IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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5/12 方言を使用する登場人物の科白を修正しました。おかしな方言だったものを伊勢弁に近づけました。


中学三年生(三) 警備

 IS学園の学校説明会当日の朝に桜は上の姉である安芸と一緒にモノレールに乗っていた。

 彼女が乗る車両には説明会の参加者だろうか、多種多様な制服を着た同年代の少女たちが居合わせており、みんな緊張した面持ちである。

 しかし桜は、隣で安芸が嘆息したことに気がつかないまま、ロングシートの上で膝立ちになって頬を窓に押しつけていた。

 

「うわー」

 

 安芸の耳に、「何アレ」「小学生みたい」といったささやき声が聞こえてくる。背筋をまっすぐのばして取り澄ました表情を作って、そっと妹の横顔へ視線を投げかけた。

 ――ホント、こういうところだけは子供やなあ。

 桜は物珍しさも手伝って車窓の風景に熱中している。金曜日に、伊藤から制服を身に着ける以上学校の恥につながるような真似は控えるようにと注意を受けていたが、今の桜は好奇心の方が勝っていた。

 彼女は学校説明会が午前中から実施されるため、前日に上京して東京観光をした後、安芸の部屋で一泊していた。久しぶりに会った姉に向かって思い出話に華を咲かせ、興奮で寝付けない様子かと思えば、夜明け前から起きていたことや慣れぬ旅疲れのためあっさり眠ってしまった。安芸の方が遅くまで起きていたぐらいである。

 桜と安芸は車内で目立っていた。桜の方は悪目立ちだったが、安芸の方は清楚(せいそ)な美貌によるところ大である。付き添いできた母親の方が安芸に気付いて「もしかして」とささやき合う。首都圏のローカル番組だがタレントとしても注目されていた安芸は、知る人ぞ知る時の人だった。

 一方、列車と言えば国鉄時代の蒸気機関車が常識でいた桜は、初めて乗ったモノレールに大興奮していた。煙を吐かないだけでも驚嘆(きょうたん)に値し、発動機の静粛性に対してもっと驚いていた。地元は乗用車やバスが当たり前で、街に出るとき以外は列車を利用しなかった。その列車も随分と古びており、ロングシートを導入した車両が少なくほとんどがクロスシートである。クロスシートと比べ、椅子が固いように感じるのはご愛敬と言ったところだろうか。

 安芸は桜の奇行は今に始まったことではなかったので慣れっこになっていた。幼児期こそ大人そのものの言動で何度も言い負かされて泣いたこともあったが、最近は年相応の女の子になったように感じられた。昔から「別嬪(べっぴん)さんねえ」と言われることが当たり前だったせいか、じろじろ見られることが多かった安芸よりもむしろ、奈津子の方が周りの視線を気にする性質だと言えた。奈津子が目ざとく注意したり文句を言ってくれるので、隣で桜が騒いでもどこ吹く風の習慣がついてしまっていた。

 モノレールから眼下の光景を眺めると、古びたアーチ状の掩体壕(えんたいごう)や防空砲台跡、()き出しになった高角砲、監視所跡、電探(電波探信儀)の基礎などの戦争遺跡が目についた。桜には見慣れたものだったせいか、IS学園の近未来的な建築物が見えてきても、ひっそりと時代から取り残された遺物に目がいってしまう。

 さて、学園島はIS学園が出来る前は寂れた漁村だった。高度経済成長期の頃はそれなりに栄えていたが、二〇〇〇年頃にはすっかり寂れてしまい、住人の高齢化が進み人口流出に歯止めがきかなくなっていた。観光産業で町興(まちおこ)しをしようにも、もともと旧日本軍が決号作戦のために地下陣地化した土地であり、地下に大量の弾薬や魚雷が未使用のまま眠っているとも(うわさ)されていたが、IS学園設立の折に念入りに調査したが影も形もなかったことが報告されている。

 桜にとって、ある意味において懐かしくもあり忌まわしい場所である。決号作戦が「本土防衛」という作戦目的を有する性質上、学園島に海軍の特攻兵器が運び込まれており、震洋(しんよう)海龍(かいりゅう)回天(かいてん)などを運用するための基地跡すら残されていた。

 しかし桜は童心に帰るあまり昔のことを気にも止めていなかった。モノレールの横をカモメが並んで飛ぶ姿にはしゃぐ光景はまるで子供のようだった。

 

「サクちゃん。楽しい?」

「うん! 楽しい!」

 

 安芸が頭をなでると、桜は初めて電車に乗った子供のような反応を見せる。その姿がひときわ目立っていて、大きな眼鏡をかけた童顔の女性がほほえましそうに眺めていた。

 

