にすぐに血が上りそうだが、その予想を裏切る事の無いかなり単純な男の様である。

 

「嫌な事思い出させるんじゃねえよ、クソ!何でアンタにそんな事言わ――ないといけないんでしょうか。ハハ、ハハ、ハ……」

 

途中まですごい剣幕だったのだが、一気にその勢いを失い愛想笑いまで浮かべる始末だ。色々思う事は有るが、冷静さを取り戻して貰えたのだからそれで良しとしよう。やるせない気持ちを抑え、言われた通り何も話さず事態の推移を見守る。

 

「気分を害してしまった様で誠に申し訳無い。ですがどうしてもその依頼の事が気に掛かっているのですよ。不快な思いをさせてしまうかもしれませんが、どうかお聞かせ願えませんでしょうか?」

 

「ももも勿論大丈夫ですとも!な、何でも話しますよ!」

 

「そうですか、有難い事です。では早速ですが、まずは何故キャンセルなさったのか――それについて教えて頂けますかな?」

 

「へ、へえ……と言っても正確には途中で急に止めた訳じゃ有りませんよ?元々報酬やらを依頼者と直接話して決めてくれ、っていう話だったんで交渉したんですが結局話が拗れたってだけで」

 

通常は依頼料を決めてギルドに申し込むのだが、偶にこんなケースが存在するのは確かだ。例えば特定の部位を傷つけないで欲しいだとか捕獲の場合ボーナスを出すというような場合に使われることが多い。

 

「成程、では何をお話になったかもう少し詳しくお願いします」

 

「いやまあ、そんな大した事は有りませんがね?着いて早々ハンターランクを聞かれてその後に金額を提示されたんですが、それがあまりにも安いもんだから引き上げたっていう程度でして」

 

「そういった理由でしたか。しかしおかしいですね?今のお話の中でそれ程お怒りになる所は無かったように見受けられますが……」

 

「それがあの野郎……あ、すいません。依頼者がですね、お前らに払える金額はこのぐらいだー何てぬかしやがった物ですから。もっと貰えないか聞こうとしたんですが、嫌なら帰れこっちは忙しいんだとか言って追い返してきやがったんです。だから俺等もキレて其処を出た、って訳で。全く、金持ってそうなのに物凄くケチな野郎でしたよ。だから金持ちなのかもしれませんがね」

 

かなり鬱憤が溜まっていたのだろう、かなりの悪口が飛び出してきた。だがどうにも腑に落ちない事が有る。それだけの話なら初めから依頼料を提示しておけばいい話だ、わざわざ面会する必要が何処に有る?何となくだがキナ臭くなってきた。

 

「ふむ……確か依頼者は近頃急成長している商売人の方でしたな。何か他に気付いた事は御座いますか?」

 

「……いやー、すんませんが何も。そんな話も今始めて知りましたし、何せあっという間の事だったもんで」

 

「成程成程、有難う御座いました。お時間を取らせて申し訳有りませんでしたな、ではこれで。さ、行きましょうか」

 

とうとう最後まで何も話す事無く終わってしまった。一緒に席を立ちその場を離れる。

 

「なあ、何者だったんだ?あの男」

 

「分からん。だがあの葬奏人をこき使える奴なんだ、只者じゃ無いのは間違いねえ。次会った時も変な事は考えるなよ」

 

何やらひそひそと会話しているようだが、内容までは耳に入って来ない。ただ何故か虎の威を借る狐という言葉が頭に思い浮かんでくる。

 

それからも人を変え場所を変え、同じような質問をハンター達にぶつけていった。だが反応や聞き出せた内容はどれも殆ど同じで、俺がずっと黙っている事にも変わりが無かった。

 

「ふむ、こんな所ですかな」

 

同じ事の繰り返しにいい加減飽き飽きして眠気が襲いつつ有った頃、ようやく次の段階へと進展を見せた。

 

「それで、何が目的なんですか?そろそろ教えて貰っても良いでしょう?」

 

「ふむ、そうですね……分かりました。教えましょうか。シド君にも一働きしてもらうかもしれませんし、ね。退屈そうでしたし丁度良いんじゃないですか?」

 

「……お気遣いどうも」

 

「まあ大凡予想は付いているでしょうが、私はある依頼とその依頼者について調べています。少し見過ごせない問題が起きているかもしれませんのでね」

 

「そもそも、その依頼の内容も聞いていないんですが……」

 

「それはこれから確かめに行く所ですよ。さ、此処が次の目的地です」

 

足を止めたのは、立派な屋敷の前であった。まだ出来てそれ程日が経っていないのか、あちこちに真新しさを感じる。

 

「この家が依頼者の住処です。出掛けに既に受注してきたので、中でお待ちになっているでしょう」

 

「準備が良いですね。では……」

 

中に入ろうとした俺の腕を掴んで慌てて引き留める。今度は一体何だと言うのだ?

