新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

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第18話です。

『三日月夜空』視点。


第一章 三日月夜空崩壊編
夜空と理科のぶらり遠夜市


 ――私は……どこで間違ってしまったのだろう。

 

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。

 今起こっているこの現状を、十年前の少年を演じていた少女は……予期していただろうか。

 その少女と唯一の友達だった少年は……どのような気持ちを抱いているのだろうか……。

 

「ぐっ……や……やめろ……。どうして……こんな……」

「……」

 

 少年は苦しそうな表情を浮かべ、私に言葉を投げかける。

 そんな少年を私は……全てが崩壊した私は、何も考えることなく……その首を絞める。

 全てが上手くいかなかった。十年前のあの悲劇から……その悲劇を清算するためにお膳立てした事柄の全てが。

 

 全てが一人の女にブチ壊され、そして……私自身すら破壊された。

 私は崩壊した。今までけして触れてはならなかった私の心の領域を、土足で踏みいれられたあげくに好き放題荒らされ。

 その女を私は許すことができずに、憎しみのままに戦いを挑んだが……何一つ傷を負わすことができず。

 その女の一つ一つの言葉に私を追い詰められ、その結果……。

 

「あぁ……がっ!!」

 

 今まで、私は一人の女の子としてではなく、そいつの友人としてその少年と相対してきた。

 だがその限界を思い知り、考えられなくなり……女である自分を武器にした。

 少年を呼び出し、言葉一つ無いままにその少年に縋った。抱きついた。襲いかかり、押し倒した。

 あげくにキスまでしたんだ。そいつが慌てふためいているのをいいことに、色んな事をさせてやったよ。

 そして最後に……自暴自棄になって……親友である大切な少年に対して……。

 

 ――私は。

 

-----------------------

 

 夏休み初日。

 夏休み最初となる部活動。スタートダッシュを切るための大切な一日だ。

 だというのに、午前の九時。部活に来ているのは私と理科だけだ。

 羽瀬川兄妹はともかく、あの幸村まで部活に来ていない。

 これはいったい、どういうことなのだろうか。

 

「なぜだ。気が緩んでいるのではないか……」

「……というか」

 

 私がそう怒りを露わにしていると、理科が何かを言いたそうに表情をゆがめた。

 

「というか?」

「……先輩、小鷹先輩や幸村君にスケジュールの方は伝えたんですか?」

「……あ」

 

 理科にそう質問され、私はハッとなった。

 思えば、今日部活をやるとは言ったが、何時に部活をやるとは言っていなかった。

 更に言えば、それを伝えるための連絡手段を持ち合わせていなかった。

 いつ部活をやるのかわからなければ、皆が同じ時間に集まれるわけがないのだ。

 

「……」

「ったく夜空ちゃんよぉ~。部活の代表者ならそういうことくらい把握しとけっての。男に目をくらんでばかりいるからそういうことになるんじゃねぇの?」

「ぐっ……言わせておけば」

「それだから大切な男のメルアドをあの生簀かない女に取られんだって話。あの瞬間だけはぶっちゃけ……見てて滑稽でしたねぇ~」

 

 理科はそう言ってクスクスと笑った。

 それは、私にとって思い出したくもない屈辱の瞬間だった。

 思わず私は怒りに震えた。つい表情もきつくなってしまう。

 理科はそれを悟ったのか、小さく謝った。

 

「……あまり、あの女の話は出さない方がいいですかね」

「ふんっ。別に気にしてないが……」

「顔が嘘をついていないんですよねぇ。まぁ僕もね、あの女のことは大嫌いなんでね。まだ夜空先輩の方が可愛いですよ」

 

 それはどういう意味なのか、私は若干癪に障ったが、気にしないことにした。

 でも確かにあの時、理科は柏崎の行動に対して我慢しきれず、ノートパソコンで殴ろうとしたくらいだ。

 正直あの時は眼をつむろうとも思ったが、この聖クロニカ学園に通う生徒として、あの女に傷を負わせることだけは避けねばならない。

 あいつには権力が後ろにひっついている。この学校の理事長という権力がな。

 それは理科自身が私よりはるかに理解しているはずだ。だがああいう行動を取ったとなれば、よほど頭に来たのだろうな。

 

「……一応、僕たちだけでもメルアド交換しておきましょうよ」

「ちっ……貴様に私のメルアドを教えるのは……」

「……別に親しい仲間と思ってくれなくても結構です。部活の部員……利害関係でも構いません。あなたが満足する形でいいので教えてもらえます」

 

