IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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狼の盟約(十四) Cブロック決勝

 休憩室。

 桜は長椅子に腰かけ、スポーツウェアのファスナーを下ろす。ポケットに突っ込んだペットボトルを取り出した。

 室内にモニターが設置され、Aブロック代表を決める戦いが映し出されている。

 Aブロック代表決定戦は開始早々、ナタリアのラファール・リヴァイヴが白式に集中砲撃を加えていた。鷹月の打鉄は増加装甲(千代場アーマー)を搭載しており、壁役に徹していた。

 

「千代場アーマーを借りるとか言っとったけど、あれが正しい使い方か……」

 

 白式やラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの運動性能を競ってもお話にならない。ならば先に白式を攻め落としてから、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに戦力を集中する魂胆だろう。

 

「さーくーさーくー!」

「わっ」

 

 背中から抱きつかれて、前のめりになった。持っていたペットボトルが床に転がり、円を描いて足に当たる。

 ――この重量感。さっきの声。

 

「本音。どうしたん。まだ試合やないよ」

「かんちゃんの試合が始まったらサクサクに会えなくなっちゃう」

「朝会ったやないの」

「えー。だってさあ。最近、サクサク冷たいんだよ~。ボーデヴィッヒさんと夜な夜な連れだってどこかに行っちゃうし、神楽ちゃんも混ざって楽しそうなことしてるみたいだし~」

「四十院と私、ボーデヴィッヒさんの共通点なんかひとつくらいしかあらへんわ。本音だって知っとるやないの」

「でもーでもー」

「デモもアジもない。手を離して。むやみにくっつくのはやめ」

 

 本音が不満げな吐息を漏らす。

 

「しょうがないな~……えいっ」

 

 本音は桜の体に体重を乗せた。桜が目を見開いたとき、背中が長椅子の座面に触れていた。

 押し倒された。

 本音が四つん這いになって覆い被さった。普段目にするような柔和な眼差しではない。真剣味を帯びた顔つきは、まるで初めて会った日のようだ。

 

「サクサクは優勝するつもり?」

「最初からそのつもりや」

「私たちと戦うときも?」

 

 まさか八百長を持ちかけてくる気だろうか。桜は身構え、体を硬くする。

 

「全力でやってほしいんだよ~。サクサクの本気を見てみたい。だめかな~」

「……んなもん。頼まんでも最初から本気や」

「約束してほしいんだよ。私も本気でやるから。見て欲しいんだよ~。そして、もし私が勝ったら……サクサクをちょうだい」

 

 本音は耳元に顔を近づけ、朱唇を開く。「秘密をちょうだい」

 

 本音は腕を立て、のほほんとした表情に戻る。

 

「私とかいちょー。どっちをとるの?」

「は?」

 

 桜が身をよじった。

 

「何をゆうとるん。まさか本音も櫛灘さんの妄言を信じとるんか」

「入院してたあたりからずっと、かいちょーとべったりしてるよね。ちょっと……妬けるんだよね」

 

 本音が暗い眼差しを向け、寂しそうにつぶやく。

 うかつな返答をすれば本音を傷つけてしまうかもしれない。ぎくしゃくした雰囲気を恐れて、桜は慎重に言葉を選ぶ。

 

「……れんよ」

「ん?」

「甲乙つけられへんよ」

「それって、二股する気? それともそういう風には見てないってこと」

「私は本音のことが好きや」

「でも、(情人)としては見とらんし、いつかそう見るようになるかもしれんけど、今は。でもなあ……本音は」

 

 桜が手をもたげ、本音の頬に触れる。赤子の頭を優しくなでるように、慈愛と憧憬を瞳に浮かべて寂しそうに笑う。

 

「好きだった(仲間)と面影がようさん似とるから。()()()()()()()()()()()()()()()と証明してくれとる。だからな……」

 

 本音の髪に触れ、背中に手を回して力をこめる。

 

「や、柔らかくないよ……」

「そら期待させてすまんかったな。体絞ったらこうなった」

 

 桜の胸の上に本音の頭がある。寝ながら抱く形だ。

 ISスーツでしっかりと固定された体。本音は胸部を桜の腹に押しつけている。だが、やはり硬い。

 

「だからなあ。これが私の精一杯。でもな、合戦は受けてたつよ。本音の本気、見せて」

「サクサク……」

 

 本音の目がわずかに潤む。情に流される。それでもいい。

 でも、と心に歯止めをかける。桜は荒事師(Phantom-Task)かもしれない。ずっと「かもしれない」と疑念を抱いていた。実は、彼女は何にも考えておらず、素のままで接しているのではないか。とぼけた言動が偽装ではなく真実ならば……。