 

「ああ、シド君はこの辺で待っていて下さい。私が一人で交渉してきますので」

 

「え?でもハンターじゃないと――」

 

「御心配無く。職業柄様々な所に行くため、様々な資格を持ち合わせているのですよ。どれも一流とは行きませんが、ずぶの素人という訳でも無いので」

 

「……そうですか。じゃあ適当に時間を潰してますよ」

 

「くれぐれも遠くへ行って迷子になったりしてはいけませんよ。それじゃ」

 

子供か俺は。人を小馬鹿にしたようなその態度を変える事無く屋敷に入って行くのを見届けると、その場を離れ落ち着ける場所へと向かった。着いた先で先程話を聞いた集団と遭遇し何となく気まずい雰囲気になるのだが、彼はまだその事を知らない。

 

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「始めまして、キーンと申します。どうぞ宜しく」

 

ギルドから依頼を受けたハンターだ、と告げると応接室へと通されお寛ぎ下さいと言われ待つこと暫く。現れたのはこの屋敷の主人にして巷で話題の商人、そして依頼人でも有る男性であった。社会的にかなり立場の高い人物でも有るので、まずはこちらから挨拶するのが礼儀であろう。一旦立ち上がり一礼し、自らの名を告げる。

 

「これはどうもご丁寧に。ようこそお越し下さいました、どうぞお掛けになって下さい」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

主人の許しが出たので再び席に着く。かなり上質なソファーであるが、あまり手入れは行き届いて居ない様だ。此処に来るまでの間にも、所々掃除がなされていない箇所が有るなど管理の杜撰さが垣間見えた。

 

「いやしかし、ちょっと意外でしたな。これまで会ったハンターというのは、皆礼儀がなっていないというか……かなり粗暴な方ばかりだったので。少々驚かされましたよ」

 

話し掛けられたので意識をそちらに戻す。話に聞いていたような態度では無いが、聞く限りではハンター側に落ち度が有った可能性も十分に有り得る。とはいえ、それですべての疑問が解消された訳でも無い。

 

「まあ職業柄荒っぽくなってしまうのは仕方無い事かもしれませんね。私はこの業界に入ってまだ浅い物ですから」

 

「おや、そうなのですか?……失礼ですが、ハンターカードを見せて貰っても宜しいでしょうか」

 

「ええ、どうぞ」

 

懐から取り出しそれを手渡す。このために偽造した物などでは無く、正真正銘の本物だ。場合によっては偽物を使うのだが、今回はこの方が都合が良いと判断した為である。

 

「ふむ……それ程ランクは高くないとお見受けしますが」

 

こちらの様子を伺いつつ取り様によっては侮辱とも考えられる質問をぶつけてくる。どんな反応をするのかそれを確かめたいという所だろうが、それを悟られたのでは意味が無い。相手を見るという事は即ち相手からも見られるのだ、という事が分かっていないのだろう。

 

「お恥ずかしながら。ただ依頼書には誰でも可と有ったので受けさせて頂いたのですが、都合が悪かったでしょうか?」

 

「いえいえ、そんな事は有りませんよ。これまでお断りした方に比べやや低かったので、少し確認しただけです。気分を害してしまったようで申し訳無い」

 

「いえ、お気になさらず。ですがそんな方々でも出来ない依頼が私に務まるかどうか……」

 

実際は彼が一緒に居るのだから不可能という事はまず無いのだが、それをわざわざ教えてやる必要は無い。情報というのは立派な武器だ、使い方を誤れば自らの手を傷つけるしそうで無くとも知られた相手に警戒心を抱かせる可能性は十分にある。

 

「きっと大丈夫ですよ。これまでお断りされた方々は金銭面でちょっと折り合いが付かなかっただけですので」

 

ようやく核心に迫る言葉を引き出す事が出来た。これまでこの依頼が達成されなかった愛大の理由は、何よりも其処に有る。成功している商売人である以上厄介な客との取引も慣れている筈なのだ、ハンターの言葉遣いやら態度如きで交渉を打ち切るような事はしないだろう。

 

「金銭面、ですか。しかし、随分とご成功なさっていると聞いていますよ?確実にこなす為にも腕の確かな方々に依頼しても良かったのでは?」

 

「いやその……此処だけの話にして欲しいのですが、実はこの所資金繰りで少々トラブルが有りまして。なのでそれ程多くの金額を払う事が出来ないのです」

 

ハンターランクや会話の内容から大した相手では無いと判断されたのだろう、家の内情まで漏らしてくれた。

 

「何と……そんな事情が。これはまた、随分と御苦労なさっている様で」

 

「この依頼さえ解決して頂ければまた元の様に商いを再開できると思うのですが、今出せるのはこれが限界です」

 

そう言って提示した金額は、確かに上位のハンターを雇うにはかなり無理が有る物だった。これでは馬鹿にされたと考えるのも仕方無いかもしれない。

 