 そう、理科はスマホを私に提示する。

 どうにも言い回しがあれだが、まぁ交換しておくだけしておこう。

 私は理科とメルアドを交換する。小鷹ではなく……こいつが最初になるとは。

 というか、なんというか嬉しそうだな。私がメルアド教えるのを拒否しようとした時はなんか傷ついたような感じだったし。

 こいつは私の事が大嫌いのはずだ。いつも私をおちょくって……。

 

「ありがとうございます」

 

 そう、素直にお礼をする理科。礼されるほどの価値があるのか、私のメルアドは。

 

「ふんっ……」

「……しばらく来ないようですし、ここにいても暇なんで……二人でボイコットしましょうよ」

 

 そう、突発的にそんなことを言いだした理科。

 何を考えているんだ? 暇なら自分一人で理科室にでも帰ればいいのに。

 

「なぜ貴様とボイコットしなけりゃいかんのだ」

「まぁ言い方はあれでしたねぇ。揃いそうもないので部活抜けて二人で遊びにでも行きましょうよ」

 

 と、やたら理科は私とどこか出かけたいらしい。

 遠回しに断るが、変な理由をつけて出かけるよう促す理科。

 といっても、この後小鷹が来たら小鷹に、部長が初日に部活来てないとか嫌味言われそうだし。

 

「明日は朝九時に集合って、あとメルアドを記入と置手紙をしておけば、明日からでも部活はできますし」

「……いったい何を考えているのだ? 私に何をする気だ」

「……何もしません」

 

 私がそう理科に尋ねると、理科は拗ねたように言った。

 なんだ? どこかでこいつ頭打ったか?

 私はつい、理科のおでこに手をあてて熱を測った。

 

「熱は……無いようだな」

「あひゃ!」

 

 すると理科は、変な声を出して驚いた。

 

「夜空先輩……女子力は皆無なくせに男子力は豊富ですね。あなた同性に惚れられるタイプですよ」

「嬉しくもなんともない。それに私は……」

 

 私は、女が嫌いであることをカミングアウトしそうになったが、言っても意味が無いのでやめた。

 そして話は振り出しに、一緒に買い物に行くという議題に戻ってしまう。

 

「夜空先輩~」

「……わかったわかった。家に帰って準備してくるから、遠夜駅で待っていろ」

 

 私がくじかれたように言うと、理科はぱあっと明るい笑顔を私に見せた。

 なんだこの女。普段は私に嫌味ばかり言うくせに……。

 まぁいい、こいつの茶番に乗ってやろう。そしてわからせてやる。私と出かけても何も楽しくないということを。

 

-----------------------

 

 そして数時間後。

 私はすぐさま家で着替えを済ませ、理科と待ち合わせをした遠夜駅へ向かう。

 こう、お出かけをするように家を出ようと、家にいる私の母は見向きもしてくれない。

 いつものように、捨てた父親や私の姉の悪愚痴ばかりを言って、意気消沈している。

 だからいつも私は家に帰りたくないんだ。最も、その道を選んだのは私なんだが……。

 遠夜駅に付くと、理科が先に付いていた。

 格好はさきほど学校で着ていた制服に白衣。こいつ、直接ここへ向かったのか……?

 私でさえそれなりの格好をしてきたというのに、天才は仕事が忙しすぎて身だしなみもろくにできないのだろうか。

 見た目はいいだけ、もったいないな。

 

「遅いですよ夜空先輩~」

「お前が早すぎるだけだと思うが……」

 

 私は五分たりとも遅刻をしていない。

 まぁこれは私にとって暇つぶしだ茶番だ。

 学園の天才は研究ばかりで暇をしている。同じ部活の部長としてこいつの機嫌を取っておくのも、責務という奴なのだろう。

 理科も暇つぶしでしかないみたいだしな。

 

「んで? どこへ行きたいんだ?」

「まぁ色々あるんですよねぇ。なるべく人が集まる所は避けましょう。僕、人ごみ大嫌いなんですよねぇ」

「奇遇だな。私もだ」

 

 どうにも、この女とは稀に気が合うことがある。

 私は人が多い所に行くと吐き気を催す。正直ここ遠夜駅付近でさえも、異物がせり上がりそうで怖い。

 

「最初はお茶でもしましょうよ。僕、ス○バって行ってみたかったんですよねぇ」

 

 そう言って理科は、私の腕を掴んで駅近くのス○バへ。

 行ってみたかったと言われても、私でさえこんなリア充スポットには近づかない。とどのつまり行ったことが無い。

 私と理科。二人揃って行ったこともない所にガイドなしで行く羽目になっている。これはどうすればいいんだ?

