IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

49 / 82
作中、伏せ字表現があります。予めご了承ください。


狼の盟約(五) 証人喚問

 更識楯無は「残念」と書かれた扇子で口元を覆った。丁寧な口調だが、腹の底からドスを効かせた声をしぼりだす。

 

「それで? あなたたちはその光景をただ見守ることしかできなかった、ということですね」

 

 桜は何度も首を縦に振る。楯無の瞳から光が消え、無表情が恐ろしかった。

 

「嘆かわしい」

 

 ため息を吐く楯無。真横に座る桜から窓辺へと視線を移す。三名の生徒がジャージ姿で正座中だ。楯無から見て、向かって左から新聞部の(まゆずみ)部長と島内(しまうち)副部長、そして櫛灘(くしなだ)である。彼女らのかたわらに、布仏虚が茶道部から借りた警策(けいさく)を抱えて立っている。三人が逃げ出さないように見張っているのだ。

 

「事情はわかりました。まさか、織斑一夏くんが転校生に……シャルロット・デュノアに告白してしまうとは予想外でした」

 

 楯無の氷のような視線が畏怖(いふ)を抱かせる。楯無は場が鎮まったことに満足感を覚え、虚に目配せした。

 虚は無言で薫子の背後に移動し、警策を構え直した。

 

「この件について薫子。新聞部部長としての意見はありますか?」

「いますぐ記事にして人心を(あお)ります!」

 

 薫子は一夏とシャルロットの件を記事にすることで、IS学園の生徒全員から喝采を受ける場面を想像した。胴上げされる薫子の脇で一夏が壁際に追い詰められ、袋だたきの私刑に遭っている。

 

「虚。邪念を払ってあげなさい」

 

 わかりました、と虚が短く告げる。ヒュン、と風を切った警策が薫子の肩に吸い込まれる。

 うめき声があがった。間髪を容れずに副部長が手を挙げる。

 

「はい。島内さん。発言を認めます」

「まずは事の真偽を確かめます。以前、特集を組んだ際、織斑先生にインタビューしましたが、織斑くんはご近所でも評判の超鈍感男(フラグ・クラッシャー)。恋する乙女の気持ちを無下(むげ)にする不能(イ■■)野郎だと仰ってました。そんな織斑くんが少女マンガ的な告白行動を取るでしょうか。私は何かの間違いだと推測します」

「薫子と違って一理あります。さすが冷静かつ辛辣(しんらつ)な記事を書くと有名な副部長ですね」

「お褒めいただき光栄の極み」

 

 島内は足のしびれをこらえながらも気取った表情で目元まで伸びた前髪を払う仕草をしてみせる。

 楯無は虚勢を張る島内の内心を見透かした上で、冷たい声を発した。

 

「身勝手な誇張が混ざっていたので、虚、一発追加」

「そんな!」

 

 またしても警策が飛ぶ。キャア、と短い悲鳴が木霊する。

 楯無はため息をついた。脂汗を流す櫛灘にも意見を求める。

 

「じゃあ。そこの一年生。一応生徒会役員だから、満足のいく発言をしたら休憩させてあげる」

 

 楯無の隣にあぐらを組んで座り、お茶をすすっていた桜は首をかしげた。湯飲みから口を離して、横から楯無に質問した。

 

「櫛灘さんが生徒会役員?」

「今週から副会長に取り立てたの。ウワサの根源を絶つなら身を切る覚悟じゃないとね。彼女、行動力のあるバカでしょう? 人格に難があるけど成績優秀で弁が立つ。アジテーター(扇動者)の才能があるし、求心力もある。体も頑健だし……こき使ってやろうと思ったのよ」

「へっへへっへ……会長殿よぅ……過分の評価ありがとうございまさア」

 

 桜はまたしても首をかしげた。正座しながら三下風にしゃべる櫛灘のどこに成績優秀者の面影があるのか。今度は同じ一組のラウラに尋ねる。

 

「あの人、ほんまに成績優秀なん?」

「座学で真ん中より上だと聞いている」

「……って、その分布六〇人くらいおるやないの」

「私も転入してきたばかりなんだ。よく知らん。……質問する相手が間違っているぞ」

 

 桜は櫛灘に視線を戻す。

 

「あっしなりに簡単に裏をとってみた結果をお話します」

「早っ。まだ二時間も経っとらんわ」

 

 桜が驚く。どうやら櫛灘は関係者にそれとなく聞き出してきたらしい。

 