これまでの所嘘は付いていないだろう。いかに今勢いの有る商人とはいえ、如何せんまだ経験は足りていない様だ。それ故、嘘を付く際はどうしても不自然な動きが見られた。今までの話が拗れたのは金銭面の問題だけで無いらしい。丁寧に会話しているようだが全体から焦りが感じられるので、その辺りの影響が有るのだろう。

 

しかしそれは大きな問題では無い。大事なのはそれ以外では嘘を付いていないという事だ。つまり、金が無いというのも事実という事になる。総合すると筋が通っているように見えるが、話し振りからすると隠し事が有るのも間違いない様だ。それに報奨金についても、商売の再開の目途が立っているならこの屋敷を担保に入れるなどして金を作り出せば良い。未だ分かっていない部分にそれが不可能な事情が有る、という事だ。

 

とはいえ、これらの事を追及するつもりは無い。これ以上追い詰めてしまっては何が起きるか分からないし、私の正体もばれてしまうリスクが有る。もう必要な情報は十分揃ったのだ、後は依頼を引き受けて他の場所で捜査しよう。

 

「分かりました、困っている人を見捨てるという訳には行きませんからな。未熟者ですが、引き受けさせて頂きます。それでは、詳細をお聞かせ願えますか?」

 

「おお、有難い!では早速ですが……」

 

クエストの詳細を説明されるが、モンスターと戦うのは私の仕事では無い。私の担当は頭脳労働で肉体労働は助手の役目、探偵とはそういう物なのである。

 

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「やあ、お待たせしました。ゆっくり休めたようですね?」

 

「……ええ、まあ」

 

居心地の悪い思いをし続け店で粘っていたためか、肉体はともかく精神的な疲労感はまるで取れていない。早々に店を出ようかとも思ったが、お互い変に意識してしまった所為で中々席を立つ事が出来なかったのだ。

 

「そうですか。では早速行くとしましょうか」

 

「え?どちらへ?」

 

「クエストの舞台……樹海ですよ。内容については道中で依頼人に聞いた事をそのまま伝えるので、アナタにはそれで判断して貰いましょう。ああ其処の君、乗せて頂けますか?」

 

余りにも急な展開に驚いていると、あっという間に移動手段まで手配してしまった。呆気に取られつつ一緒に乗り込むと、すぐに目的地に向かい動き出す。いかんな、ペースを握られっぱなしだ。

 

「さて、そろそろ内容について話しますか。依頼者が商売をしているのはもうご存知ですね?ある日仕入れを終え運んでいる最中、これから向かう場所の辺りで何らかのモンスターに襲われたそうなのです。命からがら逃げだしたは良いものの、商品は全滅だったらしくて」

 

「それはまた……運が良いのやら悪いのやら、微妙な所ですね」

 

「お蔭で今はそれ程お金が無いそうですよ。ああ、シド君への報酬は別で支払うので気にしないで下さい。話を戻しますが交易路を確保するためにその相手を何とかして欲しいと言うのが今回の依頼、という訳です。何か質問は?」

 

「そのモンスターというのは?」

 

「中々優秀な生徒で助かりますよ、丁度その話をしようと思った所でした。残念ながら何分夜なので、正確にその姿を見た訳では無いらしいのです。覚えているのは赤く光る眼をした素早い生き物である、という事くらいでしょうか。どうでしょう、分かりましたか?」

 

素早い、赤い目、おまけに夜……此処まで来れば分からない筈が無い。相手は間違い無くあのモンスターだ。

 

「恐らく相手はナルガクルガに間違い無いでしょう。今挙げた情報と一致していますし」

 

「いやいや、やはり優秀なハンターだ。モンスターに関する事は本当に素晴らしいですね、何せそれだけで分かってしまうのですから」

 

遠回しにそれ以外は駄目だと言われているような気もするが、それは流石に考え過ぎだろうか。普通ならそんな事思いもしないが、この男ならもしかしたらと思わせるものを感じる。勿論悪い意味で、だ。

 

「それで、一体どのような生き物なのですか?出来るだけ詳しく教えて下さい」

 

「詳しくと言われても、俺は学者じゃないんでそんなに知っている訳では有りませんが……」

 

「そんな事は分かっています。その上で私は聞いているので、気にしないで取り敢えず言ってみて下さい」

 

「……夜行性で素早く動き、赤く光る眼をしている。其処までは良いですね?だけどそれ以外というと、後は樹の上で暮らし火に弱い事と肉食であることぐらいでしょうか」

 

「ほう、成程……。良い事を聞きました、何となく分かりましたよ。後は現地に行って色々確かめるだけですね。戦闘は任せますよ?」

 

「ハイハイ、分かってますよ。先生は初めから戦力に数えていないんで」

 

会話を終えると、もう間も無く目的地に着くという所であった。慌てて準備を整えつつ同乗者の方を見ると、既に降りる支度を整えていた。さっきまで一緒に話していた筈なのに、何時の間に……?