 

「僕ねぇ。ネットで見たんですよ。ス○バでスムーズにかっこよく商品を注文できる人はリア充だって。これは、隣人部部員としてのリア充を貯めるいいチャンスじゃないですかぁ?」

「はっはっはそうかそうか。逆を言うとここで躓く奴は永遠にリア充になれないということだな」

 

 理科の言葉に対して逆の言葉を述べる私。なんだか自分で言っておきながら情けなくなってきたな。

 確かス○バって色んなメニューがあるんだよなぁ。

 私みたいな一般人は、単にコーヒーを飲めればいいんだが……。

 

「なんだ? たかがコーヒーを頼むのにここまで細かく選ばなければいけないのか?」

「コーヒーのタイプから細かなオプション。多種あるサイズによくわからない単語が並んで……あぁ、すっげぇ。なんかわかんないけどすっげぇ! マキアートのドピオとか通りなみてぇだ!!」

「なんか感動するところがおかしい気が……」

「特にフラペチーノってなんか卑猥な単語っぽくってねぇ。今日帰ったらコーヒーで同人誌描けそうな勢いだぜぐへへへへ」

「あのすいません、こいつちょっと頭ぶつけて」

 

 ス○バのコーヒーの種類を見て早くもパニックに陥っている理科のせいで、変な注目を浴びてしまっている。

 まずいなぁ。非リア充の私たちが来るべきところではなかったのかもしれない。

 だが店内に入って何も頼まないのは失礼だ。なので……。

 

「こうなったら……。理科、私たちみたいな初心者には、魔法の言葉がある。それはな……」

「ふむふむ……なるほど」

 

 私はこの場を切り抜ける言葉を、理科に耳打ちする。そして……。

 

「あの、注文は……」

 

 困り果てた店員さんが、私たちに注文を伺う。

 私たちは、今出せる最大限のかっこよさで、こう注文した。

 

「「……今、流行りの」」

 

 そして数分後。

 今流行りのメニューを受け取り、隅っこの席へ移動する。

 いやぁ、今流行りのを相手に尋ねて、素早く流行りに乗るこの手腕。私超レベル上がったんじゃないかなぁ。

 

「しばらく……ス○バには来ない」

「次はもうちょっと前情報を集めてから行きましょうねぇ。というか夜空先輩いつも本ばかり読んでますけども、流行りの雑誌とかは読まないんですか?」

「読まない。そういうのは必要になった時に調べるだけだ」

「へぇ。その格好も中々ボーイッシュでいいじゃないですか。自分で選んで買ったんですか?」

「いや、ネットでオススメと書かれていたので通販でそれを一式買っただけだ」

「……それで着こなすんだ。ったく北乃○い似の美人は羨ましいわ」

 

 そう理科は皮肉を漏らし、コーヒーを口にする。

 とはいうが、お前もそれなりに着こなしたらに合うとは思うがな。まぁ私には関係ないが。

 

「……先日は……ありがとうございました」

「なんの話だ?」

「柏崎に向かっていこうとした僕を、止めてくれたことです」

 

 そう感謝を述べる理科。

 別に感謝されることではない。私なりの判断で動いただけの事だ。

 別にお前の立場を考えて動いたわけじゃないし。

 

「……やはりというか、お前結構気性が荒いな」

「あはは。これでも我慢し続けてる方なんですけどねぇ。こういう立場上、本来感情に身を任せること自体が愚かしいので」

「……そうやって自分を包み隠し続けて、よく平気でいられるな」

「……」

 

 私がそう嫌味を口にすると、理科が多少怖い笑みを浮かべた。

 この女、私にだけは本性を見せて心を許しているように見えるが、内心まだまだ隠し通している。

 何かを隠すか……私も、人の事をは言えない。

 私は嘘はつかないが、隠し続けてはいる。

 なぜ隠すのか……隠さなければならないからだ。

 十年前の因縁は、私と小鷹の問題だ。だから、私の手で決着をつけなければならない。

 他の奴に手を貸してもらうことだけは……。

 

「一応ね、柏崎とも表面上仲良くしておくのが、あの学校の理事長には受けがいいんでしょうけど……」

「……本性を隠すことは、否定しない。だがな」

「え?」

「……友情だけは……偽るな」

 

 珍しく、私は自分の意を唱えた。

 

