一日目の授業が終わり、連城の引率で寮に向かっていた。
学生寮は相部屋である。学校案内の写真によればホテルのスイートルームのような広さと内装を誇っている。
――私の部屋、狭かったから……。
桜の私室は四畳半の畳部屋だった。ホテルに宿泊したことがあっても私室と変わらぬ間取りのビジネスホテルばかりである。スイートルーム並みの部屋で起居できると思うと、夢物語の中にいるかのような気分になった。
桜に割り当てられた部屋は一〇二六号室である。連城の説明によれば、部屋割りはクラスに関係なく、ランダムで選出した後、出身地や特記事項を考慮して調整を加えたらしい。桜としては寝起きができればどこでもよかった。作郎として空母に乗っていた頃はハンモックが当たり前だったこともあり、ベッドや布団の上に寝ることができるだけで幸せだと感じていた。
桜としては設備の事よりもむしろ、相部屋になる生徒がどんな子なのかが気がかりだった。
寮の玄関先にたどり着く。連城は回れ右をして向き直ってよく響く声を放った。
「皆さん。もしも寮の部屋が分からなかったり、壊れた備品があったら教えてください。私は一八時まで食堂で待機しています。寮監の
連城が踵を返して、パンプスと来賓用のスリッパを履き替えた。その途端、一斉に騒がしくなった。留学生のグループが質問するべく連城を捕まえていた。
連城は留学生組の中でも日本語が
桜が連城の姿に気を取られていた隙に、玄関前の階層図に人だかりができていた。出遅れたことに気付いた彼女は、人だかりが減るのを待つべく下駄箱に背中を預けていた。
「桜!」
桜は声の主を確かめた。朱音である。
見れば、少しだけ髪が乱れていた。いち早く場所を確認したのは間違いなかった。
「せや、朱音は何号室なん?」
「一二二七号室だよ。桜は」
「一〇二六号室」
「うそー。階が違ってるー」
朱音はよほど悔しかったのか、額に手を当てながら大げさな動きで肩を落として見せた。
桜はすかさず朱音の手を取ってなだめすかす。
「まあまあ。私らお風呂の時間が一緒やから。落ち着いてな」
「そうだよねっ。そうだよ……」
玄関の外を見やれば、留学生グループから解放された連城が食堂に向かうべく、玄関前の廊下を通り過ぎようとして足を止めたところだった。
「もうすぐ他のクラスの奴らがくるぞー。部屋を確かめたらすぐに場所を空けてやれー」
連城が玄関でごった返していた生徒の背中に向かって声を投げかける。「はーい」という返事がして、関係のない話をしていた生徒が各自に割り当てられた部屋に散っていった。
「お風呂の時にまた会おーな」
桜は朱音にそう告げる。階層図を一瞥して部屋の配置を確認すると、颯爽とした足取りでその場を離れていた。
廊下には先に案内されていた四組の生徒だろうか、薄手の部屋着やジャージ姿の少女たちがうろついていた。一〇二六号室はすぐに見つかった。
「ここやね。……失礼しまーす」
扉をあけたその先には、学校案内のパンフレットそのままの光景が広がっていた。
――ほんまに豪華やなあ。びっくりしてもうた。
「これまた金がかかってそうやなあ」
サクラは思わず笑みをこぼしていた。四畳半の私室の数倍は広かった。間取りは1Kだと聞いている。豪華なベッドが部屋の中央を占拠していたが、それでもまだ余裕があった。
壁際に椅子と机、
――ありえへん。ありえへんわ。何やの。この厚待遇は!