 

「いけませんなあ、シド君。私の助手がそんな調子では。時は金なり、大事にしなければ駄目ですよ?」

 

「……済みません」

 

言っている事は正しいかもしれないが、芝居掛かった口調と合わさって物凄く腹立たしい。この野郎……あまり調子に乗るなよ。

 

「怒ったり恨みをぶつけて貰っても構いません、物事の裏を暴く仕事柄そういった事にも慣れているので。ただ今は忙しいのでこの件が終わってからにして頂けますかな?その後でしたらお好きなように」

 

「い、いえ。大丈夫ですよ」

 

「そうですか。では、降りましょうか」

 

まるで内心を見透かされているかの様なその発言に、燻っていたどす黒い感情も吹き飛ばされてしまった。ふざけた様なその態度とは裏腹に、やはりこの男は油断ならないと再認識させられる。

 

樹海に降り立った時には、既に辺りは薄暗くなっていた。これより先はナルガクルガの時間になっていく。

 

「では、二手に分かれましょうか。先に私が見つけたら合図を送りますので。それじゃ」

 

そう言い残すと、俺を置いて樹海の中へと歩き去って行った。着いて来られても役には立たないから構わないのだが、それにしたってもう少しやり方というものが有るだろう。居なくなってしまった人間に文句を言う訳にはいかないので、諦めて別の方向へと歩き出した。

 

全く、本当に困った男だ。経験も無いのにあちこち進んだりしたら何が起きるか分からないというのに。夜の闇は実に恐ろしい物である、何時モンスターに襲われるか分かった物じゃない。――丁度、こんな風に。

 

ガサリという音と共に後ろの木の上から飛来する一撃、それを振り返りつつ構えた笛で受け止める。その力を利用して距離を取ったのでダメージらしいダメージは無い。態勢を整えながら、襲い掛かってきた漆黒の闇と対峙する。

 

初っ端の攻撃で終わらせる心算だったのが上手く行かなかった為か、怒りを露わに眼を強く赤く光らせる。叫び声を上げるのと同時に笛を吹く。お互いに打ち消し合った所為か、怯まされることも無かったが力が漲ることも無い。痛み分け……と言いたいが、若干俺が不利だ。向こうにしてみれば咆哮など成否などそれ程気にしないだろうが、俺は出来れば演奏しておきたかったのだ。

 

多くのモンスターと相対する時に最も多く採られる戦法は動きで攪乱するやり方だ。力で対抗する事は到底不可能だが、彼らには無いスピードが俺達には備わっている。しかしナルガクルガは数少ない人間をも上回る速さで動く強敵である、同じような戦い方ではあっと言う間に胃袋の中だ。動きを鈍らせる為にも音をぶつけてやりたかったのだが、残念ながら失敗してしまった。これから先隙らしい隙を見せる事は無いだろうから、真っ向から一人のハンターとして戦わねばならない。

 

それにしても……想定していたよりも随分と大きい。下位相当の依頼料であるからその程度の相手を考えていたが、これでは上位どころかG級クラスと言っても過言では無い。このサイズなら十分な食料を確保できず弱っている事も考えられるが、毛並や落ち着きぶりから考えてそれも無さそうだ。只でさえ苦手な相手なのに更に厄介な要素が加わってしまった。

 

敵に一気に近づき、攻撃を仕掛ける。振り下ろした一撃が当たると思った瞬間目の前には何も居なくなり、その攻撃は地面を削り取るだけで終わってしまった。頭で何が起こったか考えるよりも早く、体は右側へとその身を投げ出す。黒い影が其処を通り過ぎたのはその直後である。

 

ナルガクルガはその存在は噂されていたものの、実際に確認されたのはかなり最近の出来事だ。その理由は闇に紛れ動くその習性と、何よりもその俊敏性に有る。特にずば抜けているのは瞬発力だ。見慣れぬモンスターが居るので確認しようとしたらその次の瞬間には消えていた、という事も有ったらしい。今俺の攻撃を避けたのもどんなトリックを使った訳でも無く、ただ単純にその場を跳び退いて背後に回っただけなのだ。迅竜という呼び名は伊達では無い。

 

俺がコイツを不得手とするのもそれが理由だ。十分に距離を離し演奏を開始してもあっという間に止められてしまう。ハンターとしても吹き手としても嫌な事この上ない。

 

しかしそれでも俺に焦りは無い。初めて目の当たりにした訳では無いのだからこの動きは予想出来ていた。大振りな攻撃は避けられる事も後ろからの奇襲も、そして攻める時は右足から使ってくる事も。右へ避けたのは決して偶然では無く、構えから判断した確信を持った動きである。失敗していたら爪で体を貫かれていた所だったがそれに対する恐怖はまるで感じなかった。

 

速さを生かした戦い方は通用しない。だがハンターの、人間の最大の武器はそんなものでは無いのだ。お前に教えてやるよ――人という生き物、その本当の強さを。ま、それが理解できた頃にはもう手遅れだろうが。