「佐倉さん。考えが甘うございますよ。それどころか遅いくらいですよ」

 

 言われてみれば本音が桜を押し倒し、あまつさえおいしく食べたとウワサが立つまでに一時間も無かった気がする。直接の被害者である桜はやりきれない複雑な気持ちになった。

 

「織斑一夏ですが、約二時間前、講堂に残って課題を解いていたそうです。セシリア・オルコットが解法を教授していたことを証言しています。同時刻、第六アリーナから戻ってきた織斑先生が講堂で簡単な作業をしていたとのこと。織斑一夏はここで先生に相談を持ちかけています」

「どんな相談?」

 

 楯無が問う。

 

「聞けば、織斑一夏はタッグの相手が決まっていないことを悩んでいたようです。私が流したウワサが原因なのか、多くの生徒が彼を避けがちになっていたようです」

「学年別トーナメントに優勝したら織斑一夏くんの彼女になれる、だっけ? 皮肉よね。彼とタッグを組んだが最後、優勝は絶望的だもんね」

 

 楯無は一夏の実力を加味して発言する。セシリアと鈴音が手を組んだのはその事実を端的に示していた。一夏をねらっていた生徒は、ふたりの代表候補生が互いに手を取り合ったことから、一夏と手を組んでも目標を達成できないという固定観念に囚われてしまったのだ。

 

「織斑一夏は勝利を望んでいたようで、とにかく強いヤツと手を組みたい――などと発言し、先生は彼の目的に合った人物を推したようです」

「それがシャルロット・デュノアだと」

「そのとおりです」

 

 シャルロット・デュノアが然るべき相手と手を組めば、優勝は間違いないだろう。だが、転入の時期が悪い。せめてラウラと一緒に来日していれば相手を選ぶ自由があったはずだ。

 

「織斑一夏とシャルロット・デュノアのそれまでの接点は?」

「ほとんどなかったはずです。面白いことがないかとそれとなく様子をうかがっていたのですが、特筆すべきことは何もありません」

「熱い視線を送っていたとか、しきりに気にしていたとか。そわそわしたり、つっけんどんな口調になったりとか……そういうのは?」

 

 櫛灘が首を振る。

 

「……どういうこと?」

 

 楯無が要領を得ない様子で目を瞬かせた。

 

「か、代わりに説明させて……ください」

 

 薫子が感覚のなくなった足をさすりながらも、気丈な顔つきで手を挙げる。

 

「センパイに譲ります。あっしはこれで……へっへっへっへ」

 

 櫛灘が絨毯に顔を埋めて体を震わせた。足のしびれが限界に達していると桜は見た。

 

「じゃあ、薫子(かおるこ)

「織斑くん本人は告白したつもりなんてなかったんだと思います」

「二度も付き合ってくれっと言ったそうじゃない。しかもオーケーが出たら抱きしめたんでしょ? 一度はそういうシチュエーションに憧れない?」

「会長は小学生ですか。織斑くんは抱きつき魔なんだと思います! 喜びのあまり抱きついちゃう子っているじゃないですか! 会長だってミステリアス・レイディが完成したとき私に抱きつきましたよね!」

 

 楯無はここに来て初めて目を泳がせ、小さく首肯した。

 

「だから、デュノアさんはいわば被害者なんです! ()()()()()()が提唱する織斑一夏種馬説を信じる私からしてみれば、彼は期せずしてひとりの女の子を落としたんです! 現実は残酷ですよね! 彼、超鈍感男(フラグ・クラッシャー)なのギャアッ!」

 

 楯無が指を鳴らすより早く、警策が静かにはねた。

 

「新聞部はもっと客観的な視点というものを学びなさい。……って聞いてないか」

 

 楯無は嘆息し、三人に向かって正座を解くように伝えた。

 立ち上がって、桜とラウラ、寝っ転がって悶える三人に聞こえるよう声を張る。

 

「今日見たことは他言無用に願います。特にボーデヴィッヒさんは、ドイツ軍関係者にゴシップを禁ずるよう注意を喚起しておいてください。この件は七月一日付で記事掲載を解禁します。協力をお願いします」

「もちろんだ。人間関係を円滑にするためなら尽力(じんりょく)させてもらう」

 

 楯無は踵を返して虚に向きなおった。

 

「虚。更識楯無の名をもって命じます。甲が乙に交際を申し込んだ件について情報統制を行います。関係各位に厳命。甲が乙とタッグを組み、トーナメントに出場することが確定したという情報のみ流します」