 

「何?」

 

 桜がじゃれ合うような仕草で聞き返す。そのとき、本音の目が点になった。

 足が見える。

 透き通った白。この世の物ではないような、それでいて無性に汚して蹂躙したくなる。血肉の赤らみで微かに彩られている。触れて撫でて、原初の音楽を奏でたくなる。

 男女問わず魅了し、触れてはならない銀細工のようだ。

 

「佐倉。いつまでそうしているつもりなんだ?」

 

 金色の瞳が抱き合うふたりを捉えた。

 入り口付近から「やばっ」というつぶやきが漏れ聞こえた。

 ティナ・ハミルトンがこっそりと中をのぞき込んでいた。桜が寝たままのけぞると、ラウラの無表情があった。

 

「いつから?」

 

 他人に見られたら誤解するような言動をしたはずだ。

 ラウラはこともなげに言い放つ。

 

「櫛灘の妄言あたりから」

「うわっ」

 

 ペットボトルを拾い上げ、何事もなかったように背を向けた。

 桜と本音はあわてて起き上がり、脂汗を流しながら入り口の側で振り返ったラウラを見やる。

 

「今の。他人様に言いふらすのだけは……」

「わかっている。私を何だと思っている」

 

 ラウラは唇を歪めた。

 

「貴様らが思っているほど、私は初心ではない。信じるか信じないかは別だがな」

 

 ラウラは気を利かせたのか、ティナの首根っこをつかんで引きずっていく。残された桜と本音は気まずそうに背中合わせになっていた。

 

 

 打鉄零式の背後から、そのISはゆっくりと姿を現す。

 カノーネン・ルフトシュピーゲルングは強大な力をわかりやすい形で具現化している。

 

「化け物」

 

 ティナ・ハミルトンは、二の句が継げなかった。副砲の一二〇ミリレールカノンが豆鉄砲に見える。

 心が震えた。

 恐れを抱いているのだ。彼女の認識はあながち間違いではなかった。

 グスタフ、ドーラとともに米軍に接収された後、赤い軍靴から身を守るため生かされた。

 眼前に浮かぶ主砲・怪物(モンストルム)

 敵を、城塞を、そして戦意を打ち砕くために作られた。現存する()()()()()()()()である。

 

 

「フッフッフ……驚いているな」

 

 ラウラの不敵な笑みが開放回線(オープンチャネル)に流れた。

 

「打鉄改と比べて少々物足りないが、戦意を打ち砕くには十分だろう。これで……」

 

 ――海上自衛隊(MSDF)が引き取ってくれたら申し分ない。

 ドイツ連邦軍上層部の総意を飲むこむ。

 ――列車砲をIS学園に持ちこんだ本当の理由など言えるものか。

 冷戦構造が崩壊して三〇年以上経過している。列車砲の活躍の場は残されておらず、人手と予算を食いつぶすだけの存在をしかるべき組織に売却したかった。

 怪物(モンストルム)は運用・整備に膨大な費用がかかる。冷戦時代ならともかく、現在となっては金食い虫でしかなく悩みの種だった。原子力潜水艦(U-39)の開発費用がかさんだことも影響し、グスタフとドーラは解体を余儀なくされていた。

 

「勝利は間違いなしだ。威力と重量を低減した新式砲弾を用いているが、競技用ISの場合、破片を浴びるだけでシールドエネルギーを全損する」

 

 発射準備の経過を示す文字列が流れていく。すべて良好である。

 

「だが、安心してほしい。死ぬことはない。私が今ここにいることがその証明だ。間違いはない……」

 

 発射速度は毎時三発である。ラウラは一五分前から発射準備を行っていたが、未だ完了していない。

 

「よって佐倉。我々の勝利はこの試合にかかっている。粉骨砕身その任務を全うせよ」

「ハ! 少佐殿」

 

 桜はラウラの茶目っ気に乗じる。

 要するに「準備が終わるまで身を粉にしてがんばれ」と言いたいのだ。

 今日が列車砲を使う最後の機会だった。

 シュヴァルツェア・レーゲンは修復を終えており、大会五日目から正式に稼働する。だが、シュヴァルツェア・レーゲンには怪物(モンストルム)の運用能力が付与されていない。

 

「ボーデヴィッヒさん。メチャクチャだよ……」

 

 本音の呆れまじりの声が聞こえてくる。

 

「私が準備を整えるまで、佐倉が貴様らの相手だ。せいぜい油断するなよ」

「試合のときだけ饒舌(じょうぜつ)なんだよね……」

「武人たるもの。戦に心を奮わさずして何とする」

 

 ラウラが憮然とした顔で言い放った。

 

 