 

幾分か離れた距離を詰めるため再び走り出す。待ち構えるナルガクルガは尻尾を逆立てこちらへ棘を飛ばしてきた。只当てる以外に足を止める目的も有るだろうその攻撃も、良く見れば実はそれほどの勢いは無く慌てさえしなければ躱しながら進むことも十分に可能だ。俺を相手に戦術で勝とうなどと、考えが甘すぎだ。

 

中途半端に楽をしようとしたツケは、自身が払わなければならない。ボウガンなどでもそうだが、何かを打ち出す際にはかなりの反動が加わる。素人が下手に打つと転倒する事も珍しくないし、慣れた人でも衝撃そのものを消すことは出来ない。それは人に有らずとも同じ事で、安全圏から倒そうとした迅竜はその場を動くことが出来なかった。

 

時間にして精々二、三秒の出来事だったが戦いという場面においてそれは致命的な隙となりかねない。目の前に辿り着くまで一秒、そして狙い澄ました一発を脳天に直撃させるまでにまた一秒。寸分の狂いも無く正確に捉えたその一撃は、トドメとなるにはまだまだ遠いものの脳を揺らすには十分であったらしい。

 

動けない相手に向かって武器を振り下ろす。何度も何度も、終わりを迎えるまで。だが惜しくも、その終わりは敵の死では無く意識の回復という形で迎えられた。同じ事がずっと続けば何時かはそれに慣れる。それは人もモンスターも変わりは無い。強力では有るが繰り返しに過ぎないその頭部への衝撃に耐性が出来動く余裕が生まれたのか、強引に首を捻りそれを回避する。戦闘する姿勢へと立ち直ったナルガクルガは威嚇しつつこちらを睨みつける。

 

決めきれなかった事は悔しいが、考えていなかった訳でも無い。当然、この後の動きも想像は付いている。目を見るという行為には様々な効果が有る。自分の感情を伝えたり視線を釘付けにしたり或いは逆に逸らさせたりと実に色々あるが、どれも共通する事は相手の注意を引くという事だ。注意を引くという事はそれを意識するという事であり、他の事へ意識が向かなくなるという事に繋がる。

 

戦った感触からして、この個体はそれなりに頭が回る個体と見ていいだろう。だから直接意味も無いのに睨みつけてくるという事は、別の目的が有ると考えるべきだ。例えばそう、顔の方を見るとどうしても視界から外れてしまう部位……尻尾には特に気を付けなければならない。

 

今立っている場所から更に一歩前へと踏み込む。目と鼻の先よりも近く、体の内側まで入り込んだ。予想通り右から尻尾を振り回し横殴りにしようとした様だが、体に巻きつけるようなその軌道では俺の位置には届かない。笛を構え攻撃を仕掛ける。尻尾の遠心力に対抗するためその場を離れられないが、首を捻って避けようと準備をしているようだ。

 

上から振り下ろすと同時に首を反らされた。それを眺めつつ途中で笛の軌道を変え、前に出した左足を払う。今まで振り下ろしだけ行っていたのはこうして不意を突くためだ。予想外の場所への一撃に踏ん張ることも出来ずに態勢を崩す。これで俺の勝ちだな。

 

首の動きでされる事が無い様に、横から頭に向かってフルスイングする。だがあまりにも上手く行きすぎた所為で油断が有ったのかそれとも死に瀕した動物の生存本能を甘く見てしまった為か、とにかく予想外の行動でその一撃を止められた。

 

口で受け止めるだと!?もう少し慎重に行くべきだったか……?

 

頭に蹴りを入れて何とか笛を引き剥がす。歯が何本か折れた様だがそんな事は意に介さず足を戻し、追撃を加えようとした俺が動き出す前に跳び上がってしまった。

 

また後ろか――そう思いそちらに向かおうとしたが、何故か急に嫌な予感がし体をずらす。

 

「ぐああっ!!」

 

左腕に走る猛烈な痛み。何が起こったか考えようとするが、頭の中がそれ一色で埋め尽くされ上手く思考できない。蹲ったままやっとの事で目だけは開けると、地面に埋まった尻尾を取り出そうとする姿が見えた。

 

言うまでも無くナルガクルガ最大の武器はその尻尾だ。遠くへ飛ばせる棘、広い範囲を薙ぎ払う横からの薙ぎ払い。様々な動きのバリエーションを持つその長大な尻尾に全体重を乗せた一撃は、数ある攻撃の中で最も威力の有る物だ。

 

直撃だけは何とか避けたものの、左腕の広い範囲を掠ってしまった。その力強さに反してかなりの柔軟性を持つそれは、いわば重さを併せ持った鞭の様な物なのだ。骨に影響はなくても、あまりの痛みで動けなくなり最悪それが原因で死ぬ事も有り得る。

 