「発信者は誰に?」

「私がやります。情報の漏洩(ろうえい)対策については任せるわ」

「かしこまりました」

「よろしい。じゃあ。お開きにしましょうか。あなたたち夕食、まだだったでしょう?」

 

 楯無は色気たっぷりな瞳を向け、魅了するかのように悩ましげに身をよじった。うめき声をあげる三人と警策を抱えた虚を残す。桜たちの背中を押して部屋を後にした。

 

 

 一夏とシャルロットがタッグを組んだ事実は、翌朝には学園中に広まっていた。

 「ちょっと聞いたんだけどさあ……」と、食堂で楯無自身が触れ回ったのだ。もちろん一夏がシャルロットを落とした事実は巧妙に伏せている。

 話を聞きつけた者が一年生のタッグ表を確認すると、シャルロットと一夏の名が同じ行にある。事実だ。本当だ。彼女らが就寝する頃には知らぬは当事者ばかりなり、という状態になっていた。

 扉が締まる音でシャルロットは目を覚ます。

 

「あ……れ。篠ノ之さ……箒は……朝練か」

 

 箒は学年別トーナメントに向けて毎日朝練を続けていた。日本の代表候補生である更識簪に直接稽古(けいこ)をつけてもらえるのだ。打鉄弐式を初めて目にした瞬間、もっぴいが心を入れ替えて機敏に働くようになった。紅椿の反応速度がわずかに向上したのだ。しかも優勝という目標が現実的になったことで、練習に熱が入った。

 ――彼女としゃべったの……寝る直前か……授業くらいかも……。

 箒とは、朝のSHR(ショートホームルーム)で顔を合わせる。まともに会話したのは転入前日くらいだ。

 シャルロットは寝汗のついた夜用ブラを外し、昼用の小洒落たブラに付け替える。鏡を見て、ふとシンプルすぎやしないかと頭を悩ませる。昨日の一夏を思い出す。真剣な表情や抱きしめられた感触がよみがえり、彼女は真っ赤になって頭を振った。

 ――な、何を考えてるんだ。僕は!

 素直な気持ちをぶつけた告白だった。

 ――勢いで承諾しちゃったけど……あわわわわ!

 男に汚されたことがない清らかな体。養成所にいた頃は周りは子供と指導者、研究員くらいしかいなかった。デュノア社は女性の技術者を優遇していたせいか男性をあまり見かけなかった。実の父親とは数回、握手をしたことがあるだけ。ほかにも男はいたが、全員が感情を自制し、公務を優先する者ばかりだった。

 ――展開が早すぎる!

 タスク社の手続きが終わった日。歓迎会の席でスコール・ミューゼルが「一夏を落としたら食べてしまえ。誰かの物なら寝取ってしまえ」とけしかけたことがある。しかも彼女は末期のデュノア社が考えた馬鹿な計画のひとつを知っていた。あわれな悪あがきは筒抜けだったのである。

 ――シャワーを浴びなきゃ。

 かすかに寝汗の匂いが漂っている。箒のものか自分のものかはわからなかった。それでもシャルロットは一夏の前に汗ばんだ体で立ちたくないと強く感じた。

 シャワー室は濡れて、熱を残している。

 体を洗い終え、バスタオルに水滴を含ませながら改めて鏡を見やる。少女と少年をふたつとも持ち合わせたような中性的な顔立ち。男勝りだと思っていた自分が、日ごとに女に変わっていく。

 胸に手を当てた。心臓の鼓動が心地よい。シャルロットは目を閉じて、自分自身に魔法をかける。

 ――僕はデュノアだ。根無し草のシャルではなく、デュノアのシャルロットなんだ。

 シャルロットは何度も深く息を吐きながら、自己を形作る感覚を慎重になぞる。力を抜くとひとつひとつが繋がっていく。肌は熱く、手のひらは温かい。

 気合いを入れるべく頬を張る。瞬きした後、鏡に映ったのは自信に満ちたフランスの代表候補生、シャルロット・デュノアだった。

 

 

 食堂を訪れたシャルロットを迎えたのは妙な視線だった。四十院神楽がじっとシャルロットを見つめている。目が合うなり、ぷい、と顔を逸らしてしまった。

 ――まだ、この格好が珍しいのかな。

 シャルロットはズボンを着用しており、一見男のようにも見える。

 ラウラ・ボーデヴィッヒにいたっては半ズボンだ。しかし彼女はクラスで孤立状態にあり、ひとりでいるか、同室の桜の横でひっそりと食事を摂る光景が散見された。何かやらかしたのでは、とシャルロットは推し測る。