桜は有頂天になっていた。自然と顔がにやけてくる。鏡に自分の顔を映してみたら、それはもうだらしない顔つきだった。
桜は平静を装うべく深呼吸して、ふとあることを思い出した。
――そうやった。アレは来とるやろか。
桜は学園側から特待生の話を受ける際、支給端末の性能に色をつけるように無理を承知で頼み込んでいた。私的利用が目的なので断られるとばかり思っていたら、専用機受領に伴う予算が下りて無理が通ってしまった。桜が要求したのは最新のノート型端末と航空機や歴史アーカイブへのアクセス権限だった。すべては趣味と実益、過去の記憶のためである。入学直前になって知ったことだが、要求したアクセス権限は、既にウェブサイトとして一般に公開されており、己の無知をさらす結果となっている。担当者が苦笑しながら「あまり知られていない上、利用層が限られている」と教えられた。
胸を躍らせながら袖机の最下段を引っ張ると、クッション材で包まれたノート型端末が姿を現す。この端末はノート型にもかかわらず現時点での最優の部品を使用した製品である。
桜はただ、ある大戦期の航空機シミュレーターを動かしたい一心でいた。そのシミュレーターは世界中の戦闘機や艦爆(艦上爆撃機)、艦攻(艦上攻撃機)や爆撃機、複葉機をはじめとしたありとあらゆる大戦期の航空機の操縦が可能なシミュレーターとして有名である。現実に近い操作感覚のために空母からの離艦や着艦が非常に難しいことでも知られている。開発元が英語圏の企業のため、日本での販売に積極的ではなかった。かろうじて代理店が日本語マニュアルを添付した製品が存在するだけで、完全日本語版が存在しなかった。
桜はユーザーネーム「SAKURA1921」として日本機のうち自分が操縦した機体に限られていたが、操縦性が実際と異なるものや計器の挙動がおかしいなど詳細なレポートを英文で送ったり、開発元が運営するユーザー同士の交流掲示板によく出没していた。まるで見てきたかのように語る上、年齢と性別、国籍から何度となくネカマ疑惑をかけられたほどのパワーユーザーだった。
マルチプレイ中のボイスチャットでは怪しげな発音を操ることから、国籍を偽った男が裏声を使っていると疑われたこともあった。しかし受験に備えて中学二年の冬に休止宣言をして以来、まったく触れていなかった。
「週末にアレを入れよ……」
アレとはもちろんシミュレーターの事である。
にやにやしながら袖机の引き出しを閉じる。
桜は連城に指示されていた備品の破損確認を行い、残すところクローゼットとシャワーだけとなっていた。
ベッドに腰掛けた桜は扉に視線を向け、緊張しながら待ってみたものの、誰も来る気配がなかった。
「そっかー。ルームメイトは三組ちゃうんか」
連城が寮への引率をする前に、最初に四組で最後に一組の順番だと話していたことを思い出す。
もしも同室の生徒に不服があった場合、担任または副担任に申告し、受理されれば部屋替えが可能とも言っていた。習慣の相違によるトラブルを最小限に防ぐのが狙いだった。
桜はベッドから下りてクローゼットの前に立った。取っ手をつかんで手前に引くと山積みになった段ボール箱が両角に寄せられて積まれていた。
左に積まれた箱は見覚えがなかった。おそらくもうすぐ来るであろう同居人の持ち物と思い、一瞥するに留めた。桜は右側の箱に自分の名前を見つけた。表面に黒ペンで「サクラサクラ私物」と書かれた箱と、表面に大きく「ISスーツ」と描かれ、四菱ケミカルを始めとした複数の企業のロゴが印刷された箱があった。
なお、私物の箱には主に部屋着やシミュレーター用の周辺機器、奈津子から渡された化粧道具が入っている。
桜は一人でほくそ笑み、再びベッドの上に飛び込むようにして体を投げ出した。スプリングの弾力によってわずかに体が宙を跳ねる。二次試験のために宿泊したビジネスホテルのベッドよりも寝心地が良かった。桜は
――これは現実や。ついにここまで来たんや。
長期間実家を離れたのは、海軍に入った時を含めて二回目である。特待生として迎え入れられたのは予想外だった。しかし、ここまでは順調な滑り出しと言えた。
桜は目をつむった。
――予科練の時は一年半やった。今回は三年間や。がんばらな。
佐倉作郎は甲種飛行予科練習生四期生である。この世代は昭和一四年四月に飛行練習生として
――朝から晩まで飛行機漬けやったあの頃に比べたら……。
