IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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GOLEM(八) 接続拒否

 電算室の大型モニターにネットワークの現況図が描かれている。DMZを示すアイコンが真っ赤に染まっており、サーバーそのものが完全に乗っ取られていた。学内ネットワークの最外郭はファイアウォール、DMZ、ファイアウォールという構成になっている。二度防御壁を突破せねばならない。システム部の想定では二個目のファイアウォールで侵攻が阻止できるはずだった。だが、ネットワークスイッチで閉じていたはずのポートがこじ開けられ、管理者権限を奪取した敵は学内ネットワークの表層部分への侵入を果たしていた。

 さらに悪いことにもう一カ所、予想外の場所が攻撃対象となっている。アリーナの制御用ネットワークだ。防諜部とシステム部が敵の浸透作戦を阻止するべく今まさに立ち回っていた。

 

「まずいなんて状況じゃないわね」

 

 楯無は顔をしかめる。サーバー群が物理・仮想問わず次々と敵の軍門に下る姿を目の当たりにした。電算室の奥ではシステム部の職員が端末と格闘している。遠隔操作ができなくなったサーバーを待機系に切り替え、再起動を試みていた。

 アリーナのネットワークと外部を結ぶ唯一の道には多重防御がしかけられている。仮に侵入を果たしたとしても踏み台にしたサーバーを逆探知できるようになっていた。だが、今回はアップデート用のサーバーは誰もアクセスしておらず手つかずだ。どこから進入してきたのかわからない状態だった。

 

「これだけの腕前。うちにスカウトしたいくらい」

 

 第二アリーナから避難指示が発令されている。観覧席にいた生徒や教職員、来賓に関しては順調に退去が進んでいる。今のところけが人はゼロだ。先日の避難訓練の成果が発揮されているのだろう。だが、施設内に取り残された者もいる。IS格納庫やピットに詰めていた者は全員閉じこめられている。

 

「遮断シールドがレベル四に設定され、避難経路以外の扉がすべてロックって……あからさまじゃない」

 

 敵に情けをかけられている。今のところ被害者を最小限に抑えようとしている。とても良心的な攻撃だ。人質をとることが目的ではないのだろうか。

 ――愉快犯にしては悪質にすぎ、腕試し目的にしては攻撃が大規模すぎる。金融系には目も暮れない。お金目的ではない?。

 そのとき電算室の扉が開いた。

 

「会長! 使えそうな兵隊を引っ張ってきましたあ!」

「ありがと。とりあえず全員端末を持ってるか確認してちょうだい。なかったらそこにある端末を配っちゃっていいから」

 

 楯無は部屋の隅に積み上げたノート型端末の山を指さす。スレート型も混ざっている。こちらは代替モニターとして扱うつもりだった。

 クラス対抗戦の中継申請を出して校舎に残っていた者が集められていた。運動部所属の者が二名。その他数名はすべて文化系の部活に所属する。

 彼女らは楯無に向かってけだるそうな視線を向けた。早く説明しろ。そう言わんばかりの顔つきだ。

 ――こいつらか……。兵士っていうよりは雑兵じゃない。

 楯無は彼女たちの顔を見回してから、わざとせき払いして見せた。

 

「現在の状況をかいつまんで説明します」

 

 学内ネットワーク、そしてアリーナ用のネットワークが不正アクセス、サイバー攻撃にさらされていることを伝える。

 端末が行き渡った者から攻撃や管理用途のツール類を確認する。彼女らは話の内容に反応を示さなかった。楯無は理解しているものとして話をすすめた。

 

「学内ネットワークの侵入者はシステム部の人たちが駆除して回る手はずになっています。私たちの役目はアリーナを占拠した鉄砲玉を駆除すること。そのためには整備科の専用線を経由してアリーナに潜り込む。敵を見つけ次第、迷路の入り口に誘導しましょう。詳しい手順や役割分担については航空部の岩崎乙子さんに一任します」

「あれ? 会長もやるんじゃないの?」

「あなたたちの指揮。増援の手配。それに先生方やシステム部との折衝を担当します」

 