立ち止まる訳にはいかないので必死に気力を振り絞り立ち上がるが、まだ左手は動かせそうに無い。目を赤く光らせ悠々とこちらへ向かって来る迅竜。片手では笛を振り回すのがやっとで威力が伴わない。攻撃を物ともせずに歩みを進め、こちらへ噛り付くため口を大きく開けた。

 

勝利を確信した瞬間というのは同時に最も危険な瞬間でもある、その事を痛感させられた。伝えてくれたお礼を返してやるとしよう。力無く頭にぶつけた笛、それを避ける所か振り払おうとさえしなかった。

 

ナルガクルガは興奮状態に有る時その眼を光らせる。恐らく体内を流れる血流が増加しているのだろう。その間は通常時よりも動きが素早くなり、感覚が鋭さを増す事で死角からの攻撃を避けたりもする。だがそれは諸刃の剣だ。

 

頭に当てた位置から動かす事無く右手だけで簡単な演奏をする。それ程効果の有る曲は出来ないが、足りない分は奴自身に補わせた。悲鳴を上げ後ずさるナルガクルガ、そして僅かながら動かせるようになった左腕。

 

仕切り直す為に跳び上がろうとするが、その目論見は失敗に終わる。平衡感覚が狂っているのに加え、散々笛を振り下ろした所為で地面が荒れているのだ。

 

怪物を倒すのは何時だって人間だ。そしてその刃は知恵である。それこそが人間の持つ最大の武器なのだ。

 

もう油断はしない。確実に勝負を決めに間を詰める。左腕の調子は完全とは言えず普段の半分以下の威力しか出せないだろうが、それでも問題は無い。向こうも必死になってこちらを迎え撃とうと企んでいるようだ。

 

咄嗟の時に取る行動というのはそれぞれ違う物だが、それが変化するという事は殆ど無い。これまでの行動を思い返すと、襲い掛かってくる攻撃は全て右からであった。余裕が有る時ならまだしも、この場面では裏を掛ける筈が無い。予想通りそちらからくる攻撃を難なく躱し、今出来る最大の一撃を頭に――では無くつま先、それも柄を使っての攻撃をお見舞いした。この状態では広い範囲の攻撃は十分なダメージを与えられないが、一点に集中させ体重も乗せれば話は別だ。

 

「ギャアアアアア!」

 

指の先には痛点が集中している。確かめた事は無かったが、モンスターも同じの様だ。そろそろ脳は回復したかもしれないが、これでまた暫く自在には跳び回れないだろう。後は丁寧に相手をするだけだ。

 

「おや、あと一息といった所ですかな?」

 

気を引き締め直した俺の背後から声が聞こえてきた。すっかり忘れていたが、今までどこに居たのだろうか。

 

「危ないぞ、さっさと下がれ」

 

「ふむ……まあ今は見逃してあげましょう。それと心配はいりませんよ?ほら」

 

手に持った日の付いた松明をナルガクルガに近づけるとこれまでの怒りが嘘のように怯え出しじりじりと後退し始め、ついには背を向け逃走を開始してしまった。

 

「火に弱いと言うのは本当のようですね、お蔭で安全に探索できましたよ。代わりに虫が寄ってきて大分嫌な思いもしましたが」

 

「それより早く追い掛けないと――」

 

「まあまあ、大丈夫ですよ。無理に殺害する必要は有りません。今回の依頼はあくまでも交易路の確保なのですから。ねえ、そうでしょう?」

 

そう声を掛けると別の場所の茂みがガサリと揺れ、見覚えの無い男が現れた。

 

「な、何故私が此処に居る事が……」

 

「その事はさて置いて、如何でしょう。これで依頼は達成出来たと見て宜しいですね?」

 

話の流れからしてどうやら依頼人の様だ。しかしそれにしても何故こんな所に一人で居るのだろう。

 

「い、いや、まだ生きているじゃないか。このままでは安全とは言えないぞ!」

 

「体の傷はいずれ回復するでしょう、しかし心に付いた傷は決して治りません。私のパートナーである彼が負わせたトラウマ、それに加え火まで使えば人に襲い掛かるという事はまず有り得ないでしょう。もしご不満がお有りでしたら別のハンターをお雇いになる事ですな。最も、今回の件はちゃんと報告させて頂きますのでその金額でやってくれる方がいらっしゃるかどうか分かりませんが」

 

ロクに知りもしない癖に良く言うよ、全く。だがそのハッタリは事情を知らない人間には凄く効果的だった様で、顔を青ざめさせこちらに懇願してきた。

 

「お、お願いです!どうしても退治して頂けませんか!?その……どうしても不安が有るのです!わ、私にもトラウマが出来ているんですよ!?」

 

「違うでしょう、アナタが心配しているのは。そもそもね、ずっとおかしいと思っていたんです。申し遅れましたが、私探偵もやっているので疑問が有ったらつい首を突っ込んでしまうのですよ」

 

「な、何がでしょう?此処を交易路として使う事に何か問題でも?」

 

「これからずっとと言うのなら、まあ私財を投げ売ってでも道を確保するのも理解できます。しかし今、アナタにそれ程の余裕は無い筈だ。であれば普通は多少遠回りしてでも他の道を選ぶのでは有りませんか?」

 

言われてみればその通りだ。無理をしてまで此処を通る理由、それが何か有るのか?

