IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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 菊水一号~二号作戦(1945/4/6~4/15)までの天気図をインターネット上で閲覧できるとよいのですが、どなたか情報を持っていないでしょうか。
 国立公文館アジア歴史資料センターから資料を閲覧していたのですが、天気図を見つけられませんでした。探し方が悪かったのか。それともやはり図書館で資料を漁らないとだめなのか……。


菊水二号作戦(二) 出撃

 沖縄作戦間の天気経過 摘要

 地名:九州地方、並びに沖縄地方

 期間:昭和二〇年四月九日から一二日

 

 九日、台湾低気圧発生。

 一〇日、台湾低気圧が北東へ進む。

 一一日、寒冷前線南下。

 一二日、移動性高気圧圏内に入る。

 

 

 作郎は緊張の余り夜明け前に目が覚めた。眠気覚ましとして外の風に当たろうとした作郎に向かって元気の良く声をかける者がいた。大黒様のようにふくよかな耳が見えた。作郎は弓削大尉だと分かって思わずかしこまった。

 

「おはようございます」

「おはよう。早いね。もう少し休んでいても構わないだろうに」

「いえ、目が覚めてしまいました」

 

 作郎の答えに弓削大尉はにこにこしたまま口を開けた。

 

「佐倉分隊士。先日私が撮影した写真があったろう」

「はい。……もしかして、もう現像されたのですか」

 

 我が意を得たり、と弓削大尉が笑った。現像室を借りて一枚焼いたと答えた。

 

「出撃前に見せておきたくてね」

 

 そう言いながら脇に抱えていた冊子を開いてみせた。そこには作郎を含めた搭乗員の顔が写っていた。みんな笑っていた。

 作郎は目を丸くして、弓削大尉の顔を見つめた。そんな作郎の姿をにこにこしたまま見つめ返す。

 

「その一枚は君にあげよう。みんなに見せてきなさい」

「大尉……ありがとうございます」

「礼はいいよ。出撃前にまた写真を撮るつもりだからね」

 

 じゃあよろしく、と告げて大尉は自分の宿舎へと戻っていった。作郎はその背中に敬礼してみせた。

 作郎が宿舎にとって返すと、布仏少尉や夜竹飛長も目を覚ましていた。夜竹が大きなあくびをしてみせた。

 

「布仏。起きてたのか」

 

 作郎の声で振り返った布仏少尉は、小用を済ませたのかすっきりとした顔つきだった。寝具を畳み、飛行服を身につけようとしていた彼は作郎の姿を見て朗らかな挨拶をした。そして、作郎の頬が緩んでいることに気がついて話しかけてきた。

 

「佐倉こそ早いな」

「ああ。早くに目が覚めてしまった。さっき外で弓削大尉に会って、これをもらったよ」

 

 作郎は先ほど弓削大尉から手渡された写真を見せた。

 

「もう焼いたのか」

 

 布仏少尉が目を丸くした。が、すぐに弓削大尉が急いだ理由に思い当たって口をつぐんだ。

 無言で飛行服を着込み、作郎を見た。

 

「ちょっと借りるぞ」

 

 そう言ってひょい、と作郎の手から写真を取り上げた。

 作郎は写真を見つめる姿を尻目に、自分も飛行服を身につけた。実家に帰った際に兄からもらい受けたマフラーを取り出す。二、三秒の間だけじっと見つめた後、無言で首に巻き付けた。

 そのまま布仏少尉の方を振り向く。彼の周囲には夜竹飛長や連城中尉の姿があった。

 後ろからのぞき込む。彼らは写真を回し見ていた。そして口々に「誰々が変な顔をしている」と茶化しあった。夜竹飛長が一番変な顔として指さした先には作郎の顔があった。

 

「夜竹……」

 

 作郎は夜竹飛長の背後に立つと、腹の底から低い声を出した。

 

「うおっ! 分隊士! いたんですかっ!」

 

 その声に夜竹が慌てて振り返るなり、布仏少尉に写真を押しつけた。

 

「さっきから後ろにいただろうが」

「気付きませんでした!」

「この写真で誰が一番間抜けな顔をしていたか言ってみろ」

「は! 佐倉分隊士です!」

「正直者め。後で晩飯を分けてやる」

 

 するとアハハ、と布仏少尉が声を上げて笑った。

 

「佐倉はこんなときでも飯のことばかりだな」

「馬鹿野郎。飯以外に楽しみがあるかってんだ」

 

 作郎は基地で一番食い意地が張っていると言わしめたほど、よく食べた。海軍で空中勤務を選んだ理由が搭乗員には特別食が振る舞われることを東京の叔父から聞いたためである。農村出身の末っ子のため、継ぐ家がなかったというのもある。だが、やはりうまい食事の方が常に頭にあった。

 布仏少尉が写真を作郎の手に返した。そのまま写真を遺書の入った箱に収めて振り返ると、彼は口角をつり上げたような笑顔を見せて口を開いた。

 

「写真を見せてもらってありがとうな」

「……礼を言うなら弓削大尉に言ってくれ」

「ああ。そうする」

 

 そのまま(はかな)げに微笑んだ。

 

 

 出撃の時間になって基地上空の太陽に(かさ)がかかっていた。暈は太陽や月に薄い雲がかかった際に、その周囲に光の輪が現れる大気光学現象を指す。暈は低気圧の接近に伴って発生することが多く、太陽や月に暈がかかると雨が近いと言い伝えられていた。