桜は戦闘機乗りだったかつての自分を思い浮かべた。色々トラブルがあったが、なんとか飛行練習生の戦闘機教程を終えたと思ったら、同期生と共にいきなり新鋭空母「
――で、そのまま
桜は体を起こして時計を見やる。一六時だった。夕食までまだ間があった。
「さて、シャワーの調子でも確かめよ」
桜はリボンを緩めて制服の上着を脱ぐ。そして膝を立ててニーソックスを脱ぎ捨てた。
▽
一年一組の寮への引率は最後と決まっている。去年までは一組が最初だったが、今年は織斑一夏の入学を考慮して混乱を避けるために一組を最後にしていた。引率の出発時間がずれているのは毎年玄関が混雑するので、他の生徒の邪魔にならないようにとの配慮でもある。
布仏本音はいち早く案内図を確かめて、混雑から一歩引いて級友である谷本癒子や鏡ナギが戻ってくるのを待っていた。
――手元がすーすーして落ち着かない……。
本音は袖口を引っ張って制服の袖が伸びないか試してみた。すぐに無駄なあがきだと分かって諦めた。
本来ならば、別口で発注していた袖口を長くした改造制服を着るつもりだった。しかし、他にも同じ業者に制服の改造を依頼した者がいたらしく、本音の改造制服受け取りは今日になることが分かっていた。
「本音の部屋はどこなの?」
鏡が尋ねてきたので、本音は努めて眠そうな表情を作って「一〇二六号室」だと告げた。
「かがみんは~」
「私は一〇一一号室」
と鏡は答えた。やや遅れて谷本が一〇一二号室だと付け足した。
「ちょっとだけ離れてるね。残念だよ~」
残念そうに見えない表情で間延びした声を出す。
鏡と谷本は緩そうな雰囲気を醸し出す本音に苦笑する。二人して本音の猫かぶりにまったく気付かなかった。
中学に上がる前、本音は楯無の提案を受け入れる形で「のほほんさん」として振る舞うようになった。生来緩い雰囲気をもった少女である。しかし、それまでの本音は「護国の剣」となるように教育を受け、演技を重ねていくうちに徐々に本当の自分を見失っていた。そのため、楯無は記憶の中にある本音に近づけようと、彼女に自分の提案を守るよう命じていた。
――なんだか落ち着かない……。
緊張を外に出すまいと努めるが、顔の筋肉を
「本音も緊張しちゃうんだ」
「そ、そうかなあ~」
谷本が本音の脇を小突いた。良い具合に勘違いしてくれたのでほっとしながら、少しわざとらしい科白かな、と思って苦笑してみせる。
「ルームメイト誰になるのか楽しみ。山田先生が言ってたよね。くじ引きだって」
「もう適当だよね。でも、部屋替えできるらしいから、合わなかったら先生に言おうよ」
「てひひ。私はちょっとだけ期待してるんだよ~」
わざと余裕ぶって強がりを見せる。が、緩い雰囲気をまとっているせいか、説得力がなかった。
鏡は誇らしげに背伸びをしてみせる本音に笑みがこぼれた。本音が少し幼く、かつ間抜けに見えたのである。エリート校だと気構えていたら何のことはない。自分と同じ年頃の少女だと分かって緊張がほぐれていた。
本音の仕草がツボに入ったのか谷本がクスクスと笑い、本音は彼女に向かって頬をふくらませて抗議してみせる。
「部屋の場所を確認した人は各自の部屋に行ってくださいね。ずっとここにいると他のクラスの子に迷惑がかかっちゃいますよー」
壁際で一組の生徒の様子を見守っていた真耶が手を二、三回手を打ちながら声を上げた。その隣には、いつの間にか来ていた弓削がしゃがんだまま、同僚の働く姿をにやけ面で眺めていた。
真耶の声が契機となって本音たちは自室の方角へ首を向ける。
「じゃあ部屋に行くから~」
玄関で二人と別れた本音は一〇二六号室の前に来ていた。
――彼女は三組だから、多分この中にいるんだよね。
緊張のあまり生唾を呑み込んだ。これから監視対象と寝起きを共にするのだ。本音は震える手をそっと心臓の上に置いた。
本音の居室が一〇二六号室になったのは偶然ではない。当初の部屋割りでは更識簪と相部屋になる予定だった。布仏家は更識家の代々家臣の家柄で、元を辿れば更識家と同じ血が流れている。本音は主家の子女である簪の護衛任務を兼ねて同室になるところを、楯無と防諜部が
――佐倉桜は危険……。
布仏家の主家筋にあたる更識家、その当主である更識楯無は、学校説明会での不審な行動や、実技試験の試験官をして異常と言わしめた非凡さを重く受け止めていた。桜は
本音も学校説明会で桜を見かけている。体調を崩して途中で席を立った少女。とても華やかな顔立ちの子が、まるでこの世の終わりのような悲壮な雰囲気を漂わせていたものだから、印象に残っていたのである。