 楯無にも前線に出たいという気持ちがある。だが、学園内部の組織に詳しい人物は楯無と先ほど指名した岩崎以外にいなかった。たいていの生徒は防諜部の存在を知らされていないのだ。楯無は更識家当主で、学園の警備計画の更新作業に携わっている。岩崎は四菱の創業者一族のひとりだ。四菱のグループ会社である菱井インダストリーや四菱ケミカルへの影響力を持つ。柘植とは旧知の間柄で学園設立の裏事情や金の流れに詳しい。

 岩崎は少女たちのなかでもひときわ背が低い。髪を後ろで束ね、制服の上に白衣を羽織っている。不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「かっちゃん。報酬は?」

「戦争に片がついたら連絡するわ。報酬ははずむ予定よ。それからかっちゃん言うな。たっちゃんだ」

 

 楯無は岩崎が苦手だ。その理由はいろいろあり、楯無襲名前の自分を知っていることも原因のひとつだった。

 

「了解。『生徒会に入れて・あ・げ・る』以外なら何でもいいよ」

「ぐぅ……」

 

 岩崎が途中だけ猫なで声に変わった。すでに航空二部一会の予算は潤沢にある。巨額の資金が運用されており、企業の投資も進んでいる。楯無と岩崎は毎月の収支報告を密室で執り行う間柄だ。他の者には聞かせられないような黒い会話を行っていた。

 

「いつでも襲っていい、とか公言してたもんな。腐れ縁とはいえ、私に言ってくれれば相談に乗ってやったのに。水くさい。あっ……もちろん、有償でな」

「ぐぅ……」

「私もかなり事情通だと思っていたけど、布仏さんちの本音ちゃんと……あんなことを」

「ぬ……れぎぬ」

 

 事情通の櫛灘によれば、楯無こそ布仏本音に女を教えた張本人ということになっている。楯無がスキンシップのつもりで後ろから抱きついたり、同性の体を興味本位にぺたぺた触った過去の所業がすべて「そっちの気があったから」ということになっている。うわさを流布するにあたって、櫛灘が簪に裏を取っている。その際、簪は姉についての質問をぞんざいに答えた。なかには肯定と受け取れる発言があり、クラス対抗戦の一週間前あたりから楯無の百合疑惑は確定扱いとなってしまった。

 

「この件は後でじっくり話そうか。たっちゃん」

「誤解を解かないといけないわね……ま、とにかく」

 

 楯無はにやにや笑う岩崎から目を離す。せき払いをしてから、校内からかき集めた雑兵たちの顔を順番に見つめた。

 

「野郎ども……戦争だ!」

 

 楯無は大きく息を吸う。拳を天に突きだす。楯無の細い体つきから想像もつかないほどの声量だった。気分を盛り上げるために叫ぶ。もちろんこの場に野郎はひとりもいなかった。

 

 

「警察無線がノイズだらけ。消防と航空は生きてる。陸自が使用するめぼしい周波数が全滅」

 

 楯無は岩崎の携帯無線機を借りていた。周波数帯域をいろいろ変えて通信傍受を試み、どれも良くない結果がもたらされた。

 

「電波妨害……電子攻撃か」

 

 岩崎に無線機を返し、学園支給の携帯端末を取り出す。液晶画面に「ERROR」の文字が出ている。学園支給の携帯端末はIP電話と同じ扱いだ。学園の敷地内であれば無料で使うことができる。外線として扱う場合は、大手通信会社の回線を使用することになっていた。

 仕方なく自前の携帯端末を取り出そうとした。楯無は複数の携帯端末を保有している。使用端末をひとつにまとめたほうが使い勝手がよい。だが、学園支給の携帯端末の通話はすべて防諜部の検閲対象であるためうかつな話ができなかった。防諜部には更識家の息がかかった者が多数所属しているとはいえ、全員がそうではない。与えるべき情報を選別しなければならなかった。

 

「たっちゃん。さっき試したが、大手通信キャリアは死んでるぞ。PHSと有線しか使えない」

「なんだか雑な電子攻撃ね」

「その通りなんだよ。電話線が敷設されているから難しいのかもしれないけれど。電子攻撃には変わらないね。でも、軍隊ならもっと徹底して制圧するだろうね」

 

 岩崎も雑だと言わんばかりに嘲るような物言いをした。

 