「安芸ねえったらあ。終点まで(あと)どれくらいで着くの?」

「何分だっけ。あそこ見れば書いたるよ」

 

 安芸が指さした先には、車両の現在位置を示す電子表示板が設置されていた。画面には残り一〇分と書かれている。桜が「は、ハイテクやあ……」と目を輝かせるので安芸がクスッと笑う。

 乗降口上部に取り付けられた液晶画面は都市部の鉄道で一般的に採用されており、見慣れている人には面白くとも何ともないものだったが、山間部など収支の悪いローカル線になると車両更新もままならない状況では、現在位置と次の停車駅を知る術は音声による車内放送に頼るほかなかったのである。車掌がマイクに向かって話しているだけなので、古い車両は静粛性が悪いため音に埋もれて聞き逃してしまうようなこともたびたび起きている。

 IS学園と陸をつなぐモノレールは首都圏で使われているものと同型の車両が使われていたこともあって、桜には音声放送に加えて文字で停車駅が分かることがとても画期的に見えていた。

 

「あれは何なん」

 

 安芸は童心に帰る妹を前にして久しぶりに姉らしく振る舞おうと、質問にひとつひとつ答えていった。

 一〇分はあっという間に経過して、モノレールは終点のIS学園前駅に到着した。開通してから数年の駅は生徒や学園関係者、地元の人間が利用するくらいで、政府の補助金で採算がまかなわれていた。とはいえ横浜駅と中華街をつなぐ地下鉄を意識したのか、駅は造形は良い意味で和風であり、未来的だった。

 本来ならIS学園までは徒歩なのだが、今日は学校説明会ということもあって臨時のシャトルバスが運行していた。桜と安芸はIS学園の職員と思しきスーツ姿の女性の案内に従ってシャトルバスに乗り込んだ。IS学園までは五分の行程なので、桜は手すりにつかまりながら、今更になって周りを見回した。

 ――頭の良さそうな子ばかりやね。

 学園側の審査基準の中に才色兼備(さいしょくけんび)が意識されていたのか、知的で顔立ちが整った少女ばかりだった。当然ながら保護者も上品そうな雰囲気を醸し出している。美しさの点で安芸が群を抜いているのだが、桜は身内ということも手伝ってか周りの大人たちの方が綺麗に見えた。

 ――なんだか場違いやね。さっき、年甲斐(としがい)もなくはしゃいじゃったから、みっともない、変な子やって思われたんやないやろか……うわっ、こっち見ながらひそひそ話しとるわあ……。恥ずかしい……。

 桜は急に羞恥心を思い出して自己嫌悪に陥った。なにしろ精神年齢は三八歳なので、積み重ねた年月は奥様方と大して変化がない。それどころか奥様方の祖父母と共に青春(戦争)を共に駆け抜けた。今の体で大正生まれだと言い張っても、下手な冗談だと笑われるのが落ちだった。

 

「サクちゃん?」

 

 安芸は急に口数がなくなった桜を見て、いまさら大人ぶっても手遅れなのに、桜も年頃なのだろうか、と考えていた。

 IS学園に到着すると厳しいセキュリティチェックが待っており、空港の搭乗口ゲートと同じ方式でポケットの中身やカバンの中身まで検査用の機械に通された。さらにゲート型の金属探知機をくぐるように指示され、このチェックで引っかかった人は女性職員によるボディタッチがなされた。計器の誤作動も考えられたので、何度も確認が行われ、無事通過した者はほっと胸をなで下ろしていた。

 ちなみに桜と安芸は一度で通過した。おっかなびっくりと言った風情だったが、二人の持ち物は財布と携帯端末、パンフレットや水着、タオルが入った小振りなリュックサックという軽装だったので極めて短時間で検査が終わっていた。

 足を止めて振り返った安芸が荷物の前で手を動かしていた桜に声をかけた。

 

「すっごい仰々しかったね」

「パンフレットに書いてあった通りやったわ」

 

長机に向かい携帯端末をリュックサックに収めていた桜が、パンフレットをぱらぱらとめくって答えた。

 

「空港みたいやったね」

 

 安芸は友人と海外旅行に行ったときのことを思い出していた。するとリュックサックを背負って足早に駆け寄った桜が興味深そうに聞き返してきた。

 

「安芸ねえ。空港でもこんな感じなん?」

「そうだよ。サクちゃんも飛行機に乗るときは同じような検査を受けるんだよ」

「ふうん。まあ、警備のためやからしゃあないか」

「そういうこと」

 

 そのまま職員指示に従って説明会参加者が集まる講堂に通された。

 

「うひゃあ。でかいねえ」

 