 

「その事がどうしても気になっていましたが、それを聞けば依頼を受けるのを拒否されるかもしれない。直接ハンターと会って交渉したのは金銭面も有るでしょうが、余計な事に気付かないか心配だったのではないですか?」

 

「……」

 

「ダンマリですか……まあ良いでしょう。とにかく、その辺りを調べたかったのですがアナタからは情報を得られそうも無い。さてどうした物かと思っていた所に――シド君、君から良い話を聞けましたよ」

 

「え?」

 

一体何の事だろうか?まるで記憶に無い。そもそも会話自体移動中に少し交わしたぐらいの筈だ。

 

「襲ったモンスターについて尋ねた時、彼はこう言いました。夜行性でしかも火に弱い、と。夜行性なのは今の時間を考えれば明らかですし、火を嫌うのも先程確かめました。シド君の言っている事に間違いは無さそうです。おや、変ですね?そうなるとアナタがあのモンスターに襲われたのは夜、しかも火を付けたりせず暗闇の中を走っていた事になります。それは一体何故?」

 

大袈裟な身振り手振りをしながら追い詰めて行く。見る分にはそれなりに楽しいが、やられる側は堪った物じゃないだろう。

 

「……べ、別にいいでしょう?」

 

「大事な商品を運ぶのにそのやり方がはかしいという事は子供でも分かります。一体どんな理由が有るんでしょうな。更に考えるべきはもう一つ、ナルガクルガは肉食であるという事です。良くその場から逃げ出せましたな?」

 

「あ、ああ。必死だったから、それで何とか……」

 

俺でも分かる、それは幾ら何でもおかしい。相手はあの迅竜なのだ。

 

「ハンターすら上回る速度で動くモンスターから逃げ切った、ですって?それはそれは、素晴らしい健脚をお持ちで。しかしとてもそうは見えませんなあ……となると考えられるのは、彼のモンスターは何か別の物に夢中になっていたのでしょうな。例えばあなたが運んでいた商品とか」

 

「最初に言った筈だ、襲われた時商品が全て駄目になったと。別におかしい所は無いだろう!」

 

「これまでの話と組み合わせると十分おかしな話になるんですよ。単刀直入に聞きましょう、アナタが運んでいた商品とは一体何なのです?」

 

唇をワナワナと震わせるが、答える様子は無い。

 

「……お答えして頂けませんか。所で話は変わりますが、私密漁の調査も行っているのですよ」

 

先程から顔色は悪くなる一方で、冷や汗まで掻き始めた。ちなみに俺も内心ドキドキしていたが、悟らせないようにそっと顔を隠す。

 

「実行犯はある程度見当が付いてきたのですが、問題はそれを捌くルートでして。危険は大きいですが、成功したらかなりの利益が出る事でしょうな。さて、そろそろアナタの運んでいる商品についてお話しして貰えますか?」

 

「つ、つまりこう言いたいのか?お前が運んでいるのは密漁品だろう、と。だが残念だったな、今商品は一つも無いんだ。無実を証明出来ないのは悔しいが、証拠も無いのに捕まえるなんて出来ないだろう!」

 

「ええ、仰る通りです。今この場であなたをどうこうする事は出来ません」

 

「フ、フン!ほら見ろ、失礼な事を言いおって!探偵風情が調子に――」

 

「何故融資を受けなかったのです?」

 

反撃に転じようとした依頼人の言葉を遮るように、新たな疑問をぶつけた。全くの蚊帳の外だった俺は呑気にも、ああコイツ本当に探偵だったんだなーと考えたりしていた。

 

「もっと沢山の依頼料を払っていれば、とっくに交易路は開けていたでしょう。そうなればすぐに受けた融資も返せていた筈です。という事は……アナタが抱えている問題は別の所に有る。もしかして、商売を出来ないのは道以外の別の理由では?」

 

「勝手な事を……。証拠も無いのにベラベラと下らん憶測を並べおって!良いから早くモンスターを殺しに――」

 

「ある二枚貝は、ピッタリと重なる貝殻の組み合わせが一つしか存在しないそうです。恋人同士のプレゼントにも使われるとか。中々ロマンチックでしょう?」

 

「だ、だからどうした。一体何の関係が有る?」

 

「こんな取引ですから、それこそお互いに信用が無いと成り立たないでしょう。ましてや誰かに引き継がせるとなったら、さぞかし揉める事になりそうですな。何か確実に取引相手である事の証明が必要なのでは?例えば――割符、とか」

 

割符というのは確か……正しく組み合わさるかで本物か判断するパズルの様な物、だったか?原始的だが、単純な分偽造はしにくいのかもしれない。

 