――佐倉桜の姿はまやかし。私みたいに……。
「一〇二五号室はここだな」
隣から聞こえてきた声に、本音は物思いにふけっていたことに気がついて我に返った。
隣室の扉へ首を向ける。同じ一組の篠ノ之箒がメモと部屋番号を交互に見比べていた。
――篠ノ之箒。篠ノ之束博士の妹。博士を縛る
長い髪に均整の取れた体つきで、本音と勝るとも劣らない女の武器を有している。
本音は事前にこの部屋割りのことを知らされたとき、「桜が一夏や箒に危害を加えるか、または一夏が箒や桜に害を為すようなことがあった場合はどのように対処すればよいか」と質問を行ったところ、楯無の指示は「原則として可能な限り泳がせる。それがダメなら目立たない形で黙らせろ」というものだった。
本音は緊張の色を押し隠して、箒に声をかけた。
「モッ」
思わず「モッピー」と口に出しそうになる。箒が気付かなかったことを良いことにあわてて言い直した。
「篠ノ之さんが隣だったんだね~」
「ええっと。布仏……さん、だったな」
箒は自己紹介の時の記憶を手繰り寄せて答えた。正解を言い当てた箒に向かって本音はにっこり笑って答えた。
「そうだよ~。今日からお隣さんだね~よろしくー」
「ああ。よろしくな」
箒が柔らかく
箒が一〇二五号室の扉を開けた。
本音も一〇二六号室のドアに向き直り、恐る恐る中に入った。足元に黒いローファーが並べて置かれている。奥の部屋のベッドに学生カバンと折り畳まれた制服が見えた。
桜の私物から煙感知器や照明のスイッチへと視線をずらした。一〇二六号室は更識家の監視対象となっていた。煙感知器の中に超高感度小型ピンホールカメラを仕込み、照明の埋め込みスイッチの中に盗聴器が仕掛けられている。外部から望遠レンズで
桜どころか、本音もあられもない姿を見られることになる。とはいえ、監視映像の確認は知り合いの女性が担当し、男性には見せないと楯無が約束していたので多少の安心感があった。
本音は脱出経路を確保するために、施錠やチェーンを掛けることはしなかった。廊下に出てしまえば公衆の面前である。桜は目立つことを避けようとするはずだと考えていた。
水の流れる音。佐倉桜はシャワーを浴びている。本音を油断させるつもりなのか、それも本当に油断しているのかまでは分からなかった。
同居人が来たことに気付いたのか水の音が消えた。本音は何食わぬ顔をしてベッドがある部屋に向かった。
あわてているのか、奥からバタバタと音がした。本音が身構えていると、シャワー室が勢いよく開かれ、バスタオルを片手に持った裸の少女が姿を現す。
――これが佐倉桜。
本音は驚くような素振りを見せつつ彼女の体つきを観察する。しなやかな鋼のようで、筋肉の上に脂肪をつけた柔らかさがある。陸上競技者の体つきとは少し違った。髪は濡れたままで、本当にあわてて出てきたと見える。だが、彼女のあかぬけた美貌に驚きを隠せなかった。
「……嘘や」
桜が目を丸くしたかと思えば、突っ立ったまま小さな声でつぶやいた。
本音はその理由が分からず小首をかしげた。
桜は再び「嘘や」と呟いて呆然としたかと思えば、バスタオルを持ったまま本音に強い足取りで近付いてきた。
本音は挨拶をするべく笑顔を作って右手を差し出した。
「……はじめまして~」
「布仏分隊士!」
だが、その挨拶は、桜の激しい声にかき消されていた。
本音は神棚の傍らに飾られた写真でしか知らなかったが、布仏
本音の
「おったんや。私以外にも……ハハッ」
本音の目には桜がひどく混乱しているように映った。裸のまま鬼気迫る表情で本音の両肩をつかみ、女とは思えないほどの強い力で握りしめた。
「痛いっ……あの、どうして?」
そのまま背中を壁にたたきつけられる。桜の瞳に狂気の色を見いだすに至り、本音は心の底から恐怖した。
桜は自分と同じ境遇の者がいるのでは、という希望にすがりついていたに過ぎない。普段の桜からあり得ないような調子で一方的に自分の思いを
「分隊士……貴様も
尋常な目つきではなかった。桜が本音の体を通って別の誰かを見ているような気がしていた。
――怖い……。
桜の言葉遣いに違和感を覚えた。
更識家でまとめた身辺調査書によれば、彼女の実家が四日市に近いせいか、三重県北中部の旧伊勢国で話される方言をよく使い、標準語は苦手だとされていた。面接の時も伊勢
「何故黙っている。私を忘れたのか! 布仏静少尉。おい……何とか言ってくれ!」
――祖父が言っていた、おじさんのこと?