「先輩?」

「確かにこの世には嘘が必要になる時もある。強がることで自分を保てることもあるだろう。社会の秩序、一時的な関係。周りの立場への配慮」

「……」

「だが友情にそれを持ちこんだら最後、人は孤独になってしまう。最初から築いた友情が偽りで……それが後天的な意味になってしまっても。それは崩壊したら最後なんだ。だから……」

 

 らしくない、自分は何を言っているんだ。

 それは私に対して、自分自身に説いているのか。

 崩壊したら最後。そうならないように私が自分に植え付けているのか。

 そうだ。私と小鷹の友情はまだ崩壊していない。だから……再生可能なんだ。

 私の母とは違う。あの友情は最終的に偽りになった。友情のためにそいつが大変なことを隠してしまったがために、起こりえた最悪の結果だ。

 だからこそ、私は母のようにはなりたくない。その想いをどうしてこいつに対して言ったかはわからん。

 こいつに自分と同じ目に合ってほしくないとか、そんなことは考えていないはずなのにな……。

 

「……行くぞ。こんなところでお茶を飲んでばかりもいられない」

 

 この空気がいやで、私は振り払うように理科にそう言い、ス○バを後にする。

 まだ午後の一時を少し回った所。次はどこへ連れてかれるのか。

 

「実は行きたい場所がありましてねぇ」

「もったいぶらずに言え」

「同人誌を買いたくて、近くのアニメショップにねぇ」

 

 今度理科に連れてかれたのは、よくこういうのが好きな連中が集まるアニメショップだった。

 私たちが来店すると、男性客に何度かチラ見された。なんというか……視姦されている気分だ。

 こんなところにいたら本当に襲われてしまうかもしれない。私は理科に、目的を早く終わらせるよう催促する。

 

「目的は地下二階にあります」

 

 理科に言われるがまま、私は階段を下ると。

 その壁に書いてあった案内に、私は思わず噴き出した。

 

「ぶっ!」

「あらあらどうしました先輩?」

「……貴様、地下二階は……アダルトコーナーだぞ!!」

 

 つい叫んでしまった。やばっ、変な客だと思われていないだろうか。

 当然というか、それを言うと理科はニヤリと笑って見せた。

 初っから目的だったのは本当のようだが、こいつ……私をここへ連れてきて反応を見るのも狙いだったな。

 

「私は……店の外で待ってる」

「え~。夜空先輩も一緒に探してくださいよ。目的の同人誌があるんですから」

「いやだ! だって見渡す限りに卑猥なものが目に映る……」

「いいから行きましょうよぉ! 行かないとここで騒ぐぞ~!! 夜空先輩がヤンキーっぽい男を想像してオn」

「あああああああああああああ!! わかったわかった!! というか何度も言うがしてないからな!!」

 

 私はとんだでっちあげを言われることを避けるために、しぶしぶ地下二階へ。

 というか本来こういう所私たち未成年が入っていいのか。店員、正攻法で私たちを追い出してくれ!!

 だが店員は見向きもしない。お前ら商売が成り立てばそれでいいのか!?

 

「高校生の私たちを見つけて店員が注意してくれれば……なんて思っても無駄ですよ先輩」

「なぜだ!?」

「そういうのは商品を買わなければいいのです。ほしい同人誌を抑えてそれを後日取り寄せれば済む話です」

 

 理科は親指を立てて勝ち誇った顔を私に見せる。それなら一人で来てください!!

 そういうと今度は、一人じゃ肩身が狭いとか言いだす。誰でもいいなら幸村でもいいんじゃないかな!?

 結局私は顔をトマトのように真っ赤にしながら、顔を隠して約三十分、アダルトコーナーに拘束された。

 店から出ると、ご機嫌な理科に対して私はへとへとになっていた。

 だがこの後も理科にカラオケだゲーセンだと連れ回され、時刻は午後四時を回る。

 

「楽しい~!! さてと、次はどこへ行きましょうかねぇ~」

「……そろそろ門限とかあるんじゃないのか?」

 

 さっさと解放されたいがためか、私はそれらしいことを言って理科を家に帰そうとする。

 ちなみに私の場合は門限は存在しない。というか警察に世話になろうが行方不明になろうが。

 あの人は迷惑に思うことはすれど、私がどうなったって関係ない顔をする。

 

「……門限なんて、ないですよ」

「え?」

「……あんなクソ親からすれば、僕は金を稼ぐための道具でしかないのだから」

 