「それさえあれば取引できるし、辞める時は誰かに高値で売り飛ばす事も出来るのだから非常に重要な物です。もしもそれをどこかに落としたとなったら――それは一大事ですね。人を雇いお金を掛けてでも探さないと」

 

そういう事か……ハンターに金を払えない理由、それはまだ問題が解決していないからだ。借金には利子が有り、時間が経てば経つほどその額は増える。商売を再開する目途が立っていないのに借金する訳には行かない、という事か。分かってしまえば簡単な理屈だが、あれだけの情報からそれを探り当てるとはな。

 

「襲われた時に失くしたのは分かっていても、それが何処に有るのか分からない。樹海全てを探索しなければならないし、最悪の場合何かと一緒にモンスターが呑み込んでしまっている可能性も有る。その隠し持っている刃物で腹を捌く御積もりですか?」

 

「……見事だ、実に見事な推理だったよ。それだけに本当に惜しい。そこまで分かっていながらも――結局証拠は見つからない。私を捕まえるにはあと一歩足りなかった様だね」

 

「そんな……」

 

「やはり大人しく自首して貰うという訳には行きませんか。仕方無いですがここは一旦引きましょう。……あ、そうそう」

 

勝ち誇ったように言う依頼人に対し成す術無く引き下がっていく――と思いきや、そちらへ向き直り最後の爆弾を投下した。

 

「これ、見て下さい。綺麗な貝殻でしょう?探索している最中に見つけたんです。この辺に貝が居る訳無いのに見つけた物だから、思わず持ってきてしまいましたよ」

 

「そ、それは……!くそ、返せ!それは私のだ!」

 

「おっと、乱暴ですね。暴力はいけませんよ?しかしこんな争いの種になるような物、残しておかない方が良いかもしれませんね。遠くへやってしまいましょう」

 

飛び掛かって来るのを躱しながら、何を思ったのかその貝殻を遥か遠くへ投げてしまった。

 

「き、貴様何を!クソ!」

 

飛んで行った方に向かって走って行く依頼人。呆然と見ていた俺の耳に悲鳴が飛び込んできたのは、姿が見えなくなってすぐの事であった。

 

「全く反省しない人ですね、ナルガクルガは夜行性で火が無いと危ないと教えて上げたばかりなのに。さ、お願いしますよシド君。実際に死者が出たとあれば見逃すわけには行きませんから」

 

「アンタまさか初めから……」

 

「私の事は先生と呼びなさい。さ、来ましたよ」

 

「……ったく」

 

口元から血を滴らせながら、遠くでナルガクルガが姿を見せる。しかしこの短時間でダメージが回復している筈も無く、翼をもがれた鳥の様な物に過ぎない今のソイツを倒すのにさして時間は掛からなかった。

 

「お疲れ様でした。これで私からの依頼は終了です。普通に話しても結構ですよ」

 

「今更かもしれんが……こんな結末じゃなくても良かったんじゃないか?」

 

「いえ、それは無理でしょう。彼が言っていた通り、証拠を見つける事が出来なかったのですから。否認され続けたら打つ手は有りません」

 

「でも切り札を持っていたじゃないか……あの割符」

 

突然クスクスと笑いだした。何かおかしな事でも言っただろうか?

 

「あなたも信じていたのですか、その事を。アレは只のそこらに有る貝殻ですよ」

 

「え……」

 

「実行犯の一人を捕まえる事が出来まして、そこから貝殻を割符として使っている事が判明したのです。実際は合言葉も有るらしく潜入は難しかったのですが」

 

「だ、だけど奪い取ろうとしてきたじゃないか。それは――」

 

「似たような物であっても、合せてみないと本物かどうか分からないでしょう?それにこの暗さです、細かい違いに気付けるとは思えません」

 

一気に脱力しその場に座り込む。つまりただ口先三寸で追い詰め、落ちているゴミを使って人を始末したのか。

 

「本当なら自白させ一網打尽にしたかったのですが、まだまだ修行が足りませんでしたな」

 

「……いや、アンタは名探偵だよ。間違い無く」

 

探偵を主人公とする娯楽小説は数多く存在する。多種多様な人物が存在するが、共通している事が一つある。それは身の回りで必ず殺人事件が起きる、という事だ。コイツの場合も自分から狙ったとはいえその条件を満たしている。

 

……果たしてこれ以上関わらないようにするべきか、それとも中途半端な関係はかえって危険なのでもっと親密になるべきか。どうすれば被害者の一人にならずに済むのか普通の脳細胞の持ち主である俺にとっては解けそうも無い問題だ。

 




十話位までは最初の勢いを付ける為に頑張っていましたが、そろそろ様々な事情(思ったより文章量が増えている、ネタが無い、アーマードコアが面白い、ネタが無い)等の理由で少しペースを落とそうと思います。まあそれでも最低週一話は投下しますが。

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