 桜はパイプ椅子に座りながら、天井に据え付けられた投影機と見上げた。全校生徒は約四〇〇名しかいないにも関わらず、広い講堂が用意されていた。バスケットボールのフルコートが二面並んでいて試合が楽しそうだな、と思うと同時に掃除の大変さを想像してしまった。

 周囲を見渡すと、生徒と保護者を含めると総勢八〇〇名を越えるだろうか。注意深く観察すると、プロテクトアーマーに身を包んだ武装警備員の他に一般職員と思しき男女の歩き方が一般人のものではなかった。顔つきもどことなく鋭く、おそらく警察か自衛隊か、もしくはシークレットサービスと言った対人戦闘訓練を積んだ者だと予想した。桜は作郎としての視点で安芸を見やる。設備の良さに圧倒されるばかりで厳重な警備には気付いていない。それとなく周囲に気を配ったが、やはり安芸と同じような様子だった。

 ――気を張る必要はなかったやろか。

 無意識に昔と重ねてしまい、IS学園を軍の教育施設として見てしまっていた。作郎だった頃、とある事情で布仏少尉から紹介された下士官にサバイバル技術や対人戦闘の稽古を付けてもらったときと似たような雰囲気があったので、もしやと思ったのだが、おそらく考え過ぎなのだろうと思い直した。

 ――あの人。名前、なんて言ったかね。

 その下士官から周囲の人間を注意深く観察するように助言を受けていたこともあり、気がついたら癖がついてしまっていた。悪いことではないが、じろじろと見てしまっては相手に失礼だろうと思っていた。

 そのとき、不意に殺気を感じて背筋が凍った。桜は思わず後ろを振り返って殺気の主を探してしまった。「どうしたの」と安芸が声をかけたものだから、

 

「知り合いに似とる人を見てつい……でも、他人の空似(そらに)やった」

 

 ゆっくり前を向き直って、肩をすくめてお茶を濁していた。

 

 

 更識楯無は警備担当から報告を聞いておおむね満足していた。IS学園は世界でも珍しいIS搭乗員養成施設であり、世界中の軍事機密やVIPが集結するため、警備に疎漏があっては日本の国威に関わる問題に発展する恐れがあることから、政府から更識家に対して警備を厳重にするよう求められていた。そのため、IS学園を一般公開する今日の説明会は実は国家の威信をかけた一大イベントだった。

 ――それに。あの子たちもいるから。

 来年入学予定である妹の(かんざし)や使用人の布仏(のほとけ)本音(ほんね)もこの場に来ていることから、楯無に万が一は許されなかった。

 講堂に集められた約八〇〇名のうち、保護者を省いた約四〇〇名がIS学園の審査をパスした未来のエリート候補である。全国から選りすぐった精鋭であり、IS適性の高い者を集めていた。

 この四〇〇名が一般入試によって八〇名以下にまで絞り込まれる。一学年は原則一二〇名を取る計画になっており、残る四〇名は推薦入試の枠として確保されており、そのほとんどが留学生向けに使われる。この学校説明会に参加しなかった者でも、記念受験にもかかわらず何らかの適性に優れていたために試験を突破してくる変わり種がいたが、そのような者は珍しいと言えた。

 楯無は眼鏡にかなう者がいれば生徒会に起用したいと考えていた。布仏本音に声をかければ快諾するだろう。しかし簪とは姉妹仲が悪く、声をかけても反発されることは目に見えている。

 ――良い子がいたら青田買いしたいぐらいなんだけどね……。

 楯無はIS学園の生徒会長である。今年で一人しかいなかった貴重な三年生が卒業すると、楯無を含めて二名で生徒会を切り盛りすることになる。今のところ、一学年上の布仏(のほとけ)(うつほ)が優秀だからこそかろうじて生徒会の業務が回っているのが現状だ。楯無以外の同級生が所属しておらず、それ故虚への負担が大きくなっている。業務内容を知る人材を育てることが大きな課題となっており、できれば五人体制で生徒会の業務を遂行していきたい、というのが正直な思いである。

 一応更識家が推薦すれば二人位までなら枠にねじ込むことが可能だが、推薦理由が生徒会の業務遂行を円滑にするためだけでは更識家の体面が悪い。お金が絡むことなので楯無の独断は許されず、更識家内部が納得するようなそれ相応の理由が必要である。

 楯無はこの場に集まった審査通過者たちのリストを思い浮かべた。現在、政府の特別推薦枠で名前が挙がっているのは二名であり、日本の代表候補生である更識簪とIS開発者である篠ノ之(しののの)(たばね)博士の妹、篠ノ之(ほうき)だ。