「大手が死んだってことは、高速無線通信もだめってことかしら」

 

 岩崎が首肯する。

 

「そう。高速無線通信は全滅。昔ながらのアナデジ回線は無事。二八八〇〇bps……パソコン通信並の速度しか出ないのが最たる欠点だ」

 

 楯無は自分のカバンをまさぐり、携帯端末を取り出しては脇によける作業を行っていた。

 見かねた岩崎が白衣に手を突っ込む。折りたたみ機構を持たないストレート型携帯端末を取り出して楯無に差し出す。

 

「連絡用にこれを使ってくれ」

「なんでPHS持ってるの」

「技術者のたしなみだ」

 

 岩崎はPHSを押しつけ、暗証番号を耳打ちする。すぐさま体を離し、ほかの生徒にツールの使い方を言って聞かせて回る。

 楯無はすぐ職員室に電話をかけた。防諜部とシステム部、危機対策係の教員にアリーナのネットワーク奪還を試みることを伝えておかなければならない。職員室には各部への連絡要員が配置されているので常に情報共有がなされている。政府や関係各省庁、自衛隊、警察に連絡が行っているかどうか確認を取っておきたかった。

 ――まず職員室に電話。柘植先生がいると楽なんだけど……。

 楯無はPHSのボタンを押して職員室の外線と接続する。そのとき耳の奥に引っかかるような擦過音に気づいた。

 

「……な、に?」

 

 楯無はひどく胸がざわついた。電算室には窓がない。外の状況を確かめるには、いったん室外に出る必要があった。

 

「はい。IS学園教務部です」

「生徒会のさ――」

 

 第二アリーナの方角。砲弾が飛来したような轟音が周囲に拡散する。衝撃波が校舎まで届き、机の上に置いた文房具や端末、固定していなかった通信機器類がひっくりかえって至る所に散乱した。受話器越しに窓ガラスが割れた音。生徒たちはあわてて地面に伏せる。全員が床に寝そべるか机の下にもぐり込む。頭を両手で覆っている。岩崎だけが机の下で体育座りになって一心不乱にキーボードをたたき続ける。

 地面に伏せていた楯無の意識は電話口から聞こえてきた声により、現実に引き戻された。

 

「もしもし! もしもし! あなた。大丈夫ですか!」

「……生徒会の更識です。生徒は全員無事です。奥にいるシステム部の人まではわかりません。電算室にいるので外の状況がわかりません。何があったのですか」

「ここからだと……第二アリーナの天蓋付近で大きな爆発があったぐらいとしか……ちょっと待って。監視カメラが生きてる。B553。電算室からアクセスできますか」

「やってみます」

 

 楯無は電話口に手をあて、音漏れを防ぐ。

 

「あなた。B553。監視カメラの映像を回して!」

 

 頭をあげて不安そうな視線を送ってきた生徒に向かって指示をとばす。

 アリーナ外部の監視カメラは個別で動作するようになっていた。独立して動いているため、サイバー戦の影響が薄い。幸い受信した映像をとりまとめて配信するためのネットワークが敵の手に落ちていなかったこともあり、アリーナ外部の状況を確かめられた。

 

「監視カメラの映像、出します!」

 

 生徒の声がうわずっている。ほとんどの者が不安を口にする。恐れを隠すことができずひそひそ声があふれかえった。大型モニターに映像が表示される。みんなモニターに注目し、口をつぐんだ。

 

「B553。第二アリーナ」

 

 粗い映像のなかに平たい弧を描いた第二アリーナの天蓋が見える。その頂点に三つの点が取り付いており、楯無の目には人型に映った。すぐさまPHSを耳にあてる。

 

「確認しました。人?」

「防諜部によればISだそうです。しかもコアナンバー不明。つまりどの組織の機体かわからない……」

「そんな」

 

 楯無はその言葉に絶句する。

 ――亡国機業の仕業?