 突如、そんな黒い発言をする理科。

 そして、その発言に対して私は……思いがけないシンパシーを感じてしまう。

 ひょっとしたらとは思った。このような世界的にも騒がれる天才少女の親だ。自分の娘を誇りに思っている事だろう。

 普通の想像ならそう至る。だが、私のように親に見捨てられたような奴なら、少しでも想像してしまう。

 

 こんな能力のある娘を持つ親が、平気な笑顔を浮かべられるわけがない。

 

 生意気だって思うこともあるだろう。そして子供もそうだ。親を必要としなくなるだろう。

 そのことに対して笑顔で居続けられる親がいるだろうか。そうだ。想像はどんどん膨らむ。

 まさか……志熊理科。お前は……。

 

「……とはいっても、先輩の方は怒られるかもしれませんね。すいませんね、他人の事に無頓着で」

「あっ……」

 

 思わず、私もと言いそうになった。

 自分の家庭環境など、本当に信じられる奴にしか教えられない。ましてやこのような悲劇の家庭ならば。

 だから私は黙った。だが……なぜだ。

 ぼそっとではあるが、こいつ……なんで私に対して。

 

「……もう少しなら大丈夫だ」

「いいんですか?」

「あぁ、それに疲れてへとへとだ。ちょっと公園で休みたい」

 

 私と理科は街の外れの公園へと移動する。

 公園にはそんなに人はいなかった。

 うちの学校は他の学校に比べて夏休みが早く始まる。今日は平日で、他の学校はまだ休みに入っていないのだろう。

 こう、仄かな場所に人が少ないというのはいいことだ。こういうところで本が読めれば、心地よいのだろうな。

 

「……ん?」

 

 公園に付き、ベンチの方へと移動すると。

 そこで私は、個人的にあまり見たくない光景が目に映った。

 そこには、弱った猫が横たわっていたのだ。

 私はすぐに駆け付け、呼吸を確認する。

 身体の節々に傷があるのも確認し、誰か悪い奴にやられたのかと想像する。

 

「まだ……呼吸はしている……」

 

 この猫はまだ生きている。私は安堵した。

 私はこれでも猫が好きで、猫を見ると可愛がりたくなる。

 特にこんな弱った猫を見ると、救ってやりたくて仕方なくなる。

 この夏の暑さで、ろくにご飯も食べられずに限界が来てしまったのか。

 その上で、傷だらけで……

 まだ、何か飲ませてあげられれば助かるだろうか。だが……。

 

「あらら、可哀そうですね。あまりそういうのに近づかない方がいいですよ。祟られるかもしれませんからねぇ」

「……」

 

 理科の心ない発言に私は耳をかさずに、その猫を抱いて、そしてベンチに座り撫でる私。

 きっと助からないかもしれない。だがせめて、最後くらいは安らかな笑顔を浮かべてもらいたい。

 うちは猫を買えないから、連れて行っても無駄だ。牛乳を買いに行くにしろ、時間はかかる。

 だから……せめて……。

 

「……猫、好きなんですか?」

「あぁ、こういう愛玩動物はいい。自由で、奔放で、それでもって可愛いから。見るだけで癒されて、許してしまう」

「そうですか。猫は好きだから助けたいと……嫌いなものには一切目を向けない癖に……」

 

 そう、どこかさびしそうに言う理科。

 そんな彼女の言葉に対して、私は何を思ったか、後輩に説教をする先輩のように、私は言った。

 

「……別にそういうわけじゃない。生き物には必ず死がある。生き物だけじゃない、形ある物には必ず終わりがある。それはちゃんと理解している」

「……」

「だが、大人しくそれを終わらせる必要はないんだよ。終わる寸前でも、そこに今生きている限りは、少しでも幸せに生きるべきだ。私はその手伝いをしただけだ」

「……」

「足掻いて、もがいて、苦しんで……。強がって強がって、自分でなんとかしたいって時は、それを押し通せばいい。自分にとって譲れないものがあるというなら、それは譲らなくていいんだ。だがそれでも限界だって思うなら、その時は誰かを頼ればいい。誰かに助けを求めたい時は、求めればいいんだ」

 

 私は何を言っているのか、言っていて恥ずかしくなる。

 まさに今の自分を代弁しているかのような台詞。足掻き、もがき、苦しみ……それで強がっている。

 誰かに助けを求めればいいと言っておきながら、私は譲れない物のために己を通す道を選んでいる。

 それが私にとって、正しい道だと思っている。

 十年前、あいつが何も言わずに街からいなくなったことで、私の歪みが更に増した。

 そして今、私の歪みの原因がこの街に帰ってきた。そう、歪んだ私を元に戻すためのチャンスが来た。

 そのチャンスをつかみ取るのは、私しかいない。他の誰でもなく、誰の力を使うこともない。

 