本音は布仏静と勘違いされていることに気付く。だが、おかしい。どうして七〇年以上前に死亡した人物の名前を呼ぶのだろうか。
「私は布仏静という人じゃありません」
本音の言葉を耳にした瞬間、瞳に苦悩の色が浮かび、一瞬だけ肩を押さえつける力が軽くなった。すかさず本音は身を低くして、桜の足を払った。そのままフローリングの上に向かって
本音は荒い息を吐きながら、桜に言った。声音を作って「のほほんさん」を演じる余裕はなかった。
「布仏静は戦争で死にました。それに最終階級は少尉じゃありません。
布仏静は菊水二号作戦に参加した時点では少尉である。特別攻撃による戦死のため二階級特進して大尉となっていた。
桜はまだ気が動転していた。懐かしい顔を見た気がして、顔を歪めて涙を流していた。
本音はさらに告げる。
「私は布仏本音。あなたのルームメイトです。布仏静は曾祖父の
「覚えて、おらへんの……」
桜は抵抗を止めた。錯乱状態から脱したのか腕の痛みに耐えながら、荒く息を吐いていた。
「落ち着いてください。どうしてあんなことを言ったのかわかりませんが、私はあなたが言うような人物ではありません」
本音はできるだけ優しい声音を作る。また暴れられては困るのだ。
桜が息も絶え絶えと言った風情でいた。そして寂しそうな声音で呟いていた。
「ハッ……何や、かん、ちがいか」
本音としては彼女が落ち着くまでこの姿勢を続けるつもりでいた。だが、大きな音を出したので人が来る可能性が頭の片隅にあった。桜の胸の動きが小さく、ゆっくりな動きに変わって行くにつれて、本音の中でその
――嫌な予感がするかも……。
本音の心配は的中した。
真耶に指示を守って部屋の点検を終えた箒が、シャワーを浴びようと制服に手を掛けたところ、本音とルームメイトと思しき女性が言い争うような声を聞きつけ、あわてて一枚羽織って一〇二六号室に飛び込んできたのである。
箒が部屋に入ったときには物音が消えていた。靴はきちんとそろえられていた。二人は奥の部屋にいると思われ、警戒しながらも、確かな足取りで近付いていった。
「布仏!」
部屋の前で話をしたおっとりした少女がうずくまる姿を見つけた。もう一人はどこにいるのか、と箒は探した。
「大丈夫か。大きな音が」
箒は口を開いたまま、そのまま絶句していた。目の前で行われている状況を理解するべく必死に頭を回転させたが、脳が思考を拒むかのようにうまくまとまらなかった。
すると、箒に気付いた本音が、肩で息をしながら上体を起こした。
「モッピー大丈夫だよ。もう大丈夫なんだよ~」
「……どこが大丈夫なんだ!」
箒は混乱しながらも、本音を問い詰めずにはいられなかった。
「布仏……
腕を解放された桜は組み敷かれたまま箒に顔を向けた。
真っ赤になった頬。涙に濡れた瞳。汗ばんだ体。尋常な状況ではないことだけは分かる。
本音は箒の声が震えており、言い訳の難しい状況になっていることに気付いた。さりとて本当の事を言うわけにもいかなかった。桜を組み伏せたのは、彼女が対人戦闘に長けている可能性があったので、抵抗されないようにバックマウントポジションを取った、などと説明しても箒が納得するはずがない。
しかも先ほどの一部始終はカメラと盗聴器の記録から楯無の知るところになるのは確実で、下手な言い訳をしてぼろを出そうものなら本音の立場が苦しくなる。情報
「えーと」
本音は言いにくそうに目を泳がせる。箒が不審者を見る目つきで本音を見下ろしている。
とっさに本音が思い浮かべた回答は、突飛だが、状況証拠との一致も相まって箒を思考停止に追い込むことができる。が、布仏本音という存在が悪目立ちすることは避けられないと予想された。
――身を切る覚悟で任務を遂行しなければ……。
一時の恥を忍んで口を開く。
「……彼女がすごく魅力的だったから~」
NOHOHONさんは仕様です。