 亡国機業は世界の影たらんと標榜する組織だ。ずさんな電子攻撃やアラスカ条約に違反するようなあからさまなまねをするだろうか。

 しかも白昼堂々、大規模なサイバー戦をしかけてきた。

 画面のなかでレーザーらしき発光があった。所属不明機の姿が逆光のなかに消えていった。

 

「……中に入ろうとしている」

 

 確信めいた、ぞっとするような声が聞こえてきた。

 ――天蓋は四菱の繊維装甲と同じ素材を使用している。通電しているかぎりその強度は保たれる。

 超振動刀に零落白夜と同一の能力を付与させないかぎり、損傷が発生したとしても貫通することはありえない。

 

「通電……あれ?」

 

 楯無はゆっくりと膝を立て、足元に注意してなんとか落下を免れたモニターの前に立つ。ぶらさがったキーボードを拾い上げ、電力系統図に遷移するや敵が何をやったのかに気づく。楯無は目を怒らせて声を荒げた。

 

「やられたっ!」

 

 周囲にいた者がぎょっとして楯無に注目した。

 アリーナは今、非常用電源で稼働している。電源の主制御系を乗っ取った敵は、隔壁への通電を片っ端から遮断した。ピットや制御室にいる者は閉じこめる。火災用の防火シャッターを下ろすことで、警らなどで外に出ていた職員がハードスイッチから回復手順を試みることができないようにしたのだ。さらにISを侵入させることでアリーナに取り残された人々を人質に取った。

 ――米軍、そして自衛隊はどうなっている。

 軍事基地の目と鼻の先を、彼らがやすやすと敵を通過させるはずがない。横須賀に米海軍の原潜が入港し、海上自衛隊の司令部もある。海上保安庁の巡視船にもISコアの識別装置を搭載している。小笠原諸島では四菱の無人機が実証実験を行っている。不審なISを見つけたら政府や関係各省庁に連絡が行くようになっていた。

 ――どうしてわからなかった。想定漏れがあった? 米軍や自衛隊がいるから安心していた? 私が?

 

「たっちゃん」

 

 楯無は背後の声に反応して振り返る。岩崎や他の生徒が不敵な笑みを浮かべ、それぞれの拳を掲げる。

 

「準備ができた。今から押し込み強盗をやっつけよう」

 

 岩崎が唇の両端をつり上げて、クククと何度も喉を鳴らす。底意地の悪い顔つきを見て、楯無のなかで苦手意識が鎌首をもたげる。一方で彼女の技術力を高く評価していたので心強いことだけは確かだ。

 

「IS学園をなめるなよ」

 

 楯無は同じことを思ったのか、静かにうなずいた。

 

 

 ――そろそろ教師で構成された制圧隊の出撃準備が整う頃だよね。

 楯無は時計を見ながら、危機管理マニュアルに記された項目を思い浮かべる。そしてPHS片手に岩崎たちを見やった。

 

「岩崎、こちら神島」

 

 岩崎の隣にいた生徒が無表情のままささやく。

 

「監視デーモンはいない?」

「神島。こちら岩崎、いない」

 

 サイバー戦は早くも狐の化かし合いが繰り広げられていた。敵の攻撃パターンが単純だったので囮ユーザーをしかけて次々と隔離していく。第二アリーナ内部の監視カメラが接続されたサーバー群を奪回する。敵に対して出入り口を偽装することで誤った道に誘い込む。再侵攻を試みた敵を迷路に追い込んでいった。

 岩崎は液晶モニターを三画面同時に使っていた。ひとつの画面はシステムログ専用となっている。せわしなく眼球を動かすうちに、荒々しく舌打ちした。

 

「くそったれ。バックドアをしかけてやがる!」

 

 バックドアとは不正アクセスや攻撃を行った際に設置された秘密の出入り口のことだ。専ら二回目以降の侵入を容易にする目的で設置される。

 ――誰にも気づかれないまま最低一回は侵入されているってことか。

 楯無は同級生に現場を任せつつ、職員室へ状況確認の電話を入れる。避難状況やけが人の有無。アリーナに侵入した所属不明機や制圧隊の状況など知りたいことはいくらでもあった。

 

「はい。柘植です」

「柘植先生!」

 

 柘植が出たので楯無はびっくりしてしまった。現在、千冬は第二アリーナのAピットに閉じ込められている。制圧隊の指揮は物理的に不可能だ。彼女の代わりに松本が指揮する手はずになっている。楯無はてっきり学園と政府間の調整役を柘植が担っているものとばかり思っていた。