 朝食を乗せたトレーを持ったまま一夏を探す。すぐに見つかったものの、シャルロットの場所は残されていない。

 一夏は人気者だ。仕方ない。シャルロットは大人しく手近な席に座る。

 

「おや?」

 

 ラウラの周りに人がいる。一部では危ない人だとささやかれており、怖がって近寄ろうとする者は少ないはずだ。

 ――珍しいことがあるものだ。

 シャルロットはラウラとドイツ語で会話する人々を観察する。

 全部で三名。顔と名前を知っている。隣国なので軍やIS委員会、デュノア社ですら彼女らの動向に注意を払っていた。

 ――間違いない。空港の。

 左目に眼帯を着用しているのがクラリッサ・ハルフォーフ。ドイツ連邦軍大尉。短く刈り込んでもなおカールした金髪。高い鼻と冷たい瞳が特徴のエリーゼ・ワイゲルト。同じくドイツ連邦軍中尉である。

 彼女たちの来日理由は怪物(モンストルム)絡みであることは間違いない。もうひとり年配の女性がいた。くすんだ金色の長髪をだらしなくしばっただけの女性だった。ドイツIS委員会のヴァルプルギス・シューア博士。カノーネン・ルフトシュピーゲルングやシュヴァルツェア・レーゲンの開発に携わった才媛(さいえん)で、VTシステムの仕様にも精通している。来日理由はシュヴァルツェア・レーゲンの修理だった。

 彼らが来ていることはフランスIS委員会には昨日のうちに連絡済だ。

 ――で、タスクの重役がわざわざ来日するって聞いちゃったんだ。

 

「ん……おいし」

 

 和食にしてみたが、存外にいける。父親から淑女の(たしな)みだと、各国のテーブルマナーを教わっていた。今にして思えば、傾きかけていたデュノア社を守るべく奔走していた頃で、貴重な時間を割いてくれたのだ。母を愛し、捨てた男の罪滅ぼしだろうか。シャルロットはその考えにクスリと笑った。

 

「相席してもよろしいかしら?」

 

 聞き覚えのある声だ。シャルロットは咀嚼物(そしゃくぶつ)を飲み込んで、箸を置いた。

 

「いいですよ。どうぞ」

 

 笑顔を浮かべて声の主を見やる。フレアスカートにレースを加えた改造制服、そして長い金髪が目に入った。すぐに誰なのかわかった。

 ――セシリア・オルコット。

 同時に金髪からスコール・ミューゼルやナターシャ(Natasha)ファイルス(Fairs)を想起してしまう。フランス人ならば同胞のフランス代表を思い浮かべるべきだ。しかし、肝心のフランス代表は絶世の美女であると同時にとても影が薄かった。

 ――よくないってわかっているんだけどね。

 シャルロットは心の中でフランス代表に謝った。

 

「こうやって話すのは久しぶりですわね」

 

 セシリアの声音は堂々とした貫禄と高慢さにあふれていた。

 視界に小さな人影が映った。シャルロットはチラと横を流し見る。

 ――凰鈴音か。

 実習で顔を合わせたときにいずれ、と思ってシャルロットから出向いての挨拶はまだだった。

 椅子を引く音を聞きながらシャルロットは答える。

 

「確かにそうだね。イグニッション・プランの説明会以来だっけ? 凰さんとは、確か直接対面したことはなかったよね」

 

 鈴音がうなずく。

 

「初対面になるわね。ずっと訓練漬けだったし、アジア圏内の試合しか出させてもらえなかったから」

 

 鈴音がISの訓練をはじめたのは約一年前だ。その頃すでにデュノア社の資金繰り悪化が致命的な事態に陥っており、タスク社の買収合意と法的手続き、関連各社との調整等が重なって、試合数を大幅に減らしていた。支出削減の一環としてアジア・オセアニア圏やアフリカとの交流試合を自粛していたのである。

 

 

「よろしく。トーナメントで対戦したときは実力を出し切ろうじゃないか」

 

 トーナメントと口にしたとき、鈴音の艶やかな双眸がカッと見開かれた。今にも食いつかんばかりに迫力だ。シャルロットは明確な敵意を感じ取りながらも、涼やかな微笑みを浮かべる。

 

甲龍(シェンロン)のうわさはフランスにも聞こえているよ。ずいぶん品質が向上したみたいだね。中国製なのに」

 