「……あなたは……助けてもらったんですか?」

「……」

「過去に……あなたが限界を感じた時に、あなたは誰かに助けてもらったんですか?」

 

 そう、真顔で尋ねてくる理科。

 そんな彼女に対し、らしくない私は答えてしまう。

 

「……あぁ、助けてもらった。私が全てに対し諦めていた時に、たくさん助けてもらった」

「……」

「だからこそ……"一時的な希望"だったからこそ……今がこんなに辛いんだ」

 

 そう、自虐的な笑顔を理科に浮かべた。

 その時の私は……また無自覚に泣いていただろうか。

 そんな私を見て、理科は何と思ったのだろうか。

 また、面白い物が見れたとでも思っただろうか。私をおちょくるネタができたとでも、思ったのだろうか。

 なんとでも思えばいい、お前なんかに……私の気持ちがわかってたまるか。

 

 その後、私は保健所に電話をして、猫が倒れている事を伝えた。

 そして、嫌な気持ちを抱えたまま、遠夜駅のバス停へと戻る。

 理科とはここで別れる。こいつの家は違う方向のようだ。

 

「今日はありがとうございました。僕のくだらない買い物に付き合ってくれて」

「……ふんっ。大した買い物もしてないくせに」

 

 感謝をされているのに、腕を組んで不機嫌そうな顔を浮かべる私。

 もっと他に言えるべきことがある気もするが、相手が理科だからな。

 

「いやしかし……なんと言いますかねぇ」

「なんだ?」

「まるで今日の僕たち……"友達みたい"でしたねぇ」

 

 そう、どこか満更でもない笑顔で言う理科。

 その言葉が、どこか私に突き刺さる。

 友達みたいに、二人で街へ遊びに行った。たくさん色んな事をした。

 私は大半がおもしろくなさそうな顔をしていたのに、こいつは……そんなことを思いながら一人で必死に楽しんでいたのか。

 この今の言葉を放った瞬間だけが、私は理科に対する評価を変える。

 

「……友達みたい……か」

「……はい、でも……もしこの先、僕たちが」

 

 その言葉の続きをいいそうになる理科に対し、私はあざ笑うかのような口ぶりでそれを遮った。

 

「ははは。貴様にとってはいい"友達ごっこ"だったようだな」

「……え?」

「日常のストレスを発散する相手がいないのなら、互いに嫌悪し合っている間柄でも仕方ないからな。私としては学園のお宝に接待できて、部長として達成感に満ち溢れているよ」

「……」

 

 そう私が突き放すように言うと、理科は身体をぶるぶる振るわせた。そして……。

 

「……ふふふ。あぁそうだよバカじゃねぇの!! てめぇこそ途中でちょっと本気になってたんじゃねぇの!? 孤独でも美人な夜空ちゃんからすればこんな冴えない僕でも隣人部のいい練習になったんじゃないのかなぁ? でも残念!! それが本物に結ぶ付くわけねぇんだよ!!」

「……」

「僕みたいな天才には、あなたみたいな最低クズ女なんて……友達になるだけ経歴が汚れるんだよ!! だから……ぐっ……」

 

 そう、口ごもって私に背を向ける理科。

 

「あぁもうてめぇのムカつく顔なんて見たくねぇわ。夢に出るんですよねぇ、その仏頂面が!!」

 

 そして、バスの時刻になってバスが到着する。

 背を向ける理科にお別れの一つも言わず、私は無言でバスに乗った。

 

「――どうして……どうしてあんたは、小鷹小鷹って……」

 

-----------------------

 

 友情を偽るな……その言葉は、私の本心だった。

 だが、それに拘るが故に、私は身近にある大切なものに気づくことができなかったのかもしれない。

 私の希望は未来には無い、あるのは……過去の遺産。

 過去から今へと続く道。過去に置いてきた……私の大切な友情。

 

 羽瀬川小鷹……タカ。あいつとの友情無くして、私は先には進めない。

 

 だからこそ、あいつのためなら私は……鬼にも悪魔にもなってやる。

 利用できる物は全て利用する。巻き込む物も巻き込んでやる。

 そして私は救われる。止まった青春を動かし、腐った青春に反逆する。

 

 ――この夏休みで……全てに決着をつけてやる。

 

 

 

 

 NEXT―三日月夜空崩壊編。


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