 なお、布仏本音は更識家の特別推薦枠を利用している。本音は簪直属の使用人であり彼女の護衛の責任者でもある。本音にはいざとなれば迷うことなく人を殺せるように訓練を積ませてあった。対人戦闘技能は楯無をして舌を巻く腕前に育っていた。簪も更識家の者として恥ずかしくないような訓練を積んでおり、自分の身を守るくらいの動きはできる。少なくとも恐怖で声を上げられないような性質ではなかった。そして篠ノ之箒は剣道の全中覇者だ。実家が剣術道場ということも手伝って、剣術や居合い、対甲冑(かっちゅう)格闘術に秀でていた。おそらく刃物に慣れていない一般人が相手ならば、かすり傷すら負わせられないだろう。できれば彼女も生徒会に引き込みたいところだが、このあたりは希望的観測に頼らざるを得なかった。

 ――変な子がいるなあ……。

 ふと楯無はパイプ椅子の背もたれに向かって正座し、天井を見上げていた少女に目をつけた。小学生のようにはしゃいでおり、隣に座る姉と思しき女性は嫉妬を覚えるほどの美人だった。というかテレビの深夜番組で見たことがあった。芸名は安芸といったか。ファッション誌のモデルで彼女が身につけたコーディネートを真似したことがあったので覚えていたのである。

 そこで記憶の引き出しを開けて少女の名前と素性を呼び出す。名前は佐倉(さくら)(さくら)。姓と名が同じ読み方なので印象に残っていた。

 

「いかにもお(のぼ)りさんみたいな感じ。可愛い」

 

 楯無はパイプ椅子をガタガタと揺らす姿にクスリと笑う。少女は姉と顔立ちが似ていて、楯無が男だったら決して放っておかない、びっくりするくらい華やかな顔立ちだと分かった。

 桜はしきりに左右を見回している。彼女が通う中学は山間部の学校で一学年に二クラスしかいないから、これだけの人数が集まるのは珍しいことだと推測ができた。

 

「えっ……?」

 

 桜の顔つきが変わるのを目の当たりにして、楯無は驚かずにはいられなかった。

その視線が警備の者に向かっていた。職員の中に潜り込ませた更識家の手の者を見抜き、一般人のように振る舞いながら観察眼を向けている。まるで警備のレベルを値踏みしているかのようだ。

 ――彼女はいったい何者なの……。

 審査通過者の素性はすべて洗っていた。経歴に問題がないからこそ学校説明会に参加できたのであり、家族構成や親族に不審な者がいた場合はすべて審査の段階で対象から除外していた。またグレーゾーンと判断した者は要警戒対象として審査を通過させるか、一般入試当日の要注意対象とした。

 まさか更識家の情報網に疎漏があったのだろうか。確かに完璧はありえない。万が一に備えて更識家と学園防諜部(ぼうちょうぶ)、そして自衛隊の出向員も待機している。

 彼女は姉を見てぼんやりとした顔つきを作り、つぎに周囲の様子に気を配った。再び警備員へ注意を向ける。その警備員は至って普通のスーツ姿であり、説明会進行のスタッフという位置づけで、見た目からして警備担当と分からないようにしてあった。

 楯無はつまらない妄想に駆られていることを自覚していた。もし彼女がテロリストなら? もしも制服の下に爆弾を隠し持っていたら? ありえない。そんなものは妄想だ。妄想を現実化しないよう厳しい持ち物検査を科しており、プロの目を光らせている。国内に()()()()()()()()()テロ組織が存在するものか。

 ――試してみるか。

 そのとき楯無はとても良いことを思いついたと考えていた。もしかしたら本当に一般人で偶然警備員が目についただけなのかもしれない。物珍しいから観察していただけかもしれない。気の迷いであって欲しい、と楯無は切実に願っていた。

 やることは簡単で、おそらく本音ならば気付く程度の殺気を向ける。堅気(かたぎ)の者なら気付かない。明確な殺意を持って他人を殺した事があるか、それ相応の訓練を積んだ者だけが感じ取ることができる類のものである。

 ――私ったら本当に馬鹿なことやってるよね……ないない。

 楯無は愚かな考えに自嘲しながら、密かに殺気を向けた。彼女が長期間監視を続けていたテロリスト、という設定である。

 すると予想通り本音が振り返った。にこにこと小さく手を振る楯無を見つけて、むっとした様子でにらむ。紛らわしい真似をしないでほしい、と目で語っていた。

 ――そんなことって……。

 楯無が危惧(きぐ)したとおり桜が振り返った。ぼんやりとした顔つきではなく、注意深く殺気を向けた人物を探ろうとしている。その事実は楯無の頭を殴りつけるかのような衝撃を与えていた。

 愚かな妄想という考えも否定できなかったが、少なくとも楯無は桜の素性(すじょう)に疑念を抱いていた。

 

 

 


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