 

「生徒会の更識です。制圧隊はもう出動しましたか」

「いいえ」

「マニュアルではとっくに出ているべきですよね」

「更識さん。出動ができないのです」

「出られないですって?」

 

 楯無の声がにわかに鋭くなった。

 

「ISが起動しません。警備用に確保していた機体の反応がない。いえ、反応したとしても指一本動かすことができない」

「ISソフトウェアのリブートは試したのですか」

「向こうで試してもらいました。遠隔で倉持技研の技術者にもやってもらいました。ですが、リブートコマンド自体を受け付けなくなっているのです。ラファールも同様です。つまりISがわれわれの制御を拒んでいる……」

 

 楯無は生唾をのみ込み、背後を顧みた。楯無に注意を向ける生徒はいなかった。柘植の冷静な声が聞こえる。すぐさま顔を戻して口元を手で覆い隠す。

 

「ミステリアス・レイディ。あなたの専用機が起動するかどうか試してもらえませんか? 問題の切り分けをしたい」

「……わかりました」

「起動の可否に問わず結果を知らせてください。職員室で待機しているのでよろしくお願いします」

 

 楯無は通話を終えた。すぐに岩崎の隣に立つ。

 

「状況は」

「アリーナ内部の監視カメラのほうはもう手放しでも大丈夫。ピットの奪回は難しいな。やけに防御が固い」

「生命維持に関わる部分が無事ならピットや格納庫は後回しでいい。先に隔壁への通電回復を優先して」

「そういうと思って今やってる。ピットよりセキュリティが緩いね。わざとかな。敵さんの目的が見えない。本気で主導権を確保するつもりがないんだね」

「岩崎。しばらく席を外すけど大丈夫かしら」

「特殊部隊が上陸でもしてこないかぎり大丈夫だよ。先生方から何か頼まれたなら、そっちを優先して構わない」

「助かる」

 

 岩崎がモニターに視線を固定したまま腕をあげて、手を広げて何度か振ってみせた。

 楯無は踵を返して電算室を後にした。

 廊下にガラスが散乱している。ところどころ血の跡が点々と残っている。

 ――誰かがけがしたみたいね……。

 誰もいない教室に入る。窓際が割れたガラスで埋め尽くされている。楯無は他に誰もいないことを確かめ、ISの部分展開を試みた。

 ――え?

 何も起こらない。もう一度、精神を集中する。

 ――ちょっと待って……。

 三度目の正直とばかりにミステリアス・レイディの腕を取り出そうとする。一瞬だけISと感覚がつながった。押し戻され、排出される。楯無はミステリアス・レイディから拒否された。

 楯無は目を見開いて頬をひきつらせ、乾いた笑い声をあげる。急いで岩崎のPHSを取り出して柘植を呼び出した。

 

「柘植先生。ミステリアス・レイディもだめでした」

「そうでしたか」

 

 柘植は結果を予想していたのか、淡々とした声を漏らす。他の専任搭乗者に確かめても同じ結果だと告げた。

 

「これで所属不明機の自力排除が不可能になりました。市ヶ谷の陸自機(打鉄改)は現在オーバーホール中で動けません。海自の打鉄改が佐世保から緊急移動中との連絡を受けました。最高でマッハ〇.八(時速八六四キロメートル)ですから、九〇分はかかるそうです」

 

 楯無はアリーナ内部の監視カメラが復活したことを報告し、通話を終えた。

 所属不明機が侵入したとき、なかには二機のISがいた。白式と打鉄零式。織斑一夏と佐倉桜。両方とも監視対象である。

 誰を優先して救出すべきだろうか。

 ――助けるなら彼を優先しなければいけない。

 男性搭乗者は世界に織斑一夏しかいない。桜は特待生だが一般生徒のため優先度が劣った。ISに搭乗可能な女性は学園にいくらでも存在するからだ。

 ――最悪でも織斑一夏さえ助かればいい。

 楯無の頭に恐ろしい想像が浮かぶ。

 ――密偵がひとり減るだけ。

 そのほうが楯無にとって都合がよかった。

 

「なんてことを考えてるの」

 

 楯無は雑念を消すべく頭を振り、踵を返した。

 

 

 


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