 カノーネン・ルフトシュピーゲルングが天蓋付近で浮遊している。

 

「四日目第三戦・Cブロック決勝戦。試合を始めてください」

 

 ――五分や。

 視野の隅に表示されたデジタル時計。ラウラが発射準備を終えるまでの残り時間を示している。

 桜は俯瞰図を見やる。大砲を両脇に抱えたラファール・リヴァイヴがティナ・ハミルトン機だ。本音の打鉄は地上に立ち、手斧(ハンドアックス)を両手に持っていた。

 ――本音は見るからに格闘戦仕様か。射撃はハミルトンさん任せってことか。

 ティナの情報は櫛灘から託されたメモリーカードに含まれていた。多彩な銃火器を使いこなすのが特徴だった。

 桜は高度を上げつつある打鉄に注意を移す。一二.七ミリ重機関銃を実体化させ、非固定浮遊部位には先日交換したばかりの二〇ミリ多銃身機関砲を据えつけ、銃身の回転(スピンアップ)を始めている。また給弾機構を覆い隠すため実体盾を設置していた。

 

「簡単には近づけさせんからな……」

 

 桜は速度を上げつつ、ラウラに近づくラファール・リヴァイヴの進路を妨害する。

 加えて、本音の打鉄の飛行経路はわかりやすいため、非固定浮遊部位から二〇ミリ多銃身機関砲二基を一秒間発射する。牽制のつもりだが、合計二〇〇発もの弾丸を空域にばらまいていた。

 ――見えているか。

 本音はバレルロールで避けた。直後、ティナ機が両脇に抱えた機関砲を撃発する。

 

「行って。田羽根さん!」

 

 その瞬間、AIが非固定浮遊部位の制御を掌握する。右側はきれいな田羽根さん。左側は田羽にゃさんが担当することになっていた。

 

「ご主人様了解ですっ!」

「にゃ!」

 

 視野の左下。スツールに座ったAIたちがフットペダルに足を乗せ、左手にジョイスティック、各種押しボタンに右手を添えている。両手両足を忙しなく動かし、非固定浮遊部位をまるで戦闘機のように操る。ティナ機めがけて飛翔し、二〇ミリ多銃身機関砲がうなる。

 桜は一二.七ミリ重機関銃を撃発。補正するも、ISの特徴である高速戦闘中の静止、方向転換の前に無駄な行為となった。

 ――あれは!

 打鉄の背部に四メートル四方の立方体が出現する。白煙を出して蓋を吹き飛ばす。六角形のミサイルサイロを視認した瞬間、開放回線(オープンチャネル)から掛け声が飛んだ。

 

「サクサク! いっけえええええ!」

 

 全長約五〇センチのマイクロミサイル三二基が放物線を描いて射出された。小さな翼端板が開き、轟音を奏でる。

 ――接近戦におけるミサイルの問題点。すなわち。

 ISコアから提示された三二基の飛行経路。背面飛行のまま地面を這うように飛ぶ。機関銃を構える。ハイパーセンサーを用いた統制射撃に切り替え、一発につきドット二秒間射撃を加える。

 撃発終了まで約七秒。

 ――銃砲と比べ、初速が遅い。

 弾頭に直撃し、その場で爆発する。他にもロケットモーターを打ち抜かれ、翼端を砕かれて失速した。

 金属片と固形燃料、化学薬品が舞い落ちる。打鉄は爆発のなかを突っ切る。

 本音がまるで空間を蹴るかのようにV字転換する。

 桜や上級生が方向転換としてよく使う手だ。本音の前で何度も披露していたが、彼女が同じ動きを再現できることに驚きを禁じ得なかった。が、感嘆に浸る場面ではない。桜はスラスターを噴かし、巻き上げた土煙の中に埋もれるように打鉄零式の体色を変化させた。

 青・白・黒の幻惑迷彩が土気色に変貌した。マーク1・アイボールセンサーの識別が困難になる。無論、ハイパーセンサーにはこの手は通用しない。

 ――虚をつければええ。

 桜はマイクロミサイルをばらまいた本音に向けて射撃を行う。が、すぐさま舌打ちする。

 

「へへ……。そーはいかないよっ!」

「榴弾かっ」

 

 後退。打鉄の様子はハイパーセンサーが感知しており、ジグザグに動いているのがわかる。まだ手斧を持ったまま、接近を試みている。

 ――本音の本気は近接戦闘。私の本気は機動戦。端から得意分野がちゃう。つまり相性が悪い。

 投擲物が飛来する。桜は警告にしたがって横方向へスラスターを噴射。

 ――二発目。

 時間差を置いた投擲。桜がジグザグに動こうとしたとき、眼前に打鉄の拳が迫ってきた。

 