 笑顔のまま毒を吐いた。多くの企業が進出し、技術を学び取ってもなお「安かろう悪かろう」の印象がついて回る中華圏に対する牽制だ。かつては日本製品が「安かろう悪かろう」の代名詞だったことを知る者は、ラウラの隣で食後のお茶を口にする桜だけだった。

 

「鈴さん。およしなさい」

 

 フロッグ(Frog)、と口にしかけた鈴音をセシリアは手で制する。つい先日、(ののし)り合いでひどい目に遭ったことを反省しての対応だ。

 

「ねえデュノアさん」

「シャルロットでいいよ」

「では、シャルロットさん。今度のトーナメント。一夏さんと出場するって聞きましたわ」

「そうだよ。転入した時期が悪くてね」

 

 シャルロットが肩をすくめる。ISに乗り始めて約二ヶ月の者と組んだところでどこまで駒を進められるのか。搭乗者としての技術を一夏に求めるのは酷というものだ。

 白式の強みは機動力と特殊な近接兵装だった。同じ倉持技研製の第二世代機・打鉄と比べて瞬発力に長け、機敏に動く。だが、雪片弐型が拡張領域のほとんどを埋め尽くた結果、多様性がない欠陥機と評価されていた。しかも一夏には距離を詰めるための技術が致命的に欠けている。

 

「一夏さんには申し訳ないのですが、客観的に見て白式は(おとり)にしか使えませんわ」

「痛いところを突くなあ。みんな彼を狙ってくるだろうね。試合の光景が目に浮かぶよ」

「もちろん。誰も彼もが、一夏さんを()りにいきますわ」

「当然対策するつもりだけど……手の内を明かすつもりはないからね」

 

 セシリアは華やかに笑った。すぐに真剣な表情に変わる。

 

「取り得る対策は限られます絞られます。すべて見越して試合に(のぞ)みますわ。あなたがたの予想を跳び越すのも、わたくしどもの務めでしょう?」

「ならば、僕は()()と共に君らを倒そう」

 

 あえて彼の名を呼び捨てて強調した。シャルロットも例のうわさを耳にしている。学年別トーナメント一年の部で優勝すれば彼を獲得できる。

 ――だけどね。彼はもう、僕の物だ。……正確じゃないな。僕が彼の物なんだろうな。男性的には。

 

「わかりやすい宣戦布告ですわね」

「汚い言葉を使うのは主義じゃない。ISを壊した(ヒト)とは違ってね」

 

 ラウラのことである。彼女は食事を終えて、シャルロットの机に立ち寄るなり冷たい瞳で見下ろしてきた。

 

ミラージュ(蜃気楼)の調子はどうだい?」

 

 シャルロットはルフトシュピーゲルングをフランス語に置き換えた。ラウラは語学に通じている。当然、意味がわかるはずだ。

 

「最高だ。レーゲンほどではないがな」

 

 ラウラはセシリアと鈴音を交互に見比べる。

 鈴音に目を留め、じっと見つめてから視線を下げていく。ちょうど胸部で止まった。

 

「フッ……」

 

 鼻で笑われた鈴音はとっさに胸元を隠し、白く小さな体をにらみ返した。

 ラウラが返却口へ向けて踵を返そうとした。が、ふと思い留まる。シャルロットに背を向け、嗜虐的な笑みで口元をゆがめて、セシリアの耳元でささやいた。

 

「……欲求不満そうだな」

「そんなことはありませんわ」

「嘘をつけ。()()()()()()()()()()()()?」

 

 ラウラはセシリアの頭脳が理解するまで待つ。初心(うぶ)な少女は羞恥(しゅうち)によって耳まで真っ赤になる。その場でチラとシャルロットを見やれば、きょとんとしている。ラウラが視線を戻したときセシリアと目が合った。

 

「ボーデヴィッヒさん。わ……わたくしが勝ったら、何でも言うことを聞いてもらいます! これは宣戦布告ですわ!」

 

 ラウラは背筋をまっすぐ立て、歯を見せて笑った。

 

「いいぞ。その代わり私が勝ったら、貴様は私の命令に服してもらう。どんな命令であっても、だが?」

「もちろんですわ。あなたが地面を這いつくばるのは確定された未来ですけれど」

「……約束を(たが)えるなよ」

 

 ラウラは大股になり、肩で風を切って立ち去る。

 

「さっきのは」

 

 シャルロットが口を開きかけると、セシリアが冷ややかににらみつける。シャルロットは(やぶ)をつついて蛇を出したと悟り、所在なげに黙ってしまった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。