 飛行前打ち合わせが始まる少し前に、作郎は酒保(しゅほ)(旧日本軍の基地・施設内に設けられた売店)を訪れ、航空配食にするべくちゃっかりサイダーやおはぎを入手していた。沖縄沖までの飛行なので、片道特攻になると思われたがやはり腹が減ることを考えて、機内に食料を持ち込もうと考えた。このとき作郎はどうせあの世行きという観点から、不時着用の航空口糧(こうくうこうりょう)を食べるつもりでいた。

 飛行前打ち合わせでは、基地から出撃するのは爆装零戦(零式艦上戦闘機六二型)一六機と直掩八機という構成だった。これはしばらく空振りや機関不調、天候不順が続いたために菊水一号作戦に参加するはずだった搭乗員が生き残っていたためである。なお、他の基地から特攻機として爆装零戦、桜花、九七式艦攻や陸軍の振武(しんぶ)隊らが駆る爆装一式戦((はやぶさ))、九九式双軽、九九式襲撃機、四式戦(疾風(はやて))など多種多様な航空機が参加することになっており、約二〇〇機が沖縄沖の米軍艦艇へ特攻する手はずになっていた。この四月一二日から一五日にかけて行われた本作戦は、海軍では菊水二号作戦、陸軍では第二次航空総攻撃と呼ばれている。

 作郎は担当の整備員とともに飛行前点検を行った。赤い文字で「ノルナ」と描かれ赤い線で区切られた場所を踏まないように注意しながら、左主翼に足をかけ、ラッチを引いて真ん中の盛り上がった風防(ふうぼう)をずらして操縦席に乗り込んだ。尻が痛いのは嫌なので落下傘(パラシュート)を操縦席に敷く。腰を浮かせたり沈めたりして場所を調整した。そのときカメラを持った弓削大尉が近づいて作郎に声をかけた。

 

「佐倉分隊士」

 

 飛行場の中はとても騒がしかったが、弓削大尉のよく通る声を聞いて作郎はそちらを振り返った。すると弓削大尉は手振りでレンズを見るように示した。数秒でその意味を理解した作郎は二眼レフカメラのレンズをまっすぐ見つめた。シャッターが降りた。弓削大尉がうまく撮影できたことを身振りで示した。

 弓削大尉が別の零戦に向かって歩き出すのを見届けてから、フラップの動きを確かめてから電源スイッチを入れた。無事にスイッチが入ると、一旦電源を落とした。次に舵と操縦桿の動きを確かめる。機体から降りて外部の状態も確かめた。途中フラップが降りているかどうかを目視確認して整備が万全であること認識した。

 発進準備を済ませた作郎の機体を、整備員がイナーシャと呼ばれた始動装置を回した。そして自機の周りに人がいないことを確認して、

 

「コンタクト!」

 

 と叫び、頭上でサイダーの瓶をつかんだまま右手を振り回した。

 プロペラが回り始めた。そのまま足で操縦桿(そうじゅうかん)を手前に巻き込む。安全ベルト、計器類を確認した。エンジンの状態が良好だったのでそのまま滑走路に機体を移動させた。

 

 

「あの曹長め……」

 

 航空口糧を食べ尽くし、おはぎを腹におさめた作郎はサイダーをあけた。発進準備の際に振り回してしまい、炭酸水が勢いよく飛び出すものと覚悟していたら、瓶の中にビー玉が落ちて気のない音が聞こえたにすぎなかった。

 酒保を仕切っていた主計兵曹長から出撃祝いとして入手したサイダーは不良品なのか、気が抜けていた。

 仕方なくサイダーを胃に流し込む。ふと右に視線を移すと、列機の搭乗員が風防越しに笑っていた。

 作郎をはじめとした特別攻撃隊一六機の担当は沖縄本島の北西から西にかけての戦域である。地平線の遙か向こうにポツン、と小さな沖縄本島の島影を見えた。沖縄本島上空では雲が出ており、その切れ目から無数の花火が打ち上がっていた。

 爆装零戦一六機のうち松本中尉の編隊に所属する二機が機体不調のため、基地へとって返していた。

 途中、鹿屋(かのや)基地から出撃したと思われる一式陸攻と零戦の編隊と遭遇する。一式陸攻のくびれのないその腹には小判鮫(こばんざめ)のように、灰色に塗られた魚雷の真ん中に日の丸が描かれ、小さな羽を生やした一風変わった航空機が搭載されていた。一二〇〇キロ徹甲(てっこう)爆弾を搭載し、三本の固体ロケットエンジンを推進器とした有人特攻兵器「桜花(おうか)」である。折しも作郎は鹿屋(かのや)基地の第三神風特攻神雷桜花隊に出会(でくわ)していた。

 左前方を飛んでいた布仏機が機体を左右に振り、主翼をバンクさせた。一式陸攻の直掩機が返礼として主翼を振る。一式陸攻の風防の中で搭乗員が手を振った。

 作郎たちの方が身軽なため、陸攻隊を追い越す形で飛んでいた。

 沖縄本島を北西に進んで約一〇〇キロの海域。レーダー監視任務についていた米海軍アレン・M・サムナー級駆逐艦マナート・L・エベール(Mannert L. Abele)イングリッシュ(English)、随行していたLSMR-188級ロケット中型揚陸艦(ようりくかん)LSMR-189、LSMR-190を発見した。

 駆逐艦の周囲をまとわりつくように飛ぶ陸軍の九九式双軽(九九式双発軽爆撃機)が対空砲火を避けつつ突入の機会を狙っていた。先導していたはずの海軍機の姿はなかった。おそらく撃墜されたものと考えられた。

 

「あっ……」

 

 作郎が声を上げたとき、九九式双軽が小さな火を噴く。海面に墜落した。

 

 

 




架空戦記要素が入っています。
会敵する駆逐艦が史実と異なります。

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