「チィッ」

 

 舌打ちしながら、指をそろえたマニピュレーターを撃ち出す。きれいな田羽根さんが「えぐっ、えぐっ……」と泣き出した。

 

「うん。かんちゃん並の反応速度だね」

「――んやと」

 

 懐まで入り込まれた。

 ――慢心かっ。

 さらに距離をかせぐためにさらに後退。機体の進路を左右に揺らす。

 

「本気で行くからねー」

 

 のほほんとした声音。本音の打鉄が手斧の刃をにぎる。柄の先端が前を向き、上下逆になった格好だ。

 ――手斧がトンファーになりおった。

 拳の間合いが径五〇センチほど延伸する。得物の全長が長くなればなるほど大振りになっていく。だが、トンファーの利点はまるで拳のように扱える点だ。鋭く振るえば凶器となる。

 桜は間合いを量り損ね、装甲が削られた。逃げようとすれば、方向転換した打鉄が距離を詰める。本音は間合いゼロを維持し続ける。

 

「いつも口癖のようにしてたけど……本当に」

 

 ――押される。

 実習では一度も見せたことのない動き。ほんわかとしているのは顔つきだけだ。眠そうなまぶたの奥に鋭い眼光が潜んでいた。

 

「格闘戦は苦手なんだね!」

 

 手斧の柄がはねた。蛇のように曲がり、飛翔する。

 首を曲げ、マニピュレーターの甲で軌跡をずらす。桜は本音の予備動作を見た瞬間、体が勝手に反応することに戸惑いさえ覚えた。

 ――なんや。

 見覚えがあるのだ。膝や腰の使い方。肘の動き。つまさきの向き。力の抜き方さえも。

 ――動きがあんの陸さんとそっくりやないの!

 台湾にいた陸軍軍人。台湾や満州、大陸で何らかの任務に従事していた。布仏少尉の知りあいで、のっぺりとした顔で目つきだけ鋭かった。

 組み手の記憶がつながる。

 踏み込みと同時に顔面めがけて掌底が飛ぶ。

 ――欺瞞。顔を狙えば、普通は驚く。そして守ろうとする。

 驚いて顎を上げてしまえばのけぞって姿勢が崩れる。顎を引いて額で受け止めようとすれば、意識が前に向いてしまう。

 本命は腰の位置だ。真横に並び、もう片方の手を背中に添える。斬撃のように切り下ろせば、膝を地に着け、首に短刀が突き刺さっている。

 ――封じ手は。

 

「サクサクっ!」

 

 本音の眼前から桜が消える。次の瞬間、一二.七ミリ重機関銃から射出された弾丸が雨のように降り注いだ。

 桜はスラスターを噴射し続け、横滑りした状態から高度を上げた。非固定浮遊部位の制御を受領し、ラウラに寄り添った。

 そのときブザー音が鳴り渡った。砲撃準備が最終段階に達したのである。

 

 

 開放回線(オープンチャネル)を通じ、ラウラが流暢な英語で隔壁の音響防護レベルを最大まで高めるように依頼する。砲弾を軽量化して威力を減じたとはいえ、着弾時の轟音で聴力を回復するまで多くの時間を要する。

 

「音響防護レベル。最大。……どうぞ」

「協力に感謝する」

 

 ラウラが技師に告げ、体を回転させてゆっくりと砲口を下げていく。フィールドの中央に照準を合わせ、ハイパーセンサーとの同期状態を確かめる。

 観覧席にはフィールドとの音声回線を遮断したとの放送がなされ、観客の多くが困惑した顔つきになる。

 ラウラはオーバーキルにより絶対防御を発動させないよう炸薬量を調整していた。フィールドの中央に着弾すれば、わずかな火薬と破片だけでも全損に近い打撃を与える。

 カノーネン・ルフトシュピーゲルングは装甲の塊だ。例え仕損じても副砲や桜が撃ち落とすだろう。

 

「では征こう」

 

 ラウラの不敵な笑みは「怪物(モンストルム)」から吐き出された砲弾によってかき消された。砲口とフィールドの距離が近く、発射とほぼ同時に、どん、という衝撃波が伝わった。盛大に土が巻き上げられる。まるで茶色の霧で覆われたような状態だ。

 フィールド側の隔壁は反射する衝撃に打ち震える一方、観覧席側の隔壁は微振動を起こすことで残響を打ち消していた。

 時間が経つにつれて砂煙がおさまっていく。円錐状のアリ地獄のようなクレーターが露わになる。土をかぶった打鉄とラファール・リヴァイヴがボロ雑巾のように転がっていた。

 

 

 


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